和の世界遺産

一条真也です。
わたしは、 終活WEB「ソナエ」で「一条真也のハートフル・ライフ」を連載しています。「日本の心」や「心ゆたかな生き方」をテーマに月に2回、コラムをお届けしております。その第15回目が8月17日にアップされました。


終活WEB「ソナエ」



第15回目のタイトルは、「和の世界遺産」です。
TOPページに「インパクトが強かった『和食』と『和紙』の文化遺産登録。その次に登録したい遺産は・・・」というコピーで紹介されています。
本文には紙すきの作業をする「細川紙」の職人写真が使われ、「印象深かった『和食』『和紙』の登録」という小見出しがあります。文化庁の審議会は、福岡県の「宗像・沖ノ島と関連遺産群」を世界遺産登録に推薦することを決めました。今年7月の「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」、また、昨年6月の富岡製糸場と絹産業遺産群世界遺産登録も記憶に新しいところです。しかし、わたしにとっては、一昨年末に「和食」が、昨年11月末に「和紙」が世界無形文化遺産に立て続けに登録されたことのインパクトが強かったです。



世界無形文化遺産は、正式には「ユネスコ無形文化遺産」といいます。
ユネスコ」といえば、“世界遺産ユネスコ”としてご存知の方が多いかもしれません。ユネスコ国際連合教育科学文化機関)は、諸国民の教育、科学、文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉の促進を目的とした機関で、事業の一環として遺産事業に取り組んでいます。



和の世界遺産」より



また、祝儀袋の水引の写真が使われ、「結びという日本独自の文化」「『結びの文化』の無形遺産に」という小見出しがあります。
わたしたちの日本には、「和食」や「和紙」以外にも世界に類をみない文化がまだまだたくさん存在します。その中の1つとして、今日の日本の礼儀作法を形づけた「小笠原流礼法」があげられるでしょう。そして、その小笠原流礼法の中には「結び」という日本独特な文化が存在します。



結びの文化が発展する段階で「儀礼結び」が信仰形態などの変化に伴って、現代では、実用と装飾を兼ねた「装飾結び」へと変化していきました。装飾結びは日本の風土、花鳥風月をなぞらえた形に紐を結びあげている点で、諸外国の紐結びとは一線を画しており、非常に日本的な結びとなっています。実用と装飾を兼ね、四季折々の自然を紐の結びで表した日本の装飾結びの繊細さと華麗さは、日本人の手際の巧みさと優れた美意識を象徴するものだといえるでしょう。わたしは、この「結び」の文化を「和食」「和紙」に続く“和の世界遺産”として提案したいと思います。



和の世界遺産」より


なお、終活WEB「ソナエ」では、新連載開始に先立ち、ブログ「老いるほど豊かに」ブログ「『終活』ではなく『修活』」ブログ「『縁』と『絆』の大切さ」で紹介したように全3回で、わたしのインタビュー記事を掲載しています。



次回は9月2日にアップの予定です!



次回の「一条真也のハートフル・ライフ」は、9月2日(水)にアップされる予定です。タイトルは「終戦70周年に思う」です。15日の「終戦の日」、わたしは靖国神社を参拝しました。そして、戦後70年の間に「死者を軽んじる国」になってしまった日本の行く末を憂いました。そして、平和国家としての日本の未来を想いました。どうぞ、お楽しみに!



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2015年8月17日 一条真也

「新文化」に『永遠葬』が紹介されました

一条真也です。
出版業界のオピニオン・ペーパーである「新文化」の最新号(8月13日号)にブログ『永遠葬』で紹介した拙著が紹介されました。


新文化」8月13日号より



記事は「現代書林 『0葬』へのアンサー本」「ほぼ同一体裁で刊行」という見出しで、以下のように書かれています。
「葬式の在り方について書かれた、ほぼ同じ体裁の2冊。
だが、その出版元は異なる2社である。7月下旬、著述家・一条真也氏の『永遠葬 想いは続く』(現代書林)が発売された。これは、昨年1月に集英社から刊行された宗教学者島田裕巳氏の『0葬 あっさり死ぬ』のいわば『アンチテーゼ本』。『葬式は誰のために、何のために行うのか』をテーマに相反する主張を繰り広げている2冊だが、『永遠葬』は意図的に『0葬』の四六判の判型からページ数の208頁、定価1200円、装丁デザインまで同じようなものにしている。
実は、以前にも一条氏は、島田氏の『葬式は、要らない』が発売された後、『葬式は必要!』を上梓している。今回の『0葬』について一条氏は、その考え方に共感する部分はありつつも、「(島田氏は)どうしてここまで人間の人生に価値を置かないのか」と『永遠葬』で記している。だが、両者は真っ向から対立しているわけではない。お互いに親交もあり、一条氏が『永遠葬』を献本すると、島田氏は自身のブログで「私の本に対する批判というより、同じ方向性を目指しているように思えた。彼の言う永遠葬は、(中略)私の監修した『自然葬のススメ』と変わらない」と共通項を認めている。
一条氏も『もとより島田氏個人には恨みはありません。ですから、殺伐としたアンチ本ではなく、「遊び心」のあるアンサーブックを目指したのです』と語る。そして改めて『葬儀によって、有限の存在である「人」は、無限の存在である「仏」となり、永遠の命を得ます。これが「成仏」です。葬儀とは、じつは「死」のセレモニーではなく、「不死」のセレモニー』と主張する。現代書林の坂本桂一社長は『一条氏から同じようなものにしたいと提案があった。
(2点が)議論のきっかけになり、お互いに売れたらいい』と話している」


2冊を並べてみると・・・・・・



じつは『永遠葬』の体裁について「新文化」の記者の方から取材を受けたとき、「デザイナーの佐野研二郎さんにお願いしました」というジョークをかまそうかと思ったのですが、シャレにならないので自重しました(笑)。
ちなみに問題の2冊を並べてみると、映画化もされた某ベストセラー小説のタイトルが浮かび上がってきます。もちろん偶然です(笑)。なお、『永遠葬』では『葬式は、要らない』や『0葬』に対する批判を展開していますが、記事にもあるように、それらの本の著者である島田裕巳氏その人には何の恨みもありません。それどころか、わたしは島田氏を才能豊かな文筆家としてリスペクトしています。島田氏とわたしの間には、さまざまな交流もあります。そのあたりも『永遠葬』に書きましたので、ぜひお読み下さい。



アマゾンでも仲良し(笑)!



意見が違うからといって、いがみ合う必要などまったくありません。
意見の違う相手を人間として尊重した上で、どうすれば現代の日本における「葬儀」をもっと良くできるかを考え、そのアップデートの方法について議論することが大切です。あなたは、どのような葬儀を希望しますか。本書を読みながら、ご自身の葬儀について、またあなたの大切な方の想いを残す方法について一緒に考えてみませんか?



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2015年8月17日 一条真也