装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊

2007-09-15 「国際画報」表紙はタイトルも装画もモダンだ

表紙のタイトルばかり追いかけていて、装丁のことなどすっかり忘れていたが、

・『国際画報』第7巻1号(大正通信社、昭和3年)

・『国際画報』第7巻3号(大正通信社、昭和3年)

は装飾図案文字のタイトルも見事だが、彦坂楊亮(ようすけ)による表紙のアールデコ風の絵もいい。


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目次のタイトルも手書きで表紙とは別に新たに書き直している。何でも一つ一つ手書きだった頃はそのどれもが製作者の心がこもっていていいですよね。目次のタイトルといえど疎か にせず、表紙のタイトル文字よりはやや柔かくカット風に描くなど、表現にも気を配っているのがわかる。


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裏表紙(表紙4)に掲載されている「クラブ白粉」の7巻3号の広告は彦坂楊亮が描いているが、面白いのは「クラブ白粉」というロゴが1月号の文字と比べると微妙に書き換えられている。「ブ」の点や「白粉」を見るとその違いを顕著に見ることができる。毎回描いていたために、描き手の好みによってかえられていたのではないでしょうか。

・「クラブ白粉」(「国際画報」7巻1号表4掲載)

・「クラブ白粉」(「国際画報」7巻3号表4掲載)デザイン=彦坂楊亮

・「クラブ白粉」(『名曲物語』中央公論社、昭和7年)表4広告


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彦坂楊亮については全く何もわからない。1910年5月11日「日本」という雑誌に「白馬会を見る」という記事があり、そこには次のように記されている。

「彦坂楊亮君の風景は調子の良い画だ併し是だけでは未だ完成したものとは思はれない前景の草原も物淋しい」

とあるが、ここからは白馬会に属していた画家であるらしいことしかわからない。


一つの商品の広告でも1月号と3月号でこんなにもイメージを変えるというのは、この時代はターゲットを和風の着物美人にするのかモダンガールにするのか絞りきれていなかったのだろう。


前回「週刊朝日」に掲載されていた武井武雄の挿絵の話の時も、やはりまだまだモダンガールは市民権を得ることができず伝統的な内容を扱った時代小説が強かったのも、同じように昭和初期の和と洋の関係を示しているように思える。