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一条真也の新ハートフル・ブログ

2018-08-30

CORI座談会

一条真也です。
30日の朝、スターフライヤーで東京に来ました。
羽田空港に到着して、iPad−miniを開いたら、ヤフーのTOPニュースに「『はてなダイアリー』2019年春にサービス終了」という記事を見つけました。当ブログも「はてなダイアリー」です。近いうちに終了するのではないかと予想はしていましたので、「ついに来たか」と思いました。その後、“株式会社はてな”からオフィシャルサイトに、「2019年春『はてなダイアリー』終了のお知らせと『はてなブログ』への移行のお願い」というメールも届きました。想定内の出来事であり、準備も進めていましたので、来月早々に「はてなブログ」に移行する予定です。時代はつねに変化しますからね。

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COMS虎ノ門の前で



さて、わたしが東京に来た理由は、冠婚葬祭総合研究所が発行する「CORI」の座談会に出席するためです。会場は西新橋にある「COMS虎ノ門」です。メンバーは全互協の杉山副会長(政策委員会担当)、若手の会の吉田代表、そして小生です。わたしは、全互協の副会長(儀式継創委員会担当)として参加しました。司会は、研究所の兼松副社長でした。

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座談会に参加しました



研究所の図書室に椅子を並べて、14時から座談会が開始。基本的にフリー・ディスカッションでしたが、3人に共通して、(1)現状の問題点・課題、(2)『つながり(縁)の再構築』という点からの考え、(3)今後の業界としての進むべき方向性(業界の将来像)についての質問が出されました。
まず、(1)現状の問題点・課題については、わたしは以下のように答えました。価値観の多様化といえば聞こえはいいですが、自由気ままに結婚し、子育てもいい加減にやり過ごした挙句、「価値観」の相違を理由に離婚してしまう。そんな日本人が増えているように感じます。
「ナシ婚」の三大理由は4年連続で、「経済的事情」「さずかり婚」「セレモニー的行為が嫌」となっていいます。これは、冠婚葬祭に代表される儀式の意味を子どもに教えることが出来なかった「この親」にして「この子」ありとでもいえばいいでしょうか。
また、「荒れる成人式」が社会問題となって久しいです。
毎年のように検挙される「若者ならぬ馬鹿者」が後を絶ちません。成人式で「あれこれやらかす輩」が登場するのは1990年代の半ば以降といいます。いまの40歳以降の世代です。



結婚式も挙げず、常軌を逸した成人を持つ親たちを待っているのは「直葬」という遺体処理です。この親たちは自分の両親を「家族葬」や「直葬」で送っていますが、次は子どもたちから「直葬」されるか、死んでも遺体処理もされず「生きていること」にされ、年金の不正受給の盾にされかねないでしょう。
いまや、葬儀さえもがインターネットで手軽に依頼できるという時代となりました。家族以外の参列を拒否する「家族葬」という葬儀形態がかなり普及しています。この状況から、日本人のモラル・バリアは既に葬儀にはなくなりつつあることは言を待ちません。家族葬であっても宗教者が不在の無宗教が増加しているのではないでしょうか。通夜も告別式も行わずに火葬場に直行する「直葬」も、都市部を中心に広がっています。さらには、遺骨を火葬場に捨ててくる「0葬」といったものまで注目されています。日本人の儀式軽視は加速する一方であり、暗澹たる思いです。

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「つながり(縁)の再構築」について語りました



それから、(2)「つながり(縁)の再構築」という点からの考えについては、以下のように答えました。葬儀の簡略化は進んでいますし、さまざまな縁の希薄化が巡り巡って会葬者の減少につながっていると感じます。そうした現状を克服しようと、私どもでは地縁、血縁以外の新たな「縁」の再生・再構築に取り組んでいます。たとえば仕事仲間の職縁、同窓生の学縁、趣味仲間の好縁、ボランティアなど志をともにする道縁です。
実際、最近の葬儀で会葬者が集まるのは、俳句やダンスなど趣味が縁の仲間たちというケースが非常に多いようです。弊社が目指しているのは、セレモニーホールのコミュニティセンター化です。
かつて、寺院は地域のコミュニティセンターであり、宗教としての本来の機能の他に、学び・癒し・楽しみという機能がありました。その機能をセレモニーホールが肩代わりしていこうと考えているのです。これから必要なのは「葬儀をする施設」ではなく、「葬儀“も”できる施設」。北九州紫雲閣では「盆踊り大会」を開催し、小倉紫雲閣では「友引映画館」を開催しています。また、弊社では「隣人祭り」をはじめとする「隣人交流イベント」も2008年以来行っており、北九州だけで年間650回開催しています。

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業界の将来像についても大いに語りました



そして、(3)今後の業界としての進むべき方向性(業界の将来像)については、以下のように答えました。いま、日本人に広く儀式を提供する冠婚葬祭互助会の社会的役割と使命が問われています。たしかに、互助会というビジネスモデルが大きな過渡期にさしかかっていることは事実でしょう。その上で、互助会の役割とは「良い人間関係づくりのお手伝いをすること」、そして使命とは「冠婚葬祭サービスの提供によって、たくさんの見えない縁を可視化すること」に尽きると考えます。そして、「縁って有難いなあ。家族って良いなあ」と思っていただくには、わたしたちのような冠婚葬祭業者が参列者に心からの感動を与えられる素晴らしい結婚式や葬儀を提供していくことが最も重要であるのではないでしょうか。



冠婚葬祭の「アップデート」について、わたしは以下のように考えています。
■冠婚葬祭1.0
(戦前の村落共同体に代表される旧・有縁社会の冠婚葬祭)
■冠婚葬祭2.0
(戦後の経済成長を背景とした互助会の発展期における冠婚葬祭)
■冠婚葬祭3.0
(無縁社会を乗り越えた新・有縁社会の冠婚葬祭)



互助会が儀式をしっかりと提供し、さらには「隣人祭り」などの新しい社会的価値を創造するイノベーションに取り組めば、無縁社会を克服することもできるはずです。「豊かな人間関係」こそ、冠婚葬祭事業のインフラであり、互助会は「有縁社会」を再構築する力を持っています。これからの時代、互助会の持つ社会的使命はますます大きくなると確信します。
今後ますます経営的にも、社会的にも大きな比重となる葬儀についていえば、遺族の方々の死別の悲嘆に対処する「グリーフケア」の普及こそ、日本人の「こころの未来」にとっての最重要課題であると考えています。
弊社でも早くからグリーフケア・サポートの重要性を説き、2010年からご遺族の自助グループである「月あかりの会」を立ちあげてサポートさせていただいてきました。



葬祭業界において、グリーフケアの重要性は高まってゆく一方です。わたしは、互助会の葬祭スタッフがグリーフケアを実践することによって、日本人の自殺やうつ病患者の数を減らせるとさえ考えています。葬儀という互助会の主軸となる事業を「グリーフケア」という視点で「再構築」することを通じて、「儀式」というシステムの有効性のアップデートを図ることも可能ではないでしょうか。



いわゆる「儀式」は、「人生儀礼」と「年中行事」に大別されます。
人生儀礼は一度限りで、年中行事は繰り返されるものだが、どちらも「時間を肯定する」という思想が共通していると言えます。世の中には「変えてもいいもの」と「変えてはならないもの」があります。年中行事の多くは、変えてはならないものだと思います。なぜなら、それは日本人の「こころ」の備忘録であり、「たましい」の養分だからです。儀式文化の継承と創新をめざす全互協の「儀式継創委員会」の役割と使命は非常に大きいと考えます。



何よりも大切なのは、次の世代、子どもたちに儀式の意味と重要性を伝えることではないでしょうか。わたしは、そう考えます。数年前から、弊社では「婚礼本来の意味」を伝える新プロジェクト「親子でウエディング体験会」を始動させています。地元の小学生とその親を対象に、経験豊かなウエディングプランナーを講師として、「結婚式」本来の意味を伝え、また「チャペルウエディング」や「披露宴」などを通じ、結婚式の模擬体験を行なっていただく内容となっています。今年も大好評でしたが、ぜひ継続的かつ充実を図り、「結婚式」の意義を訴えていきたいと考えます。小学生を対象に「葬儀」の意義を訴えるイベントも企画しています。



全互協では、子ども向けの儀式コミック本を製作し、非常に好評でした。
また、本年から一般財団法人・冠婚葬祭文化振興財団が取り組んでいる小学生対象とした「私のしたい結婚式」「のこしたい日本の儀式」をテーマとした絵画コンクールも有意義な企画ではないでしょうか。儀式継創委員会では、「土曜学習応援団」に取り組み、「子ども霞が関デー」などの行事にも参加しましたが、これからも子どもたちへ儀式の重要性を伝える企画を続々と実行していく予定です。何よりも「こころのインフラづくり」が最重要です。

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汗ビッショリで疲労困憊・・・



座談会の終了後、わたしは銀座で打ち合わせが控えていたので、COMS虎ノ門を後にしました。西新橋から銀座まで徒歩で向かったのですが、時間にすれば15分ほどですが、スーツを着込んでいるものですから、ものすごく暑くて、滝のような汗が流れてきました。脱水症状のようになりながら、命からがら打ち合わせ場所である「木村屋」2Fの喫茶店に辿りつきましたが、もう疲労困憊です。ノックアウト寸前・・・・・・。

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メニューに「桃のパフェ」(期間限定)を発見!



ふとメニューを見ると、期間限定の「桃のパフェ」という、まるで地獄に仏のようなスイーツがあるではありませんか。なんと、白桃山梨県産シャーベットがトッピングについています。わたしは迷わず、「桃のパフェ&アイスコーヒー」のセット(1400円)を注文したのでした。
冷たくて、甘くて、美味しかったです。生き返りました。

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「木村屋」の桃のパフェが美味しかった!



2018年8月30日 一条真也

2018-08-27

冠婚・衣裳責任者会議  

一条真也です。
27日の午後から、サンレーグループ冠婚・衣裳責任者会議が開催されました。会場は、松柏園ホテルのバンケット「ザ・ジュエルボックス」でした。各地から、わが社の誇る“むすびびと”たちが集結しました。

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最初はもちろん一同礼で・・・
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冠婚・衣裳責任者会議での訓話のようす



17時から、わたしが「社長訓話」を行いました。わたしはまず、ブログ「アップデートする冠婚葬祭」で紹介したダイエー凋落、紅白歌合戦の視聴率低下の背景にあった時代の変化について話しました。それから、ネットで読んだ「とんねるずがここまで時代錯誤になったワケ」という記事の内容を紹介し、そこから冠婚葬祭業が学ぶことを考えてみました。

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ダイエー凋落の背景について
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紅白視聴率低下の背景について



フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」30周年記念のスペシャル番組で石橋貴明扮する「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」が登場。これが物議を醸し、最終的にフジテレビの宮内正喜社長が謝罪するに至りました。LGBTをはじめ、性的マイノリティへの理解が進みつつある昨今、こうした差別的な表現は許せません。ブライダルの世界もLGBTと無関係ではいられません。わたしたちも、正しい対応に努めたいものです。

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パワハラもヤンキー文化も終わりです!



また、とんねるずは「パワハラ芸」がウリでしたが、これも今の時代には合いません。同様に、日大のアメフト部とか日本ボクシング連盟の一連の問題から、「体育会」的な体質というものに国民が強い嫌悪感を示しているという風潮があります。これまで日本の結婚披露宴では、「パワハラ」や「体育会」を連想させる暴露ネタなどが流行していた時期もありました。大手の商社でも、若手男性社員が全裸になる余興などが伝統だったそうです。良識ある親族の眉をひそめさせていたものですが、ヤンキー文化が完全に終わりつつある今、このへんの問題についても考える必要があることは言うまでもありません。わが社のブライダル・スタッフは、お客様が恥をかかないように適切なアドバイスをすべきです。

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「ブロックチェーン」とは何か?



それから、ブライダルの話題を超えて、社会全体の問題を語りました。あと半年で「平成」が終わります。日本のみならず、世界全体が猛烈なスピードで変化していますが、その中心にあるのがWebの世界です。
金融とテクノロジーを掛け合わせたものを「フィンテック」といいますが、その代表例がビットコインなどの「仮想通貨」です。その「仮想通貨」が通貨として機能し、サービスが成り立つ上で非常に重要な技術と言われているのが「ブロックチェーン」です。

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互助会経営も根本的に変わる!



ブロックチェーンは分散して管理されるので、ビットコインを利用しているあらゆるユーザーのコンピューターに保存されます。銀行のような特定の管理機関がないため、権限が一箇所に集中することはありません。そのためシステム障害に強く、かつ低コストで金融サービスが運用できると期待されているそうです。このようなシステムが本当に普及すれば、銀行そのものの存続も危うくなるわけで、時代の変化の凄まじさを痛感します。わたしたち冠婚葬祭互助会の経営も根本的に変わることが予想されます。

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Web3.0革命とは?



ブロックチェーン技術の浸透によって、Webは「3.0」にシフトする可能性があります。これまでの流れを俯瞰すると、以下のようになります。
■Web1.0(1995〜2005)ホームページの時代
■Web2.0(2005〜2018)SNSの時代
■Web3.0(2018〜)ブロックチェーンの時代
Web3.0には、以下のような特徴があります。
(1)非中央集権、分散的
(2)データは企業ではなく、ユーザーが保有
(3)相互運用性がある
(4)ボーダーレス
(5)不正侵入やデータ漏洩の劇的な減少
(6)サーバーダウンなし

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社会はどのように変わるか?



インターネット人口は世界で40億人近いとされています。
膨大な量のデータが、Amazon、Facebook、Twitterといった巨大怪獣のようなIT企業が管理する中央集権型のサーバーに蓄積されていきました。個人情報は極めて価値が高い資産であったわけですが、Web3.0革命によって、権力と情報は、現代の巨大怪獣たちに集中させるのではなく、データの持ち主の手に戻っていくことになるでしょう。

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「仏教3.0」「神道3.0」とは?



この「Web3.0革命」は一種の進化論といえますが、形骸化が叫ばれている日本仏教にこの視点を持ち込んだのがブログ『アップデートする仏教』で紹介した本を書いた藤田一照氏と山下良道氏です。
それによれば、以下のように説かれています。
■仏教1.0(檀家制度に支えられた葬式仏教・コミュニティ仏教として形骸化していった日本の大乗仏教)
■仏教2.0(瞑想修行の実践的プログラムと実修を具体的に提示したテーラワーダ仏教
■仏教3.0(テーラワーダ仏教による批判的吟味を踏まえて仏教本来の瞑想修行を取り戻した大乗仏教)

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宗教の世界も激変する!



そして、宗教哲学者の鎌田東二氏は、ブログ『天河大辨財天社の宇宙』で紹介した柿坂神酒之佑氏との共著で次のような三種神道を示しています。
■神道1.0(天皇制を頂点とした律令体制以降の神社神道や近代のいわゆる国家神道)
■神道2.0
(天皇制以前から存在していた神祇信仰や自然崇拝を中核とした自然神道や古神道)
■神道3.0
(自然神道を核とし国家神道を内在的に批判突破した神神習合や神仏習合や修験道をも内包する生態智神道)

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冠婚葬祭はどう変わる?
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冠婚葬祭3.0とは?



わたしは「仏教3.0」や「神道4.0」だけでなく「冠婚葬祭3.0」についても考えるべき時期が来ていると思います。「寺院消滅」や「神社消滅」が叫ばれている昨今ですが、制度疲労を迎えているのは、けっして日本仏教や神道だけではないのです。とりあえず、次のように考えてみました。
■冠婚葬祭1.0
(戦前の村落共同体に代表される旧・有縁社会の冠婚葬祭)
■冠婚葬祭2.0
(戦後の経済成長を背景とした互助会の発展期における華美な冠婚葬祭)
■冠婚葬祭3.0
(無縁社会を乗り越えた新・有縁社会の冠婚葬祭)

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無縁・無婚・無葬社会を乗り越えろ!



無縁社会は、無婚社会や無葬社会を招きました。いま、七五三も成人式も結婚式も、そして葬儀も大きな曲がり角に来ています。現状の冠婚葬祭が日本人のニーズに合っていない部分もあり、またニーズに合わせすぎて初期設定から大きく逸脱し、「縁」や「絆」を強化し、不安定な「こころ」を安定させる儀式としての機能を果たしていない部分もあります。いま、儀式文化の初期設定に戻りつつ、アップデートの実現が求められています。「冠婚葬祭3.0」、さらには「冠婚葬祭4.0」の誕生が待たれているのです。

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懇親会の冒頭で挨拶する佐久間会長
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冠婚事業の将来ヴィジョンを述べました



社長訓話が終わった後は、松柏園の大広間で懇親会が開かれました。最初に佐久間会長が挨拶し、「わが社の仕事は、冠婚・葬祭・互助会からなる三位一体の事業です。三方良しの精神で頑張りましょう。今の日本が最も困っている問題は、少子高齢化です。婚活で世直しをしながら、わが社の冠婚部門の発展にもつなげていただきたい!」と述べました。

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わたしも挨拶しました



続いて、わたしも挨拶しましたが、まずは「日本ボクシング連盟の山根でございます」と大ボケをかまし、緊張気味だった場の空気を和らげました。それから、「日大アメフト部から日本ボクシング連盟に至る一連の事件を見てもわかるように、体育会=パワハラの時代は完全に終わりです。わが社のミッションは『人間尊重』です。パワハラもセクハラもないハートフルな職場づくりに努めましょう!」と呼びかけました。
それから、東常務の音頭で乾杯しました。

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懇親会のようす



各地から参集したみなさんは、お酒や料理を楽しみながら会話の花を咲かせました。最後は、北陸本部の小久保事業部長による中締めの挨拶でした。小久保事業部長は、 サンレー・オリジナルの「末広がりの五本締め」で締めました。これをやると、みんなの心が本当にひとつになる気がします。その後も、松柏園のラウンジで二次会が行われました。わが社のコンパは和気あいあいと続いたのであります。



2018年8月28日 一条真也

2018-08-24

エンディング産業展講演  

一条真也です。
東京に来ています。連日さまざまな業界関連の行事に参加していますが、24日の11時から、ブログ「エンディング産業展講演のお知らせ」で紹介した講演を東京ビッグサイトにおいて行いました。

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エンディング産業展の受付前で
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ポスターが貼られた控室で
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講演会場前には長蛇の列が・・・・・・
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超満員になりました!



演題は、「人生の修め方〜『終活』の新しいかたち〜」です。開場前から講演会場前には長蛇の列ができて、おかげさまで会場は超満員となりました。中に入れない方もいたほどでした。互助会保証の寺坂社長、冠婚葬祭総合研究所の兼松副社長をはじめ、業界関係の方々の姿も見えました。嬉しく、また心強く感じました。

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みなさん、こんにちは!
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ウルマンの「青春」を紹介



冒頭、わたしは「アンチエイジング」という言葉についての異論を唱えました。これは「『老い』を否定する考え方ですが、これは良くありませんね」と述べました。そして、わたしは「老いと死があってこそ人生!」という話をしました。サミュエル・ウルマンの「青春」という詩がありますが、その根底には「青春」「若さ」にこそ価値があり、老いていくことは人生の敗北者であるといった考え方がうかがえます。おそらく「若さ」と「老い」が二元的に対立するものであるという見方に問題があるのでしょう。「若さ」と「老い」は対立するものではなく、またそれぞれ独立したひとつの現象でもなく、人生というフレームの中でとらえる必要があります。

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「人生の五計」を紹介


理想の人生を過ごすということでは、南宋の朱新仲が「人生の五計」を説きました。それは「生計」「身計」「家計」「老計」「死計」の5つのライフプランです。朱新仲は見識のある官吏でしたが、南宋の宰相であった秦檜に憎まれて辺地に流され、その地で悠々と自然を愛し、その地の人々に深く慕われながら人生を送ったといいます。そのときに人間として生きるための人生のグランドデザインとでも呼ぶべき「人生の五計」について考えたのでした。

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老年期は実りの秋である!



それからわたしは、「老年期は実りの秋である!」という話をしました。今年の夏は本当に暑かったですね。わたしは50代の前半ですが、若い頃と違って暑さが体にこたえます。昔は夏が好きだったのですが、今では嫌いになりました。四季の中では、秋が好きです。古代中国の思想では人生を四季にたとえ、五行説による色がそれぞれ与えられていました。すなわち、「玄冬」「青春」「朱夏」「白秋」です。

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インドのライフサイクルについて語る



インドにも「老い」をテーマにしたライフライクルがありました。
ヒンドゥー教の「四住期」という考え方です。これは理想的な人生の過ごし方というべきもので、人間の一生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の4つの段階に分けて考えます。最後の遊行期は、この世へのいっさいの執着を捨て去って、乞食となって巡礼して歩き、永遠の自己との同一化に生きようとしたのです。

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超高齢社会をどうとらえるか



こうして歴史をひもといていくと、人類は「いかに老いを豊かにするか」ということを考えてきたといえます。「老後を豊かにし、充実した時間のなかで死を迎える」ということに、人類はその英知を結集してきたわけです。人生100年時代を迎え、超高齢化社会の現代日本は、人類の目標とでもいうべき「豊かな老後」の実現を目指す先進国になることができるはずです。その一員として、実りある人生を考えていきたいものです。

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終活ブームの背景



それから、わたしは「終活」についての考えを述べました。これまでの日本では「死」について考えることはタブーでした。でも、よく言われるように「死」を直視することによって「生」も輝きます。その意味では、自らの死を積極的にプランニングし、デザインしていく「終活」が盛んになるのは良いことだと思います。その一方で、わたしには気になることもあります。「終活」という言葉には何か明るく前向きなイメージがありますが、わたしは「終活」ブームの背景には「迷惑」というキーワードがあるように思えてなりません。

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家族とは互いに迷惑をかけ合うもの!



わたしは大きめの声で、次のように訴えました。
「そもそも、家族とはお互いに迷惑をかけ合うものではないでしょうか。
子どもが親の葬式をあげ、子孫が先祖の墓を守る。
当たり前ではないですか。そもそも“つながり”や“縁”というものは、互いに迷惑をかけ合い、それを許し合うものだったはずです。

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「終活ブーム」について語る



いま、世の中は大変な「終活ブーム」です。
多くの犠牲者を出した東日本大震災の後、老若男女を問わず、「生が永遠ではないこと」そして必ず訪れる「人生の終焉」というものを考える機会が増えたことが原因とされます。多くの高齢者の方々が、生前から葬儀や墓の準備をされています。「終活」をテーマにしたセミナーやシンポジウムも花ざかりで、わたしも何度も出演させていただきました。さらに、さまざまな雑誌が「終活」を特集しています。ついには日本初の終活専門誌まで発刊され、わたしも同誌でコラムを連載しました。現在はWEBで連載しています。

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「終活」から「修活」へ



このようなブームの中で、気になることもあります。それは、「終活」という言葉に違和感を抱いている方が多いことです。特に「終」の字が気に入らないという方に何人も会いました。もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。ならば、わたしも「終末」という言葉には違和感を覚えてしまいます。死は終わりなどではなく、「命には続きがある」と信じているからです。
そこで、わたしは「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しました。「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。よく考えれば、「就活」も「婚活」も広い意味での「修活」ではないでしょうか。学生時代の自分を修めることが就活であり、独身時代の自分を修めることが婚活です。そして、人生の集大成としての「修生活動」があります。

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これからは「修活」の時代です!



有史以来、「死」は、わたしたち人間にとって最重要テーマでしたし、それは現在も同じです。わたしたちは、どこから来て、どこに行くのか。そして、この世で、わたしたちは何をなし、どう生きるべきなのか。これ以上に重要な問題など存在しません。 なぜ、自分の愛する者が突如としてこの世界から消えるのか、そして、この自分さえ消えなければならないのか。これほど不条理で受け容れがたい話はありませんね。これまで数え切れないほど多くの宗教家や哲学者が「死」について考え、芸術家たちは死後の世界を表現してきました。医学や生理学を中心とする科学者たちも「死」の正体をつきとめようとして努力してきました。「死」こそは人類最大のミステリーです。

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「修める」という心構え



かつての日本は、たしかに美しい国でした。
しかし、いまの日本人は「礼節」という美徳を置き去りし、人間の尊厳や栄辱の何たるかも忘れているように思えてなりません。それは、戦後の日本人が「修行」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」という覚悟を忘れてしまったからではないでしょうか。老いない人間、死なない人間はいません。死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。老い支度、死に支度をして自らの人生を修める。この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないでしょうか。

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自分の葬儀を想像してみましょう!



続いて、誰でもが実行できる究極の「修活」についてもお話しました。
それは、自分自身の理想の葬儀を具体的にイメージすることです。
親戚や友人のうち誰が参列してくれるのか。そのとき参列者は自分のことをどう語るのか。理想の葬儀を思い描けば、いま生きているときにすべきことが分かります。参列してほしい人とは日ごろから連絡を取り合い、付き合いのある人には感謝することです。生まれれば死ぬのが人生です。死は人生の総決算。葬儀の想像とは、死を直視して覚悟することです。覚悟してしまえば、生きている実感がわき、心も豊かになります。

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入棺体験のすすめ



自分の葬儀を具体的にイメージするとは、どういうことか?
それは、その本人がこれからの人生を幸せに生きていくための魔法です。わたしは講演会などで「ぜひ、自分の葬義をイメージしてみて下さい」といつも言います。友人や会社の上司や同僚が弔辞を読む場面を想像することを提案するのです。そして、「その弔辞の内容を具体的に想像して下さい。そこには、あなたがどのように世のため人のために生きてきたかが克明に述べられているはずです」と言いました。
葬儀に参列してくれる人々の顔ぶれも想像するといいでしょう。
そして、みんなが「惜しい人を亡くした」と心から悲しんでくれて、配偶者からは「最高の連れ合いだった。あの世でも夫婦になりたい」といわれ、子どもたちからは「心から尊敬していました」といわれる。

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死を見つめてこそ生が輝く!



自分の葬儀の場面というのは、「このような人生を歩みたい」というイメージを凝縮して視覚化したものなのです。その理想のイメージを現実のものにするには、あなたは残りの人生を、そのイメージ通りに生きざるをえないことがおわかりかと思います。これは、まさに「死」から「生」へのフィードバックではないでしょうか。よく言われる「死を見つめてこそ生が輝く」とは、そういうことだと思います。人生最期のセレモニーである「お葬式」を考えることは、その人の人生のフィナーレの幕引きをどうするのか、という本当に大切な問題です。

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究極の「修活」とは?



究極の「修活」とは死生観を確立することではないでしょうか。死なない人はいませんし、死は万人に訪れるものですから、死の不安を乗り越え、死を穏やかに迎えられる死生観を持つことが大事だと思います。一般の人が、そのような死生観を持てるようにするには、どのようにしたらよいでしょうか。わたしがお勧めしているのは、読書と映画鑑賞です。まず読書ですが、わたしは、『死が怖くなくなる読書』(現代書林)という本を上梓しました。自分が死ぬことの「おそれ」と、自分が愛する人が亡くなったときの「悲しみ」が少しずつ溶けて、最後には消えてゆくような本を選んだブックガイドです。

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「修活」としての読書について



例えば、人はガンで余命1年との告知を受けたとすると、「世界でこんなに悲惨な目にあっているのは自分しかいない」とか、「なぜ自分だけが不幸な目にあうのだ」などと考えがちです。しかし、本を読めば、この地上には、自分と同じガンで亡くなった人がたくさんいることや、自分より余命が短かった人がいることも知ります。これまでは、自分こそこの世における最大の悲劇の主人公と考えていても、読書によってそれが誤りであったことを悟ることができます。また、死を前にして、どのように生きたかを書いた本もたくさんあります。さらに、仏教でも、キリスト教などでも良いですが、宗教の本を読むことによって、死に向かっての覚悟や心構えなどが得られます。何もインプットせずに、自分一人の考えで死のことをあれこれ考えても、必ず悪い方向に行ってしまいます。ですから、死の不安を乗り越えるには、死と向き合った過去の先輩たちの言葉に触れることが良いと思います。

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「修活」としての映画鑑賞について



読書ともに映画鑑賞も大切です。わたしは、『死が怖くなくなる読書』の続編として、『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)という本を上梓しました。
長い人類の歴史の中で、死ななかった人間はいませんし、愛する人を亡くした人間も無数にいます。その歴然とした事実を教えてくれる映画、「死」があるから「生」があるという真理に気づかせてくれる映画、死者の視点で発想するヒントを与えてくれる映画などを集めました。わたしは、映画をはじめとした動画撮影技術が生まれた根源には、人間の「不死への憧れ」があると思っています。

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写真と映画の相違



映画と写真を比較しますと、写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、「時間を殺す芸術」と呼ばれます。一方、動画は、かけがいのない時間をそのまま「保存」するので「時間をいけどりにする芸術」です。そのことは、わが子の運動会などの様子をビデオカメラで必死に撮影する親たちの姿を見ても良く分かります。
「時間を保存する」ということは、「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画がつくられてきたのだと思います。

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映画の本質について



映画で今まで一番多くつくられたのは、「時間を超越する」映画だそうです。時間を超越するタイムトラベルを夢見る背景には、現在はもう存在しない死者に会うという目的があるのではないでしょうか。
わたしは、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると考えています。そして、映画とは「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあると思います。映画を観れば、わたしが大好きなヴィヴィアン・リーやオードリー・へプバーン、グレース・ケリーや、三船敏郎、高倉健にも、いつでも好きなときに会えますから・・・。

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「死」の不安を乗り越える



同様のことは、読書にも言えます。わたしは芥川龍之介、谷崎潤一郎、三島由紀夫などが好きなのですが、既に亡くなっている作家ばかりです。古典というのは、それを書いた人は総て亡くなっている人です。亡くなった人の言葉に触れるというのは、死者と交流しているわけです。読書は交霊術と言っても良いと思うのです。そして、読書でこの世にいない死者の言葉に触れたり、映画で死者の姿を見るということは、自分もいつかあちらの世界に行くのだということを、自然と受け入れていく力があると思います。

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映画鑑賞という臨死体験



映画を観ると、死の不安を乗り越えられるというのは、なぜか。わたしは映画が好きで良く観るのですが、なるべく映画館で観るようにしています。映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなる感覚を覚えます。それはどうしてなのか考えてみたのですが、映画館で映画を観るというのは、実は臨死体験であるということを発見しました。どういうことかと言いますと、映画館では、わたしたちは闇の中からスクリーンに映し出された光を見ています。闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。ですから、闇から光を見るというのは、死者が正者の世界をのぞき見るという行為と同じなのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験と言うか、死を疑似体験するのです。ですから、映画をたくさん観て、死の不安を乗り越えていただきたいと思います。

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アップデートする冠婚葬祭
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最後は葬儀の重要性を訴えました



その他にも「死生観」を持つことの大切さを訴え、アップデートする冠婚葬祭について説明し、最後に葬儀の重要性についてお話しました。あっという間に90分が経過し、わたしの講演は終了しましたが、盛大な拍手を頂戴して感激しました。講演後は多くの方々と名刺交換をさせていただきました。おかげさまで拙著を販売する書籍コーナーも大人気で、用意していた本はすべて売り切れました。その後、エンディング産業展の展示ブースを回ってから、会場を後にしました。

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書籍販売コーナー
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書籍コーナーも大人気!
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講演後、エンディング産業展を視察



2018年8月24日 一条真也

2018-08-23

株主総会と東京タワー

一条真也です。
東京に来ています。23日の14時から、港区芝公園3丁目にある「機械振興会館」で互助会保証株式会社の定時株主総会が開催されました。わたしは同社の監査役を務めています。早いもので、ブログ「互助会保証の監査役に就任しました」の日から、もう5年が経過しました。

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昼の東京タワー



互助会保証株式会社は、経済産業大臣から指定を受けた指定受託機関です。株主総会では、同社の寺坂社長が議長を務められ、粛々と議事をこなされました。株主総会の後は、役員会、そして監査役会が開催されました。
その後、東京芝とうふ屋「うかい」へ移動しましたが、機械振興会館を出ると眼前に東京タワーが聳え立っていました。下から見上げると、「雄大」を超えて「崇高」な印象があります。久々に訪れた東京芝とうふ屋「うかい」で、役員意見交換会が行われました。

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株主総会会場の機械振興会館(東京タワー向かい)
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東京芝とうふ屋「うかい」
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季節感のある「先付」
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うかい名物の「あげ田楽」



「うかい」は有名な店で、なかなか予約を取ることができません。
もともとは八王子にある豆腐店が発祥だそうですが、東京タワーの真下という最高のロケーションに手入れの行き届いた日本庭園が見事です。うかい名物の「あげ田楽」などを堪能しましたが、ワインにもよく合って美味しかったです。みなさんとは業界の将来についても意見を交換させていただきましたが、先輩経営者の方々と一緒に語り合える時間の貴重さをしみじみと感じました。

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夜の東京タワー



お開きとなり、東京芝とうふ屋「うかい」を出ると、ライトアップされた東京タワーが輝いていました。まさに最高の眺めですね!
明日は、ブログ「エンディング産業展講演のお知らせ」で紹介した講演を「東京ビッグサイト」で行います。寺坂社長をはじめ、互助会保証のみなさんも講演を聴きに来て下さるそうです。感謝!

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第4回エンディング産業展」で講演します



2018年8月23日 一条真也

全互協総会

一条真也です。
東京に来ています。
前日に続いて、22日も、わたしはJR大塚駅前にあるホテル・ベルクラシック東京を訪れました。ここで開催される一般社団法人・全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の諸行事に参加するためです。

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会場となったホテル・ベルクラシック東京
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全互協創立45周年記念講演のようす



まずは、全互協創立45周年記念講演&パネルディスカッションです。
政策委員会の杉山委員長による講演、杉山委員長に全互協の山下副会長、政策委員会の神田副委員長、和田副委員長を交えてのパネルディスカッションが行われました。興味深い白熱の議論が交わされました。

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経産大臣表彰のようす
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創立45周年功労者特別表彰のようす



続いて、創立45周年記念式典です。
御多忙の中を世耕・経済産業省大臣がお越し下さり、御挨拶の後、経産大臣表彰を行われました。それから、サンレーの佐久間進会長(全互協初代会長)が創立45周年功労者特別表彰を受けましたので、わたしが代理を務めました。その後は、冠婚葬祭文化振興財団・社会貢献基金報告&功労者表彰で、サンレーも表彰されました。

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第9回総会のようす



それから、第9回総会が開催されました。2期4年を務められた齋藤会長に代わって、山下新会長が誕生しました。不肖わたしも、新しい副会長に選任されました。同じく副会長に選任された杉山副会長(全互連会長)とともに、全互連の仲間である山下会長を全力でお支えしたいと思います。総会終了後は、第40回政治連盟定期大会が開催されました。

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創立45周年記念祝賀会で挨拶する山下新会長
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鏡割りのようす



そして、全互協創立45周年記念祝賀会が開催されました。
冒頭の山下新会長の開会挨拶はとても情熱に溢れ、その熱弁に国会議員の先生方も聴き入っておられました。そこで、わたしたち新任の副会長も壇上で紹介されました。また、多くの国会議員の先生方にもお越しいただき、御挨拶を頂戴しました。鏡割りの後、齋藤前会長の音頭で乾杯が行われ、盛大に宴が幕を開けました。わたしは来賓の皆様、同志の仲間たちと大いに語り合いました。その後も山下新会長のお供をして二次会、三次会にも参加しました。自分なりに、全互協の副会長職を全うしたいと思います。
齋藤前会長の未来を的確にとらえたビジョンと強いリーダーシップで、全互協はさらにチームワークが強固になったと思います。齋藤会長、本当に4年間お疲れ様でした!

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全互協の副会長として頑張ります!
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この名刺をお配りしました



2018年8月23日 一条真也

2018-08-22

納涼の夕べ in 屋形船

一条真也です。
東京に来ています。ブログ「全互協創立45周年記念関連行事」で紹介したイベントの後は、創立45周年式典および第9回総会の前夜祭として企画された「納涼の夕べ」に参加しました。

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「船清」の上空には月が・・・・・・
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屋形船に乗り込む乗客ら
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わたしたちの船は定員120名でした



大塚のホテル・ベルクラシック東京からバスで北品川まで行き、有名な「船清」の屋形船に乗りました。屋形船に乗るのは10年ぶりくらいです。
19時前に出航し、着物姿の綺麗どころのサービスを受けながら、料理とお酒と業界の仲間たちとの会話を楽しみました。料理は揚げたての天ぷらが美味しかったです。

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船内のようす
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たくさん料理が出ました
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着物姿の綺麗どころもたくさん・・・

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レインボーブリッジを背景に



途中、レインボーブリッジの近くで船の二階に上がりました。
わたしは、ブログ「ドナウ川クルーズ」で紹介したプラハの夜を思い出しました。あれは4月のことでしたが、あれからもう4ヵ月も経過したなんて信じられません。屋形船では、綺麗どころ総出演の「東京音頭」の踊りをクライマックスとしてお開きとなり、21時過ぎに下船しました。

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レインボーブリッジの真下に来ました
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最後は「東京音頭」で♪



今夜は、業界の同志たちと有意義かつ楽しい時間を持つことができました。
22日は、やはりベルクラシック東京で全互協創立45周年記念講演&パネルディスカッション、冠婚葬祭文化振興財団・社会貢献基金報告&功労者表彰、創立45周年記念式典、第9回総会、第40回政治連盟定期大会、創立45周年記念祝賀会などが開催されます。



2018年8月22日 一条真也