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佐久間庸和の天下布礼日記

2017-06-08

「天下布礼日記」修了!




この記事は、当ブログの2000本目の記事です。
ブログ「2000本!」で紹介したように、5月9日に「一条真也の新ハートフル・ブログ」の記事が2000本となりました。それから1ヵ月後の今日、「佐久間庸和の天下布礼日記」も2000本を達成しました。みなさまのご愛読に深謝いたします。

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ブログ「ブログ始めました!」に書いたように、2010年のバレンタインデーに「一条真也のハートフル・ブログ」はスタートしました。それ以来、930日間、1日も休まずに続けてきました。しかも、ご存知のように長文のものも多かったです。
その文章量は、かなりのボリュームになりました。
しかしながら、思うところあって、2012年8月31日に休止しました。
ちょうど、2000本目の記事を書き上げた日でした。それから番外編をいくつかUPしましたが、「本格的にブログを再開してほしい」との声が多く寄せられました。
2013年のバレンタインデーの日、新ブログがスタートしました。
そして、1568日目の今日、記事の数が2000本に達したのです。

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最初から2000本と決めていました



そして、この2000本目の記事をもって、「佐久間庸和の天下布礼日記」を修了いたします。
じつは、当ブログを開始したときから、「2000本までにしよう」と決めていました。これまで、二刀流ブログとして並行してきましたが、今後は「一条真也の新ハートフル・ブログ」に統一いたします。当ブログのコンテンツであった「一条真也の人生の四季」(サンデー毎日)、「ハートフル・ブックス」(サンデー新聞)などは、今後は、「一条真也の新ハートフル・ブログ」に掲載させていただきます。

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当ブログから生まれた『ミッショナリー・カンパニー』(三五館)



当ブログを終了する最大の理由は、「役割を終えたから」です。
「会社だより」「業界だより」「ロータリー」などのカテゴリーは、「もっと世の中の人々に活動を知ってほしい!」という広報的視点が強かったですが、予想を超える大きな反響がありました。当ブログからは、『ミッショナリー・カンパニー』(三五館)という著書も誕生しました。
また、当ブログには、思わぬ効果がありました。わが社の社員のみなさんが、社長であるわたしの考え方をよく理解してくれるようになったのです。これまでも、社長訓示であるとか、社内報でのメッセージなどにおいて、ずいぶん社内向けのメッセージは発してきたつもりですが、それらとは比べ物にならないほど、当ブログの効果は絶大でした。

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台湾にて、わが社の同志のみなさんと



みんな、わたしのブログを読んで、わたしの考えや想いを知り、理解し、あるいは共有してくれるようになりました。まあ、わたしの居場所が明白になってしまうのと、私生活が少々知られてしまうデメリット(笑)を除けば、ブログというのは本当に社長と社員のコミュニケーション手段として優れていると思いました。また、各種の進発式や懇親会、忘年会、新年会、社員旅行などの社内行事についても、ブログに思い出の写真を掲載すれば、みんなの「こころ」が1つになりました。しかし、時代の変化で、それも難しくなってきました。
仕方ありません。変化には対応するのみ、です。

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昨日、冠婚葬祭互助会の発祥地を訪れました



昨日、わたしは冠婚葬祭互助会の発祥地である横須賀市を訪れ、互助会の創始者である西村熊彦翁の墓参を果たしました。このとき、1つの区切りがついたと実感しました。
きっと、西郷どんも「もう、ここらでよか」と言ってくれることでしょう。
なお、アーカイブとして過去の記事は残します。どうぞ、お読み下さい。

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過去の記事はこれからも読めます!



当ブログの最大の成果は、「天下布礼」という言葉・考え方を広めたことだと思います。それは、グーグル「天下布礼」ヤフー「天下布礼」といった検索ワード一覧を見てもわかります。少しでも「人間尊重」思想を世に広めることができたでしょうか。

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天下布礼」の旅は終わらず!



たとえ当ブログが終了しても、「天下布礼」の旅は終わりません。
どうか、「一条真也の新ハートフル・ブログ」でわが求道の旅の行方を見て下さい。
以上、これが「佐久間庸和の天下布礼日記」の修め方であります。

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これが「佐久間庸和の天下布礼日記」の修め方!



2017年6月8日 箱根湯本温泉にて 佐久間庸和

2017-06-07

全互連総会 in横須賀  




この記事は、当ブログの1999本目の記事です。
6月6日は、わたしが会長を務める全互連の総会が開催される日です。
早朝、わたしは前日入りしていた東京のホテルの客室で目覚めました。
朝食を取った後、総会の流れや会長挨拶のチェックなどを行いました。
そしてJR品川駅から新幹線に乗って、横須賀に向かいました。
プラザヨコスカよこすか平安閣)で、第59回全互連定時総会が開催されるのです。

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プラザヨコスカの前で
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互助会の発祥の地を訪れました



全互連は、正式には「全国冠婚葬祭互助会連盟」といいます。冠婚葬祭互助会とは、その名通りに「相互扶助」をコンセプトとした会員制組織です。終戦直後の1948年に、西村熊彦という方の手によって、日本最初の互助会である「横須賀冠婚葬祭互助会」が横須賀市で生まれました。そして、横須賀から名古屋へ、さらには静岡へと、全国に広まっていきました。いわゆる「平安閣グループ」と言われている互助会集団が全互連なのです。

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昼食を頂きました
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良長院で墓参しました



本日は、昼食を頂いた後、互助会の創始者である西村熊彦翁のお墓参りをすることができました。西村翁のお墓は、横須賀の良長院の境内にありました。会長、副会長、専務理事、一部の理事らによる墓参でしたが、長年の念願を果たすことができ、わたしの胸はいっぱいになりました。そして、西村翁のお墓に手を合わせながら、「互助会の火はけっして消しません。これからも冠婚葬祭で日本人を幸せにします」とお誓いしました。

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冠婚葬祭互助会はここで誕生しました!
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互助会の歴史が展示されました
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昭和28年7月17日付けの日経新聞のコピー
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「互助会の父」西村熊彦翁の胸像と
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理事会会場にて(花が豪華!)
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14時から理事会を開催しました
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第59回定時総会が開催されました
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第59回定時総会のようす



それから、13時から正副会長会議、そして14時から理事会が開催されました。
14時50分に理事会が終了すると、15時からは定時総会です。
会場の外には西村熊彦翁の銅像、さらには横須賀冠婚葬祭互助会の歴史を展示するコーナーがありました。とても勉強になりましたが、特に昭和28年7月17日付けの「日本経済新聞」の見出しに「珍しい冠婚葬祭の互助会」「保険に似た仕組み」と書かれているのが印象的でした。

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会長として登壇しました



松嶌専務理事(三重平安閣社長)の司会で第59回定時総会が開始されました。
大石副会長(千代田社長)による開会宣言、物故者黙祷の後は「会長挨拶」の時間です。
わたしは会長として登壇し、冒頭で以下のように述べました。
「いまご紹介に預かりました全互連の会長を拝命しております佐久間でございます。本日は関係機関の皆様方にはご多用のところ、ご臨席を賜り誠に有難うございます。また、皆様方には日頃より一方ならぬご懇情とご指導を賜っていることに、この場をかりて心より感謝を申し上げます。定時総会にあたりまして一言ご挨拶を申し上げます」

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会長挨拶のようす



それから、以下のように述べました。
「本年度の全互連第59回定時総会は、関東・甲信越ブロックの互助会各社の皆様にご担当いただき、冠婚葬祭互助会の発祥の地であります、この横須賀で開催する事となりました。戦後間もない昭和23年に横須賀冠婚葬祭互助会を創業された西村熊彦氏は、冠婚葬祭こそわが国の精神的文化であり、日本人の誇りであると提唱されました。『明るく暮らせる日本の創造』という壮大な志があったればこそ、今日の業界の隆盛があることを私たちは決して忘れてはなりません。その意味から、横須賀での開催は意義深いものがあり、全国各地より多数のご参加を賜りましたことに心より感謝申し上げます」

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業界の保守本流として・・・



それから業界を取り巻く環境変化などに言及した後で、以下のように述べました。
「今回、互助会発祥の地である横須賀において、業界の保守本流として『初期設定』を再確認すると共に、時代の変化に沿った『アップデート』への布石となる有意義な総会にしたいと考えております。今後とも、全互連加盟各社が一丸となって、消費者保護政策を推進し、自社の経営基盤の強化を図り、全互連加盟互助会相互の団結をより強固にし、儀式文化の継承と創新に努めていくことが肝要であり、あらためてご協力を賜ればと存じます」

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業界発展のために努めてまいります!



そして最後は、以下のように述べて、会長挨拶を締めくくりました。
「最後になりましたが、本総会開催に際しご尽力頂きました関東・甲信越ブロック各社の皆様、ご協賛を賜りましたお取引先各社の皆様に心より厚く御礼申し上げます。
わたくしも全互連会長としての4年目を迎え、一致団結して難局を乗り越え、業界発展のために努めてまいりたいと考えております。全互連加盟互助会各社の皆様におかれましては、今後ともご支援・ご協力を賜りますようお願い申し上げ、全互連加盟互助会各社の益々のご発展とご参集各位のご健勝を祈念申し上げ、わたくしのご挨拶といたします。ありがとうございました」

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横須賀冠婚葬祭互助会に感謝状を贈呈しました
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横須賀冠婚葬祭互助会に贈呈した感謝状



総会の最後には、退任理事に感謝状を贈呈させていただきました。
そして、この日のクライマックスともいうべき、横須賀冠婚葬祭互助会様への感謝状を贈呈させていただきました。感謝状には、「貴社は戦後の混乱期 全国に先駆け、ここ横須賀の地において冠婚葬祭互助会を起業し、我々後輩各社を指導される等、多大なる貢献をされました。よってここに感謝状を贈り、深甚なる謝意を表します」と書かれていました。
西村社長に感謝状をお渡しするとき、胸に熱いものがこみ上げました。

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懇親会のようす
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懇親会の冒頭で挨拶しました



総会は16時30分に終了しました。その後、参加者全員で記念撮影をしてから、17時から懇親会が開催されました。懇親会の冒頭でも会長挨拶があります。登壇したわたしは、「本日は、全互連定時総会懇親会にこのようにたくさんの皆様にご出席を賜り、誠にありがとうございます。皆様方には平素より全互連の運営に関しまして、格別のご理解・ご支援をいただき心より御礼申し上げます。また公務ご多用の中にも関わらず多くのご来賓の方々にもご臨席をいただいております。重ねて御礼を申し上げます」と述べました。

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横須賀は冠婚葬祭互助会の発祥の地です!



それから、わたしは以下のように述べました。
「さて、わたしは、この横須賀の地を訪問することを心待ちにしておりました。なぜならば、ここが冠婚葬祭互助会の発祥の地であるからです。今日この業界があるのは、ひとえに横須賀冠婚葬祭互助会を起業された故西村熊彦氏の高い志と、それを具現化された尊い実践があったからにほかなりません。それ故に、全互連会長として、深く感謝せずにはおれません」

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「聯合艦隊解散之辞」に言及しました



それから、横須賀について以下のように述べました。
「横須賀はご存知のとおり、ペリー来航による『開国』を象徴する地でもあり、勝海舟を艦長とする咸臨丸が出航したのも横須賀港でした。いわば日本の近代化の発祥の地でもあるのです。明日の第2分科会(観光)で視察する戦艦『三笠』は、日露戦争において連合艦隊旗艦を務めましたが、連合艦隊司令長官の東郷平八郎元帥が乗艦されていた戦艦です。日露戦争が終結し、連合艦隊が帰還した際、「聯合艦隊解散之辞」が東郷元帥により示達されます。文章の起草者は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の主人公の一人である秋山真之(さねゆき)ですが、その最後の一節には「勝(かっ)て兜の緒を締めよ」という名文が登場します」

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勝て兜の緒を締めよ!



そして、最後に、わたしは以下のように述べました。
「冠婚葬祭互助会は時代と共に成長いたしましたが、その創設者たる故西村熊彦氏の志を決して忘れてはなりません。まさに『勝て兜の緒を締めよ』の精神です。わたしは全互連会長として、互助の心を回復し、有縁社会を再生するため全力で臨む覚悟です。本日ご臨席の皆様におかれましては、今後ともご支援・ご協力を賜りますようお願い申し上げます。最後になりますが、各社様の益々のご発展とご参集各位のご健勝を祈念申し上げ、わたしの挨拶とさせていただきます」
挨拶を終えると盛大な拍手を頂戴して、たいへん感激しました。


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懇親会のようす
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懇親会でのテーブルマット
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横須賀名物「梅わいん」で乾杯
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シラス丼(江の島名物)が絶品でした



懇親会のテーブルマットには戦艦が描かれていました。
横須賀名物の「梅わいん」で乾杯しましたが、とても飲みやすかったです。
料理もすべて美味しかったですが、特にシラス丼(江の島名物)が絶品でした。

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全互連の歴史を動画で紹介
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互助会訓の内容を紹介
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在りし日の西村熊彦翁
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平安閣の誕生!!


途中、ステージの横ではスクリーンに映像が流されました。
横須賀冠婚葬祭互助会の歴史を紹介する動画で、非常に興味深かったです。
互助会訓の内容や、平安閣の誕生の場面なども映し出され、身が引き締まりました。

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ジャズが流れる懇親会場
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エンドロールが流れました
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二次会で「波乗りジェーン」を歌いました♪



懇親会では地元のジャズ・バンドが出演して、心地よいナンバーを奏ででくれました。
最後には、結婚披露宴で使用されるエンドロールが流れ、総会と懇親会を振り返っていました。エンドロールのBGMはサザンオールスターズの「波乗りジェーン」でした。懇親会後の二次会ではカラオケも歌われ、わたしも「波乗りジェーン」を歌いました♪

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アンコールで「まつり」を歌いました♪
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男はまつり〜を〜♪
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魂を込めて歌いました♪
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これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪



その後、富士平安閣の山崎社長をはじめ、数人の方々の熱烈なご要望により、ブログ「まつり」で紹介したサブちゃんの名曲を歌いました。最後の「これが日本の祭り〜だ〜よ〜♪」のところは「これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪」に改変して歌ったのですが、大いに盛り上がりました。わたしが歌っていると、多くの人々がスマホで撮影していました。わたしは歌い終わると、「個人情報の保護が叫ばれる昨今ですが、わたしには個人情報も肖像権もございません。わたしの写真など、ブログやSNSでいくらでもお使い下さい!」と言うと、大爆笑でした。
わたしの会長任期もいよいよ、あと1年です。
全力で務めさせていただきます。全互連最高!



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2017年6月7日 佐久間庸和

2017-06-06

観光は銅像見学から  



この記事は、当ブログの1998本目の記事です。
横須賀に来ています。会長を務める全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の総会がこの地で開催されるのです。横須賀は互助会の発祥の地ですが、明日は鎌倉にまで足を延ばして観光する予定です。「日本最大の銅像」ともいえる鎌倉の大仏を見学するのが楽しみです。
さて、6日に「サンデー毎日」2017年6月18日号が発売されます。わたしは、同誌にコラム「一条真也の人生の四季」を連載しています。第83回目のタイトルは、「観光は銅像見学から」です。なお、当ブログは2000本目の記事をもって終了いたします。今後の「一条真也の人生の四季」は、「一条真也の新ハートフル・ブログ」で紹介させていただきます。

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「サンデー毎日」2017年6月18日号



わたしは観光が大好きです。多くの観光地には、その土地ゆかりの銅像が建立されています。じつは、わたしは三度の飯より銅像が好きなのです。
正確には、銅像の真似をして写真に写ることが好きなのです。
わたしの本名で公開しているブログには、「銅像に学ぶ」というカテゴリーがあり、各地の銅像と撮影した写真を紹介しています。最近訪れた中国では玄奘像と記念撮影しました。



しかし、これは単におふざけでやっていることではありません。「銅像」とは偉大なる先人たちの魂が宿った姿であり、そのポーズには何かしらのメッセージが潜んでいます。その偉人と同じポーズをとることで、偉人の志を感じることが大事なのです。
これは先人に対する「礼」でもあり、その精神を学ばせていただいています。



もともと「学ぶ」という言葉は「真似ぶ」から来ています。
銅像の真似をすることには意味があるのです。「観光」とは、もともと四書五経の1つである『易経』の中の「観國之光」という言葉に由来します。「國之光」とは、その地域の「より良き文物」や「より良き礼節」と「住み良さ」をさします。



すなわち観光とは、日常から離れた異なる景色、風景、街並みなどに対するまなざしなのです。どんな土地にも、固有の光り輝く魅力がある。観光とは文字通り、その光を観ることにほかなりません。土地の光を観る精神は、人間の光を観る精神にもつながるように思う。つまり、その人の長所や美点を観るということです。


『論語』には「君子は人の美を成す。人の悪を成さず。小人は是れに反す」という言葉があります。「君子は人の美点を伸ばし、悪い点は出さないようにするものだ。小人はその反対だ」という意味です。「温故知新」も『論語』に出てくる言葉ですが、わたしは銅像を通して先人の志を学ばせていただいているのです。プライベートでの旅行はなかなか時間的に難しいですが、これからも仕事の出張先で、まだ見ぬ銅像とめぐりあえることを楽しみにしています。

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「サンデー毎日」2017年6月18日号の表紙



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2017年6月6日 佐久間庸和

2017-06-05

天  



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この記事は、当ブログの1997本目の記事です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「天」です。



わたしは経営者である前に一人の人間として生きていくうえで、常に「天」というものを意識するように心がけています。天とは、まず宇宙のことだと考えます。ものすごい時代になったもので、ついに宇宙の年齢がわかってしまいました。2003年2月に米国NASAの打ち上げた人工衛星WMAPが、宇宙論研究の究極の課題だった宇宙の年齢が約138億年という事実を明らかにしたのです。



宇宙を1冊の古文書として見るならば、その解読作業は劇的に進行しています。
それというのも、20世紀初頭に生まれた量子論と相対論という、現代物理学を支えている2本の柱が作られたからです。さらにこの2つの物理学の根幹をなす法則を駆使することによって、ビッグバンモデルと呼ばれる、宇宙のはじまりの瞬間から現在にいたる宇宙進化の物語が読み取られてきました。



宇宙と人間との関係について考えると興味は尽きませんが、いわゆる「人間原理の宇宙論」というものがあります。現在、わたしたち人類がこの宇宙のなかに存在しているわけですが、物理的考察をすると、人類が宇宙のなかに存在しうる確立は、ほとんどありえないものとする考え方です。つまり、あたかも神によって「人類が存在できる宇宙」が必然的に選ばれたかのごとくに、さまざまな事柄が調整されて、はじめて人類が宇宙のなかで誕生し、存在することが可能になります。いや、そうとしか考えられません。



宇宙の中にある物質の量とか、宇宙の曲率とか、あるいは原子核同士が核融合反応を起こすときの核反応率とか、その他もろもろのあらゆる物理的諸条件の値がすこしでも違っていたら、太陽も地球も誕生せず、炭素もできず、炭素型の生命体であるわたしたちの存在もなかったわけです。
このように、現在の宇宙の様子をいろいろと調べると、わたしたち人間が存在するためには、きわめて計画的に、ものすごい微調整をしなければなりません。偶然にこうした条件が揃うようなことはまずありえないでしょう。



ですから、人類のような高度な情報処理のできる生命が存在していると事実を説明するときに、「これはもう、人類がこの宇宙に生まれるように設計した神がいたのに違いない」という発想が出てくるわけです。こういうことを常に考えながら生きていると、自然と謙虚な気持ちが生まれてくるように思います。 



さて話は変わりますが、佐藤一斎という人物がいます。吉田松陰や西郷隆盛に大きな影響を与えた幕末の儒者です。彼の考えに基づいて明治維新がなされたと言ってもよいほどですが、その一斎の言葉に「毀誉褒貶は、人生の雲霧なり。この雲霧を一掃すれば、すなわち青天白日」があります。「青天白日」つまり心に一点もやましいことのない境地に至ることが重要だといいます。



正しい気持ちをもって生きれば、何も恐れることはない。しかし、周りの評判を気にしてしまうと、自分の判断に迷いが生じる。それゆえ、毀誉褒貶は人々を戸惑わせる雲霧のようなものであるというのです。一斎は、歴史の流れについても「天の意思も人間世界のあり方も、刻一刻と変化している。それゆえ、歴史の必然的な流れをとどめることはできない。しかし、人間の力ではその流れを早めることもできない」と述べています。彼は、つねに天を意識していました。



その思想は西郷隆盛に受け継がれ、西郷は「敬天愛人」を座右の銘としました。ある日、陸軍大将であった西郷が、坂道で苦しむ車夫の荷車の後ろから押してやったところ、これを見た若い士官が西郷に「陸軍大将ともあろう方が、車の後押しなどなさるものではありません。人に見られたらどうされます」と言いました。すると西郷は、「馬鹿者、何を言うか。俺はいつも人を相手にして仕事をしているのではない。天を相手に仕事をしているのだ。人が見ていようが、笑おうが、俺の知ったことではない。天に対して恥じるところがなければ、それでよい」
他人の目を気にして生きる人生とは、相手が主役で自分は脇役です。正々堂々の人生とは、真理と一体になって生きる作為のない生き方です。天とともに歩む人生であれば、誰に見られようとも、恥をかくことはありません。  



東洋思想を象徴する言葉に「天人合一」があります。天、つまり宇宙と人生とは別のものではなく一貫しているという意味です。宇宙には「道」という根本的な法則性があって、宇宙の一員である人間も、そこを外れては正しい人生も幸せな人生も歩むことができません。それに対して、西洋では天、つまり自然と人間とを対立するものととらえてきた。人間は自然の一部というより、自然は人間が征服すべきものという考え方である。その結果が地球の環境破壊である。



西郷隆盛は明治以後の日本人で最も人徳、人望のあった人物と言われていますが、すべてのマネジメントに関わる人々も、天を相手に正々堂々と仕事し、生きたいものです。西郷の思想的先達は佐藤一斎であり、陽明学者である一斎の先達はもちろん明の王陽明です。そして、その源流ははるか古代の孔子にさかのぼることは言うまでもありません。わが社は「礼経一致」を企業理念としており、何より「礼」というものを重んじています。



「礼」は孔子が再発見したコンセプトですが、その根本は何よりもまず「天」を祭ることです。
天とは宇宙であり、神です。孔子はいつも「天」を意識していたのです。
さらに「天」を現代的に解釈すれば、「社会」ということにもなると思います。
ドラッカーは「会社は社会のもの」だと喝破しました。会社の主は、株主でも経営者でも従業員でもなく、顧客でさえなく、社会そのものなのです。
なお、「天」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。

孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント

孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント



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2017年6月5日 佐久間庸和

2017-06-04

命  




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この記事は、当ブログの1996本目の記事です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。
そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。
その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。
今回ご紹介するハートフル・キーワードは、「命」です。



偉大な先哲・安岡正篤は言いました。何でもないことのようで、実は自分を知り、自力を尽くすほど難しいことはない、と。自分がどういう素質能力を天から与えられているか、それを称して「命」と呼びます。それを知るのが命を知る「知命」です。知ってそれを完全に発揮していく、すなわち自分を尽くすのが「立命」です。



『論語』の最後には、命を知らねば君子でないと書いてありますが、これはいかにも厳しく正しい言葉です。命を立て得ずとも、せめて命を知らなければ立派な人間ではありません。水から電気も出る。土から織物も薬品も出る。これは水や土の命を人間が知って、命を立てたものです。自然科学は、この点で大いなる苦心と努力を積んできましたが、命とはかくのごとく先天的に賦与されている性質能力なのです。いかようにも変化するもの、すなわち動きのとれないものではなく、動くものであるという意味において「運命」とも言います。運は「めぐる」「うごく」という文字なのです。



やはり偉大な先哲・中村天風は言いました。運命には二種類ある、と。すなわち「天命」と「宿命」です。天命は絶対で、宿命は相対的なものです。
現在、ミッション・マネジメントという言葉をよく聞きます。「ミッション」という言葉は、もともとキリスト教の布教を任務として外国に派遣される人々を意味する言葉でしたが、現在はより一般的に、何らかの任務を担って派遣される使節団やそうした任務のもの、あるいは「社会的使命」を意味するようになってきています。ミッション経営とは、社会について考えながら仕事をすることであると同時に、顧客のための仕事を通して社会に貢献することです。すなわち、顧客の背後には社会があるという意識を持つ経営です。



ミッションが企業価値を高める時代になってきました。
目の前の利益だけを追い求める企業よりも、社会的使命としてのミッションの意識を明確に持って活動する企業が顧客と社会によって高く評価され、発展していくことになります。その意味で、ミッションとは企業の命そのものと言えるでしょう。



ミッションを意識するのは、社長などのトップ・リーダーだけではありません。その企業の活動に携わる社員全員が共有すべきものがミッションです。第一生命営業調査役の柴田和子さんという女性がいます。保険セールス日本一を連続二十年以上も続け、ギネスブックにも掲載された驚くべき人です。ある年など、たった1人で444億円を売り上げたそうです。



柴田さんはこの仕事を始めるにあたって、まず保険のことを徹底的に勉強したといいます。その結果、保険というものがいかに大切かが身にしみてわかったそうです。これがないと、残された遺族はどうやって生活していけばいいのか。彼女は「保険がいかに大切なものか、私が心底思っていることを一生懸命説明するだけです」と語っています。



柴田さんは、顧客の家族構成を頭に入れていて、あらゆるケースを想定して保険の必要性を説くといいます。ふさわしい商品がない場合は、会社に掛け合って、その家族向けの商品を自分で設計するそうです。「私はつねに正しいことをしているという確信がありますから、お客様に自信を持って保険をすすめることができます」と断言する彼女は、自らの仕事に大いなる社会的使命を感じているのです。



ドラッカーは「仕事に価値を与えよ」と述べていますが、これはとりもなおさず、その仕事の持つミッションに気づくということにほかなりません。わが社は冠婚葬祭業を営む企業ですが、わたしは、この仕事くらい価値のある仕事はないと心の底から思っています。2001年10月の社長就任以来、「冠婚葬祭業とは哲学産業であり、芸術産業であり、宗教産業である」とずっと社員に訴えてきました。また、「結婚は最高の平和である」と「死は最大の平等である」を二大テーゼに、結婚式や葬儀の1件1件が実は人類の「平和」「平等」の実現につながっているのだと説いてきました。



ミッションを明確に成文化して述べることを「ミッション・ステートメント」といいます。わが社では、2001年11月18日の36回目の創立記念日より、「S2M宣言」を導入し、大ミッションを「人間尊重」、小ミッションを「冠婚葬祭を通じて、良い人間関係づくりのお手伝いをする」と定めました。具体的なステートメントとして、まず、「サンレー・トゥー・メンバーズ〜会員様のお役に立つサンレー」「システム・トゥー・マネー〜財務力を強化するシステムの確立」「スピード・トゥー・マーケット〜市場への迅速な対応」「サービス・トゥー・マインド〜お客様の心に響くサービス」の4つを発表。 



翌年には、「スキル・トゥー・メジャー〜一流になるための技術の向上」「ストレート・トゥー・ミッション〜社会的使命の追求」、さらにその翌年には、「スマイル・トゥー・マンカインド〜すべての人に笑顔を」「サポート・トゥー・モラル〜倫理道徳の支援」を発表して、合計8つになりました。最初から8つすべてがわたしの頭の中にはあったのだが、一度に発表すると社員が混乱すると判断し、毎年2つづつ増えていったのですが、その結果、世にも珍しい「増殖する経営理念」となりました。



現在、全国の各拠点で朝礼の際に唱和し、当社のミッションを確認しています。
この「S2M」こそ、当社の命そのものと言えるでしょう。
なお、「命」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。

孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント

孔子とドラッカー 新装版―ハートフル・マネジメント



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2017年6月4日 佐久間庸和