2007-05-19 たまんないな、んまた!
■[aberrations of youth]歴史主義的趣味の平等性

http://d.hatena.ne.jp/republic1963/20070518#p2
あえてこのような単純化をしれるようにも見えるが、脊髄反射的に反応してみる。
歴史主義が非歴史主義(ロマン主義ってのはちょっと話をややこしくするから使わないけど)より、権威的であり、非歴史主義のほうがより平等的であると普通、思うかもしれないが必ずしもそうではない。
趣味(センスではなくあえて使うと)に関する知識は感性的な直接的判断を言語化する作用があり、場合によっては純粋に感性的な判断を重視する立場より平等的である。
ようするに、歴史主義的にある音楽について語るのは言語的な媒介作用がある分、直接その対象に触れることがなくても可能であるが、非歴史主義ではそのような可能性を排除してしまう。
貧乏人の美食を語ることはできなさに比べて、録音物により「本物」に触れることができるポピュラー音楽はより平等的であり、その「本物」に触れるためには歴史主義的な趣味は積極的な働きをすることもある。
非歴史主義的な趣味は、歴史的な言説を封じる結果、「語り得ない」ものとしての趣味を先鋭化させ貴族的なものになりうる。
要するに強引にまとめると、非歴史主義であってもある種の才能が必要であるため、そのような才能を言語化して伝えることができる歴史主義よりも、貴族的でありうると。
というかロマン主義という言葉はわざとつかってんのかな?つまり、語り得ないものとしてのセンスの向こうに本物を幻想するっているか。そんならなおさらそのような非歴史主義が平等であるとは思えないなー。
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サブカル非歴史主義が貴族的なものになりうるというのは確かにその通りで、みんながみんな権威に頼るめちゃめちゃつまんない事になってしまうのかなぁと思ってしまいます。
しかし「入り口が誰にでも解放されている」というのもどうかと思います。なんらかの形で自らのセンスに自身を持ってないと、歴史とか文脈に頼らずに何かを良いというのは難しいんじゃないですか?例えば、クラス内での位置が相対的に低い人が「○○いいじゃん!」とか言っても白い目で見られるだけとか。狭義のサブカルやオタクが自らの文化の歴史的権威に頼って価値判断を正当化するのは、現実での価値序列に反抗したいからなんだと思いますよ。