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佐久間庸和の天下布礼日記

2014-05-08

ハートフル




わたしは、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。
この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。
今回は、「ハートフル」という言葉を取り上げることにします。

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人は感動する事によってハートフルになれます。天にも昇るような、おいしいものを食べてハートフルになったり、魂を揺り動かすような音楽を聴いて、映画を観て、テーマパークで遊んで、ハートフルになったりします。素晴らしい自然に触れたり、スポーツで汗を流したりするうちにハートフルになることもあります。 また、結婚式という人生で最も輝いたセレモニーにおいてハートフルになる人も 多いでしょう。



「ハートフル」とは心の満月です。月が人間の精神に与える影響については『ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え』(幻冬舎文庫)に詳しく書きましたが、その人間の精神そのもの、つまり心というものも月に似ていると思います。
人は倦怠しているとき、下弦の月のごとく、その精神の4分の3が影となっています。何かで悩んだり、ねたみ、そねみ、憎しみなどのネガティブな感情に陥っているとき、暗雲に隠された月のように心も 闇に覆われているのです。しかし、何かで感動したり幸福感などでわかに活気づくと、心の満月が突然現れ、人は自分の 内側にある生命の源と触れ合っていると感じます。この心の満月が「ハートフル」なのです。



「ハートフル」をつきつめてゆくと、心理学者エイブラハム・マズローが唱えた究極の幸福感である「至高体験」、ロマン主義 文学者や宗教家たちの解く「神秘体験」、宇宙飛行士たちが遭遇した「宇宙体験」、そして死にゆく人々を強い幸福感で 包むという「臨死体験」などにも関わってきます。すべての人間はハートフルという幸福感のビックウェイブを持つサーファーなのではないでしょうか。



また、現代は「高度情報社会」です。「IT社会」とも呼ばれます。
ITとはインフォメーション・テクノロジーの略ですが、重要なのはI(情報)であって、T(技術)ではありません。その情報にしても、技術、つまりコンピューターから出てくるものは過去のものにすぎません。情報社会の本当の主役はまだ現れていません。



本当の主役、本当の情報とは何でしょうか。
情報の「情」とは、心の動きにほかなりません。本来の情報とは、心の動きを報せることなのです。だから、真の情報社会とは、心の社会なのです。そこで「ハートフル」が出てきます。「ハートフル」とは、思いやり、感謝、感動、癒し・・・・・あらゆる良い心の働きを表現する言葉です。それは仏教の「慈悲」、儒教の「仁」、キリスト教の「隣人愛」などにも通じます。それは自らの心にあふれ、かつ、他人にも与えることのできるものなのです。

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「ハートフル」は、わたしの考え方を集約する言葉です。わたしが1988年に『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)という本を書き、初めて生み出した言葉です。「ハートフル」という言葉は流行語になり、その後、北九州市のスローガンにもなりました。
その「ハートフル」とは、じつは「礼」の同義語でもあるのです。
「礼」は、儒教の神髄ともいえる思想です。それは、後世、儒教が「礼教」と称されたことからもわかるでしょう。そもそも「礼(禮)」という字は、「示」と「豊」とから成っています。漢字の語源にはさまざまな説がありますが、「示」は「神」という意味で、「豊」は「酒を入れた器」という意味があるといいます。つまり、酒器を神に供える宗教的な儀式を意味します。
古代には、神のような神秘力のあるものに対する禁忌の観念があったので、きちんと定まった手続きや儀礼が必要とされました。これが、「礼」の起源だと言われているのです。
ところが、もうひとつ、「礼」には意味があります。ここが非常に重要です。
「示」は「心」であり、「豊」はそのままで「ゆたか」だというのです。
ということは、「礼」とは「心ゆたか」、つまり「ハートフル」ということになります。

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約10年間の休筆期間を経て、2005年には『ハートフル・ソサエティ』を上梓、06年には「ハートフル・マネジメント」を副題とする『孔子とドラッカー』、07年には「ハートフル・リーダーシップ」を副題とする『龍馬とカエサル』を三五館から上梓しました。同社からは、本名の佐久間庸和として『ハートフル・カンパニー』(三五館)も刊行されています。

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また、「ハートフル・ティーのすすめ」こと『茶をたのしむ』、「ハートフル・フラワーのすすめ」こと『花をたのしむ』、「ハートフル・ライティングのすすめ」こと『灯をたのしむ』、「ハートフル・フレグランスのすすめ」こと『香をたのしむ』を現代書林から上梓しました。さらには、これまで「ハートフル・ライフ」、「ハートフル・シーズン」、「ハートフル・マネジメント」、「ハートフル・マナー」、「ハートフル・エピソード」、「ハートフル・ブックス」、「ハートフル・メッセージ」、「ハートフル通信」のタイトルで、さまざまな新聞や雑誌に連載コラムを書いてきました。まさに、「ハートフル」は一条真也の代名詞だと思っています。



*よろしければ、「一条真也の新ハートフル・ブログ」もどうぞ。



2014年5月8日 佐久間庸和