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佐久間庸和の天下布礼日記

2017-03-31

『人生の修め方』が発売されました




「大安」である3月30日の朝、宮崎の延岡のホテルで目を覚ましました。ブログ「別府紫雲閣竣工式」で紹介したように、11時から新しいセレモニーホールの竣工式が行われました。サンレーグループとして、宮崎県内で6番目、全国で67番目(完成分)の紫雲閣です。
また、この日は『人生の修め方』(日本経済新聞出版社)が発売されました。
わたしのこれまでの執筆活動および言論活動の集大成的な本です。
儀式論』(弘文堂)とは違った意味で、わが代表作であると思います。

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人生の修め方』(日本経済新聞出版社)



日本経済新聞出版社の公式HPは、本書の「おすすめポイント」を次のように紹介します。
●日経電子版「ライフ」(現NIKKEI STYLE)に連載された人気コラムの単行本化です。
●古今東西の古典に描かれた老人像や、江戸時代としては長生きした徳川家康や『養生訓』で知られる貝原益軒らの生き方哲学に触れながら、老いは決して、忌避されるものではなく、人生の後半をこそ楽しむのが豊かな生き方であると著者は強調します。
●「老いるほど豊かに」の例として、最終的に豊かな死を迎えることを目的とした日本ならではの長寿祝いや、お盆参りや墓参などの老いにまつわるセレモニーの重要性と意義についても詳しく触れられています。
●老いや死のネガティブなイメージを払拭するべく、ヨーロッパの隣人祭りや、中国の死亡体験館など、日本ではあまり知られていないユニークな取り組みも交えて、誰もが心の奥底に抱く孤独に人生を終えることへの恐怖を和らげるヒントを提示しています。
●巻末には書誌情報をまとめたブックガイドをつけました。豊かな老いぐらしのために、それらの書物をさらにひもとき、さらに人生を深めていくという楽しみも与えてくれる一冊。

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本書の帯



カバー表紙の懐中時計は、わざわざデザイナーさんが探して下さった珍品です。人生とは時間の集積であり、「人生を修める」とは「時間を修める」に通じることから、わたしが懐中時計をアイコンに使うことを提案しました。おかげで、大変渋い味わいのある表紙となりました。
帯には、「人生100年時代。いつまでもポジティブでありたい人に贈るヒント集。『終活』から『修活』へ――。豊かに老い、美しく人生を修めるためのブックリスト50冊付き!」「日経電子版連載の大人気コラムが書籍化!」と書かれています。

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本書の帯の裏



本書の「目次」は、以下の通りです。
「終活より修活――豊かに老い、美しく人生を修めよう」
1 老いることをポジティブにとらえよう
2 「好老社会」というコンセプトを見直そう
3 「好老社会」の源流を求めて
4 古代中国は「好老社会」だった
5 江戸時代は特筆すべき「好老社会」だった
6 健康に腐心した家康から学ぶ養生
7 高齢化が進む北九州市を老福都市に
8 茶道・囲碁・俳句・・・・・・豊穣なるグランドカルチャーの世界
9 俳句ほどすごいものはない!
10 お盆で豊かな時間を過ごそう
11 老いるほど豊かに――長寿祝いのすすめ
12 葬儀は人生の卒業式、お祝いの意味とは?
13 知っておきたいお墓参りの作法
14 月を見よ、死を想え
15 「人は死なない」――歌舞伎の襲名披露を見て
16 すべては世のため人のため、夢から志へ
17 「寺院消滅」に思うこと
18 「日本人を幸福にする方法とは」――柳田國男の志
19 バリ島で葬儀の本質に気づく
20 今は亡き愛する妻への挽歌3000回
21 正月と日本人のこころのDNA
22 なぜ葬儀は必要なのか
23 節分に厄を祓う理由
24 ブッダ最初の教え「慈経」のメッセージ
25 カースト制の残るインドで最大の平等とは
26 自分の幸福な葬儀をイメージする
27 桜を愛でながら想う人生の修め方
28 なぜ今、墓じたくなのか?
29 熊本地震と日本人の「こころ」
30 誕生日には同級生のことを考える
31 海に還るというお見送り
32 余命宣告されたら友人に会いに行く
33 「隣人祭り」で仲間をつくろう!
34 豊かな人間関係こそ最高の宝物
35 死と再生を疑似体験する
36 読書は最高のグリーフケア
37 島田裕巳氏と葬儀について語り合う
38 老年期は実りの秋である
39 老いと死があってこそ人生!
40 別れてもまた会える
「あとがき」
「豊かに老い、美しく人生を修めるための50冊」

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日本経済新聞電子版「ライフ」トップページ(2015年3月17日)



本書は、日経電子版=NIKKEI STYLEに連載した「一条真也の人生の修め方」というコラムを40本分掲載しています。発信力の大きい日経電子版に隔週連載することで、わたしの予想をはるかに超える反響がありました。おかげさまで大変好評をいただき、「読まれている記事」ランキングでは何度も1位になりました。なんでも、日経電子版の記事はスマホで読まれることが多いそうですが、わたしのコラムだけは圧倒的にPCで読まれた方が多かったとか。おそらく、高齢の読者が多かったのでしょう。わたしは、1人でも多くの高齢者の方々に美しく人生を修めていただきたいので、嬉しいかぎりでした。わたし自身も、これから老いて死んでいくわけですが、美しく人生を修めたいと願っています。

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連載第1回(2015年3月17日)



現在、世の中には「終活ブーム」の風が吹き荒れています。
しかし、もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。正直に言って、わたしは「終末」という言葉には違和感を覚えます。そこで、「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しました。「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。

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連載第28回(2016年3月29日)



よく考えれば、「就活」も「婚活」も広い意味での「修活」であるという見方ができます。学生時代の自分を修めることが就活であり、独身時代の自分を修めることが婚活だからです。そして、人生の集大成としての「修生活動」があるわけです。かつての日本人は、「修業」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」ということを深く意識していました。これは一種の覚悟です。いま、多くの日本人はこの「修める」覚悟を忘れてしまったように思えます。

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連載最終回(2016年9月27日)



ずいぶん以前から「高齢化社会」と言われ、世界各国で高齢者が増えてきています。
各国政府の対策の遅れもあって、人類そのものが「老い」を持て余しているのです。
特に、日本は世界一高齢化が進んでいる国とされています。
しかし、この国には、高齢化が進行することを否定的にとらえたり、高齢者が多いことを恥じる風潮があるようです。それゆえ、高齢者にとって「老い」は「負い」となっているのが現状です。人は必ず老い、そして死にます。「老い」や「死」が不幸であれば、人生はそのまま不幸ということになります。これでは、はじめから負け戦に出るのと同じではないですか。

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人生の修活ノート』(現代書林)



そもそも、老いない人間、死なない人間はいません。死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。老い支度、死に支度をして自らの人生を修める。この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないでしょうか。わたしは、本書で「豊かに老いる」そして「美しく人生を修める」ヒントのようなものを書きました。
人生の修め方』は3月30日に全国の書店で発売です。
人生の修活ノート』(現代書林)とともに、ご一読を!

人生の修め方

人生の修め方



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2017年3月31日 佐久間庸和

2017-03-30

別府紫雲閣竣工式   




昨日、宮崎県の延岡市に入りました。ブログ「別府紫雲閣起工式」で紹介したように、昨年10月12日、宮崎県延岡市別府(びゅう)町で「別府(びゅう)紫雲閣」の新築工事起工式が行われました。場所は、サンレー宮崎の結婚式場である「マリエールオークパイン延岡」のすぐ近くです。そして本日、「大安」の2017年3月30日に竣工式が行われました。

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完成した別府紫雲閣の外観
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別府紫雲閣の前で
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「禮鐘」の前で・・・・・・
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別府紫雲閣の木村支配人と



サンレーグループとして、宮崎県内で6番目、全国で67番目(いずれも完成分)の紫雲閣であります。設計監理はWADA建築研究所さん、施行は川口建設さんです。

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ロビーのようす
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たくさんの胡蝶蘭が届いていました
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気品の漂う親族控室
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高級マンションのような控室
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落ち着いた雰囲気の休憩室
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スタイリッシュなバスルーム



神事の進行は、サンレー宮崎管理課の松本さんが担当しました。神事は地元を代表する由緒ある神社である「春日神社」の木村健男宮司にお願いしました。宮司さん以外にももう1人の神職の方が来られて神事を執り行って下さいました。2人の神職による竣工式というのは初めてでしたので、たいへん威厳のある儀式となりました。

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竣工式会場の神饌
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一同礼!
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竣工神事のようす
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祝詞奏上のようす
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一同、低頭しました
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清祓之儀のようす



開式の後、修祓之儀、降神之儀、献饌、祝詞奏上、清祓之儀を行いました。
それから、玉串奉奠です。最初に、株式会社サンレーの社長であるわたしが玉串を奉奠しました。それから、WADA建築研究所の和田所長、川口建設株式会社の土居社長、サンレーグループ紫雲閣推進本部長である東常務、サンレー宮崎事業部執行役員である尾事業部長が次々に玉串を奉奠しました。その後、撤饌、昇神之儀、そして閉式と、滞りなく竣工清祓神事を終えました。

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玉串を拝受しました
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柏手を打ちました
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柏手を打つ東常務
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拝礼する尾崎事業部長
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社員も二礼二拍一礼で・・・
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神職二人による威厳ある神事
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最後はもちろん、一同礼!
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WADA建築研究所様への感謝状贈呈
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川口建設様への感謝状贈呈



そして、神酒拝戴の後に感謝状贈呈を行いました。
わたしはWADA建築研究所の和田所長、川口建設の土居社長に向かって心からの感謝の言葉を述べ、感謝状をお渡ししました。みなさんのおかげで、立派な施設が無事に完成いたしました。本当に、ありがたいことです。

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主催者挨拶をしました



主催者挨拶です。わたしは施主として次のように挨拶しました。
「このように立派なホールを建設できて、本当に嬉しく思います。これで、会員様に満足のゆくサービスを提供することができます。ぜひ、新施設で最高の心のサービスを提供させていただき、この地の方々が心ゆたかな人生を送り、人生を卒業されるお手伝いをさせていただきたいと願っています」

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神話の国について話しました


また、わたしは延岡について以下のように話しました。
「もともと宮崎という県名は『宮の崎』すなわち『宮殿の前』といった意味で、とても高貴な名前です。延岡という地名は江戸時代の延岡藩からの流れですが、それ以前は縣(あがた)と呼ばれていました。この縣の地名の由来は古事記や日本書紀にみられる吾田(あがた)という説があります。ちなみに延岡市には現在も安賀多という地名が残っています。『別府紫雲閣』の正面に見える愛宕山はかつて、『笠沙山』や『笠沙の御碕』と呼ばれていました。高千穂に降臨された、天照大神の孫のニニギノ尊が吾田長屋の笠沙の岬でコノハナサクヤ姫と出逢い結婚される。そして火照尊(ほでりのみこと=海幸彦)、火須勢理尊(ほすせりのみこと)、火遠理尊(ほおりのみこと=山幸彦)の三皇子をもうける。この火遠理尊の孫が神武天皇であり、ここから日向市美々津のお船出に繋がっていくのです」

神武天皇はたしかに存在した ―神話と伝承を訪ねて

神武天皇はたしかに存在した ―神話と伝承を訪ねて



じつは昨日、小倉から延岡に向かう電車の中で、わたしは『神武天皇はたしかに存在した ―神話と伝承を訪ねて』産経新聞取材班(産経新聞出版)という本を読みました。産経新聞が総力を挙げて神武天皇の実在を検証するというロマンあふれる本でしたが、その中にも愛宕山のくだりが紹介されていました。『神話の国』としての宮崎の魅力を堪能できる一冊でした。

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「別府」の地名について話しました



さらに、わたしは別府の地名について次のように話しました。
「『別府』という地名は日本各地に存在しますが、読み方は『べふ』『べっぷ』『びょう』『びゅう』とあるようです。延岡の別府ですが、王朝時代に田地を別に開拓し、別府賜田(べっぷしでん)に指定され、別府賜田が私有地となったために、地名を『別府』と名付けられました。もともとは、『別符』と書いたのが語源だそうです。別符とは、朝廷の特別な文書すなはち特別な勅符で功績のある人に賜った田を言い、のちに田制の乱れから庄園や私墾田と同様になり、地名となりました。宮崎県内では別府のほか、今、中、上、新などを上につけた地名があります。藩政期に出北本村門から枝村として分出し、別府門となった地域が現在の延岡市別府町です」

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この地よりびゅうびゅう吹かせ礼の風 その名うるわし別府紫雲閣



そして、わたしは以下のように述べました。
「別府地区は本当に素晴らしい場所です。また、『びゅう』という音は英語の『ビューティフル』を連想させます。まことに、うるわしい地名であると言えるでしょう。この美しい場所で、『礼』という『人間尊重』の風を吹かせたいものです。そして、多くの方々の美しい人生の卒業式のお世話をさせていただきたいです」
最後に、わたしは以下のような道歌を詠みました。


この地よりびゅうびゅう吹かせ礼の風
          その名うるわし別府紫雲閣(庸軒)  



その後、木村貴支配人より、この地の方々の人生の卒業式を心をこめてお世話させていただき、地域に愛される会館をめざしますという力強い決意を受け取りました。
決意表明の後は、参加者全員で集合写真を撮影しました。

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決意表明を読み上げる木村支配人
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集合写真を撮影しました
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直会のようす
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冒頭、わたしが挨拶しました


集合写真を撮影した後は、直会です。
冒頭、わたしが挨拶をしました。わたしは「おかげさまで立派な施設が完成しました。一層のサービスの充実に努めていただきたいと思います」と述べました。

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乾杯の挨拶をする木村宮司
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木村宮司の音頭で乾杯!
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いただきます!
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直会のようす
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直会のようす
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尾崎事業部長による「末広がりの五本締め



そして、春日神社の木村宮司の発声で神酒拝戴の乾杯をしました。
一同は「マリエールオークパイン延岡」の美味しい料理を食べながら、大いに会話の花を咲かせましたが、最後はサンレー宮崎の尾事業部長による中締めの挨拶がありました。尾崎事業部長は、サンレー名物の「末広がりの五本締め」で直会を閉じました。

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「夕刊デイリー」3月29日号
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「宮崎日日新聞」3月30日朝刊



また、昨日の「夕刊デイリー」および本日の「宮崎日日新聞」朝刊に広告が掲載されました。
人生の修活ノート』(現代書林)のプレゼントも告知されています。

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別府紫雲閣」の見学会は、4月1日(土)・2日(日)に行われます。
多くのみなさまのご来場をお待ちしております。



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2017年3月30日 佐久間庸和

ロシア芸術家演出“古事記”の舞台



九州を代表する経済誌「ふくおか経済」4月号が届きました。
ページを開くと、そこにはブログ「サンレー『古事記』公演」、およびブログ「『古事記』アフタートーク」で紹介したイベントの紹介記事が掲載されていました。

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「ふくおか経済」2017年4月号より



記事は「ロシア芸術家演出“古事記”の舞台」のタイトルで、以下のように書かれています。
「冠婚葬祭大手(株)サンレー(北九州市小倉北区上富野3丁目、佐久間庸和社長)は1月28日、同区の北九州芸術劇場で舞台『古事記〜天と地といのちの架け橋』を開催した。創業50周年記念事業の一環で進めてきた『サンレー文化アカデミー』の演劇版。
宗教哲学者・鎌田東二さんの『超訳古事記』を原作に、ロシアの功労芸術家であるレオニード・アニシモフ監督の演出。劇団東京ノーヴイ・レパートリーシアターのメンバーが、古事記の中から『天地のはじめ』や『天の岩屋戸』などの場面を演じた。当日は満員の700人が来場。上演後にはアフタートークもあり、鎌田さんが原作者の感想を、アニシモフ監督が舞台を通して一番伝えたかったことを述べた後、佐久間社長が『古事記はグリーフケアの物語であることを発見した』と語った」



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2017年3月30日 佐久間庸和

2017-03-29

『古事記』はサンレーの物語  




29日の夕方、サンレーグループ報「Ray!」3月号が発行されます。
リアルタイムで、わたしの最新メッセージをお伝えいたします。
タイトルは、「『古事記』公演大成功! 大いなるサンレーの物語」です。

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「Ray!」2017年3月号



サンレー「古事記」公演
先日、サンレー創立50周年記念の舞台「古事記〜天と地といのちの架け橋〜」が北九州芸術劇場で上演されました。わが社の主催で、朝日新聞社、西日本新聞社、毎日新聞社、読売新聞西部本社が後援でした。満員御礼でした。
劇団「東京ノーヴイ・レパートリーシアター」による舞台で、同劇団は東京・下北沢を拠点として活動している、レパートリー・シアター劇団です。芸術監督は、ロシア功労芸術家のレオニード・アニシモフ氏です。昨年、同劇団はロシア公演を行い、「古事記」を上演しましたが、「言語や民族を超えた普遍性がある」と超満員の観衆から絶賛を受けました。この舞台、わたしは一昨年の秋に初めて観ましたが、深い感銘を受けました。



●神事としての「古事記」上演
上演に先立って、劇場のステージでは神事を執り行いました。
この舞台に八百万の神々が降りられるわけですから、念入りに「降神の儀」を行わなければなりません。舞台の安全祈願、成功祈願もしました。アニシモフ監督と一緒に、わたしも玉串奉奠をしました。神事を司ったのは、皇産霊神社の瀬津隆彦神職で、この日は多くの神社の宮司さんたちも各地から集まっていました。
後から何人もの役者さんから御礼のお手紙を頂戴しましたが、みなさん、この舞台前の神事に非常に感動されたそうです。もともと演劇のルーツは儀式であるとされていますが、この「古事記」の舞台そのものも儀式であったと言えます。
わたしたちは、どこから来て、何をめざすのか? 
日本人の心のルーツである『古事記』。その太古から口づてに伝承された神話が、生きた感情で、現代の「儀式」として甦りました。



●結婚よりも結婚式が先
第1部の冒頭は「国生み」神話です。天地を動かし、国を固め、万物を生み出し、この世をみえる形に現す働きの神として、男神であるイザナギノミコトと、女神であるイザナミノミコトが生まれました。そして、両神は正式な作法に従って夫婦となります。すなわち、結婚式は結婚よりも先にあったのです。一般に、多くの人は、結婚をするカップルが先にあって、それから結婚式をすると思っているのではないでしょうか。でも、そうではないのです。
『古事記』では、イザナギとイザナミはまず結婚式をしてから夫婦になっています。つまり、結婚よりも結婚式のほうが優先しているのです。他の民族の神話を見てもそうです。すべて、結婚式があって、その後に最初の夫婦が誕生しているのです。つまり、結婚式の存在が結婚という社会制度を誕生させ、結果として夫婦を生んできたのです。ですから、結婚式をしていないカップルは夫婦にはなれないのです。



グリーフケアの物語
第2部では、最愛の妻を喪ったイザナギが嘆き悲しむ場面から始まります。そう、『古事記』とは、悲嘆から回復するグリーフケアの物語なのです。
鎌田先生によれば、『古事記』には「女あるいは母の嘆きと哀切」があります。悲嘆する女あるいは母といえば、三柱の女神の名前が浮かびます。第1に、イザナミノミコト。第2に、コノハナノサクヤビメ。そして第3に、トヨタマビメ。『古事記』は、物語ることによって、これらの女神たちの痛みと悲しみを癒す「鎮魂譜」や「グリーフケア」となっているというのです。
最もグリーフケアの力を発揮するものこそ、歌です。歌は、自分の心を浄化し、鎮めるばかりでなく、相手の心をも揺り動かします。歌によって心が開き、身体も開き、そして「むすび」が訪れます。「むすび」という語の初出は『古事記』においてです。



●「むすび」とは何か
『古事記』冒頭の天地開闢神話には二柱の「むすび」の神々が登場します。
八百万の神々の中でも、まず最初に天之御中主神高御産巣日神神産巣日神の三柱の神が登場しますが、そのうちの二柱が「むすび」の神です。
『古事記』は「むすび」の神をきわめて重要視しているのです。
『古事記』には、あまりにも有名な「むすび」の場面があります。天の岩屋戸に隠れていた太陽神アマテラスが岩屋戸を開く場面です。アメノウズメのストリップ・ダンスによって、神々の大きな笑いが起こり、洞窟の中に閉じ籠っていたアマテラスは「わたしがいないのに、どうしてみんなは楽しそうに笑っているのか?」と疑問に思い、ついに岩屋戸を開きます。



サンレーに弥栄あれ!
そして、「天の岩戸開き」という最大のハイライトシーンこそ、グリーフケアの実現です。グリーフケアとは、闇に光を射すことです。「天の岩戸」という洞窟に閉じ籠もっているアマテラスを明るい世界へ戻すこと。そして、それが「むすび」につながります。まさに神を敬い、人間を尊重するという「礼」の精神を讃えることにもなります。
最近、わが社は葬儀後の遺族の方々の悲しみを軽くするグリーフケアのサポートに力を注いでいるのですが、舞台「古事記」を観て、それが必然であることに気づきました。なぜなら、グリーフケアとは、闇に光を射すことです。洞窟に閉じ籠っている人を明るい世界へ戻すことです。そして、それが「産霊」と「讃礼」へとつながるのです。
サンレー創立50周年記念にこれほどふさわしい演劇、いや儀式はありませんでした。八百万の神々をお迎えしたわたしたちは、より強い使命感をもって、儀式で世の人々を幸せにするお手伝いをしたいものです。サンレーに弥栄(いやさか)あれ!



日の光むすびの力そして礼
    われらの命(めい)を古事記に学び   庸軒


 
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2017年3月29日 佐久間庸和

2017-03-28

死は不幸ではない 




28日、「サンデー毎日」2017年4月9日号が発売されました。
表紙には女優の土屋太鳳さんの写真が使われています。かわいいですね!
わたしは同誌にコラム「一条真也の人生の四季」を連載しています。
第74回目のタイトルは、「死は不幸ではない」です。

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「サンデー毎日」2017年4月9日号



小倉の紺屋町にあったスナック「レパード」のマスターだった西山富士雄さんが71歳で亡くなられました。わたしは、通夜と告別式の両方に参列しました。
故人は、わたしにとって、とても大切な人だったのです。レパードは2011年秋に閉店。
わたしが東京から小倉に戻ってきた頃、初めて訪れた店でした。
人生で最もヘビーだった時期に心を休めに通った「止まり木」でした。



西山さんは豊かな教養の持ち主で、話題も豊富でした。大変な読書家で、古今東西の文学作品を読んでいました。わたしの本もよく読んでくれたようですが、いつも「俺は、あなたの『死は不幸ではない』という言葉が好きなんよ」と言ってくれました。



わたしは、人が亡くなったときに日本人が「不幸」と表現することに違和感を抱いていました。死なない人間はいません。いわば、わたしたちは「死」を未来として生きているのです。その未来が「不幸」であるということは、人間は必ず敗北が待っている負け戦に出ていくようなもの。



わたしたちの人生とは、最初から負け戦なのでしょうか。どんな素晴らしい生き方をしても、幸福を感じながら生きても、最終的に不幸になるのでしょうか。亡くなった人は「負け組」で、生き残った人は「勝ち組」なのですか。そんな馬鹿な話はありません!



死は決して不幸な出来事ではないはずです。死とは人生を卒業することであり、葬儀とは人生の卒業式です。ですから、西山さんとのお別れは悲しくて仕方がありませんが、わたしは「不幸」とは思いません。西山さんは、人生を卒業していかれたのだと思っています。



故人は週刊誌が大好きで、何誌も読んでいたといいます。特に、『サンデー毎日』の愛読者でした。わたしがこの連載をスタートしたときは「天下の『サンデー毎日』に連載するなんて、たいしたもんだ!」とわざわざ電話をくれました。とても嬉しかったです。
マスター、あなたのことを『サンデー毎日』に書かせていただきましたよ。
あの世で読んでくれますか?

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「サンデー毎日」2017年4月9日号の表紙



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2017年3月28日 佐久間庸和

2017-03-27

『聞く 笑う、ツナグ。』  




連載100回達成記念に、過去の「ハートフル・ブックス」をご紹介しています。
第50回目は、「サンデー新聞」2012年4月7日号に掲載されました。
わたしは、『聞く 笑う、ツナグ。』高島彩著(小学館)を紹介しました。

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「サンデー新聞」2012年4月7日号



著者の名前を知らない人は少ないでしょう。「好きな女性アナウンサーランキング」(オリコン)で第1回から5回連続で1位に輝き、殿堂入りを果たした、日本一人気のある女子アナとして有名です。著者は、バラエティ番組などでタレントを立てることを忘れない「気配りの人」としても有名です。そんな彼女が初めて出した本とあって、興味深く読みました。



いやはや、そのへんのタレント本とまったく違って、これは大変な名著だと思いました。何より、「どうすれば、人間関係が良くなるか」という実践的なアドバイスに満ちています。
「この若さでここまで達観しているとは!」と思った内容も多いです。それは、彼女が一般の若い女性の生い立ちと比べて、苦労をしているからでしょう。著者が5歳のときに、俳優だった父親が病気でこの世を去りました。以来、母と兄の3人で支え合って生きてきました。



著者は、自分という人間のほとんどを占めているのは「母の愛」だと言い切り、こう述べます。
「母は暇さえあれば、私に家族の思い出話を聞かせてくれました。亡くなった父の記憶を鮮明なカラーの映像で思い出せるのは、私が本当に見た景色というより、毎日のように母が話してくれた思い出が、私のものになっているからだと思っています」



「父がいてくれたら、もっと幸せなのになあ」と何度も思いましたが、次のように考えたとか。
「もし父が今も生きていたら、今の私はありません。ものは考えようと言いますが、父は、私や家族に降りかかってくるはずのアンラッキーを、すべて背負って亡くなっていったのではないかと思っています。変な言い方になりますが、今の私があるのは、母と兄がいてくれるおかげで、父がいないおかげなのです」
このように、著者はいつも亡父という「死者」を意識しながら生きてきました。



2012年3月11日に放映された東日本大震災の特番でキャスターを務めていた著者は、とてもその場に馴染んでいました。きっと、死者のことを語り、遺族の悲しみに触れるという行為そのものが著者の人生と重なっていたからではないでしょうか。わたしは、そう感じました。



周囲の人たちから好かれたい、そして幸せになりたい、そんなすべての女性に本書を薦めたいと思います。著者は2011年10月に「ゆず」の北川悠仁さんと結婚しました。そして、今では2人の愛娘にも恵まれ、幸せな家庭を築いています。

聞く 笑う、ツナグ。

聞く 笑う、ツナグ。






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2017年3月27日 佐久間庸和