涙は世界でいちばん小さな海(アンデルセン)


一条真也です。今日で8月も終わりですね。
今年の夏は、一度も海に行きませんでした。
今回の名言は、「童話の王様」と呼ばれたハンス・クリスチャン・アンデルセンの言葉です。わたしには、その名も『涙は世界で一番小さな海』(三五館)という著書があります。同書で、わたしは、ファンタジー作品を愛読していると述べました。中でも、アンデルセンメーテルリンク宮沢賢治サン=テグジュペリの4人の作品には、非常に普遍性の高いメッセージがあふれていると考えています。いわば、「人類の普遍思想」のようなものが彼らのファンタジー作品には流れているように思います。心理学者のユングは、すべての人類の心の底には、共通の「集合的無意識」が流れていると主張しました。彼ら4人の作家の魂はおそらく人類の集合的無意識とアクセスしていたのだと思います。


アンデルセンの名言をタイトルにしました



ドイツ語の「メルヘン」の語源には「小さな海」という意味があるそうです。大海原から取り出された一滴でありながら、それ自体が小さな海を内包しているのです。人類の歴史は、いわゆる「四大文明」からはじまりました。その4つの巨大文明は、いずれも大河から生まれました。そして、大事なことは河は必ず海に流れ込むということです。さらに大事なことは、地球上の海は最終的にすべてつながっているということ。
チグリス・ユーフラテス河も、ナイル河も、インダス河も、黄河も、いずれは大海に流れ出ます。人類も、宗教や民族や国家によって、その心を分断されていても、いつかは河の流れとなって大海で合流するのではないでしょうか。人類には、心の大西洋や、心の太平洋があるのではないでしょうか。そして、その大西洋や太平洋の水も究極はつながっているように、人類の心もその奥底でつながっているのではないでしょうか。それがユングのいう「集合的無意識」の本質ではないかと、わたしは考えます。


メルヘン論

メルヘン論

そして、「小さな海」という言葉から、わたしはアンデルセンの「涙は人間がつくるいちばん小さな海」という言葉を連想しました。
これこそは、アンデルセンによる「メルヘンからファンタジーへ」の宣言ではないかと、わたしは思います。神秘哲学者のルドルフ・シュタイナーが『メルヘン論』で述べたように、メルヘンは人類にとっての普遍的なメッセージを秘めています。しかし、それはあくまで太古の神々、あるいは宇宙から与えられたものであり、人間がみずから生み出したものではありません。涙は人間が流すものです。そして、どんなときに人間は涙を流すのか。それは、悲しいとき、寂しいとき、つらいときです。それだけではありません。他人の不幸に共感して同情したとき、感動したとき、そして心の底から幸せを感じたときではないでしょうか。つまり、人間の心はその働きによって、普遍の「小さな海」である涙を生み出すことができるのです。人間の心の力で、人類をつなぐことのできる「小さな海」をつくることができるのです。


人魚姫

人魚姫

アンデルセンは、涙は「世界でいちばん小さな海」だといいました。
そして、わたしたちは、自分で小さな海をつくることができます。その小さな海は大きな海につながって、人類の心も深海でつながります。
たとえ人類が、宗教や民族や国家によって、その心を分断されていても、いつかは深海において混ざり合うのです。まさに、その深海からアンデルセンの人魚姫はやって来ました。人類の心のもっとも深いところから人魚姫はやって来ました。彼女は、人間の王子と結ばれたいと願いますが、その願いはかなわず、水の泡となって消えます。 


星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

孤独な「人魚姫」のイメージは、「星の王子さま」へと変わっていきました。王子さまは、いろんな星をめぐりましたが、だれとも友だちになることはできませんでした。でも、本当は王子さまは友だちがほしかったのです。七番目にやって来た地球で出会った「ぼく」と友だちになりたかったのです。
星の王子さまとは何か。それは、異星人です。人間ではありません。人魚も人間ではありません。人間ではない彼らは一生懸命に人間と交わり、分かり合おうとしたのです。人間とのあいだに豊かな関係を築こうとしたのです。それなのに、人間が人間と仲良くできなくてどうするのか。戦争などして、どうするのか。殺し合って、どうするのか。
わたしは、心からそう思います。
そんなことを『涙は世界で一番小さな海』に書きました。


涙は世界で一番小さな海―「幸福」と「死」を考える、大人の童話の読み方

涙は世界で一番小さな海―「幸福」と「死」を考える、大人の童話の読み方

なお現在、同書を原作とした舞台の製作企画が進行中です。
ブログ「サンレー『古事記』公演」で紹介した劇団「東京ノーヴィレパートリーシアター」による舞台で、戯曲は鎌田東二先生とわたしの共作です。来年の秋頃の上演を目指しています。どうぞ、お楽しみに!



2017年8月31日 一条真也