ピロリ菌ちゃん

アンパンマンに出てきそうな名前のかわいいのが胃の中にいるよー、と3ヵ月に一度通わなきゃいけない病院のお医者様、幸田君が教えてくれた。
胃が凄く調子いい、という状態がどんなだかわからないけど、学生時代から酒を飲み続けている私はずっとこんなもんだろうと思っていたんだが、ピロリちゃんがいるとは「へー」って感じで新鮮だわ。
胃潰瘍とかガンになる確率が高くなるんでしょ。

この恐怖の宣告は3ヵ月前に受けていた。
いたんだけど、そのときはずいぶんカジュアルだったのよ。
「大倉さん、ピロリ菌がいますね」
「あ、そうですか。どうしましょうか」
「消してしまいましょう」
「消しましょう」
「じゃ、それは次回来られたときで」
「そんなに放っといていんですか」
「いつやっても同じだから」
「じゃ、やんなくてもいいんですか」
「やった方がいいですね」
「それは手術とかですか」
「いや、薬処方するだけだから、そんな深刻に考えないで」
う〜ん、薬処方するだけだったら今日でもいいんだけどな、と頭をひねったが、幸田君とはもう15年近い付き合いだからあえて首筋掴んで「どうしてだよ」とはやらなかった。

幸田君のいう通り、放っておいても、元気に旅から帰ってきたし、「う、差し込みが」とかいうこともなかった。
昨日、予約の時間に滑り込みセーフで間に合って、私が真っ黒になっていることを全く気にせずに「大倉さん、検査の結果が出ましたよ。あったあった」と嬉しそうにしている。
前回、血液検査をしたのはそれを調べるためだったのね。
でもどうしてそんなことがわかったんでしょうか。
4ヵ月前に胃カメラのんだからだ。
あのとき、ちょっと摘まれたのが何のためだかわからなかったが、そういうことだったのね。
ちょっと摘まれるのってのはあまり気持ちのいいものではないね。
痛くないんだけど、痛いような気がしちゃう。
夜しっかりアルコール消毒しておいたんだけど。

そんなわけで、我々はピロリ菌撲滅作戦のことについて綿密な検討を行った。
「たくさんいますか」
幸田君の手元にある紙には普通の人と私のピロリちゃんの数字が書かれているが、ずいぶんと高得点をいただいているふうに見える。
「これはね、あんまり関係ないから気にしないで。いるかいないかだから」
「へー」
「一週間抗生剤を朝晩飲み続けてね。途中でやめると効かなくなるから」
「はい」
「じゃ、そういうことで」
「いや、もうちょっと相談しましょうよ」
「どんなこと」
「どこからやってきたとかさ」
「井戸水飲んだりした人に多いっていわれてるんだけどね」
「あ、ありました。ガキの頃に飲んでた。スイカ冷やしたりしてね」
「それはどうでもいいから」
そういえば妹もピロリ菌飼ってるって言ってたな。
同じ井戸水飲んだからだな。
あの方は除菌やんないんだろうか。

しかし、本当にそうなんだろうか、と調べてみたら井戸水だけじゃないじゃん。

本菌の感染経路は不明であるが、胃内に定着することから経口感染すると考えられており、口-口および糞-口感染が想定されている。保菌している親との小児期の濃密な接触(離乳食の口移しなど)、あるいは糞便に汚染された水・食品を介した感染経路が有力視されている。飼いネコやハエによる媒介感染、胃内視鏡検査を通じた医原性感染の可能性も考えられるが、どの程度強く関与しているかの統一見解は得られていない。

井戸水だけってことでもなくて、よくわかんないんじゃん。
しかし、糞ー口感染って、俺は糞食ったことないからな。

ということで、薬局に行って薬をもらってたまげた。
どえらい量飲むんじゃん。
ちょっと見てみますか。

この一枚の薬の大群が1日分。
朝晩6錠ずつだっていうから、おじさんビックリしちゃったよ。

これで、私の胃は鉄の膜が張ったようになるんだな。
いくら酒飲んでも大丈夫。
そういうことじゃないことくらい知ってます。