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一条真也の新ハートフル・ブログ

2016-07-29

弘文堂訪問

一条真也です。東京に来ています。
29日の午前中は互助会関係の打ち合わせをしました。昼は、現代書林の関係者とランチ・ミーティング。次回作である『死を乗り越える映画ガイド』の表紙案などについて打ち合わせましたが、素晴らしいデザインの表紙に決まりました。同書は9月初めに刊行予定です。どうぞ、お楽しみに!

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弘文堂が入っている駿台予備校8号館



それから14時からは千代田区神田駿河台にある弘文堂の本社を訪れました。土居健郎著『「甘え」の構造』をはじめ、数多くの名著を生みだした学術書出版の名門です。特に社会学や宗教学、あるいは文化人類学の分野における殿堂のような存在となっています。わが代表作となる『儀式論』を刊行していただくにあたり、同社の鯉渕友南社長に御挨拶に伺ったのです。

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内藤湖南書の看板の前で鯉渕社長と



山の上ホテルのすぐ近くのビルに入り、エレベーターで9階に上がると、担当編集者である外山千尋さんが笑顔で迎えてくれました。玄関前に飾られていた「弘文堂」の看板は非常に立派でした。なんでも、東洋史学の大御所として知られた内藤湖南の書だそうです。いやあ、さすがに伝統を感じます。同社の鯉渕社長と一緒に看板の前で記念撮影させていただきました。

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鯉渕社長とガッチリ握手!



また応接間に通され、そこで『儀式論』についての打ち合わせ。
鯉渕社長は『儀式論』について、「よくぞ、ここまでの大作を書かれましたね。驚きとともに敬意を表します」と言って下さり、わたしは感謝の気持ちでいっぱいになりました。鯉渕社長が「よほどの意気込みで書かれたのでしょうね」と言われたので、わたしは「はい、これを書き上げたら死んでもいいと思って書きました」と申し上げると、「死なれては困りますよ」と笑われていました。鯉渕社長はわたしより1つ年上だそうですが、元キリンビールの営業マンだそうで、非常にスマートな紳士であるという印象でした。クセの強い怪人・奇人の多い出版界にあって、爽やかな印象を覚えました。



外山さんも交え、『儀式論』の造本、定価、部数などについて意見交換。
その結果、四六版(『唯葬論』と同じサイズ)で約600ページ、総クロス貼りの箔押し、さらには箱入りという超豪華な本にすることが決まりました。鯉渕社長が「一条さんの代表作ですから、妥協のない最高のものを作りましょう!」と言って下さったのです。わたしはもう、かたじけなさに涙こぼるる思いでした。『儀式論』は10月刊行予定です。どうぞ、お楽しみに!



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年7月29日 一条真也

「ファインディング・ドリー」

一条真也です。
東京に来ています。28日は午前中は三五館、午後は日本経済新聞社および日本経済新聞出版社の方々と打ち合わせをしました。日経電子版で好評連載中の「一条真也の人生の修め方」を単行本化する打ち合わせです。
絵本のような作りにするアイデアも出て、非常に楽しみになってきました。




夜は有楽町でアニメ映画「ファインディング・ドリー」を観ました。久々に長女と一緒の映画鑑賞です。長女は前作となる「ファインディング・ニモ」の超ファンで、自分で続編の物語を書いていたほどです。たしか2003年に「ファインディング・ニモ」が公開されたときも、父娘で小倉のシネコンで観た思い出があります。あれから、もう13年が経過したとは!




ヤフー映画の「解説には以下のように書かれています。
「愛くるしいカクレクマノミのキャラクターたちが活躍するアニメ『ファインディング・ニモ』の続編。前作にも登場したちょっぴりドジな愛されキャラ、忘れん坊のドリーに焦点を絞って、彼女の家族捜しの旅に同行する親友ニモと仲間たちの大冒険を映し出す。『ファインディング・ニモ』『ウォーリー』で2度アカデミー賞長編アニメ映画賞に輝いたアンドリュー・スタントンが、本作も監督を担当。新しい仲間たちも加わった心躍る旅路に、大人も子供も引き込まれる」

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また、ヤフー映画の「あらすじには以下のように書かれています。
「カクレクマノミのニモの大親友であるナンヨウハギのドリーは、すぐに何でも忘れてしまう。ある日、子供のころの思い出がよみがえり、一念発起して家族を捜す旅に出ることを決意する。おっちょこちょいなドリーを心配したニモは、父親マーリンを説得してドリーの旅に同行する」




冒頭に登場するベビー・ドリーがとにかく可愛いです。
「わたしはドリー、何でもすぐに忘れちゃうの」とつぶやきますが、本当に彼女は何でも忘れてしまいます。お母さんは「この子は将来、ひとりで生きていけるかしら」と心配して涙を流します。実際、記憶障害をもつドリーは大変な苦労をしますが、持ち前の前向きさでたくましく生きていきます。ドリーはハンディキャップのもつ人のメタファーであると同時に、認知症を患う高齢者などのメタファーにもなっているように感じました。
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ニモ親子とドリー
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ハンクとドリー
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ディスティニーとドリー


ドリーには、マーリン・ニモ親子のような素晴らしい仲間たちがいます。そして、両親を探す旅で出会ったタコのハンクやジンべエザメのディスティニー、シロクジラのベイリーたちにも支えられるドリーでした。「助け合いは人類の本能だ」というのは拙著『隣人の時代』(三五館)のキャッチフレーズですが、魚の政界にも相互扶助が存在したとは!
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ドリーを助けるハンク
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ウミガメのクラッシュとドリー
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ラッコたちとドリー



それにしても、図らずも別れてしまった両親に会いたいというドリーの姿には感銘を受けます。ブログ「島田裕巳氏との対談」で紹介したように、昨日は宗教学者の島田裕巳氏と「葬儀」をテーマに語り合いました。島田氏は、ブログ『もう親を捨てるしかない』で紹介した新刊を書かれて話題を呼んでいるようですが、けっして親を捨てないドリーを見ながら、あらゆる生きとし生けるものは親を慕うのだと改めて思いました。

慈経 自由訳

慈経 自由訳



拙著『慈経 自由訳』(三五館)には、ブッダによる「慈しみ」の心が述べられています。「ブッダの慈しみは、愛をも超える」と言った人がいましたが、仏教における「慈」の心は人間のみならず、あらゆる生きとし生けるものへと注がれます。生命のつながりを洞察したブッダは、人間が浄らかな高い心を得るために、すべての生命の安楽を念じる「慈しみ」の心を最重視しました。そして、それは母親がわが子に注ぐ心として表現されています。
ネタバレにならないように気をつけますが、「ファインディング・ドリー」を観て、なぜか『慈経 自由訳』のメッセージを思い浮かべました。




*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年7月28日 一条真也