装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊

2009-12-10 青山二郎装丁の発想源は陶器の模様

骨董陶器の伝説的な目利きとして高名な青山二郎だけあって、その能力を装丁にも応用して、装丁用に描かれた絵の多くは陶器に描かれた模様を模写したものが多い。青山が描いた装画の元となった陶器を探し求めたものが、「本歌取り」として、

室生犀星『純粋小説全集 弄獅子(らぬさい)』(有光社、昭和11年)

青山二郎『眼の引越』(創元社、昭和27年)

「日本映画」(大日本映画社、昭和18年)

島木健作『随筆と小品』(河出書房、昭和14年)

の4点が『別冊太陽 青山二郎の眼』(平凡社、1994年)に掲載されている。

『別冊太陽』に掲載された写真と青山の絵が同じアングルである事から察して、一部は博物館まで足を運んで実物を模写したのではなく、恐らくは図録に掲載された写真を元に描いたのではないかと思われる。

本歌取りとは、

「和歌、連歌などの技巧の一つ。すぐれた古歌や詩の語句、発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧。新古今集の時代に最も隆盛した。転じて、現代でも絵画や音楽などの芸術作品で、オリジナル作品へのリスペクトから、意識的にそのモチーフを取り入れたものをこう呼ぶ。オリジナルの存在と、それに対する敬意をあきらかにし、その上で独自の趣向をこらしている点が、単なるコピー(パクリ)とは異なる。」(「はてなキーワード」)とあり、剽窃や盗作とは違い、元の作品を応用してアレンジするというような意味か。


f:id:shinju-oonuki:20091214183027j:image

織部瓜文陶硯(東京国立博物館)。『別冊太陽 青山二郎の眼』より転載


f:id:shinju-oonuki:20091212183738j:image

片岡鉄兵『純粋小説全集第11巻 流れある景色』(有光社、昭和11年5月)


f:id:shinju-oonuki:20091210164050j:image

青山二郎『眼の引越』(中公文庫、昭和57年)。

原本は創元社から昭和27年6月に刊行され、同じ模様が使われていた。


f:id:shinju-oonuki:20091210164049j:image

「三彩花紋皿」(唐時代、東京国立博物館)。『別冊太陽 青山二郎の眼』より転載


f:id:shinju-oonuki:20091210182640j:image

「日本映画」(大日本映画社、昭和18年)と「古染付蓮花文大皿」(青山二郎旧蔵)。『別冊太陽 青山二郎の眼』より転載



f:id:shinju-oonuki:20091210183731j:image

島木健作『随筆と小品』(河出書房、昭和14年)と「吸坂手白鷺鉄釉染付向付」(滴翠美術館、江戸時代)。『別冊太陽 青山二郎の眼』より転載

パロディは本歌取りか? パロディ事件と呼ばれる、マッド・アマノ(本名 天野正之、デザイナー)と 白川義員(写真家)との間で争われた日本における著作権等の侵害訴訟事件があるが、これは、本歌取りではないのだろうか。


「1970年1月、マッド・アマノが自身のフォトモンタージュをまとめた作品集『SOS』を出版。その一部が『週刊現代』1967年6月4日号に「マッド・アマノの奇妙な世界」として発表された。その中の1枚が白川義員撮影のアルプスを滑降するスキーヤーの写真をもとにしたものであることがわかり、著作権侵害であると抗議し、『週刊現代』の発行元である講談社が写真の使用料50万円を支払うことになった。

その後1970年9月、白川義員マッド・アマノにこの作品自体が著作者人格権侵害だとして、再び損害賠償ならびに慰謝料50万円と朝日新聞毎日新聞、読売新聞の社会面に二段抜きで謝罪広告を掲載するように内容証明付きの手紙を出した。そして1971年9月、白川義員が同じ内容で東京地裁に訴状を提出した。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)