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一条真也の新ハートフル・ブログ

2013-12-23

「永遠の0」

一条真也です。
21日に公開された日本映画「永遠の0」を観ました。
ブログ『永遠の0』で紹介した百田尚樹氏の大ベストセラー小説を「ALWAYS」シリーズなどの山崎貴監督が映画化した戦争ドラマです。1人の零戦搭乗員の短い生涯とその後の数奇な物語が感動的に描かれています。




この映画には、佐伯健太郎という青年が登場します。
司法試験に落ち続け、不本意ながらもニートの日々を送る彼は、祖母の葬儀の席で会ったことのない実の祖父・宮部久蔵の存在を知ります。
そのうち、健太郎はジャーナリストの姉・慶子から特攻で死んだ宮部久蔵について一緒に調べてほしいと持ちかけられます。
健太郎は、気軽な気持ちで調査を請け負い、姉とともに祖父の久蔵の知人たちのもとを訪れ、話を聞くのでした。しかし、終戦から60年を過ぎ、久蔵を知る人々もみな年老いていました。余命わずかな人々から話を聞くうち、飛行機乗りとして「天才だが臆病者」などと呼ばれた祖父の真の姿が次第に浮き彫りになっていきます。久蔵は、結婚して間もない妻と、出征後に生まれた娘を故郷に残していました。「自分は絶対に死ねない」と言い続け、必ず家族の元に帰るという強い信念を抱いていたのに、終戦の直前、神風特攻隊に志願した久蔵は亡くなります。

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映画「永遠の0」のポスター



ブログ「天地明察」ブログ「図書館戦争」で紹介した映画で主演を果たした岡田准一が宮部久蔵を演じます。また、妻の松乃を井上真央、松乃の再婚相手の佐伯賢太郎を夏八木勲、孫の佐伯健太郎を三浦春馬、その姉の慶子を吹石一恵、その母の清子を吹雪ジュンが演じています。生前の久蔵を知る老人たちには、田中泯山本學平幹二朗橋爪功らが扮しています。他に、濱田岳、新井浩文、染谷将太、三浦貴大、上田竜也らが零戦搭乗員として出演。
このように、若手からベテランまで、じつに多彩で贅沢な俳優たちが重厚な「生」と「死」の物語を彩ってくれます。

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映画「永遠の0」のパンフレット



観終わった感想は、「原作を読んだときの感動とは、ちょっと違うな」です。
原作では流れるようにラストまで一気に持っていかれたのですが、映画では少々引っ掛かるところがありました。ネタバレにならないように注意深く書きますが(これが一番疲れる! 映画ブログは非常に書きにくいのです)、まずは、あれほど「家族のもとへ帰る」と強い信念を持っていた宮部久蔵がなぜ、特攻隊に志願し、かつ自分の搭乗機を他人と交換したのかという点が引っ掛かりました。
おそらくは「家族のもとへ帰りたい」という想いをとともに「命を散らせた仲間たちのもとへ行きたい」という想いが共存していたのではないでしょうか。
あるいは、教官であった自分が生き残って、生徒だった若い連中が先に死んでいったことに対する「罪」の意識があったのかもしれません。



特攻隊で生き残った人たちは、「死んだ者たちによって、自分は生かされている」という思いが強かったそうです。原作者である百田尚樹氏は、「誰のために生きているのか、何のために生きているか。宮部久蔵はそれを知っていた男なんです」と映画パンフレットで述べています。
じつは、戦後生まれであるわたしも、「亡くなった人たちによって、自分は生かされている」という思いがあります。詳しくは、ブログ「小倉に落ちるはずの原爆」をお読み下さい。死者の存在を忘れて、生者の幸福など絶対にありえません。

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宮部久蔵を演じた岡田准一(映画パンフレットより)



また、久蔵が搭乗機を交換した若者はその後、数奇な運命をたどります。
これが感動のラストにつながっていくわけですが、原作のときとは違って「これは、久蔵が他人の人生を利用したことにならないか」「ある意味で、彼は久蔵に利用された犠牲者ではないか」という思いが湧いてきました。
ブログ「ニューシネマ・パラダイス」で紹介した世界映画史に残る名作でも、アルフレード爺さんがある意味でトトの人生を利用して、台無しにしたように思えてなりませんでした。「永遠の0」でも、それに近い印象を受けたのです。さらに、くだんの若者が戦後、久蔵の思い通りの人生を歩む姿を観ながら、わたしは「これは一種のポゼッション(憑依)ではないか」とも感じました。まあ、この問題はこれくらいにしておきましょう。わたしには、せっかくの感動作に水を差す気など毛頭ありませんので・・・・・。




さて、この映画には、当然のことながら零戦がたくさん登場します。
それまで零戦について漠然としたイメージしか抱いていなかったわたしは、この映画を観て初めて、実際の操縦方法、飛行の様子などを知ることができました。
「永遠の0」のゼロは「零戦」のゼロです。皇紀2600年の末尾のゼロをつけた世界最高の性能を誇る戦闘機、それが零戦でした。正式名称は「三菱零式艦上戦闘機」ですが、小回りがきき、当時では飛距離が桁外れでした。
ただ、悲しいのは搭乗する人間のことがまったく考えられていなかったこと・・・。
戦闘機という機械にのみ目を奪われていた大日本帝国は、兵士という人間に対する視点が決定的に欠けていたのでした。
ブログ「知覧特攻平和会館」ブログ「富屋食堂」に書いたように、わたしは神風特攻隊の基地があった知覧へ赴き、英霊たちに心からの祈りを捧げました。




零戦の映画といえば、ブログ「風立ちぬ」で紹介した宮崎駿監督の最後の作品が思い浮かびます。零戦を開発した堀越二郎の物語ですが、じつは宮崎監督は映画「永遠の0」を批判しているようですね。「Cut」2013年9月号(ロッキング・オン)のロングインタビューにおいて、次のように語っているのです。
「今、零戦の映画企画があるらしいですけど、それは嘘八百を書いた架空戦記を基にして、零戦の物語をつくろうとしてるんです。 神話の捏造をまだ続けようとしている。『零戦で誇りを持とう』とかね。それが僕は頭にきてたんです。子供の頃からずーっと!」
「相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」



ここで宮崎監督のいう「零戦の物語」は、明らかに「永遠の0」でしょう。
「零戦神話」を糾弾する宮崎監督は、次のようにも語っています。
「戦後アメリカの議会で、零戦が話題に出たっていうことが漏れきこえてきて、コンプレックスの塊だった連中の一部が、『零戦はすごかったんだ』って話をしはじめたんです。 そして、いろんな人間が戦記ものを書くようになるんですけど、これはほとんどが嘘の塊です」



そもそも、「風立ちぬ」の監督である宮崎駿氏と「永遠の0」の原作者である百田尚樹氏は、その政治的スタンスがまったく正反対と言えるでしょう。世間には、宮崎氏を「左翼」、百田氏を「右翼」と見る人も多いようです。宮崎氏から批判される形となった百田氏は「風立ちぬ」の試写を観た感想として、「ラストで零戦が現れたとき、思わず声が出てしまった。そのあとの主人公のセリフに涙が出た。素晴らしいアニメだった」と、大絶賛したそうです。わたしは、宮崎氏も百田氏もともに単なる平和主義者だと思うのですが。




いろいろと誤解された単なる平和主義者がもう1人います。桑田佳祐氏です。ブログ「ピースとハイライト」で紹介したサザンオールスターズの復帰第1弾となる54枚目のシングルのテーマは「平和への願い」でした。特に、日中関係および日韓関係を中心とした近年の東アジア情勢を照らし合わせ、「お互いの歴史を知ることで助け合ってほしい」という内容になっています。
この内容を知ったネット右翼(ネトウヨ)たちが「桑田は反日」「桑田は左翼」といった批判を一斉に展開したことは記憶に新しいところです。
この風潮に違和感をおぼえたわたしは、ブログ「サザンが歌う平和」で紹介したように「毎日新聞」紙上で「桑田氏ほどの影響力を持った人が、あえて隣国との平和をうたうのは素晴らしいこと。中国や韓国にも多くのサザン・ファンがいるそうです。いっそ桑田サンが音楽で平和外交してくれないかな?」と書きました。




そして、映画「永遠のゼロ」の主題歌こそは、サザンオールスターズの「蛍」なのです。「ピースとハイライト」と「蛍」は、同じシングルに収録されています。これを知ったわたしは、「桑田サンのバランス感覚はすごい!」と感嘆しました。「ピースとハイライト」だけなら「左」と呼ばれ、「蛍」だけなら「右」と呼ばれることもあるかもしれませんが、両方歌えば、もう単なる平和主義者になってしまいますから。この「バランス感覚」というのはけっして「要領の良さ」という意味ではありません。左右のバランスを取る心こそが「平和」に通じているということです。



映画パンフレットには、主題歌について以下のように書かれています。
「映画に強く共感した桑田佳祐が書き下ろした、美しくも壮大なバラード『蛍』。“歌が流れるエンディングでもう一度泣ける”この名曲は、バンドの5年ぶりの復活に際し発表されたシングル『ピースとハイライト』に収録されている。なお、サザンオールスターズがグループとして映画主題歌を提供するのは、1990年に公開された桑田佳祐自身の監督作『稲村ジェーン』(『真夏の果実』)以来、実に23年ぶり、今世紀初となる」

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主題歌への桑田氏のコメント(映画パンフレットより)



また桑田佳祐氏は、映画パンフレットに以下のように寄稿しています。
「『家族のために必ず生きて帰る。それこそが愛ではないか。』そう信じ、『待っている人がいる』ことそのものが生きる力となり、生きる原動力となっている。現代を生きる私たちにも通ずる、そんな主人公宮部久蔵の姿に非常に大きな感動をいただきました。この映画の中に流れている『平和への祈り』のようなメッセージを、私なりに音楽という形を通じて、多くの方々に伝わっていくためのお手伝いが、少しでも出来ればと思っております。そして、この映画が大成功されることを心よりお祈り申し上げます」

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映画パンフレットより



さて、この映画で「現代」として描かれている時代は2013年ではありません。
2004年、すなわち「終戦60周年」の前年です。大きな節目を迎えるにあたって、フリーライターの佐伯慶子は特攻隊員だった祖父についての取材を思い立ち、弟の健太郎に相談したわけです。姉弟が会いに行った祖父の知人たちはみな老人で、中には死の直前にようやく話が聞けた人もいました。
この「終戦60周年」に当たる2005年という年は、わたしにとっても忘れられない年です。8月には『ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え』(幻冬舎文庫)、9月には『ハートフル・ソサエティ』(三五館)を上梓しました。



同年、サンレーグループ社内報「Ray!」9月号掲載の「終戦60周年に思う 月面聖塔は地球の平等院」において、わたしは次のように書きました。
「今年の8月は、ただの8月ではありません。
日本人だけで実に310万人もの方々が亡くなられた、あの悪夢のような戦争が終わって60年目を迎える大きな節目の月です。
60年といえば人間でも還暦にあたり、原点に返るとされます。事件や出来事も同じ。どんなに悲惨で不幸なことでも60年経てば浄化される『心の還暦』のような側面が60周年という時間の節目にはあると思います。また現在、わたしどもの紫雲閣でお葬儀を執り行うとき、神風特攻隊で生き残られた方など、戦争で兵士として戦った最後の方々の葬儀がまさに今、行われていることを実感します。おそらく10年後の終戦70周年のときには戦争体験者はほとんど他界され、『あの日は暑かった』式の体験談を聞くことはないでしょう。
過去の記憶と現実の時間がギリギリでつながっている結び目、それが60周年であると言えるのではないでしょうか」
そう、再来年の2015年で「終戦70周年」となりますが、2005年には存命だった方々も今ではもうほとんどが他界されています。

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映画パンフレットより



わたしは、2005年8月1日に、「ひめゆりよ 知覧ヒロシマ長崎よ 手と手あわせて 祈る八月」という鎮魂の歌を詠みました。先の戦争について思うことは、あれは「巨大な物語の集合体」であったということです。真珠湾攻撃、戦艦大和、回天、零戦、神風特別攻撃隊、ひめゆり部隊、沖縄戦、満州、硫黄島の戦い、ビルマ戦線、ミッドウェー海戦、東京大空襲、広島原爆、長崎原爆、ポツダム宣言受諾、玉音放送・・・挙げていけばキリがないほど濃い物語の集合体でした。それぞれ単独でも大きな物語を形成しているのに、それらが無数に集まった巨大な集合体。それが先の戦争だったと思います。




風立ちぬ」にしても、「永遠の0」にしても、ともに巨大な集合体から派生した小さな物語に過ぎません。「男たちの大和/YAMATO」も、「硫黄島からの手紙」も、「一枚のハガキ」も、「終戦のエンペラー」も、すべては同じです。
実際、あの戦争からどれだけ多くの小説、詩歌、演劇、映画、ドラマなどが生まれていったことでしょうか。それを考えると、呆然としてしまいます。



「物語」といっても、戦争はフィクションではなく、紛れもない歴史的事実です。 わたしの言う「物語」とは、人間の「こころ」に影響を与える意味の体系のこと。
人間ひとりの人生も「物語」です。そして、その集まりこそが「歴史」となります。
そう、無数のヒズ・ストーリー(個人の物語)がヒストリー(歴史)を作るのです。 「永遠の0」のラスト近くで、すべての真相を娘と2人の孫に語った佐伯賢太郎が「あの頃、みんながそれぞれの物語を抱えていた。そして、みんな何事もなかったかのようなフリをして生きていた。それが、戦争で生き残るということなんだ」と言うセリフがあり、わたしの心に強く残りました。




最後に、佐伯賢太郎を演じた故・夏八木勲氏の存在感に感銘を受けました。
生涯300本以上の映画・テレビドラマに出演された名優でしたが、2013年5月11日に73歳で逝去します。それにしても死を目前にした2011年〜13年だけで12本の映画に出演していたことには驚きます。ブログ「そして父になる」で紹介した第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作品をはじめ、「希望の国」、「終戦のエンペラー」など、いずれも名作ばかりです。まさに、夏八木氏は「死ぬまで役者」だった人でした。その凄みが「永遠の0」からも伝わってきます。



そういえば、「永遠の0」と同じく特攻の物語で、高倉健が主演した2001年の映画「ホタル」にも夏八木氏は出演していました。
これは想像に過ぎませんが、「生」と「死」を描いた多くの映画に出演しながら、夏八木氏は自らの「死」を疑似体験したのではないでしょうか。そして、実際に自身の死を迎えるときは恐怖も不安も超越した穏やかな心境だったのではないでしょうか。いま、『死が怖くなくなる映画』という本の構想を練っているわたしは、そんなことを考えてしまいました。



わたしは、もう20年以上も前、高尾山にある「道院・紅卍会」の寺院で夏八木氏にお会いしたことがあります。「道院・紅卍会」は、至聖先天老祖を中心に世界五大宗教の宗祖である老子、孔子、釈迦、キリスト、マホメットをまつるという、非常に興味深い教団です。わたしは国書刊行会の佐藤今朝夫社長に連れて行かれたのですが、夏八木氏は道教の卜占を行われました。そのときの悟りきったような表情が印象的でした。なんというか、聖人のような佇まいを持った方でした。
稀代の名優・夏八木勲氏の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2013年12月23日 一条真也