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佐久間庸和の天下布礼日記

2017-02-08

一同礼!




「一同礼!」がサンレーの代名詞になりつつあります。たしかに毎日の朝礼や各種の式典、進発式、起工式、竣工式、責任者会議、平成心学塾などで「一同礼」をすることが習慣ですが、その写真をわたしがブログにアップし続けてきたこともあり、今では「一同礼!」でネット検索すると、わが社の画像が大量に出てきて驚きます。まあ、「礼の社」としては本望です!
孔子は「礼楽」を唱えましたが、ブログ「まつり」と併せて読んでいただければ、わが社がいかにど真剣に「礼楽」の実現を目指しているかを御理解いただけるのではないかと思います。

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2012年4月2日 新入社員入社式
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2013年4月1日 新入社員入社式



昨年、おかげさまでサンレーは創立50周年を迎えましたが、日本には100年はおろか、300年を超える企業も多く、なんと605社も存在しています。室町・戦国時代に創業された500年以上の企業は39社です。さらには創業1000年を超える超長寿企業が7社もあり、世界最古の企業も日本に存在します。

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2013年6月10日 香春紫雲閣竣工式



まさに「長寿企業大国ニッポン」と言えますが、その秘密の1つに「会社儀式」を重んじていることが挙げられます。『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』グロービズ経営大学院著、田久保善彦監修(東洋経済新報社)という本があります。長寿企業を調査すると、非常に多くの企業に神棚や御礼があり、さらには社内神社を有していて、儀式を重視していると書かれています。儀式を重んじる企業は永続的に繁栄するという事実は、皇産霊神社を有し、毎月の月次祭をはじめ、創立記念式典や新年祝賀式典など、会社儀式というものを何よりも重んじているサンレーにとって勇気百倍であります。

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2013年9月6日 天道館竣工式
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2014年1月31日 沖縄進発式



この会社儀礼を象徴するものが「一同礼」なのです。
「礼に始まり礼に終わる」
もちろん、会社だけではなく「人の道」とは「礼」であることはいうまでもありません。
朝起きたら「おはようございます」と言っていますか。食事の前には「いただきます」と言っていますか。家庭で、学校で、職場で、きちんと礼をしていますか。

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2014年4月1日 新入社員入社式
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2014年4月10日 大里紫雲閣起工式
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2014年7月23日 豊崎紫雲閣起工式



すべての人間関係の基本は「礼」にあります。なぜ人間は礼をするのでしょうか。多くの首相を指導した安岡正篤は、「本当の人間尊重は礼をすることだ。お互いに礼をする、すべてはそこから始まらなければならない」と言いました。「経営の神様」といわれた松下幸之助も、何よりも礼を重んじました。彼は、世界中すべての国民や民族が言葉は違うがみな同じように礼を言い、あいさつすることを人間としての自然の姿、すなわち「人の道」であるとしました。

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2014年9月3日 みやこ紫雲閣起工式
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2014年10月28日 日向北紫雲閣竣工式
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2014年11月8日 大里紫雲閣竣工式
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2014年11月18日 創立48周年記念式典(神事)



その「礼」を軽視する人がいます。あいさつもしなければ感謝もしない。礼は「人の道」、いわば「人間の証明」であるにもかかわらず、お礼は言いたくない、あいさつはしたくないという人がいるのです。礼とは好みの問題ではなく、人間であれば必ずしなければならないものです。というより自分が人間かどうかを表明する、きわめて重要な行為なのです。よく武道の世界では「礼に始まり、礼に終わる」と言われます。人間関係もまた、礼に始まり、礼に終わることを知りましょう。

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2015年1月8日 大分祝賀式典
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2015年1月9日 宮崎祝賀式典



いま、パソコンとスマホやタブレット間で「データを同期させる」ことができます。
この「同期」とは、2つ以上の異なる端末同士で、指定したファイルやフォルダを同じ状態に保つことができる機能です。パソコン上のメールやスケジュールをスマホに同期させれば、スマホ上でも全く同じ内容を確認することできます。どちらか一方に保存したデータやクラウド上にあるデータなどを比較することで最新の状態に同期させることができるのです。つまり、同期させることのメリットは、パソコン上にあるデータをクラウド上やスマホに手軽にバックアップを取ることができることです。

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2015年1月23日 沖縄祝賀式典
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2015年3月23日 北陸総合朝礼
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2015年3月23日 北陸総合朝礼
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2015年4月1日 新入社員入社式



まさに会社儀式とは、この「同期」と同じなのです。わが社の「経営理念」「S2M宣言」が絵に描いた餅とならないためにも、「一同礼!」という身体動作で毎日「同期」させていく必要があるのです。さらに節目においては「初期設定」の確認と「アップデート」の実践が重要です。多様な会社儀式は、経営者と社員の皆さんが「同期」しているかを確認するための行為といえるでしょう。

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2015年4月4日 豊崎紫雲閣竣工式
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2015年5月19日 中津池永紫雲閣竣工式
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2015年7月21日 葬祭責任者会議
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2015年7月23日 企画・広報担当者会議



人は、どのようなときに共感するのでしょうか。たとえば、感動的な映画を観終わったときや卒業式で仲間たちと別れを惜しむとき、そこには間違いなく共感が生まれていると言えます。これは体験や感動を共有した者同士の連帯感情であり、神話や儀礼もこの延長線上にあるのです。人類の偉大な精神の営みである哲学・芸術・宗教も、すべては母なる神話と儀式から生まれてきました。神話と儀式はまさしく人類にとって共感の文化装置なのです。

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2015年9月18日 経理責任者会議
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2015年11月18日 創立49周年記念式典(神事)
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2015年12月7日 営業責任者会議



この「心の共同体」は、「共同知」を生みます。儀式とはメンバーが知識を共有するための「ナレッジ・マネジメント」にほかならないとわたしは考えています。会社は毎日の朝礼にはじまって、新年祝賀式典、創立記念式典、進発式あるいは社葬などは、いずれも社員間に「共同知」を生み出すための文化装置であると言えるでしょう。

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2015年12月9日 葬祭責任者会議
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2016年1月4日 北九州新年祝賀式典
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2016年1月8日 宮崎祝賀式典
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2016年1月14日 北陸祝賀式典



伝統的共同体においては、「共同知」は儀式のみならず、しきたり、言い伝え、あるいは老人の知恵、民話や童謡、そして祭りという形で蓄積され、伝承されてきたのです。かつてグリム兄弟が採集し、柳田國男が調査してきたのは、このような「共同知」の全貌だったのです。

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2016年1月26日 沖縄祝賀式典
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2016年3月18日 春季例大祭
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2016年4月1日 新入社員入社式
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2016年5月9日 古賀紫雲閣竣工式



人類学者のラドクリフ=ブラウンは、著書『未開社会における構造と機能』の中で「われわれが最も容易に宗教的礼拝の社会的機能を発見し、提示しうるのは祖先崇拝においてである」と述べています。また、ラドクリフ=ブラウンは孔子にも言及し、「紀元前5、6世紀の中国では、孔子およびその後継者らは葬礼、喪、供犠というような儀礼を正しく遂行することの非常な重要性を力説している」と述べています。

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2016年5月9日 古賀紫雲閣竣工式
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2016年5月16日 営業責任者会議
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2016年6月20日 葬祭責任者会議
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2016年8月9日 企画広報担当者会議



また、ラドクリフ=ブラウンは「あなた方もご存知のように孔子の教えの主要な点の一つは、儀礼を正しく遂行することの重要性であった。しかし孔子は超自然的なものについては論じようとしなかったといわれている。儒学においては、音楽や儀礼は社会秩序を確立し保持するための手段として考えられ、そしてその目的達成のための手段としては、法律や罰則にまさるものとみなされている」とも述べています。

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2016年8月18日 秋季例大祭
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2016年8月22日 冠婚・衣裳責任者会議
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2016年8月31日 八幡紫雲閣起工式
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2016年9月3日 北陸総合朝礼



さらにラドクリフ=ブラウンは、「儀式は大衆を共に結合させておく絆である。もしこの絆が除去された場合には、それらの大衆は混乱におちいる」という『礼記』の言葉を紹介しながら、荀子に始まる後期の儒者たちが、儀礼、とくに服喪と供犠の儀礼が社会秩序の維持という機能を遂行している方式に注目したことを指摘します。そして、彼らの理論の主要な点は、儀礼は人間の情緒を「規制」し「洗練」するのに役立つということであると言うのです。

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2016年9月16日 経理責任者会議
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2016年10月6日 三萩野紫雲閣竣工式
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2016年10月12日 別府紫雲閣起工式
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2016年11月18日 創立50周年記念式典(神事)



「礼」を最も重視した人物こそ孔子です。孔子が目指した道徳的・政治的改革は、一般の人間をすぐれた人間としての「君子」に変える方法のことであり、一種の全体教育と呼ぶべきものでした。道にそった儀礼的行動をとることができるなら、つまりは礼を正しく行うことができるなら、誰でも君子になることができるというのです。

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2016年11月18日 創立50周年記念式典
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2016年11月21日 松柏園ホテル新館起工式
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2017年1月10日 営業責任者会議



また宇宙および社会においては、為政篇の中で「徳による支配は、あたかも北極星になったようなものである。同じ場所にとどまったままで、他のすべての星がその周囲を忠実に巡っていく」と述べていますが、まさに、これこそが孔子の理想であったのです。

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2017年1月12日 大分祝賀式典
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2017年1月13日 宮崎祝賀式典



最もありふれたことから、最も予期せぬことまで、人生のいかなる状況においても礼儀正しくふるまえる君子。それには「仁」が必要となります。孔子は人間を儒教の最高徳目である「仁」に導こうとしていたのです。さらに、すべてのものに「理」という本来の性格をもたらし、社会に秩序と持続性を与え、人間を社会全体に結びつけるもの、それがすなわち「礼」なのです。経済活動の主体である会社に儀礼があるのは、会社が共同体である証でもあります。

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2017年1月17日 沖縄祝賀式典



儀式には「かたち」が重視されます。これをたんなる形式主義と捉えるのは浅薄ではないでしょうか。「かたち」に乱れがないことから安心感を得る。儀式のもつ力とは、「かたち」があることによって発揮されるのです。そうした意味からも、会社儀礼のような共同体における儀礼においては決まった「かたち」を繰り返すことが何よりも重要になるのです。

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2017年1月23日 神田紫雲閣竣工式 



結婚するときはきちんと結婚式を挙げる。親に限らず、愛する肉親の葬儀をきちんと行う。これらは、人間として当然のことであることは言うまでもありません。きちんと冠婚葬祭という儀式を行うことが、きちんと人生を送ることにつながるのです。いま、改めて「儀式とは何ぞや」を問わねば、日本という国、日本人という民族は取り返しのつかない「奈落の底」に堕ち、人類社会からドロップアウトしてしまいます。冠婚葬祭互助会の役割とは「良い人間関係づくりのお手伝いをすること」、そして使命とは「冠婚葬祭サービスの提供によって、たくさんの見えない縁を可視化すること」に尽きると考えます。

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2017年1月24日 北陸祝賀式典



サンレーグループは冠婚葬祭業です。結婚式と葬儀は人生の二大儀礼であるとされますが、結婚式とは新郎新婦の魂を結ぶ「結魂式」、葬儀は故人の魂を永遠の世界へと送る「送魂式」です。冠婚葬祭業とは「魂のお世話業」なのです。この世に賤しい仕事つまり賤業というものはないはずですが、聖なる仕事つまり聖業というものは確実に存在します。そして、魂のお世話というわたしたちの仕事が聖業でなくて、何が聖業でしょうか?

礼を求めて

礼を求めて



この聖業に従事するにあたって、冠婚葬祭互助会は「儀式によって人々を幸せにする」という高い志を抱かねばなりません。誠に不遜ではありますが、昨年末に上梓した拙著『儀式論』(弘文堂)が、「儀式によって人々を幸せにする」という大きな使命に向け、全国の冠婚葬祭互助会が「同期」していく一助となれればと願わずにはおられません。

儀式論

儀式論



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2017年2月8日 佐久間庸和