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一条真也の新ハートフル・ブログ

2017-09-25

『龍馬とカエサル』   

一条真也です。
今ほど、世界の指導者たちのリーダーシップが試されている時があるでしょうか。アメリカのドナルド・トランプ大統領、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のリーダーシップに人類の命運が託されていると言っても過言ではありません。しかし、両者の罵り合いには絶望的な気分になります。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、中国の習近平国家主席、韓国の文在寅大統領、そして、日本の安倍晋三首相にも重大な決断が迫られています。

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龍馬とカエサル』(2007年7月3日刊行)



ということで、世界平和への祈りを込めて、「一条真也による一条本」を久々にお届けいたします。今回は、『龍馬とカエサル』(三五館)で、2007年7月3日に刊行された本です。サブタイトルは「ハートフル・リーダーシップの研究」です。帯には、以下のように書かれています。
「なぜあの人はモテるのか? この問いに、博覧強記の著者が説き明かす平成版『帝王学』入門!」「水五則、幸福三説、イノベーション・・・・・・、古今東西、不朽の行動哲学から読み解いた、時代の要請に応えた『人間的魅力』の研究」

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本書の帯



また帯の裏には、以下のように書かれています。
「究極の人生訓から見いだした、『リーダーシップの真髄』を徹底指南!」「『万人の幸福のため』に、思いを馳せたことはあるか?」「現場を見ないリーダーは、仲間を死なせる」「魔法の言葉『すべて私にお任せください』」「部下に仕える歯車であれ」「だらしない日常で、尊敬されたいとは図々しい」

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本書の帯の裏



本書の「目次」は以下のようになっています。
はじめに――人間的魅力を探る
第1章 リーダーの理想
】「万人の幸福のため」に、思いを馳せたことがあるか?
】差別されたことがあるか。その汚い経験を味わえ 
】「志」を立て、では、何に心を注ぐべきか? 
】公益を念頭に、「夢」と「欲」を逆算せよ
】大いなる可能性を秘める「奇」を尊べ!
】「先を読む」とは、成果を得ることをいう  
】「自由」を手にするには、私心を捨てる 
】いかなる超人も、自分ひとりでは生きられまい
】情熱あふれる弁舌は、人の心を動かす
】直筆の手紙には、品性と言霊が宿る
】オシャレは、「精神の自己表現」である
】借金してでも心を肥やせ 
】下心のないプレゼント魔の凄味
】別れ際こそが大切である
】自分が変われば周りもおのずと変わる
】私には必ず実現させたいことがある! 
】横に跳ぶ創意が、大いなる事を成す
】ヒト・モノ・カネの以前に必要なチカラとは?
】無理にでも笑顔をつくる力を求む!
】現場を見ないリーダーは、仲間を死なせる
】私がリーダーに『論語』を薦めるワケ 
】現実世界に対する法律の影響力を知る
第2章 リーダーの資質
】哲学なきリーダーに「志」は宿らず 
】悪党の上手をいく知恵を絞り出せ
】その人の美しいところだけ、見つめてあげよう
】熱意の習慣化が成功の条件となる
】素直な心で自然の理法にしたがう
】指導者とは、つねに誠実でありたい 
】「愛嬌」と「可愛気」を備えもつ人物
】だらしない日常で、尊敬されたいとは図々しい  
】「恥の文化」を守り、日本人らしさを広める 
】知識は専門化してこそ意味を持つ 
】行動は知識を完成し、感情を生む
】「心」の偉大さに気づけば、何でもできる
】小事から大事が生まれることを知る
】ドラッカー提唱のイノベーションの真意
】古典はよむべし、必ず役に立つ 
】「道とはどういうものですか」 
】音楽好きだった孔子の「礼楽」の効用 
】鳴かぬなら 我が鳴こうか ほととぎす 
】組織の連帯感を編み出す一例 
】毛沢東も紹介した逸話「愚公、山を移す」 
】信念をもった「蛍」は光り続ける 
幸田露伴の「幸福三説」 
上杉鷹山の「思いやり」
第3章 リーダーの使命  
】心の中の火種を燃やす 
】リーダーは胸中のエゴイズムと闘え!
】不朽の文献「水五則」
】たとえ知恵があっても、まず汗を出せ
】嫉妬は狐色に焼いてみる
】部下に静かに、合掌することを勧める 
】いかにして真意を部下に伝えるか
】アリストテレスの質問作法 
】恩とはサーブ、感謝はレシーブ
】一期一会とは、真実の瞬間である
】「五交」か、「素交」か 
】真の知恵者は馬鹿のふりで現れる
】たやすく許すな、大きく許せ!
】疑うなら使うな、使ったら疑うな
】ダレた心を目覚めさせる方法
】先頭に立たなければ、人は動かない
】人望と展望に人は集まる
】共通の体験が強い共感を生む 
】役割を果たして、社会の役に立つこと
】相手の名前は、1回で覚えてあげたい
】認めよ、されば働かん
】部下に仕える歯車であれ
第4章 リーダーの条件 
】哀しき「ゆでガエル」
】お湯はなぜ突然、沸騰したのだろうか? 
】決断こそがリーダーの仕事である  
】最先端かつ最強の競争戦略理論 
】ハートフル・リーダーシップの真髄 
】数字は絶対にウソをつかない
】おもしろおかしく仕事を愉しむ! 
】「ゆとり」のなさは、部下に必ず伝染する
】清掃によって、人の心を美しくする
】なぜ、あの人はモテるのか?
】何のため、どうして、経済活動に励むのか
】選択せよ!そして、集中せよ!
】魔法の言葉「すべて私にお任せください」
】「死ぬ覚悟」の系譜
】「生きがい」という難問を克服する 
】長老の役割と大切さ
】人生に絶望なし!
】堂々と生きないことこそ不幸である
】ブッダに学ぶ究極の癒し
】誕生日は一緒に祝ってあげよう
】真のリーダーシップとは「晴朗」とも書く
おわりに――真説「M&A」戦略の時代へ
「引用・参考文献一覧」

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一条本の赤本と青本



本書は、「ハートフル・マネジメント」をテーマとした『孔子とドラッカー』(三五館)に続く「人間の心を動かす法則集」です。テーマは「リーダーシップ」。一条本の読者の間で前作は「赤本」、本書は「青本」として親しまれたようです。



世にリーダーシップについて語った本は多く、リーダー待望論は強いです。
リーダーとは何でしょうか。まず、人を導く存在であり、それゆえ人を動かす存在であると言えます。では、どうやって人を動かすのか。それは、その人の心を動かすしかありません。ならば、どうやって人の心を動かすのでしょうか。
かつて「人の心はお金で買える」と言った人物がいましたが、もちろん、人の心はお金では買えません。人の心を動かすことができるのは、人の心だけです。本書では、徹底的に「心」に焦点を当てて、リーダーシップについて考えてみました。



その内容は、リーダーを目指すあらゆる人に当てはまると思います。
わたし自身、千数百人を数える会社の社長を務めており、いつも「良きリーダーになりたい」と願っています。そのために、古今東西のリーダーシップに関する本を読み漁り、人の心を動かす究極のツボを「平」「道」「恩」など、キーワード別のエッセイ・テイストでまとめてみました。その中には、わたし自身の経験も含まれていますが、基本的には、わたしが一人前の経営者になるべく学んだ備忘録のようなものです。



さて、リーダーシップについて考えはじめると、そのとたん理想の人間像を求める旅に出てしまうことに気づきます。経営者などという枠組みを超え、人間として「かく在りたい」「かく振る舞いたい」という理想が、自分にとっての究極のリーダー像をつくりあげるのです。そして、理想の人間、理想のリーダーというものに想いを馳せたとき、その本質は「人間的魅力」という一語に集約されてしまうことがわかります。意思の強さとか判断力とか包容力とか、リーダーシップに必要とされる要素をいくら列挙しようが、それらはしょせん、「人間的魅力」という曖昧にして圧倒的な価値の前では輝きを失うのです。

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真のリーダーとは?



わたしにとって、たまらなく人間的魅力を持った人物が歴史上、二人います。坂本龍馬とユリウス・カエサルです。言わずと知れた、龍馬は幕末維新の志士であり、カエサルは古代ローマの政治家でした。ともに壮大な理想を追求し、志半ばにして暗殺された悲劇のヒーローです。
この二人に魅力を感じるのはわたしだけではないらしく、龍馬は日本史の、カエサルは世界史の、それぞれ「人気ランキング」の首位を指定席としています。

竜馬がゆく (新装版) 文庫 全8巻 完結セット (文春文庫)

竜馬がゆく (新装版) 文庫 全8巻 完結セット (文春文庫)



二人は大変な人気者ですが、そのバックボーンには、司馬遼太郎や塩野七生といった国民的人気作家の存在も大きく影響しています。
司馬遼太郎の膨大な作品群は多くの日本人に読まれていますが、その中でも最も売れた作品が『竜馬がゆく』である。わたしが生まれた1963年に初版単行本が出版されて以来、単行本・文庫本合わせて累計2200万部以上が売れたといいます。この作品が書かれる前の坂本龍馬は、それほどの有名人ではありませんでした。わたしも含めて現在の日本人のほとんどは、龍馬に明るく愛嬌のあるイメージを抱いていますが、それはずばり、この作品の影響なのです。



タイトルを「龍馬」ではなく「竜馬」とした理由については、司馬遼太郎自身が「自分は自分の竜馬を書きたい」「龍の字は画数が多い」などと語ったといいます。吉川英治の『宮本武蔵』が決して等身大の武蔵を描いたわけではないように、司馬遼太郎も自らの理想の人間像としての竜馬を描いたのです。しかし、『竜馬がゆく』には、日本人が理想とするリーダー像があますところなく魅力的に描かれています。

ローマ人の物語 (4) ユリウス・カエサル-ルビコン以前

ローマ人の物語 (4) ユリウス・カエサル-ルビコン以前



またユリウス・カエサルは、昔からジュリアス・シーザーの名で『プルターク英雄伝』やシェイクスピアの戯曲に登場し、大きな人気を博してきました。もともとアレクサンダーやナポレオンと並んで世界史の人気者でしたが、作家の塩野七生氏の大著『ローマ人の物語』によって、一躍、最高の人気者にのぼりつめたのです。『ローマ人の物語』の中で活躍するカエサルは「こんなリーダーの下に仕えてみたい」と読者に思わせるほど、何ともいえぬ男の色気をふんだんに放っており、人間的魅力の塊とさえ言えます。



歴史に対する見方は十人十色であり、それは龍馬やカエサルに対しても同様です。しかし、わたしは徹底して司馬史観、塩野史観に基づいて本書を書きました。もちろん本書はリーダーシップに関する本ですが、司馬作品と塩野作品のエッセンスが高密度で込められた本という性格も帯びることになりました。わたしは御両人の著書をほとんどすべて読みましたが、この二人の作品は、現代の日本における政治家や経営者といった現役のリーダーたちの最大の愛読書でもあります。



龍馬とカエサル。この時空を超えた二人のリーダーの共通点は驚くほど多いです。結局は二人が巨大な「人間的魅力」の持ち主であったことに尽きるでしょう。その魅力は彼らの部下である男性のみならず、多くの女性たちをも虜にしました。実際、日本史上で最も女性にモテたのは龍馬であり、世界史上で最もモテたのはカエサルであると、わたしは思います。ですから、本書に紹介されている彼らの数々のエピソードを読めば、異性に好かれるコツのようなものがわかるかもしれません。



「なんだ、結局はモテ本か!」と言うなかれ。人間的魅力の発露という点において、女性にモテることも、部下の男性から愛されることも、その根本は同じなのです。そして、人間的魅力とは天性のものばかりではありません。もちろん、生まれつき人に好かれるタイプの人間は実在しますが、人間的魅力を構成する大部分の要素は各人の努力によって、ある程度身につくものなのです。そんな、とっておきの人に愛される秘訣、そして人を動かす秘訣を多く紹介しました。



本書では龍馬とカエサルの二人のみを取り上げたわけではありません。
孔子とドラッカー』同様、安岡正篤中村天風松下幸之助、稲盛和夫といった、わが「心の用心棒」たちが大活躍してくれました。太陽としての彼らのまばゆい光を、わたしは月として反射し、読者に届けたつもりです。

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青いカバーを外すと・・・・・・



龍馬とカエサルはともに若くしてその生を閉じました。そのためか、彼らには常に「青春」のイメージがついてまわります。そして、そのイメージを色にするなら、絶対に青です。鮮やかで爽やかなブルーからは、龍馬が見つめた土佐の海、カエサルが渡ったルビコン河も連想されます。そのイメージは、本書のカバーを外すと眼前に現れるでしょう。
わたしは、「はじめに――人間的魅力を探る」の最後に、「さあ、これから『ハートフル・リーダーシップ』という名の船(シップ)に乗って、ルビコン河を渡り、土佐の荒波を越えて行こう! 一緒に人間的魅力を求める大航海に出ようではないか!」と書きました。

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1項目に2ページで、3分間スピーチに最適!



さて、前作『孔子とドラッカー』は幸いにして多くの読者を得ましたが、「スピーチに使える本だ」という感想が非常に多かったです。
1項目が4ページだったのですが、それ5分間スピーチにちょうどよいというのです。本書は1項目に2ページを割り当て、なるべき多くの項目を紹介するようにしました。全部で末広がりの88項目ありますが、ちょうど3分間スピーチに使うのに最適でした。



本書は「リーダーシップ」についての本ですが、中には「マネジメント」に関する内容もあります。「ハートフル・マネジメント」を副題とする『孔子とドラッカー』と同時期に書いた原稿を加えたという物理的な事情もありますが、何よりも「マネジメント」と「リーダーシップ」は密接にからみ合っており、この問題はマネジメント、これはリーダーシップの問題といったふうには単純に切り離せないからです。ともに、「人の心を動かす」ための車の両輪です。



本書を書き終えて、いよいよ「M&A戦略」の時代がはじまると実感しました。龍馬とカエサルはリーダーとして持つべきものの多くを持っていたと思いますが、特に感じるのが二人は大いなる「M&A」の人だったということです。「M&A」といっても、企業の合併・買収のことではありません。「M」とはMission(ミッション)であり、「A」とはAmbition(アンビション)のこと。
すなわち、わが平成心学で言う「M&A」とは、「使命と志」のことなのです。



リーダーには何より「ミッション」が大切です。もともとキリスト教の布教を任務として外国に派遣される人々を意味する言葉でしたが、現在はより一般的に「社会的使命」や「使命感」を意味するようになってきています。ミッション経営とは、社会について考えながら仕事をすることであると同時に、顧客のための仕事を通して社会に貢献すること。すなわち、顧客の背後には社会があるという意識を持たなくてはなりません。
経営者としてのわたしに多大な影響を与えた経営学者のピーター・ドラッカーは、「仕事に価値を与えよ」と力説しましたが、これはとりもなおさず、その仕事の持つミッションに気づくということでしょう。わたしどもの会社は冠婚葬祭業を営みますが、わたしはこの仕事くらい社会的に価値のある仕事はないと心の底から思っています。



そして、ミッションと並んでリーダーにとって不可欠なものが、アンビション、つまり「志」です。わたしは、志というのは何よりも「無私」であってこそ、その呼び名に値すると思っています。こよなく尊敬する吉田松陰に「志なき者は、虫(無志)である」という言葉がありますが、これをもじれば、「志ある者は、無私である」と言えるでしょう。よく混同されますが、夢と志は違います。「自分が幸せになりたい」というのは夢であり、「世の多くの人々を幸せにしたい」というのが志です。夢は私、志は公に通じているのです。自分ではなく、世の多くの人々です。「幸せになりたい」ではなく、「幸せにしたい」です。この違いがとても重要なのです。



わたしは1人の経営者として、ミッション(使命)とアンビション(志)の2つを真の「M&A」として大切にしていきたいと思います。冠婚葬祭業界においても、ハード戦略、つまり施設の展開競争も、もう終わり。
これからは、「ハード」よりも「ハート」、つまりその会社の思いや理念を見て、顧客が選別する時代に入ると確信しています。そのときに、最大の武器であり資産となるものがM&Aなのです。もちろん冠婚葬祭業やサービス業に限らず、今後はすべてのビジネスシーンにおいて新しいM&A戦略が効力を発揮してゆくでしょう。

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ハートフル・ソサエティ』と『ハートフル・カンパニー』(ともに三五館)



なぜなら、これから到来する社会とは人間の心が最大の価値を持つ「心の社会」としてのハートフル・ソサエティだからです。人はかならず、心に向かいます。そして、顧客はかならず、使命と志をしっかりと抱いた企業を選択するのです。リーダーにとって、使命を果たすことは義務であり、志を果たすことは責任です。本書を読み、大いなる使命と志を胸に抱いたハートフル・リーダーたちが、人の心を動かすハートフル・マネジメントによって、自社をハートフル・カンパニーとし、ハートフル・ソサエティを呼び込む原動力となってくれることを祈りつつ、わたしは『龍馬とカエサル』を上梓しました。

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究

龍馬とカエサル―ハートフル・リーダーシップの研究



2017年9月25日 一条真也

2017-06-07

『愛する人を亡くした人へ』

一条真也です。
今回の「一条真也による一条本」ですが、『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)をご紹介します。2007年7月16日刊行に刊行された本で、「悲しみを癒す15通の手紙」というサブタイトルがついています。

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愛する人を亡くした人へ』(2007年7月16日刊行)



本書の帯には「『さみしさ』という深い闇の中で月あかりに導かれているような温かさを感じました。――」「愛する人を亡くしたとき、人はその悲しみ、喪失感にどう立ち向かっていけばいいのか。――死に直面した人の心に、愛という水を注ぎ込む、現代人のための心の書」

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本書の帯



またカバー前そでには、以下のように書かれています。
「わたしは、さまざまな葬儀に毎日のように立ち会っていますが、残された遺族に何より必要なのが悲しみを癒すグリーフケアであり、『死は決して不幸な出来事ではない』という物語だと確信しています」

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本書の帯の裏



本書の「目次」は、以下のようになっています。
 第一信 別れ◆愛する人を亡くすということ
 第二信 儀式◆かたちには「ちから」があります
 第三信 自然◆あなたのすぐそばにいます
 第四信 いのち◆永遠につながっています
 第五信 受容◆死は不幸ではありません
 第六信 死の体験◆どこまでも自由です
 第七信 悲しみ◆かならず立ち直れます
 第八信 癒し◆愛する人が望んでいます
 第九信 学び◆得るものがあります
 第十信 愛◆もっとも価値あるものです
第十一信 時間◆人間がつくったものです
第十二信 あの世◆平和に暮らしています
第十三信 生まれ変わり◆もう一度、会えます
第十四信 記憶◆思い出してください
第十五信 再生のシンボル◆月を見上げてください
「おわりに」

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巻頭の写真



冒頭には、以下のように書かれています。
「あなたは、愛する人を亡くされました。
さぞ、深い悲しみに沈んでおられることでしょう。
今は、夜。空には月のかけらもなく、真っ暗です。
あなたの心も、この夜空のように漆黒の闇に包まれているのでしょうね。わたしは、これから毎晩、あなたに短い手紙をお出ししようと思います。短いけれども、とても大事なことを、心を込めて書きますので、どうか、お読みくださいね。最後まで読み終わったとき、あなたの心に少しでも光が射していることを願っています」



わたしは、冠婚葬祭の会社を経営しています。
本社はセレモニーホールも兼ねており、そこでは年間じつに数千件の葬儀が行なわれています。そのような場所にいるわけですから、わたしは毎日のように、多くの「愛する人を亡くした人」たちにお会いしています。 その中には、涙が止まらない方や、気の毒なほど気落ちしている方、健康を害するくらいに悲しみにひたっている方もたくさんいます。亡くなった人の後を追って自死するかもしれないと心配してしまう方もいます。




「愛する人」と一言でいっても、家族や恋人や親友など、いろいろあります。わたしは、親御さんを亡くした人、御主人や奥さん、つまり配偶者を亡くした人、お子さんを亡くした人、そして恋人や友人や知人を亡くした人が、それぞれ違ったものを失い、違ったかたちの悲しみを抱えていることに気づきました。 それらの人々は、いったい何を失ったのでしょうか。それは、


親を亡くした人は、過去を失う。
配偶者を亡くした人は、現在を失う。
子を亡くした人は、未来を失う。
恋人・友人・知人を亡くした人は、自分の一部を失う。



ということだと思います。そういった、さまざまなものを失った方々とお話するうちに、愛する人を亡くした人へのメッセージを手紙として書くことを思いつきました。現実に悲しみの極限で苦しんでおられる方々の心が少しでも軽くなるお手伝いをしたかったのです。

愛する人を亡くした時 〈新版〉

愛する人を亡くした時 〈新版〉



この「親を亡くした人は、過去を失う。配偶者を亡くした人は、現在を失う。子を亡くした人は、未来を失う。恋人・友人・知人を亡くした人は、自分の一部を失う」という言葉は有名になりましたが、これはユダヤ教の聖職者でありグリーフケア・カウンセラーでもあるアール・A・グロルマンが著者『愛する人を亡くした時』(春秋社)で述べた「愛児を失うと親は人生の希望を奪われる。配偶者が亡くなると、共に生きていくべき現在を失う。友人が亡くなると、人は自分の一部を失う。親が亡くなると、人は過去を失う」という言葉をわたしなりにアレンジしたものです。



さて、愛する人を亡くした人の悲しみを軽くするために、わたしは古今東西の宗教、哲学、文学、心理学、神秘学などに広く目を配り、すべての人にとって当てはまりそうな、普遍的な知恵となりうる考え方を求めました。そのうえで、わたし自身の考えを述べてあります。わたしは、若い頃からずっと「死」について考えてきました。「死」について考え続けてきたなどというと、なんだか陰気な死神のような人間だと思われるかもしれません。もちろん、「死」よりも関心のあるテーマはあります。それは、「幸福」です。



物心ついたときから、わたしは人間の「幸福」というものに強い関心がありました。学生のときには、いわゆる幸福論のたぐいを読みあさりました。それこそ、本のタイトルや内容に少しでも「幸福」の文字を見つければ、どんな本でもむさぼるように読みました。そして、わたしは、こう考えました。政治、経済、法律、道徳、哲学、芸術、宗教、教育、医学、自然科学・・・人類が生み、育んできた営みはたくさんある。では、そういった偉大な営みが何のために存在するのかというと、その目的は「人間を幸福にするため」という一点に集約される。さらには、その人間の幸福について考え抜いた結果、その根底には「死」というものが厳然として在ることを思い知りました。



そこで、わたしが、どうしても気になったことがありました。
それは、日本では、人が亡くなったときに「不幸があった」と人々が言うことでした。わたしたちは、みな、必ず死にます。死なない人間はいません。いわば、わたしたちは「死」を未来として生きているわけです。その未来が「不幸」であるということは、必ず敗北が待っている負け戦に出ていくようなものです。わたしたちの人生とは、最初から負け戦なのでしょうか。



どんな素晴らしい生き方をしても、どんなに幸福感を感じながら生きても、最後には不幸になるのでしょうか。あの、あなたのかけがえのない愛する人は、不幸なまま、あなたの目の前から消えてしまったのでしょうか。
亡くなった人は「負け組み」で、生き残った人たちは「勝ち組」ですか。
そんな馬鹿な話はないと思いませんか。
わたしは、「死」を「不幸」とは絶対に呼びたくありません。
なぜなら、そう呼んだ瞬間、わたしは将来かならず不幸になるからです。



死は決して不幸な出来事ではありません。愛する人が亡くなったことにも意味があり、あなたが残されたことにも意味があります。15夜にわたってお届けする、わたしの手紙を最後まで読まれたあなたは、きっと死の正体について理解されるはずです。そして、おだやかな悲しみを抱きつつも、亡くなられた人のぶんまで生きていくという気持ちになってくれることを信じています。それは、何よりも、あなたの亡くした愛する人がもっとも願っていることなのです。

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最初は新月でした
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だんだん月が満ちていきます
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さらに満ちていきます
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そして満月になりました



この本には、じつは仕掛けがありました。左ページの上に月のイラストが描かれているのですが、それが新月の状態から15日間で満月へと変化するのです。いわゆるパラパラ漫画のような仕様にしました。死別の悲しみを癒すという内容の本でありながら、さりげない遊び心が隠されていることには、多くの読者の方々からご好評をいただきました。

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巻末の写真



「おわりに」には、以下のように書かれています。
「もうお気づきだと思いますが、十五通の手紙は、月の満ち欠けに対応しています。最初の手紙は新月の、夜空が真っ暗なときにお渡ししました。そして、最後の手紙は満月の、やわらかな光が夜空を照らしているときにお渡ししました。しかし、きれいな満月も明日からはまた欠けはじめます。だんだん欠けていって、ついには消えてしまいます。そして、いつかまた、新たに生まれ、満月をめざして満ちてゆくのです。
月は死に、また、よみがえる。人も、まったく同じことだということがおわかりいただけたでしょうか」

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最終ページに書かれたメッセージ


そして、最終ページには以下のように書かれています。
「死別はたしかに辛く悲しい体験ですが、
その別れは永遠のものではありません。
あなたは、また愛する人に会えるのです。
風や光や雨や雪や星として会える。
夢で会える。
あの世で会える。
生まれ変わって会える。そして、月で会える。
――かならず再会できるのです」




本書は刊行直後から大きな反響がありました。葬祭業界のみならず、医療界の方々もよく読んでくれたようで、その中に東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授にして、さらに東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長(当時)の矢作直樹氏がいました。

人は死なない?ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索?

人は死なない?ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索?



矢作氏は、ブログ『人は死なない』で紹介したベストセラーになった処女作の138ページに次のように書いています。
「遺体というのは不思議なものです。遺体は遺体でしかなく、単なる『モノ』でしかないわけであり、したがって執着するような対象ではないということを頭では理解していても、愛する者にとっては抜きがたい愛着を感じずにはいられないというのが、偽らざる本心です。おそらく、遺体への配慮は理屈ではなく、情として自然に出てくるものなのでしょう。
愛する人を亡くした人へ』という好著があり、自ら冠婚葬祭の会社を営んでいる一条直也氏は本の中で、葬儀とは『成仏』という儀式(物語)によって悲しみの時間を一時的に分断し、その物語の癒しによって、愛する人を亡くして欠けた世界を完全な状態にもどすこと、と願っています。私も、まったくその通りと思うのです」
このように、わたしの著書が突然紹介されて、非常に驚くとともに感動しました。ただ、まことに残念なのは、わたしの名が「一条直也」と間違っていたことでした。「一条直也は、『柔道一直線』の主人公ですよぉ!(涙)。

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新文化」2012年8月30日号より



この誤植のことをブログに書いたところ、なんと矢作氏ご本人からわたし宛てに直筆の手紙が届きました。手紙には誤植のお詫びが丁重に書かれていました。また、わたしに対して過分な言葉がたくさん書かれていました。
あくまで私信ですので、すべてを公開することはできませんが、一箇所だけ、わたしの心に大きなエネルギーを与えてくれた言葉を紹介させていただきたいと思います。矢作氏は、次のように書いて下さいました。
「一条様の著作はかねてより拝読させていただいており、『愛する人を亡くした人へ』では、その全体の斬新な文章構成、たいへん深い内容を読み手の心にそうようなやさしくわかりやすい文章で表現されていたことに感心させられ、いつか自分が文章を書くときがあったら、このような文章が書けたらと思っておりました」
わたしは、これを読んで、本当に嬉しく、また有難く感じました。
グリーフケアに対するわたしの想いを、東大医学部教授という日本の医学界のトップの方に多少なりとも評価していただき、感無量でした。その後、矢作氏には増刷の際に帯に掲載する推薦文を書いていただきました。

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矢作直樹氏の推薦文入りの帯



矢作氏に本書を紹介したのは、「未来医師イナバ」こと東京大学病院の循環器系内科医師である稲葉俊郎氏でした。若き臨床医である稲葉氏は、死別の悲しみで苦しんでいる方々に本書を何十冊も配って下さったそうです。その後、ブログ「勇気の人」に書いたように、わたしは2011年10月4日に東大病院を訪れ、矢作先生と初対面しました。
また、ブログ「矢作先生との再会」に書いたように、2012年8月5日に矢作・稲葉両氏とお会いしました。そこから新しいドラマが始まりました。

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命には続きがある』(PHP研究所)



そして、2013年7月4日には、ブログ『命には続きがある』で紹介した矢作氏との共著がPHP研究所から刊行されました。サブタイトルは「肉体の死、そして永遠に生きる魂のこと」で、矢作直樹先生とわたしの「命」と「死」と「葬」をめぐる対談本です。矢作氏の『人は死なない』とわたしの『愛する人を亡くした人へ』の2冊の本がクロスオーヴァーした内容と言えるでしょう。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2017年6月7日 一条真也

2017-06-06

『「あの人らしかったね」といわれる自分なりのお別れ』

一条真也です。
今回の「一条真也による一条本」ですが、『「あの人らしかったね」といわれる自分なりのお別れ』(扶桑社)をご紹介します。2007年5月9日に刊行された本ですが、ブログ『100文字でわかる世界の宗教』で紹介した本に続いて、編集プロダクションの造事務所と組んだ監修書です。

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「あの人らしかったね」といわれる自分なりのお別れ
(2007年5月9日刊行)



本書の帯には「『送られかた』は、自分がきめられる時代。」「いまどきのお葬式の最新事情が満載!」と書かれています。
また帯の裏には、「『エンディングノート』の書きかた、1級葬祭ディレクターが答える『お葬式のギモン』、お葬式の生前準備、自由葬・音楽葬・海洋葬・樹木葬生前葬・手元供養、お墓選びのポイント、グリーフケアまでわかる!」と書かれています。



本書の「もくじ」は、以下のようになっています。
はじめに「お葬式は究極の自己表現」
「著名人たちの“お別れ”のかたち」
【ステージ1】お葬式のかたちは自分で選ぶ!
  仏式にこだわる必要はない
  最近のお葬式の傾向は“個性化”
  軽視される「お葬式」の意味と意義
  「自分らしい別れ」が必要な理由
  遺志を伝える“エンディングノート”
  自分らしい“エンディングノート”をつくる
  「自分らしいお葬式」を行なうために
  死後の住処「お墓」の最近の時流
  お墓にも求められる多様化、個性化
  お墓に入らないという選択(1)
  お墓に入らないという選択(2)
  お葬式という儀式の演出方法
  「生きた証」が伝わるお葬式をつくる
  お葬式で個性はどこまで表現できるか
  お葬式の規模と場所を考える
  お葬式を行なってくれる人を考える
  葬祭業者の種類と選びかたを考える
  自分のお葬式にあてる費用を考える
  自分にあった費用の支払いかたを計画する
  お葬式の準備で死の恐怖は少なくなる
  ひとり暮らしの場合の備えを考える
  知っトクお葬式!(1)「かたちで残したい」男と「かたちに執着しない」女
【ステージ2】お葬式の流れをおさえよう!
  お葬式の流れ(1)危篤の知らせかた
  お葬式の流れ(2)死亡の知らせと死後の処置
  お葬式の流れ(3)搬送と安置、納棺まで
  お葬式の流れ(4)業者との打ち合わせ
  お葬式の流れ(5)お葬式の場所と日程
  知っトクお葬式!(2)冠婚葬祭互助会を正しく上手に利用するコツ
【ステージ3】送られかたのスタディーケース
  お葬式にも、さまざまなかたちがある!
  密葬とお別れ会を合わせた、ある家族の物語
  選択できる送られかた
   (1)「自由葬
   (2)「音楽葬」
   (3)「アイデア葬」
   (4)「ホテル葬」
   (5)「海洋葬」
   (6)「月面葬」
   (7)「樹木葬
   (8)「DNA追慕」
   (9)「生前葬
  大切な家族の一員、ペットのお葬式
  知っトクお葬式!(3)葬祭業界に海外からの熱い視線が
【ステージ4】気になるお葬式のあれこれ
  人となりをあらわす祭壇と仏壇
  伝統儀式「湯灌」と新技術「エンバーミング」
  手元供養は身近なアイテムでできる
  お墓選び、あれこれ
   (1)納骨の準備とその時期
   (2)多種多様なお墓の時代
   (3)お墓の改装とリフォーム
   (4)個人化する埋葬とお墓
    お別れのアイテムを自分の手でつくる
    日本のおける心の癒し「グリーフケア」の現状
  知っトクお葬式!(4)もう、あとひと仕事お葬式後のあれこれ
【ステージ5】1級葬祭ディレクターが答えるお葬式のここが知りたいQ&A
  お葬式のここが知りたいQ&A
  深い悲しみを癒す儀式「お葬式」
「連絡先INDEX
おわりに「深い悲しみを癒す儀式『お葬式』」」

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はじめに「お葬式は究極の自己表現」



はじめに「お葬式は究極の自己表現」として、以下のように書きました。
「従来のお葬式のスタイルにとらわれず、自由な発想で自分や故人を送りたい、という人が日本でも増えてきています。
現在は従来の告別式をアレンジした『お別れ会』などが定着しつつありますが、やがて通夜やお葬式そのものにも、目が向けられていくにちがいありません。団塊の世代を中心に、新しいお葬式のスタイルが考案されています。お葬式は、ひとりの人間にとって、究極の『自己表現』となっていくことでしょう。日本人は人が亡くなると『不幸があった』などといいますが、死なない人はいません。すべての人が最後に不幸になるというのは、絶対におかしいとわたしは思います。
『あの人らしかったね』といわれるような素敵な旅立ちのお葬式を実現することはもちろん、ゆたかな発想で新しいお葬式の時代を開き、いつの日か日本人が死を『不幸』と呼ばなくなることを願ってやみません」

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著名人たちの“お別れ”のかたち



また、巻頭には「著名人たちの“お別れ”のかたち」として、渥美清、アインシュタイン、夏目漱石、石原裕次郎、仰木彬、エルヴィス・プレスリーといった人々の死生観を示す発言と、実際のお葬式やお墓について似顔絵入りで紹介されています。このページは、けっこう好評でした。

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お葬式という儀式の演出方法
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「生きた証」が伝わるお葬式をつくる
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お葬式で個性はどこまで表現できるか
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お葬式の準備で死の恐怖は少なくなる



本書にはじつに豊富なデータが紹介されていますが、特に「お葬式という儀式の演出方法」「『生きた証』が伝わるお葬式をつくる」「お葬式で個性はどこまで表現できるか」「お葬式の準備で死の恐怖は少なくなる」など、類書にはないユニークなページが並んでいます。2007年5月といえば、『葬式は必要!』(双葉新書)を上梓する約3年前になりますが、当時すでに「お葬式」の世界には大きな変化の波が押し寄せていたことがわかります。

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お葬式にも、さまざまなかたちがある

葬式は必要! (双葉新書)

葬式は必要! (双葉新書)



葬式は必要!』といえば、島田裕巳氏の『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)への反論の書でしたが、じつは『「あの人らしかったね」といわれる自分なりのお別れ』も、ある本へのカウンターブックでした。

東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン (新潮文庫)

東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン (新潮文庫)



その本とは、リリー・フランキー著『東京タワー』(扶桑社)でした。わたしと同い年のリリー・フランキー氏が書いた母を想う小説の最後には、葬儀社、特に互助会への恨みつらみが綴られていました。わたしは同書がベストセラーになることによって一方的な互助会のマイナス・イメージが世に拡散することを憂い、同じ版元から葬儀や互助会について正しい説明が書かれた本を出したいと思ったのです。

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おわりに「深い悲しみを癒す儀式『お葬式』」



おわりに「深い悲しみを癒す儀式『お葬式』」として、こう書きました。
「なぜ、人はお葬式を行なうのでしょうか。それは、亡くなった人の魂のためです。お葬式によって故人を無事に旅立たせるのです。
その次は、あとに残された人の心のためだといえるでしょう。
愛する人を亡くした人の心は、深い悲しみのあまり、不安定にぐらぐらと揺れ動いています。お葬式というしっかりした『かたち』があたえられれば、その悲しみはある程度、癒されます。
本書で紹介したように、お葬式の『かたち』はさまざまです。いろいろなスタイルのお葬式で『自己表現』することができ、『自己実現』を果たすことができます。でも、決して忘れないでください。お葬式とは、『愛する人』を亡くした人たちのためにもあるのだということを。
本書を読んだあなたが、『あの人らしかったね』といわれるような、そんなお葬式で人生を卒業されることを心より願っています」

愛する人を亡くした人へ ―悲しみを癒す15通の手紙

愛する人を亡くした人へ ―悲しみを癒す15通の手紙



この文章には、すでにグリーフケアの視点が入り込んでいます。
グリーフケアのキーワードである「愛する人」という言葉も登場します。
そう、本書に続いて上梓した本こそ、グリーフケアの書だったのです。
その名も、『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)という本です。



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2017年6月6日 一条真也

2017-05-29

『知ってビックリ! 日本三大宗教のご利益』

一条真也です。
久々の「一条真也による一条本」をお届けいたします。
前回のブログ『100文字でわかる世界の宗教』をアップしたのが2015年の7月8日ですので、じつに2年近いブランクとなりました。

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知ってビックリ!日本三大宗教のご利益
(2007年3月15日刊行)



長く休んでいた本コーナーを再開する気になったのは、ブログ『一条本を読む』で紹介したブックレットが刊行されてからです。もう一度、自著解説をしたいと思った次第ですが、今回は『知ってビックリ! 日本三大宗教のご利益』(だいわ文庫)で、2007年3月15日に刊行された本です。
ブログ『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』で紹介した本の続編であり、「神道&仏教&儒教」というサブタイトルがついています。前作がユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった世界三大「一神教」を「vs」の構図で取り上げたのに対して、本書では神道・仏教・儒教といった日本人の心に大きな影響を与えてきた三大宗教を「&」の構図で取り上げました。



表紙カバーには宝船に乗った七福神のイラストが描かれ、帯には「日本人は三大宗教のしきたりと知恵の中で生きている!」「書き下ろし 知っていますか、七福神の神さま仏さま?」と書かれています。
本書の目次構成は以下のようになっています。



「はじめに――素朴な疑問」
第1章 摩訶不思議なハイブリッド宗教
日本人の宗教は何か
   ●宗教に無節操な日本人?
   ●日本人の宗教は世界の謎
   ●自然環境が生んだ日本人の信仰
   ●「あなたの宗教は?」「無宗教です」
   ●「宗教」という言葉がなかった日本
   ●「あれも、これも」の信仰
   ●“宗教抜き”のおかげで経済大国に
   ●魔王・信長が潰した宗教エネルギー
そもそも宗教とは何か
   ●死後を説明できるのは宗教だけ
   ●神秘主義こそ宗教の本質
   ●孔子の母はシャーマン
   ●「神」と「仏」と「人」の三位一体
   ●聖徳太子と“ハイブリッド宗教”
日本にやってきた三大宗教――神道・仏教・儒教
   ●「和」の宗教国家を説いた聖徳太子
   ●「神仏習合」思想とは何か
   ●三教は「根・枝葉・花実」の関係
   ●聖徳太子の三教統合思想
   ●「八百万」は「和え物」思想
   ●「なんでもあり」に“聖戦”なし
   ●忘れられた「八百万」の復活
   ●他者に寛容な日本の宗教
第2章 神様は八百万――神道のご利益
神道とは何か
   ●神道は日本人の民族宗教
   ●わかりにくい神道
   ●「神からの道」と「神への道」
   ●神道は「畏怖の宗教」
   ●霊魂を表す古語「チ」「ミ」「ヒ」
   ●物にも霊性を見る世界観
   ●物言わぬ国の理由
神道の歴史
   ●かつて神道には本殿はなかった
   ●大和朝廷によってアマテラス崇拝へ
   ●「仏が上で、神は下」
   ●政治好きな八幡神の登場
   ●神仏習合のはじまり
   ●国学の基盤となった神道
   ●国家神道と教派神道に分裂
   ●現代宗教のおおもと「大本教」
   ●日本人のアイデンティティを求めて
神道と日本人
   ●開祖をもたない宗教
   ●神話が現在につながっている国
   ●その年の魂をいただく「お年玉」
   ●「祈りと感謝」の年中行事
   ●「祭り」とは神の訪れを待つこと
   ●祭りの「ハレ」と「ケ」
   ●ケガレ思想ゆえに死刑がない時代
   ●武士もケガレ思想から生まれた
   ●「中つ国」と死後の世界
神道と書物
   ●三宗教に「啓典」はない
   ●『古事記』には何が書いてあるか
   ●日本の神話は世界の神話の集大成
第3章 悟りが大切――仏教のご利益 
仏教とは何か
   ●ブッダが開いた宗教
   ●6年間の苦行の末の悟り
   ●4つの真理「四諦説」
   ●仏教の根本教説「四法印」
   ●苦を滅し悟りを得る道「八正道」
仏教の歴史
   ●分裂と拡大を繰り返した仏教
   ●「大乗仏教」と「上座仏教」
   ●阿羅漢の「夢精」をめぐる大騒動
   ●2大コンセプト「中道」と「空」
   ●矛盾を解いたナーガールジュナ
   ●「輪廻転生」は仏教の思想ではない?
   ●仏教は「魂」を認めない
   ●「悪魔的信仰」と怖れられた仏教
   ●仏教から儒教の国となった中国
   ●朝鮮でも儒教に負けた仏教
仏教と日本人
   ●仏教が日本に伝来したのはいつ?
   ●天台宗の開祖・最澄は偉大な教育者
   ●真言宗の開祖・空海は稀代の魔術師
   ●「密教」とは秘密仏教のこと
   ●「自力」と「他力」に分かれる仏教
   ●阿弥陀仏信仰の浄土宗は他力系
   ●スター宗祖――法然・親鸞・蓮如
   ●禅宗の2大巨頭――栄西と道元
   ●独自の改革者――日蓮
   ●仏教を名乗っていたオウム真理教
   ●多神教の仏教が持つ可能性
仏教と書物
   ●膨大な量の経典がある仏教
   ●経典を分類し、レベルを決めた中国
   ●経典の中の経典「般若心経」
   ●「空」をシンプルに語る般若心経
第4章 正しい生き方を説く――儒教のご利益
儒教とは何か
   ●正しい政治で死者をも救う「宗教」
   ●死後の「招魂再生」を説く
   ●「孝」に集約される世界観
   ●DNAの概念にも通ずる思想
   ●葬送のプロ集団だった儒教グループ
   ●「孔子は葬式屋であった」
儒教の歴史
   ●恵まれなかった孔子の生涯
   ●道徳による政治をめざす
   ●孔子の考えた「礼」と「仁」
   ●儒教の徳目「五倫」と「五常」
   ●「礼」はすべてを含む重要な概念
   ●葬礼を重視した孔子
   ●孔子は「別愛」、墨子は「兼愛」
   ●孟子の性善説「人の本性は善きもの」
   ●荀子の性悪説「悪の人も善に向かう」
   ●儒教の国教化を実現した董仲舒
   ●「理」を重んじた朱子
   ●「心を高める」を追求した王陽明
   ●現代中国で復活した儒教
儒教と日本人
   ●大陸の先進文化を伝える儒教
   ●儒書を愛読した徳川家康
   ●隆盛を誇る朱子学
   ●古典回帰を唱える古学派
   ●儒学者・荻生徂徠の朱子学批判
   ●庶民に広まる儒学
   ●行動する陽明学者・中江藤樹
   ●明治維新は陽明学が引き起こした
儒教と書物
   ●儒教の基本経典「四書五経」
   ●入門書「四書」を選んだ朱子
   ●リーダーが指針とする本『論語』
第5章 三大宗教のフクザツな三角関係
神道と仏教
   ●崇仏派VS廃仏派
   ●二度目の疫病流行で形勢逆転
   ●「仏教に帰依したい」神々
   ●仏をめざす神のための「神宮寺」
   ●神道と仏教の平和的共存
   ●仏が神に姿を変える「本地垂迹説」
   ●神道と仏教の混血児「修験道」
   ●神道の縄張りに進出する仏教
   ●「神は在るモノ、仏は成る者」
   ●八百万は全肯定の思想
   ●廃仏毀釈で神も仏も死んだ
   ●神と仏が大集合した「七福神」
神道と儒教
   ●卑弥呼は儒教を知っていた?
   ●律令制度を形だけ輸入した日本
   ●反本地垂迹説を唱えた「伊勢神道」
   ●神社界に君臨した「吉田神道」
   ●儒教の論理を取り入れる神道各派
   ●合体論「儒家神道」の誕生
   ●反仏教・朱子学寄りの「垂加神道」
   ●やまと心を求めた本居宣長
   ●葬儀にこだわった謎の「遺言書」
   ●儒教へのリスペクト?
仏教と儒教
   ●仏教と儒教に宗教戦争はあったか
   ●中国での理論対立
   ●道教とは何か
   ●日本仏教の道を開いた聖徳太子
   ●聖徳太子を批判した儒者
   ●朱子学をもたらした禅僧
   ●家康の仏教“囲い込み”政策
   ●幕藩体制に好都合と儒学も利用
   ●葬式仏教の中の儒教
   ●位牌のルーツは儒教
   ●墓も盆も三回忌も儒教
   ●死を説明する儒教の奥深さ
第6章 三大宗教が生んだ思想・しきたり
武士道――思想の中に流れる三大宗教
   ●新渡戸稲造の『武士道』
   ●ルーズベルト大統領も感激
   ●武士道はじつはつくられた思想
   ●武士道から「軍人精神」へ
   ●軍隊を支える「明治武士道」
   ●武士道は神仏儒のミックス宗教
   ●禅が武士に教えた生き方
   ●神道が武士に与えた愛国心
   ●儒教は武士の教科書
   ●「知行合一」に魅せられた武士
   ●明治維新の立て役者と陽明学
心学――ハイブリッド思想の日本資本主義
   ●石田梅岩が唱えた実践哲学
   ●日本資本主義の源流
   ●「勤労の美徳」を説く禅僧
   ●仕事に励むことが仏の修行に通じる
   ●日本人の職業倫理思想を築く
   ●心学の4つの特色
   ●鈴木正三と梅岩
   ●無節操ではなく実用主義
   ●心を清くする仏教、治国の儒教
   ●日本は無二絶対の神の国
   ●神、儒、仏を尊ぶ順序
   ●「心」にいきついた梅岩
冠婚葬祭――暮らしの中に生きる三大宗教
   ●冠婚葬祭は共感を生み出す装置
   ●宗教儀式に生まれる「心の共同体」
   ●儀式やしきたりが伝える「共同知」
   ●オリンピックは地上最大の儀式
   ●「民族の拠りどころ」が出る儀式
   ●神前式は100年前に始まった
   ●日本にキリスト教が根づかない理由
   ●教育界とブライダル業界では大受け
   ●葬式仏教を決定づけた徳川幕府
   ●本尊より遺影を拝む不思議
   ●葬儀に見える儒教の影
   ●清めの塩は神道
   ●お骨を大事に思う独自の感覚
   ●冠婚葬祭は日本最大の宗教
   ●宗教から宗遊へ
「引用文献・参考文献一覧」



さて、本書に関しては言いたいことがたくさんあります。
当初、わたしは『神道&仏教&儒教〜日本宗教のしくみ』というタイトルにしたかったのですが、版元の意向で書名が変わりました。本当は「ご利益」という言葉が嫌でたまりませんでした。「あとがき」もページ数の関係で削除され、まことに残念でした。それ以来、この版元とは仕事をしていません。
さらには、本来の「まえがき」として書いた文章も削除されています。
前作の『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』では「まえがき」として、「世にも奇妙な三姉妹の物語」というのを書きました。ユダヤ教を長女、キリスト教を二女、イスラム教を三女として、同じ親=神から生まれた一神教三姉妹がなぜ憎み合うようになったかを寓話風に綴ったものですが、これがなかなか好評で、かなりの反応がありました。そこで、今度の本でも次のような寓話を書いてみたのです。題して、「世にも奇妙な一夫多妻の物語」です。



本書は、一人の男を夫とした三人の妻の物語である。
男はもともと野生児であり、最初の妻も野生的で自然のなかに暮らす女だった。彼女は、山や海をはじめ自然のありとあらゆる場所をすまいとし、家は持たなかった。
そこへ海の向こうから第二の妻がやってきた。彼女は南方の生まれで、長い旅路のすえ、半島を経て男のもとにやってきた。男は彼女を一目見るなり、完全に心を奪われてしまった。なにしろ、彼女は黄金の衣装を身にまとい、まばゆい光を放っていたのである。
そして、二番目の妻は立派な家を建てて、男を招いた。野生児だった男は異国の美女に影響されて、次第に洗練されていった。そして、豪華絢爛な彼女の家に通いつめた。
それを見た最初の妻は、わが身の行く末を不安に思い、二番目の妻を真似て家を建てた。男は二人の妻の住居を行き交い、それぞれの妻の魅力を満喫した。最初の妻は歌や踊りにすぐれ、第二の妻は話が上手だった。
そこに三人目の女が現われた。彼女も同じ海の向こうの半島からやってきたが、第二の妻と生まれた国は違っていた。二番目の妻の実家ほど三番目の妻の実家は遠くなかった。
第三の妻は厳格で礼儀正しかった。特に死者の弔いを大切にした。男の先祖をまつり、両親を大切にした。基本的に人間というものを信じていた。自分に厳しい女だった。男は他の二人の妻に比べて堅物であるとは思ったものの、この新しい妻を人間的に尊敬した。そして、男の生活習慣は知らないあいだに第三の妻の影響を受けていた。
三人の妻は仲がよかった。最初は対立していた第一の妻と第二の妻も次第に打ち解け、そのうち一緒に暮らすほどの仲の良さを示した。しかし、心ない人々が二人を引き裂き、たいへん悲しい想いをした。第三の妻も先の二人を立てながら、ともに男を支えあった。
男と三人の妻たちには三人の子どもが生まれた。
三人とも三人の妻の血をそれぞれ受け継いでいた。
やがて長男は軍人に、二男は商人になった。三男は人々の生活の隅々に入り込み、誕生から臨終まで何でもお世話するヘルパーのような職業についた。
ここで正体あかしをしよう。
男の名は、ヤマト。つまり日本人である。
第一の妻は神道、第二の妻は仏教、第三の妻は儒教。
その子どもたちは、長男が武士道、二男が心学、そして三男が冠婚葬祭と呼ばれた。
これから、世にも奇妙な一夫多妻の物語をはじめよう。この物語には、実は人類を救うとても重要な鍵が隠されている。
(「まえがき〜世にも奇妙な一夫多妻の物語」より)



以上のような内容でしたが、諸般の事情でボツになりました。
残念かつ悔しいので、ここに紹介させていただきます。
自分としては、日本宗教の本質をとらえているのではないかと思います。「共生」や「混合」こそ、日本宗教の本質だからです。
2001年に起こった9・11米国同時多発テロから現在の英国テロにつながる背景には、文明の衝突を超えた「宗教の衝突」があります。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三宗教は、その源を1つとしながらも異なる形で発展しましたが、いずれも他の宗教を認めない一神教です。宗教的寛容性というものがないから対立し、戦争になってしまいます。



一方、八百万の神々をいただく多神教としての神道も、「慈悲」の心を求める仏教も、思いやりとしての「仁」を重要視する儒教も、他の宗教を認め、共存していける寛容性を持っています。自分だけを絶対視しません。自己を絶対的中心とはしない。根本的に開かれていて寛容であり、他者に対する畏敬の念を持っている。だからこそ、神道も仏教も儒教も日本において習合し、または融合したのです。



そして、その宗教融合を成し遂げた人物こそ、聖徳太子でした。
憲法十七条や冠位十二階に見られるごとく、聖徳太子は偉大な宗教編集者でした。この聖徳太子が行った宗教における編集作業は日本人の精神的伝統となり、鎌倉時代に起こった武士道、江戸時代の商人思想である心学、そして今日にいたるまで日本人の生活習慣に根づいている冠婚葬祭といったように、さまざまな形で開花していきました。

決定版 冠婚葬祭入門

決定版 冠婚葬祭入門



日本人の宗教について話がおよぶとき、かならずと言ってよいほど語られる話題があります。いわく、正月には神社に初詣に行き、七五三なども神社にお願いする。しかし、バレンタインデーにはチョコレート店の前に行列をつくり、クリスマスにはプレゼントを探して街をかけめぐる。結婚式も教会であげることが多くなった。そして、葬儀では仏教の世話になる・・・・・・。
もともと古来から神道があったところに仏教や儒教が入ってきて、これらが融合する形によって日本人の伝統的精神が生まれてきました。そして、明治維新以後はキリスト教をも取り入れ、文明開化や戦後の復興などは、そのような精神を身につけた人々が、西洋の科学や技術を活かして見事な形でやり遂げたわけです。まさに、「和魂洋才」という精神文化をフルに活かしながら、経済発展を実現していったのです。




神道は日本人の宗教のベースと言えますが、教義や戒律を持たない柔らかな宗教であり、「和」を好む平和宗教でした。天孫民族と出雲民族でさえ非常に早くから融和してしまっています。まさに日本は大いなる「和」の国、つまり大和の国であることがよくわかります。神道が平和宗教であったがゆえに、後から入ってきた儒教も仏教も、最初は一時的に衝突があったにせよ、結果として共生し、さらには習合していったわけです。
日本文化の素晴らしさは、さまざまな異なる存在を結び、習合していく寛容性にあります。それは、和(あ)え物文化であり、琉球の混ぜ物料理のごときチャンプルー文化です。

美しい日本の私 (講談社現代新書)

美しい日本の私 (講談社現代新書)

あいまいな日本の私 (岩波新書)

あいまいな日本の私 (岩波新書)



かつて、ノーベル文学賞を受賞した記念講演のタイトルを、川端康成は「美しい日本の私」とし、大江健三郎は「あいまいな日本の私」としました。どちらも、日本文化のもつ一側面を的確にとらえているといえるでしょう。たしかに日本とは美しく、あいまいな国であると思います。しかし、わたしならば、「混ざり合った日本の私」と表現したいです。衝突するのではなく、混ざり合っているのです。無宗教なのではなく、自由宗教なのです。



わたしは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三宗教の間に「vs」を入れました。歴史および現状を見ればその通りですが、このままでは人類社会が存亡の危機を迎えることは明らかです。そして、神道、仏教、儒教の三宗教の間には「&」を入れました。これまた、日本における三宗教の歴史および現状を見ればその通りだからです。そして、なんとか日本以外にも「&」が広まっていってほしいというのが、わたしの願いです。

和を求めて

和を求めて



「vs」では、人類はいつか滅亡してしまうかもしれない。
「&」なら、宗教や民族や国家を超えて共生していくことができる。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教をはじめ、ありとあらゆる宗教の間に「&」が踊り、世界中に「&」が満ち溢れた「アンドフル・ワールド」の到来を祈念するばかりです。そして冠婚葬祭こそが、そのアンドフル・ワールドの入口に続いていると信じています。冠婚葬祭が宗教を結ぶ。冠婚葬祭が人類の心を結ぶ。そんな夢を、わたしは本気で抱いています。最後に、「&」を日本語で表現するなら「和」であることを書き添えておきます。



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2017年5月29日 一条真也

2015-07-08

『100文字でわかる世界の宗教』

一条真也です。
今回の「一条真也による一条本」ですが、『100文字でわかる世界の宗教』(ベスト新書)をご紹介します。2006年12月16日に刊行された本です。

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100文字でわかる世界の宗教』(ベスト新書)



本書の帯には「宗教がわかれば、世界が見える!」と大書され、続いて「当代一の宗教通が極める1冊」「簡単(シンプル)で奥が深い!」と書かれています。本書の目次構成は以下のようになっています。

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本書の「まえがき」



まえがき「宗教――人間の精神をつくるもの」
【Section1】キリスト教
●ボクの罪を告白します
●すべての人を救う「愛の宗教」
   イエス/旧約聖書/新約聖書/三位一体/
   7つの大罪/カトリック/プロテスタント/
   東方正教会/グノーシス/キリスト教原理主義/
   アダムとイヴ/最後の審判/ゴルゴタの丘/
   十字軍/聖母マリア/ユダ/洗礼/告解
【Section2】イスラム教
 ●ようこそ!イスラムの世界へ
 ●過酷な砂漠を生きぬく叡智
   ムハンマド/コーラン/六信五行/イスラム教の禁則/
   シーア派/スンニ派/スーフィズム/イスラム原理主義/
   アサシン/ラマダーン/メッカ巡礼/一夫多妻制/
   ジハード/モスク/オスマン帝国
【Section3】仏教
 ●「悟り」をひらきたい!
 ●執着を捨て、苦しみの世界から脱出
   釈迦/仏教経典/般若心経/三法印、四聖諦、八正道/
   大乗仏教/上座仏教/チベット仏教/ダライ・ラマ/
   密教と顕教/禅宗
【Section4】ユダヤ教
 ●神と契約しませんか?
 ●ユダヤ人は、神に選ばれた民族なり!
   ヤハウェ/モーセの十戒/律法と戒律/カバラ/
   イスラエル/嘆きの壁/反ユダヤ主義/
   死海文書/割礼/ラビ
【Section5】ヒンドゥー教
 ●カレー屋さんの店主に聞いてみました!
 ●今も人びとの暮らしにとけこむ悠久の神々
   バラモン教/ヴェーダとバガバッド・ギーター/
   ヒンドゥー教の神/解脱/カースト制度/
   シーク教とシーク戦争/ヒンドゥー・ナショナリズム/
   石窟寺院/ガンジー
【Section6】その他の宗教
 ●宗教はいったいいくつある?
 ●民族の数だけ、文化の数だけ存在する宗教
   神道/修験道/儒教/道教/ジャイナ教/
   ゾロアスター教/ブードゥー教/
   ミトラ教/マニ教/カルト宗教
「参考文献」

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この本の読み方


21世紀は、9・11米国同時多発テロから幕を開いたと言えます。あの事件はイスラム教徒によるものとされていますが、この新しい世紀が宗教の存在を抜きには語れないことを思い知った人も多いでしょう。その後の世界各地での戦争や紛争やテロの背後にも必ず宗教の存在があり、宗教に対する関心は日に日に増す一方です。
しかし、日本人のなかには宗教を知らない人が実に多いことも事実です。正月には神社に行き、七五三なども神社にお参りする。クリスマスを盛大に祝い、結婚式は教会であげる。そして、葬儀では仏教のお世話になる。ある意味で宗教的に「いいかげん」というか「おおらか」なところが、代表的な日本人の宗教感覚だと言えるかもしれません。

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「カトリック」のページ



列島を震撼させたあのオウム真理教事件などは例外中の例外として、日本人は一般に「無宗教」だと言われます。自らが信じる神のためには戦争をも辞さないユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった「一神教」の人々には燃えるような宗教心が宿っていますが、日本人の心の底に横たわっているのはむしろゆるやかな宗教心ではないでしょうか。
そして、そんな日本人たちは言います。「宗教が違ったって、同じ人間じゃないか。どうして宗教のために人間同士が争わなければならないのか」と。たしかに、その通りです。人間は人間です。

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「上座仏教」のページ


しかし、人類という生物としての種は同じでも、つまりハードとしての肉体は同じでも、ソフトとしての精神が違っていれば、果たして同じ人間だと言い切れるでしょうか。大事なのはソフトとしての精神であり、その精神にもっとも影響を与えるものこそが宗教なのです。はっきり言って、宗教が違えば、まったく違う人間になるのです。もちろん平和は大切であり、この世界から戦争を根絶しなければならないと私も痛切に思います。でも、そのためにも、いや、そのためにこそ宗教に対する理解というものが必要なのです。宗教を知らずして、真の国際人には絶対になれません。本書は、世界中の宗教について「これ以上は無理」というところまで、徹底的にわかりやすく解説しました。いわば「世界一わかりやすい宗教の本」を目指したのです。

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「儒教」のページ



さて、わたしには著書のみならず、多くの監修書があります。
そして、本書こそはわたしにとって初めての監修書でした。
出版界の木下藤吉郎」こと造事務所の堀川尚樹さんが編集してくれました。造事務所は、編集プロダクションの雄として知られています。『世界の神々がよくわかる本』(PHP文庫)など、多くのベストセラーを世に送り出してきました。その造事務所から「ぜひ監修をお願いします」というオファーがあったとき、わたしは飛び上がって喜びました。
ブログ『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』で紹介した本が非常に売れていたので、新しい宗教本の監修者として白羽の矢が立ったようです。

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「神道」のページ



本の監修をするのは偉い学者の先生ばかりだと思っていたわたしは、身の引き締まる思いがしました。そして、「監修者」という響きが何だか嬉しくて、同書の見本を池袋の造事務所まで取りに行ったことをおぼえています。
また本書の刊行直後、たしか全互連の理事会か何かのときに堀川さんからケータイに電話があり、後から留守電メッセージを再生してみると、「一条先生、やりました! 増刷が決定しました。すごいハイペースです!」と堀川さんの興奮した声が聞こえてきたのもよく記憶しています。
その後も、いろいろな本を監修させてもらいました。でも、生まれて初めての監修書である本書は特に思い出深い一冊です。



とにかく100文字で宗教を解説するというコンセプトが斬新でしたし、表や図版も豊富で、今読み返してもユニークな宗教入門であると思います。
なお、2011年3月には本書の内容をアップデートして、『100文字でわかる世界の宗教』(ワニ文庫)が刊行されました。

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100文字でわかる世界の宗教』(ワニ文庫)



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2015年7月8日 一条真也