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一条真也の新ハートフル・ブログ

2018-06-30

釜山観光   

一条真也です。
30日から釜山ですが、九州北部は大雨。しかも、台風も近づいているとのこと。「翌日の帰りのビートルは大丈夫か?」と心配しながら、11時35分に釜山港に到着しました。入国手続き後、現地のガイドさんと合流し、早速、専用車で昼食会場に向かいました。

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釜山港に到着しました
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昼食で立ち寄った韓国料理店
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野菜類が美味しかった
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石焼ビビンバが美味しかった
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チヂミが美味しかった



昼食は石焼ビビンバでした。付け合せの野菜類とチジミも美味しかったです。昼食後、雨の釜山市内を観光しました。釜山は対馬海峡に面し、古くから朝鮮半島と日本とを結ぶ交通の要衝として栄えてきた港湾都市です。首都ソウルに次ぐ韓国第二の都市として、政治・経済・文化の面で重要な役割を担ってきました。人口は、約345万人です。




釜山はグルメ、ショッピング、レジャーなど、観光の拠点として知られています。釜山国際映画祭はじめ、国際的なイベントも定期的に行われ、エキゾチックな香りが漂う街です。ここで、甘川洞文化村などを視察しました。

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甘川洞文化村の案内板
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生活博物館で
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甘川洞文化村のようす
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スーパーマンとスパイダーマンの姿が・・・
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建物の上には・・・・・・
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魚の巨大アート
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甘川洞文化村の展望台
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展望台からの光景はカラフル!
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雨の展望台にて




特に人気だったのが、話題のアート村として知られる甘川洞文化村です。
ここは今一番ホットな釜山の観光地です。坂の上まで家が立ち並んでいるのが釜山の光景ですが、そんな釜山の街並みをカラフルタウンに生まれ変わらせた場所です。坂が多くて歩くのは大変ですが、昔の韓国映画のような光景を楽しむことができます。

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免税店内のスター・アヴェニュー
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カジノで王様のチョゴリを着る



その後、免税店やカジノを視察してから、西鉄グループの「ソラリア西鉄ホテル釜山」へチェックインしました。とても綺麗なホテルです。

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夕食会場の「思味軒(サミホン)」
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マッコリがうまいぜ!
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この肉を見よ!
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この肉、うますぎる!
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冷麺もうますぎる!
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締めの挨拶をする合馬幹事



夕食は焼肉専門店「思味軒(サミホン)」でカルビ焼肉を食べました。わたしが55年生きてきた中で最もうまい肉でした。また、冷麺もこれまで食べた中でナンバーワンでした。マッコリや真露も美味しくて、たくさん飲みました。最後は6月30日まで幹事である合馬さんが締めの挨拶をしました。日付が変更される7月1日、合馬幹事は次の新幹事である坪根さんにバトンタッチし、深夜に交代の儀式が行われるそうです。今夜は、小倉ロータリークラブの愉快な仲間たちと大いに飲み、大いに語り合った夜となりました。



2018年6月30日 一条真也

釜山へ!   

一条真也です。
今日から韓国の釜山へ行きます。
小倉ロータリークラブの親睦行事に参加するのです。朝の7時半に博多港国際旅客ターミナルに集合し、8時半発のビートル113便で釜山港に向かいます。しかし、今朝の博多は大雨で、雷まで鳴っています。とほほ。

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パスポートと旅行日程表
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博多港のビートル用カウンター前で
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8時30分に出発!



わたしは、小倉南ロータリークラブ小倉ロータリークラブと併せて20年近くロータリークラブに所属していますが、じつは親睦旅行に参加するのは初めてです。韓国へのビートルに乗るのも初めてで、北九州観光協会や北九州観光・コンベンション協会などの会議で韓国ビートルの話がよく出ます。でも、わたしは一度も乗ったことがなかったので、適切な発言をすることができませんでした。「これでは、北九州の観光について語ることができない」と感じていました。これも、今回の参加を決めた大きな理由です。

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このビートルで釜山へ!
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ビートル113便の前で
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ビートルの内部



釜山港には11時35分に到着する予定です。
昼食後、釜山市内を観光。国際市場・チャガルチ市場・話題のアート村である甘川洞文化村などを視察します。翌7月1日は、「冬のソナタ」ロケ地外島(ウェド)を遊覧船より観光。その後、釜山市内を視察してから釜山港へ。15時50分発のビートル447便で博多港へ・・・・・・。
久々の韓国、ロータリーの仲間と大いに楽しみたいと思います。






2018年6月30日 一条真也

2018-06-29

心の豊かさ4章で

一条真也です。
ワールドカップで日本は第3戦のポーランドに0−1で敗れるも、決勝トーナメントには進出。試合終盤の消極的なパス回しは賛否両論でしょうが、日本代表が「サムライ」ならば、たとえ玉砕しても最後まで攻めて欲しかった!
さて、ブログ「『毎日新聞』取材」で紹介したインタビュー記事が29日付の「毎日新聞」朝刊に掲載されました。

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「毎日新聞」2018年6月29日朝刊



記事は「心の豊かさ4章で」「『人生の四季を愛でる』 サンレー社長佐久間さん出版」の見出しで、以下のリード文が書かれています。
一条真也のペンネームで執筆活動をする冠婚葬祭サンレー(小倉北区上富野)社長、佐久間庸和さん(55)が新著『人生の四季を愛でる 「こころ」を豊かにする「かたち」』(毎日新聞出版)を出版した。「人生を幸せにするのは心だ」と言い、年中行事などさまざまな場面を彩る儀式を通じて、心を安定させるヒントを示す。【長谷川容子】」
それから、本文が以下のように書かれています。
「佐久間さんは社業の傍ら、これまでに90冊以上のエッセーや経営論の本を出版した。『人生の四季を愛でる』は2015年10月から2年半にわたって週刊誌「サンデー毎日」に連載したコラムをまとめたもの。『冠婚葬祭とは人生を肯定すること』『涙は世界で一番小さな海』など4章で構成し、四季折々の行事や文化、世論を騒がせた事件、有名人の死などから考えたことを、柔らかい筆致でつづっている。
バレンタインデーに想うこと』と題したコラムでは、『いまわの際に氷砂糖やチョコレートなどを口に含ませるとほほ笑んで旅立ってゆくという』とインドでの伝聞を披露。『成人式をなめるなよ!』では、派手さで注目される地元・北九州市の成人式にも触れる。『葬儀は人を永遠の存在にする』では、通夜・告別式なしで火葬場に直行する『直葬』や遺骨・遺灰を火葬場に捨てる『0葬』などを死者を軽んじる行為として警鐘を鳴らす。『仕事を通じて日々、多くの『愛する人を亡くした人』にお会いする。すべての人間は自分だけの特別な使命や目的をもってこの世に生まれてきている。長く生きた方でも、短い方でも人生の四季があると感じる』と佐久間さん。
4月に上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任。悲嘆にある人にどう対処するか、社内で蓄積してきた知識と技術をもとに、研究や人材育成に役立ちたいという。『超高齢化による多死社会に突入し、今ほど老いる覚悟、死ぬ覚悟が求められる時代はない。死への不安を解消するには、自分自身の理想の葬儀を思い描くのが一番いい。人生を修める覚悟が人生を美しくする』」



2018年6月29日 一条真也

2018-06-28

グリーフケア対談

一条真也です。横浜に来ています。
28日の11時20分から、ブログ「グリーフケア対談のお知らせ」で紹介した特別対談がパシフィコ横浜で開催されました。

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会場のパシフィコ横浜
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超満員になりました!



第22回フューネラルビジネスフェア2018」のシンポジウム内のイベントですが、上智大学グリーフケア研究所の所長で東京大学名誉教授の島薗進先生とわたしが「グリーフケアの時代〜現代日本の葬儀と死生観」をテーマに大いに語り合いました。

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登壇者紹介のようす



冒頭、進行役による本講座開設の趣旨と登壇者紹介がありました。それから、第1テーマ「葬儀の簡素化・簡略化に歯止めはかけられるのか?」が開始されました。まずは進行役から「一般葬の減少に対して家族葬に代表される小規模葬のニーズが高まるなか、そもそも葬儀の簡素化・簡略化に歯止めはかけられるのだろうか?」という問題提起があり、わたしに「小規模葬が増えているのか、会葬者数も激減しているのかといった、業界の現状について」の質問がありました。

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葬儀の小規模化について述べました



わたしは、以下のように答えました。
「小規模葬」といわれるものが会葬者が少ない、来ないという葬儀のことであれば増えてきていると感じています。それは「家族葬」「直葬」という名称で増加しています。業界の現状としては「会葬者の減少」「単価の低下」「儀式の簡略化」などの問題がよく出てくるのですが、業界としては様々な対策を行っています。

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発言する島薗先生



また、「小規模な葬儀を行うことへ歯止めをかけることができるのは、葬儀発生後、遺族が真っ先に頼る葬祭事業者ではないか。であるならば、葬儀の簡略化・簡素化に歯止めをかけられるのは葬祭事業者ではないか」との質問を受けました。わたしは「確かに亡くなってからご遺族とご葬儀の話を行うのは葬祭事業者となります。その時点でアドバイスを行い、亡くなった方やご遺族とご縁のある方に葬儀に参列していただく大切さを伝えています。ただし、『終活』という言葉が一般化していることもあり、亡くなる前から自分や家族の葬儀のかたちを考えている方がほとんどです。つまり、葬儀発生時にアドバイスすることも大切ですが、その前の段階で葬儀という儀式の大切さを伝えてゆくことが重要だと考えています」と答えました。

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島薗先生の言葉をメモする      



第2テーマ「宗教離れはどこまで進むのか――宗教色を排除した葬送における『悼み』『偲ぶ』のあり方」では、進行役から「葬儀の簡略化という点でいえば、都市部を中心に無宗教葬の動きが垣間見られる。もともと、宗教心に長けた民族とはいえない日本人ではあるが、古来、仏壇に手を合わせるといったことはどの家庭でも見受けられるものだった。しかし、いま、そうした状況は多くみられず、菩提寺すら分からない。宗派すら分からない、といった状況にあるのが現状である」との発言がありました。その上で、わたしに「実際に無宗教葬は増えているのか、増えているとすればその背景にあるのは何か?」の質問がありました。

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無宗教葬について述べました



わたしは、菩提寺に代表される寺の問題、核家族化が招いた血縁、住環境の変化による地縁、さらに社会構造変化による社縁といったものの崩壊といったことを踏まえながら、宗教色を排除した葬儀を望む遺族の声などを事例として挙げました。そして、「都市部と地方では進行度合いは違ってくると思いますが、『無宗教葬』という選択肢は増えてきているのではないかと感じます。ただし、それは『無宗教で葬儀を行いたい』という『積極的』な理由と菩提寺など寺院とのつながりがないために『無宗教で葬儀を行う』という『消極的』な理由の2つがあるのではと感じています。後者はもともと地域社会で存在していた寺院との関係性が現在では成立しなくなったことが無宗教葬を選ぶ背景ではないか、そしてそれも無宗教葬が増えた要因と考えられるのではないでしょうか? 言い換えれば今まであった寺院が地域で果たしていた役割を果たせなくなったということです」と答えました。

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グリーフケア装置としての葬式仏教



さらに進行役は、「宗教離れはある意味、消費者ニーズとして受け入れなければならない面もあるが、一方で、葬送儀礼文化として捉えるのであれば、無宗教葬において故人を『悼み』『偲ぶ』というプロセスをどのように表現するのかが難しいのではないか?」といった質問を投げかけてきました。わたしは、「無宗教での葬儀においても故人とのお別れをして献花を行ったり、思い出を語ったりという故人を『悼み』『偲ぶ』ということは可能だと考えられます。好きな音楽をかけたり演奏したり、亡くなった方へお別れの言葉をかけたりとすることもプロセスの1つとして成り立っていくと考えられます」
そして、わたしは一連の年忌法要におけるグリーフケアの仕組みを説明し、葬式仏教の本質がグリーフケア宗教であると述べました。

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葬儀のもつ役割



第3テーマ「形式化する葬儀における遺族ケアのあり方(誰が行なうのか、成り立つのか)」では、島薗先生から「死者を偲ぶ要素を(葬儀に)どのように組み込むのか?」の質問がありました。わたしは、こう述べました。
「葬儀のもつ役割として、(1)社会的対応、(2)遺体への対応、(3)霊魂への対応(宗教)、(4)悲しみへの対応〈グリーフケア〉の4つがあげられます。葬儀を行うことや葬儀の中で行われることがそれぞれに対応しているのですが、ご質問の死者を偲ぶ要素としては『悲しみをわかちあう場』としての葬儀があげられるのではないでしょうか。悲嘆にくれる方にとって悲しみを表す場は必要です。そのような場が存在しないと、深い悲しみが長引き、回復を妨げる思考・自責感・罪悪感・否定的な考えが回復を妨げる要因となってきます。死別で起こる悲嘆の反応は時には不眠や食欲不振あるいは『うつ』につながってゆくことも考えられます」

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グリーフケアについて述べる島薗先生



第4テーマ「医療(病院)・宗教者・葬祭事業者の三者それぞれに『グリーフケア』の必要性が高まるいま、葬祭事業者ができることは?」では、進行役から「グリーフケアは、医療の世界ではもちろん、宗教者、葬祭事業者もその必要性を感じているという声が多い。医療の世界では『エンドオブライフ協会』などを筆頭に、在宅医療関係者からグリーフケアの重要性も問われている」との発言があり、こうした中において、グリーフケアの本質とは何かについて、まずは研究者の立場から島薗先生に問いかけ、島薗先生はグリーフケアについてのお考えを述べられました。

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パワポで「月あかりの会」について説明
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カウンセリング・ルーム
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グリーフケア・ブック



その島薗先生の発言を受け、わたしに「葬祭事業者ができるグリーフケアとは?」という質問が投げかけられました。わたしは、葬祭事業者が行えるケアとして、葬儀前・葬儀・葬儀後に分けて事例を紹介しました。そして、わが社で行っていることとして自助グループ(Self Help Group)=「月あかりの会」の立ち上げと活動サポートについて説明しました。

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月あかりの会」とは何か
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趣味の発見(写経)
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趣味の発見(絵画)
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「笑いの会」について



ここでは「愛する人を喪失した対処から、愛する人のいない生活への適応のサポート」を行っていますが具体的には「人生の目標を見出せるサポート」「喜びや満足感を見出せるサポート」「自分自身をケアすることをすすめる」「他者との関わりや交わりをすすめ、自律感の回復を促す」ことをサポートするようにしています。ここでは「癒し」「集い」「学び」「遊び」というキーワードで様々な活動を行っています。その中でも、「笑来」とユーモアによる癒しという視点で活動を行っており、それを具体的に紹介しました。「笑い」とは「和来」という意味でもあり、悲嘆にくれる遺族に無理なく笑いを提供する場の創出を考え、毎月1回の「笑いの会」の開催と弊社の本社のある北九州だけで年間300回を越える見学会で落語会の開催などを行い、そこにご遺族をお招きしています。

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セレモニーホールからコミュニティセンターへ!
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会場がどよめきました  



その後、島薗先生から「ところで、直接的な葬儀の場面以外で、コミュニティケアに葬祭業社が関わっていく可能性はあるのか?」という問いかけがありました。わたしは「新たなコミュニティの創造とグリーフケア」についての考えを述べ、これからの葬祭会館は「葬儀をする」から「葬儀“も”できる」地域コミュニティの代替施設として多機能化すべきだと訴えました。
つまりは、「セレモニーホールからコミュニティセンターへ」ということです。そして、それは「セレモニーホールの寺院化」でもあります。

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寺院の機能について



かつて寺院は、地域のコミュニティセンターの役割を担っていました。仏教が日本に入ってきて1500年くらい経っていますが、地域における寺院の機能としては、ここ「学び」と「癒し」と「楽しみ」の3つがありました。現代ではその寺院が減ってきており、そして寺院に足を運ばなくなってきている。そこで、寺院の機能を、わたしたちのセレモニーホールが担い、コミュニティセンターとして変化・進化していけるのではないかと考えています。また、寺院の機能として1つは葬儀、もう1つは、遺族の悲しみを癒すということがあります。まさに、グリーフケアです。これらの機能はもともとセレモニーホールにはあるわけですし、当社もグリーフケアについては重視しています。

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具体的事例を紹介しました



第5テーマ「ケアの個別化・多様化にどう応えていくか」では、まず、「人々の死生観が多様化するなか、どのように対応すべきか」という問題が取り上げられました。進行役の「そもそもグリーフケアを行う場面は悲嘆にくれる人に対して、という認識を有しているが、一方で、いまの生者(生きている人、遺族にならんとしている人など)に対しても、グリーフケアの知識を少しでも伝えておくことは有益なことか?」という質問に対して、島薗先生の発言の後、わたしに「仮に有効だということであれば、葬祭事業者として、そういった場面提供の機会はあるのか?」と質問してきました。

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特別対談のようす



わたしは、「業界として行えるケアの実践として『死』に対しての準備や心構えをする機会がそれではないかと思います。人生の終末ケアとして介護、保険、共済、後見人制度、遺言信託・相続の相談などのセミナーなどを開催しています。また生前に出来る準備として生前予約・契約、エンディングノート、互助会などもこれに含まれるのではないでしょうか。このようなことを考える機会を作り・参加してもらうことで『死』を考え、そして『死』の悲嘆を和らげることを考えることが出来るのではないでしょうか」

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グリーフケアとしての読書
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空席なし、熱気ムンムン!



また、わたしは、死の疑似体験(映画・読書)とその効果について説明し、「死」を描いた映画・音楽鑑賞などの場を提供し、「死は決して不幸な出来事ではない」と認識してもらえる事前相談&グリーフケア(アフター)機能の積極的な提案を行いました。映画に関しては北九州市の小倉紫雲閣には800人規模の会場があるのですが会場にスクリーンを常備した「友引映画館」(仮)というイベントを行っていきたいと考えています。

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特別対談のようす



これは映画を通して「死は不幸な出来事ではない」ことを認識していただくことと同時に前述のコミュニティセンター化のひとつとして考えています。コミュニティセンターのイベントの1つとしての館内見学会では、「湯灌」の実演や「入棺体験」などを行い「死」に対しての準備や心構えをする機会としています。当然そこでは1級葬祭ディレクターが事前の相談を受けたり、心理カウンセラーによりグリーフケアのセミナーを行ったりと様々なことを行い、「死」を考えて行く機会として重要なことであると思っています。

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グリーフケアの重要性と可能性を訴えました
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終了時、盛大な拍手を頂戴しました


最終的には紫雲閣に来れば生前の不安の解消や新しい「縁」を作ることから、葬儀もできて、さらには死後のグリーフケアまで可能な地域の中心となれるコミュニティセンターとなることを目指しています。また、それは「なくてはならないもの」であると考えています。その後、「高齢者のケアに関わっていく可能性」についての質問もあり、わたしは、隣人館、買い物支援、ゴミ出し支援などについて話しました。
さらに、わが社が「音楽療法アートセラピーに関わっていく可能性」についての質問もあり、葬儀での楽器の演奏の演出などについてお話しました。そして、70分にわたる対談は終了し、盛大な拍手を頂戴しました。

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終了後の名刺交換のようす
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参加者と名刺交換しました
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参加者と歓談しました
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出版関係者とのランチのようす



現代日本を代表する宗教学者にして死生学の第一人者である島薗先生と「葬儀」「死生観」、そして「グリーフケア」について語り合える機会を与えていただき、まことに光栄でした。対談終了後は参加者のみなさんと名刺交換、歓談をさせていただきました。その後、この日参加して下さった出版関係者のみなさんと一緒にグランドインターコンチネンタルホテル横浜のレストランでランチをしました。食後はリムジンバスに乗って羽田空港へ。スターフライヤーで北九州へと戻りました。



2018年6月28日 一条真也

2018-06-27

横浜へ!

一条真也です。
26日の夜はロータリーのテーブル会合で飲み過ぎました。二次会では、その日に株主総会を終えた某上場企業の会長さんや社長さんたちと合流し、大カラオケ大会になりました。わたしが「まつり」を歌うと、ある方から「あんたは、北九州で一番歌がうまい!」と言われました。(苦笑)
27日、北九州空港からスターフライヤーで羽田空港へ。そこから、リムジンバスに乗って横浜へ向かいました。

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羽田空港からリムジンバスに乗りました
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横浜にやってきました!
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パシフィコ横浜の前で
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中華街で夕食を取りました
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お腹いっぱい、ほろ酔い気分・・・
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横浜の夜空に輝く満月



夜は、横浜入りしている同志たちと落ち合い、中華街で夕食を共にしました。ふと夜空を見上げると、満月が輝いていました。そうだ、今夜はムーンサルトレターを書かないと!
文通のお相手は、上智大学グリーフケア研究所の副所長(特任教授)で、京都大学名誉教授の鎌田東二先生です。

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上智大学グリーフケア研究所の島薗所長、鎌田副所長と



明日28日からは、パシフィコ横浜で「第22回フューネラルビジネスフェア2018」が開催されます。そのシンポジウムにおいて、上智大学グリーフケア研究所の所長で東京大学名誉教授の島薗進先生とわたしが「グリーフケアの時代〜現代日本の葬儀と死生観」をテーマに対談いたします。

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現代日本を代表する宗教学者にして死生学の第一人者である島薗先生と「葬儀」「死生観」、そして「グリーフケア」について語り合える機会を与えていただき、まことに光栄です。もうこんな機会は二度とないと思います。葬祭業界の関係者の方々にとっても有益な話が満載です。わが社のグリーフケアへの取り組みも完全公開します!



2018年6月27日 一条真也

2018-06-26

『正しい本の読み方』

正しい本の読み方 (講談社現代新書)


一条真也です。
『正しい本の読み方』橋爪大三郎著(講談社現代新書)を読みました。ブログ『ふしぎなキリスト教』ブログ『世界は宗教で動いている』ブログ『ゆかいな仏教』で紹介した本の著者が読書法について書いた本です。


ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書) 世界は宗教で動いてる (光文社新書) ゆかいな仏教 (サンガ新書)

著者は1948年生まれの社会学者です。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京工業大学名誉教授。著書に『はじめての構造主義』『はじめての言語ゲーム』(ともに講談社現代新書)、『ほんとうの法華経』(ちくま新書)、『戦争の社会学』(光文社新書)、『丸山眞男の憂鬱』(講談社選書メチエ)などがあります。

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本書の帯



本書の帯には「読書が変わる! 勉強法が変わる! 本を読むにもコツがいる」と書かれ、帯の裏には以下のように書かれています。
●本には「構造」「意図」「背景」の3つがある
●本の内容は覚えようとしなくていい
●「ネットワークの節目」となる本をおさえる
〈特別付録〉必ず読むべき「大著者100人」リスト

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本書の帯の裏



アマゾンの「内容紹介」には、〈本を愛してやまない読書好きの皆さんへ〉として、以下のように書かれています。
「ちまたには相変わらず、本が溢れています。しかし、そもそも、どんな本から読めば自分のためになるのか。本を読んでも次から次へと内容を忘れてしまうが、どうすれば覚えられるのか。本は何の役に立つのか・・・。こういったことに悩んだことはありませんか?
ネットの発達によって、情報が万人に平等に与えられる現代だからこそ、人々は「正しい本の読み方」があることを忘れているのではないでしょうか。たとえば、本を読むうえで『構造』『意図』『背景』の3つをおさえなくてはならないことを、あなたはご存知ですか?
この本は、本を読むための本、本を愛する人のための本です。これを読めば、どんな本を選りすぐれば、あなたの血肉になるのか、がわかります。この本を読めば、本が自由に生きていくための保障になる、とわかります。大ヒット作やネット評価の高い本ばかりを読んでいるだけでは、得られることは少ないかもしれません。本を選ぶにも、読むにも、コツがいるのです。そのコツを橋爪先生に学びましょう。
特別付録として、橋爪先生が選び抜いた、『必ず読むべき「大著者100人」リスト』もつけました。 まずはこのリストに挙げられた大著者(小説家・哲学者・・・)から、読み始めてみませんか?」



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。


「はじめに」
〈基礎篇〉
第一章 なぜ本を読むのか
第二章 どんな本を選べばよいのか
第三章 どのように本を読めばよいのか
〈応用篇〉
第四章 本から何を学べばよいのか
【特別付録】必ず読むべき「大著者100人」リスト
第五章 どのように覚えればよいのか
第六章 本はなんの役に立つか
〈実践篇〉
第七章 どのようにものごとを考えればよいのか
終章 情報が溢れる現代で、学ぶとはどういうことか



「はじめに」で、著者は「他人に関心を持つ」として、こう述べています。
「本は、字で書いてあります。字は、言葉を写し取ったものです。写し取る前の言葉は、声です。声は消えてしまいますが、字は残ります。繰り返して読めます。覚えなくても、字に書いてあれば、『ああ、そうか』とわかります。いまの言葉で言えば、外部記憶です。本を書いた人が死んでも、本は残る。考えてみれば、これはすごいことです。だから、本は、ものを考えた昔の人の、死体です。本を書いたのは、必ずだれか他人です。だから、本を読むとは、他人に関心を持つ、ということなんです」



また、「前例のない出来事を考える」として、著者は以下のように述べます。
「教養こそは、組織のトップのような、意思決定をする立場になるとよくわかりますが、前例のない出来事が起こったときに、ものごとを決めるのに唯一、参考になるものです。なぜか、前例がないようにみえても、多少に他ようなことなら、外国にあったり、過去にあったり、フィクションの中にあったりするからです」
さらに著者は、教養について「人びとがよりよく生きることを支援するもの」だと述べています。



第三章「どのように本を読めばいいのか」では、著者は「すなおに読む」として、「すなおに読む。ともかく、素直に読む。読み方の、基本です」と述べ、以下のように続けます。
「素直とは、どういうことか。著者は、読み手である私のことを、知りません。著者はこの、私のために書いているわけじゃない。著者は、言いたいことがあって、それをうまく言おうと、言葉を選んで書いているだけ。その著者が、何を言いたいのか、読み取る。注意ぶかく読み取る。丁寧に読み取る。謙虚に読み取る。しっかり読み取る」



第四章「本から何を学べばよいのか」では、「あるまじき行数調整」として、著者は新聞社や雑誌社に寄稿した文章のゲラが戻ってきたときに「どうもおかしい」と感じることがあると告白します。担当者に聞いてみると、行数調整とやらで、「段落を追い込みにしました」「改行を入れておきました」などと言います。しかし、著者は怒りをにじませて以下のように述べるのでした。
「あのね、段落は、文章の本質なの。行数を調整するのなら、文を削るとか、書き足すとか、いろいろ方法がある。『段落を追い込みにする』とか『改行を入れる』とか、なんのつもりですか。最初から字数×行数を教えてくれれば、ぴったりに合わせて納品するのに。それで、原稿をひきとり、もう一度私の手で調整したうえで、送り返すのです」



続けて、著者は以下のように述べています。
「大手の新聞社や雑誌社の記者たちのなかには、署名原稿なのに、勝手に手を入れるクセがあるのがいる。たぶん彼らは、寄稿者をしろうとだと見くびって、原稿を『改良』しているつもりなのだろう。ひどい原稿も多いだろうし、締め切りは迫っている。だからそういうクセができた。それでも、段落に手を加えるのは、NG。いちばんやってはいけない」
著者の怒りはもっともです。わたしは基本的に最初から字数×行数を教えてもらって、ぴったりに合わせて納品したいと思っています。几帳面な性格なのか、1字余りなどというのが生理的に許せません。京極夏彦氏とまではいきませんが、与えられたページは余白なしで、活字で埋め尽くしたいタイプなのです。



さて、著者は「伝記を読む」として、以下のように述べています。
レヴィ=ストロースのように、本人の体験や、どういう人生を送ってきたかというところにも背景はある。本を読む前に、その著者の、伝記があれば伝記や、そのほかのインタヴューや紹介記事を読むみたいなところから入っていくというのも、ひとつの方法ではないかと思う。
河出書房新社の『世界の大思想』や、中央公論社の『世界の名著』、講談社の『人類の知的遺産』みたいなシリーズは、おおむねそうしたコンセプトでできている。主要著作のほかに、解題とか解説とか、生い立ちとか、関連の情報が載っている。とかかりに、そういう本を読むべきです」



さらに著者は「大著者」というコンセプトを提示し、以下のように述べます。
「マルクスとかレヴィ=ストロースとか、時代を突き進み、突き抜けるような、大著者というのがいるんです。大著者は、何人ぐらいいるかっていうと、100人ぐらいかもしれない。もっと小粒な著者を入れると、1000人以上かな。でも、ほんとの大著者は、そんなにいるはずがない。まあ、100人ぐらいと考えておけばいい。残りの著者は、大著者の派生形なの。だから大著者を知っていれば、あっと言う間に読めてしまう。



本書には「大著者100人」とその代表的著作の一覧表があります。
『リグ・ヴェーダ』や『アヴェスター』、ブッダの『真理のことば』、『聖書』、『論語』、ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』、プラトンの『ソクラテスの弁明』、『クルアーン』、『源氏物語』や『枕草子』や『徒然草』、シェークスピアの『ハムレット』、スタンダールの『赤と黒』、トルストイの『アンナ・カレーニナ』、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、森鴎外の『阿部一族』、夏目漱石の『こころ』、メルヴィルの『白鯨』、プルーストの『失われた時を求めて』、カフカの『変身』、ヘミングウエイの『老人と海』、デカルトの『方法序説』、ホッブズの『リヴァイアサン』、スピノザの『エチカ』、ルソーの『社会契約論』、アダム・スミスの『諸国民の富』、カントの『純粋理性批判』、ヘーゲルの『精神現象学』、ニーチェの『ツァラトウストラはかく語りき』、ジェームズの『プラグマティズム』、フロイトの『精神分析学入門』、レーニンの『国家と革命』、マルクスの『資本論』、毛沢東の『矛盾論』、フーコーの『言葉と物』などの人類史を代表する名著が100冊挙げられています。
リストの詳細は、ぜひ本書を購入して、ご確認下さい。



第六章「本はなんの役に立つか」では、文学の効用などが紹介されます。「文学は、言葉を使ったトリックなのです。著者が考えた、架空の実社会」という著者は、「実社会を超える」として、以下のように述べます。
「物語はもともと、実生活をはみ出て、想像力をはばたかせるものだった。小説は、そのかたちを借りつつ、この社会を生きる人びとと重なる世界を描く。そして、人びとの内面に入り込む。近代になって、そうした文学が発展しました。人間の精神世界が独りに閉じこもらないで、ほかの人びとと共存する中で豊かなに育てられる、という意味です」
著者によれば、これは実生活に役立つ疑似体験でもあるし、実生活では得られない真実の体験でもあります。そういう二重性があるというのです。



さらに、「哲学・思想は何の役に立つ?」として、著者は述べています。
「哲学は、人間が未知の課題に直面した場合、最後に頼る拠りどころです。未知の課題とは、どういう意味か。法律や、経済や、自然科学や、どこかの専門にすっぽりあてはまる問題なら、その専門で議論すればすむ。けれども、そうはいかない問題もあります。いくつもの専門にまたがる、多面的な問題。これまでの議論の積み重ねがなくて、考え方の筋道がわからない問題。そうしたときには、議論の、基本的な前提にさかのぼる必要があります。それは、過去の哲学者の議論のなかに、みつかる。すべての人間が拠ってたつ、根拠や前提をつきとめるのが、哲学者の役目だからです」



終章「情報が溢れる現代で、学ぶとはどういうことか」では、著者は、コンピュータのネットワークは便利で、いろいろなことができるけれども、3つほどまずい点があるとして、(1)中心がない、(2)データでできている、(3)現在に縛られている、と指摘します。
(1)については、中心がないということは、明確な発信者がいないということです。責任がないということです、誰かがメッセージを送っているのではないから、そこからは何も伝わってきません。(2)については、データとは、つまり情報です。メッセージではないわけですから、責任がありません。(3)については、ネットの情報は、いま電源が入っているコンピュータをつないだだけのものです。将来のコンピュータとは、つながるすべがありません。ネットの中に、未来はないのです。



一方、ネットと違って、本とは公共のものです。
著者は「頭を公共のために使う」として、以下のように述べます。
「本が『公共』のものなのは、なぜか。それは本が、言葉で書かれているからです。言葉ははじめ、誰かの頭のなかみ(プライベートなもの)なのですが、それが文字に書かれ、本として発表されると、誰でも読むことができます。ここは賛成、ここは反対、と議論したり、感想をのべたり、話題にしたりできます。著者の知り合いでなくても、友だちでなくても、誰でもアクセスできる。それが、『公共』ということです」



「おわりに」の冒頭で、著者は「本の時代は、終わるのだろうか。スマホやタブレットが行き渡り、電子書籍も増えている。本書も、紙の本とKindle版の両方で、発売になっている」と述べた上で、紙の本の「よくないところ」を列記します。それは、「場所をとる」「値段が高い」「古本が売れない」「おしゃれでない」「検索ができない」といったネガティブな要素の数々でした。

   

しかし、「それでも、本は本である」として、著者は以下のように述べます。
「書き手がいて、読み手がいる。書き手が、アイデア(言いたいこと)を字に書いて、不特定の読み手に伝える。媒体が紙でも、電子書籍でも、このことは変わらない。字がある限り、字を書き、読むひとがいる限り。
本の書き手は、みんな、過去の書き手に触発されてきた。書き手→書き手→書き手→・・・・・・の連鎖がある。本の、歴史と伝統である。本の歴史と伝統こそ、人類の文化(の主要な部分)だと言ってよい。電子媒体に乗りそこねて、読まれなくなる本も多いだろう。けれども、大事な本(クラシックス)は、それでも読まれ続ける」
本書は、本を愛し、本とともに生き続けてきた著者による、紙の本へのラブレターであり、応援のエールのように思えました。

正しい本の読み方 (講談社現代新書)

正しい本の読み方 (講談社現代新書)



2018年6月26日 一条真也

2018-06-25

「毎日新聞」取材

一条真也です。
ワールドカップのセネガル戦、日本は2−2の引き分けでした。勝てる試合だったとは思いますが、負けなくて良かったですね。最後の大舞台に賭ける本田選手の意地も見せてもらいました。
グッドゲームのおかげで、今朝は寝覚めが良かったです。そんな25日の朝、「毎日新聞」の取材を受けました。西部本社から長谷川記者がサンレー本社に来て下さいました。

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本日の取材のようす



長谷川記者はブログ『人生の四季を愛でる』で紹介したわが最新刊(毎日新聞出版社)の見本を持参されていましたが、その本には色とりどりのポストイットがたくさん貼られていました。
「とても面白かったです!」という感想が嬉しかったです。
まずは、今月28日に発売される『人生の四季を愛でる』の内容について、いろいろと質問を受けました。わたしは思い出深い記事として、「愛で死を乗り越えた麻央さん」、「絶対に失敗の許されない仕事」などを挙げました。数日前、麻央さんが亡くなってから1年目を迎え、「はれにひ」の社長はついに逮捕されました。それらのニュースに触れたとき、わたしは自分が「サンデー毎日」に書いたコラムを思い出しました。

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人生の四季を愛でる』について話しました



最も反響があったのは「小倉に落ちるはずの原爆」で、「サンデー毎日」の編集長さんからも「素晴らしいコラムをありがとうございました」とのメールを頂戴しました。長谷川記者から「この本で最も伝えたいことは何ですか?」との質問も受けましたが、わたしは「死生観は究極の教養である」、「誰にも『人生の四季』がある」の「ラスト1&2のコラムに書いたメッセージです」とお答えしました。一方、長谷川記者は「仏壇ほどすごいものはない」と「地震が来たら仏壇の前に行け」などを興味深く感じられたそうです。

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上智大学グリーフケア研究所の客員教授就任について



それから、4月1日付で、わたしが上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任したことについての取材を受けました。
わたしは、グリーフケアの普及こそ、日本人の「こころの未来」にとっての最重要課題であると考えており、サンレーでも自助グループを立ちあげてグリーフケア・サポートに取り組んできました。これまで自分なりに冠婚葬祭業界で実践してきたことを踏まえて、さらなる研究を重ね、充実した講義を行いたいと思います。「冠婚葬祭業を超えて、宗教界、医療界にグリーフケアの橋を架けたい。そして、日本人の自死を減らしたい」とも述べました。

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最後に、写真撮影しました



客員教授というのは、わたしにとって副業ではありません。「あなたの本当の仕事は何ですか?」とよく聞かれます。わたしは、いつも「天下布礼がわたしの仕事です」と答えます。天下、つまり社会に広く人間尊重思想を広めることがサンレーの使命です。わたしたちは、この世で最も大切な仕事をさせていただいていると思っています。これからも冠婚葬祭を通じて、良い人間関係づくりのお手伝いをしていきたいものです。わたしが業界活動を行うのも、本を書くのも、ブログを書くのも、そして大学で教壇に立つのも、すべては「天下布礼」の一環だと考えています。最後に、長谷川記者は記事と一緒に掲載する写真を撮影して下さいました。



2018年6月25日 一条真也

2018-06-24

「女と男の観覧車」  

一条真也です。
23日、小倉のシンボルとなっている観覧車のある「チャチャタウン小倉」内のシネコンで、この日に日本公開されたハリウッド映画「女と男の観覧車」を観ました。わたしの好きなウディ・アレン監督の最新作です。




ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。
「オスカーの常連ウディ・アレンが監督を務めた人間ドラマ。1950年代のアメリカを舞台に、男女の恋と欲望、人生の切なさが描かれる。安定を願う一方で、刹那的な恋に身を投じる主人公を『愛を読むひと』などのケイト・ウィンスレットが演じるほか、ミュージシャンのジャスティン・ティンバーレイク、『午後3時の女たち』などのジュノー・テンプル、『ゴーストライター』などのジム・ベルーシらが出演。3度のオスカーに輝き、『カフェ・ソサエティ』でもアレン監督と組んだヴィットリオ・ストラーロが撮影を担当した」

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また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「1950年代のコニーアイランド。遊園地のレストランでウエイトレスとして働く元女優のジニー(ケイト・ウィンスレット)は、再婚同士の夫と自分の連れ子と一緒に、観覧車の見える部屋に住んでいた。平凡な日々に幻滅し、海岸で監視員のアルバイトをしている脚本家志望のミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)とひそかに交際するジニーだったが、ある日久しく連絡がなかった夫の娘が現われたことで歯車が狂い始め・・・・・・」




ウディ・アレンは、80歳を超えてなお、ほぼ毎年1本という驚異のペースで新作を撮り続けています。ブログ「マジック・イン・ムーンライト」ブログ「カフェ・ソサエティ」紹介した映画以来のアレン作品を観賞したわけですが、いつものようなロマンティックさんは微塵も感じられず、ひたすらストレスの溜まる映画でした。ブログ「マザー!」で紹介した究極のストレスフル映画にはかなわないまでも、けっこうイライラさせられました。その最大の理由は、ケイト・ウィンスレット演じる主役のジニ―が常にイライラしているからです。




ジニーのイライラの原因はさまざまです。ジム・ベルーシ演じる再婚した夫に甲斐性がないために、ウェイトレスとして働かなければならないこと。自分の連れ子の息子が放火癖のある問題児であること、ただでさえ楽でない生活に夫の実の娘が転がりこんできたこと・・・・・・たしかに彼女の苦悩も理解できないではないのですが、彼女自身には天性の浮気性があり、脚本家志望の海岸監視員ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)との不倫に夢中です。甲斐性のない夫に不倫癖のある妻では家庭がうまくいくはずがないですね。この映画、何がストレスが溜まるかって、このダメ夫婦の罵り合いを聞かされるのが一番でした。




かつて、ジニ―は不倫に走り、そのために元夫は睡眠薬を多量に摂取して命を絶ってしまいました。その忘れがたみの息子とともに、コニ―・アイランドで回転木馬を運営している夫のもとに転がり込んできたわけですが、過去の教訓をまったく生かすことなく、またしても若いミッキーとの不倫に溺れるさまは哀れでした。そのミッキーは、夫の娘であるキャロライナ(ジュノー・テンプル)に好意を抱きます。それから、すべての歯車が狂っていくわけですが、映画の語り手でもあるミッキーがまったく頼りがいのない女たらしであり、一方のキャロライナが意外にも向上心と思いやりの持ち主であることを明らかにするのは、いかにもウディ・アレンらしい人間描写だと思いました。





この映画、ウディ・アレンにとっては遺言のような作品ではないでしょうか。
舞台となったコニー・アイランドは彼の魂の故郷ともいえる場所です。彼の代表作である「アニー・ホール」(1977年)では、アレン演じる主人公のコメディアンはブルックリン生まれで、コニーアイランドのローラーコースターの下に生家があると語られています。
そのアレンにとっての魂の故郷を舞台に、まるで50年代ハリウッド映画のような懐かしい色彩がスクリーンに映し出されます。3度のオスカーに輝いた天才ヴィットリオ・ストラーロのキャメラ・ワークはさすがです。全体的にくすんだような色調は、主人公ジニーの「心の色」でもあると言えるでしょう。




「女と男の観覧車」は、女優ケイト・ウィンスレットのためにだけ作られた作品ではないでしょうか。それぐらい、彼女の存在感は圧倒的で他の役者の印象は薄いです。ケイト・ウィンスレットといえば、なんといっても「タイタニック」(1997年)のローズ役が知られています。あの世界的大ヒットを記録した恋愛大作のヒロインが、20年後にくたびれた中年女を演じるとは・・・・・・。しかしながら、その中年女にはなかなかの色気がありました。




1975年生まれで、現在は42歳であるケイト・ウィンスレットですが、わたしは1913年に生まれ、1967年に没したヴィヴィアン・リーの再来であると思っています。ともにイギリス人女優であり、多くのシェイクスピア作品にも出演した実績を持つ実力派女優でもあります。
また、ヴィヴィアン・リーの出世作にして代表作である「風と共に去りぬ」(1939年)とケイト・ウィンスレットの出世作にして代表作である「タイタニック」は、ともに20世紀を代表さする恋愛ロマンの大作です。




「風と共に去りぬ」でスカーレット・オハラという映画史に残る美女を演じたヴィヴィアン・リーは、テネシー・ウィリアムズ原作の映画「欲望という名の電車」(1951)で汚れた中年女ブランチ・デュボワ役を熱演しました。この演技で、リーは2度目のアカデミー主演女優賞を受賞しています。「欲望という名の電車」は、1949年にロンドンのウェスト・エンドで上演された舞台版に引き続いてリーがブランチを演じた作品でもあります。わたしには、「女と男の観覧車」のジニーの姿が「欲望という名の電車」のブランチに重なりました。スカーレットとローズ、ブランチとジニー・・・・・・狂気を秘めた中年女を見事に演じ切ったことによって、ケイト・ウィンスレットは完全にヴィヴィアン・リーの再来となりました。




「女と男の観覧車」で、わたしの興味を強く惹いたのは舞台となったコニー・アイランドの描写でした。わたしは、かつてリゾートやテーマパークのプランナーをやっていた頃、コニー・アイランドのことを熱心に調べたことがあります。コニー・アイランドとは、アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン区の南端にある半島および地区です。ニューヨークの近郊型リゾート地、観光地として知られます。かつては島でしたが、英語名の“Coney Island”という名前はウサギの島(Rabbit Island) という意味で、昔はロングアイランドの他の島と同様に、ウサギが多く生息していたそうです。19世紀後半より、この島を自然保護地区として保存するか都市開発するかの議論が起こりましたが、現在ではこの地区には多くの建物が並んでいます。20世紀からアミューズメント・パークが建設され、大いに賑わいました。




このコニー・アイランド、1955年にカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のアナハイム市の南西部にディズニーランドがオープンするまで、最もアメリカの大衆文化に影響を与えた遊園地でした。コニー・アイランドが登場する小説、映画、テレビドラマ、音楽などは数え切れないほど多いです。
1959年には、コニー・アイランドを舞台にしたメロドラマ映画の名作「悲しみは空の彼方へ」が製作されています。




「女と男の観覧車」の原題は“Wonder Wheel”ですが、これは1920年から稼働しているコニー・アイランドの名物観覧車のことです。
名作「アニー・ホール」で、ワンダー・ホイールは主人公が幼少期を過ごした家があった場所として登場しました、幼かったアレン自身が何度も訪れた思い出深い場所を舞台に、彼は集大成としての「長編監督作49本目」を撮り上げました。82歳となったウディ・アレンは、次回の記念すべき50本目には、どのような映画を作るのでしょうか。今から楽しみで仕方がありません。



2018年6月24日 一条真也

2018-06-23

『死ぬほど読書』 

死ぬほど読書 (幻冬舎新書)


一条真也です。
『死ぬほど読書』丹羽宇一郎著(幻冬舎新書)を読みました。
ブログ「丹羽宇一郎氏」ブログ「丹羽大使からの手紙」ブログ「丹羽宇一郎氏との再会」で紹介した方の読書論です。

新・ニッポン開国論

新・ニッポン開国論

 

負けてたまるか! 若者のための仕事論 (朝日新書)

負けてたまるか! 若者のための仕事論 (朝日新書)

 

中国の大問題 (PHP新書)

中国の大問題 (PHP新書)



著者は公益社団法人日本中国友好協会会長。1939年愛知県生まれ。元・中華人民共和国駐箚特命全権大使。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事(株)に入社。九八年に社長に就任すると、翌99年には約4000億円の不良債権を一括処理しながらも、翌年度の決算で同社の史上最高益を計上し、世間を瞠目させた。2004年会長就任。内閣府経済財政諮問会議議員、地方分権改革推進委員会委員長、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任ののち、10年に民間出身では初の駐中国大使に就任。現在、早稲田大学特命教授、伊藤忠商事名誉理事。ブログ『新・ニッポン開国論』ブログ『負けてたまるか!若者のための仕事論』ブログ『中国の大問題』で紹介した本をはじめ、数多くの名著を書いておられます。

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本書の帯



本書の帯には著者の上半身の写真とともに、「本を読む人にしか、わからないことがある。」「ビジネス界きっての読書家が明かす、活字の極意」と書かれています。裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「もし、あなたがよりよく生きたいと望むなら、『世の中には知らないことが無数にある』と自覚することだ。すると知的好奇心が芽生え、人生は俄然、面白くなる。自分の無知に気づくには、本がうってつけだ。ただし、読み方にはコツがある。『これは重要だ』と思った箇所は、線を引くなり付箋を貼るなりして、最後にノートに書き写す。ここまで実践して、はじめて本が自分の血肉となる。伊藤忠商事前会長、元中国大使でビジネス界きっての読書家が、本の選び方、読み方、活かし方、楽しみ方を縦横無尽に語り尽くす」

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本書の帯の裏



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「はじめに」
第1章 本に代わるものはない
第2章 どんな本を読めばいいのか
第3章 頭を使う読書の効用
第4章 本を読まない日はない
第5章 読書の真価は生き方に表れる
第6章 本の底力
「おわりに」



「はじめに」の最後で、著者は以下のように述べています。
「人は自由と言う価値観を求めて、長い間、闘ってきました。努力し、工夫し、発明して進歩してきた果てに、いまの自由な社会はあります。それは人類史上、かつてないほど自由度の高い環境といってもいいかもしれません。しかし、『何でもあり』の世界は一見自由なようですが、自分の軸がなければ、じつはとても不自由です。それは前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだからです。それらがなければ、限られた狭いなかでしか動けません」



それでは、自分の軸をもつにはどうすればいいのでしょうか?
著者は、それには本当の「知」を鍛えるしか方法はなく、読書はそんな力を、この上もなくもたらしてくれるといいます。そして、「読書はあなたをまがいものではない、真に自由な世界へと導いてくれるものなのです」と喝破するのです。



第1章「本に代わるものはない」では、「何が教養を磨くのか」として、著者は以下のように述べています。
「教養を磨くものは何か? それは仕事と読書と人だと思います。この3つは相互につながっていて、どれか1つが独立してあるというものではない。読書もせず仕事ばかりやっていても本当にいい仕事はできないだろうし、人と付き合わず、人を知らずして仕事がうまくできるわけはありません」

ガンジー自伝 (中公文庫BIBLIO20世紀)

ガンジー自伝 (中公文庫BIBLIO20世紀)



第3章「頭を使う読書の効用」では、「欲望をどこまでコントロールできるか」として、著者は現生人類のホモ・サピエンスがラテン語で「賢い人」という意味であることを指摘します。賢い理性をもった振る舞いをするには、動物の血を抑えなくてはいけませんが、インドの宗教家で政治指導者のマハトマ・ガンジーは「人間を人間たらしめる条件は、自分の意思を抑制することである」と、『ガンジー自伝』で述べています。



ガンジーは人間が成長するための3つの条件として、(1)身体の鍛錬、(2)知識の鍛錬、(3)精神の鍛練、を挙げています。有名な非暴力・不服従運動は、ガンジーが鍛え上げた強靭な精神の持ち主であったからこそ可能だったことを著者は指摘し、さらに述べます。
「『賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ』といいますが、私は怪しいと思っています。歴史が繰り返されている様を見ると、歴史から学ぶことは賢者であっても難しいのではないでしょうか。私は『賢者は自らを律し、愚者は恣(ほしいまま)にする』といい換えたい。つまり、本当の賢者とは、自分の欲望をコントロールできる自制心を持っている人のことだと思います」



第4章「本を読まない日はない」では、「頭に残るノート活用術」として、著者は以下のように述べています。
「読書では目だけでなく、手も使う。これはとても大事なことです。目で字を追って頭に入れようとするだけではなかなか覚えられませんが、手を使って時間をかけてノートに写すと、頭にけっこう残るのです。そうやって写したら、その本は置く場所がなければ捨てても構いません。実際、脳科学では体を動かしたり、五感を使ったりしながら覚えると、記憶の定着率が大幅に上がることが証明されているそうです」



第6章「本の底力」では、「死をどうとらえるか」として、著者は「死」について以下のように述べます。
「死は人間にとって究極の謎です。誰しも死は体験できない。体験できないものであるゆえに、死はこういうものだと正しく語ることはできません。死というテーマを巡って書かれた本は膨大にあります。しかし、どれほど洞察力を持った科学者や哲学者であろうと、死とはこういうものなのではないかと推測することしかできません。すなわち、どれだけ死について書かれた本をたくさん読もうと、死はずっと謎のままであり続けます」



著者はこのように述べますが、わたしは死について書かれた本をたくさん読むことには意義があると思っています。たしかに著者のいうように、死はずっと謎のままであり続けるとしても、読者自身の死に対する「おそれ」や「かなしみ」が消えていく、あるいは軽くなっていく、という効用があるのです。
わたしには『死が怖くなくなる読書』(現代書林)という著書がありますが、長い人類の歴史の中で、死ななかった人間はいませんし、愛する人を亡くした人間も無数にいます。その歴然とした事実を教えてくれる本、「死」があるから「生」があるという真理に気づかせてくれる本を集めてみました。



これまで数え切れないほど多くの宗教家や哲学者が「死」について考え、芸術家たちは死後の世界を表現してきました。医学や生理学を中心とする科学者たちも「死」の正体をつきとめようとして努力してきました。まさに死こそは、人類最大のミステリーであり、全人類にとって共通の大問題なのです。
なぜ、自分の愛する者が突如としてこの世界から消えるのか、そしてこの自分さえ消えなければならないのか。これほど不条理で受け容れがたい話はありません。『死が怖くなくなる読書』には、その不条理を受け容れて、心のバランスを保つための本がたくさん紹介されています。



死別の悲しみを癒す行為を「グリーフケア」といいますが、もともと読書という行為そのものにグリーフケアの機能があります。
たとえば、わが子を失う悲しみについて、教育思想家の森信三は「地上における最大最深の悲痛事と言ってよいであろう」と述べています。
じつは、彼自身も愛する子どもを失った経験があるのですが、その深い悲しみの底から読書によって立ち直ったそうです。本を読めば、この地上には、わが子に先立たれた親がいかに多いかを知ります。また、自分は一人の子どもを亡くしたのであれば、世間には子を失った人が何人もいることも知ります。これまでは自分こそこの世における最大の悲劇の主人公だと考えていても、読書によってそれが誤りであったことを悟るのです。



本書の最後に、「読書は心を自由にする」として、著者は述べます。
「読書は心を自由にしてくれます。
読書によって自分の考えが練られ、軸ができれば、空気を中心に思考したり、行動したりすることはなくなるはずです。世間の常識や空気に囚われない、真の自由を読書はもたらすのです。
空気はあえて読まないことも必要です。読みたければ読めばいいと思いますが、読んでもそれに同調したくないときは、そうする。空気をどう扱うか、どう読むか、どう対処するか、その都度、その都度、自らの心、良心に従い、柔軟に考え、行動していく力を持つことが、動物の血が抜けきれない人間としての最大の幸せではないでしょうか。物の豊かさではなく、“心のありよう”こそが、人間としての最大、唯一の証であるように思うのです」



「おわりに」で、著者はいずれ仕事を引退したら、じっくり読もうと長年思っている本を紹介します。岩波書店から全42巻で刊行された『大航海時代叢書』の第25巻で、15世紀末から17世紀初めの大航海時代、ヨーロッパ人が未知の土地を求めて世界中を探検した記録です。コロンブスやヴァスコ・ダ・ガマ、マゼランの航海記録、東方諸国記、インカ皇統記、メキシコ征服記、日本王国記など、当時の航海記、探検記、見聞録、民族誌がほぼ網羅されている本です。『大航海時代叢書』は、わたしの実家の書庫に全巻揃っています。



この本について、著者は以下のように述べています。
「ときおり読みたくなってちらちら頁を繰ったりすることもありますが、これだけのものを仕事が慌ただしい隙間を縫って読むのはもったいない。いずれ仕事から解放され、たっぷり時間ができてから腰をすえて読みたいと考えていますが、大事なワインと同じで最後まで飲まず、読まずで終わってしまうのではないかと心の中では思っています」



そして、著者は以下のように述べるのでした。
「私はあと数年で傘寿になります。さすがにこの歳になると、自分の最期を想像してしまいます。やはり同じ死ぬなら楽に死にたい。好きな本を読みふけっている最中に忽然と死を迎えるのも悪くない・・・・・・」
なんという素晴らしい「死に方」でしょうか!
とっておきの一冊があれば死を迎えるのも怖くないといった感じですが、長年の読書によって鍛えられた著者の思考は著者自身の死生観にも多大な影響を与えたように思います。著者はわが人生の師の1人ですが、「死生観は究極の教養である」という真理を本書によって教えていただきました。

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著者・丹羽宇一郎氏と



2018年6月23日 一条真也

2018-06-22

『人生の四季を愛でる』  

一条真也です。
21日の午後、東京から北九州に戻ってきました。
すると、わが最新刊『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)の見本が届いていました。サブタイトルは「『こころ』を豊かにする『かたち』」です。

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人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)



95冊目の「一条本」となります。本書には、「サンデー毎日」2015年10月18日号から2018年4月8日号までの2年半にわたって、「一条真也の人生の四季」として連載したコラムが集められています。手に取れば、連載中のさまざまな思い出が胸によみがえってきます。内容的に、わたしがこれまで書いてきた多くの文章のエッセンスが収められているように思います。

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本書の帯



カバーは鈴木成一デザイン室のブックデザインに篠原かおり氏の装画で上品に仕上がっています。帯にはわたしの上半身の写真とともに、「儀式こそ人間らしい輝きの時」と大書され、「冠婚葬祭は、人生の味わいを深くしてくれる。豊富な経験と深い教養で、折々の儀式を語る珠玉のエッセー。」「『サンデー毎日』連載の大人気コラムが単行本化!」と書かれています。

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本書の帯の裏



また帯の裏には、「はじめに」より以下の言葉が引用されています。
「『人生100年時代』などと言われるようになった。その長い人生を幸福なものにするのも、不幸なものとするのも、その人の『こころ』ひとつである。もともと、『こころ』は不安定なもので、『ころころ』と絶え間なく動き続け、落ち着かない。そんな『こころ』を安定させることができるのは、冠婚葬祭や年中行事といった『かたち』である」

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「サンデー毎日」2015年10月18日号
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本書では、1つのコラムが見開き2ページに!



本書の「目次」は、以下のようになっています。

第1章 冠婚葬祭とは人生を肯定すること
冠婚葬祭とは人生を肯定すること
冠婚葬祭は文化の核
七五三で子や孫の成長を確認する
葬儀は人を永遠の存在にする
問われるべきは「死」ではなく「葬」である!
除夜の鐘と人生の旅立ち
正月に日本人について考える
成人式のルーツをさぐる
成人式をなめるなよ!
沖縄の新成人に学べ!
なぜ節分に厄を祓うのか
長寿祝いは人生の祝勝会
お雛さまのアップデート
「むすびびと」のミッション
「ナシ婚派」は情報不足?
それでも結婚式は必要だ!
七夕の夜は夫婦仲良く!
入棺体験で生まれ変わる!
お盆には先祖への感謝を
親子で結婚式を体験する
和婚で平和な結婚を!
葬式に迷う日本人へ
儀式は永遠に不滅である
北九州の成人式を変える!
花祭りにブッダの考え方を知る
冠婚葬祭互助会誕生の地を訪れる
沖縄の生年祝いに学ぶ
盆踊りで縁を結び直そう!
ご先祖さまへの贈りもの
ご先祖さまは最強の応援団!
絶対に失敗の許されない仕事
婚活パーティーで国難を乗り越える
仏壇ほどすごいものはない
地震が来たら仏壇の前に行け
簡易仏壇のすすめ
手元供養を知っていますか

第2章 涙は世界で一番小さな海
日本人は和を求める
ハロウィンは死者の祭り
創立記念日に新しい使命を考える
バリ島の葬儀は直接芸術だった!
クリスマスの秘密を知っていますか?
バレンタインデーに想うこと
ホワイトデーの夜はカラオケを
卒業式は笑顔で「さよなら」を
花見をするなら、死を想え!
入社式で新入社員に語ったこと
涙は世界で一番小さな海
「父の日」をお忘れなく!
五輪は世界最大の「まつり」
名画座の喜寿祝い
死を乗り越える映画
『風と共に去りぬ』の思い出
日本人には和が似合う
秋の夜長は本を読もう!
「いい夫婦の日」に思うこと
ミッショナリー・カンパニー
映画はタイムマシンだ!
カラオケで無縁社会を乗り越えろ!
大人の塗り絵ブームに思う
聖徳太子像の建立
『古事記』の舞台に感動
神話について考える
梅の花に平和を想う
サン・ジョルディの日に本を贈る
昭和といえばプロレスだ!
観光は銅像見学から
「花戦さ」を観て、慈礼を思う
日本は儒教国家ではないのか
はじめての『論語』
『般若心経』を自由訳する
古事記・論語・般若心経
『慈経』を知っていますか?
「こころの世界遺産」を読もう!
老いてこそ文化に親しむ
小倉から小笠原流を広める
茶道の古流を知っていますか?
茶室で人は平等になる
茶道と「おもてなし」
ジャパニーズ・ホスピタリティ
文庫化のクリスマス・プレゼント
横綱は神なのか?
「生活の古典」を大切に
日本仏教は破綻している?
大学で何を学ぶか

第3章 隣人愛に乾杯!
すごすぎる!教授退職記念講演
「隣人祭り」で無縁社会を乗り越えよう!
青木新門氏との出会い
永六輔さんの思い出
仏教者との対話
島田祐巳氏との対談
日本一の名脇役のいい話
隣人愛に乾杯!
愛で死を乗り越えた麻央さん
人が生き続ける歌舞伎
「ひよっこ」が描いた有縁社会

第4章 誰にも「人生の四季」がある
秋の夜長は月を見よ、死を想え!
インドで「人生の四季」を考える
死ぬまでにやっておきたいことは何か?
愛する人を亡くした人へ
五月はわたしの特別な月
同窓会でタイムトリップを!
人は老いるほど豊かになる
玄冬の門に向かって
「終活」ではなく「修活」と呼びたい
「人生の修活ノート」のすすめ
有終の美を飾らないということ
辞世の歌・辞世の句のすすめ
のこされた あなたへ
台北の孔子廟を訪れて
死は不幸ではない
宇宙に行ってみたい!
永遠の知的生活
誕生日に『論語』を読む
兵馬俑で考えたこと
自分のお墓をどうするか
小倉に落ちるはずの原爆
老福社会をつくろう!
呪いの時代に、祝いの光を!
親の年齢を知るということ
グリーフケアの言葉
また会えるから
死生観は究極の教養である
誰にも「人生の四季」がある

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「サンデー毎日」2018年4月8日号
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本書では、1つのコラムが見開き2ページに!



冠婚葬祭も年中行事もいわゆる儀式文化ですが、わたしは儀式には力があると信じています。「かたち」には「ちから」があるのです。儀式が最大限の力を発揮するときは、人間の「こころ」が不安定に揺れているときです。
まずは、この世に生まれたばかりの赤ん坊の「こころ」。次に、成長していく子どもの「こころ」。そして、大人になる新成人者の「こころ」。それらの不安定な「こころ」を安定させるために、初宮参り、七五三、成人式があります。



結婚にまつわる「かたち」にも「ちから」があります。もともと日本人の結婚式とは、結納式、結婚式という2つのセレモニー、それに結婚披露宴という1つのパーティーが合わさったものでした。結納式、結婚式、披露宴の三位一体によって、新郎新婦は「夫婦」になる覚悟を固めてきたのです。今では結納式はどんどん減っていますが、じつはこれこそ日本人の離婚が増加している最大の原因であると思います。



さらに、老いてゆく人間の「こころ」も不安に揺れ動きます。
なぜなら、人間にとって最大の不安である「死」に向かってゆく過程が「老い」だからです。しかし、日本には老いゆく者の不安な「こころ」を安定させる一連の儀式として、長寿祝いがあります。



そして、人生における最大の儀式としての葬儀があります。
葬儀とは「物語の癒し」です。 愛する人を亡くした人の「こころ」は不安定に揺れ動きます。「こころ」が動揺していて矛盾を抱えているとき、儀式のようなきちんとまとまった「かたち」を与えないと、人間の「こころ」はいつまでたっても不安や執着を抱えることになります。葬儀は必要です。



人の「こころ」は、人生のさまざまな場面での「かたち」によって彩られます。人には誰にでも「人生の四季」があるのです。その生涯を通じて春夏秋冬があり、その四季折々の行事や記念日があります。大切なことは、自分自身の人生の四季を愛でる姿勢でしょう。どうか、人生の四季を愛で、「こころ」を豊かにする「かたち」を知っていただきたいと思います。 
人生の四季を愛でる』は6月28日に発売です。
どうぞ、御一読下さいますよう、お願い申し上げます。



2018年6月22日 一条真也

2018-06-21

『本を読む人だけが手にするもの』

本を読む人だけが手にするもの


一条真也です。
『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博著(日本実業出版社)を読みました。著者は教育改革実践家で、杉並区立和田中学校・元校長です。元リクルート社フェローでもあります。1955年東京生まれ。78年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任。メディアファクトリーの創業も手がけました。93年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェロー。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校の校長を務めました。08年〜11年、橋下大阪府知事ならびに府教委の教育政策特別顧問。14年から佐賀県武雄市特別顧問。著書多数。

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本書の帯



本書の帯には「なぜ本を読むといいのか?」「仕事と人生に効く!!『よのなか科』流 読書術」「大反響!! TBS『王様のブランチ』新聞各紙でも紹介 5万部突破!」と書かれています。
アマゾンの「内容紹介」には、「累計100万部突破!! 仕事と人生に効く『よのなか科』特別授業 ―― 読書の効能」として、「あなたは『なんで、本を読んだほうがいいのか?』という質問に答えられますか? 親や先生は『本を読みなさい』と言いますが、その素朴な疑問にきちんと答えられる人は少ないのではないでしょうか。本書は、『人生における読書の効能』について、リクルート社で初のフェローや東京都の義務教育で初の民間校長を務め、『よのなか科』という現実社会と教育をリンクさせた大人気の授業やベストセラーで知られる藤原和博氏がひも解いていきます」と書かれています。

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本書の帯の裏


本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「はじめに」
 序章 成熟社会では本を読まない人は生き残れない
第1章 本を読むと、何が得か?
第2章 読書とは「他人の脳のかけら」を自分の脳につなげること
第3章 読書は私の人生にこんな風に役立った
第4章 正解のない時代を切り拓く読書
第5章 本嫌いの人でも読書習慣が身につく方法
 付録 藤原和博の「これだけは読んでほしい」と思う本・50冊
「ビジネスパーソンが読んでほしい11冊」
「学校では教わらない現代詩を学ぶ10冊」
「小中学生から高校生の子を持つ親に読んでほしい15冊」
「子どもといっしょに読みたい11冊」




序章「成熟社会では本を読まない人は生き残れない」では、「『趣味としての読書』から『人生を切り拓くための読書』へ」として、著者は、成熟社会では「それぞれ1人」が自分自身で、世の中の流れと自らの人生とを鑑みながら、自分だけの幸福論を決めていかなければならないと訴えます。
国家や企業にもう幸福論を保証する能力はなく、「それぞれ1人1人が自分自身の幸福論を編集し、自分オリジナルの幸福論を持たなければならない時代に突入したのである」というのです。そして、「それぞれ1人1人」の幸福をつかむための軸となる教養は、自分で獲得しなければならず、著者は「そのためには読書が欠かせないというところに行き着くのだ」と述べます。



「どうやって『それぞれ1人1人』の幸福論を築くか」として、著者は以下のように述べています。
「じつはヨーロッパを中心に成熟社会を迎えた先輩諸国がやったのは、国家として宗教を発動し、バラバラになっていく個人を再び紡ぐことだった。日本のように企業がその役割を担うのではなく、宗教界が教会というネットワークで紡いでいったのだ。ややこしいのは、日本は太平洋戦争の影響で、このように、国家が宗教を発動できなくなったことだ」



続けて、著者は以下のように述べています。
「宗教の未整備によって、とくに若い人たちが浮遊している。では、宗教の代わりに彼らをつなぎとめているものは何か。それが日本の若者が異常にのめり込んでいる携帯メールである。突出してメール文化が盛んになったのは、宗教の代替機能として、つながったような気になるという側面が大きかったと私は見ている」
本書が刊行されたのは2015年10月ですが、現在ならば携帯メールよりもSNSが宗教の代替機能を持つといえるでしょう。



著者は、これから先の日本では、身分や権力やお金による“階級社会”ではなく、「本を読む習慣のある人」と「本を読む習慣のない人」に二分される“階層社会”がやってくるだろうと予見します。
著者は、読書を通じて知識のインプットを蓄積していかないと、自分の意見というものが出てこないという事実を指摘し、ジャーナリストの立花隆氏の「ネットだけだと、どうしても掘り方が浅くなる。もうちょっと深い情報を得たいと思ったら、本なりその他もろもろの手段がありますから、それを通してより深い情報を得ることが必要なステージに必ずいくんですね」という発言を紹介します。そして、「私もネットだけの情報では底の浅い思考しかできないという意見に賛成だ。深く論理的な思考をするうえで、本は絶対に欠かせないものだと思う」と述べています。



第1章「本を読むと、何が得か?」では、「本を読むか読まないかで、報酬の優劣は決まってくる」として、著者は以下のように述べています。
「人間はすべてのことを体験することはできない。たとえば、櫻井よしこさんが講演で日本の領土問題を話すとき、尖閣諸島や竹島や北方領土など話題にする場所をすべて訪問し、すべてを体験して語ることなどできはしない。だとすると、資料を読み込んだり、信頼できる書き手の著書を読んだり、信頼できるネットワークからの情報を得て、それに自らの体験を乗せて語っているはずだ。ということは、1時間あたりに生み出す付加価値の総量を上げるためには、本を読むことが欠かせないといえるのではないだろうか」



また、「読書によって、『想像する力』が磨かれる」として、著者は以下のように述べています。
「現代は映像時代であり、テレビでもデジカメでもスマホでも、解像度の高さが機能の中心となっている。鑑賞に値する写真や動画の画質、あるいは映画を楽しむ際の3Dのクオリティなどは、当然、解像度が高いほうがいいに決まっている。
しかし、人間の脳の働きの側から見ると、話しは変わってくる。解像度が高いものを見れば見るほど人間のイマジネーションのレベルが下がってしまうからだ。すべてが詳細に見えてしまえば、あいまいな部分を想像する必要はない。テレビやスマホで動画を見る機会が増えれば増えるほど、その傾向に拍車がかかる」



著者は、「意識が高まると、『引き寄せる力』も強くなる」として、以下のようにも述べています。
「人間が蓄積した知識、技術、経験のすべては、脳内のある部分に沈殿している。脳内である意識が強まると、それらがかき混ぜられて浮き上がってくる。浮き上がってきたときに、一瞬にしてそれらはつながり回路を形成する。それを、人間は想いや考えとして抱くようになる。逆にいえば、知識、技術、経験が点のまま浮き上がってこないと、想いや考えは生まれない。
脳内のつながりが回路になり、想いや考えとして結晶し始めると、それが発信機となってある種の電磁波のようなものを発するのではないだろうか。私は、その電磁波に共鳴するものが引き寄せられてくると本気で信じている。何より、人間自体も粒子の集合体だ。原子レベルでは電子が飛び交っている存在なのだから、そういうことがあっても不思議ではない」

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)



第2章「読書とは『他人の脳のかけら』を自分の脳につなげること」では、「1冊の本にはどれほどの価値があるのか」として、村上龍氏の『半島を出よ』という小説を例にあげ、この作品を書くために村上氏が10年の思索を要し、205冊もの参考文献、さらには大量のインタビュー取材を必要としたことが指摘されます。読者が『半島を出よ』を読むことは、村上氏がそれにかけた人生を読むことにもつながるのだとして、著者は以下のように述べます。
「作品は作家の『脳のかけら』である。その脳のかけらを、読者は本を読むことで自分の脳につなげることができるのだ。『脳のかけら』という表現に違和感があれば、『アプリ』と言い換えてもいいし、ワンセットの『回路』であると呼んでもいい。この作品の場合には、村上龍さんの脳を通じて編集された『日本の脆さ』が、読者の世界観を広げてくれる」



第3章「読書は私の人生にこんな風に役立った」では、「読書が生活の一部になって現れた『人生の鳥瞰図』」として、本を読むことが生活の一部となるようになって、著者のなかである変化が起きたことが報告されます。それは「人生の鳥瞰図」が見えるようになったことでした。著者は述べます。
「もちろん、鳥瞰図を獲得しようと思って本を読んだわけではない。結果的に、読書を重ねて他人の脳のかけらをつないでいくうちに、鳥瞰図が現れたと言ったほうが近い。人間には、みんな、どこかに欠落している部分がある。しかし、多くの人は、その欠落している部分がいったい何であるのか、わかっていない。実社会でなんとなく生きているだけでは、なかなか気づくことはできないのだ」



では、どうしたら、その欠落している部分に気づくことができるのでしょうか。著者は「おそらく、そのヒントは本のなかにある」として、「読書によって、さまざまな人物の視点を獲得していける。つまり、巨大なロールプレイをすることができる、そうしたシミュレーションを繰り返すことで、人生を鳥瞰図として見られるようになるのだと思う」と述べています。



第4章「正解のない時代を切り拓く読書」では、「『コミュニケーションする力』を磨く読書」として、著者はいかのように述べています。
「『人の話をよく聴く』という技術は、読書をすることによっても高めることができる。どのようなジャンルの本にも素直に向き合ってみること。先入観を排した『乱読』が大切だ。さらにコミュニケーションする相手との『雑談』に必要な多様な分野の基礎的な知識も、読書によって増やしていくことができる」




また、「『プレゼンテーションする力』を磨く読書」として、著者は以下のように述べています。
「プレゼンテーションする力は相手の脳に自分の脳のかけらを『つなげる』こと、ともいえる。自分の思いや考えをできるだけ率直に、わかりやすく、正確に伝える技術が必要になる。その際に大切なのは、まず『他者』をイメージすること。次に、その他者は自分とは違う世界観で生きているのを理解すること。だから、プレゼンは、相手へのアタマのなかに、自分のとは別の映写室があるつもりで、相手が理解できるイメージを映し出してあげなければいけない」



「本は、孤独に耐えながら読むモバイル端末」というコラムでは、著者は、書籍が「モバイル端末」とも呼べる現在のような形になったのは500年以上前のことであると指摘し、以下のように書いています。
「人間の頭部には前面に目があって、両手は前方に自在に動かすことができる。そうした人間の構造から、片手で持ったまま、片手でページが繰れる現在のような形がベストだということになったのだろう。言語の違いから、縦書きと横書き、右開きと左開きなどの違いはあるものの、最も合理的だと思われる形は、世界中でいまでも変わっていない」
これは、非常に優れた書籍論であると思いました。



第5章「本嫌いの人でも読書習慣が身につく方法」では、「習慣化されるまでは、ある種の『強制』も必要」として、著者は以下のように述べています。
「教育とは伝染、感染なのだ。本好きの人は、じつに豊かな表情をして本を読む。静かに読んでいても、その波動は確実に周囲に放たれる。それが子どもたちに伝われば、少なからず影響を受けるはずだ。そこから、本好きな子どもが育つかもしれない。よく研究者や作家の子どもが本好きになりやすいというが、それは家に本がたくさんあるからではない。小さいころから、親が本を読む姿を見ているからだ。子どもにとって最高の教材は、いつも、大人の学ぶ姿なのである」



わたしも本好きになったのは両親の影響です。父も母も大の読書家で、いつも本を読んでいました。その姿を見ながら育ったわたしは「本って、なんて面白そうなんだろう!」と思ったのです。一方、北朝鮮の将軍様はこれまでに1冊も本を読了したことがないと聞いたことがあります。彼の先代もそうだったそうですが、子どもが1冊の本を読みとおすのは、ある種の「強制」が必要です。それがまさに教育なわけですが、かの国では帝王学どころか一般的な教育さえも与えなかったようですね。結果、「我慢」とも「教養」とも無縁なリーダーを生んでしまったわけで、本当に恐ろしいことだと思います。

死体とご遺体 夫婦湯灌師と4000体の出会い (平凡社新書)

死体とご遺体 夫婦湯灌師と4000体の出会い (平凡社新書)



最後の付録「藤原和博の『これだけは読んでほしい』と思う本・50冊」では、じつにさまざまな本が紹介されています。わたしが読んでいない本もたくさんありますが、「小中学生から高校生の子を持つ親に読んでほしい15冊」の中に、『死体とご遺体』熊田紺也著(平凡社新書)があったのには驚きました。「夫婦湯灌師と4000体の出会い」というサブタイトルがついた本ですが、著者はなんとこの本を「ベンチャービジネス」のテキストとして紹介しているのです。いやはや、本というのは多様な読み方ができるものですね。



2018年6月21日 一条真也

全互連慰労会

一条真也です。
20日、わが最新刊である『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)が発売されました。ぜひ、お買い求め下さいますよう、お願い申し上げます。
また、この日は、朝から一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団が主催する「絵画コンクール」審査会、および一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協(全互協)の理事会に参加しました。

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二次会でカンパイ!



そして、この日の夜は全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の慰労会を開きました。ブログ「全互連総会 in 沖縄」で紹介したように、わたしは2期4年務めた全互連の会長を退任しました。退任挨拶では「わが全互連は永久に不滅です!」と訴えました。わたしの会長時代を支えていただいた小泉前専務理事(日冠社長)、松嶌専務理事(三重平安閣社長)、そして岩渕事務局長に感謝の気持ちをお伝えするべく慰労会を開いたのです。本当は副会長を務めていただいたみなさんにもお声がけして感謝の意を示したかったのですが、全互連の副会長は8人もいるので、とてもみなさんの予定が揃わないと判断し、あきらめました。

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スーツ姿で「兄弟仁義」を歌う♪
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スーツを脱いで「函館の女」を歌う♪



小泉、松嶌の両人と飲むのはブログ「全互連まつり」で紹介した夜から2年ぶりです。万感胸に迫ります。わたしは、「父の日」に長女からプレゼントされた紫色のポロシャツを着て出かけました。会場は松嶌さんの行きつけの名店「赤坂聳え別館 となり」でした。美味しい鳥料理を肴に大いに飲みながら、わたしたちは思い出話に花を咲かせました。
二次会は当然のことながら、「東京の止まり木」ことカラオケ・スナックDANに向かいました。みんな生来のカラオケ好きとあって狐でも憑いたかのように歌いまくりました。会長にとって専務理事といえば女房も同じ。新旧二人の女房に囲まれ、わたしはまず北島三郎の「兄弟仁義」を熱唱。「固い絆の義兄弟♪」という歌詞を「固い絆の専務理事♪」と替え歌にしました。

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最後は「まつり」を歌いました♪
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偏差値88の2361人中で1位でした!



最後は、女房たちの熱心なリクエストでわたしは北島三郎の「まつり」を歌いました。ブログ「全互連懇親会 in 沖縄」で紹介した行事の大トリで歌った名曲です。ラストの「これが日本のまつり〜だ〜よ〜♪」を今夜も「これが全互連のまつり〜だ〜よ〜♪」と替え歌で熱唱すると、偏差値88の2361人中で1位になりました。わたしの脳裏には全互連で会長を務めた4年間の思い出が走馬灯のように駆け巡りました。全互連最高!



2018年6月20日 一条真也

2018-06-20

『知的ヒントの見つけ方』 

知的ヒントの見つけ方 (文春新書)


一条真也です。東京に来ています。
日本がワールドカップの初戦で強豪コロンビアに歴史的勝利を収めました。見事なチームワークでした。今大会は期待できるかも?
それにしても、サッカーは知的なスポーツですね。
『知的ヒントの見つけ方』立花隆著(文春新書)を読みました。月刊「文藝春秋」2014年8月号から2017年12月号までの巻頭随筆を中心に、文藝春秋の特集記事などをまとめて一冊にしたものです。

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本書のカバー裏



文春新書の通常カバーの上から巻かれた特製カバーの表には著者の上半身の写真が使われ、「『知の巨人』は、普段、こんなことを考えている。」と書かれています。また、特製カバーの裏には、「知の巨人のアンテナがキャッチした『ヒント』」「特別講義『最先端技術と10年後の『日本』『ノーベル賞興国論』収録』と書かれ、トランプ、戦争、ノーベル賞、田中角栄、オバマの写真が使われています。



通常カバーの前そでには、以下のように書かれています。
「普段、眺めているニュースの中には知的好奇心をかきたてる材料が埋まっている。テロの報を受けて世界史を思い、地震が起こると火山国、地震国という日本の宿命を問い直し、国会中継を見ながらこの国の未来を憂う。『知の巨人』のアンテナがキャッチした知的生活のためのヒント集」



さらにアマゾンの「内容紹介」には以下のように書かれています。
「毎日の生活の中には知的好奇心を刺激する素材があふれている。テロのニュースを聞き、その背後によこたわる歴史を考える。自然災害の報をうけて、火山国、地震国という日本の宿命を改めて問い直す。オリンピックをみながら、あの戦争を思い起こす。横綱誕生のニュースから、トランプ大統領の今後を想像する。バーの店主だった時代を回想し、いまのジャーナリズムに檄を飛ばす。そして、みずからの病から、人間の生と死へ思いをはせる。日々、接するニュースや、足を運んだ展覧会、取材であった科学者の言葉などから、思考の材料を取り出す。そんな「知の巨人」のあざやかな手腕が味わえるエッセイ集」



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「はじめに」
第1章 生と死に学ぶ
第2章 歴史と語らう
第3章 科学を究める
第4章 戦争から考える
第5章 政治と対峙する
●特別講義●
・最先端技術と10年後の「日本」
・ノーベル賞興国論



「はじめに」で、78歳になって「喜寿」を迎えた著者が膀胱がん、心臓病などの自身の病状に言及し、自らの死生観について述べています。
「すぐに(あるいは近いうちに)死ぬわけではないが、これ以上の長生きはあまりできそうもないと思っている。かなり前から、自分の肉体がそういう状態にあることを自覚しているので、世の健康人がしばしばするように、より長生きするための無駄な努力を積み重ねるようなこともしていないし、これからもするつもりはない。死ぬときがくれば死ぬ、という腹づもりができれば、それで充分だと思っている。この年になると、自分の周囲の知人や友人にも死ぬ人が沢山でているし、これあからますますそうなるだろうと予想している。人間、どうせいつかは死ぬのだから、死ぬべきときがきたら、あまりジタバタせず、頭も体もムダなエネルギーを使うことなく、ゆうゆうと死んでいきたいと思っている」



老境を迎えて、著者はいま何を思うのか。「はじめに」に書かれている以下の文章は、非常に興味深く、含蓄に富んでいると感じました。
「やはり70代後半まで生きて痛感することは、長生きすることは意外に面白いということだ。自分の70代以前の人生をふり返って思うことは、やはり70代以前の人間の言うことなど、つまらんということだ。昔から、年寄りがとかく口にしがちな言葉としてよく知られているものに、『50、60は鼻たれ小僧』(あるいは『40、50は鼻たれ小僧』)という決めゼリフがあるが、あれはホントだなと日々痛感している。昔はあのセリフをただのジジイの繰り言と聞いていたが、今は逆でホントにそうだなと思うことが多い」
これは、2017年4月17日に亡くなられた渡部昇一先生が言われていたことと同じです。もっとも渡部先生と本書の著者である立花隆氏はかつて激しい論争を繰り広げたことがあります。詳しくは、「立花氏よ、堂々と土俵に上がってきてほしい――渡部昇一教授」という記事をお読み下さい。

臨死体験〈上〉 (文春文庫)

臨死体験〈上〉 (文春文庫)

臨死体験〈下〉 (文春文庫)

臨死体験〈下〉 (文春文庫)



第1章「生と死を学ぶ」では、「死後の世界」というエッセイを取り上げたいと思います。かつて『臨死体験』という大きな話題を呼んだ本を書いたことがある著者は、以下のように述べています。
「臨死体験とはそもそも何なのかという問いに対しては、大きくわけて、2つの根本的に異なる立場がある。1つは、体験者が自分自身の確かな体験として語るすべての特異にして異常な体験(たとえば体外離脱)は、体験者が死に瀕する状況の中で活動不全に陥った脳が見た一種の幻覚であって、リアルな体験ではまったくない、とする立場である。
それに対して、もう1つの立場は、それは幻覚ではなく、ある意味でリアルに起きた事象そのものであって、そのような事象が起きたということは、死後の世界が存在する証拠と考える立場。あるいはこの世の実体が完全物理世界ではなく、半スピリチュアルな(霊的な)世界であることの証明と考える立場だ」

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番組のオープン・タイトル(NHKより)



著者は、ブログ「NHKスペシャル『臨死体験〜死ぬとき心はどうなるのか』」で紹介した2014年9月14日に放映された番組の内容にも言及しています。あの番組の放映後、著者は多くの視聴者から「ありがとうございました」と言われたそうです。それについて、「アタラクシア」というエッセイに以下のように書いています。
「結局、人間最晩年になると、もうこれ以上生きていなくてもいいやと思いつつ、それでも自分から進んで最後の旅に出る気にもなれない、ある種の優柔不断さの中で生きつづけることになる。その根源にあるのは、最後の旅の中にどうしても残る一定の未知なる部分への不安感だろうと思う。あれだけあの番組のお礼をいう人が多かったということは、その未知なる部分への恐れをあの番組のエンディングがあらかた取り去ってくれたということを意味しているのではないだろうか」

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死ぬことは怖くない!(NHKより)



番組のエンディングで立花氏は何を語ったのか。
それは、「結局、人間の死ということは、死と神秘と夢が隣り合わせのボーダーランドに入っていくことだ。死ぬことがそれほど怖いことじゃないことが分かった。人生の目的と言うのは結局、哲学者エピクロスが言った『アタラクシア(心の平安)』ということ。人間の心の平安を乱す最大のものというのは、自分の死について想念、頭を巡らせること。いい夢を見たい、見ようという、そういう気持ちで人間は死んでいくことができる」という内容でした。まさに、高齢者を中心とする多くの人々に安らぎを与える言葉だったのです。




第2章「歴史と語らう」では、「天皇制の限界」というエッセイが素晴らしいです。平成28年8月8日、今上天皇から「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」が発せられました。その後、天皇陛下の生前退位騒動が巻き起こったわけですが、著者は次のように書いています。
「私は今回の天皇の生前退位騒動の一番の核にあるのは、現行の象徴天皇制の根底にある人間学的無理だと思う。人間はすべて生身の生理学的無理(精神的無理)をあちこちにかかえこんだ存在だから、一定限度以上は、抽象的観念的存在たりえない。それは、これが理想的な日本人ですと紹介できる具体的人物がいないのと同じことだ。あるいはプラトンのイデアそのままの理想の人間存在がこの世にいないのと同じことだ。
制度と人間存在の間に矛盾があるなら、どちらかを曲げる必要がある。今回の騒ぎの根底にあるのは、現行の皇室典範に、天皇引退(譲位)あるいは休業ななどの規定がなく、死ぬまで休みなしに働きつづけるのが当然の前提とされていることだと思う」




第3章「科学を究める」では、「文明の転換点」というエッセイが興味深かったです。米国オバマ大統領が広島で行った歴史的なスピーチについて、著者は次のように述べています。
「『71年前の雲1つない朝、死が空から降りてきた。一閃の光と炎の壁が1つの街を丸ごと飲みつくし、人類は人類絶滅の手段を手にしたことを示した』という印象深い書き出しとともに、オバマは核爆弾の登場がどれほどこの世界を変えてしまったかを語った。そしてこのヒロシマの地で、その日に思いをこらすことにどれほど大きな人類史的意義があるかを淡々としかも雄弁に語っていった」




続けて、著者はオバマのヒロシマ・スピーチについて、こう述べています。
「アメリカ大統領の歴史に残る名演説はいろいろあるが、オバマのヒロシマ・スピーチは、就任直後のプラハ・スピーチとならんで名スピーチとして残るだろう。ヒロシマとナガサキは核戦争時代の夜明けとして記憶されるべきではなく、戦争そのものに別れを告げる目ざめのはじまりにしなければならない。ヒロシマに来て、ここで死んだ無数の罪なき人々の魂の声に耳を傾け、文明の方向を変え、科学技術力を戦争技術や破壊力の効率的利用からより建設的な方向に変えていく文明の大転換点としなければならない。こういうオバマの『チェンジ』精神が色濃くあふれたスピーチとなった」




第5章「政治と対峙する」では、最後に収められた「日本の政治状況と朝鮮半島での戦争」というエッセイが興味深かったです。著者は、「日本人はみな、米国と朝鮮半島の戦力の差は圧倒的なものだから、金正恩がいくらバカでも(相当のバカにはちがいないようだが)本当の戦争をするところまではいくまいとタカをくくっていて、まだ本当のパニックを起すところまではいっていない」と直言しています。




続けて、著者は以下のように書いています。
「しかし歴史的には、現状以上に戦争なんてありえないと思われる状況から本当の戦争が起きてしまった事例はたくさんある(日本の満州事変や太平洋戦争もそうだったと言ってよい)。そろそろ日本人も本気でリアルウォーが朝鮮半島で突発してしまうことを警戒しはじめたほうがいいのかもしれない。トランプも金正恩も同じ程度にアタマが少し狂っているから、戦争の発生を本気で心配すべきところまで来ているのではないかと思う。日本の政治の状況があまりにもひどいが故に、我々はつい忘れがちだが、不測の事態の発生確率は歴史の現実として極めて大であることを忘れてはいけない」




特別講義「ノーベル賞興国論」では、「地熱、太陽光に活路あり」として、著者は以下のように日本のエネルギー問題への具体的提言をしています。
「日本が直面している大問題の1つはエネルギー不足ですが、実は不足しているどころか足元に大量にある。それは地熱です。日本は、4つの巨大プレート(太平洋プレート、ユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレート)の合流地点の上にのっている島です。プレートの境界面に沿って火山が並び、地震も多発します。東日本大震災(2011年3月11日)も、つい最近の御嶽山噴火(2014年9月27日)もやはりプレートの境界面で起りました。しかし、地震、噴火の災害が多いということは、日本列島の地下に地熱の形で大量のエネルギーが眠っていることを意味しています。これを利用しない手はありません」




本書の終わり近くで、著者は「“日本満員時代”から人口減へ」として、「日本が抱える最大の弱点とは何か。私は3つに要約できると考えます。それは人口減、高齢化。そして夢のない社会。いいかえれば日本が『悲観社会』になっていることです。この3つは互いに絡み合っています」と喝破します。
この「夢のない社会」あるいは「悲観社会」という言葉には強いインパクトを感じました。たしかに、その通りだと思いました。
しかしながら、その後に著者が展開する「悲観社会」を乗り越える方策はロボット技術といったもので、ちょっと落胆しました。ロボットが明るい日本の未来を切り拓くとは思えません。そもそも、大学教育をはじめ、現代日本社会そのものが「理系」偏重、「文系」軽視の流れの中にありますが、著者もどうも「理系」偏重というか、科学技術に大きな価値を置いているという印象があります。

田中角栄新金脈研究 (朝日文庫)

田中角栄新金脈研究 (朝日文庫)



それと気になるのは、著者の権威への無盲目な信仰です。本書を読んで、著者が東京大学、NHK、朝日新聞、文藝春秋といった権威あるいはブランド好きであるということがわかります。その最たるものが「ノーベル賞」という最高の権威=ブランドです。しかし、先に紹介した「死後の世界」と題するエッセイの中で、矢作直樹氏のことを「この人ほんとに東大の教授なの?」などと罵倒するくだりは、読んでいて不愉快でした。田中角栄をはじめ、これまで権力というものを怖れずに優れた多くの仕事を残してきた著者ですが、「権力」は嫌いでも「権威」は好きなのかもしれません。そういえば、田中角栄は東大はおろか大学さえ卒業していませんでした。このあたりに「知の巨人」の内面を垣間見ることができると思うのはわたしだけでしょうか。

知的ヒントの見つけ方 (文春新書)

知的ヒントの見つけ方 (文春新書)



2018年6月20日 一条真也

2018-06-19

上智大グリーフケア研究所客員教授に就任

一条真也です。
昨日は大阪で大きな地震がありましたが、わたしはこれからスターフライヤーで東京に飛びます。今日は全互協の儀式継創委員会、明日は冠婚葬祭文化振興財団の「絵画コンクール」審査会と全互協の理事会、さらには全互連の慰労会に参加するのです。

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「財界九州」2018年6月号



ところで、「財界九州」6月号にわたしに関する記事が掲載されました。
記事は「 上智大グリーフケア研究所客員教授に就任」の見出しで、以下のように書かれています
「全国で冠婚葬祭事業を手掛けるサンレー(北九州市)の佐久間庸和社長は、4月1日から上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任した。
グリーフケアとは、身近な人との死別の悲しみから立ち直るため、周囲が寄り添いサポートすることで、同研究所は、グリーフケアに関する学術研究のみならず、広く社会貢献できるグリーフケアの専門知識と、援助技術を備えた人材の育成を推進している。
佐久間社長は近年、サンレーが主催する遺族の会・月あかりの会などのグリーフケア活動をはじめとした冠婚葬祭事業での実績や、作家・一条真也として上梓したグリーフケアや儀式に関する著作が評価され、特別講義を行ってきた経緯があり、今回の客員教授への就任となった。佐久間社長は『企業経営者の立場から無理のない範囲で、客員教授を務めさせていただくことになった。冠婚葬祭事業で実践してきたことを踏まえながら、さらなる研究を重ね、充実した講義を行っていく』と意気込んでいる」



2018年6月19日 一条真也

MS責任者会議  

一条真也です。
18日、大阪で震度6弱の大きな地震が発生しました。
この地震の犠牲となられた方々の御冥福をお祈りいたします。
その日の日の午後から、 サンレーグループの全国MS責任者会議が行われました。MSとは「MEMBERS SERVICE(メンバーズ・サービス)」であり、「MORAL SUPPORT(モラル・サポート)」のことです。日々、「人の道」としての冠婚葬祭の重要性をお客様に説明している人たちです。
会議の冒頭、各種の表彰を行いました。

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社長訓話前の一同礼!
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優績者にトロフィーを渡しました
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各種表彰を行いました
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サンレーグループ全国MS責任者会議のようす



わたしは、16時半から、いつものように60分ほどの社長訓話をしました。
まずは、「モラルと冠婚葬祭」について話しました。厚生労働省の「平成27年(2015年)人口動態統計の年間推計」によれば、2015年の離婚件数は22万5000件にのぼります。1998年以降、日本人の離婚率が30%台を切ることはなく、3組に1組が離婚している状態が続いています。価値観の多様化といえば聞こえはいいですが、自由気ままに結婚し、子育てもいい加減にやり過ごした挙句、「価値観」の相違を理由に離婚してしまう。そんな日本人が増えています。

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「モラルと冠婚葬祭」について話しました
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『大学』の八条目について



中国の四書五経の1つである『大学』には八条目という思想があります。「格物 致知 誠意 正心 修身 斉家 治国 平天下」ですが、自己を修めて人として自立した者同士が結婚し、子どもを授かり家庭を築いていきます。国が治まり世界が平和になるかどうかは、「人生を修める」という姿勢にかかっているのです。かつての日本は、孔子の説いた「礼」を重んじる国でした。しかし、いまの日本人は「礼」を忘れつつあるばかりか、人間の尊厳や栄辱の何たるかも忘れているように思えてなりません。それは、戦後の日本人が「修業」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」という覚悟を忘れてしまったからではないでしょうか。

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「ナシ婚」の理由とは?



「みんなのウェディング」の「『ナシ婚』に関する調査2015」(有効回答数316)によれば、2014年の婚姻件数約65万組(厚生労働省2014年人口動態統計)に対し、結婚式件数は約35万組(2005年 サービス産業実態調査)、つまり入籍者のおよそ半数弱が結婚式をしていないと考えられます。このアンケートによれば、「ナシ婚」の三大理由は4年連続で、「経済的事情」「さずかり婚」「セレモニー的行為が嫌」となっています。これは、冠婚葬祭に代表される儀式の意味を子どもに教えることができなかった「この親」にして「この子」ありとでも言えばいいでしょうか。

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「荒れる成人式」から「直葬」へ



「荒れる成人式」が社会問題となって久しいです。
毎年のように検挙される「若者ならぬ馬鹿者」が後を絶たない。成人式で「あれこれやらかす輩」が登場するのは1990年代の半ば以降だとか。いまの40歳以降の世代ですね。結婚式も挙げず、常軌を逸した成人を持つ親たちを待っているのは「直葬」という遺体処理です。この親たちは自分の両親を「家族葬」や「直葬」で送っていますが、果ては自分も子どもたちから「直葬」されるか、死んでも遺体処理もされず「生きていること」にされ、年金の不正受給の盾にされかねません。ブログ「万引き家族」で紹介した映画には、まさにそのような年金の不正受給が描かれていました。

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日本人のモラルをサポートせよ!



家族以外の参列を拒否する「家族葬」という葬儀形態はかなり普及しています。この状況から、日本人のモラル・バリアはすでに葬儀にはなくなりつつあることは言を待たない。家族葬であっても宗教者が不在の無宗教が増加しています。インターネットで僧侶を依頼するのはまだ手厚いとすら考えることもできます。さらには、通夜も告別式も行わずに火葬場に直行する「直葬」も都市部を中心に広がっています。究極は遺骨を火葬場に捨ててくる「0葬」の登場です。しかしながら、わたしたちは「直葬」や「0葬」がいかに危険な思想を孕んでいるかを知らなければなりません。葬儀を行わずに遺体を焼却するという行為は、「人間の尊厳」を最も蹂躙するものなのです。

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コミュニティセンターについて



続いて、わたしはコミュニティセンターについて話しました。
わが社は「セレモニーホールからコミュニティセンターへ」をスローガンに掲げています。従来の「葬儀をする施設」から「葬儀もする施設」への転換を目指しているのです。たとえば、各地の紫雲閣を「子ども110番の家」「赤ちゃんの駅」に登録したり、常備薬やAEDを設置したりしています。
さらには、「小倉紫雲閣」の大ホールに代表されるように、映画、演劇、音楽コンサートなども上演できる地域の文化の殿堂化をめざします。

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高齢者のお手伝いをしたい!



サンレーの本社のある北九州市は日本一の超高齢都市として知られています。その中には、「八幡紫雲閣」がある八幡東区の大蔵のように坂道が多い街もあります。そこには多くの高齢者が住んでおられ、日々の買い物やゴミ出しにも苦労をしておられます。こういった問題を解決する「買い物支援」「ゴミ出し支援」にも積極的に取り組みます。これらの取り組みは、「日本経済新聞」や「日経MJ」などでも紹介されました。

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セレモニーホールからコミュニティセンターへ!



セレモニーホールをコミュニティセンターに進化させるというのは、ある意味で「紫雲閣の寺院化」とうことでもあります。かつての寺院は、葬儀が行われる舞台でありながらも、近隣住民のコミュニティセンター、カルチャーセンターでもありました。仏教伝来以来1500年ものあいだ、日本の寺院は生活文化における3つの機能を持っていました。「学び・癒し・楽しみ」です。
まず、「学び」ですが、日本の教育史上最初に庶民に対して開かれた学校は、空海の創立した綜芸種智院でした。また江戸時代の教育を支えていたのは寺子屋でした。寺は庶民の学びの場だったのです。

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寺院の機能とは何か?



次の「癒し」ですが、日本に仏教が渡来し最初に建立された寺である四天王寺は4つの施設からなっていました。「療薬院」「施薬院」「悲田院」「敬田院」の4つですが、最初の3つは、順に病院、薬局、家のない人々やハンセン病患者の救済施設であり、敬田院のみが儀式や修行を行う機関でした。
最後の「楽しみ」とは、いわゆる芸術文化のことを指しますが、日本文化ではそもそも芸術、芸能は神仏に奉納する芸であって、それ自体が宗教行為でした。お寺を新築するときの資金集めのための勧進興行などがお堂や境内で大々的に行われました。こう考えてみると、「学び・癒し・楽しみ」は仏教寺院がそもそも日本人の生活文化において担っていた機能でした。

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「お寺ルネッサンス」に向かって



しかし、明治に入って、「学び」は学校へ、「癒し」は病院へ、「楽しみ」は劇場や放送へと、行政サービスや商業的サービスへと奪われてしまい、寺に残った機能は葬儀だけになってしまいました。「セレモニーホールからコミュニティセンターへ」というスローガンは、ある意味で寺院の本来の機能を蘇えらせる「お寺ルネッサンス」でもあるのです。そこでは、グリーフケアという「癒し」の機能を最重視します。

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サンレーグランドホテル



思い起こせば、わが社は、2004年に高齢者複合施設「サンレーグランドホテル」を北九州市八幡西区に作りました。セレモニーホールと高齢者用のカルチャーセンターなどが合体した前代未聞の施設として大きな話題になりました。今では、「盆踊り」や「観月会」などの年中行事の舞台でもあります。そして、コミュニティセンターは長寿祝いの場であり、さらには死別の悲嘆を癒すグリーフケアの場でもあります。

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人生を修めるお手伝いを!
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最後は、もちろん一同礼!



サンレーの提供するサービスは、けっして葬儀だけではありません。
サンレー互助会の会員でいれば、葬儀だけでなく、さまざまなサービスを受けることができるのです。わたしたちは、「死んでから葬儀で使える互助会」ではなく、「生きているうちから使える互助会」をきちんと構築し、そのメリットを会員様に広く訴えていかなければなりません。そして、会員様が人生を修めるお手伝いをさせていただきたいものです。
なお、社長訓話後は、サンレー本社から松柏園ホテルに移動して、懇親会が開催されました。大いに飲み、語り合った一夜でした。



2018年6月19日 一条真也

2018-06-18

儀式継創とは何か 

一条真也です。
18日、早朝から松柏園ホテルの神殿で月次祭が行われました。
皇産霊神社の瀬津神職が神事を執り行って下さいました。
祭主であるサンレーグループ佐久間進会長に続いて、わたしはサンレー社長として玉串奉奠を行いました。

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月次祭のようす
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玉串奉奠を行う佐久間会長
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わたしも玉串奉奠を行いました
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一同礼!
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天道塾のようす
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佐久間会長が訓話をしました



神事の後は、恒例の「天道塾」を開催しました。
サンレーグループ第二創業期を拓いてゆくために従来の「佐久間塾」および「平成心学塾」を統合して新たに創設された勉強会です。まずは、佐久間会長が訓話を行いました。会長は、ブログ「サンクスフェスタ八幡」で紹介した前日のイベントに言及し、最近の社葬事情についての感想を述べ、最後はホテル業界の動向などを説明しました。

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わたしが登壇しました



その後、わたしが登壇しました。
わたしは最初にブログ「サンクスフェスタ八幡」で紹介した前日のイベントについて言及してから、ブログ「全互連総会 in 沖縄」ブログ「全互連懇親会 in 沖縄」で紹介した行事について報告しました。それから、懇親会の大トリで歌った「まつり」の前口上を披露しました。以下の通りです。
「初宮祝いに七五三、成人式に結婚式、長寿祝いに葬儀を経て、法事法要・・・・・・人生は祭りの連続でございます。そのお世話をするのが冠婚葬祭互助会。互助会の保守本流は全互連。今日は、全互連の第60回総会。ああ、めでたいなあ。嬉しいなあ。今日は祭りだ、祭りだ!!」

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儀式なくして人生なし



ここでいう人生の「まつり」とは、人生儀礼です。通過儀礼ともいいますね。
わたしは、「儀式なくして人生なし」と考えています。
社会学者エミール・デュルケムは、ブログ『宗教生活の原初形態』で紹介した本の中で「さまざまな時限を区分して、初めて時間なるものを考察してみることができる」と述べています。これにならい、「儀式を行うことによって、人間は初めて人生を認識できる」と言えないでしょうか。

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人間は儀式的動物である!



儀式とは世界における時間の初期設定であり、時間を区切ることです。
それは時間を肯定することであり、ひいては人生を肯定することなのです。さまざまな儀式がなければ、人間は時間も人生も認識することはできない。
まさに、「儀式なくして人生なし」ではありませんか!
儀式とは人類の行為の中で最古のものであり、哲学者ウィトゲンシュタインは「人間は儀式的動物である」との言葉を残しています。わたしは、儀式を行うことは人類の本能ではないかと考えます。本能であるならば、人類は未来永劫にわたって結婚式や葬儀を行うことでしょう。

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儀式は「心」と「魂」のコントロール術



さらに、「人間にとって儀式とは何か」について考えてみましょう。
わたしは、「カタチにはチカラがある」と考えています。「カタチ」というのは儀式のことです。儀式には力があるのです。儀式とは「心のコントロール術」であり、さらには「魂のコントロール術」です。
「体はウソをつかない。心はウソをつく。魂はウソをつけない」とは鎌田東二先生の名言ですが、心と魂に働きかけるテクノロジーが儀式です。七五三、成人式、結婚式、長寿祝い、葬儀・・・みんな、そうです。死後の法事・法要は故人の魂と遺族の心をコントロールします。

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儀式の「継承」と「創新」について



ブログ「終わった人」にも書きましたが、定年後の人間の心も大きな不安に揺れ動いています。その配偶者や家族の心も不安です。ここに何らかの儀式を創新すべきではないでしょうか。全互協には儀式継創委員会という組織がありますが、ぜひ同委員会には、定年退職後の夫婦の絆を強めるような新しいセレモニーを考えていただきたいと思います。誕生、成長、成人、結婚、加齢、死亡といった多大なストレスからくる不安を解消する儀式はこれまで通り「継承」し、定年、離婚、独居、痴呆といった新しい不安を解消する儀式を「創新」する必要があると思います。

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儀式文化について語りました



ちょうど明日、開催される同委員会に参加するため、わたしは東京に出張します。会議では委員のみなさんに最新刊『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)をお配りする予定です。
いわゆる「儀式」とは、「人生儀礼」と「年中行事」に大別されます。
人生儀礼は一度限りで、年中行事は繰り返されるものですが、どちらも「時間を肯定する」という思想が共通しています。世の中には「変えてもいいもの」と「変えてはならないもの」があります。年中行事の多くは、変えてはならないものだと思います。なぜなら、それは日本人の「こころ」の備忘録であり、「たましい」の養分だからです。「これからも、わが社は儀式の継承と創新に努めていきたいものです」と訴えて、降壇しました。

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高い志をもって頑張りましょう!
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最後は、もちろん一同礼!



2018年6月18日 一条真也

2018-06-17

サンクスフェスタ八幡  

一条真也です。
6月17日(日)は「父の日」でしたね。東京にいる娘からプレゼントが送られてきました。この日、「サンクスフェスタ in サンレーグランドホテル」が盛大に行われました。梅雨にもかかわらず、この日の北九州市は晴天で、最高気温は30度を超えました。人も多くて、もう熱気ムンムンです!

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会場となったサンレーグランドホテル
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賑わうサンレーグランドホテルの前で
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サンクスフェスタの受付のようす
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ロビーでの抹茶振る舞い



今日は、サンレー会員様をはじめとした多くのお客様にご来館いただきました。「サンクスフェスタ」とは何か。それは、わが社の会員様やお客様に対して「ありがとうございます」という感謝の気持ちをお伝えするイベントです。「ありがとう」という言葉はどこの国にもあります。それは、「ありがとう」が人間にとって非常に大切なものだからです。「お金」はなくても何とかなるが、これがなくては生きていけないというぐらい大切なものなのです。

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施設紹介パネルの前で
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互助会コーナーのようす
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大抽選会のようす
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七五三コーナーのようす
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成人式コーナーのようす
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長寿祝いコーナーのようす
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盆提灯コーナーのようす
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人形供養祭のようす



「ありがとう」と言われた人は気分がいいし、「ありがとう」と言った人も気分がいい。こんなにお互いに「いい気分」になるのであれば、わたしたちは、もっともっと「ありがとう」という言葉を使うべきでしょう。心から、そう思います。お金もかからず手間もいらず、こんなに便利なものはありません。それで、みんなが元気になれれば、こんなに幸せなこともありません。まさに「ありがとう」は、他人も自分も幸せにする魔法の言葉です。

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落語独演会のようす
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大ホールが超満員になりました!



本日のサンクスフェスタのハイライトは、「林家木久蔵落語独演会」です。昭和50年生まれ 東京都出身。平成7年10月 林家木久蔵(初代)「現・木久扇」に入門。平成8年2月前座入り、「林家きくお」となりました。平成11年9月二ツ目昇進。平成19年5月教育評論社より木久扇との共著『がんばらない子育て』を出版。同年7月親子大賞2007「選考委員特別賞」受賞。9月真打ち昇進に伴い、落語界史上初「ダブル親子襲名」を行い、二代目林家木久蔵を襲名しました。日本テレビ「笑点」若手大喜利、テレビ東京「ドラGO!」などに出演しています。

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地元の高校生によるバザー
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福祉施設販売コーナー
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ミャンマー関連書籍コーナー
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爆発的に売れました!



さて、「ありがとう」の話に戻ります。
人生には1つのムダも、1つのマイナスもありません。
起こっていることすべてには意味があるのです。みんな「有ること」が「難しい」ことに「当たる」から、「有難当(ありがとう)」なのです。

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野菜特売コーナー
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生花特売コーナー



冠婚葬祭互助会であるわが社にとって、最も感謝するべき対象とは何か?
それは互助会の会員様であり、冠婚葬祭の各施設のお客様です。
それらの大切な方々に対して、わが社では毎年、「サンクスフェスタ」を開催するのです。今日は、わたしも多くの方々に「ありがとうございます」を言うことができました。わが社のスタッフのみなさんも、お疲れさまでした!



2018年6月17日 一条真也

「終わった人」   

一条真也です。
16日の夜、日本映画「終わった人」を観ました。内館牧子原作のベストセラー「定年小説」を映画化した“笑って泣けるハートフルコメディ”です。一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)が特別協賛しています。




ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。
「テレビドラマ『週末婚』などの脚本を手掛けてきた内館牧子の小説を、舘ひろしを主演に迎えて映画化。定年退職し世間から終わった人と見なされた元会社員の悲哀と、そんな夫と向き合えない妻の関係をハートフルに描く。舘ふんする主人公の妻を黒木瞳、主人公を惑わす美女を広末涼子が演じるほか、臼田あさ美、田口トモロヲらが共演。『リング』シリーズなど数多くのホラーを手掛けてきた中田秀夫がメガホンを取る」

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また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「大手銀行の出世コースから外れ、子会社に出向したまま定年を迎えた田代壮介(舘ひろし)は、喪失感からネガティブな発言を繰り返す。以前の輝きを失った夫と向き合えない美容師の妻・千草(黒木瞳)との間に溝ができ、満たされない気持ちから再就職先を探すが、うまくいかない。そんな中、ある人物と出会ったことで運命が大きく動きだし・・・・・・」

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終わった人」チラシ(表)



わたしは数日前に全互連の会長を退任したばかりなので、「『終わった人』って、俺のことか?」と思いながら観ました。正直、最初はあまり鑑賞に気乗りはしませんでしたが、全互協が特別協賛しているので社長室のメンバーと一緒に観ました。シネコンの最も小さいシアターでしたが、土曜の夜だというのにガラガラ。わたしは「もしかして、この映画自体が終わっている?」と少しだけ思いました。受付嬢によれば、ブログ「万引き家族」で紹介した映画はほぼ同時間に上映されて満員だったとか。(苦笑)
しかし、予想に反してと言っては失礼ですが、とても面白かったです。主演の舘ひろしがあまりにもスタイルが良くてファッショナブルなので、「終わった人」感がまったく感じられないのが玉に傷でしたが、ユーモアとペーソスが全体に溢れていて、「万引き家族」よりもずっと良い映画でした。

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終わった人」チラシ(裏)



舘ひろし演じる主人公の田代壮介は高校時代はラグビー部のキャプテンで、東大法学部からメガバンクに入行した超エリートです。銀行でも出世コースを驀進していましたが、結局はコースから外れて子会社へ出向させられます。わたしの友人や知人で、大手新聞社や総合商社や大手証券会社で出世コースに乗っており、「最低でも本社の役員。いずれは社長の可能性も・・・」という優秀な人間が数人いたのですが、すべてコースから外れてしまいました。やはり、大企業は甘くありません。実力や人望だけでは出世できないのが大企業なのです。壮介もそのような人生を歩んできました。彼の姿を見ながら、わたしは友人や知人のことを思い出しました。




それにしても、会社での最終日にハイヤーで帰る壮介の姿は寂しそうでした。部下たちから花束は貰うのですが、どうしても哀愁が漂います。壮介は「まるで生前葬だな」とつぶやきますが、まさにサラリーマンにとっての退職セレモニーとは生前葬なのかもしれません。しかし、生前葬をネガティブに描いたり、茶化して描いたりするのはちょっと不愉快でした。このへんは、全互協の広報・渉外委員会もきちんとチェックを入れてほしかったです。まあ、ユーモアの範囲で許容はできますが・・・・・・。それにしても、「リング」をはじめとしたJホラーの名匠である中田秀夫監督がこのようなユーモアの演出ができるとは意外でした。




退職直後の壮介は、けっこう哀れです。「終わった人 1日目」とか「終わった人 2日目」といったように、まるでカタストロフィーが待ち受けているかのようなカウントには笑いましたが、仕事一筋で来た会社人間には、定年後に何もすることがないというのがリアルで怖いです。暇を持て余した挙句、壮は大学院への合格を目指し、まずはカルチャーセンターに通います。
壮介は文学、それも石川啄木研究と言うテーマを選びますが、このように定年後に何かの文化に親しむというのは素晴らしいことだと思います。

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老福論〜人は老いるほど豊かになる』(成甲書房)


拙著『老福論〜人は老いるほど豊かになる』(成甲書房)にも書きましたが、「人は老いるほど豊かになる」というのが、わが持論です。一般に、高齢者には豊かな時間があります。時間にはいろいろな使い方がありますが、「楽しみ」の量と質において、文化に勝るものはないでしょう。さまざまな文化にふれ、創作したり感動したりすれば、老後としての「グランドライフ」が輝いてきます。文化には訓練だけでなく、人生経験が必要とされます。また、文化には高齢者にふさわしい文化というものがあると思います。

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「サンデー毎日」2017年11月12日号



長年の経験を積んでものごとに熟達していることを「老熟」といい、経験を積んで大成することを「老成」といいます。「老」には深い意味があるのです。わたしは「大いなる老いの」という意味で「グランド」と名づけています。これは、グランドファーザーやグランドマザーの「グランド」でもあります。
この「老熟」や「老成」が何よりも物を言う文化が「グランドカルチャー」です。グランドカルチャーは、将棋よりも囲碁、生花よりも盆栽、短歌よりも俳句、歌舞伎よりも能とあげていけば、そのニュアンスが伝わるのでは?




もちろん、どんな文化でも老若男女が楽しめる包容力を持っていますが、特に高齢者と相性のよい文化、すなわちグランドカルチャーというものがあります。わが社では高齢者向けの文化教室「グランドカルチャーセンター」を運営しています。 グランドカルチャーは高齢者の心を豊かにし、潤いを与えてくれる。それは老いを得ていくこと、つまり「得る老い」を「潤い」とします。超高齢社会を迎えた今こそ、高齢者は文化に親しむべきだと思います。その生き方が、「後期高齢」を「光輝好齢」に変えてくれるはずです。




啄木研究を志すだけあって、壮介には詩心があるようです。
定年退職の翌日、妻と訪れた公園の桜を見上げながら、彼は「散る桜 残る桜も 散る桜」という良寛の辞世の句を口ずさみます。それが妻には女々しい愚痴と思えたようですが、これは妻のほうがおかしいです。良寛の句は人生の真理を淡々と詠ったものであり、けっして愚痴などではありません。

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「サンデー毎日」2017年2月12日号



死生観を育むためには、辞世の歌・辞世の句というものが大事です。
日本人は辞世の歌や句を詠むことによって、「死」と「詩」を結びつけました。死に際して詩歌を詠むとは、おのれの死を単なる生物学上の死に終わらせず、形而上の死に高めようというロマンティシズムの表れであるように思えます。そして、「死」と「志」も深く結びついていました。
死を意識し覚悟して、はじめて人はおのれの生きる意味を知ることができます。有名な坂本龍馬の「世に生を得るは事を成すにあり」こそは、死と志の関係を解き明かした言葉にほかなりません。




また、『葉隠』には「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」という句があります。これは、武士道とは死の道徳であるというような単純な意味ではありません。武士としての理想の生をいかにして実現するかを追求した、生の哲学の箴言なのです。もともと日本人の精神世界において「死」と「詩」と「志」は不可分の関係にあったのです。「辞世の歌」や「辞世の句」とは、それらが一体となって紡ぎ出される偉大な人生文学ではないでしょうか。




わたしが特に好きな「辞世の歌」は、「良寛に辞世あるかと人問はば 南無阿弥陀仏といふと答へよ」(良寛)、「あらたのし思ひは晴るる身は捨つる 浮世の月にかかる雲なし」(大石良雄)、「頼み無き此世を後に旅衣 あの世の人にあふそ嬉しき」(清水次郎長夫人お蝶)の三首です。
また、好きな「辞世の句」は「旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る」(松尾芭蕉)、「もりもり盛り上がる 雲へあゆむ」(種田山頭火)、「春風や 次郎の夢の まだつづく」(新田次郎)です。




ラストシーンに登場した盛岡の桜は美しかったです。
惜しみなく咲き、そして潔く散ってゆく桜の花は、日本人の死生観を育んできました。故郷の桜を見た壮介は、またしても「散る桜 残る桜も 散る桜」と口ずさみます。その後、ちょっと心温まるシーンがあるにはあるのですが、わたしには物足りませんでした。やはり ブログ「おくりびと」で紹介した映画のように冠婚葬祭で人を幸せにする作品を、全互協には特別協賛してほしかった。広報・渉外委員会さん、お願いしますよ!

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儀式論』(弘文堂)


全互協には儀式継創委員会という組織もありますが、ぜひ同委員会には、定年退職後の夫婦の絆を強めるような新しいセレモニーを考えていただきたいと思います。動揺して不安を抱え込んでいる「こころ」に、ひとつの「かたち」を与えることが求められます。
拙著『儀式論』(弘文堂)でも詳しく述べましたが、儀式が最大限の力を発揮するときは、人間の「こころ」が不安定に揺れているときです。語源が「ころころ」だという説もあるぐらい、人間の「こころ」とは不安定なもの。それを安定させる「かたち」が儀式です。七五三、成人式、結婚式、長寿祝い、葬儀といった通過儀礼(人生儀礼)はすべて「こころ」を安定させるための「かたち」です。そして、定年後の人間の「こころ」も大きな不安に揺れ動いています。ここに何らかの儀式を創新すべきではないでしょうか。




美容師をやっている壮介の妻・千草は黒木瞳が演じていましたが、彼女にはもっと夫の孤独を理解してあげてほしかったです。あと、「おくりびと」にも出演していた広末涼子と笹野高史も良い味を出していましたが、広末が演じたカルチャーセンターの受付嬢は個人的に苦手なタイプの女性です。この映画では36歳の彼女が田口トモロヲ演じる55歳(わたしと同い年)のイラストレーターと不倫をしていると思い込んで怒ってしまいましたが、これはわたしの勘違いでした。わたしはイラストレーターのことを壮介の娘婿と勘違いしていたのです。でも、本当の娘婿が登場しなかったので勘違いした観客は多かったはず。ここは登場人物の相関関係をもっとわかりやすくしてほしかったかったですね。

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人生の修め方』(日本経済新聞出版社)



終わった人」という映画のタイトルは好きではありません。
いま流行の「終活」という言葉も嫌いです。もともと「終活」は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。わたしも「終末」という言葉には、違和感を覚えます。なぜなら、「老い」の時間をどう豊かに過ごすかこそ、本来の終活であると思うからです。そこで、わたしは、「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しています。「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。

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「サンデー毎日」2016年1月8日・15日合併号



考えてみれば、「就活」も「婚活」も広い意味での「修活」でしょう。
学生時代の自分を修めることが就活で、独身時代の自分を修めることが婚活なのです。そして、人生の集大成としての「修生活動」があります。
老いない人間、死なない人間はいません。死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。老い支度、死に支度をして自らの人生を修める・・・・・・この覚悟が人生をアートのように美しくすると思うのです。わたしは「終わった人」ではなく、「修めた人」になりたい!




最後に余談を2つ。1つめは、壮介が高校ラグビー部の主将だったとき、彼はミーティングで「試合に勝つためには反則でも何でもやろう!」と言います。それに対して監督の息子が反発し、「反則はいけねぇ。ルールを守らなかったら、タックルもスクラムもただの野蛮な行為だべ」と言い返して、二人は喧嘩になります。このシーン、どうしても例の日大アメフト部の危険タックル事件を連想しますね。まるであの事件を予見していたようなエピソードですが、まあ、昔からアメフトとかラグビーなどのコンタクト・スポーツには日常茶飯事的な問題なのでしょう。




もう1つ。ここは、ネタバレ覚悟でお読み下さい。定年後で暇を持て余していた壮介は新興IT企業の顧問になります。社長が急死して、壮介は新社長になるのですが、妻の千草は「顧問と社長では責任の重さが違うわ!」と言って反対します。その後、事態は千草が心配したとおりになるのですが、わたしは自分が社長に就任した当時のことを思い出しました。会社に何かあったら、社長はすべての責任を負わなければなりません。
終わった人」を観ながら、そんなことを改めて痛感しました。
エンドロールで流れた「終わった人」の主題歌「あなたはあなたのままでいい」は今井美樹が歌いましたが、心に沁みるような名曲だと思いました。



2018年6月16日 一条真也

2018-06-16

「30年後の同窓会」 

一条真也です。
15日の夜、映画「30年後の同窓会」をレイトショーで観ました。
沖縄から戻ったばかりでかなり疲れており、正直言って映画など観る元気はありませんでしたが、この映画が「葬儀」と「グリーフケア」がテーマのヒューマンドラマだと知り、気力を振り絞って観に行きました。




ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。
「『さらば冬のかもめ』などの原作で知られるダリル・ポニックサンの小説を基にしたロードムービー。戦地で命を落とした息子を故郷に連れ帰ろうとする男と、同行する友人たちの姿を映す。監督は『6才のボクが、大人になるまで。』などのリチャード・リンクレイター。『フォックスキャッチャー』などのスティーヴ・カレル、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』などのブライアン・クランストン、『マトリックス』シリーズなどのローレンス・フィッシュバーンが出演」

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また、ヤフー映画の「あらすじ」には、以下のように書かれています。
「わけありの過去を捨てて牧師になったミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)と酒ばかり飲んでいるバーの店主サル(ブライアン・クランストン)の前に、音信が途絶えて約30年になる旧友のドク(スティーヴ・カレル)が姿を現す。ドクは、突然の再会に驚く彼らに、1年前に妻に先立たれ、2日前に息子が戦死したことを話し、息子の亡きがらを故郷に連れ帰る旅に同行してほしいと頼む。こうして三人は、ノーフォークからポーツマスへと旅立つが・・・・・・」




「30年後の同窓会」というので、最初は高校か大学の同窓会の話かと思いましたが、アメリカの海兵隊時代の仲間3人が数十年ぶりに再会するロードムービーでした。3人のベテラン俳優たちがじつに良い味を出していました。リンクレイター監督は「時間の魔術師」などと呼ばれています。「現在」を見せながら「過去」を語るという独特の作風からです。




リンクレイターは、けっしてフラッシュバック映像を安易に使いません。丁寧に会話だけで当時の出来事を呼び起こします。そのリアルな会話劇は映画というよりもドキュメンタリー映像を観ているような気分になります。ブログ「6才のボクが大人になるまで」で紹介した映画をはじめ、9年ごとに撮られた「Before/sunrise/sunset/midnight」の三部作が「時間の魔術師」リンクレイターの代表的作品です。




「6才のボクが大人になるまで」は、拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)でも取り上げました。「映画で死を乗り越える」が同書のテーマです。じつは、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると思っています。写真は一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれます。その瞬間を「封印」するという意味です。しかし映画は「時間を生け捕りにする芸術」です。かけがえのない時間をそのまま「保存」します。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。「時間の魔術師」とはリンクレイターの異名ですが、映画そのものが「時間の魔術」なのです。

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死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)



「30年後の同窓会」の話に戻ります。
短期間に妻と息子を失ったラリーは、失意のどん底にいました。
拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)にも書きましたが、フランスには「別れは小さな死」ということわざがあります。愛する人を亡くすとは、死別ということです。愛する人の死は、その本人が死ぬだけでなく、あとに残された者にとっても、小さな死のような体験をもたらすと言われています。
もちろん、わたしたちの人生とは、何かを失うことの連続です。わたしたちは、これまでにも多くの大切なものを失ってきました。しかし、長い人生においても、一番苦しい試練とされるのが、あなた自身の死に直面することであり、あなたの愛する人を亡くすことなのです。

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愛する人を亡くした人へ』(現代書林)



わたしは、冠婚葬祭の会社を経営しています。
本社はセレモニーホールも兼ねており、そこでは年間じつに数千件の葬儀が行なわれています。そのような場所にいるわけですから、わたしは毎日のように、多くの「愛する人を亡くした人」たちにお会いしています。その中には、涙が止まらない方や、気の毒なほど気落ちしている方、健康を害するくらいに悲しみにひたっている方もたくさんいます。亡くなった人の後を追って自殺しかねないと心配してしまう方もいます。そんなとき、頼れる人間がいるかどうかが重要です。ラリーは生きる気力も失って30年も会っていない旧友を頼りました。つまり彼は「縁」のある家族を失ったので、「絆」のある友人を頼ったわけです。




よく混同されますが、「縁」と「絆」は違います。
「縁」と「絆」は似て非なるものです。「縁」とは人間が社会で生きていく上での前提条件であり、「絆」とはさまざまな要因によって後から生まれるものです。「縁」のない人はいませんが、誰とも「絆」を持てない人はいます。いわば、「縁」とは先天的であり、「絆」は後天的なのです。「きずな」という言葉の中には「きず」が含まれています。「傷」を共有してこその「絆」なのです。それならば、最も絆の強い人々とは「戦友」ではないでしょうか。国や時代に関わらず、従軍した人々の体験はつねに「傷」とともにあったからです。「絆」のある人々の同窓会は永く続きます。




ブログ「ペンタゴン・ペーパーズ」で紹介した映画が明らかにしたように、アメリカ政府はベトナム戦争についての真実を隠していました。本当は勝てる見込みのなかったベトナム戦争では、多くのアメリカ人兵士が死にました。政府のウソを当時の新聞メディアが、そして米国民がどうしても許せなかったのは、そこに無念の死を遂げた死者たちへの想いがあったからです。
ベトナム帰還兵であるドクはイラクでの息子の死の真相を政府から隠されます。それは亡き息子が国家の「英雄」となれるような華々しい死ではありませんでした。それでも、ドクは息子の葬儀を立派にあげようとします。



葬儀の場面では、世代を超えた海兵隊員たちの制服姿が感動的でした。亡くなったドクの息子も制服姿で葬られました。このシーンを観て、この映画のテーマは「誇り」でもあると思いました。チャーリーは、ドクに対して、軍服を初めて身につけたときの誇らしさを語ります。それを聞いたドクは、息子が最も輝いていたときのことを思い出し、彼に対する尊厳を汚してはならないと感じたのです。殉職した軍人への敬意は、たとえ家族でも踏みにじってはなりません。

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儀式論』(弘文堂)




ドクの息子の葬儀には「かたち」がありました。『儀式論』(弘文堂)にも書きましたが、葬儀をはじめとする儀式とは「かたち」です。親しい人間が死去する。その人が消えていくことによる、これからの不安。残された人は、このような不安を抱えて数日間を過ごさなければなりません。心が動揺していて矛盾を抱えているとき、この心に儀式のようなきちんとまとまった「かたち」を与えないと、人間の心にはいつまでたっても不安や執着が残るのです。この不安や執着は、残された人の精神を壊しかねない、非常に危険な力を持っています。この危険な時期を乗り越えるためには、動揺して不安を抱え込んでいる「こころ」に、ひとつの「かたち」を与えることが求められます。まさに、葬儀を行う最大の意味はここにあります。


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唯葬論』(サンガ文庫)




では、葬儀という「かたち」はどのようにできているのでしょうか。
唯葬論』(サンガ文庫)の「葬儀論」にも詳しく書きましたが、葬儀は「ドラマ」や「演劇」にとても似ています。死別によって動揺している人間の「こころ」を安定させるためには、死者がこの世から離れていくことをくっきりとしたドラマにして見せなければなりません。ドラマによって「かたち」が与えられると、「こころ」はその「かたち」に収まっていきます。すると、どんな悲しいことでも乗り越えていけるのです。



わたしは、「葬儀というものを人類が発明しなかったら、おそらく人類は発狂して、とうの昔に絶滅していただろう」と、ことあるごとに言っています。あなたの愛する人が亡くなるということは、あなたの住むこの世界の一部が欠けるということです。欠けたままの不完全な世界に住み続けることは、かならず精神の崩壊を招きます。不完全な世界に身を置くことは、人間の心身にものすごいストレスを与えるわけです。まさに、葬儀とは儀式によって悲しみの時間を一時的に分断し、物語の癒しによって、不完全な世界を完全な状態に戻すことに他ならないのです。葬儀によって心にけじめをつけるとは、壊れた世界を修繕するということなのです。



亡くなったドクの息子の年齢は21歳でした。
これから花も実もあるという矢先の、あまりにも早い死です。冠婚葬祭業を営んでいると、日々、多くの「愛する人を亡くした人」にお会いします。100歳を超える高齢で大往生された方から、生まれたばかりの赤ちゃんまで、亡くなられた人の年齢は、さまざまです。一般に、高齢であればあるほど悲しみはより浅く、若ければ若いほど悲しみはより深いとされています。わたしは、すべての人間は自分だけの特別な使命や目的をもってこの世に生まれてきていると思います。この世での時間はとても大切なものですが、その長さはさほど重要ではありません。

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「サンデー毎日」2018年4月8日号



明治維新を呼び起こした1人とされる吉田松陰は、29歳の若さで刑死しましたが、その遺書ともいえる『留魂録』にこう書き残しました。
「今日、死を決心して、安心できるのは四季の循環において得るところがあるからである。春に種をまき、夏は苗を植え、秋に刈り、冬にはそれを蔵にしまって、収穫を祝う。このように一年には四季がある」
そして、松陰は人間の寿命についても次のように述べました。
「人の寿命に定まりはないが、十歳で死ぬ者には十歳の中に四季がある。二十歳には二十歳の四季がある。三十歳には三十歳の四季がある。五十歳、百歳には五十歳、百歳の四季がある。私は三十歳で死ぬことになるが、四季は既に備わり、実をつけた」



松陰の死後、その弟子たちは結束して、彼の志を果たしました。松陰の四季が生み出した実は結ばれ、その種は絶えなかったのです。
松陰だけでなく、「人生の四季」は誰にでもあります。
せめて、四季折々の出来事を前向きに楽しみながら、後の世代に想いを託し、最後は堂々と人生を卒業してゆきたいものです。
そして、ドクの息子の短い人生にも四季がありました。
人が生きた証とは何か。それは、何のために死んだかではなく、どこで死んだかでもなく、故人が何を愛し、何を大切にして生きたかということでしょう。ドクの息子は祖国と両親を愛し、大切にしていました。
「30年後の同窓会」は、国家や民族や宗教を超えて、人類普遍の営みである葬儀の重要性をくっきりと示した映画であったと思います。



2018年6月16日 一条真也

2018-06-15

教会を建てている(ドラッカー)

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一条真也です。
今回の名言は、経営学者ピーター・ドラッカーの著書に出てくる言葉。
あるとき、ドラッカーは「3人の石切り工」の話をしました。ある人が、教会建設のための石を切っている3人の男に「何をしているのですか」と聞きました。1人目の男は「暮らしを立てている」と答え、2人目の男は「石切りの仕事をしている」と答え、3人目の男は「教会を建てている」と答えました。

仕事の哲学 (ドラッカー名言集)

仕事の哲学 (ドラッカー名言集)



第1の男は、仕事で何を得ようとしているかを知っており、事実それを得ています。1日の報酬に対し、1日の仕事をします。でも、彼は管理職ではありませんし、将来もなれません。
問題は第2の男です。熟練した専門能力は不可欠です。たしかに組織は、最高の技術を要求しなければ2流の存在になってしまいます。しかしスペシャリストは、単に石を磨き脚注を集めているにすぎなくとも、重大なことをしていると錯覚しがちです。専門能力の重要性は強調しなければなりませんが、それは全体のニーズとの関連においてでなければなりません。成長し、自己啓発する者とは、「教会を建てている」と言える人間なのです。
会社に必要な人物は、もちろん第3の男です。
彼こそ、将来の幹部候補であると言えるでしょう。



そして、若いビジネス・ピープルにぜひ言っておきたいことがあります。
それは、あなた方は歯車だということです。それを自覚する必要があります。こう聞くと、意外に思ったり、失望する人がもしかしたらいるかもしれません。一般に「歯車」という言葉は良いイメージを待たれないようです。よく鉄道ガード下の居酒屋などで、酔ったサラリーマンがチューハイか何かを片手に後輩相手にクダを巻いている場面を目にします。
「どうせ俺たちなんか、会社の歯車だからよー!馬鹿らしくって、やってらんねーよなー!」とか何とか言いながら。テレビドラマなどでもよく目にするまことにありふれた光景ですが、こんなとき、いつも腹が立ってきます。



会社員が会社の歯車なのは当たり前の話ではありませんか!
部下だって上司だって、いや社長だって会社の歯車です。仕事であれスポーツであれ、組織を構成する個々人はすべて歯車なのです。
プロ野球やサッカーの名選手だって、みんなチームの歯車です。
でも、彼らは単なる伝達歯車ではなく、チームを動かす駆動歯車です。
ですから、若い社員のみなさんも、ぜひ会社を動かすような歯車になってほしいのです。会社人は、組織の歯車であることを強く自覚し、歯車に徹することによって、会社のなかで光り輝くのですから・・・・・・。



そして、会社は社会の歯車です。みなさんが会社を動かせば、今度は社会が動きます。ドラッカーは「会社は社会のもの」であると主張しましたが、仕事をしていくうえで社会の役に立つことが何よりも大切です。わたしは、単なるボランティア精神ではなく、社会や人々の役に立つことをすればビジネスでも必ず成功できると確信しています。いくらユニークな商品を開発しても、それを使って喜ぶ人がいなければ社会的な価値は生まれません。たとえ日常的にありふれたものでも、それを必要とする人がいれば、そこに大きな需要が生まれます。ですから、多くの人々が待ち望んでいることを目標にする方が成功しやすいのは当然の話です。



例えば、宅急便が登場する以前は、今日出した荷物が明日届くとは誰も考えませんでした。それが一日で届くようになると、生活の利便性は飛躍的に高まり、ビジネスのスピードも一気に上がりました。コンビニエンスストアも、私たちのライフスタイルを大きく変えました。夜遅くまで簡単に生活必需品が手に入ることによって、多くの人たちが助かっています。これらの事業は今や社会的なインフラになっています。その潜在的な需要の大きさに驚かされますが、逆に言うと、それだけ人の役に立つビジネスであったから成功したのでしょう。「何をしているのですか」と質問されて「教会を建てている」と答えられる人だけが会社を動かし、社会を動かすのです。なお、今回のドラッカーの名言は『最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考』(フォレスト出版)にも登場します。

最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考~一流の思考を身につける!47の実践テクニック~

最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考~一流の思考を身につける!47の実践テクニック~



2018年6月15日 一条真也

2018-06-14

さらば沖縄!  

一条真也です。
全互連総会オプションの沖縄の旅も終わりです。13日は「ザ・ブセナテラス」に宿泊し、近くの「万国津梁館」で懇親会を行いました。わたしは、長女からプレゼントされた“かりゆし”ウエアを着て参加しました。

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ザ・ブセナテラスのロビーで
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万国津梁館での懇親会のようす
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万国津梁館での懇親会にて
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2000年沖縄サミットの昼食会場です
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クリントン大統領が座った椅子



万国津梁館は2000年に沖縄サミットの食事会が開かれた会場で、クリントン大統領やプーチン大統領らが座った椅子もありました。わたしは前会長として懇親会に参加しましたが、志を同じくする仲間たちと大いに飲み、語り合いました。沖縄バンドも入って、大盛り上がりでした。懇親会終了後もザ・ブセナテラスのBARで行われた二次会で夜遅くまで飲みました。

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那覇空港で



翌14日は9時にザ・ブセナテラスを出発して、バスで那覇空港へ。
今回は2泊3日の沖縄滞在でしたが、全国の互助会経営者のみなさまをサンレー沖縄で精一杯おもてなしさせていただきました。大切な同志たちと大好きな沖縄で一緒に過ごせて感無量でした。
サンレー沖縄のみんなも、よく頑張ってくれました。

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忘れ得ぬ思い出になりました(「全互連懇親会 in 沖縄」より)



14日の沖縄は朝から大雨で、スコールのようでした。梅雨入りしてからもずっと雨が降りませんでしたが、今日から本格的な梅雨に入ったような感じです。しかも、明日からは台風が来るとか。それにしても、総会行事の期間に雨が降らなくて良かったです。今回は妻も一緒だったので、久々にゆっくりと夫婦の時間も持つことができました。いつか、長女と次女も連れて家族全員で沖縄に来たいです。わたしたちは12時40分発のANA1208便に搭乗し、福岡に戻ります。さらば沖縄!



2018年6月14日 一条真也

2018-06-13

百名伽藍  

一条真也です。
なんくるないさー! 沖縄に来ています。
ブログ「ガンガラーの谷」で紹介したパワースポットを後にしたわたしたちは、昼食会場である「百名伽藍」を訪れました。

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百名伽藍の前で
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百名伽藍の内部
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久高島を望む海



百名伽藍」は琉球創世神話の舞台として知られる神秘の地に佇む和琉様式の全17室の最高級ホテルです。山を背に、眼下に広がる海からは日の出と日の入り、また琉球最大の聖地・久高島が望めます。わたしはブログ「『久高オデッセイ』シンポジウム」で紹介した映画を思い出しました。

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近海魚のマース煮
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アグー豚のステーキ
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アロエの甘酢がけ
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赤米と中味汁
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最高級ランチのお品書き



百名伽藍」の館内は回廊が巡っています。
また、巨木のガジュマルが生い茂る中庭を設け、光と影と風の織りなす静謐な世界へと誘ってくれます。懐かしさにも似た歓びが満ち溢れるこのホテルで、沖縄最高級ランチをいただきました。美味しかったです。



2018年6月13日 一条真也

ガンガラーの谷  

一条真也です。
いちゃりばちょーでい! 沖縄に来ています。
ブログ「首里城」で紹介した世界遺産を後にしたわたしたちは、「神秘の谷」と呼ばれるガンガラーの谷を訪れました。沖縄県南城市前川にある、鍾乳洞が崩れてできた谷間で、2008年8月に観光地として公開されました。

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ガンガラーの谷の入口
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神秘的な光景
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じつに、いい感じです
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発掘調査区1



Wikipedia「ガンガラーの谷」の「概要」には、こう書かれています。
「ガンガラーの谷は、数十万年前までは鍾乳洞であったが、現在は崩壊し自然豊かな森となっている。広さは約14,500坪、歩行距離にして約1km、東京ドーム1個分の大きさである。森の中には、鍾乳洞跡にそびえ立つ高さ20mの大主(ウフシュ)ガジュマルや、子宝を願う信仰の場所であるイキガ洞・イナグ洞がある」

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ガンガラーの谷で
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密林でレクチャーを受ける
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原生林のたたずまい
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森の匂いを嗅ぎながら・・・
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この木を見よ!
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母神
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鍾乳洞の中へ・・・
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男根神



また、Wikipedia「ガンガラーの谷」の「遺跡発掘」には、以下のように書かれています。
「ガンガラーの谷では、世界最古となる約2万3千年前の貝製の釣り針や、約8千年前の爪形文土器片、約4千年前の火を焚いた炉の跡などが見つかっている。また石の棺に入った人骨が発見され、約1万8000年前に生きていた港川人の居住区だといわれている。現在も国立科学博物館・東京大学・沖縄の地元研究者で結成されている沖縄更新世遺跡調査団と、沖縄県立博物館・美術館により港川人に関する発掘調査が続けられている」

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トトロの葉?
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沖縄のジャングル
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ガンガラーの谷で
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ガンガラーの谷で妻と
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アドベンチャー気分
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ガンガラーの谷で



さらに、Wikipedia「ガンガラーの谷」の「観光地化の流れ」には、以下のように書かれています。
「ガンガラーの谷は、沖縄返還直前の1972年4月に、南部に明るい場所を創ろうとの意図の下、観光地として公開されたが、その数年後に谷内を流れる川上流から畜舎排水が流れ込むという汚染問題が起こり、直ちに公開が中止された。その後30年間、河川環境の回復を待ち続け、2008年8月に予約制ガイドツアー専用エリアとして再び公開が始まった」

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港川人の人骨発見地
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洞窟内の港川人レクチャー
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港川人の変化
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出口付近にはハブ・ミュージアムが・・・



2018年6月13日 一条真也

首里城   

一条真也です。
めんそーれ! 沖縄に来ています。
12日、全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回定時総会が行われました。翌13日は8時にホテルを出発して、世界遺産の「首里城」へ向かいました。かつて海外貿易の拠点であった那覇港を見下ろす丘陵地にあったグスク(御城)の城趾で、沖縄県那覇市首里にあります。

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守礼門の前で
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世界遺産碑を発見



Wikipedia「首里城」には、以下のように書かれています。
「首里城(しゅりじょう、スイグスク)は、琉球王朝の王城で、沖縄県内最大規模の城であった。戦前は正殿などが旧国宝に指定されていたが、1945年(昭和20年)の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、わずかに城壁や建物の基礎などの一部が残っている。1980年代前半の琉球大学の西原町への移転にともない、本格的な復元は1980年代末から行われ、1992年(平成4年)に、正殿などが旧来の遺構を埋め戻す形で復元された。1993年(平成5年)に放送されたNHK大河ドラマ「琉球の風」の舞台になった。1999年(平成11年)には都市景観100選を受賞。その後2000年(平成12年)12月、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界遺産に登録されたが、登録は『首里城跡(しゅりじょうあと)』であり、復元された建物や城壁は世界遺産ではない。周辺には同じく世界遺産に登録された玉陵、園比屋武御嶽石門のほか、第二尚氏の菩提寺である円覚寺(えんかくじ)跡、国学孔子廟跡、舟遊びの行われた池である龍潭、弁財天堂(べざいてんどう、天女橋)などの文化財がある」

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歓会門の前で
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素晴らしい晴天でした



また、Wikipedia「首里城」の「歴史・沿革」には、こう書かれています。
「首里城の創建年代は明らかではない。尚氏歴代居城の正殿は、かつて百浦添とされ、敬称で御百浦添と称された。近年の発掘調査から最古の遺構は14世紀末のものと推定され、三山時代には中山の城として用いられていたことが確認されている。おそらく、13世紀末から14世紀のグスク造営期に他の沖縄の多くの城同様に成立したものと考えられる。尚巴志が三山を統一し琉球王朝を立てると、首里城を王家の居城として用いるようになった。同時に首里は首府として栄え、第二尚氏においても変えられることはなく、史書に記録されている限りでも、首里城は数度にわたり焼失している。消失する度に再建されてきたが毎回木材の調達が問題となり、薩摩藩からの木材提供で再建を行ったり将来の木材需要を見越して本島北部での植林事業を行ったりしている」

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首里城にて



「一度目の焼失は1453年(享徳2年)に第一尚氏尚金福王の死去後に発生した王位争い(志魯・布里の乱)であり、城内は完全に破壊された。一度目に再建された城の外観と構造については、『李朝実録』に記述がみられ、1456年2月の目撃記録として、首里城は、『外城』『中城』『内城』の三地区に分かれ、外城には倉庫や厩、中城には200余人の警備兵、内城には二層の屋根を持つ『閣』があり、内部は三階建てで、三階は宝物を保管し、中層には王が滞在する場所があり、侍女が100余人控え、一階は酒食が供される集会所となっていたと記述されている。二度目の焼失は1660年(万治3年)のことであり再建に11年の年月を要した。1709年(宝永6年)には三度目の火災が起き正殿・北殿・南殿などが焼失した。この時は財政が逼迫しており、1712年(正徳2年)に薩摩藩から2万本近い原木を提供されている。現在見る首里城の建築は、三度目の火災の後再建された1715年(正徳5年)から1945年(昭和20年)までの姿を基にしている。なお、1712年(正徳2年)発行の『和漢三才図会』(寺島良安・編)には首里城が『琉球国』の項の挿絵(地図)のなかに描かれている」(Wikipedia「首里城」歴史・沿革)

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廣福を背に



「1879年(明治12年)の沖縄県設置に至る琉球処分以後は、正殿など首里城の建物は政府の所在地としての役割を喪失し、日本陸軍の第6師団(熊本)の軍営として、その後は首里区(後の首里市)に払い下げられ、学校などとして利用された。王宮でなくなった首里城は急速に荒廃が進み、老朽化が激しく崩壊寸前の状態になった。既に門のいくつかは取り壊されており、正殿の取り壊しも検討された。しかし、伊東忠太、鎌倉芳太郎ら関係者の奔走により保存が決定された。正殿は県社沖縄神社の社殿となり源為朝と歴代国王が祀られた(源為朝が琉球へ逃れ、その子が初代琉球王舜天になったという説がある)。正殿は1925年(大正14年)に特別保護建造物(のち旧国宝)に指定された(指定名称は「沖縄神社拝殿」)。昭和初期(1927年(昭和2年)−1932年(昭和7年))に正殿の改修工事が行われた」(Wikipedia「首里城」歴史・沿革)

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正殿を背にして
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正殿内部の玉座



「太平洋戦争中の沖縄戦において日本軍が首里城の下に地下壕を掘り陸軍第32軍総司令部を置いたこともあり、1945年5月25日から3日間に渡りアメリカ軍艦ミシシッピなどから砲撃を受け、27日に焼失したとされる。(今も、龍潭池には、地下壕の入り口や弾痕などが確認できる)さらに日米両軍の激しい戦闘で、首里城やその城下の町並み、琉球王国の宝物・文書を含む多くの文化財が破壊された。5月27日の日本軍南部撤退の際には、歩行不能の重傷兵約5000名が首里城の地下陣地で自決した。宝物庫は奇跡的に戦災を免れたが、中の財宝は全て米軍に略奪された。戦後しばらくして一部が返還され、また所在が明らかになり返還に向け交渉中のものもある。また近年尚家が保有していた琉球王国関連の資財が寄贈され、沖縄県立博物館・美術館などで保管・展示されている」(Wikipedia「首里城」歴史・沿革)

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正殿の模型
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正殿の遺構



「戦後は首里城跡に琉球大学が置かれ、多くの遺構が撤去あるいは埋められたが、首里城の再建は戦後間もなくから多くの人々の悲願だった。1958年(昭和33年)、守礼門が再建されたのを皮切りに円覚寺門など周辺の建築から再建が始まる。1972年(昭和47年)、日本復帰後に国の史跡に指定(1972年5月15日指定)され、城の入り口に当たる歓会門と周囲の城郭が再建された。1979年(昭和54年)に琉球大学が首里城跡から移転すると1980年代に県および国による首里城再建計画が策定され、本格的な復元がはじまった」(Wikipedia「首里城」歴史・沿革)

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首里城ジオラマ(その1)



「1989年(平成元年)11月より、遺構の発掘調査や昭和初期の正殿改修図面・写真資料、古老の記憶などを元に、工芸家や職人を動員した当時の装飾・建築技術の復元作業が行われて正殿他の再建が始まった。屋根瓦については色についてさえ記録がなく、当時を知る老人を集めて話を聞いても赤〜黒まで意見がバラバラで難航した。すでに琉球瓦を生産しているのは奥原製陶ただ1軒だけであり、4代目主奥原崇典の尽力によって首里城の瓦が復元された。なお、2014年に米国立公文書館から沖縄戦で焼失前の首里城のカラー映像が発見されており、それによると屋根瓦は赤色では無い事が判明している」(Wikipedia「首里城」歴史・沿革)

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首里城ジオラマ(その2)



「1992年(平成4年)11月2日には正殿を中心とする建築物群、そこへ至る門の数々と城郭が再建され首里城公園が開園した。現在は、首里城を中心とした一帯が首里城公園として整備・公開がすすめられており、正殿の裏側にあたる城郭や建築物群の再建事業も引き続き行われている。2000年(平成12年)には『首里城跡』(しゅりじょうあと)として他のグスクなどとともに『琉球王国のグスク及び関連遺産群』の名称で世界遺産に登録された。2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(100番)に選定された」(Wikipedia「首里城」歴史・沿革)

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歴史を語るアカギの大木の下で

2018年6月9日 一条真也

全互連懇親会 in 沖縄

一条真也です。
沖縄に来ています。ブログ「全互連総会 in 沖縄」で紹介した行事の後は、同じマリエールオークパイン那覇で懇親会が開催されました。

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懇親会オープニングの「かぎやで風」
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首里城を背景に舞いました(撮影:舘祐司)
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わたしが乾杯の音頭を取りました(撮影:志賀司)
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米朝首脳会談より全互連総会が重要!
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カンパ〜イ!(撮影:舘祐司)



そして、懇親会が開催されました。わたしはクールビズでみなさんをお迎えしました。冒頭、琉球舞踊の「かぎやで風」が披露されました。前会長として乾杯の音頭を取りましたが、冒頭で「めんそーれ! みなさま、ようこそ、沖縄へ!」と言いました。それから「今日はシンガポールで米朝首脳会談とやらが開催されたそうですが、沖縄での全互連総会のほうが重要なのは言うまでもありません。これから、業界のエースとホープをみんなで支えていきましょう!」と述べました。

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琉球舞踊が披露されました
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琉球舞踊が披露されました
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舞台にシーサーが登場!
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シーサーが会場内を回る
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みなさんと談笑しました
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妻とともにみなさんと談笑しました
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カチャーシーの練習(撮影:舘祐司)
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最後はみんなでカチャ―シー
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イヤーサ―サー♪
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熱狂のカーニバル!(撮影:志賀司)
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最後は万歳三唱で・・・(撮影:舘祐司)



守礼之邦での宴は、驚くほど盛り上がりました。
やはり志を同じくする仲間と飲む酒は格別です。
料理も、みなさんから「美味しいですね!」と言っていただきました。今回は妻も一緒でしたので、一緒にみなさんと談笑しました。さまざまな琉球舞踊が披露され、最後は全員でカチャ―シーを舞いました。

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二次会のようす
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龍が登場しました
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黄金の法被を着て前口上を述べました
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背中には「祭」の文字が・・・・・・
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さあ、ショーの始まりです!
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龍が宙を舞い、「天下布礼」の幟が翻る!(撮影:志賀司)



懇親会の終了後は二次会が開催され、カラオケ大会も行われました。
わたしはこの日はもう歌わないつもりだったのですが、みなさんから請われて北島三郎「まつり」を歌うことになりました。会場では龍が舞い踊り、「天下布礼」の幟も翻りました。マイクを取ったわたしは「全互連の東北・北海道ブロック会議で訪れた函館の北島三郎記念館で、この歌の虜になりました。以来、何かあるとこの歌を歌ってきました。今日は万感の想いをこめて、歌わせていただきます」と述べてから、イントロが始まると、「初宮祝いに七五三、成人式に結婚式、長寿祝いに葬儀を経て、法事法要・・・・・・人生は祭りの連続でございます。祭りのお世話をするのが冠婚葬祭互助会。互助会の保守本流は全互連。今日は、全互連の第60回総会。ああ、めでたいなあ。今日は祭りだ、祭りだ!!」と口上を述べてから、歌い始めました。

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客席に下りていきました
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力の限り歌いました♪(撮影:志賀司)
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俺のメッセージを受け止めてくれ!(撮影:志賀司)
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万感の想いを込めて・・・(撮影:舘祐司)
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倅、一番船を漕げ〜♪(撮影:舘祐司)
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祭りだ、祭りだ、祭りだ〜♪
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これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪
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フィナーレ!
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イェ〜イ!
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杉山新会長と固い握手を交わす(撮影:志賀司)
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これが新旧会長交代の儀式じゃあ!(撮影:志賀司)
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最後は杉山新会長が挨拶しました
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思い出に残る夜となりました(撮影:舘祐司)



わたしは「祭」と背中に書かれた黄金の法被を着て「まつり」を熱唱しました。最後の「これが日本の祭り〜だ〜よ〜♪」の歌詞を「これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪」に替えて渾身の力を込めて歌い上げると、会場が割れんばかりの拍手に包まれました。今回は妻も来ていましたが、わたしの「まつり」をライヴで初めて聴き、そのド迫力に目を白黒させていました。(笑)
最後は龍が舞台に呼び込んだ杉山新会長と固い握手を交わしました。わたしは「杉山さん、全互連をよろしくお願いしますよ!」と言いました。その後、杉山新会長の中締めの挨拶で二次会は幕を閉じました。全互連の結束が強まった沖縄の夜となりました。全互連最高!



2018年6月12日 一条真也

全互連総会 in 沖縄 

一条真也です。
めんそーれ! 沖縄に来ています。12日、全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回定時総会が行われました。会場は、サンレー沖縄のマリエールオークパイン那覇です。

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マリエールオークパイン那覇の前で
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全互連60回定時総会の看板の前で
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本日のスケジュール
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会長として最後の理事会でした
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全互連60回定時総会のようす
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「君が代」の斉唱



14時からの正副会長会議、15時からの理事会に続いて、16時から定時総会が開催されました。松嶌専務理事の司会でスタートし、冒頭、物故者黙祷が行われました。続いて、上田副会長による「開会の辞」の後、わたしの会長挨拶の時間となりました。

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会長として挨拶しました



登壇したわたしは、まず、以下のように挨拶しました。
「只今、ご紹介に預かりました全互連の会長を拝命しております佐久間でございます。本日は関係機関の皆様方にはご多用のところ、ご臨席を賜り誠に有難うございます。また、皆様方には日頃より一方ならぬご懇情とご指導を賜っていることに、この場をかりて心より感謝を申し上げます。定時総会にあたりまして一言ご挨拶を申し上げます」

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本年は大きな節目の年です!



それから、わたしは以下のように述べました。
「この定時総会は、西日本ブロックの互助会各社の皆様にご担当いただいておりますが、周知のとおり第60回を迎えることとなります。ここ沖縄の地で定時総会が開催されるのは今回が初めてとなります。併せて、戦後間もない昭和23年に横須賀冠婚葬祭互助会が誕生してから70年、全互協の設立より45周年でもあります。本年はわたくしたちの業界にとって、意義深い大きな節目の年であり、全国各地より多数のご参加を賜りましたことに心より感謝申し上げます」

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沖縄の冠婚葬祭について述べました



続いて、沖縄の冠婚葬祭について述べました。
「沖縄の冠婚葬祭に関連していえば、まず、沖縄の結婚式は、5〜6年前まではお腹の大きな新婦様が多かったのですが、ここ最近では赤ちゃんを出産してから、お披露目を兼ねた結婚式が半数を占めています。いずれにしても『結婚式』をちゃんと上げることは、素晴らしいことだと思います。なぜならば、沖縄は1人の女性が生涯に産む子どもの数を推定する合計特殊出生率が1.95と日本一であり、15歳以下の年少人口率も日本一で、まともな人口構造は日本では沖縄だけだと言っても過言ではないでしょう。その反面、沖縄では離婚率の高さや子どもの貧困などの課題があることも確かですが、人口の減少は『国難』ともいえる問題であるだけに、行政は『観光』同様に支援をして欲しいところです」

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「守礼之邦」について語りました



続いて、「守礼之邦」という言葉に言及しました。
「沖縄は守礼之邦とも呼ばれています。礼において最も大事なことは親の葬儀であり、先祖供養です。沖縄は、おそらく日本において、もっとも先祖を大切にする地域ではないでしょうか。沖縄ではご先祖の墓前で会食します。つまり、『お墓』が先祖と子孫が交流する空間となるわけです。子どものころから墓で遊ぶことは、家族意識や共同体意識を育ててくれます。これは今の日本人に最も欠けているものではないかと考えます。
さらに、沖縄の人々は生まれてから12年に一度巡ってくる生まれ年の祝いである『生年祝い』として最初に行う十三祝いをはじめ、長寿を盛大に祝いますが、『人は老いるほど豊かになる』ことを祝うことは、高齢者が尊敬されるべき存在であることを教えてくれます。この『生年祝い』も、人が幸せに生きていく上でとても重要な行事ではないでしょうか。
ちなみに沖縄では『いちゃりばちょーでい』という言葉を大切にしています。『一度会ったら兄弟』という意味です。沖縄では、あらゆる縁が生かされるのです。まさに『袖すり合うも多生の縁』は沖縄にあり!『守礼之邦』は大いなる『有縁社会』でもあるのです」

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「沖縄復帰」をすべきです!



さらに、わたしは以下のように述べました。
「わたくしは沖縄を愛しています。
筆舌に尽し難い歴史を有する沖縄の地においても、いま、冠婚葬祭互助会が多くの県民から親しまれていることを心の底から誇りに思います。そして、沖縄には本土の人間が忘れた『人の道』があり、それこそ日本人の原点であると思います。昭和47年に沖縄はアメリカから本土復帰したわけですが、まもなく平成という元号が変わるいまこそ、わたくしたちは精神的な意味合いで『沖縄復帰』をすべきではないでしょうか。
今回、『守礼之邦』において、業界の保守本流として『初期設定』を再確認すると共に、時代の変化に沿った『アップデート』への布石となる有意義な総会にしたいと考えております。今後とも、全互連加盟各社が一丸となって、消費者保護政策を推進し、自社の経営基盤の強化を図り、全互連加盟互助会相互の団結をより強固にし、儀式文化の継承と創新に努めていくことが肝要であり、あらためてご協力を賜ればと存じます」

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心より厚く御礼申し上げます!



そして、最後にわたしは以下のように述べました。
「最後になりましたが、本総会開催に際しご尽力頂きました西日本ブロック各社の皆様、ご協賛を賜りましたお取引先各社の皆様に心より厚く御礼申し上げます。全互連加盟互助会各社の皆様におかれましては、今後ともご支援・ご協力を賜りますようお願い申し上げ、全互連加盟互助会各社の益々のご発展とご参集各位のご健勝を祈念申し上げ、わたくしのご挨拶といたします。ありがとうございました」その後、総会を担当した西日本ブロックの荒木ブロック長の挨拶に続いて、来賓の方々が紹介され、経済産業省商務情報政策局商務・サービスグループ商取引監督課の竹本課長補佐、互助会保証株式会社の寺坂社長が挨拶をされました。その後、総会の議事に入りました。議長は西日本ブロックの荒木ブロック長で、副議長は東北・北海道ブロックの宮嶋ブロック長が務められました。

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退任の挨拶をしました



さまざまな議案が審議されましたが、第五号議案「役員任期満了に伴う全員改選の件」で新しい理事および監事、ならびにブロック長が選任されました。それから「会長・副会長・専務理事等の選任」ということで、新たに選任された理事および監事が別室に集合して、理事会が開催されました。その理事会において、わたしは会長を退任し、あいねっとグループの杉山社長が新会長に決まりました。理事会を終えて、わたしたちは総会会場に戻り、定時総会が再開されました。「新旧会長の挨拶」ということで、退任したばかりのわたしが挨拶しました。
そこで、わたしは、冒頭で以下のように述べました。
「思い返せば、熊本において開催された第56回定時総会において会長に選任された際は、まさに青天の霹靂でした。不肖の身を顧みず、甚だ微力ながら会長をお引受けして4年、いまその任期を終えるにあたり、冠婚葬祭業界ならびに全互連の発展のために幾ばくかの貢献が出来たかを自問しつつ、恥じ入るばかりでございます」

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わが全互連は永久に不滅です!



それから、わたしは以下のように述べました。
「何度も申し上げてきましたが、全互連は冠婚葬祭互助会の保守本流です。保守とは、守るべきものを守るために改革することです。守るべきものとは、『文化の核』としての日本人の儀式であり、それを支える『相互扶助』の心です。それらを守る全互連とは、ある意味で日本文化を守る『文化防衛軍』だという想いで4年間やってまいりました。わたくしは、この定時総会をもちまして会長を退任いたしますが、です!」
ここで盛大な拍手が起きて、わたしの涙腺がちょっと緩みました。

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エースとホープを全力で支えましょう!



しかし、気を取り直して、わたしは以下のように述べました。
「新会長に就任された“あいねっとグループ”の杉山社長のもと、わたくしも微力ながら皆様と一致団結して難局を乗り越え、業界発展のために努めてまいりたいと考えております。また、全互協でもこの夏に役員改選が行われ、全互連の仲間である117の山下社長が会長に就任される予定です。山下社長といえば、全互連はおろか互助会業界のエースであり、杉山社長といえば業界のホープです。業界を取り巻く環境は、依然として厳しい要素が山積していますが、このエースとホープを全力で支え、この厳しい時代だからこそ足腰を強くして社会に貢献できるのだという気概を持って、業界発展のために力を注いでいこうではありませんか。4年間、本当にありがとうございました!」
わたしが挨拶を終えると、さらに盛大な拍手が起こって感動しました。

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感謝状を頂きました



続いて杉山新会長挨拶が就任の挨拶を行った後は、退任役員に対し感謝状ならびに記念品が贈られました。全互連の前会長として檀上に立ったわたしは、杉山新会長から感謝状と記念品を頂戴しました。わたしは「ああ、4年前にはわたしが新道元会長にお渡ししたなあ。こうやって、歴史が作られていくんだなあ。全互連がずっと続いていくのだなあ」と思うと、胸が熱くなりました。最後は、武田副会長が「閉会の辞」を見事に務めて下さいました。総会終了後は、全員集合して記念写真を撮影しました。


2018年6月12日 一条真也

2018-06-12

『決定版 年中行事入門』 

一条真也です。沖縄に来ています。
12日、全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回総会がサンレー沖縄のマリエールオークパイン那覇で開催されるのです。そんな中、「一条本」の最新刊である『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)の見本が出ました。サブタイトルは「知って安心、幸せをもたらす日本人の知恵」です。

f:id:shins2m:20180611124918j:image決定版 年中行事入門』(PHP研究所)



本書は、『決定版 冠婚葬祭入門』(実業之日本社)の姉妹編と言えるかもしれません。カバー表紙には正月、端午の節句、お盆などの年中行事のイラストが描かれ、帯には「輪くぐり」のイラストとともに、「ご先祖様と家族の絆をつむぎ、移り変わる季節を愛でる心・・・・・・日本人の『こころ』の備忘録」と書かれています。

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本書の帯



また帯の裏には、「はじめに」より以下の言葉が抜粋されています。
「世の中には『変えてもいいもの』と『変えてはならないもの』があります。年中行事の多くは、変えてはならないものだと思います。なぜなら、それは日本人の『こころ』の備忘録であり、『たましい』の養分だからです」

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本書の帯の裏



アマゾンの「内容紹介」には、以下のように書かれています。
「お正月はしめ飾りと門松を飾り、おせち料理を囲む。お盆にはご先祖様をお迎えし、七五三ではわが子の健やかな成長を祝う・・・・・・。日本には一年を通して、暮らしに根差した年中行事が伝わっている。では、それぞれの年中行事の成り立ちや、正しい行い方を知っているだろうか。年中行事とは、同じ暦日に毎年慣例として繰り返され続ける行事のこと。そこには、昔からの伝統を大切に守り、また時間の流れと季節の移り変わりを愛でる日本人の『こころ』と『たましい』が込められている。その年中行事の基礎知識を雑学風に読めるようにまとめ、正しく行うためのやり方をわかりやすく解説した入門書の決定版として発刊する。最近ではクリスマスはもとより、バレンタインデーやハロウィーンなど、外国から伝わった年中行事も定着してきた。また、年賀状の代わりにSNSなどが使われることも増えた。これらについても取り上げ、その基礎知識と正しい行い方を解説する」

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本書の「目次」



本書の「目次」は、以下のようになっています。
はじめに「日本人の『こころ』と『たましい』のために」
第1部 年中行事は必要
日本人の時間観
時間に追われる日本人?
一年という単位で考える
人生儀式と年中行事
年中行事に注目した民俗学
民俗学者の柳田と年中行事
通過儀礼と年中行事
なぜ年中行事は衰退しているのか?
現代日本が抱える病
年中行事という処方箋
「存在承認」という風潮
年中行事を復活させるために
なぜ年中行事をやるのか?
第2部 年中行事は面白い
●第1章 年中行事で気になる耳より話
年中行事は人生を肯定すること
年賀状はメールへと進化している
正月から始まる年中行事
「門松」と「しめ飾り」は年神様への“ラブコール”
正月の仕事は“男”と“女”で役割が違う
初日の出は創られた伝統
除夜の鐘はこうして生まれた
人生行事の「成人式」が年中行事になった
寒さ退治の柚子湯とかぼちゃ
一富士、二鷹、三茄子」、初夢のルーツ
なぜ「彼岸」に祖先の霊を迎えるのか
お彼岸とお盆が休みだという理由
女の子の災いを引き受けるお雛様というしきたり
紅葉狩りが教えてくれる多様性
西洋の年中行事の始まり「クリスマス」
女性がリードする年中行事がバレンタインデー
ハロウィーンは死者の祭り
●第2章 年中行事を味わう
鏡餅はなぜ丸い? 秘められた食のしきたり
おせち料理の献立は、福を呼ぶ「しきたり」がぎっしり
端午の節句に食べる柏餅は、福を呼ぶ
「八十八夜」に新茶を味わう
お中元はしきたり? 百貨店の“夏枯れ対策”
神嘗祭――『古事記』の世界がそのまま残る神事
●第3章 今時の年中行事
年中行事の中の「対」の法則
縁起の良い方角
禁忌(タブー)と呼ばれるもの
忌詞という考え方
季節の変わり目に何かが起こる
神への感謝がなくなってきた?
マンションなど、しめ飾りはどうすればいい?
床の間や和室がない家のしきたり
盆飾りの鉄則
SNSでは送信者の心までは伝わらない
「いいね」は単なる承認欲求?
インスタでの写真は、お手軽季節感?
第3部 家族に伝えたい年中行事
一月
 ■初日の出
 ■正月
 ■初詣で
 ■門松
 ■しめ飾り
 ■鏡餅
 ■おせち料理
 ■お屠蘇
 ■お年玉
 ■雑煮
 ■七草粥
 ■成人式
 ■七福神詣で
 ■左義長
二月
 ■節分
 ■恵方巻
 ■バレンタインデー
 ■春祭り
三月
 ■雛祭り
 ■お彼岸
 ■お墓参りの作法
四月
 ■お花見
 ■エイプリルフール
 ■花祭り
五月
 ■端午の節句
 ■母の日
六月
 ■衣替え
 ■父の日
 ■夏越の大祓
七月
 ■七夕
 ■土用の丑の日
 ■お盆
九月
 ■お月見
 ■重陽の節句
 ■敬老の日
 ■お彼岸と秋の七草
十月
 ■ハロウィーン
十一月
 ■紅葉狩り
 ■酉の市
 ■七五三
 ■秋祭り
十二月
 ■冬至
 ■クリスマス
 ■年越の大祓
 ■年越しそば
その他
 ■お中元とお歳暮
【わが家の年中行事一覧】
「あとがき」

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「しめ縄」をイラスト入りで説明



民俗学者の折口信夫は、年中行事を「生活の古典」と呼びました。彼は、『古事記』や『万葉集』や『源氏物語』などの「書物の古典」とともに、正月、節分、雛祭り、端午の節句、七夕、お盆などの「生活の古典」が日本人の心にとって必要であると訴えたのです。
いま、「伝統文化や伝統芸能を大切にせよ」などとよく言われますが、それはわたしたちの暮らしの中で昔から伝承されてきた「生活の古典」がなくなる前触れではないかという人もいます。



たとえば、伝統文化評論家で國學院大學客員教授の岩下尚史氏は、ブログ『大人のお作法』で紹介した本の中で「正月もそのうち実体がなくなる。おそらく今の八〇代の人たちが絶える頃には、寺社は別としても、古風な信仰を保つ人たちを除いては、単なる一月になるだろう」と予測しています。

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「おせち料理」をイラストで説明



文化が大きく変化し、あるいは衰退するのは、日本の場合は元号が変わった時であると言われます。明治から大正、大正から昭和、昭和から平成へと変わった時、多くの「生活の古典」としての年中行事や祭り、しきたり、慣習などが消えていきました。おそらく元号が変わると、「もう新しい時代なのだから、今さら昔ながらの行事をすることもないだろう」という気分が強くなるのでしょう。そして、平成も終わり、新しい元号へと変わります。来年の2019年4月30日、天皇陛下は退位されることになりました。平成は2019年の4月末で終わり、翌5月1日から改元されます。

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「節分」をイラスト入りで説明



平成は大きな変化の時代でした。なによりも日本中にインターネットが普及し、日本人はネット文化にどっぷりと浸かってしまいました。正月に交わしていた年賀状を出すのをやめ、メールやSNSで新年のあいさつを済ます人も多くなってきました。その平成も終わるのですから、新元号になったら、日本人の間の「もう新しい時代なのだから、今さら昔ながらの行事をすることもないだろう」という気分はさらに強くなるはずです。
しかし、世の中には「変えてもいいもの」と「変えてはならないもの」があります。年中行事の多くは、変えてはならないものだと思います。なぜなら、それは日本人の「こころ」の備忘録であり、「たましい」の養分だからです。

年中行事覚書 (講談社学術文庫)

年中行事覚書 (講談社学術文庫)



かつて、民俗学者の柳田國男ブログ『年中行事覚書』で紹介した本を書きました。日本の年中行事を考える上での基本テキストとして有名ですが、別の本で柳田が書いている正月(松の内)と盆を除いた、主として農村部での季節の行事が取り上げられています。そして、それぞれの年中行事の由来や変遷などについて柳田が推論しています。彼は、年中行事の記憶が失われることを恐れ、「今までわたしたちのまだ知らずにいたことが多いということと、誰もが気をつけて見ておこうとせぬうちに、消えてなくなろうとしている年中行事が、幾らもあるということを説くのに力を入れた。今ならばまだいろいろの事実は残っていて、なるほどそうだったということも出来るし、またどういうわけでこうなのだろうと、疑って見ることも出来る。共同の疑いがあれば、それに答えようとする研究者も必ず生まれるだろう。自分がまだはっきりと答えられないからといって、問題までをしまっておくのはよくないことだと思う」と述べています。

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「雛段飾り」をイラスト入りで解説



日本民俗学の創始者であった柳田には「これまでの年中行事を早く収集し、整理する必要がある。そうしないと、誰も知らなくなってしまう」という危機感がありました。『年中行事覚書』が刊行された昭和の中頃でさえすでに意味不明となってしまっていた慣習も多かったようです。その意味で、わたしは年中行事とは日本人の「こころ」の備忘録であると思いました。それと同時に、元号が変わる前の平のうちに、年中行事を早く収集し、整理する必要があると考えました。そうしないと、誰も知らなくなってしまう」という危機感をおぼえたのです。年中行事とは同じ暦日に毎年慣行として繰り返され続ける行事のことですが、それは時間を愛し、季節を大切にする日本人の「こころ」が支えています。そして、それは「こころ」よりももっと深いもの、そう、日本人の「たましい」の養分となるものです。

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「盆棚」をイラスト入りで解説



人間の本質は「からだ」と「こころ」の二元論ではなく、「からだ」と「こころ」と「たましい」の三元論でとらえる必要があります。宗教哲学者で京都大学名誉教授の鎌田東二氏は「体は嘘をつかない。が、心は嘘をつく。しかし、魂は嘘をつけない」と述べています。「嘘をつく心、嘘をつかない体、嘘をつけない魂」という三層が「わたし」たちを形作っているというのです。
日本人の「たましい」を「大和魂」と表現したのは、国学者本居宣長です。彼はその最大の養分を『古事記』という「書物の古典」に求めましたが、さらに折口信夫は正月に代表される「生活の古典」の重要性を説いたのです。書物の古典にしろ、生活の古典にしろ、昔から日本人が大切に守ってきたものを受け継ぐことには大きな意味があります。それは日本人としての時間軸をしっかりと打ち立て、大和魂という「たましい」を元気づけるからです。

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2冊揃えば、鬼に金棒!



大和魂とは、大いなる和の魂です。
それは平和を愛する「たましい」であり、美しい自然を愛し、さらには神仏を敬い、先祖を大切にする価値観の根となるものです。これから新しい時代が訪れても、日本人がいつまでも平和で自然を愛する心ゆたかな民族であり続けてほしい。そんな願いを込めて、わたしは本書を書きました。イラストを豊富にして読みやすくすることを心がけましたので、いつも近くに置かれて、季節の折々に手に取っていただければ幸いです。
決定版 年中行事入門』は6月20日に発売です。
どうか、一家に一冊、「こころ」の備忘録をお求め下さい!

決定版 年中行事入門

決定版 年中行事入門



2018年6月12日 一条真也

2018-06-11

「シニアガイド」終活探訪記インタビュー  

一条真也です。
11日、福岡空港から沖縄へ飛びます。翌日から全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回総会がサンレー沖縄のマリエールオークパイン那覇で開催されるのです。この日、国内最大級の高齢者向けサイトである「シニアガイド」にわたしのインタビュー記事がアップされました。

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シニアガイド」TOPページ



「葬送ジャーナリスト塚本優の終活探訪記」の第3回目です。1回目は終活分野に造詣が深い社会学者の星野哲氏、2回目は樹木葬墓地研究の第一人者である社会学者の井上治代氏でした。塚本優氏は1975年、早稲田大学法学部卒業。時事通信社などを経て2007年、『月刊 仏事』の編集長に就任。2013年、フリーの葬送ジャーナリストとして独立。葬祭・終活・シニア関連などの専門情報紙を中心に寄稿し、活躍しておられます。

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一条真也氏が提唱する『修活』論



インタビュー記事は「一条真也氏が提唱する『修活』論 “死を乗り越える死生観”を持つことが一番重要」のタイトルで、「『一条真也』とは、大手冠婚葬祭互助会・サンレー(本社北九州市小倉北区)の代表取締役社長佐久間庸和社長のペンネームです。経営者として多忙な日々を過ごす傍ら、一条真也のペンネームで著書90冊以上を上梓するなど作家や上智大学客員教授としても精力的に活動なさっています。一条氏は、『終活』ではなく『修活』を提唱されています。なぜ『修活』なのか。また、『修活』で重要なのはどういう活動なのかについて、お話をうかがいました」というリード文でスタート!

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一条真也氏が提唱する『修活』論



以下、5つの項目に沿ってインタビューのお答えしました。
●「終末」活動ではなく「人生を修める」活動を
【塚本】現在の終活をどのように見ていらっしゃいますか。
【一条】いま、世の中には「終活ブーム」の強い風が吹いています。多くの高齢者が、生前から葬儀やお墓の準備をしています。「終活」をテーマにしたセミナーやシンポジウムが花盛りで、私にもよく声がかかり、何度も講演をさせていただいています。
一方で、「終活」という言葉に違和感を抱いている方も多いようです。特に「終」の字が気に入らないという方に何人もお会いしました。
「終活」という言葉は、もともとは就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。私も「終末」という言葉には、違和感を覚えます。なぜなら、「老い」の時間をどう豊かに過ごすかこそ、本来の終活であると思うからです。そこで私は、「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しています。「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。考えてみれば、「就活」も「婚活」も、広い意味での「修活」ではないかと思います。学生時代の自分を修めることが就活であり、独身時代の自分を修めることが婚活だからです。そして、人生の集大成としての「修生活動」があります。かつての日本人は、「修業」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」ということを強く意識していました。自分から前向きに、積極的に修めることにより人格を高め、人間として成長することを目指したのです。「終活」という言葉には、死を間近にした人が、仕方なく死の準備をしてこの世から去っていくというニュアンスがあり、それではあまりに寂しすぎます。ですから私は、人生の最期まで「修生活動」をして人間として成長し、人生を堂々と卒業していくのが良いと考え、「修活」という言葉を提案しています。

人生の修め方

人生の修め方



●「迷惑をかけたくない」という言葉が問題
【塚本】現在の終活の問題・課題点として感じていらっしゃることをお聞かせ下さい。
【一条】今の終活で私が一番おかしいと思っているのは、「迷惑をかけたくない」という言葉です。流行語にもなった「無縁社会」のキーワードも、「迷惑」という言葉ではないかと思います。
「遺された子供に迷惑をかけたくないから、葬儀は簡素でいい」
「子孫に迷惑をかけたくないから、墓はつくらなくてもいい」
「招待した人に迷惑をかけたくないから、結婚披露宴はやりません」
などと、家族や隣人、友人に迷惑をかけたくないという言葉が日本中に広がることによって、人間関係がどんどん希薄化し、社会の無縁化が進んでいるように思えてなりません。
最近では、迷惑をかけたくないと言って、自殺する人も、孤独死する人も増えてきています。ひと言、助けて欲しいとSOSを出せばいいのに、迷惑はかけられないということでSOSは出さないわけです。しかし、家族や親戚にすれば、自殺や孤独死をされるほうが、よほど迷惑ではないでしょうか。
親が亡くなっても、皆さんに知らせないということにしても、親は家族だけの所有物ではありません。学生生活や仕事などを通じて、いろいろな仲間や友人などと人生を過ごしてきたのに、この世を去る時に誰にも知らせないというのは、極めておかしなことだと私は思います。
いずれにしても、いま流行っている終活というのは、「迷惑をかけたくない」ということを「錦の御旗」のようにして、葬儀を簡素にしたり、お墓をつくらなかったり、人と人のつながりをどんどん絶っていく方向にあるので、私は好ましくないと思っています。

人生の修活ノート

人生の修活ノート



【塚本】「迷惑をかけたくない」という言葉が「錦の御旗」にできるようになってきたのは、どうしてだとお考えですか。
【一条】「迷惑をかけたくない」という言葉は、実は口実にすぎないと私は考えています。迷惑をかけたくないと言うと、聞こえは非常に良いわけです。人様のことを思って、自分は我慢しているようなイメージがあるのでそう言っていますが、本音は「迷惑」ではなく「面倒」だという人が多いと思います。葬儀に皆さんに来ていただいて、接待したり、返礼したりするのは面倒だ。結婚式に皆さんに来ていただいて、ちゃんとした披露宴をするのは面倒だ。すべてにおいて、人をもてなしのは面倒だという本音を、迷惑をかけたくないという美名のもとに隠しているのです。
そもそも、家族や親しい友人とは、お互いに迷惑をかけあうものではないでしょうか。子供が親の葬儀を挙げ、子孫が先祖のお墓を守る。これは当たり前のことであって、どこが迷惑なのでしょうか。逆に言えば、葬儀を挙げたり、お墓を守ったりすることによって、家族や親族、友人などとの絆が強くなっていくのだと思います。迷惑をかけることで絆が強くなるということでは、阪神・淡路大震災や東日本大震災という未曽有の事態を体験した人は、家族や地域の結びつきが強くなっています。筋力トレーニングなどでも楽なメニューでは無理です。いつもよりハードなメニューで負荷を与えられ、ストレスを与えられることによって強靭な筋力がつきます。それと同じで、大変な経験をし、一種の負荷を与えられることによって、家族や親族、友人などとの絆は強くなっていくのです。



●「読書」で死の不安を乗り越える
【塚本】冒頭で、「終活」ではなく「修活」であるべきとおっしゃいましたが、「修活」としては何が重要だとお考えですか。
【一条】一番重要なのは、死生観を持つことだと思います。死なない人はいませんし、死は万人に訪れるものですから、死の不安を乗り越え、死を穏やかに迎えられる死生観を持つことが大事だと思います。
【塚本】一般の人が、そのような死生観を持てるようにするには、どのようにしたらよいでしょうか。
【一条】私がお勧めしているのは、読書と映画鑑賞です。
まず読書ですが、私は、『死が怖くなくなる読書』(現代書林)という本を上梓しました。自分が死ぬことの「おそれ」と、自分が愛する人が亡くなったときの「悲しみ」が少しずつ溶けて、最後には消えてゆくような本を選んだブックガイドです。人間は、例えば、ガンで余命1年との告知を受けたとすると、「世界でこんなに悲惨な目にあっているのは自分しかいない」とか、「なぜ自分だけが不幸な目にあうのだ」などと考えがちです。
しかし、本を読めば、この地上には、自分と同じガンで亡くなった人がたくさんいることや、自分より余命が短かった人がいることも知ります。これまでは、自分こそこの世における最大の悲劇の主人公と考えていても、読書によってそれが誤りであったことを悟ることができます。
また、死を前にして、どのように生きたかを書いた本もたくさんあります。例えば、正岡子規は、壮絶な闘病生活を送った末に亡くなりました。彼の『病床六尺』などを読むと、自分は社会人として生きてきて、子供も孫もいて、それでこの世を卒業していけるなら、良い方だなとか、ましな方だなと、自分を客観的に見られる視点も得られます。
さらに、仏教でも、キリスト教などでも良いですが、宗教の本を読むことによって、死に向かっての覚悟や心構えなどが得られます。
何もインプットせずに、自分一人の考えで死のことをあれこれ考えても、必ず悪い方向に行ってしまいます。ですから、死の不安を乗り越えるには、死と向き合った過去の先輩たちの言葉に触れることが良いと思います。

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本



●「映画」で死の不安を乗り越える
【塚本】映画鑑賞ということについてご説明ください。
【一条】私は、『死が怖くなくなる読書』の続編として、『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)という本を上梓しました。
長い人類の歴史の中で、死ななかった人間はいませんし、愛する人を亡くした人間も無数にいます。その歴然とした事実を教えてくれる映画、「死」があるから「生」があるという真理に気づかせてくれる映画、死者の視点で発想するヒントを与えてくれる映画などを集めました。私は、映画をはじめとした動画撮影技術が生まれた根源には、人間の「不死への憧れ」があると思っています。映画と写真を比較しますと、写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、「時間を殺す芸術」と呼ばれます。
一方、動画は、かけがいのない時間をそのまま「保存」するので「時間をいけどりにする芸術」です。そのことは、わが子の運動会などの様子をビデオカメラで必死に撮影する親たちの姿を見ても良く分かります。
「時間を保存する」ということは、「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画がつくられてきたのだと思います。
映画で今まで一番多くつくられたのは、「時間を超越する」映画だそうです。時間を超越するタイムトラベルを夢見る背景には、現在はもう存在しない死者に会うという目的があるのではないでしょうか。私は、『唯葬論』(サンガ文庫)という本で詳細に書いたのですが、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると考えています。
そして、映画とは「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあると思います。映画を観れば、私が大好きなヴィヴィアン・リーやオードリー・へプバーン、グレース・ケリーや、三船敏郎、高倉健にも、いつでも好きなときに会えますから。



【塚本】同様のことは、読書にも言えそうですね。
【一条】そうです。私は芥川龍之介、谷崎潤一郎、三島由紀夫などが好きなのですが、既に亡くなっている作家ばかりです。古典というのは、それを書いた人は総て亡くなっている人です。亡くなった人の言葉に触れるというのは、死者と交流しているわけです。読書は交霊術?と言っても良いと思うのです。そして、読書でこの世にいない死者の言葉に触れたり、映画で死者の姿を見るということは、自分もいつかあちらの世界に行くのだということを、自然と受け入れていく力があると思います。
【塚本】映画を観ると、死の不安を乗り越えられるというのは、特にどういうところでしょうか。
【一条】私は映画が好きで良く観るのですが、なるべく映画館で観るようにしています。映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなる感覚を覚えます。それはどうしてなのか考えてみたのですが、映画館で映画を観るというのは、実は臨死体験であるということを発見しました。どういうことかと言いますと、映画館では、私たちは闇の中からスクリーンに映し出された光を見ています。闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。ですから、闇から光を見るというのは、死者が正者の世界をのぞき見るという行為と同じなのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験と言うか、死を疑似体験するのです。ですから、映画をたくさん観て、死の不安を乗り越えていただきたいと思います。

葬式は必要! (双葉新書)

葬式は必要! (双葉新書)



●自分の理想の葬儀をイメージする
【塚本】死の不安を乗り越えるのに良い方法として、読書、映画以外ではいかがでしょうか。
【一条】自分の理想の葬儀を、具体的にイメージすることも、とても効果的だと思います。そのイメージが、これからの人生をいきいきと幸せに生きていくためのフィードバックになるからです。自分の理想の葬儀を具体的にイメージするとは、例えば、参列してくれる人たちの顔ぶれを想像してみます。そして、皆が「惜しい人を亡くした」と心から悲しんでくれる。敗配偶者からは「最高の連れ合いだった。あの世でも夫婦になりたい」と言われ、子供たちからは「お父さん(お母さん)の子で良かった」などと言われることを想像するのです。あるいは、友人や会社の同僚などが弔辞を読む場面を想像してみます。そして、そこには、あなたがどのように世のため、人のために生きてきたかが克明に述べられていることを想像してみるのです。自分の理想の葬儀の場面というのは、「このような人生を歩みたい」というイメージを凝縮して視覚化したものです。
そして、こうした葬儀のイメージを現実のものにするには、残りの人生を、そのイメージ通りに生きざるをえないのです。これは、まさに「死」から「生」へのフィードバックです。よく言われる「死をみつめてこそ生が輝く」とは、そういうことだと思います。自分の葬儀を考えることで人は死を考え、生の大切さを思えるのです。

ロマンティック・デス―月を見よ、死を想え (幻冬舎文庫)

ロマンティック・デス―月を見よ、死を想え (幻冬舎文庫)



●「死」はけっして不幸な出来事ではない
【塚本】死の不安を乗り越える死生観を持つこと以外で、特に大切だと考えられていることをお聞かせ下さい。
【一条】日本では、人が亡くなった時に「不幸があった」とか「ご不幸」などと呼びます。私たちは皆、必ず死にます。死なない人間はいません。いわば、私たちは「死」を未来として生きているわけです。その未来が「不幸」ならば、どんな素晴らしい生き方をしても、どんなに幸福感を感じながら生きていても、最後は不幸になるのなら、最初から負け戦に出ていくようなものです。亡くなった人はすべて「負け組」で、生き残った人は「勝ち組」なのでしょうか。そんな馬鹿な話はありません。
世界では、キリストでも、イスラムでも、上座仏教の国でも、死や葬儀は、悲しいことではあっても、不幸とは呼びません。
私も「不幸」とは絶対に呼ばないようにしています。そう言った瞬間、私は将来必ず不幸になってしまうと思うからです。死を不幸と呼んでいるうちは、人は絶対に幸せにはなれません。
では、どう呼べば良いのかというと、私は、死は「人生を卒業する」、そして葬儀は「人生の卒業式」と呼んでいます。終活においても、「不幸」という言葉は、絶対に使わないようにしていただきたいと思います。
【塚本】本日は、ご多忙のところをありがとうございました。



2018年6月11日 一条真也

2018-06-10

期待し過ぎは禁物   

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命というのは、風の前のろうそくのようなものだ。いつ、大風が吹いて、炎が消えてしまうかは誰にもわからない。幸運なことも、そうそうは起きない。だから、良いことばかりが起こると期待し過ぎてはいけない。(『高野雑筆集』)


一条真也です。
空海は、日本宗教史上最大の超天才です。
「お大師さま」あるいは「お大師さん」として親しまれ、多くの人々の信仰の対象ともなっています。「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名が示すように、空海は宗教家や能書家にとどまらず、教育・医学・薬学・鉱業・土木・建築・天文学・地質学の知識から書や詩などの文芸に至るまで、実に多才な人物でした。このことも、数多くの伝説を残した一因でしょう。

超訳空海の言葉

超訳空海の言葉



「一言で言いえないくらい非常に豊かな才能を持っており、才能の現れ方が非常に多面的。10人分の一生をまとめて生きた人のような天才である」
これは、ノーベル物理学賞を日本人として初めて受賞した湯川秀樹博士の言葉ですが、空海のマルチ人間ぶりを実に見事に表現しています。
わたしは『超訳 空海の言葉』(KKベストセラーズ)を監訳しました。
現代人の心にも響く珠玉の言葉を超訳で紹介しています。



2018年6月10日 一条真也

2018-06-09

「羊と鋼の森」

一条真也です。
6月9日、皇太子さま、雅子さまの東宮ご夫妻は銀婚式(ご結婚25周年)を迎えられました。心よりお祝いを申し上げます。ご夫妻は、いよいよ来年5月から新しい天皇・皇后になられるわけですが、今上天皇と皇后さまは最近、「羊と鋼の森」という日本映画を御覧になりました。東宮ご夫妻の銀婚式という晴れの日に、わたしも鑑賞いたしました。




ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。
「第13回本屋大賞に輝いた宮下奈都の小説を実写映画化。ピアノの調律のとりこになった一人の青年が調律師を志し、さまざまな人々とのすそ交流や、挫折を経験しながら成長していくさまを描く。主人公・外村を『四月は君の嘘』などの山崎賢人、外村の人生に大きく関わる調律師・板鳥をテレビドラマ「就活家族 〜きっと、うまくいく〜」などの三浦友和が演じる。『orange−オレンジ−』で山崎と組んだ橋本光二郎がメガホンを取り、『高台家の人々』などの金子ありさが脚本を担当」

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また、ヤフー映画の「あらすじ」には、以下のように書かれています。
「北海道育ちの外村直樹(山崎賢人)は、高校でピアノの調律師・板鳥宗一郎(三浦友和)と出会い、板鳥の調律したピアノの音色がきっかけで調律師を目指すことに。やがて板鳥のいる楽器店で調律師として働き始め、先輩に同行した仕事先で高校生の姉妹ピアニスト和音と由仁に出会う」

羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)



この映画の原作は、ブログ『羊と鋼の森』で紹介した小説です。
それにしても『羊と鋼の森』とは不思議なタイトルですが、羊とは「ピアノの弦を叩くハンマーに付いている羊毛を圧縮したフェルト」、鋼とは「ピアノの弦」、そして森とは「ピアノの材質の木材」を表します。羊のハンマーが鋼の弦をたたくことによって、聴く者を音楽の森に誘うという意味もあり、もう書名からしてこの上なく文学的ですね。




原作小説を読み終えて思ったことは、「この作家は本当に小説を書くことが好きなのだな」ということでした。良い意味で文学少女がそのまま大人になったようなピュアな心を感じました。冒頭の「森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。」という一文からも、作者の小説への愛情がひしひしと伝わってきます。




羊と鋼の森』に話を戻しましょう。この小説を読んで、ピアノに対する見方が変わりました。もちろん昔から自宅にはピアノが置かれていたわけですが、演奏の心得のないわたしにとっては単に大きな家具でしかありません。しかし、この小説にはピアノが以下のように表現されているのです。
「ピアノは一台ずつ顔のある個々の独立した楽器だけれど、大本のところでつながっている。たとえばラジオのように。どこかの局が電波に乗せて送った言葉や音楽を、個々のアンテナがつかまえる。同じように、この世界にはありとあらゆるところに音楽が溶けていて、個々のピアノがそれを形にする。ピアノができるだけ美しく音楽を形にできるよう、僕たちはいる。弦の張りを調節し、ハンマーを整え、波の形が一定になるよう、ピアノがすべての音楽とつながれるよう、調律する」(『羊と鋼の森』p.22)




ピアノがあれば、そしてピアノを弾けば、いつでも世界とつながることができるなんて、なんて素敵なことでしょうか。その調律という作業も奥深いわけですが、外村は「どのような音を目指せばいいのか」について悩みます、そんなとき、外村がこの道に入るきっかけとなった天才調律師の板鳥は、「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」という言葉を紹介します。小説家の原民喜の言葉ですが、おそらくは作者の宮下氏の座右の銘なのではないかと思います。




映画「羊と鋼の森」では、鈴木亮平演じる先輩調律師の柳と山崎賢人演じる主人公の外村がいろんなピアノの音を整えていきます。それぞれのピアノにはさまざまな持ち主がいて、彼らはさまざまな人生を背負っています。鈴木亮平がピアノの調律師を演じると知ったとき、最初は違和感をおぼえたのですが、映画では自然に演じられていました。西郷隆盛からピアノの調律師までを演じるなんて、役柄の広い俳優さんだと思います。




それから、主役の山崎賢人も良かったです。これまで多くの少女漫画が原作のスイーツ映画に出演し、「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」(2017年)の東方仗助役、「斉木楠雄のΨ難」(2017年)の斉木楠雄役など、最近は異色の役も目立ちましたが、ようやく山崎賢人らしい役にめぐりあえたという感じでした。北海道の山林で育った純粋で繊細な外村青年のキャラクターを見事に演じていましたね。彼は少女漫画に登場する王子様のような、あるいは昭和のアイドル歌手のような顔をしているのですが、その雰囲気は落ち着いていて上品でした。




外村の先輩の柳ですが、繊細な神経の持ち主で、不自然なものを見ると気分が悪くなるような人物でした。たとえば、公衆電話は目立つように不自然な黄緑色になっていますが、そういうものが目に入ると気分が悪くなります。派手な看板なども憎んでいて、「世界の敵」だと言っていました。気分が悪くなったとき、彼はメトロノームで救われました。ねじまき式のメトロノームのカチカチカチカチという音を聴いているうちに落ち着くことを発見したのです。原作者の宮下氏はメトロノームのことを「何かに縋って、それを杖にして立ち上がること。世界を秩序立ててくれるもの。それがあるから生きられる、それがないと生きられない、というようなもの」と表現していますが、これは「儀式」そのものであると、わたしは思いました。儀式とは何よりも世界に秩序を与えるものです。それは、時間と空間に秩序を与え、社会に秩序を与え、そして人間の心のエネルギーに秩序を与えます。



ブログ『言語としての儀礼』で紹介した本で、著者であるイギリスの牧師で神学者のロジャー・グレンジャーは、儀礼の本質を「人類全体の初原状態を一時的に再現」することにあると述べています。
ピアノの調律というのも「初原状態の再現」にほかなりません。さまざまな原因から狂った音を初原状態に戻すという「初期設定」を行うのです。しかし、ピアノの調律は「初期設定」だけでは不十分です。顧客の「これからは、もっと明るい音にしたい」といった要望に応える、いわば「アップデート」も求められます。これは、儀礼の場合もまったく同じことです。

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決定版 冠婚葬祭入門』(実業之日本社)



拙著『決定版 冠婚葬祭入門』(実業之日本社)では、こう書きました。
「冠婚葬祭のルールは変わりませんが、マナーは時代によって変化していきます。最近、情報機器の世界では『アップデート』という言葉をよく聞きます。アップデートによって新しい機能が追加されたり、不具合が解消されたりするわけです。冠婚葬祭にもアップデートが求められます。基本となるルールが『初期設定』なら、マナーは『アップデート』です。本書は、現代日本の冠婚葬祭における『初期設定』と『アップデート』の両方がわかる解説書だと言えるでしょう」

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儀式論』(弘文堂)


拙著『儀式論』(弘文堂)の第6章「芸術と儀式」にも詳しく書いたように、もともと儀式と音楽は分かちがたく結びついていました。そのことを最初に指摘した人物こそ、儒教の開祖である孔子です。孔子は、儀礼と音楽とを合わせて「礼楽」という言葉を使いました。『礼記』では「礼楽」について、「楽は同じくすることをなし、礼は異にすることをなす同じければすなはちあひ親しみ、異なるときはすなはちあひ敬す」と述べられています。その意味は、「音楽というものは、いろいろな階級や立場の異なりを超えて、人々の心をひとつにするものである。儀礼というものは、乱れる人間関係にけじめを与えるために、おのおのに立場の異なりをはっきりさせるものである。楽しみをともにするときはおのおのあい親しみ、おのおのが自己の位置と他人の立場を意識するときは、相手の立場や意見を尊重する気持がおこってくる」といったところです。

礼記 (中国古典新書)

礼記 (中国古典新書)



映画「羊と鋼の森」にも儀式の場面が登場します。それも葬儀と結婚式という人生の二大儀式の場面です。まず、葬儀は外村の祖母の葬儀です。吉行和子が演じました。祖母が危ないという報せが入り、外村は急いで実家に戻りましたが、間に合いませんでした。家族と、数少ない親戚、それに集落の人々が集まって、山でささやかな葬儀が営まれます。それは、いわゆる「野辺の送り」と呼ばれる葬送儀礼で、葬式行列も組まれました。




この古き良き日本の葬儀のようすを見ながら、わたしはブログ「万引き家族」で紹介した前日観た映画を連想しました。「万引き家族」にも樹木希林演じる初枝という老婆が登場しますが、彼女が亡くなっても葬儀はあげられませんでした。吉行和子にしろ、樹木希林にしろ、日本映画界を代表するベテラン女優ですが、彼女たちが演じた老女の最後の送られ方はまったく違ったものでした。




一方の結婚式のほうは、柳の結婚披露パーティーが描かれています。柳と外村がピアノの調律をした姉妹の姉である和音がピアノを弾くことになり、外村が調律をしました。
宮下氏は、この上なく幸福なようすを以下のように書いています。
「若草色のドレスを来た和音が、やわらかいピアノを弾きはじめる。荘厳というよりはすがすがしくて、最初は何の曲を弾き出したのかわからなかった。結婚行進曲。しあわせなふたりを親しい人たちで讃える、祝福の曲。装飾音符を、和音はゆっくりとまるで主旋律のように弾く。夢のように美しく、現実のようにたしかに。拍手の中を、新郎新婦が笑顔で入ってくる。テーブルの間を通っていくときに、照れくさそうにこちらに会釈をした」
(『羊と鋼の森』p.236)




映画「羊と鋼の森」には、結婚披露宴のバンケットの広さ、参加者の人数、食器の音などを配慮したピアノの調律が行われる場面が登場しますが、これこそ真の芸術ではないかと思いました。ラストが幸せな結婚披露パーティーの場面で終わったことからもわかるように、この映画は優しさに満ちています。登場人物にも悪人はいません。そして、ピアノの調律師になった外村だけでなく、すべての仕事でプロを目指す若い人たちにエールを送っていると感じました。外村は、羊のハンマーが鋼の弦をたたくことによって生まれる音楽の森を歩む人生を選びました。「今日」という日が「残された人生における第一日目」という厳粛な事実に無頓着では充実した人生は望めません。ぜひ、わたしたちも自らが選んだ仕事を「天職」であると思って、自らが理想とするプロを目指し、悔いのない人生を送りたいものです。

澁澤龍彦 西欧芸術論集成 上 (河出文庫)

澁澤龍彦 西欧芸術論集成 上 (河出文庫)



最後に、芸術について述べたいと思います。
作家・評論家の澁澤龍彦は、「楽器について」という秀逸なエッセイにおいて、「芸術」そのものの本質を語っています。まず澁澤は、オランダの文化史家であるホイジンガの名著『ホモ・ルーデンス』を取り上げます。この本で「人間の文化は遊びとともに発達した」と主張したホイジンガは、「音楽は人間の遊戯能力の、最高の、最も純粋な表現である。そこには何ら実利的目的はない。ただ快楽、解放、歓喜、精神の昂揚が、その効果として伴っているだけである」と述べています。
これに対して澁澤は、「まことにホイジンガのいう通り、音楽ほど純粋な芸術はなく、それは私たちを日常の現実から救い上げて、一挙に天上の楽園に運んでくれるものだろう」と感想を記しています。

ホモ・ルーデンス (中公文庫)

ホモ・ルーデンス (中公文庫)



ヨーロッパの中世の宗教画には、かわいい天使たちが手にいろんな楽器をもって音楽を奏でている場面が描かれています。現代日本の結婚式場やチャペルのデザインなどにも、よく使われていますね。澁澤は、その天使の楽器について、さらに「天上」というキーワードを重ねて、「たしかに最高の音楽は、いわば天上的無垢、天上的浄福に自然に到達するものと言えるかもしれない。アンジェリック(天使的)という言葉は、たぶん、音楽にいちばんふさわしい言葉なのである」と述べています。英語でもフランス語でもドイツ語でも「遊ぶ」という言葉と「演奏する」という言葉は同じです。英語では「プレイ」ですが、日本語でも「遊ぶ」という表現は、古くは「神楽をすること」あるいは「音楽を奏すること」という意味に用いられました。




ここで、わたしが思い浮かべるのが、ブログ「おくりびと」で紹介した映画の主人公です。納棺師になる前の主人公はチェロ奏者でした。チェロ奏者とは音楽家であり、すなわち、芸術家です。そして、芸術の本質とは、人間の魂を天国に導くものだとされます。素晴らしい芸術作品に触れ心が感動したとき、人間の魂は一瞬だけ天国に飛びます。絵画や彫刻などは間接芸術であり、音楽こそが直接芸術だと主張したのは、かのヴェートーベンでした。すなわち、芸術とは天国への送魂術だというのです。

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唯葬論』(サンガ文庫)



拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の第7章「芸術論」にも書きましたが、わたしは、葬儀こそは芸術そのものだと考えています。なぜなら葬儀とは、人間の魂を天国に送る「送儀」にほかならないからです。人間の魂を天国に導く芸術の本質そのものであると確信しています。しかし、いわゆるファインアート(造形美術)や音楽を職業とする芸術家たちの多くはその真理を理解することができません。わたしが「葬儀こそは芸術そのもの」という自説を唱えると、露骨に不愉快な顔をする者さえいます。彼らは、冠婚葬祭を世俗主義のきわみのように考えているようですが、まったく考えの浅い連中ですね。




映画「おくりびと」で描かれた納棺師という存在は、真の意味での芸術家です。送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりえるのです。「遊び」には芸術本来の意味がありますが、古代の日本には「遊部(あそびべ)」という職業集団がいました。これは天皇の葬儀に携わる人々でした。やはり、「遊び」と「芸術」と「葬儀」は分かちがたく結びついているのです。天皇といえば、5月24日に「羊と鋼の森」を御覧になった天皇陛下は映画の鑑賞後、天皇陛下は監督に「良い映画を観せてもらいました」と述べられたそうです。




2018年6月9日 一条真也

2018-06-08

「万引き家族」

一条真也です。
8日、わたしが少年時代に憧れていたマドンナにお会いしました。
女優の吉沢京子さんが小倉ロータリークラブの例会にメイキャップに来られたのです。吉沢さんといえば、わがペンネームの由来になった一条直也が大活躍する「柔道一直線」のヒロイン役を演じました。わたしが「一条真也」の名刺をお渡しすると、吉沢さんは驚かれて「まあ、一条さん!」と言われました。本当は、ミキッぺの口調で「一条く〜ん!」と呼んでほしかった!
さて、公開されたばかりの日本映画「万引き家族」を観ました。
第71回カンヌ国際映画祭「コンペティション」部門に正式出品され、最高賞であるパルムドールを受賞した話題作です。





ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『誰も知らない』『そして父になる』などの是枝裕和監督による人間ドラマ。親の年金を不正に受給していた家族が逮捕された事件に着想を得たという物語が展開する。キャストには是枝監督と何度も組んできたリリー・フランキー、樹木希林をはじめ、『百円の恋』などの安藤サクラ、『勝手にふるえてろ』などの松岡茉優、オーディションで選出された子役の城桧吏、佐々木みゆらが名を連ねる」

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また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「治(リリー・フランキー)と息子の祥太(城桧吏)は万引きを終えた帰り道で、寒さに震えるじゅり(佐々木みゆ)を見掛け家に連れて帰る。見ず知らずの子供と帰ってきた夫に困惑する信代(安藤サクラ)は、傷だらけの彼女を見て世話をすることにする。信代の妹の亜紀(松岡茉優)を含めた一家は、初枝(樹木希林)の年金を頼りに生活していたが・・・・・・」




カンヌのパルムドールを受賞した話題作の公開初日とあって、映画館はほぼ満員でした。しかし、正直言って、わたしは「つまらない映画だな」と思いました。わたしは「あらゆる映画を面白く観る」主義者で、あまり観た映画を悪く言わない人間なのですが、この作品は本当につまらなかった。つまらないというより、腹が立って仕方がありませんでした。




まず、「万引き」という犯罪行為を肯定的に描いているところが許せません。「万引き家族」では、スーパーマーケットだけでなく、老人が1人でやっている小さな商店からも万引きします。万引きという犯罪によってどれだけ多くのスーパーや商店が経営的にダメージを負っており、ひいては閉店に追い込まれる店もあるのか・・・その事実をわかっているのでしょうか。「それでは、殺人も犯罪だが、殺人が出てくる映画は多いではないか」と言う輩もいるかもしれませんが、エンターテインメントとしての犯罪映画なら理解できても、「万引き家族」のようなリアリズムの映画で、小さな子どもが万引きをする場面は非常に不愉快でした。




そう、この映画はリアリズムというか、かつてのイタリアのネオレアリズモ映画を連想させました。「無防備都市」ロベルト・ロッセリーニ(1945年)、「自転車泥棒ヴィットリオ・デ・シーカ(1948年)、「揺れる大地」ルキノ・ヴィスコンティ(1948年)などが代表的作品です。パルチザン闘争、労働者の要求、市民の暴動といった主題が多かったネオレアリズモですが、要するに反体制や社会批判の映画ですね。特に、「自転車泥棒」が「万引き家族」に似ていると思います。




自転車泥棒」には、イタリアの貧困層の父子が登場します。役所の広告貼りの仕事を得た失業労働者である父が、仕事に必要な自転車を盗まれてしまい、息子とローマの街を歩き回って自転車を探す物語です。どうしても自分の自転車が見つからずに途方に暮れた父は、ついに他人の自転車を盗もうとするのでした。
自転車泥棒」も「万引き家族」も、ともに「犯罪を行う者が悪いのではない。犯罪を行わせる社会が悪いのだ」というメッセージを秘めています。そして、このネオレアリズモの匂いを放っていることは、「万引き家族」がカンヌのパルムドールを受賞したことと決して無縁ではないと思います。




これまで、是枝監督の映画はことごとくカンヌ映画祭に招待され、スタンディングオベーションを受けるなど、毎回のように絶賛されてきました。アカデミー賞の外国語映画賞などにはノミネートされないわけですから、アメリカでは受けなくてヨーロッパで受ける作品なのでしょう。
もともと、1980年代の終わりに撮影所システムが実質的に終焉してから、日本映画の中から尖鋭化した作品群が出現しました。北野武、黒沢清、河瀬直美といった個性的な作家たちの映画が代表的ですが、それらの作品はヨーロッパでのシネフィル的評価へとつながっていきました。是枝監督の一連の映画もその流れにあると見ることができます。




巣鴨子供置き去り事件をモチーフにして、「フランダース国際映画祭」のグランプリに輝いた「誰も知らない」(2004年)などもそうですが、是枝監督の作品にはいつも「家族」さらには「血縁」というテーマがあります。
「血がつながっているのに」という作品が「誰も知らない」。
「血はつながっていなくとも」が「そして父になる」。
「血がつながっているのだがら」が「海街diary」。
「血がつながっていても」が「海よりもまだ深く」。
そのように、わたしは思いました。そして今回の「万引き家族」は一見、「誰も知らない」と「そして父になる」の間にあるようにも思えますが、その本質は「やっぱり血がつながっていないから」ということではないでしょうか。




万引き家族」に登場する人々は本物の家族ではありません。いわゆる「疑似家族」です。彼らは情を交わし合っているかのように見えますが、しょせんは他人同士の利益集団です。もちろん、家族などではありません。ここだけはもうネタバレ承知で書きますが、家族ならば樹木希林扮する初枝が亡くなったとき、きちんと葬儀をあげるはずです。それを彼らは初枝の遺体を遺棄し、最初からいないことにしてしまいます。わたしは、このシーンを観ながら、巨大な心の闇を感じました。1人の人間が亡くなったのに弔わず、「最初からいないことにする」ことは実存主義的不安にも通じる、本当に怖ろしいことです。初枝亡き後、信代(安藤サクラ)が年金を不正受給して嬉々としてするシーンにも恐怖を感じました。

精神現象学

精神現象学



そもそも、「家族」とは何でしょうか。哲学者ヘーゲルは、ブログ『精神現象学』で紹介した主著において、「家族の最大の存在意義とは何か」を考察しました。そして、家族の最大の義務とは「埋葬の義務」であると喝破しました。どんな人間でも必ず死を迎えます。これに抵抗することはできません。死は、自己意識の外側から襲ってくる暴力といえますが、これに精神的な意義を与えて、それを単なる「自己」の喪失や破壊ではないものに変えること。これを行うことこそ、埋葬という行為なのです。家族は、死者を埋葬することによって、彼や彼女を祖先の霊のメンバーの中に加入させるのです。これは「自己」意識としての人間が自分の死を受け入れるためには、ぜひとも必要な行為なのであると、ヘーゲルは訴えました。わたしも同意見です。



ヘーゲルの哲学はこれまでマルクス主義につながる悪しき思想の根源とされてきました。しかし、わたしは、ヘーゲルほど、現代社会が直面する諸問題に対応できる思想家はいないと思っています。『唯葬論』(サンガ文庫)でも、彼の「埋葬の倫理」を詳しく紹介しました。このヘーゲルの「埋葬の倫理」があったからこそ、宗教を否定する共産主義国家でも葬送儀礼は廃止されなかったのだと思います。




共産主義といえば、いま東京の岩波ホールで「マルクス・エンゲルス」という映画が上映されています。共産主義を唱えたカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの若き日の活躍を描いた人間ドラマです。産業革命が社会構造のひずみから経済格差を生み出していた1840年代のヨーロッパが描かれています。そこでは貧困の嵐が吹き荒れ、不当な労働条件がはびこっていました。「万引き家族」にも、格差社会、独居老人などに代表される現代日本社会への批判的視点も感じますが、中途半端です。そういうものを期待する人なら、「マルクス・エンゲルス」を観たほうがいいと思います。




万引き家族」で最も印象的だったのは児童虐待の描写でした。
じゅり(佐々木みゆ)が実の親から虐待を受けるエピソードはやはり心が痛みます。最近、5歳の女の子が実の母親とのその交際相手に虐待され、その結果、死亡するという事件がありました。女の子は大学ノートに「ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」と鉛筆で反省文を書いていたそうです。「万引き家族」のじゅりも、実の母親から何かというと「ごめんなさい」と言わされます。このシーンでは、どうしても現実の事件とオーバーラップしてしまいました。このような悲劇を二度と繰り返さないためには、どうすればよいのでしょうか? 
じつは、そのための具体案がわたしにはあるのですが、話が長くなるので、ここでは書きません。わたしも忙しいのです。ということで、また今度!



2018年6月8日 一条真也

2018-06-07

『半分生きて、半分死んでいる』    

半分生きて、半分死んでいる (PHP新書)


一条真也です。
『半分生きて、半分死んでいる』養老孟司著(PHP新書)を読みました。解剖学者である著者が「Voice」に連載した時評コラムをまとめたものです。本一冊分になったら連載をやめていいということで、一冊分だけ書いたそうです。わたしが「サンデー毎日」に連載したコラムも同じような事情で、本一冊分だけ連載しようと決めていました。6月28日に『人生の四季を愛でる〜「こころ」を豊かにする「かたち」』のタイトルで毎日新聞出版社から新書本として刊行される予定なので、その参考にと思って本書を読んだ次第です。

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本書のカバー裏



本書のカバー表紙には著者の写真とともに、「平成とは、すべてが煮詰まった時代」「『宙ぶらりん』の立場だから真理が見える」と書かれています。
またカバー裏表紙には、以下のような時評コラムのタイトルの一部が並んでいます。
●人文学で何を教えるか
●人口が減る社会
●米軍の「誤爆」
●意識をもつことの前提
●コンピュータとは吹けば飛ぶようなもの
●「平成」を振り返る



さらにカバー前そでには、以下のように書かれています。
「ある大学で『養老さんじゃないですか、もう死んだと思ってました』と話しかけられた著者。『要するにすでに死亡済み。そう思えば気楽なもの』と嘯き、超越した視点で『意識』が支配する現代社会の諸相を見つめる。人工知能が台頭する時代に『コンピュータは吹けば飛ぶようなもの』と語り、平成においては『万物が煮詰まった』と述べ人口や実体経済の限界が見えた時代の生き方を考える。現代の問題は『一般論としての人生と、個々の人生の乖離』と述べ、一般化からこぼれ落ちた個々の生へ眼差しを向ける。現代人の盲点を淡々と衝く一冊」



本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「まえがき」
第一章 どん底に落ちたら、掘れ
第二章 社会脳と非社会脳の相克
第三章 口だけで大臣をやっているから、口だけで首になる
第四章 半分生きて、半分死んでいる
第五章 「平成」を振り返る
「総論――あとがきに代えて」



本書には全部で48のコラムが収められていますが、いずれも時事ネタを扱っていながら、物事を真理を鋭くとらえています。80代となった著者も肩の力を抜きながら、軽いタッチで書いており、非常に読みやすいです。わたしは、一種の名言集のように思えました。無粋を承知で、印象深かった文章を以下に抜粋させていただきます。



どうして、あちこち煮詰まってばかりいるのか。なにより情報化が大きいであろう。何事であれ、一瞬で世界に伝わる。それなら儲かること、面白いことは、アッという間に広がる。すぐに行くところまで行って煮詰まる。順列組合せはものすごい数があるから多様に見えるが、見ようによっては同じ事の繰り返し。アルファベットで書かれた本は理論的にはすべてが既知である。ボルヘスの「バベルの図書館」である。英文なら26文字を組み合わせればいいからである。ピリオドやコンマ、空白も要るけど。それなら書籍は論理的にはとうに煮詰まっている。(「煮詰まっている現代人」)



国立大学の人文・社会学は縮小したほうがいい。文部科学省がそういう通達を出したらしい。その言い分がわからないわけではない。弱小の私立大学を見ればわかる。人文系の学科に学生が集まらない。うっかりすると定員割れになる。そもそも就職先がない。つまり世間がそういう学問の必要性をあまり感じていない。ところがとくに古い、つまり伝統のある大学では、学科や学部は祖先の墓みたいなもので、なかなか潰せない。いらないんだから、削ったら。文科省はそう勧めたのであろう。
それをいうなら、いちばんいらないのは文科省かもしれない。大学人には、ときどきそれをいう人がある。文科省があるのはもともと義務教育があるからで、大学はフロクである。とくに昔は大学出は少なかった。大学なんてなくたって、本当に必要なら民間がやるに違いない。ハーヴァード大学だって私立である。ドイツならほぼすべて国立大学で、どっちがいいかといって、大差はないであろう。昔風にいうなら「遅れた国」では大学が国立なのである。(「人文学で何を教えるか」)



そもそも人文・社会学系の学科で「何を教える」のか。日本の大学で教えないものがある。それは考える方法である。それをいうと、すぐに「それは哲学でしょう」といわれてしまう。縦割りの弊害ですなあ。言葉を使って考える。それが人文・社会学の基本のはずである。それを学生に叩き込んでいない。だから卒業しても役に立たない。(「人文学で何を教えるか」)



たぶん哲学科の中に、歴史も法学も経済学も含めていいのであろう。哲学自身を学ぶことを哲学だと思っているから、哲学なんかいらない、といわれてしまう。一文にもならないじゃないか。でも、ソクラテスはアテネの民衆から死刑を宣告された。哲学はそこまでは社会的な力があるのだが、いまでは哲学者自体がそう思っていないであろう。死刑になってはたまらないからね。(「人文学で何を教えるか」)



すでに世界では50に近い国が屋内禁煙を実施しているという。日本はご存じのように世界でも屈指の先進国であり、ブータンですら国内禁煙なのだから、先進国としてのわが国で禁煙が進まないのは恥ずべきことである。次回のオリンピックは東京で開かれる。その東京がタバコの煙だらけで、間接喫煙の害を観光客が被る。そうした指摘が外国人からあれば、まさしく国辱であろう。仮の話だが、偉大なる我らが首領様が統治される隣国でオリンピックが行なわれるとしたら、鶴の一声、たちまち全国禁煙が実施されるに違いない。違反者は察するに公開処刑か。世界で初めて国家規模で禁煙を普及させようとしたのは、かのヒットラー総統である。ユダヤ人を600万人殺す代わりに、間接喫煙の被害者を減らそうとした先見の明に、あえて敬意を表さざるをえない。(「禁煙主義者として」)



コンピュータに仕事を取られる。その心配もよく聞く。私の答えは簡単である。コンピュータのコンセントを抜けばいいじゃないですか。そう言うと、当然反論が出る。自分でコンセントを入れるコンピュータがいずれできますよ。時代が変われば、倫理は変わる。コンピュータが発達した世界で、自分で動くコンピュータを作るのは、私にいわせれば違法行為である。コンピュータの電源はヒトが左右しなければならない。(「人工知能の時代に考える」)



人間不在とは、二人称が減ることである。現代に存在するのは「人」という概念、プラトンのイデア的な人であろう。メディアにはテロリストがいるし、ヘイト・スピーチには朝鮮人や中国人がいる。だから、ナチの収容所をいくつか生き延びて出たヴィクトール・フランクルは『夜と霧』を書いた。この本の中にユダヤ人という言葉は1つもない。ナチもないと思う。国連事務総長だったワルトハイムは、若いころヒットラー・ユーゲントだったと非難された。あのときフランクルはワルトハイムを擁護し、多くの「ユダヤ人」に非難された。フランクルにとって、ワルトハイムは二人称だった。
(「殺しのライセンス」)



憲法というと第九条という話になるが、実際に大きかったのは家制度を代表とする、民法の変化であろう。戦争はたまにしかないが、生活は日常である。その日常の常識を変えたことが、世間に影響しないはずがない。たとえば核家族が増えた。その結果は単身所帯の増加で、横浜市なら3分の1が単身所帯だという。畳の上で大勢がゴロゴロしていた昔が嘘みたいである。そもそも単身を所帯ということ自体がヘンだが、そういわれているから仕方ない。(「公が消える時代」)



若者がときどき亡くなる。家族がやりきれないのは、よくわかるような気がする。だからあれこれ言ってみたりするのかもしれないが、亡くなった人を戻すことはできない。冷たいようだが、それは誰でも知っている。親しい人との別離は痛み、傷である。脳科学はそうした別れと身体の外傷では、苦痛に関して脳の同じ場所が働くことを示している。子どもと死に別れた親、恋人と別れた人は、脳から見れば、大きな傷を負ったときと痛みは同じである。それは脳を調べなくたってよくわかっているから、言葉がそこでは共通している。別離はまさに心の痛みである。(「半分死んでいる」)



天皇制は政治面から扱われることが多い。しかし文化伝統と政治は、その社会の車の両輪である。天皇制はその両輪を象徴している。政治家がおよそ文化的とは思われなくなったのは、いつごろからだろうか。間違いなく平成以前からであろう。文化庁関係の予算を一気に増やしたのは小泉内閣であり、それ以後ほとんど増えていない。文化庁関係の人にそう聞いたことがある。「小泉内閣の功罪」がネット上で論じられているのを調べてみたが、文化予算に触れたものには気づかなかった。要するに政治に比較したら、日本国民にとって、文化はどうでもいいものらしい。その意味で日本を「文化国家」ということはできない。(「日本は文化国家ではない」)



オウム真理教を頂点とするカルト・ブームは去った。しかし人の本性は変わらない。それが世界的なハリー・ポッター・ブームに引き継がれたのだと私は思う。発行部数は4億5000万冊を突破したと聞いた。理性的な意識を中心とする現代社会の文学は、ファンタジーを希求する部分を、いわば下等なものとしてそぎ落してきた。マンガやファンタジーの流行の裏には、それがある。両者はともに、ジャンルそのものが最初から仮構であることを明示している。そこが重要なのである。そこでは人は安心して仮構の世界に浸る。宗教の大きな機能がそこにあったが、意識的なこと社会は宗教という形をなし崩しに壊してきた。平成という時代はその頂点であるのか、まだこの意識より傾向が続くのか、私は判断できない。
(「オウム真理教からハリー・ポッターへ」)



東北の震災は貞観年間の地震とよく似ているといわれる。千年に一度の地震だった。歴史上では、そのほぼ十年後には、武蔵・相模の地震が来ている。さらにその約十年後には、東南海地震が来た。そのスケジュールがそのまま繰り返されるわけではない。しかしこれを現在に当てはめると、来るべき東京オリンピックの年ぐらいには、東京に直下型大地震が起こっても不思議はない。さらに2040年ごろ、たとえば室戸岬の沈降などからもっと具体的に予測する専門家は、2038年には東南海地震が来るという。その場合の予想される被害は、東国の震災の一桁上だとされる。
(「何を復興というべきか」)



これだけ情報が進み、しかも多くの人に時間ができた。それなら考えることは、すでに十分ではないのだろうか。思えばさまざまな規制が進み、やかましい世の中になった。ネットを見れば、議論は山のようにある。議会は法律を作り続ける。それはすべて言葉、情報である。本を書いているから、ますます思う。もはや問題は言うことではない。するということではないか。
日本史にもすでにその先例はいくつもある。大塩平八郎、三島由紀夫。いずれも一種のテロになってしまった。言うだけでなく、すること。後者の方がむずかしい。努力、辛抱、根性が必要である。それが現代では人気がないことはよくわかっている。「じゃあ、どうすればいいんですか」と、すぐに訊くからである。自分の生き方くらい、自分で考えたらいかが。私はそう答える。(「人は何のために生きるのか」)



2018年6月7日 一条真也

2018-06-06

「久高オデッセイ」シンポジウム   

一条真也です。
6月5日、ブログ「小倉昭和館」で紹介した名画座において、ブログ「久高オデッセイ」で紹介した映画の完結篇「風章」の上映会が行われました。あいにくの大雨でしたが、多くの方が来場されて満員になりました。この映画には株式会社サンレーが協賛し、わたし個人も協力者の1人です。上映会には父であるサンレーの佐久間進会長も来てくれました。

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上映前の小倉昭和館
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上映直前に法螺貝を吹く鎌田先生




映画の上映前には、製作者である「バク転神道ソングライター」こと鎌田東二先生が法螺貝を吹かれました。映画の上映後はシンポジウムが開催されました。テーマは「久高の魂と自然島の霊性」で、「古代以前の時代、先人たちの足跡、人々の生と死、育まれる命の息吹、死にゆく命の鼓動、人生儀礼としての祭祀。人間の魂が身体を脱ぎすて、海の彼方へ、原郷へ」などが語り合われました。ブログ「小川裕司氏」で紹介した写真家の方がコーディネーターで、パネリストは鎌田東二先生、作曲家の藤枝守氏、そして小生の3人です。

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エンドロールには「サンレー」の名が!
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シンポジウムのようす
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パネリストの3人
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登壇したわたしは、映画を観た感想を聞かれ、以下のように述べました。
わたしは「久高オデッセイ 風章」を観て、まず、「これはサンレーのための映画だ!」と思いました。サンレー沖縄は、沖縄が本土復帰した翌年である1973年(昭和48年)に誕生しました。北九州を本拠地として各地で冠婚葬祭互助会を展開してきたサンレーですが、特に沖縄の地に縁を得たことは非常に深い意味があると思っています。サンレーの社名には3つの意味がありますが、そのどれもが沖縄と密接に関わっています。

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鎌田先生から感想を聞かれました
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「久高オデッセイ」は“SUN‐RAY(太陽の光)”の映画でした



まず、サンレーとは「SUN‐RAY(太陽の光)」です。
沖縄は太陽の島。太陽信仰というのは月信仰とともに世界共通で普遍性がありますが、沖縄にはきわめてユニークな太陽洞窟信仰というものがあります。「東から出づる太陽は、やがて西に傾き沈む。そして久高島にある太陽専用の洞窟(ガマ)を通って、翌朝、再び東に再生する。その繰り返しである」という神話があるのです。おそらく、久高島が首里から見て東の方角にあるため、太陽が生まれる島、つまり神の島とされたのでしょう。
そして久高島から昇った太陽は、ニライカナイという海の彼方にある死後の理想郷に沈むといいます。紫雲閣とは魂の港としてのソウル・ポートであり、ここから故人の魂はニライカナイへ旅立っていくのです。

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「久高オデッセイ」は“産霊(むすび)”の映画でした



次に、サンレーとは「産霊(むすび)」です。
生命をよみがえらせるという意味です。産霊といえば何といっても祭りですが、沖縄は祭りの島といわれるほど祭りが多い。特に村落単位で行なわれる伝統的な祭りが多く、本土では神社が舞台ですが、沖縄ではウタキ、神アシャギ、殿(トゥン)といった独特の祭場で行なわれます。司会者はノロやツカサなど女性が多いのですが、八重山のアカマタ・クロマタや中部のシヌグなど男性中心の祭りもあります。また、本土のように「みこし」を担ぐ習慣はなく、歌や踊りといった芸能が非常に発達しています。産霊といえば、生命そのものの誕生も意味しますが、沖縄は出生率が日本一です。15歳以下の年少人口率も日本一で、まともな人口構造は日本で沖縄だけと言っても過言ではありません。「久高オデッセイ第三部 風章」でも、久高島に新しい生命が誕生していましたね。

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「久高オデッセイ」は“讃礼”の映画でした



そして、サンレーとは「讃礼」(礼を讃えること)です。
言うまでもなく、沖縄は守礼之邦。礼においても最も大事なことは、親の葬儀であり、先祖供養です。沖縄人ほど、先祖を大切にする人はいません。
1月には16日(ジュールクニチー)、3月には清明祭(シーミーサイ)。ともに墓参りの祭りですが、最大の墓地地帯である那覇の識名の祭りも壮観だし、糸満の幸地腹門中墓は沖縄最大の清明祭が行なわれます。沖縄の人は、先祖の墓の前で宴会を開く。先祖と一緒にご飯を食べ、そこは先祖と子孫が交流する空間となる。本当に素晴らしいことです。子どもの頃から墓で遊ぶことは、家族意識・共同体意識を育て、縦につながる行事です。これは今の日本人に最も欠けていることだと思います。

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「本土復帰」ではなく「沖縄復帰」を!



このように「太陽の島」であり「祭りの島」である沖縄はまさにサンレーの理想そのものです。わたしはサンレーが沖縄で40年以上も冠婚葬祭業を続けてこられたことを心の底から誇りに思います。そして、沖縄には本土の人間が忘れた「人の道」があり、それこそ日本人の原点であると確信します。戦後70年の今こそ、本土は「沖縄復帰」すべきではないでしょうか。「久高オデッセイ 風章」を観て、そんなことを考えました。

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キーワードは「儀式」と「涙」である!



映画の冒頭から久高島から望む海の上に浮かぶ雲が美しく、中にはシーサーのような形をした雲もありました。雲だけでなく、海、木々、花、そして太陽と月・・・・・・すべての自然描写が素晴らしかったです。わたしは、スクリーンを観ながら、久高島の「気」を感じました。そして、わたしは「久高オデッセイ 風章」を観て、2つのキーワードが心に浮かびました。「儀式」と「涙」です。

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儀式論』(弘文堂)
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生後1年目に一升餅を背負う儀式



最初のキーワードは「儀式」です。
わたしは『儀式論』(弘文堂)という本を書きましたが、儀式には大いなる力があります。「カタチにはチカラがある」と思っています。わたしは、儀式の本質を「魂のコントロール術」であるととらえています。儀式が最大限の力を発揮するときは、人間の魂が不安定に揺れているときです。まずは、この世に生まれたばかりの赤ん坊の魂。次に、成長していく子どもの魂、そして、大人になる新成人者の魂。それらの不安定な魂を安定させるために、初宮参り、七五三、成人式などがあります。この映画では内間奈保子ちゃんという女の赤ちゃんが一升餅を背負う儀式が登場しました。

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老福論〜人は老いるほど豊かになる』(成甲書房)
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カチャーシーを踊る老人



それから、登場したのは長寿祝いのシーンです。老いてゆく人間の魂も不安に揺れ動きます。なぜなら、人間にとって最大の不安である「死」に向かってゆく過程が「老い」だからです。しかしながら、『老福論』(成甲書房)に書いたように、日本には老いゆく者の不安な魂を安定させる一連の儀式があります。そう、長寿祝いです。61歳の「還暦」、70歳の「古稀」、77歳の「喜寿」、80歳の「傘寿」、88歳の「米寿」、90歳の「卒寿」、99歳の「白寿」、などです。

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長寿祝いは「老い」の祝祭



沖縄の人々は「生年祝い」としてさらに長寿を盛大に祝いますが、わたしは長寿祝いにしろ生年祝いにしろ、今でも「老い」をネガティブにとらえる「老いの神話」に呪縛されている者が多い現代において、非常に重要な意義を持つと思っています。それらは、高齢者が厳しい生物的競争を勝ち抜いてきた人生の勝利者であり、神に近い人間であるのだということを人々にくっきりとした形で見せてくれるからです。それは大いなる「老い」の祝祭なのです。その後に、人生における最大の儀式としての葬儀があります。
この映画には赤ちゃんの儀式と老人の儀式がともに登場し、儀式がいかに人間の魂を安定させ、幸福になるためのテクノロジーであるかが見事に描かれていました。

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もう1つのキーワードは「涙」



次のキーワードは「涙」です。この映画では、2つの場面で印象的な「涙」が流されます。1つは、満月の夜の砂浜で産卵しながら流すウミガメの涙です。もう1つは、本来はイザイホーが行われるはずの日にたった1人の神人である若い女性が祈りながら号泣する涙です。「久高オデッセイ 風章」は、「涙」の映画であると言えるでしょう。

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涙は世界で一番小さな海



わたしには、その名も『涙は世界で一番小さな海』(三五館)という著書があります。人間は涙というものを流します。では、どんなときに涙を流すのか。それは、悲しいとき、寂しいとき、つらいときです。また、他人の不幸に共感して同情したとき、感動したとき、そして心の底から幸せを感じたときです。つまり、人間の心はその働きによって、普遍の「小さな海」である涙を生み出すことができるのです。人間の心の力で、人類をつなぐことのできる「小さな海」をつくることができるのです。アンデルセンは、涙は「世界でいちばん小さな海」だといいました。そして、わたしたちは、自分で小さな海をつくることができます。その小さな海は大きな海につながって、人類の心も深海でつながります。たとえ人類が、宗教や民族や国家によって、その心を分断されていても、いつかは深海において混ざり合うのだと思います。

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鎌田先生の語りを聴く
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2つのキーワードがクロスするのが海洋葬



そして、「儀式」と「涙」がクロスする場が海洋葬です。
ブログ「海洋葬」などにも書いたように、サンレー沖縄では「海洋散骨」を定期的に行っています。青い「美ら海」に白い遺灰が溶け込んでゆき、さまざまな色の花びらが浮かぶさまは詩的でさえありますが、それを見つめる遺族の方々の目からは涙が流れます。それを見て、わたしは「ああ、小さな海と大きな海がつながったなあ」といつも思います。まことに、ドラマティックで感動的な瞬間です。

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久高島は日本一の「祭り」の島!



久高島は、2000年の歴史の中で、その文化を変えていないそうです。
土地はすべて天からの預かりものとし、現在まで私有地は一切存在しません。それゆえに、隣人が助け合い、ともに土地を耕し合う強力な「地縁」共同体となっています。また、1500年頃に始まったと推定される神事「イザイホー」以前の、20を数える神事を今も継続しています。先祖を祀る神事も多く、これまた強力な「血縁」共同体となっています。久高島は人口約150人(公称200人)という小さな島ですが、日本全国で最も「血縁」と「地縁」が重んじられている場所でもあるのです。
「血縁」と「地縁」を強化する文化装置が「祭り」です。
久高島こそは、日本一の「祭り」の島なのです。

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やはり「沖縄復帰」すべきです!
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沖縄力』(2010年6月刊行)



大重監督は、久高島のことを「日本列島の基層文化を維持してきたラストランナー、アンカーの役割そのものを担っている」と表現されていますが、そのラストランナーがトップランナーに一変する可能性をこの島は秘めています。久高島をはじめとして、沖縄すべてが先祖と隣人をこよなく大切にします。本土の人間が忘れつつあるものが沖縄にはしっかりと息づいているのです。やはり、日本人は「本土復帰」ならぬ「沖縄復帰」するべきです!
今月12日、わたしが会長を務める全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回定時総会が沖縄で開催されます。わが社の マリエールオークパイン那覇が会場となりますが、まさに日本中の「礼」の会社が「守礼之邦」に集結するわけです。わたしは、そこでも「沖縄復帰」を訴えるつもりです。

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死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)



わたしには『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)という著書がありますが、「生命の連続」を描いた「久高オデッセイ第三部 風章」こそは「死が怖くなくなる映画」だと思います。この夜、そんなことを語りました。

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石笛を吹く鎌田先生
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打ち上げのようす



パネリストの各人の話は尽きませんでしたが、21時になったのでお開きとなりました。まさに談論風発なシンポジウムとなりました。
閉会にあたって、鎌田先生が石笛を吹かれました。
その音は、久高島を吹き渡る風のような音でした。
終了後は、聴衆との簡単なカクテルパーティーを行いました。それから紺屋町の台湾料理店で打ち上げが行われ、わたしたちは深夜まで大いに語り合ったのでした。みなさん、大変お疲れ様でした!



2018年6月6日 一条真也

2018-06-05

営業推進本部総合朝礼   

一条真也です。
6月5日、松柏園ホテルで開催されたサンレー営業推進部の総合朝礼に参加しました。300人以上が集まりました。熱気ムンムンです!

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営業推進部総合朝礼のようす(一同礼!)
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全員で社歌を斉唱♪
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社長訓話を行いました
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重要なメッセージを伝えました



ふれ太鼓の後、まずは全員で社歌を斉唱し、経営理念を唱和してから、わたしが登壇して社長訓話を行いました。重要なメッセージを営業員のみなさんに伝えなければいけません。ブログ「新年祝賀式典」で紹介した社長訓示でも話した内容を繰り返しました。以下のような内容です。
サンレーグループは冠婚葬祭業です。わたしは、冠婚葬祭という文化がこの日本から消えてしまわないかと心配でなりません。
文化が大きく変化し、あるいは衰退するのは、日本の場合は元号が変わった時であると言われます。明治から大正、大正から昭和、昭和から平成へと変わったとき、多くの「生活の古典」としての年中行事や祭、しきたり、慣習などが消えていきました。

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「文化の核」としての儀式を守ろう!



そして、平成も終わり、新しい元号へと変わります。
来年の2019年4月30日、天皇陛下は退位されることになりました。平成は再来年の4月末で終わり、翌5月1日から改元となります。改元されたら、「もう新しい時代が来たのだから、いつまでも冠婚葬祭を大事にしなくてもいいのでは?」などという輩が必ず現れます。それを「そんなことはありません。結婚式は大切ですし、お葬儀も大切です。七五三や成人式も大切ですよ」と訴えるのは互助会の営業員のみなさんだと思います。みなさんは「文化の核」としての儀式を守っているのであり、その意味で「文化防衛軍」のような存在なのです。

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300名以上が集まりました


今年のサンレーは2つの大きなテーマに取り組んでいます。
1つは「セレモニーホールからコミュニティセンターへ」です。
紫雲閣を従来の「葬儀をする施設」から「葬儀もする施設」への転換を目指しているのです。最近、超高齢国ニッポンの未来を悲観的に論じた発言が目立ちます。悲観的になるばかりでは未来が暗くなる一方なので、なんとか「明るい超高齢社会」のビジョンを描きたいものです。いたずらに悲観的になるよりも、みんなで少しでも楽しい生き方を考え、老いるほど幸福になるという「老福社会」をつくりたいものです。わたしたちは「後期高齢」を「光輝好齢」に変えるお手伝いに励みましょう!

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婚活事業の推進を!



今年のサンレーが取り組むもう1つのテーマは、婚活事業の推進です。日本が直面している最大の国難は北朝鮮問題ではありません。それよりも深刻なのが人口減少問題です。人口減少を食い止める最大の方法は、言うまでもなく、たくさん子どもを産むことです。そのためには、結婚するカップルがたくさん誕生しなければならないのですが、現代日本には「非婚化・晩婚化」という、「少子化」より手前の問題が潜んでいます。国が国難に対応できないのは困りますが、じつはこの問題、わが社のような冠婚葬祭互助会が最も対応可能な業界であると思います。

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この最高の仕事に誇りをもって下さい!



最後に、わたしは「互助会営業は『人の道』という最高に価値のあるものを売る仕事です。この仕事は単なる生活の糧を得る仕事でなく、『人助け』であり『世直し』そのものです。どうか、この最高の仕事に誇りをもって下さい!」と述べてから降壇しました。すると、営業員さんたちから盛大な拍手を頂戴し、わたしの胸は熱くなりました。

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決意表明のようす
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小倉勢は祇園太鼓を披露
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「果たし状」のやりとりに緊張が走る!
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必ずやりま〜す!
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こちらも気合いが入ります
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ダルマに目を入れます!
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思わず笑いが・・・・・・
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田川勢は炭坑節を披露
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紙テープが舞いました
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言ったことはやらんといかんよ!
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もちろん、やりますとも!
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研修センター決意表明のようす(その1)
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研修センター決意表明のようす(その2)
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研修センター決意表明のようす(その3)
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まったく、頼もしい限りです!



社長訓話の後は、各営業所長およびブロック長による決意表明が行われました。北九州だけで3ブロック・17営業所あるのですが、それぞれに趣向を凝らした決意表明でした。営業所長の音頭に合わせて、営業員さんたちが声を揃えたり、拳を突き出したり、「完達」などと書かれた団扇を振ったりしました。小倉勢は祇園太鼓を、田川勢は炭坑節を披露し、鍋の蓋を楽器代わりにして所員を鼓舞する営業所長もいました。最後は新入社員からなる研修センターがアクロバティックな器械体操のような決意表明をしてくれました。まったく、頼もしい限りです!

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決意表明の後で講評を述べました



すべての決意表明が終わった後、わたしは「素晴らしい決意表明でした。なによりも明るいのがいい。新体制になって営業推進部が本当に明るくなりましたね。営業に限らず、仕事というのは『嫌だ』『面倒臭い』『やりたくない』などとネガティブに考えると、どんどん悪い方向に転がるものですが、何事も陽にとらえて、前向きに明るくしていれば必ず好転します。みなさんは明るくて素晴らしい! 必ず、やれます!」と講評を行いました。

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和のこえ」を行いました
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拍手の中を退場しました



その後は、玉中取締役の音頭で「和のこえ」を行いました。わたしたちは、手をつないで「ガンバロー!」と3回唱和しました。わたしは、「この勢いがあれば、第二創業期は必ず飛躍できる!」と思いました。今後は、各地の営業所や相談室をガンガン回ろうと思っています。これまでは社長ブログなどを介して社員のみなさんとコミュニケーションを図ってきましたが、これからは社長が直接みなさんのもとを訪れます。どうぞ、よろしく!



2018年6月5日 一条真也

「友罪」  

一条真也です。
4日、日本を代表する流通企業の会長さんの葬儀に参列しました。多くのことを学ばせていただいた葬儀でした。社員代表の方々による弔辞も心がこもっていましたし、最後の喪主である会長夫人の御挨拶が見事でした。「こんな素晴らしい人のお嫁さんにしてもらって、わたしは本当に幸せです!」と堂々と言われたときには非常に感動しました。わたしは妻とともに参列していたのですが、「この御主人にして、この奥様あり!」と思いました。
さて先日、日本映画「友罪」を観ました。あの神戸連続児童殺傷事件をテーマにした慟哭の人間ドラマです。「心を許した友は、あの少年Aだった。」という言葉が、映画のキャッチコピーです。




ヤフー「友罪」の「解説」には、以下のように書かれています。
「『天使のナイフ』『Aではない君と』などで知られる作家・薬丸岳のミステリー小説を、『ヘヴンズ ストーリー』などの瀬々敬久監督が映画化。凶悪事件を起こした元少年犯と思われる男と、その過去に疑念を抱く同僚の友情と葛藤を描く。『人間失格』などの生田斗真と、生田とは『土竜の唄 香港狂騒曲』などで共演し瀬々監督とは『64―ロクヨン―』で組んだ瑛太が2人の男を体現する」

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また、ヤフー「友罪」の「あらすじ」には、以下のように書かれています。
「ジャーナリストを目指していたが挫折し、生活のため町工場で働くことになった益田(生田斗真)は、同時期に働き始めた鈴木(瑛太)という男と出会う。鈴木は周囲と交流せず、過去を語ろうとしなかったが、同い年の二人は次第に打ち解け友情を育んでいく。しかしあるきっかけから、益田は鈴木が17年前に世間を騒然とさせた連続児童殺傷事件の犯人ではないかと考え・・・・・・」




この映画、とにかく暗いです。「神戸連続児童殺傷事件」は「日立連続児童殺傷事件」に変えられていますが、事件の内容はほぼ同じです。この事件の犯人の「いま」をめぐる物語ではあるのですが、それ以外にさまざまな人間ドラマがサイドストーリーとして展開されます。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、「葬式ごっこ」のいじめによる中学生の自殺まで出てきて、心が痛みました。ブログ「葬式ごっこを許すな!」にも書いたように、このような最低の愚行を許してはなりません。「葬式」そのものは最も人間的な行為ですが、「葬式ごっこ」は最も非人間的な行為なのです。




この映画には葬式そのものは登場しませんでしたが、そのかわりに結婚式、それも神前結婚式の場面が出てきました。つまり、「祝い」の場面です。これが暗く陰惨な映画の中で清涼剤のような存在となっていました。「祝い」という行為には、ものすごい力があります。「祝」に似た字に「呪」がありますが、どちらも「兄」とつきます。漢字学の第一人者だった白川静によれば、「呪」も「祝」も神職者に関わる字であり、「まじない」の意味を持ちます。「呪い」も「祝い」ももともと言葉が「告(の)る」つまり「言葉を使う」という意味であり、心の負のエネルギーが「呪い」であり、心の正のエネルギーが「祝い」ということです。ネガティブな「呪い」を解く最高の方法とは、冠婚葬祭に代表されるポジティブな「祝い」を行うことです。「友罪」という映画そのものは「呪い」の波動に満ちた内容でしたが、結婚式という「祝い」のシーンによって少し救われた思いがしました。




それにしても、瑛太の演技は狂気を帯びていて、素晴らしかったです。河瀬直美監督の「光」(2017年)での演技を連想しました。「友罪」で瑛太演じる鈴木はいろんな人物から理不尽な暴力を受けるのですが、けっしてやり返しません。実際の瑛太は飲み会の席で挑発してきた某ジャニタレをボコボコにしたそうですが、この映画では同じジャニーズ事務所の生田斗真に殴られっぱなしになっていました。




この映画を観ながら、わたしはブログ「怒り」で紹介した日本映画を連想しました。現場に「怒」という血文字が残った未解決殺人事件から1年後の千葉、東京、沖縄を舞台に3つのストーリーが紡がれる群像劇です。前歴不詳の3人の男と出会った人々がその正体をめぐり、疑念と信頼のはざまで揺れる様子を描いています。その中で、「松山ケンイチと宮崎あおいのエピソードみたいなオチかな?」と思っていたのですが、実際は違いました。「友罪」のオチはガチでした。




友罪」の脇役陣の中では、佐藤浩市の存在感が光りました。
そういえば、瀬々監督の代表作「64―ロクヨン―」には佐藤浩市に、それから瑛太も出演していましたね。2人とも日本映画界を代表する名優だけあって、素晴らしい演技でした。
「64―ロクヨン―」は、わずか7日間で終わった昭和64年に発生し、迷宮入りとなった少女誘拐殺人事件の物語です。この事件は「ロクヨン(64)」と呼ばれることになります。平成14年12月。県警で、かつて刑事部の刑事として「ロクヨン」の捜査にも加わっていた三上義信(佐藤浩市)は、警務部秘書課広報室広報官のポストにありました。時効が1年後に迫った「ロクヨン」担当捜査員を激励するため、警察庁長官が視察に訪れるという話が持ち上がります。人間の心理の闇に迫る見事な犯罪映画でした。



また、「友罪」には富田靖子も出演しています。
わたしはずいぶん年齢を重ねた彼女の顔をスクリーンで見ながら、1989年に日本大学創立100周年記念作品として作られた日本映画「マイフェニックス」に彼女が主演していたことを思い出しました。いま悪質タックルで話題の日大アメフトチームのフェニックスを舞台にした青春映画ですが、当時わたしが勤務していた東急エージェンシーが東宝をタッグを組んだ作品です。全国大学王者通算17回と監督通算勝利数401勝という歴代1位の戦績を誇る篠竹幹夫監督は菅原文太が演じていました。東急エージェンシーに籍を置きながら「日大経済人カレッジ」などの仕事をしていたわたしは映画製作の現場にも何度も足を運びました。完成披露パーティーでは、篠竹監督のお世話をした記憶があります。当時人気絶頂だった富田靖子にも何度も会いました。そういえば、「マイフェニックス」のキャッチコピーは「男の人ってバカみたい・・・だけどドッキ!」でしたね。(笑)
不謹慎な話かもしれませんが、このたびの悪質タックル事件の加害者と被害者の2人の関係を描いた映画が作られたら、とても考えさせられるヒューマンドラマになるような気がします。

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唯葬論』(サンガ文庫)



話題が逸れました。「友罪」の益田も鈴木も、ともに死者への消えることのない大きな罪悪感を抱いています。彼らの「罪」は、いくら遺族に謝罪しても消えることはありません。一般に、殺人事件や死亡事故などを犯すと、犯人や加害者の家族の人生もメチャクチャになります。「友罪」の中にも、家族を解散して、息子が犯した過ちの償いを続ける父親が登場します。彼が遺族の前で土下座して何度も頭を下げる場面は観ていてこちらが辛くなります。しかし、「友罪」のラストシーンを見て気づいたことがあります。犯人や加害者は遺族という「生者」ではなく、被害者という「死者」にこそ向き合わなければならないということを。もちろん、現実には遺族への賠償問題などがありますが、それよりも自分がその命を絶った相手に対して耳を傾け、死者の声を聴くという行為が最も大切なのではないでしょうか。
拙著『唯葬論』(サンガ文庫)でも繰り返し述べたように、どこまでいっても、人間とは死者を想う存在なのだと思います。



2018年6月5日 一条真也

2018-06-04

『世界の聖典・経典』  

一条真也です。
拙著『知れば知るほど面白い 世界の聖典・経典』(光文社知恵の森文庫)の見本が出ました。この6月は「一条本」の新刊が3冊刊行されるのですが、その第一弾となります。「出版界の木下藤吉郎」こと堀川尚樹さんが代表を務める造事務所が編集してくれました。真面目な内容ながら、刺激的でスタイリッシュな一冊に仕上がりました。

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知れば知るほど面白い 世界の聖典・経典』(光文社知恵の森文庫)



カバーには世界中の聖典や経典がすべて集められた書庫のイラストが描かれ、帯には「聖書・コーラン・般若心経・ヴェーダ・論語」「ざっくり言えば、こんなことが書かれていた!」、さらに以下のように書かれています。
★クリスマスはイエスの誕生日ではない
★極楽浄土には阿弥陀如来がいる
★ヒンドゥー教の男女の産み分け法など

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本書の帯



本書の「目次」は、以下のようになっています。
〈はじめに〉真の国際人になるためのガイドブッグ
「誤解されている聖典・経典の教え」
【PART1】ユダヤ教
そもそもユダヤ教って?
ユダヤ教の聖典って?
ユダヤ人はとにかくイスラエルの地にこだわる
ひれとうろこのないタコ、イカ、貝は食べられない
乳製品と肉を一緒に食べてはならない
金融業で利子を取って良い相手は異教徒だけ
ハゲをバカにした子どもは呪いを受けて熊に襲われる
法廷では多数決が正しいとは限らない
生まれたときの身分が第一優先! ただし例外も
古代の賢者は女性の経血について大真面目に議論した
[聖典・経典に登場する]「ユダヤ人」の定義
【PART2】キリスト教
そもそもキリスト教って?
キリスト教の聖典って?
ジャガイモは神の言葉に反する作物
神は自分の形にそって人類を創造した
息子に裸を見られて呪いをかけた予言者ノア
生まれる前から「見た目がぱっとしない」と予言されていたイエス
教会は同性愛や不倫を禁じた
クリスマスはイエスの誕生日ではなかった!?
空腹のイエス、悪魔の誘惑をはね返す
実がないいちじくの木を枯れさせたイエス
イエス、神殿の露天商を蹴散らす
一番弟子のペトロ、イエスをあっさり見捨てる
死後に復活したことで神の子として認められたイエス
神と悪魔の戦いの末に世界はリセットされる!?
[聖典・経典に登場する]使徒たちの後継者の役職名
【PART3】イスラム教
そもそもイスラム教って?
イスラム教の聖典って?
ラマダーンの断食は神からすれば簡単なこと
利息を取ると業火に焼かれ、寄付をすると神が利息をくれる
豚だけでなく自然死した動物も食べてはいけない
奥さんは4人までOK。ただし公平に扱うこと
イエスは「神の子」ではない
礼拝は本来、1日50回だった
メッカへの巡礼は義務
ブラック企業の経営者はアッラーの敵である
聖戦であっても女・子どもの虐殺は許されない
神の像を勝手に作るのは最大の罪である
[聖典・経典に登場する]アラビア語とほかの言語
【PART4】仏教
そもそも仏教って?
仏教の聖典って?
身体を痛めつける苦行は必要ない
すべての生命はひとしく慈しむべし
死後の世界について考えるのは意味がない?
仏の姿は、視覚や聴覚では認識できない
この世にあるすべてのものは永遠に存在する
どんな人々も仏になり得る
ブッダは人類の誕生よりもはるか前から生きてきた
大罪人であっても仏の名を唱えれば救われる
黄金の大地に花の雨が降る極楽浄土
[聖典・経典に登場する]死後と先祖の供養
【PART5】ヒンドゥー教
そもそもヒンドゥー教って?
ヒンドゥー教の聖典って?
深酔いするほど神に近づける?
天地創造で最初にできたのは「水」だった
夫の不倫相手に勝つための呪文
聞くだけで効果できめんな叙事詩
ほかの神をだまして不老不死の秘薬を奪った最高神
カースト制度は創造神によって定められた
男女を産み分ける方法
牛を殺した罪は牛と同じ生活をして償うべし
庶民は米、麦、豆に生まれ変わる
女性はひとりで家事をしてはいけない
[聖典・経典に登場する]「牛肉」の取り扱い
【PART6】儒教・道教
そもそも儒教・道教って?
儒教・道教の聖典って?
儀式や礼儀作法は不器用でもかまわない
君子はなれ合わない
主君に殉じるより敵将に仕えるべき!?
お天道様はきっと見てくれている
孔子は進んでクーデターに参加した革命家
親が亡くなれば3年は喪に服すべし
天の導きによって革命が起こる
天下泰平の基本は家庭内の秩序から
理想の統治は「人民に欲を起こさせないこと」
商業や工業が一切なくなれば盗人もいなくなる
人を使う人ほど、へりくだるべし
貧乏な小国であり続ければ戦争にはならない
[聖典・経典に登場する]夫婦別姓の伝統
【PART7】そのほかの宗教
死者の書
ゾロアスター教
マニ教
ジャイナ教
シーク教
神道
「引用文献・参考文献」

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誤解されている聖典・経典の教え



本書は、読者のみなさんにとっての「真の国際人になるためのガイドブック」を目指して書きました。21世紀は、9・11米国同時多発テロから幕を開いたように思います。この世紀が宗教、特にイスラム教の存在を抜きには語れないことを誰もが思い知りました。世界における総信者数で1位、2位のキリスト教とイスラム教は、ともにユダヤ教から分かれた宗教です。つまり、この3つの宗教の源は1つ。ヤーヴェとかアッラーとか呼び名は違っても、3つとも人格を持つ唯一神を崇拝する「一神教」であり、啓典を持つ「啓典宗教」です。啓典とは、絶対なる教えが書かれた最高教典のことです。おおざっぱに言えば、ユダヤ教は『旧約聖書』、キリスト教は『新約聖書』、イスラム教は『コーラン』を教典とします。『旧約聖書』は三つの宗教に共通した教典です。

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イスラム教について



キリスト教、イスラム教と並んで三大「世界宗教」とされる仏教は啓典宗教ではありません。仏教の中には経典はたくさんあっても啓典はないのです。経典の中の経典とされる『般若心経』でさえ啓典ではありません。「汗牛充棟」なる言葉があるほど、仏教の経典は膨大である。「如是我聞」すなわち、「このように私は釈尊から聞いたのだが」と最初に書けば何でも経典になります。『法華経』でさえ釈迦入滅後1000年以上も後に作られたといいますが、その後も多くの教典が続々と作られました。

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ヒンドゥー教について



仏教だけでなく、ヒンドウー教にも、儒教、道教にも、日本の神道にも啓典はありません。ない。啓典宗教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三姉妹宗教だけなのですが、ヒンドゥー教には『ヴェーダ』が、儒教には『論語』をはじめとする四書五経が、道教には『老子』や『荘子』が、神道には『古事記』や『日本書紀』があります。それらの書物を、「聖典」のジャンルに入れても間違いではないでしょう。

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『死者の書』や『アヴェスター』も紹介



実際、大正時代に出版された『世界聖典全集』という世界中の宗教や哲学における聖典を網羅した稀有壮大な叢書には、『聖書』や『コーラン』、『般若心経』などの各種仏典はもちろん、『論語』などの四書五経、『老子』、『ウパニシャッド』、ゾロアスター教の『アヴェスタ』、エジプトの『死者の書』、そして『日本書紀』までが収められていました。

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これが『世界聖典全集』全30巻だ!



ブログ「『世界聖典全集』を全巻購入しました」に書いたように、この『世界聖典全集』をわたしは全巻購入し、通読しました。それまでも各宗教の聖典や『論語』などは何度も読み返していましたが、大正時代に出版された革張りのハードカバーで聖なる言葉を読むのは格別でした。
聖典や経典の魅力に取りつかれたわたしは、『慈経 自由訳』(三五館)、『般若心経 自由訳』(現代書林)、『世界一わかりやすい「論語」の授業』(PHP文庫)、『はじめての「論語」』(三冬社)などを書きました。


慈経 自由訳般若心経 自由訳世界一わかりやすい「論語」の授業 (PHP文庫)はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵

宗教を知らずして、「世界は1つである」とか「人間はみな同じである」などと能天気に叫んでも、国際社会においては戯言にすぎません。たしかに、肌の色や民族や言語が違っても、人間は人間です。でも、人類という生物種としての肉体、つまりハードは同じでも、ソフトとしての精神が違っていれば、果たして同じ人間であると言い切れるでしょうか。大事なのはソフトとしての精神ではないでしょうか。その精神に最も影響を与えるものこそ宗教であり、その内容を知るには聖典や経典を読むのが一番です。

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世界中の人の「こころ」を知るために



本書には、それぞれの聖典・経典の興味深いエピソードも多く集めました。2020年に開催される東京オリンピックもいよいよ近づいてきましたが、この本を読まれたみなさんが世界中の人の「こころ」を知り、真の国際人になられることを願っています。なお、本書の内容をさらに拡大・深化させて、いずれは『儀式論』(弘文堂)の姉妹本となる大著『聖典論』を書きたいです。
知れば知るほど面白い 世界の聖典・経典』は6月12日発売です。ぜひ、お求めいただき、ご一読下さいますよう、お願いいたします。



2018年6月4日 一条真也

2018-06-03

QTハニー♡昭和歌謡アカペラコンサート

一条真也です。
サンレーでは、「『葬儀を行う施設』から『葬儀も出来る施設』へ」ということで、紫雲閣のコミュニティセンター化を進めていますが、それを象徴するようなイベントが3日に小倉紫雲閣の大ホールで開催されました。

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イベントは高い人気を誇る「クイーンズティアーズハニー(QTハニー)」のアカペラコンサートで、「懐かしのアノ名曲を感動のアカペラで―1950年〜60年のヒットパレード―昭和歌謡」というタイトルがついています。QTハニーは1998年に結成。神戸を拠点に全国各地でライブを中心に活動している女性だけのアカペラグループです。幾度かのメンバーチェンジを行い、現在は第7期・8期メンバーで活動しています。年間およそ200回程のステージを開催。ザ・ピーナッツなど1950〜60年代の昭和歌謡からジャズスタンダード、民謡などレパートリーも幅広いことで知られます。おかげさまで、小倉紫雲閣の大ホールは800名以上のお客様で溢れ返り、超満員になりました。

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コミュニティセンター「小倉紫雲閣」の前で
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お客様が続々と会場へ!
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超満員になりました!
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魅惑のステージ



今日のコンサートでは、まず、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」「恋のフーガ」「ウナセラディ東京」を皮切りに、「月影のナポリ」「虹色の湖」「人形の家」「コーヒー・ルンバ」「ブルーライト・ヨコハマ」・・・・・・なつかしい昭和の名曲の数々をたっぷりと堪能しました。まったく楽器を使わずに声だけで歌うアカペラの本格的なコンサートは初めてですが、素晴らしかったです。



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美女たちのパフォーマンスにウットリ!
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メンバー紹介のようす



コーラス・グループのコンサート自体が、学生時代に「中野サンプラザ」で行われたマンハッタン・トランスファーのコンサート以来ではないでしょうか。しかし、QTハニー、グラミー賞最優秀ポップ・パフォーマンス賞デュオ/グループであるマントラに負けていませんでした。今も色褪せない名曲の数々を、女性ならではの繊細なハーモニー、迫力あるリズムを楽しみました。

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歌にはグリーフケアの力がある(映画「サウンド・オブ・ミュージック」より)



また、わたしは「葬儀も行う施設」でこのような音楽コンサートが行われた意義は非常に大きいと思いました。葬儀では、多くの「愛する人を亡くした人」が生まれます。葬儀のグリーフケアにとって、音楽はとても重要です。
ブログ「サウンド・オブ・ミュージック」で紹介した名作映画はグリーフケアの物語でした。愛する妻を亡くしたトラップ大佐、愛する母を亡くした子どもたちの悲しみがマリアがもたらした愛情と音楽によって癒されてゆく物語なのです。映画の中で、「悲しい時の薬は歌だって先生が言ったわ」というトラップ家の少女のセリフが出てきますが、グリーフケアにおいて歌は大きな力を発揮します。歌は魂に働きかけるものなのです。

(020)歌と宗教 (ポプラ新書)

(020)歌と宗教 (ポプラ新書)



上智大学グリーフケア研究所特任教授にして神道ソングライターでもある鎌田東二先生は、ブログ『歌と宗教』で紹介した本において、歌の持つ力について次のように述べています。
「歌や祈りの言葉は、国境を超え、宗教を超えて、人々の魂、身体に直接働きかける力をもっているのだ。それは、世界を救うための人類の教義といった知的レベルを超えたダイナミックな力動性を宿している。だから、歌は人の心を切り替え、世界のありようの感受のしかたを切り替え、人間の関係性をも切り替えることができるのだ」

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歌は「愛する人を亡くした人」の悲しみを癒す



日々、多くの「愛する人を亡くした人」が生まれています。
歌は、それらの方々の悲しみを軽くする力があります。
また、連れ合いを亡くして1人になった方々の心を繋ぎます。
つまり、歌は「グリーフケア」や「修活」にとって欠かすことのできないものなのです。わたしも、この4月から上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任しましたが、これからも、さまざまな活動を通じて、歌の力を「世直し・心直し」に活用していきたいと思っています。

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「テネシー・ワルツ」をしっとりと歌う♪



この日のコンサートでも、江利チエミが亡き母親のために歌ったという「テネシー・ワルツ」をQTハニーがしっとりと歌いあげてくれました。わたしは、この名曲がグリーフケア・ソングだったことを初めて知りました。最後は盛大な拍手が起こり、アンコールで再登場するまで鳴りやみませんでした。これからも、お客様に喜んでいただける企画を続々と提供したいです。

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ラストは盛大な拍手が起こりました
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書籍コーナー
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おかげさまで、たくさん売れました!
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CDもたくさん売れました!



2018年6月3日 一条真也

2018-06-02

『妻に捧げた1778話』 

一条真也です。
125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。
連載中の「ハートフル・ブックス」の第122回が掲載されています。今回は、『妻に捧げた1778話』眉村卓著(新潮新書)です。

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サンデー新聞」2018年6月2日号



この春から、上智大学グリーフケア研究所の客員教授になりました。冠婚葬祭の現場での経験を生かして、愛する人を亡くした遺族を周囲の人や地域社会はどう癒していけるのかを研究したいと考えています。
また、少しでもグリーフケアに関連する本を読むようにしています。そんな読書活動の中で、本書の存在を知りました。



著者は1934年(昭和9年)大阪生まれ。本名・村上卓児。大阪大学経済学部卒業。会社員を経て、小説家に。大阪芸術大学教授。作品に『なぞの転校生』『ねらわれた学園』『消滅の光輪』(泉鏡花文学賞星雲賞受賞)『時空の旅人』などがあります。



2002年5月、著者は悦子夫人を癌で失いました。最愛の妻が「余命は一年」と宣告されたとき、小説家である夫は、とても不可能と思われる約束をしました。そして、その言葉通り、毎日1篇のお話を書き続けました。5年間頑張った妻が亡くなった日、最後の原稿の最後の行に夫は「また一緒に暮らしましょう」と書きました。本書は、妻のために書かれた1778篇から選んだ19篇に、闘病生活と40年以上にわたる結婚生活を振り返るエッセイを合わせた愛妻物語となっています。


本書に掲載されている19篇のショートショートを読んだところ、申し訳ないのですが、面白くありませんでした。面白くなかった理由を考えてみると、「病人の神経を逆なでするような話は書かない」というルールがそもそも間違っていたのではないかと思います。「愛」や「死」といった人類普遍のテーマを避けていては深みのある話が書けるはずがありません。だいたい、ショートショートとはいえ、小説というものは元来「病人の神経を逆なでするような話」が多いのではないでしょうか。



固有名詞はなるべく使わず、アルファベットのABCを順番に出すというのも、話がつまらなくなった大きな原因であると思います。病身の奥様をいろいろと思いやる気持ちはわかりますが、なによりも本好きの奥様に対して、面白い話を書くことが一番の「思いやり」ではなかったでしょうか。



それでも、著者がうらやましいです。自分が書いたものを奥様が読んでくれるなんて、なんと素敵なことでしょうか。著者はショートショートを書くことで病気の妻の心をケアしていたつもりだったかもしれませんが、じつは心をケアされていたのは読んでもらっていた著者のほうだったのかもしれません。
毎日短いお話を妻のために書く行為は、著者にとっての祈りそのものであり、愛妻亡き後にそれを読み返す行為はグリーフケアとなったのではないでしょうか。

妻に捧げた1778話 (新潮新書)

妻に捧げた1778話 (新潮新書)





2018年6月2日 一条真也

2018-06-01

上智大研究所の客員教授に

一条真也です。今日から6月ですね。
月日の過ぎる速さに驚くばかりですが、今月は大忙し。なんといっても、12日から全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回定時総会が沖縄で開催され、わたしは会長職を退きます。それを挟むように、5日には鎌田東二先生との、28日には島薗進先生とのトークショーも控えています。

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「ふくおか経済」2018年6月号



島薗先生、鎌田先生といえば日本宗教学界のツートップですが、それぞれ上智大学グリーフケア研究所の所長と副所長を務めておられます。この両先生との御縁で、わたしは同研究所の客員教授に就任しました。そのことを紹介する記事が「ふくおか経済」6月号に掲載されていました。記事は同誌の「Pick Up」の欄に「上智大研究所の客員教授に」の見出しで、以下のように書かれています。
「冠婚葬祭業大手(株)サンレー佐久間庸和社長が4月1日付で、上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任した。民間企業からは初という。同研究所は、日本で初めてのグリーフケア(身近な人と死別した人を悲嘆から立ち直るよう支援する取り込み)専門の教育研究機関として2009年に設立されたもの。翌年からは上智大学に移管された。
佐久間社長は本業の会社経営の傍ら、本人名義や『一条真也』として、『唯葬論』『儀式論』などの著書が90冊以上ある宗教、儀式研究の第一人者。また、『月あかりの会』などの遺族の会の支援を通して、これまでもグリーフケア・サポート活動に取り組んでおり、それらが評価されて今回の客員教授就任に至った。今年秋にも、現役の医療関係者や宗教関係者などを相手に集中講義が予定されていて、佐久間社長は『冠婚葬祭業を超えて、宗教界、医療界に橋を架けたい』と意気込む。というのも、サンレーではスタッフが日頃から配偶者や近親者を亡くし悲嘆している人に寄り添ってきたという自負があるからだ。社内では100人を超す上級心理カウンセラーも配置し、言葉ひとつの掛け方から徹底した配慮を実践している。これらで蓄積されたノウハウも含めて講義で紹介していく考えだ。『グリーフケアは自殺者、孤独死を減らすためにも最も重要なことだ。私が尊敬するブッダと孔子も、今に生きていたらグリーフケアを積極化するだろう。サンレーとして、ブッダと孔子の理想を実現していきたい』と力を込めた」

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高い志をもって頑張ります!



客員教授というのは、わたしにとって副業ではありません。
「あなたの仕事は何ですか?」とよく聞かれます。わたしは、いつも「天下布礼がわたしの仕事です」と答えます。天下、つまり社会に広く人間尊重思想を広めることがサンレーの使命です。わたしたちは、この世で最も大切な仕事をさせていただいていると思っています。これからも冠婚葬祭を通じて、良い人間関係づくりのお手伝いをしていきたいものです。わたしが業界活動を行うのも、本を書くのも、ブログを書くのも、そして大学で教壇に立つのも、すべては「天下布礼」の一環だと考えています。最近、体調があまり優れませんが、高い志をもって頑張ります!



2018年6月1日 一条真也