装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊

2007-05-23 高橋忠弥『高橋忠弥詩画集 巴里憂愁』は妻に捧げる鎮魂歌

■高橋忠弥の装丁書誌リスト7


・滝春一『句集 燭』(大雅洞、1965[昭和40]年)

宮沢賢治風の又三郎』少年少女日本の文学21(あかね書房、1967[昭和42年2月15日])


忠弥は1965[昭和40]年にフランスへ渡り1976[昭和51]年爾帰国する。滞欧中にも装丁をやっていたとの話だが、『風の又三郎』もパリで描いたらしく『本の装い』には「39年から51年までフランスに移住したが、在仏中も児童文学全集(*注:『世界少年少女文学全集』11巻フランス編1(創元社、1954年)、『世界少年少女文全集』14巻ドイツ編1(創元社、1954年)、『少年少女日本の文学』21巻などをさしているのか?)の宮沢賢治の巻に絵を描き文章を寄せたりしている」とある。『風の又三郎』に忠弥の文章はなく、『世界少年少女文全集』との勘違いか? でも『世界少年少女文全集』は渡仏する前の作品だ。


風の又三郎』にはカラー挿し絵が3点入っており、カットも40数点描いている。目次にも飾り罫を描くなど隅から隅まで忠弥の思いのこもった造本になっている。少年少女日本の文学の他の巻も見てみたいがなかなか見つからない。



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『高橋忠弥詩画集 巴里憂愁』


『高橋忠弥詩画集 巴里憂愁』は、滞欧中に無くなった妻へのレクイエムのつもりで棺にも1冊入れたという限定版の石版画5葉付きの詩画集だ。この画集については忠弥が「雀頭居雑記・版画余談」(「北方文学」昭和46年)にエッセイを書いている。一部抜粋してみると


「巴里憂愁というのはリトグラフ五葉入りの私のはじめての詩画集で、死んだ女房への献詞のやうなものである。一九六九年滞欧作発表のため、ちょっと帰ってきた時に限定六十冊開板。その一冊を墓に埋めた私にとってなつかしい詩画集である。凍ってしまひさうな異国での孤愁の中で、苦労のかけ放題で死なせた女房を悼んだ五十男の感傷でおはずかしいものだが、奇妙に心にくひいった本である。


表題の《巴里憂愁》を手漉きの和紙の中に、すかしで漉きあげた、越前の特製紙で、製本も念入りな無綴のカルトン入り。心中ひそかにひとりで喝采したものだが、なにしろ六十冊だけのものだから、多くの人に読んで貰へなかったと思ふと、少々心残りがしないでもない。しかし冥土の何処かで女房が読んでくれれば、それでいゝやうな氣もする。」と、一世一代の豪華な造本は、まさに妻に捧げる鎮魂歌だったのだ。



◎高橋忠弥『高橋忠弥詩画集 巴里憂愁』(昭森社、1970[昭和45]年8月)



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・小檜山博『出刃』(構想社、1976[昭和51年])

水上勉『草の碑』(現代史出版社、1976[昭和51年])

・小檜山博『生き物たち』(集英社、1979[昭和54年])

・渡辺喜恵子『啄木の妻』上・中・下巻(毎日新聞社、1980[昭和55年])


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・渡辺喜恵子『北国食べもの風土記』(女子栄養大学出版部、1980[昭和55年])

・渡辺喜恵子『馬淵川』(毎日新聞社1、198[昭和56年])


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