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一条真也の新ハートフル・ブログ

2017-06-09

東郷平八郎像

一条真也です。
わたしは日本最初の総合週刊誌である「サンデー毎日」にコラム「一条真也の人生の四季」を連載していますが、ブログ「観光は銅像見学から」で紹介したように銅像について書いたところ、予想外に大きな反響がありました。

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「サンデー毎日」2017年6月18日号



また、ブログ「『天下布礼日記』修了!」で紹介したように、「佐久間庸和の天下布礼日記」が2000本目の記事をもって修了いたしましたが、多くの方々から「銅像ブログを読めなくなるのは困る」との声を頂戴しました。そこで、この「一条真也の新ハートフル・ブログ」で「STATUE」というカテゴリーを新設することにしました。「STATUE」ですから、銅像のみならず石像、石膏像など、さまざまな彫像も紹介していきます。お楽しみに!

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東郷平八郎像がある三笠公園のようす



わたしは観光が大好きです。多くの観光地には、その土地ゆかりの銅像が建立されています。じつは、わたしは三度の飯より銅像が好きなのです。
正確には、銅像の真似をして写真に写ることが好きなのです。
しかし、これは単におふざけでやっていることではありません。
「銅像」とは偉大なる先人たちの魂が宿った姿であり、そのポーズには何かしらのメッセージが潜んでいます。その偉人と同じポーズをとることで、偉人の志と「同期」することが大事なのです。これは先人に対する「礼」でもあり、その精神を学ばせていただいています。
その記念すべき第1回目は「東郷平八郎像」であります。

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東郷平八郎像の偉容


日露戦争において、大日本国帝国海軍の連合艦隊司令長官として日本海海戦においてロシアのバルチック艦隊を完膚なきまでに撃滅した人物です。位人臣を極めるという言葉がありますが、東郷平八郎は、位階は従一位、勲位は大勲位、功級は功一級。爵位こそ侯爵ですが、上杉謙信が「神になった戦国大名」であるように、東郷は「神になった連合艦隊司令長官」です。東京・原宿に鎮座する東郷神社の祭神は「東郷平八郎命」であり、勝利の神様 至誠の神様として知られています。

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彫刻家・清水多嘉示による渾身の一作!



さて、東郷平八郎像は横須賀市稲岡町にある三笠公園内にある世界の三大記念艦の1つである記念艦「三笠」を背景として昭和42年(1967)に建立されています。彫刻家・清水多嘉示による渾身の一作です。清水は当初は画家を志していたのですが、絵画を学ぶためにパリに留学した際、ロダンの高弟であるアントワーヌ・ブールデルの作品に深い感銘を受け、爾来彫刻を天職とした人物です。清水が多くの作品を寄贈することでオープンしたのが八ヶ岳美術館ですが、そのオープンの翌年1981年に逝去しています。享年84。東郷像は、日本海海戦時の戦艦「三笠」の艦橋に立つ威風堂々たる雄姿をイメージして造られています。

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東郷平八郎像の前で



大日本帝国海軍の軍装姿、愛用のツァイス社製双眼鏡を右手に持ち、時の皇太子(大正天皇)より下賜された一文字吉房の海軍拵(軍刀)に左手に添えています。「日本海海戦後言志 日の本乃海にととろく かちときは 御陵威かしこむ 聲とこそしれ」という東郷の署名と花押を銘板にあしらっています。記念艦「三笠」と東郷平八郎像・・・・・・このコラボは最強です!
記念艦「三笠」は、公益財団法人「三笠保存会」によって運営されていますが、世界で現存する唯一の前弩級戦艦といわれています。ちなみに三笠と並び称される「世界の三大記念艦」はイギリスの「ヴィクトリー」及びアメリカの「コンスティチューション」です。それぞれ、自国の独立を守るための重要な海戦において歴史的な勝利を収めたことから「世界の三大記念艦」といわれています。

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記念艦「三笠」の前で



さて、戦艦三笠とはどのような存在だったのか。
記念艦「三笠」公式HPでは、次のように紹介しています。
「日清戦争に勝利した我が国は、下関条約により賠償として清国から遼東半島を割譲されましたが、強力な軍事力を極東に展開している露独仏三国の強い干渉を受け、遼東半島を清国に返還せざるを得ませんでした。欧米列強の軍事脅威から主権と領土を守るためには軍事力の強化が急務と痛感した時の政府は、戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻を基幹とする『六六艦隊整備計画』を推進しました。『三笠』は、英国ヴィッカース造船所に発注した6隻目の戦艦であり、明治35年(1902年)3月に竣工、直ちに横須賀に回航され、日露関係が悪化し戦時体制に移行した明治36年12月、連合艦隊に編入され、その旗艦になりました」

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記念艦「三笠」乗艦記念



世界最大の戦艦大和も戦艦武蔵も轟沈しましたが、日本近代史に燦然と輝く戦艦三笠は英国製とはいえ、現存しているということが驚きです。御神体として祀る東郷神社公式HPでは、東郷元帥について紹介しています。
「御祭神の東郷平八郎命は、弘化4年(1847年)12月22日薩摩藩士東郷吉左衛門の4男として鹿児島市加治屋町でご誕生、昭和9年(1934年)5月30日午前7時、88歳で東京都麹町三番町において薨去されました。
御祭神は、幕末19歳で薩摩藩の海軍に入り明治維新前後の海戦に従事、明治4年(1871年)24歳の時にイギリスに留学してウースター号等で7年間厳しい訓練に耐え、船乗りとしての知識と技術を修め、海軍魂を培って帰国し立派な日本海軍士官となりました」

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記念艦「三笠」の艦内で



輝かしい功績について概略した後、日露戦争での活躍について、東郷神社公式HPは次のように紹介しています。
「日露戦争(1904〜1905)では聯合艦隊司令長官として三笠艦上に『皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ』とのZ旗を掲げ、露国のバルチック艦隊を日本海において撃滅して世界の海戦史上空前絶後の完全な勝利を成し遂げられました。
この大勝は、わが国を国難から救っただけではなく、当時ロシア等大国の植民地政策の圧力下にあった国々に、大きな喜びと希望を与えました」

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「三笠」の司令長官室



日露戦争が終結し、連合艦隊が帰還した際、「聯合艦隊解散之辞」が東郷元帥により示達されます。文章の起草者は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の主人公の一人である秋山真之(さねゆき)です。
その最後の一節は、以下の通りです。
「神明は唯(ただ)平素の鍛練に力(つと)め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直(ただち)に之(これ)を奪う。古人曰く勝(かっ)て兜の緒を締めよと」
身の引き締まるような名文です。




東郷神社公式HPでは、その後の東郷について紹介しています。
「大正の始めに元帥府に列せられ、大正3年(1914年)から7年間東宮御学問所総裁として昭和天皇の御教育の大役を果たし、明治、大正、昭和の三朝に至誠一貫奉仕、国家の重鎮、まごころの人として、日本だけでなく世界の人々からも英雄『大東郷』と尊敬されるようになりました。
昭和9年日本の偉大な世界的英雄が天寿を全うされるや『至誠(まごころ)は神に通じる』とその一生を貫かれた御徳を長く後世に伝えて顕彰するため、神社にお祀りしてほしいとの要望と献金が全国各地から海軍省に届き、この熱意に応えて時の大角海軍大臣は各界の識者にはかり、財団法人東郷元帥記念会を設立、全国民に呼びかけて国民からの浄財によって神社を創建することになりました」

坂の上の雲 全8巻セット (新装版) (文春文庫)

坂の上の雲 全8巻セット (新装版) (文春文庫)



司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』では、東郷の逸話も多数紹介されていたように記憶しますが、やはり「日本海海戦」の三笠の最上艦橋での秋山真之とのやりとりは深い感銘を受けます。長篇小説ですから再読もままなりませんが、せめて名場面だけでも読み返したいもの。
たかが歴史小説、されど歴史小説です。史実かどうかも大事ですが、歴史上の人物に「何を学ぶか」はもっと肝要です。その意味では歴史小説の効用はそれなりにあるように感じます。

易経〈上〉 (岩波文庫)

易経〈上〉 (岩波文庫)



もともと「学ぶ」という言葉は「真似ぶ」から来ています。
銅像の真似をすることには意味があるのです。「観光」とは、もともと四書五経の1つである『易経』の中の「観國之光」という言葉に由来します。「國之光」とは、その地域の「より良き文物」や「より良き礼節」と「住み良さ」をさします。すなわち観光とは、日常から離れた異なる景色、風景、街並みなどに対するまなざしなのです。どんな土地にも、固有の光り輝く魅力がある。観光とは文字通り、その光を観ることにほかなりません。土地の光を観る精神は、人間の光を観る精神にもつながるように思う。つまり、その人の長所や美点を観るということです。

論語 (岩波文庫)

論語 (岩波文庫)



『論語』には「君子は人の美を成す。人の悪を成さず。小人は是れに反す」という言葉があります。「君子は人の美点を伸ばし、悪い点は出さないようにするものだ。小人はその反対だ」という意味です。「温故知新」も『論語』に出てくる言葉ですが、わたしは銅像を通して先人の志を学ばせていただいているのです。まだ見ぬ銅像とめぐりあえることを楽しみにしています。



2017年6月9日 一条真也