古典の普及もテーマに

一条真也です。
いよいよ年の瀬も押し迫ってきたと実感しています。明日はサンレー本社の「御用納め」で、午後から「年越しの大祓式」を行います。
本日、「ふくおか経済」の2018年1月号が届きました。


「ふくおか経済」2018年1月号



「2018展望ふくおか」のコーナーで、今年も登場させていただきました。
「『紫雲閣』と新業態『三礼庵』で全80カ所へ」の大見出し、「古典の普及もテーマに」の見出しで、以下のようなインタビュー記事が掲載されています。


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――昨年を振り返ると、10月にグループ発祥の松柏園ホテルで新館「ヴィラルーチェ小倉」がオープンしました。
佐久間 水と緑、空を望めるパーティー会場をメーンとしたアーバンリゾート風の建物になっています。結婚式のほか忘年会、新年会など各種パーティーでのお申込みがあり、お客様からは「今までにないスタイル」「北九州の街中にいるとは思えない」といって声をいただいており、大変好評です。
また、長い歴史と格式のある本館と対になる形で「温故知新」のコンセプトを実現できました。加えて、本館と新館で共通することは、祝いの舞台であるということです。祝いは「おめでとう」「ありがとう」のやり取りであり、人の心を明るくする光(太陽光)でもあります。ヴィラルーチェは太陽光の邸宅を意味する言葉でもあるので、本館ともあわせて、色々な祝い事ができる舞台として提供していきたいと思います。
――葬祭事業では「紫雲閣」の新規出店が続いています。
佐久間 昨秋以降でも新宮町や大分県日田市でオープンしました。また、今年2月から4月にかけても別府市沖縄県うるま市、秋には福岡市など各地で開業予定です。今年中には全体で80カ所体制になるのではないでしょうか。その後も出店を続け、2020年をめどに100カ所を目指しています。
――「紫雲閣」とは別に、新業態の「三礼庵」も今後は全国各地で展開されるとか。
佐久間 既に北九州市小倉南区1号施設をオープンしました。古民家を改装した小規模葬儀に対応する施設で、小笠原流礼法の慎みの心、敬いの心、思いやりの心の三礼に由来しています。スタッフも着物を着て接客していまして、全く新しいタイプのイノベーション施設です。ぜひ日本文化の粋としての葬儀を提供したいですね。
――佐久間社長は日頃から「セレモニーホールをコミュニティセンターに変える」と訴えていらっしゃいます。「三礼庵」でも同様の方針ですか。
佐久間 はい。実際に「紫雲閣」では長寿祝いなどで家族や近隣者同士が集まったり、医療や相続といったセミナーを開催するなどしていますし、最近ではそれぞれの「紫雲閣」の地域で盆踊りなどの祭りも催しました。今年春には小倉紫雲閣で映画祭も企画しています。
三礼庵」は「紫雲閣」に比べて小規模なので、「コミュニティハウス」という位置づけで、葬祭以外でも地域の人々に向けて茶道教室や華道教室を実施していて好評です。もともと茶道や華道は供養をルーツに発達したものでありますからね。
――作家・一条真也としての著書も増えていますね。
佐久間 90冊を超えました。昨年は『はじめての「論語」』(三冬社)や『般若心経 自由訳』(現代書林)を上梓しました。
はじめての「論語」』は北九州市内の小学校、『般若心経 自由訳』は老人ホームなどに寄贈させていただいています。これらはいずれも題材が『論語』と『般若心経』という古典ですが、古典というのは日本人として何をすべきかを教えてくれるものです。そして、祭り・年中行事などは言わば日本人の中にある「生活の古典」です。今年はこの古典と「生活の古典」を普及させることもテーマのひとつにしたいと思います。


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最後に出てくる「生活の古典」というのは折口信夫の言葉です。
折口は『古事記』や『万葉集』や『源氏物語』などの「書物の古典」と、正月、雛祭り、七夕、盆などの「生活の古典」の両方が日本人の心にとって必要であると喝破しました。この観点から、わたしは今、年中行事についての入門書を書いています。来春、PHP研究所より刊行の予定です。


はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵

はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵

般若心経 自由訳

般若心経 自由訳

2017年12月28日 一条真也

『いざなうもの』   

いざなうもの (ビッグコミックススペシャル)


一条真也です。
『いざなうもの』谷口ジロー著(小学館)を読みました。
今年の2月に逝去した漫画家の未発表絶筆『いざなうもの 花火』(原作:内田百けん)を含む近作の作品集です。いずれも単行本初収録となります。
わたしは著者の漫画の大ファンで、『「坊ちゃん」の時代』をはじめ、『歩くひと』『犬を飼う』『父の暦』『遥かな町へ』などの名作を何度も読み返しました。テレビドラマ化もされた『孤独のグルメ』も愛読書の1つです。


『坊っちゃん』の時代 (双葉文庫)

『坊っちゃん』の時代 (双葉文庫)

著者は1947年、鳥取県鳥取市出身です。
鳥取商業高校を卒業後に京都の繊維会社に就職しましたが、漫画家を目指して1966年に上京、石川球太のアシスタントとなり漫画の技術を学びました。71年に『嗄れた部屋』(「週刊ヤングコミック』」でデビューした後、上村一夫のアシスタントを経て独立しました。以後、関川夏央漫画原作者と組み、青年向け漫画においてハードボイルドや動物もの、冒険、格闘、文芸、SFと多彩な分野の作品を手がけました。絵はジャン・ジローメビウス)やフランソワ・シュイッテンなどのバンド・デシネの作家に強い影響を受けています。また、『歩くひと』や『遥かな町へ』などの翻訳版刊行を期に2000年代からヨーロッパにおける著者の評価が高まりました。


本書の帯



本書の帯には「生涯、ずっと描きつづけた。」と大書され、続けて、「2017年2月11日、この世を旅立った谷口ジロー。最期まで飽くなき挑戦をつづけた世界的作家が、渾身の力で描いた驚嘆の未発表絶筆『いざなうもの その壱 花火(原作:内田百けん『冥途』)を含む珠玉の作品集、ついに刊行」と書かれています。


本書の帯の裏



本書の【収録作品】は以下の通りで、すべて国内単行本初収録です。
●『彼方より』(「ビッグコミックオリジナル」2014年4号)
●エッセイ『フランスと私』(「ふらんす」2011年11月号)
●『何処にか』その壱・その弐(「ビッグコミック」2016年8号/9号)
●『魔法の山』前編・後編(「ヤングジャンプ」2006年1号/2号)
●『いざなうもの 花火』について
●『いざなうもの 花火』(未発表絶筆)



わたしは東京出張したとき、いつも羽田空港からモノレールに乗ります。終点の浜松町駅で降りると、駅ビルの中の大型書店を通り抜けてタクシー乗り場へと向かうのですが、本書はその書店のレジ横のワゴンに積まれていました。そのとき、わたしは探していた新書本を3冊購入して、そのまま立ち去ろうとしたのですが、振り返ったときに本書のクリーム色の表紙カバーと「谷口ジロー」の文字が見えました。わたしの心は騒ぎましたが、急いでいたので無視しようとしました。しかし、数メートル歩いたところで「いや、今あれを買わないと絶対に後悔する」と思い直し、レジまで戻って列に並び直して本書を求めたのでした。まさに、本書は書名のとおりに「いざなうもの」だったのです。



その日のうちに一気に読みましたが、まず『何処にか』の魅力の虜となりました。小泉八雲ラフカディオ・ハーン)が登場する作品ですが、八雲は『「坊ちゃん」の時代』シリーズの夏目漱石森鷗外に劣らぬ存在感を示しています。その壱は「茶碗の中」、その弐は「水飴を買う女」の物語が紹介されています。「茶碗の中」は『怪談』と並ぶ八雲の代表作である『骨董』に、「水飴を買う女」は同じく八雲の『知られざる日本の面影』に収録されています。いずれも心霊ホラーとでも呼ぶべき短編ですが、日本人の「こころ」の琴線に触れるような味わいがあります。


iPhoneで『骨董』の「茶碗の中」を聴く



じつは、わたしは「茶碗の中」の話をよくiPhoneで聴いています。というのも、執筆や読書で目が疲れたときは寝る前にiPhoneに取り込んだCDブックの類を聴く習慣があるのですが、お気に入りの朗読CDの1つが小泉八雲の『骨董』なのです。「茶碗の中」の他では、「おかめのはなし」「露の一滴」「夢を食ふもの」などが好きで、わたしを心地よい睡眠へといざなってくれます。


iPhoneで『冥途』を聴く



本書の最後には『いざなうもの 花火』も収録されていますが、最初は完成された漫画作品なのですが、次第にラフ画のようになってきて、最後は絶筆で終わっています。このようにリアルな「人生の終わり」をそのままページの上に再現した本というのは珍しいのではないでしょうか。特に文章だけの本と違って、漫画だけに絵そのものの変化は読者にインパクトを与えます。ちなみに、『いざなうもの 花火』の原作である内田百けんの『冥途』の朗読CDもわがiPhoneに入っており、よく聴きます。


『何処にか』と『いざなうもの 花火』の間にあるのが『魔法の山』です。
病気の母親の命を救うために、幼い兄と妹が大冒険するというファンタジーです。母を想う子の心には、どうしても泣かされます。ちょっとジブリアニメの「となりのトトロ」にも似ていますが、新海誠監督の「星を追う子ども」にもイメージが重なります。「魔法の山」を新海監督がアニメ化したら、きっと素晴らしい作品になったでしょうね。


ダ・ヴィンチ 2017年3月号

ダ・ヴィンチ 2017年3月号

『何処にか』『いざなうもの 花火』『魔法の山』にはいずれも血縁への郷愁のような感情が描かれています。著者の漫画を読んで、たまならなく懐かしい思いがするのは、幼少の頃の両親の愛情が甦ってくるからでしょう。
2016年12月26日、著者は双葉社の染谷誠氏によってインタビューを受けています。著者の実質最後となるインタビューでしたが、「手がけてみたいのは日本の文豪――たとえば夏目漱石芥川龍之介太宰治の短編作品などのマンガ化でしょうか」(「ダ・ヴィンチ」2017年3月号、メディアファクトリー)と語っています。著者によってマンガ化された漱石の「夢十夜」、芥川の「魔術」、太宰の「竹青」などを読んでみたかったです。


著者の直筆メッセージ



最後は、著者の直筆で書かれた次の言葉が掲載されています。
「たったひとりでもいい。本が何度も、何度でも、本がボロボロになるまで読まれるマンガを描きたい。あきることなく何度も開いて絵を見てくれるマンガを描きたい。それが私のたったひとつの小さな望み。
そんなマンガが私に描けたかどうか疑問はあるが、今、頭の中で妄想している物語その世界と絵はなんとなく見えているのだが、これをひとつの形にするのは難しく骨の折れる作業となる。それでも苦痛を乗り越えた楽しさがあるのもまちがいのないことだ」
この遺書のような著者の言葉を読んで、わたしは深い感銘を受けました。「漫画の神様」と呼ばれた手塚治虫をはじめ、命の灯が燃え尽きるまで描き続けた作家は何人かいますが、著者もその1人だったのです。


2017年12月28日 一条真也