しんのじの夏〜2014 番外編

 久々に筆を走らせる、というか、単にキーを叩いているだけなのですが、そうしているうち、少しずつタッチタイピングの要領が戻ってきました(笑)。とはいえ、まだ結構アヤフヤですけど・・・。ほろ酔いなので、ちょとナルシズム入った、読むに堪えない駄文となっている可能性が高いですので、どうぞご用心を・・・。

 ついでの勢いで、最近気になっていることを少しだけ(少しで済むかな(汗))。しんのじ、ついに「ももクロ」からの卒業を決意しました。動機は単純、いつまで経っても歌が上手くなってくれないから。

 ま、それでもいいやと思う瞬間はありました。春も走りの今年3月15日、東京オリンピック(僕は3歳位だったはず)の前から国民に親しまれてきた国立競技場の、その改修前カウントダウンの「ももクロライブ」。鋭く切り立った斜面のスタンド。背もたれもない小さなプラスチックの窪んだ四角い板が僕の席でした。でも、ほとんど座ることなく、4時間近く、寒風の中、ペンライトを振って声援や振りをしていたわけです。
  綺麗な夕焼けに包まれました。ゆっくりと宵闇が迫りました。その日はなんと、一番小柄な有安杏果(ありやすももか)の誕生日です。もはや、ほぼ真っ暗となった午後7時頃だったと思います。オペラ等で大活躍している腕利きのセミプロ合唱団、「東響コーラス」がモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を優しい響きで奏でます。むろん、僕もよく知って何度も歌ってきた曲です(元コーラスおたくですので)。思わずテノールパートを歌い出すと、周りがオヤッと首を傾げたのはちょっと嬉しかった(笑)。

 声楽家であるすぐ下の弟の義母は、ウイーンでこの曲を合唱してきたそうです(実の母はど素人の音楽好きなのですが、なんと彼女まで数年前、合唱団でウイーン詣でをし、大聖堂で歌ってきたそうです。それに、その弟の結婚式で、両家一同を集め、サウンド・オブ・ミュージックのトラップ家ならぬ合同合唱団を作ってファックスで関西と長崎の楽譜のやり取りをして練習しながらこの曲を歌い上げたのは良い思い出です。この披露宴の前日は師走の大嵐で雹(ひょう)が降っていましたが、この日は、義父母の家に両家一同が集まり、ゲネプロを済ませています。

 僕だけ仕事の都合でどうしても参加出来ず、深夜に宿泊先にやっと着いたら、なんとそのホテルでは、かのヒロミ・ゴーのディナーショウがはけたばかり。チェックインを終え、乗ったエレベータにはほろ酔いの着飾ったカップルがたくさん乗り込み、しきりと「若い!」だの「カッコイイ!」だの興奮気味に話しまくっておりました。

 ちなみに家内もピアニストとして、ウイーンに短期留学の経験あり。カミサンといえば、去年はニュージーランドとロシアに演奏旅行(ただし、合唱団のお付きのピアニストとしてですが)。アウトドア天国、とくにカヌー関係ではアメリカ北西部と並んで聖地と言っていいニュージーランド、そしてロシアではエカリーナの栄華を示す遺産が残るサンクトペテルブルグエルミタージュ美術館にも行ったというから、もう、このヤローと言いたくなるほど羨ましいです。

 しかも、ロシアに行くことになった理由は、日本が世界に誇る現代作曲家、I.S.先生に数年前、見込まれ、可愛がってもらえるようになったこと。実力で認めてもらえたのは、彼女の努力の賜物だと思いますが、先生の趣味のワインにも付き合えた上戸ぶり(僕は悲しいかな、1合ちょっとしか飲めません)も損ではなかったはず。本当にいいなあ!

 そう言えば、僕も職業学生として過ごした大学院生の時には、国際学会荒らしで各国を行脚したものですが、もうあの頃の研究エネルギーが残っていないからなあ(涙)。もう、苦手ではなかった英会話さえ、少々錆び気味になっている模様。そのうち、うちの職場にスタッフが増えたら、もう一度、各国を巡りたいものだと思います。カミサンにもよくそそのかされる(ついていって、一緒にちょっと仕事をして小銭を稼ぎたいとのたまう。ホントに生意気なヤツ!)。

 ちなみに、僕が敬愛する伸び盛りのオペラ歌手、坂井田真実子さんは、今年一杯まで二度目のウイーン留学中です。

 さあ本題に戻ろう(笑)。杏果ちゃんの生誕祭となったこの日、アヴェ・ヴェルム・コルプスのすぐ後に歌われたハッピバースデーの歌が始まると同時に会場全体をほのかに照らし出したのは、5万本に及ぶ緑色のペンライトの海、海、海。彼女のイメージカラーが緑なので、ファンがそっと点灯してお祝いしたのです。僕は、というと、彼女は特に気に入ったメンバーだったのに、うっかりして緑色のペンライトを持参し忘れていました(涙)。これも、何かの縁の切れ目だったのか・・・。

 歌は上手くないが、一生懸命さだけは売り物に出来るももクロちゃん達でした。ですが、おそらく運営側が本気でアーティストとして育てる気がなくて、いろんな作家にいろんなテイストの曲を提供してもらって歌っているけど、最近はどれもが中途半端であり、少なくとも大人の鑑賞に堪えるレベルに至らないことを痛感したので(もっと早く気付いていた人も多いと思いますが)、この8月末を以てファンクラブ「エンジェルアイズ」を退会することとしました。

 時を同じくして嵌りだしたのは(って、ゲンキン者!)、BABYMETALという女の子3人組のヘビーメタルボーカルグループです。Su-metalと呼ばれる16歳のリードボーカルの少女。赤と黒ゴスロリでキリリと身を包み、崖の上に立っているような、不思議な孤独感と切実感を漂わせながら絶唱する彼女。ほとんどビブラートのない真っ直ぐな、しかし倍音を豊富に含む、爽やかでほど良く重い、響く声。 

 両脇を固めるのは、少しエラの張った、一重まぶたで少し目の細い典型的な日本美人のYui-metal(先日、15歳になったばかり)と、年々顔がすっきり細くなってどんどんスイートになっていくイマドキ美女のMoa-metal。この二人はダンスと合いの手専門なのだが、本当に可愛らしく、しかしキレキレのダンサーでもあるのです。

 彼女達は、かの福山クンも所属するアミューズの某グループに属するアイドル(Su-metalは卒業済み)の選抜ユニットなのですが、もちろん商業的理由で仕組まれたにも拘わらず、シンガポール、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ、カナダで、単独ライブ、ロックフェスティバル、はたまたレディ・ガガの前座でのアメリカ行脚(ももクロちゃんは、日本の単発のみの前座でした)と、みるみるとんでもない世界制覇ぶりを果たし、この冬にはアメリカとイギリスだっけ、追加公演を予定するに至る有様。

 もしご興味がおありの方は、下記の動画をご一覧いただければ幸いです。X-Japanの曲調に極めて近いのは、オマージュということだそうです(プロデューサー役のKoba-metalがメタル&アイドルおたくだそう)。

 ちなみに合いの手の二人がギターを弾いているのはフェイクで(最愛ちゃんは少しギターを習っているそうですが)、白装束に山海塾みたいな白塗りを効かせた腕利きのセッションミュージシャンが演奏しています。その中で、最近私よりちょっと上の歳で亡くなられた、山下達郎さんのツアー専属ドラマーであった青山純氏のご子息も活躍中です。

 おそらく、思春期限定ユニットとしてしか存在し得ない可能性が高いので、短期間でもいい、行ける所まで突っ走ってほしいと思います。自分が出来ないことをやってくれていて痛快なこの3人の少女達に、幸多からんことを!

https://www.youtube.com/watch?v=MCxXf3Smqrg

 なんだかんだで、結局アイドルに走っている感じなのですが(汗)、僕の敬愛するMさんに言わせると、子供のいない僕が、子供を可愛がる感じなのではないかな、とのこと。たぶん、その通りですね(笑)。

 さて、もう夕方ですね・・・。最後に料理の話も少ししましょう。時々パワーがなくなると、無性に中華が食べたくなります。ごく強火で鉄鍋をカンカンになるまで熱し、豪快にゴマ油を注いだら、乱切りか潰したニンニクを投入。後は、好きな野菜や肉を、火の通りにくい順に入れていきますよね。

 家庭でなかなかシャキッと中華の炒め物が出来ない理由は、火力が弱過ぎることにあると長年言われ続けてきましたが、それはIHでなくガス火であれば、炎の強さと鍋のサイズ・具材の量とのマッチングがちゃんと出来れば解決可能。つまり、小さな火口しかないコンロでは、小ぶりの鉄鍋にし、一回の炒める量を加減してあげれば、かなりシャッキリした、余分な水気の出ない炒め物になりますね。

 また、そのためには是非ともコーティングしていない、鉄剥き出しの鍋やフライパンで炒めることに尽きますね。カンカンに熱くしても鍋自体が傷まないし、水分も一気に蒸発し、野菜類は青々したままで火が通ります。うちは、鉄のフライパンが2個(中は卵&パンケーキ用、大は肉用)、それに山田鉄工所の直径33㎝の大型片手鍋があり、もちろん中華は最後のヤツでやります。幸い、コンロの大きな火口がまずまずの火力で、この鍋を熱くする力がどうにかある状態なのです。ただし、僕の腕力ではこのサイズの鍋を振るのが限界でして、この鍋で調理する時は自分の力試し的な緊張感を強いられますが、それがまた快感でもあるのです。

 ちなみに、人参やセロリ、乱切りの玉ねぎなど、なかなか火が通しにくい素材に対し、プロの料理人の方は「油通し」という、低温の油で予め素材に火を通しておくテクニックを使いますね。こうしておいて、火の通りやすい素材とうまく仕上がりのタイミングを合わせるようにするわけですが、素人では油が勿体ない上に、面倒この上ない。

 でも、よい方法があります。これは、たぶん昔、「料理の鉄人」だったか「きょうの料理」だったかで陳健一氏が披露していたテクニックで、ゴマ油を大さじ1-2杯垂らした熱湯で、素材を茹でつつコーティングするやり方。これで十分に「油通し」の代用になります。非常に優れた方法で、僕はちょっと頑張りたい時にはこの方法を必ず利用してから炒め合わせます。

 お昼に、ちょっと余っていた冷凍の「件の牛スジ」(前にご紹介した、グルメハウスヨシダさんのお肉ですね)を解凍して切り分け、人参、セロリ、ピーマン、小松菜、生椎茸、ニンニクと炒め、ホイコーロー風に合わせ味噌と味醂、砂糖それに柚子ゴショウで味付けてみました。アラレ切りの人参とセロリ、ピーマンは「油&湯」通しを5分ほどしてから炒め合わせるのです(もちろん、切るサイズ次第では数分で大丈夫なことも)。食べると元気の出る味になりました。

 ということで、さすがに酔いも醒めてきた夕刻、そろそろ筆を置くことにします。やっと頭より指が先に動きかけてきた所でジ・エンドというのは、以前、出張で国際学会に短期出張で出向いていた際、やっと日本語で逐次、会話を考えずに英語自身で英会話が出来かけた時点で帰国が迫るという展開によく似ています(笑)。さあ、また明日から仕事を頑張るとします。

しんのじの夏〜2014年 その2

 口にするもののことを書いていると元気が出てくるなんて、相変わらず
の僕ですが(汗)、しばらく書いていなかった食べ物屋さんのレポートも
少ししておきますか。最初にお断りしておきますが、ここ数年、本当に忙
しくなってしまい、気合い入れてお店に行くということがほとんどない日
々を過ごしていて、本当に情報自体が少ないんです(涙)。

 去年と今年、非常にレベルの高いお寿司屋さんを訪ねる機会がありまし
たので、そのレポートをしておきましょう。まず、約1年前に、久留米の
「よし田」さんにお邪魔しました。私より少し若い、求道者の佇まいさえ
感じられる短髪の店主さんは、謙虚な中に強い情熱を秘めた方。江戸前
しっかりと守るお店らしく、木製(桐だったかな?)のネタ箱に綺麗に下
拵えした見事なネタの数々が納めてあります。
 
 冷酒をいただきながら、数々の趣向を凝らしたおつまみが出てくるのは
悦楽の極みです。いずれも素晴らしい品々でしたが、ここの名物らしい、
地ダコの柔らか煮と、崩れんばかりの煮アナゴはデリケートな仕上がりが
素晴らしかったです。お寿司は、酢飯にしっかりと酢を効かせたもので、
古き良きスタイルをしっかり守りつつ、ご主人のオリジナリティを乗せて
いこうというポリシーが感じられました。白身は主に塩、そして他のネタ
にも煮切りやツメが塗ってあり、ほとんど自分で醤油をつけることなく愉
しめるものがほとんど。ネタも、多くが締めてあったり下拵えがしっかり
とされたもので、手間のかかり方は半端でないと思われました。

ガリは自家製で、たしかある程度の塊の形で出てきたと記憶しています。
ほとんど甘味のない、さっぱりと生姜自身の美味しさが感じられ、これだ
けでも酒好きな方ならお酒がどんどん進みそうです。寿司をいただく間に
齧ると、ほど良く舌をリセットしてくれる逸品だったことはよく覚えてい
ます。どのネタも大変美味しかったですが、特にコハダは素晴らしかった
と記憶しています。

 この間、1年ほど前からずっと行きたかった佐世保の重兵衛寿司さんに、
やっと行く機会を得ました。皮肉なことに、先の悲しい事件が起こった、
件のマンションからそう遠くない所だと後で知りましたが、そんな話は今
蒸し返すべきではありませんね・・・。

 ビル1階のやや奥に、本当にひっそりと佇むお店。ご主人は物静かな方
だが、精緻を極めた包丁さばきは驚くばかりで、魚の身の処理はもちろん、
針生姜や青ジソの葉を軽やかに高速で超極細に刻む様は、うっとりと見入
ってしまうばかりです。おそらく水焼きされていると思われる見事な包丁
を、変幻自在に使いこなしておられます。

 こちらも、スタイルとしては「よし田」とかなり共通点の多い、純正江
戸前スタイルです。ネタ箱は朴の木かと思いますが、蓋つきの小ぶりな箱
が3つ。湿度にも細心の注意を払っておられる様子でした。ガリは薄切り、
甘味はかなり抑えてあります。細かくすり下ろされた本わさびの繊細さ、
素材の新たな旨味を引き出す、本当に精緻な包丁使い。それに香りや一味
を加えるための、細かな配慮や作業。そうそう、よし田さんでも、おろし
金から細かくわさびや生姜のおろしたものを微量取り分ける時、茶道で使
茶筅を使っておられたが、こちらでも同様であった。

 また、とりわけ重兵衛さんが素晴らしいと思ったのが、醤油、煮切り、
ツメなど醤油系の旨さと、ネタとの絶妙なマッチング。実は僕がまず暖簾
をくぐって感じたのが、古い醤油蔵に入った時のような、懐かしい深い香
りでした。ほど良い柔らかさのシャリとネタに溶け込むような味。もちろ
ん、こちらでも、ほとんど味は付けた形でお寿司が出されますので、ほと
んど何もせず、口に運べばよいだけで、その後はもう本当に至福の瞬間。
口の中でシャリがほどけ、醤油類とネタが溶け合っていくような化学反応
が徐々に進行していく感じです。これぞ「口福」。

 とら寿司さんが閉店してから、なかなか「仕事の凄味」を痛感出来るお
店に出会えていませんでしたが、この二店は間違いなく素晴らしいです。
ただし、相当お値段が張ることは覚悟の上でどうぞ。その代わり、出した
お金に見合うだけの極めて高いレベルの仕事は保障いたします。

 〆張鶴を傾けながら、噂に聞いていた佐世保の密かな名店を、やっと堪
能する機会を得ました。そうしょっちゅう伺うわけにはいかないけれど、
佐世保には昔からの親友もいるので、彼をダシにして行かなきゃいけませ
ん(笑)。唐津の「つく田」さん、博多の「安吉」さんなど、他にも名店
と言われるお店はあるようですが、まだお邪魔していません。まあ、その
うちチャンスがあればいいなとは思うけど、もうすでに重兵衛さんに再訪
したくなっているのが本音です(笑)。素晴らしい職人仕事に、感謝。

しんのじの夏〜2014年 その1

 ある敬愛する友人から、このブログを楽しみにしているとエールを頂戴
したので、やっと取れたささやかな夏休みの締めに、1年近くぶりの振り返
りをしようと思います。

 この10カ月ほどは、僕にとってあまりに濃い時間でした。一番大きかっ
た、一番辛かったことは、何といっても期せずして大切な部下を失った事。
色々あって詳しい事は申せませんが、この歳でこんなに涙が出るものかと
思ったものです。失意の日々を過ごしました。その後、様々な出来事があ
ったり、仕事がますます忙しくなったりで、文字通り、心を失ったままで
(「忙」のりっしんべんは「心」を表しますので)毎日を過ごしてきたと
言えるのですが、徐々に悲しみは癒えてくるものなのですね。

 少しずつですが、夏前頃から料理がしたくなってきました。やはり料理
作りがストレス解消となる僕です。まず作ったのは、頂き物のマカダミア
ナッツがたくさん余ったのでミルサーで挽いてペースト状にし、鶏モモ肉
を丸一枚ずつ使ったバターチキンカレーでした。通常はカシューナッツ
ペーストでコクを出すのですが、マカダミアナッツは更に丸味とコクが楽
しめる感じがして、なかなか良かったように思いました。

 次は、牛スジの煮込み。ネット上で敬愛するある方からのリクエストで
久々に作りました。僕の煮込みは大体ぶつ切りの根菜と旨い牛スジ、それ
に赤メインの合わせ味噌がポイント。昆布ダシもしっかり効かせます。ア
フィリエイトは大嫌いですが、個人的に大好きなものは堂々と宣言しても
良いかなと思うので、宣伝にならぬ程度に軽くご紹介しますか(笑)。

 牛(に限らず肉類全般)の煮込みにピッタリ合う、単品でも絶妙な味を
出してくれる味噌は、甲府の極太煮込み麺料理「ほうとう」の名店、「小
作」オリジナルの味噌。少々送料が高いですが、それを出しても惜しくな
いほどバランスと力強さ、そして煮込んでも消えないしっかりとした香り。
素晴らしい製品です。また、牛スジは京都のグルメハウスヨシダというお
店から取り寄せています。ここのは特定の銘柄にこだわらない和牛のかな
り良いスジ(スジというより「落とし」に近い)で、旨い脂もたっぷり残
して丁寧に仕事してある感じが窺えます。とにかく、激安で旨いし、甘い。
これに、根菜のうち牛蒡は水に晒さず風味を最大限残して炊き合わせる。

 所望された彼に送って差し上げると、牛蒡を水に晒してなかったことを
鋭くご指摘下さり、喜んでいただきました。その後、唸るほどの夏野菜と
海の幸を頂戴し、恐縮した次第です。

 最近作ったのは、夏場の僕の定番、ラタトゥイユ。茄子、人参、オクラ、
玉ねぎ、トマトなどをニンニクと少量のオリーブ油で炒め煮にする。忘れ
てはならないのはベイリーフ。清涼感が素敵です。お好みで唐辛子も是非
入れたいところ。野菜だけでこれだけ濃いダシが出るのかという楽しさで
す。もちろん、肉を加えてもいいですし、ひよこ豆など入れてカレーに仕
立てても旨かったです。要は、いろんな料理のベースになる万能煮込みで
すね。冷製パスタもいいです。ラ・カステッリーナ社のトマト水煮缶は、
フレッシュな甘いトマトがなかなか入手出来ない時でも抜群の旨味が出せ、
お勧めです。ネットでまとめて買えばさほど高くありません。イタリアが
誇るサン・マルツァーノ種にかなり近い種類なためか、煮込むと旨さが引
き立ち、他のトマト缶と全然違います。

 食べ物の話になると、途端に流暢になってしまう自分がうらめしい(汗)。
この夏は異常なほど雨がちで、最近は広島で大変な豪雨禍が起きたばかり
ですが、夏は夏ですので、水分と栄養にとりわけ注意が必要ですね。そろ
そろ夏バテしてきたと思った時の朝ご飯代わりには、バナナ入りミルクセ
ーキ(卵、牛乳、粗製糖、バナナ)をよく作ります。ミキサーで20秒なの
で、朝でも何とか準備出来ます。飲むと元気が出るのがすぐわかります。
本当なら、刺身のヅケと漬け物(特に酸っぱいのや茄子など)で冷やし茶
漬けを食べるのもいいけど、今は準備不足で諦めるばかりです。

 あと、サースト・クエンチャー(脱水時の喉の渇きを癒やす飲み物)と
して僕が今、特にお勧めするのは、キリン・ソルティ&ライチ(ライチ果
汁10%入り)をベースに、レモン果汁を少し加え、美味しい水で少し割って、
氷を数個浮かべたもの。結構旨いし、体に滲み込む感じがいいです。

走り続けた2013 〜まとめ〜 その一

 しんのじ、ひどく暑かった夏を懐かしむ今頃になって、
やっと一息ついて、日記なんか書こうと思ってます。

 先日の祭日は、久々のももクロライブ。今年初にして、
たぶん最後の現場参戦(一応、夏の日産スタジアムライブ
ビューイングがココウォークのトーホーシネマであったの
でそれには行けたけど)。去夏のサンパレス、秋の稲佐山
に続き、約1年ぶりの生ライブはマリンメッセ福岡。僕に
とって初体験の箱でしたが、スタンド席の傾斜が緩やかで、
15000人収容の割にはステージとの距離が近く感じられ、
なかなかいい感じ。正面に映し出されるディスプレイがす
ごく鮮明で美しい。歌って踊って跳ねる、懸命な汗まみれ
の彼女達を生き生きと描き出していました。あるいは、今
流行りの4K技術なのかもしれません。

 ライブがはけ、興奮冷めやらぬ赤や黄や緑や紫やピンク
に身を固めたモノノフ達に混じり、ライブをご一緒した司
法試験受験を志す若者と中州で飲み食べ、文学や歌舞伎や、
もちろんももクロ話で大いに盛り上がりました。最後に、
川のほとりの屋台に締めのラーメンを食べに行ったら、4、
5名のモノノフが集まっているではありませんか。帰り際、
気持ちばかりみんなに奢って帰りました。
 
 なるべく近いうちに今年一年を振り返って、総括してい
かねばなりませぬな・・・。なんて自問自答している、50
代まっしぐらのしんのじでした。
 

 

2013年も、もう1ヶ月近くが過ぎたというのに・・・

 皆様、遅ればせながら明けましておめでとうございます。ちっとも更新しないし写真もない、なんの取り柄もない
悲しいブログですが、懲りずに今年もマイペースでぼちぼち書かせていただきます。

 さて、去年どんなことをしたのか、自分でも忘れそうなので、急いで振り返っておきたいと思います。シーカヤック
の方は、実は春先から猛特訓を重ね(鹿児島の錦江湾で、友人と一緒に火山灰を浴びながら漕いだりもした(汗)、
大波の福岡にも遠征に行ったし)、福岡の某シーカヤッククラブの記念行事に混ぜてもらい、二人艇8艇の船団を組んで、
対馬から韓国・釜山までの60キロ弱の海峡横断に参加させてもらう機会を得ました。あ、凄い!冒険みたい!とお思い
の方もいらっしゃるでしょうが、護衛兼通関用(2隻の漁船にシーカヤックを積み直してから上陸しないと、通関が非常
に厄介なため)に、ベテラン船頭を擁した漁船がピッタリエスコートしてくれての海峡横断なので、ほぼロングツーリング
イベントといった感じでした。

 それでも、8時間、数分単位で休むことのみで二人艇に乗ったまま、励まし合いつつ8時間漕ぎ続けるという体験は、
非常に濃く貴重な時間でした。僕の相棒を務めて下さったのは、10歳近く年上の、福岡在住のランニングがお好きな小柄
だが屈強な男性。博多山笠の担ぎ手の常連でいらっしゃいます。最後の数時間は若干の向かい風、大波で、少々苦労しま
したが、何とか漕ぎ切ることが出来、かなりの充実感がありました。それにしても、何時間も周囲に陸地が見えないのは、
普段、一人や数人でツーリングをしているとなかなか味わうことが出来ません。パニックにならず、落ち着いて対処する
ことの大切さを改めて痛感しました。でも、ふと思い返してみると、遠征の時期が日韓関係が悪化する前で何よりだった
とも思います・・・。

 ももクロに少々はまってしまったのは、以前に書いた通りです。彼女達が夢にまで見た「紅白参戦」が叶った年末は、
本当に僕も感慨深いものがありました。しかも、その通達が、NHKらしからぬ「どっきりカメラ」もどきのサプライズ演出
だったとのことで(この辺は多数の動画が出回っていますので、もしご興味がある向きは、ご検索のほどを!)、NHK
少なからず変わったなと思っている今日この頃です。そういえば、しばらく前の朝ドラで、井上真央が主演した、安曇野
が舞台の作品がありましたよね。あれのチーフ演出家は、僕の中学校の同級生でした。その後、35周年の同窓会で去年の
年始に会えましたが、相変わらず、熱い文学大好き青年のままでした。

 秋(10月初旬)には、長崎くんちの庭先廻り(お得意先の商店や民家の前で演舞し、後ほど「御花」と呼ばれる心づけ
を頂戴に参上する)を浜市アーケードで行う際の交通整理をしに、わが町のハッピを着て出陣し、人垣のコントロールなど
しておりました。やっぱり、長崎くんちは、観るのもいいけど、参加すると楽しさや喜びがひとしおですよ!そういえば、
うちの町も、あと2年弱で、7年に一度の大切な「踊り町(おどりちょう)」の当番を迎えます。7年に一度だけ出し物を出す
ことが許されるというのも、結構気の長い話です。でも、その時のために数千万円の予算を必死で掻き集め、また貯蓄を
して、たった三日間で使い果たすんですから、長崎っ子ってバカでしょう(爆)?でも、そこがいいんだよ!

 その後は何となく忙しくしていて、思いっきり仕事をしたというわけではないけれど、なかなか思い切って遊べなかった
のは事実です。再来年はそういうことで、「おくんち」が大切な年となるので、フネ漕ぎは若干抑えておかねばならない
でしょう。となると、今年は思いっきり漕いでおかねばなりませんね。ま、不肖しんのじ、50代になってもなかなか落ち
着けませんが、仕事でも遊びでも、多少は初心に返って、来たるべき還暦に向け、長期計画で自分をどう作り直したり
修正していくべきかを考えておこうかと思います。ま、そういうことでとりとめもなく書き連ねて参りましたが、皆様、
今年もお付き合いのほど、何卒宜しくお願い申し上げます。

ウルグアイ大統領の勇気ある発言

 国連持続可能な開発会議(リオ+20)(2012年6月20日〜22日,ブラジル(リオデジャネイロ))において、ウルグ
アイのムヒカ大統領が記念すべき勇気あるスピーチを行っています。しかし、主要先進諸国の代表は退席していたりと
いう状況であった上、発言力の強い国というわけではない南米の一国家の大統領のスピーチであったがため、あまり
マスコミ等で取り上げられることがなかったようです。
 しかしながら、人類の将来を真剣に憂う大統領の発言は看過すべきでないと思われます。幸いに、全文を日本語訳し
て下さった打村明氏という素晴らしい方がいらして初めて、僕はこの名スピーチに接することが出来たのでした。以下、
全文をお示ししますので、ご一読頂けましたら幸いです。

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 会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。
 ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快き
プレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しな
ければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。
 しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世
界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似するこ
とでしょうか?
 質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。
 息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢
な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それと
も別の議論をしなければならないのでしょうか?
 なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
 マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を
作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を
探し求める社会にしたのではないでしょうか。
 私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロー
ルしているのではないでしょうか?
 このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論は
できるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?
 このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立
つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。 現代に至っては、人類が作ったこの
大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは
発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短
いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
 ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているの
です。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済
が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。
 このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、
10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな
長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い
捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治
問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。
 石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私
の謙虚な考え方では、これは政治問題です。
 昔の賢明な方々、エピクロスセネカアイマラ民族までこんなことを言っています。
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
 これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。
 国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなる
ような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいの
です。
 根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活
スタイルだということ。
 私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300
万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ
物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。
 私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人
もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。
なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行った
ら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。
 そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなもの
ですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりま
せん。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもた
らすべきなのです。
 幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切
な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。 ありがとうございました。   (以上)