Hatena::ブログ(Diary)

一条真也の新ハートフル・ブログ

2018-09-03

ブログ引っ越します!  

一条真也です。
いつも、当ブログをご愛読いただき、ありがとうございます。
今日は、大切なお知らせがございます。8月30日、「『はてなダイアリー』2019年春にサービス終了」というニュースが流れました。当ブログも「はてなダイアリー」です。近いうちに終了するのではないかと予想はしていましたので、わたしは「ついに来たか・・・」と思いました。

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2010年2月14日、「一条真也のハートフル・ブログ」を「はてなダイアリー」にオープンし、8年7か月の歳月が経ちました。これまでに「一条真也のハートフル・ブログ」を2013本、「佐久間庸和の天下布礼日記」を2000本、「一条真也の新ハートフル・ブログ」を2670本、合計で6683本ものブログ記事を「はてなダイアリー」で公開してきました。
その「はてなダイアリー」が来春に終了すると知り、この際、ブログを止めようかなとも思いました。西南戦争に敗れ自決を覚悟した西郷どんのように、「もうここらでよかろう」という心境になったのです。
しかし、当ブログには多くの読者の方々がいます。ブログ「カメラを止めるな!」で紹介した大ヒット映画ではありませんが、「ブログを止めるな!」というメッセージがわたしのもとに多く寄せられました。

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そして本日、「一条真也の新ハートフル・ブログ」は、「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に引越しいたします。これまで、当ブログをお楽しみいただいた読者の皆様には引き続き、引越し先の“はてなブログ版「一条真也の新ハートフル・ブログ」”をお楽しみいただければ幸いです。ブックマークやお気に入り登録をしていただいていた読者の皆様には、移転先で再登録して下さいませ。よろしければ、「読者になる」のご登録をお願いいたします。引っ越し先は以下の通りです!

*はてなブログ版「一条真也の新ハートフル・ブログ
https://shins2m.hatenablog.com/


2018年9月3日 一条真也

お彼岸について  

一条真也です。
ブログ「8月は死者を想う季節」で紹介したように、先月からWEB「ソナエ」で「一条真也の供養論」というコラムの連載がスタートしました。

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お彼岸について考える



一条真也の供養論」の第2回タイトルは、「お彼岸について考える」です。9月にはお彼岸があります。20日に彼岸入り、23日が「秋分の日」で、26日が彼岸明けです。彼岸は浄土思想に由来する。阿弥陀如来が治める極楽浄土(西方浄土ともいう)は、西方の遥か彼方にあると考えられていました。そのため、真西に太陽が沈む春分・秋分の日は夕日が極楽浄土への「道しるべ」となると考えられていたのです。



春彼岸は、3月18日〜24日、秋彼岸は9月20日〜26日というふうに、3月の「春分の日」と、9月の「秋分の日」の前後3日間の計7日間、もしくはこの期間に行われます。この7日間にも理由があります。すなわち、最初の3日は父方の供養、後の3日間は母方の供養、中の1日は水子、子供の供養をする日なのです。わたしは、『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)の内容なども織り込みながら、「お彼岸」についての思いなどを書きました。
ご一読いただければ幸いです。

決定版 年中行事入門

決定版 年中行事入門



2018年9月3日 一条真也

2018-09-01

『人生はあなたに絶望していない』  

一条真也です。
今日から9月です。早いものですね。
125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。連載中の「ハートフル・ブックス」の第125回が掲載されています。『人生はあなたに絶望していない』永田勝太郎著(致知出版社)を取り上げました。

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サンデー新聞」2018年9月1日号



「V・E・フランクル博士から学んだこと」というサブタイトルがついています。
著者は昭和23年千葉県生まれの医師です。慶應義塾大学経済学部中退後、福島県立医科大学卒業。千葉大学、北九州市立小倉病院、東邦大学浜松医科大学付属病院心療内科科長、日本薬科大学統合医療教育センター所長を歴任。公益財団法人国際全人医療研究所代表幹事。慢性疼痛などの全人的医療を研究。平成18年には、ヴィクトール・フランクル大賞を受賞しています。



フランクルとは、世界的名著として知られる『夜と霧』の著者であり、ナチスの強制収容所を生き抜いた精神科医です。著者はそのフランクル博士の薫陶を受け、心療内科医として自らの医療活動に役立ててきました。心療内科といえば、わたしの父は、かつて財団法人・日本心身医学協会の会長を務めていました。同協会の理事長だったのが、九州大学名誉教授で「日本の心身医学の父」と呼ばれた故・池見酉次郎先生でした。池見先生とタッグを組んだ父は、心療内科の普及に努めました。その池見先生こそは著者のもう一人の師です。その関係で、わたしは学生時代に著者にお会いしたことがあります。



本書の表紙には、フランクル博士の顔写真とともに、彼の「人間、誰しもアウシュビッツ(苦悩)を持っている。しかし、あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない。あなたを待っている誰かや何かある限り、あなたは生き延びることができるし、自己実現できる」という言葉が紹介され、「柳澤桂子さん推薦!」として、「一人の医師が、血の滲む苦しみの末、多くの患者のために難病から立ち直る感動の書」と書かれています。



著者は、50歳を迎えようとしていた頃に、病に倒れました。主治医にも見放されました。寝たきりになり、死に直面したとき、著者には絶望という言葉しかありませんでした。著者が生き延びるためには、フランクルが説いた「自己超越」せざるを得ませんでした。「一介の医師でしかない私にそんな力は備わっていない」とも思ったそうですが、「そうした力がなければ、私は死んでいただろう。私にその力を与えてくれたのが、フランクル博士の残した言葉であった」といいます。



精神の病は、フロイト流の「快楽への意志」やアドラー流の「権力への意志」といった根拠でのみ論じることはできなくなりました。
フランクルによれば、精神の病の主要原因は、もはや「意味への意志」であり、人間の生きる意味の探究であるといいます。最後に、フランクルに質問をしたガン患者のエピソードには感動します。まさに、「人生はあなたに絶望していない」と思いました。




2018年9月1日 一条真也

2018-08-04

『いざなうもの』  

一条真也です。
4日、125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。連載中の「ハートフル・ブックス」の第124回が掲載されています。今回は、『いざなうもの』 谷口ジロー著(小学館)を取り上げました。

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サンデー新聞」2018年8月4日号



昨年逝去した漫画家の未発表絶筆「いざなうもの 花火」(原作:内田百けん)を含む近作の作品集です。いずれも単行本初収録です。わたしは著者の漫画の大ファンで、『「坊ちゃん」の時代』をはじめ、『歩くひと』『犬を飼う』『父の暦』『遥かな町へ』などの名作を何度も読み返しました。テレビドラマ化もされた『孤独のグルメ』も愛読書の1つです。



わたしは東京出張したとき、いつも羽田空港からモノレールに乗ります。終点の浜松町駅で降りると、駅ビルの中の大型書店を通り抜けるのですが、本書はその書店のレジ横のワゴンに積まれていました。クリーム色の表紙カバーと「谷口ジロー」の文字が見えました。



わたしの心は騒ぎましたが、急いでいたので無視しようとしました。しかし、数メートル歩いたところで「いや、今あれを買わないと絶対に後悔する」と思い直し、レジまで戻って列に並び直して本書を求めたのでした。まさに、本書は書名のとおりに「いざなうもの」だったのです。



その日のうちに一気に読みましたが、まずは最初に収録されている『何処にか』という短編の魅力の虜となりました。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が登場する作品です。著者が描く八雲は『「坊ちゃん」の時代』シリーズの夏目漱石や森鷗外や石川啄木に劣らぬ存在感を示しています。



本書の最後に「いざなうもの 花火」も収録されていますが、最初は完成された漫画作品なのですが、次第にラフ画のようになってきて、最後は絶筆で終わっています。このようにリアルな「人生の終わり」をそのままページの上に再現した本というのは珍しいです。



「何処にか」と「いざなうもの 花火」の間にあるのが「魔法の山」。病気の母親の命を救うために、幼い兄と妹が大冒険するというファンタジーです。母を想う子の心には、どうしても泣かされます。ジブリアニメの「となりのトトロ」にも通じる物語です。この三作には、いずれも血縁への郷愁のような感情が描かれています。著者の漫画を読んで、懐かしい思いがするのは、幼少の頃の両親の愛情が甦ってくるからかもしれません。



最後には、著者の直筆で「たったひとりでもいい。本が何度も、何度でも、本がボロボロになるまで読まれるマンガを描きたい。あきることなく何度も開いて絵を見てくれるマンガを描きたい。それが私のたったひとつの小さな望み」という文章が書かれています。
この遺書のような著者の言葉を読んで、わたしは深い感銘を受けました。「漫画の神様」と呼ばれた手塚治虫をはじめ、命の灯が燃え尽きるまで描き続けた作家は何人かいますが、著者もその1人だったのです。




2018年8月4日 一条真也

2018-08-03

8月は死者を想う季節

一条真也です。
ブログ「終活読本『ソナエ』夏号」で紹介したように、「ソナエ」で長らく連載していた「一条真也の老福論」が終了しました。そして本日、 WEB「ソナエ」で「一条真也の供養論」というコラムの連載がスタートしました。

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WEB「ソナエ」TOPページ



一条真也の供養論」の第1回目のタイトルは「8月は死者を想う季節」です。まず、冒頭で、わたしは「供養」とは、死者と生者とのコミュニケーションの問題であると述べました。それから、「今年も8月がやってきた」として、日本人全体が死者を思い出す季節であることを指摘しました。

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第1回「8月は死者を想う季節」



6日の「広島原爆の日」、9日の「長崎原爆の日」、12日の御巣鷹山の日航機墜落事故の日、そして15日の「終戦の日」というふうに、3日置きに日本人にとって忘れられない日が訪れます。 そして、それはまさに日本人にとって最大の先祖供養である「お盆」の時期とも重なります。
わたしは、『唯葬論』(サンガ文庫)で展開したメッセージなども織り込みながら、「お盆」に込められている意味などを書きました。これから毎月、月初めに更新されます。どうぞ、ご愛読よろしくお願いいたします!



2018年8月3日 一条真也

2018-07-27

オウム全員死刑執行

一条真也です。
東京に来ています。これから北九州に帰ります。
今朝開いた新聞でオウムの6人の確定囚の死刑が執行されたと知り、驚きました。昨日はずっと会議続きで、夜はブログ「渋谷の夜」で紹介した会食があり、このニュースを、わたしはまったく知りませんでした。

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「産経新聞」2018年7月27日朝刊



「産経新聞」の2018年7月27日朝刊の1面TOPには「オウム13人全員の死刑執行」の大見出し、「残る6確定囚 執行」「教団事件の法手続きすべて終結」の見出しで、以下のリード文が書かれています。
「法務省は26日、松本・地下鉄両サリン事件など一連のオウム真理教事件で死刑が確定した教団元幹部ら6人の刑を執行したと発表した。上川陽子法相が命令した。元教祖の麻原彰晃元死刑囚=本名・松本智津夫、執行時(63)=ら7人は6日に執行されており、これで一連の事件で死刑が確定した13人全員が執行された。有罪が確定した教団の関係者190人全員の刑が執行されたことにもなり、日本社会を震撼させた未曾有の事件の法手続きは全て終結した」




地下鉄サリン事件をはじめとする一連のオウム真理教事件は、わたしの考え方にも多大な影響を与えました。今から8年前の2010年の3月20日、地下鉄サリン事件15周年の日、わたしはオウム関連の記事を1日に6本も書きました。以下の通りです。
『オウム〜なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』
『アンダーグラウンド』
『約束された場所で』
『1Q84』BOOK1&2
『二十歳からの20年間』
「地獄」(石井輝男監督)

オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか-

オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか-



その中の島田氏の大著『オウム〜なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』の書評記事で、わたしは次のように自分なりにオウム事件を総括しました。
「日本の犯罪史上に残るカルト宗教が生まれた背景のひとつには、既存の宗教のだらしなさがあります。あのとき、オウムは確かに一部の人々の宗教的ニーズをつかんだのだと思いますが、そのオウムは自らを仏教と称していました。そもそもオウムは仏教ではなかったという見方ができました。オウムは地獄が実在するとして、地獄に堕ちると信者を脅して金をまきあげ、拉致したり、殺したり、犯罪を命令したりしたわけです。本来の仏教において、地獄は存在しません。魂すら存在しません。存在しない魂が存在しない地獄に堕ちると言った時点で、日本の仏教者が『オウムは仏教ではない』と断言するべきでした。ましてやオウムは、ユダヤ・キリスト教的な『ハルマゲドン』まで持ち出していたのです。わたしは、日本人の宗教的寛容性を全面的に肯定します。しかし、その最大の弱点であり欠点が出たものこそオウム真理教事件でした。仏教に関する著書の多い五木寛之氏は、悪人正機説を唱えた親鸞に『御聖人、麻原彰晃もまた救われるのでしょうか』と問いかけました。核心を衝く問いです。五木氏は最近、小説『親鸞』(講談社)上下巻を発表してベストセラーになっていますが、くだんの問いは、親鸞が開いた浄土真宗はもちろん、すべての仏教、いや、すべての宗教に関わる人々が真剣に考えるべき問いだと思います」
それから8年が経過した今でも、わたしのオウム事件に対する考えは基本的に同じです。




それにしても、元教祖である麻原彰晃元死刑囚ら7人の死刑執行から20日後に6人の死刑が執行されたのは、どうしてか。「なぜ、この時期なのか?」という疑問を多くの人が抱いていると思います。もちろん、「平成のうちに」というのが最大の理由でしょうが、あと、わたしは「7月中に終わらせたかったのではないか」という気もします。この7月には、西日本豪雨という大災害で多くの犠牲者を出しましたが、その悲劇の記憶とともに今月中にすべてを終わらせたかったのではないかという気がするのです。

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「産経新聞」2018年7月27日朝刊



というのも、あと数日で8月です。8月は日本人全体が死者を思い出す季節です。 6日の「広島原爆の日」、9日の「長崎原爆の日」、12日の御巣鷹山の日航機墜落事故の日、そして15日の「終戦の日」というふうに、3日置きに日本人にとって忘れられない日が訪れるからです。 そして、それはまさに日本人にとって最も大規模な先祖供養の季節である「お盆」の時期とも重なります。まさに8月は「死者を想う季節」と言えるでしょう。
この日本人の「こころ」と「たましい」にとって最も大切な時期を迎える前に、日本史上に残る凶悪犯罪であるオウム事件を終結させたかったのではないか。わたしには、そのように思えてなりません。




なお、各紙の報道によれば、麻原元死刑囚の遺体は今月9日に東京都内で火葬されたそうです。麻原元死刑囚の四女は遺骨を引き取る意思を示し、四女の代理人弁護士は「太平洋での散骨」を望む意向を表明しました。一方、麻原元死刑囚の妻や三女らは「(元死刑囚の生前の)精神状態からすれば、特定の人を自分の遺体の引き取り人として指定することはあり得ない」として、妻への引き渡しを求めています。日本人の精神史に大きな爪痕を残した麻原彰晃の「葬」はどのように行われるのか。
0葬ではないようですが、海洋散骨になるのか、それとも?
わたしは最後まで、この問題に注目したいと思います。



2018年7月27日 一条真也