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しのばずくん便り

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2018年・第20回不忍ブックストリート一箱古本市2018年4月29日[日]に開催予定です。

開催予定の一箱古本市店主さんの募集は終了しています。

開催予定の一箱古本市助っ人さんの募集は終了しています。

◎昨年の第19回不忍ブックストリート一箱古本市の全店主さん箱画像はコチラ!

◎一昨年の第18回不忍ブックストリート一箱古本市の全店主さん箱画像はコチラ!

◎公式サイト ⇒ http://sbs.yanesen.org/

◎公式ツイッター ⇒ @hitohako

◎不忍ブックストリートへのお問合せはshinobazu*(*⇒@)yanesen.orgまでお願いいたします。

2008-10-10 「光源寺」 黄金の観音様が見守る手作りの縁日

光源寺

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光源寺の歴史は、実に400年以上にも及びます。天正17年(1589)神田に創建され、江戸初期の慶安元年(1648)に現在の地に移転。正式名称を「天昌山 松翁院 光源寺」という浄土宗のお寺です。

移転の約50年後、御丈2寸6尺(約8メートル)の立派な十一面観音が造られ、その威容は『江戸名所図会』や夏目漱石『三四郎』にも描かれました。しかし、本堂、庫裏、観音堂を全焼した昭和20年(1945)の大空襲で、観音様も焼失。それから観音様のいない時期が長く続きました。

平成5年(1993)、先代住職が、以前のものよりも少し小さい約6メートルの観音像を再建しました。それが現在ある観音様です。浄土宗寺院の本尊は阿弥陀様ですが、木造金箔の観音様で有名なお寺であったため、光源寺は親しみをこめて「駒込大観音(こまごめおおがんのん)」と呼ばれるようになったのです。

そんな光源寺の境内に、毎年7月9日、10日になると、にぎやかな市が立ちます。その名も「四万六千日ほおずき千成り市」。この日にお参りすると、四万六千日(=約126年!)分のご利益があるとされていることから、この名前がついたそうです。

江戸時代から続くこの縁日も、少子化などの影響を受けて段々とすたれてしまい、実は10年近く前に一度途絶えてしまいました。その年も、例年と同じように市が立つと思っていたのに、テキ屋が一軒も来なかったのです。

「よし。それなら自分たちで手作りの縁日をやろう!」そう一念発起したのが、22代目住職の島田昭博さんと、奥様の富士子さん。自分たちでほおずきの仕入れルートを調べたり、地元の方々に声をかけたりして、文字どおり「すべて手作り」の縁日を復活させたのです。初めは十数軒だった店も、年々増えて、食堂や縁台将棋、音楽ステージまであるにぎやかな縁日になりました。

「フリーマーケットのように、ただ商売をすればいいという縁日じゃない。きちんと反省会をしたり、隣りあった人と連絡先を交換しあったりして、継続的に交流を持てるような場にしたい」と住職。「目指しているのは、この地域を、いざというときにみんなで助けあえるような、顔の見える場所にすることなんです」そう言って微笑むおふたりを、穏やかな表情を浮かべた観音様が静かに見守っておられました。 (青秋部I&N)

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「四万六千日ほおずき千成り市」は、毎年7月9日、10日に開催。お手伝いしてくださる方を随時募集しています。詳しくはこちらをご覧ください。 

 

*光源寺 住職の愛読書

『反日本人論』ロビン・ギル著 工作舎

「日本人独自の感性や習慣だと思っていることが、実は他の地域や民族でも行われている例を山ほど示した、「日本人のユニークさ」信仰を打ち破る400ページ。リンゴの木の根本に酒をかけるイギリスの農民、お墓の前に食べ物を供えるユーゴスラビアの習慣など、「人類は結構同じ感性を持っているんだ」ということを教えてくれた。思い込みに陥りがちな私の心の軌道修正に役立った1冊。」

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*光源寺

文京区向丘2−38−22

http://www.hpmix.com/home/kougenji/

2008-04-30

[]5月3日の大家さん

雨なんかに負けないぞ!5月3日の大家さんを一挙にご紹介。

根津教会

クラフト芳房

ギャラリーKINGYO

映画保存協会

旧安田楠雄邸

ファーブル昆虫館

*記事の情報は、取材当時のものです。最新の情報は各大家さんのHPでご確認ください。

*実行委員会のメンバーである古書ほうろう、往来堂書店、オヨヨ書林は除いています。


[]クラフト芳房  機織りの音が響く手工芸品屋さん

不忍通りの一角、一軒家が寄り添うように集っていた場所に立派なマンションが建てられたのは、今から20数年前のこと。それからの年月は、そのままクラフト芳房の歴史に重なります。もともとそこにあった普通のしもた屋にお住まいだったというご主人は、建て替えを期にお店をオープン。クラフトの名のとおり、陶器やガラス、木工などの手工芸品を並べるようになりました。

きっかけは、趣味で手描きの更紗を習い始めたことでした。ある日、先生自らが織りあげ、手描きした帯を締めているのを見て、今度は布を織るところから始めてみたいと一念発起。松本にいる先生の内弟子に入り、手織りの修行を積んだそうです。糸を選び、草木で染め、織りあげていく面白さにすっかりとりつかれ、いつしか着物を織るまでに。おかげで手描きからは遠ざかってしまったそうですが、あの日、先生が締めていた帯のような、完全オリジナルを作りたいという夢は叶いました。今はお店のなかに大きな機織りを置き、店番をしながらそこで制作に励んでいらっしゃいます。マフラーやショールなどのオーダーも可能。お好みの色、長さに織りあげてくれます。

そんなご主人がお店に並べるのは、クラフトフェアで知り合った、プロの作家さんたちの手になる作品。ときには、他にはないちょっと変わったものがほしくて、リクエストすることもあるそうです。とはいえ、大切にしているのは、日常生活ですぐに使えるものだということ。作家さんから直接買いつけるという強みを生かし、これなら自分でも買うだろうという低価格に抑えて、普段使いにぴったりのものを提供しているのです。

「自分も作り手なので、色々なクラフト作家さんとつながっていくのが楽しい」とおっしゃるご主人の一番の楽しみは、クラフトフェアで全国から集まってくる作家友達に会うことなのだとか。「自分の店を放っておいて、すぐあちこち遊びに行っちゃうの」と笑うご主人の人柄こそが、ひょっとするとクラフト芳房の看板なのかもしれません。(青秋部I&N)

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*クラフト芳房ご主人の愛読書

『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター著 松本恵子訳 新潮文庫

「7人兄妹の末っ子で、いつもおさがりばかりだった私が、初めて自分だけのために買ってもらった本です。」


*クラフト芳房ご主人の探し物

『仕覆を愉しむ』柳順子著 小林庸浩写真 京都書院

ご主人が弟子入りしていた先生の著作で、もう絶版になっています。見つけた方はぜひ青秋部へご一報を。

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*クラフト芳房

文京区根津1-26-5-106

営業時間 11時〜19時

定休日  日・祝(GW中は5月6日まで休まず営業)



[]映画保存協会  映画を発掘して、20世紀を再発見

住宅街にひょっこり姿を現す児童公園。その一番奥まったところ、屋根をつたに覆われた築100年になる蔵が佇んでいます。「けんこう蔵部」と名づけられたこの蔵は、お芝居や上映会などのイベントに活用されながら、近隣住民の手によって守られてきました。そこへ映画保存協会が事務所を構えたのは、2006年の春。以来、協会はこの蔵の再生事業を引き継いで、隔月一度の「ちいさな上映会」や、映写機操作講習会などを開いてきました。

そんな映画保存協会の活動は、多岐にわたります。まず様々なところに眠る映画フィルムを掘り起こし、フィルムの状態を調査。必要とあらば補修をし、復元したものを上映したり、DVDにしたりします。また映画フィルムの保存や上映に関する相談も受け付け、活用の機会に恵まれないフィルムについては、新たな活用法を検討し、上映の場を設けるための支援を行っています。

たとえばその一例が、「ホームムービーの日」。世界共通の記念日として定められたこの日(今年から10月の第3土曜日)には、全世界でホームムービーの上映会が行われます。昨年は日本国内だけでも13ヶ所で開催。フィルムの登場人物と一緒に泣き笑いながら、当時の風俗や暮らしぶりを垣間見ることもできます。ときには、フィルムのなかで元気に駆けまわっていた少年が、すっかり大人になった姿で登場し、観客から温かい拍手を浴びるなんていう光景が見られることも。

古い劇映画が好きで、活動に参加するようになったというスタッフのNさんは、こうした活動を通じて「世界が広がった」とおっしゃいます。「劇映画だけではなく、個人宅に眠る小型映画の大切さにも気付かされた。自分も撮っておけばよかったと思います」というNさんの言葉に、私たちも同意。お話をうかがっているうちに、ホームムービーを撮っておかなかったことで、なんだか自分たちがひどく損をしたような気分になったのでした。(青秋部I&N)

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映画保存協会では、「映画の里親」になってくださる方を募集しています。「映画の里親」とは、失われた映画を発掘し、復元するための資金提供者を募って修復、上映・保存するプロジェクトです。これまでに4本の作品が復元され、里親の名前の入ったフィルムが各地で上映されています。第5回「映画の里親」作品は、林長二郎ことスター長谷川一夫の歌舞伎映画です。このプロジェクトに関心を持ってくださった方は、映画保存協会までお気軽にご連絡ください。

*映画保存協会 スタッフNさんお薦めの1冊

『視聴覚アーカイビング:その哲学と原則』レイ・エドモンドソン著 財団法人放送番組センター

こちらよりダウンロードできます。


*映画保存協会 スタッフNさんお薦めの1本

『LIVING ROOM CINEMAお茶の間映画館vol.1』

「ホームムービーの日に世界各国で上映されたフィルムのなかから、選りすぐったものをまとめたDVD。一番のお薦めは、1949年に撮られた結婚式の映像です。」

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*映画保存協会

文京区千駄木5-17-3

http://www.filmpres.org/

開館日 火・日 11時〜17時半(祝日はお休み)



[]旧安田楠雄邸  千駄木の大いなる歴史遺産

団子坂上から動坂上まで続く、通称保健所通りを歩いてみると、広々とした敷地に意匠を凝らした和風・洋風住宅の数々を目にすることができます。それもそのはず、かつてここは「銀行通り」と呼ばれるほど多くの銀行家が居を構えた、お屋敷町だったのです。

その名残を唯一今にとどめるのが、この界隈で一際目を引く旧安田楠雄邸。普段は門が閉じられ、外側からは敷地内の木立と住宅の一部しか見えませんが、その佇まいから内部に広がる世界への想像力がかき立てられます。都の指定名勝にもなっているこの旧安田楠雄邸は、その名のとおり、かの安田財閥をつくった安田善次郎氏の孫にあたる安田楠雄さんがお住まいになっていました。現在は財団法人日本ナショナルトラストが保有し、毎週水曜日と土曜日に一般公開されています。

旧安田邸が建てられたのは、大正7(1918)年。当初は、「豊島園」の創設者として知られる実業家・藤田好三郎氏の所有でしたが、大正12(1923)年に安田善四郎氏に売却され、以後平成7年まで楠雄さんの家族の住まいとして使われてきました。さすがは普請道楽、藤田好三郎氏の手になるもの、建物の隅々に手の込んだ細やかな配慮がなされています。さらに驚くべきことに、襖やカーテン、調度品などは80年前とほとんど変わっておらず、邸宅に一歩足を踏み入れると、大正時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えます。

旧安田邸が現在のように一般に公開されるようになったのは1998年から。これは安田家の方々のご好意と、たてもの応援団、たくさんのボランティアの保存活動によって可能になりました。その中心人物のおひとりが、日本ナショナル・トラストの元事務局員・多児貞子さん。「たくさんの人が来てくれるのは嬉しいのだけれど、建物のことがちょっと心配で…」とおっしゃる多児さんからは、安田邸に対する限りない愛情が感じられます。多児さんのお薦めは、5月3日、4日、7日に公開されている五月飾り。昭和10年誕生のご長男の初節句の祝いにあつらえられたというこの五月飾りは、名高い人形作家・永徳斎の手になる逸品で、今日ではほとんど見られない貴重なものです。なお5月3日と4日には、お抹茶の接待(500円)もあります。

「歴史のなかには未来がある」と多児さん。昔の人の暮らしのなかから、現在に生きる知恵を探してみてはいかがでしょうか。(青秋部I&N)

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*見学の際は、建物、調度品にくれぐれもご配慮ください。特にふすまや障子、ガラスなどは取り替えのきかないものです。ご協力お願いいたします。


*多児さんの愛読書

『節季の室礼―和のおもてなし』小林玖仁男著 求龍堂

「四季折々の行事を、現代風にアレンジ。和風住宅の可能性の広さに気付かせてくれます。」

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*旧安田楠雄邸

http://www.toshima.ne.jp/~tatemono/index.html

公開日 水・土 10時半〜16時(入館は15時まで)

入場料 500円(維持修復協力金)



[]ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」  虫から学ぶ命のバトンタッチ

啓蟄(けいちつ)とは、二十四節気のひとつで、冬ごもりをしていた虫たちが地上に這いだしてくる春の日。2年前のまさにその日、千駄木の住宅街に、小さな博物館がオープンしました。それがファーブル昆虫館です。かの『ファーブル昆虫記』を子ども向けの易しい言葉に訳したことで知られる、仏文学者の奥本大三郎さんが、ファーブルや『昆虫記』を愛する人々の助けを借りて、自宅跡地に開館しました。

4階は非公開の研究室として、昆虫や自然に関する書籍を収蔵。3階には集会室を設け、昆虫飼育教室や標本作成教室などのイベント時のみ開放しています。窓のない2階は、常に一定の温度と湿度に保たれた収蔵庫で、数万点にものぼる昆虫標本が収蔵されています。なにを隠そう、『どくとるマンボウ昆虫記』の著者、北杜夫さんが採集した標本もここに収められているのです。非公開なのが残念ですが、この4月に日光で初めての展示会を行ったそうなので、ひょっとすると千駄木でも、北さん自らが採集した標本を見られる日が来るやも知れません。

1階は、ファーブルや昆虫、自然に関する展示を行うスペースとして、毎週末に一般公開。南米をはじめ、世界各地から集められた標本のほか、生きた昆虫も見られます。また地下1階には、ファーブルが生まれた南仏、サン・レオン村の農家が再現され、ファーブルの生い立ちを知ることができます。

それにしても、この充実の施設が入場無料というのだから、驚きです。館内のスタッフも、全員がボランティア。その理由は「子どもたちに何度も足を運んでもらいたいから」だと、スタッフのおひとり、中嶋さんはおっしゃいます。生きた虫に親しみ、命について考えてもらうこと、さらにそれを次世代にバトンタッチしていくこと。それこそがファーブル昆虫館の理念であり、アンリ・ファーブルの生涯の仕事でもありました。

開館して2年、ファーブル昆虫館には、小さな常連さんがたくさんいます。彼らに人気なのが、地下1階にある質問コーナー。子どもたちの疑問に対して、館内で働くスタッフがあれこれ調べて回答するもので、「木にとまっている虫はなにを考えているのですか?」だとか「世界でいちばんこわい虫はなんですか?」だとかいう難問が並びます。答えはぜひ、ファーブル昆虫館で確かめてみてください。(青秋部I&N)


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*ファーブル昆虫館 お薦めの1冊

『完訳 ファーブル昆虫記』全10巻 各巻上下(全20冊)ジャン=アンリ・ファーブル著 奥本大三郎訳 集英社

2008年4月現在、第6巻上まで既刊。第10巻下まで、隔月1冊刊行予定。


*ファーブル昆虫館 スタッフ中嶋さんの著作

『蝶はしたたか はてさて人は ―自然とつきあい、見えてきたこと』中嶋正人著 文芸社

野山を歩いて蝶の写真を撮る、という趣味が高じて生まれた1冊。

「写真を撮っていると、今度は羽を開いているところを、その次は産卵しているところを、という具合に、際限なく欲がわいてきてしまいます。」

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*ファーブル昆虫館

東京都文京区千駄木5-46-6

http://www.fabre.jp/

開館日 金・土・日 13時〜17時(公開は1階と地下1階のみ)

2008-04-25

[]4月27日の大家さんを一挙紹介

いよいよ明日26日より、一箱古本市weekが始まります!そして明後日27日は、待望の一箱古本市(1日目)。本日は4月27日の一箱古本市に場所を提供してくださる大家さんをご紹介します。

 

コシヅカハム

花歩

アートスペース・ゲント

貸はらっぱ音地+香隣舎

Gallery Jinclassico

 

*情報は取材した当時のものです。営業時間や展示内容については、各大家さんのHPでご確認ください。

*実行委員会のメンバーである古書ほうろう、往来堂書店、オヨヨ書林は除いてあります。



5月3日の大家さん紹介は、後日アップします。どうぞお楽しみに。(青秋部I&N)

2007-10-11 「バール・オステリア・コムム」 イタリアに魅せられて

バール・オステリア・コムム

[]バール・オステリア・コムム 22:41

あちらから来る人とすれ違うのがやっと、という言問通りの狭い歩道をのぼってゆくと、突然右手がぱっと開け、猫足テーブルの置かれたオープンスペースが現れます。それがバール・オステリア・コムム。この10月でちょうど開店2周年を迎えるイタリアン・レストランです。

とはいえ「イタリアン・レストラン」という括りは、コムムにとっては、少し窮屈なものかもしれません。私たちにそう思わせたのは、宮沢シェフの「どんな店かは、お客さまに決めてもらいたい」という言葉。実際、食事をするお客さまの横で、ワインやチーズだけ楽しむ人、コーヒーを1杯飲んで帰っていく人など、十人十色、様々な使い方をされているのだそう。それこそまさに、ここが「バール(カフェバー)」であり「オステリア(レストラン)」である所以なのでしょう。

そんなコムムの自慢は、南房総で磯料理屋を営むシェフの実家から直送される、新鮮な魚介類。季節ごとに旬のものが届くのはもちろん、収穫によって毎日違う魚が届くので、それに合わせてメニューも日々更新。それゆえコムムのメニューはいつも日付入りなのです。魚4〜5匹を丸まるトマトで煮こんだ看板メニューの「ズッパディペッシェ」も、実は一皿ごとに中身が違う、なんて日もあるのだそうです。

もうひとつの自慢は、薫り高いエスプレッソ。フロアを切り盛りする笹子さんが、日本に約10台しかないというエスプレッソマシーンを使って丁寧に淹れてくれます。

さらなる自慢は、おふたりの体内イタリア度の高さ。しばらくかの地を離れていると、度数がぐんぐん下がってきてしまうので、年に1度はイタリアへ渡り、その時々のおいしいものを思うさま味わってくるのだそうです。バールに立ち寄ってお薦めのレストラン情報を仕入れたり、アパートを借りて1ヵ月間自炊しながら暮らしたりと、様々な方法でイタリアを楽しんでいらっしゃるおふたり。偶然同じ時期にイタリアへ行くというお客さまと、あちらで待ち合わせて食事をしたこともあったというから驚きです。イタリアで撮ったという料理写真の数々を前に、思わずつばを飲みこんでしまった私たちでした。(青秋部I&N)

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日ノ下慶二さんと日下部史貴さんをお招きして、月に1度「JAZZ Night」を開催。日にちは店舗前の黒板でご確認ください。


*バール・オステリア・コムムご主人の愛読書

宮沢シェフ『日本の海水魚(山渓カラー名鑑)』山と渓谷社

「送られてくる魚のなかに、見たこともない魚が交ざっていることがあるので、これで確認しています。それでもわからなければ、実家に電話してどんな調理法が適しているか訊き、イタリアンに翻訳します。」

笹子さん『土着品種で知るイタリアワイン』中河原まゆみ著 産調出版

「同じ葡萄でも、地域ごとに色々な呼び名があるので、重宝しています。お店に来るお客さまに「とりあえずスプマンテ(スパークリングワイン)」と言ってもらえるようになりたいですね。」

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*バール・オステリア・コムム

台東区谷中1−2−18

営業時間 14時〜22時30分(LO)

定休日 火曜日

 

2007-10-10 「宗善寺」 日本のお寺からネパールの子どもたちへ笑顔を

shinobazukun2007-10-10

[] 22:33

日差しに照らされた木々の緑とブロック壁が、まあるい空気を織り成す三浦坂。そのてっぺんにある宗善寺は、浄土真宗大谷派のお寺です。創建の時期ははっきりとはわかりませんが、もともとは池之端にあったそうで、江戸時代の古地図にはすでにその名が刻まれています。

あまりにも立派な門構えに、足を踏み入れるのをためらってしまいますが、「散歩の途中にでも気軽に立ち寄ってください」とご住職の娘さんである山名さんは微笑みます。お言葉に甘えて境内へ歩を進めると、途端に視界が開け、墓地の向こうに根津や池之端を一望できます。緑に囲まれた東屋からその景色を眺めていると、坂をのぼってきた疲れもどこへやら。日の沈むまで飽かず眺めてしまいそうです。

そんな宗善寺は、時にネパール展の舞台に早変わり。かつて大学の授業中に、「ネパールに行きたい人」と問われて手を挙げたのがすべての始まりだったと山名さん。日本画を勉強していた山名さんは、スケッチでもしてこようという軽い気持ちで応募したはずだったのに、約1ヵ月の滞在中「楽しすぎて全然絵なんて描かなかった」とのこと。代わりにネパールダンスや曼荼羅を習ったり、小学校を訪問したりして、多くの人と知り合い、温かいものをたくさんもらって帰国したのだそうです。

今度はそれにお返しをしようと奮起。ともに旅した仲間と、学園祭でネパールダンスを踊るなどして募金を集め、再びネパールへ。現地に学校を建てるといった大仰な活動ではなく、「私たちらしく、もっと気軽に楽しくみんなに会いに行ける関係を築きたい」と考え、たとえ少しずつでも、より多くの子どもたちに届く支援活動を始めたのだそうです。

1999年以降、それが「ムスムス(笑顔)絵画コンテスト」というアートイベントとして結実。ネパールの小中学生に書いてもらった絵を宗善寺の壁に貼り出し、通りすがりの人による投票結果をもとに、美術の授業のない学校に絵の具を届けるなどして、子どもたちに笑顔を贈っています。

「ネパールの人は、みんな穏やかで優しい」とおっしゃる山名さん。現在は日本で暮らす旦那さんも、実はあちらで知り合ったネパールの方なのだとか。裸足で元気一杯に境内を駆けまわる息子さんに、遠くネパールの子どもたちの笑顔が重なって見えました。(青秋部I&N)

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先頃、大塚にネパール料理のお店「デウラリ」をオープン(南大塚2−40−11 11時〜23時 年中無休)。ネパールカレーをはじめ、チーズナンやサモサ、モモ(カレー味の蒸し餃子)などのメニューが並びます。11月には白山にも2号店をオープン予定だそうです。


*宗善寺 山名さんの愛読書

『河童が覗いた……』シリーズ 妹尾河童著 新潮社

「絵が細かいので、ディテールまでよく伝わり、本当にそこへ行った気分になる。想像力が貧困な私にはぴったりの本です。」

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*宗善寺

台東区谷中1−7−31