装丁家・大貫伸樹の装丁挿絵探検隊

2012-09-09 挿絵画家・堂昌一

「粋美挿画」3号特集「挿絵画家・堂昌一」A4、8頁をほぼ書き上げた。執筆といっても、私の場合は、レイアウトしながら書いてしまいます。堂昌一(1926-2011年)は、木枯し紋次郎や潮来の伊太郎の挿絵を描いたことで知られるが、笹沢佐保松本清張杉本苑子森村誠一などの小説の挿絵を描いた。岩田専太郎が急逝したあと、連載中だった松本清張「西海道談綺」や山岡荘八徳川家光」などの挿絵を引継いで描いたという話も良く知られている。3日前に注文した江戸川乱歩怪人二十面相」の挿絵を取り込み、某作家の堂昌一評を引用してスペースを調整すれば原稿は完成するのだが、これは退院してからの楽しみにしよう。明日から1ヶ月ほど入院してきます。

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「粋美挿画」3号第2特集「挿絵画家・堂昌一

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「粋美挿画」3号第2特集「挿絵画家・堂昌一

na−nana−na 2012/09/09 19:08 堂昌一の挿絵、素敵ですよね。特に、女性の横顔が好きです。
入院されるのですね。一日も早いご回復をお祈り申し上げます。

HigettiHigetti 2012/09/09 21:47 na−naさん、コメントありがとう。元気になって戻って、続きを書かせていただき、年内に「粋美挿画」を刊行したいと思っていますので、その時はよろしくお願いいたします。

村山守村山守 2012/09/10 17:12 ブログも粋美挿画も楽しみにしています。早く元気になって再開してくださいね。でも無理はしないでください。

2012-06-19 春日章『妖艶画集』が届いた

春日章『妖艶画集』(グリーンドア文庫、1993年)が届いた。春日章はあの木枯し紋次郎の挿絵を描いた堂昌一のもう一つの雅号だ。発売当初は500円だったが、今では180頁ほどの文庫本が1万円もする。内容は表紙のおしとやかさとは裏腹にネットにアップするのは妖艶すぎてちょっとはばかられる。「粋美挿画」3号に「挿絵画家・堂昌一伝」を書くのでしぶしぶ購入したので、決して趣味で購入したのではないから!!念のため。 19:52

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2011-10-30 堂昌一、もう一つの雅号・春日章の由来

まだ四十九日も済まないというのに、11月3日まで神保町・東京堂書店で只今開催中の「粋美挿画展」に出品する堂昌一(本名:堂前證一)先生の作品をお借りするために無理を言って10月19日に両国のお宅を訪問させていただいた。お嬢様と奥様が作品を用意して待っていてくれた。3時に訪問し終ったのは22時30分だった。その間、堂先生のアトリエでたくさんの資料を見せていただいたり、思いで話を伺ったりしながら、星恵美子先生や沢登みよじ先生、お嬢様の3人は展示用の作品を選び出しパネルにどんどん貼っていった。堂先生は几帳面な方で、作品や資料を綺麗に整理されていたので、1回の訪問で、展覧会の準備を完全に終らせることが出来た。 11:24


私は体調不良を理由に展示の準備作業には加わらず、同大な数の作品の選択基準を「木枯し紋次郎」を中心にすることを決めたり、略歴の空欄を埋めたり、堂先生のもう一つの雅号の話を奥様に聞くなど、比較的楽な作業に携わった。略歴については「文芸随筆」No.38(日本文芸家クラブ、2000年)や、このバックナンバーに4回に渡って寄稿された文章があるので、紹介しよう。


あね・おとうと   堂昌一

 川口松太郎先生が、岩田専太郎先生のさしえを評して、「岩田君の描く女には、妹のとし子さんが居る」とおっしゃいましたが、私の描く女にはどこかに姉、まつ子の面影があるような気がします。

 幼くして父を失った私と母は、浅草の花柳界と吉原に挟まれた象潟(きさかた)町の、大きな建具屋に嫁いだ姉に引き取られました。それ以来いろいろありましたが、銀座、赤坂、神楽坂と、平成九年姉が亡くなるまで六十四年余一緒に暮らしました。


 その頃、吉原の大きな妓楼では初午に、模擬店等を出して、出入の商家や職人の子供達を呼んで、賑やかにお祭りをしました。

 当時五歳の美少年? だった私は花魁に可愛がられました。私の性のめざめは花魁の脂粉の香りと、打掛けと腰巻きの原色でした。 

 その横に長屋があり、そこには牛すきの「米久」の中居さんや、吉原の、“やりて”と、“牛太郎”旅廻りの浪曲師、私に浮世絵の良さを教えてくれた老蒔絵師、吉原の花魁が郭を抜けて駆け込んできた、いなせな草履職人等が住んでいました。


 夏になると、倶利迦羅悶々の背中に手拭いを掛けて屋台将棋、線香花火と、猥談、夜中の賭博に手が入って、屋根の上を逃げ回るおじさんやおばさん達、花月劇場の二枚目俳優と待合の娘のラブ・シーン。目から耳からもいろいろと教育されて、随分とませた子供になりました。

 町内の鳶の頭のシカさんちのお玉ちゃんは十四、五歳か“俺”“お前”と江戸っ子弁で、荒い言葉の裏に優しい女らしい、やさしさのある、小股の切れ上がった引っ詰め髪のよく似合う、町の少年達の憧れの君でありました。


 十六歳ごろから本郷絵画研究所で、デッサンの勉強をしていました。研究所にはさしえ画家土井栄さんと中尾進さんがいました。土井さんは当時二十歳代後半で、下谷の坂本に住んでいました。四十歳位のおばさんと、妙齢の娘のやっている下宿屋でした。


 土井さんが、ときどき赤ん坊を抱いていて俺の子と言っていましたので、てっきり娘との間の子と思ったら、おばさんとの子でした。土井さんは婦人雑誌にさしえを連載していて唯一の高額所得者でしたので、よくみんなにご馳走してくれました。酔うと必ず近くの吉原を素見(ひやか)しに出かけます。そして私は童貞を失いました。十七歳の冬でした。


 大東亜戦争はますます過酷な様相を呈してきました。研究所の中村研一先生に「非国民ども!! 兵隊に行ってお国のために死んでこい!!」と言われ、予科練、終戦の時は横須賀の追浜航空隊、そして終戦、その間女性とは無縁でありました。

 戦後、銀座で姉と喫茶店を開きました。近くにまんが集団の事務所があり、店は集団のたまり場になり、私も雑誌や付録にカットを描くようになり金が入ると、山下紀一郎さんなんかとよく悲しい恋を求めて色町の路地をさまよい歩きました。(つづく)

2011-10-28 みんなで行こう「粋美挿画展」

なお、29日30日は別のイベントが同じ部屋で開催されるため、急遽、展示作品が全て片づけられ見られなくなりました。 22:08


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東京堂書店ショウウインドウに飾られた「粋美挿画展」ポスター


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東京堂書店6階「粋美挿画展」入り口


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濱野彰親コーナー1、ポスターに使われている森村誠一「棟居刑事の情熱」、森村誠一「青春の源流」、松本清張「黒革の手帳」、山崎豊子「大地の子」など


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濱野彰親コーナー2


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濱野彰親作品(上)と伊勢田邦貴挿画の書籍コーナー


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伊勢田邦貴装画コーナー

戦後間もない頃からの表紙画

・伴大作『怪獣国探検』(明々社、昭和23年4月)

・野村愛正『ヒマラヤの牙』(中文館書店、昭和23年12月)

・緒貫武雄『黄金狸』(岩崎書店、昭和24年8月)

・野村胡堂『冒険探偵 都市壊滅団』(光文社、昭和25年9月)

・野村胡堂『冒険探偵 大宝窟』(光文社、昭和25年7月)

・野村胡堂『冒険探偵 スペードの女王』(光文社、昭和25年3月)

・野村胡堂『冒険探偵 岩窟の大殿堂』(光文社、昭和25年11月)

・野村胡堂『冒険探偵 地底の都』(光文社、昭和25年9月)

・今井達夫『熱球室を討つ』(偕成社、昭和25年2月)

・高木彬光『死神博士』(偕成社、昭和26年6月)

・島田一男『まぼろし令嬢』(偕成社、昭和26年7月)

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などの単行本が展示されている。



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堂昌一コーナー1、ポスターに使った「股旅新八景」の挿絵原画はこのコーナーにある。松本清張「西海道談綺」の挿絵もここにある


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堂昌一コーナー2、「木枯し紋次郎」の挿絵で構成されている。星先生からの速報によると、会場で今一番売れている絵葉書はこの紋次郎シリーズだそうです。さすが堂先生の絵はかっこいい。ちなみに膨大な作品の中からこの絵葉書の5枚を選択したのは私です。


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伊勢田邦貴コーナー1、「快塔王」「ああ玉杯に花受けて」「砂漠の英雄ロレンス」などの挿絵原画が展示されている


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伊勢田邦貴コーナー2、奥の方には志村立美や加藤敏郎:画、山村荘八「伊達政宗」、早乙女貢「會津士魂」、そのほか今村恒美等の作品が展示されている


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招待出品の高荷義之氏や杉本一文:画、横溝正史「花髑髏」や会員の安東延由氏、上田信氏、海老原英明氏等の作品が展示されているコーナー


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高荷 義之(たかに よしゆき、1935年12月18日 - )

 少年雑誌、架空戦記の挿絵・表紙絵、プラモデルのボックスアートなどを数多く手がけ、師匠の小松崎茂と共にメカニックイラストの専門家として知られる。

・画集『電撃ドイツ戦車軍団』( 主婦と生活社 1972年)

・画集『高荷義之 アニメ・イラスト集』(徳間書店 1983年 )

・画集『高荷義之イラストレーション』(徳間書店 1986年)

・平野克己編 『高荷義之プラモデル・パッケージの世界』( 大日本絵画 2000年)

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・画集『ワンダーアートタカニスタイル 高荷義之超現実画報』( オークラ出版 2002年 )

などの画集がある。


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杉本一文:画、横溝正史「花髑髏」(角川文庫、1976年)表紙画

角川文庫の横溝正史作品シリーズの表紙を担当していたことで知られる。50歳から銅版画家として活動を開始。海外でも高い評価を得て、2001年 第4回国際蔵書票コンペティション(ポーランド)特別賞など受賞多数。

石川正尚石川正尚 2011/10/29 10:07 昨日の午後、友人と行ってまいりました。とても素敵でした。まさに百聞は一見にしかず、ですね。友人は、堂先生の紋次郎の挿絵に感動していました! ご準備等、お疲れさまでした!

shinju-oonukishinju-oonuki 2011/10/29 11:19 石川正尚さま、会場に足を運んで頂きましてありがとうございます。堂先生の股旅ものは本当にすごいです。今回展示されなかった「潮来の伊太郎」「日暮妖之介」など、堂先生のお宅にはまだまだたくさんのお宝原画が溢れていました。今から次回何を出品していただけるか楽しみです。

2011-10-13 粋美装画展

10月27日(木)〜11月3日(木)(am10:00〜pm8:00 最終日am10:00〜am12:00)に、神保町・東京堂書店で開催される「粋美挿画展」のポスターができ上がった。画像は、展覧会場でそれぞれ約50本のパーテーションボードのうち10本前後を飾る、伊勢田邦貴:画「砂漠のロレンス」、堂昌一:画「股旅新八景」、濱野彰親:画「棟居刑事の情熱」の3人の作品のなかから使われている。 13:40


最初予定していた作品は、濱野彰親「大地の子」、堂昌一木枯し紋次郎」、伊勢田邦貴「快塔王」でしたが、全部入れ替えになってしまった。1枚1枚見ているときの感動と、ポスターに割り付けたときの見栄えのよさは必ずしも同じではなく、いい絵が3枚集まっても1枚のポスターにならないこともある。3枚の絵がポスターの中でそれぞれの絵が自分のポジションをしっかりと見つけられたときが、互いに共鳴しあい1つの作品として相乗効果を生み出す。「三丁目の夕日」のようなレトロまでは古くはない戦後昭和の復興期の経済右肩上がりの勢いが感じられればいいのだが。


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「粋美挿画展」のポスター


元の画像は、

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伊勢田邦貴:画「砂漠のロレンス」


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堂昌一:画「股旅新八景」


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濱野彰親:画「棟居刑事の情熱」


http://tokyodoshoten.co.jp/blog/?cat=3

村山守村山守 2011/10/13 19:43 展覧会楽しみにしています。それにしても堂さんが亡くなったのは残念でした。ずいぶん昔のことですが、ひょんなことから堂さんとお話しする機会があり、そのおりにたくさんの原画を拝見しました。ご冥福をお祈りします。

shinju-oonukishinju-oonuki 2011/10/16 11:01 村山守さん、コメントをありがとう。ぜひ会場に足を運んでください。お会い出来るのを楽しみにいたしております。

2011-09-27 堂昌一:画「裏窓」表紙

堂昌一(どう・しょういち、1926年東京に生まれる、本名/堂前證一:どうまえ・しょういち、雅号/春日章:かすが・あきら、挿絵画家) 19:25

日本出版美術家連盟前会長・堂昌一先生がお亡くなりになりました。かねてより病気療養中のところ9月25日85歳で永眠致しました。ここに生前のご厚誼を深謝致しますとともに謹んでご通知申し上げます。

通夜  9月29日(木)午後6時〜7時

告別式 9月30日(金)午後1時〜2時

場所  回向院

    東京都墨田区両国2-8-10

    JR両国西口大江戸線両国より5分

問い合わせ並びに生花のご注文は高芳まで

TEL.03-3632-0871  FAX.03-3631-8721

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堂昌一父娘展」2010年8月、日本出版美術家連盟理事長・浜野彰親氏、星恵美子氏、沢登みよじ氏と談笑する堂昌一(中央腕組み)ご夫妻

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堂昌一:画(「堂昌一父娘展」より)


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堂昌一:画(「堂昌一父娘展」より)。この「木枯し紋次郎」の原画は、この日、星恵美子さんが購入したようだ。 http://d.hatena.ne.jp/ryuuseiemiko/20111002/1317533174


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堂昌一:画(「堂昌一父娘展」より)

2011-09-22 岩田専太郎が描いた木枯し紋次郎」の挿絵

笹沢佐保木枯し紋次郎」の挿絵を最初に担当した岩田専太郎が描いた挿絵が挿入されている「木枯し紋次郎/股旅シリーズ 土煙に絵馬が舞う」(「小説現代」講談社、昭和46年12月号)が届いた。これで岩田専太郎、小林秀美、堂昌一と「木枯し紋次郎」の挿絵を担当した3人の挿絵画家が描いた挿絵が揃った。三人の挿絵画家のそろい踏みだ。 18:13


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岩田専太郎:画、「木枯し紋次郎/股旅シリーズ 土煙に絵馬が舞う」(「小説現代」講談社、昭和46年12月号)

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岩田専太郎:画、「木枯し紋次郎/股旅シリーズ 土煙に絵馬が舞う」(「小説現代」講談社、昭和46年12月号)

笹沢のタイトルのつけ方もかっこいいが、岩田専太郎の挿絵にもほれぼれさせられる。


紋次郎の風貌については第1作「赦免花は散った」に「切れ長の目に、一種独特の冷たさがある鼻も高いし口許も引き締まっていた。……その渡世人は、左の頬に傷跡を持っていた。もちろん、刀傷である。……その長身の渡世人は今年で三十になる。」とあるのが、紋次郎について書かれた風貌で、これを元にして挿絵画家が紋次郎像を創作していったのだろう。登場人物の特徴を絵で示す作家もいるようだが、紋次郎については、打ち合わせをしたのか、絵を示したりしたのか未調査で不明。 19:57


 昭和46年7月に発表された第5作「水神祭に死を呼んだ」には「渡世人の両頬は、病後のように削げ落ちていた。長旅を続けているにしては、顔の色が青白かった。何を考えているのか、わからないような目をしている。妙に冷たく沈んでいる眼差しだった。虚無的な翳りが、そのほりの深い顔立ちに凄味を漂わせていた。……空を見上げた渡世人の左の頬に、刀の傷跡が残っていた。小さな傷跡だし、かなり古いものだった。その両端が引き攣っているのも、さして気にはならなかった」と更に詳しく書かれている。



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小林秀美;画、笹沢佐保木枯し紋次郎/念仏は五度まで」(「小説現代」講談社、昭和50年7月号)


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堂昌一:画、笹沢佐保木枯し紋次郎」(小説現代・河北新報、1975)


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堂昌一:画、笹沢佐保『帰って来た紋次郎』(「新潮文庫」平成9年9月)


◆粋美挿画展◆ 12:03

期間……10月27日(木)〜11月3(木)10:00〜18:00

於………神保町・東京堂書店6F(すずらん通り)

    東京都千代田区神田神保町1丁目17番地

    都営新宿線・神保町

    都営三田線・神保町

    営団地下鉄半蔵門線・神保町

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堂昌一:装画・挿絵、笹沢佐保『潮来の伊太郎 大利根の闇に消えた』(読売新聞、昭和48年)

2011-09-16 堂昌一略歴に加筆

堂昌一挿絵画集』に記載されている「作者略歴」は下記の通りだが、1974年、岩田専太郎の後を引継ぐ以前の作品については触れていない。1944年から1974年の空白となっている埋めて見ようと思う。(*印は筆者が加筆) 09:16

 1926年 東京に生まれる

*1933年 7歳の時、父が他界、母と共に姉の婚家へ引き取られる

 1941年 本郷絵画研究所に学ぶ

 1944年 大東亜戦争美術展、聖戦美術展出品、陸軍美術協会会員

*1948年 西銀座に喫茶「ねすぱ」を開店、編集者が店に集まるようになり彼らに頼まれるまま少しづつ雑誌のカット等を描くようになる

*1972年 笹沢佐保「日暮妖之介」(「週刊小説」)

*1973年 笹沢佐保「潮来の伊太郎」(「週刊読売」)

 1974年 岩田専太郎氏死去により「週刊文春」連載中の松本清張作「西海道談綺」、「小説現代」連載中「木枯し紋次郎」、山岡壮八「徳川家光」の挿絵を引継ぎ、これが挿絵画家として大きく飛躍する切っ掛けになる     

*1975年 笹沢佐保木枯し紋次郎」(「小説現代)

*1977年 多岐川恭「用心棒」(「週刊新潮」)

*1979年 五味康祐「吹上奉行参上」(「週刊新潮」)

*1979年 田村泰次郎「昨日の花々」(「泰流社」)

*1983年 豊田行一「青い太陽」(「地上」)

 1984年〜86年 森村誠一作「忠臣蔵」週刊朝日

*1985年 笹沢佐保「狂乱春の夜の夢」(「週刊読売」)

*1986年 笹沢佐保「今朝もまた夢」(「報知新聞」)

 1989年 三友社「生きよ義経」

 1989年 多岐川恭作「春色天保政談」

*1989年 平岩弓枝「千姫様」(「野性時代」)

*1990年 森村誠一「新撰組」(「週刊朝日」)

 1991年 杉本苑子「汚名」毎日新聞夕刊

*1992年 森村誠一「太平記」(「野性時代」)

*1992年 第1回日本文芸家クラブ大賞絵画部門

*1995年〜97年 杉本苑子「風の群像」(日本経済新聞)

*1998年〜99年 池宮彰一郎「本能寺」(毎日新聞)

*1999年〜00年 森村誠一「人間の剣 江戸編」(週刊読売)


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堂昌一:画、「懸賞入選」カット(「家の光」昭和34年8月号)。堂の言うカットには、このような絵も含まれるのだろうか。挿絵なのかカットなのか微妙だ。


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堂昌一:画、南達彦「マネキン地蔵」(「読切倶楽部」三世社、昭和31年12月号)


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堂昌一:画、山村正夫「遥かなる死の匂い」(「大衆小説」双葉社、昭和40年6月号)


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堂昌一:画、山村正夫「遥かなる死の匂い」(「大衆小説」双葉社、昭和40年6月号)


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堂昌一:画、山村正夫「遥かなる死の匂い」(「大衆小説」双葉社、昭和40年6月号)

2011-09-15 堂昌一のデビュー作をさがす

笹沢佐保木枯し紋次郎」の挿絵などで知られる挿絵画家・堂昌一(1926年〜)のさし絵デビュー作はなんだろうか? と思い、『堂昌一挿絵画集』等をめくってみたが分からない。こうなるとついむきになって調べようとする欠点ともいえる性格が頭をもたげる。 17:20


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堂昌一堂昌一挿絵画集』(ノーベル書房、平成4年9月)

この本に掲載されている一番古い作品は、杉本苑子「汚名」(「毎日新聞」1961.3)、堂昌一35歳の時の作品とあるが、これは間違いで「汚名」は1991年に発表されている。この画集では笹沢佐保「日暮妖之介」(「週刊小説」、1972年)が一番古く、堂46歳のときの作品で、それ以降に創作された作品が掲載されている。代表的な作品を選択するとおのずと若い頃の作品ではなく、年齢的にも気力・技術ともに成熟した年齢の作品になるのだろうが、個人史や作品歴が分かるように構成してもらえるとありがたいのだが。遅咲きの挿絵画家といわれる所以もこの辺からくるものと思われる。


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堂昌一:画、笹沢佐保「日暮妖之介」(「週刊小説」、1972年)


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堂昌一:画、笹沢佐保「日暮妖之介」(「週刊小説」、1972年)


そうは言っても、戦後まもない頃に挿絵の世界にはいったものと推察されるが、その頃の作品も見たいし、堂昌一のスタートとなった作品を知っておきたい。

架蔵書で一番古い堂の挿絵は戸川貞雄「私刑」(「にっぽん読切小説読物」日本社、昭和27年12月)。堂26歳の作品だ。

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堂昌一:画、戸川貞雄「私刑」(「にっぽん読切小説読物」日本社、昭和27年12月)


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堂昌一:画、戸川貞雄「私刑」(「にっぽん読切小説読物」日本社、昭和27年12月)


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堂昌一:画、戸川貞雄「私刑」(「にっぽん読切小説読物」日本社、昭和27年12月)


堂昌一挿絵画集』に記載されている「作者略歴」によると

1926年 東京に生まれる

1941年 本郷絵画研究所に学ぶ

1944年 大東亜戦争美術展、聖戦美術展出品、陸軍美術協会会員

1974年 岩田専太郎氏死去により「週刊文春」連載中の松本清張作「西海道談綺」の挿絵を引継ぐ

1984年〜86年 森村誠一作「忠臣蔵」週刊朝日

1989年 三友社「生きよ義経」

1989年 多岐川恭作「春色天保政談」

1991年 杉本苑子「汚名」毎日新聞夕刊

とあり、岩田専太郎の後を継ぐ以前の作品については触れていない。

2011-09-14 伊勢田邦彦展&粋美挿画展

伊勢田邦貴展と粋美装画展が同時期に開催されることになり、これからの準備作業が大変だ。 22:09

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◆伊勢田邦彦展◆

期間……10月24日(月)~30日(日)

於………日本橋ナンワギャラリー

    東京都中央区日本橋室町4-12-6

TEL.03-5241-3927

     JR山手線、神田駅より徒歩5分

     JR総武快速、新日本橋駅より徒歩6分

     営団地下鉄銀座線、三越前より徒歩6分

     営団地下鉄半蔵門線、三越前より徒歩8分


今日は、神保町・東京堂書店で開催予定の「粋美挿画展」の打ち合わせのため、東京堂書店まで行ってきた。展示の方法、導線、パーテーションを何枚用意するか、原画が何枚必要か、などなど細部に渡って詰めてきた。

展示作品についても江戸川乱歩、横溝正史、海野十三等を中心に「木枯し紋次郎」「大地の子」「伊達政宗」など原画と印刷物を並べて展示したいと思っている。これから日本出版美術家連盟の会員やかつて所属していた画家や著作権継承者を訪ねて作品を集めなければならない大変な作業が始まる。

◆粋美挿画展◆

期間……10月27日(木)〜11月3(木)10:00〜18:00

於………神保町・東京堂書店6F(すずらん通り)

    東京都千代田区神田神保町1丁目17番地

    都営新宿線・神保町

    都営三田線・神保町

    営団地下鉄半蔵門線・神保町

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堂昌一:装画・挿絵、笹沢佐保『潮来の伊太郎 大利根の闇に消えた』(読売新聞、昭和48年)


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堂昌一:画、笹沢佐保『帰って来た紋次郎』(「新潮文庫」平成9年9月)


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伊勢田邦彦:画、コナン=ドイル『赤い文字の謎』(名探偵ホームズ)1、ポプラ社、昭和36年)ジャケット色校正刷り