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一条真也のハートフル・ブログ

2010-03-25

四大聖人と日本人

一条真也です。

わたしは、日本人の「こころ」についてよく考えます。

日本人の「こころ」は世界に例のないユニークなものであると思います。

それを知るための3冊の名著をご紹介しましょう。

新渡戸稲造著『武士道』(岩波文庫)、内村鑑三著『代表的日本人』(岩波文庫)、そして、岡倉天心著『東洋の理想』(講談社学術文庫)の3冊です。

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                  日本人の「こころ」を求めて


みなさんは、「世界四大聖人」というものをご存知ですか?

ブッダ、孔子、ソクラテス、イエスの4人の偉大な人類の教師たちのことです。

いわゆる「四聖」とも呼ばれますが、この人選には、洋の東西から2名づつ選ばれており、じつにバランス感覚の良さを感じます。おそらく、「ええとこどり」の心学思想に根ざした日本人が選んだ人選ではないかと推察します。

この4人のメンバーは明治時代に選ばれていたようですが、一時、「妖怪博士」と呼ばれた井上円了などによってイエスが外されていた時期がありました。

イエスの「四聖」復帰に大きな貢献を果たしたと見られるのが、キリスト教(クエーカー教)徒であった新渡戸稲造でした。



新渡戸は1899(明治32)年に、かの名高い『武士道』(を英文で著わしますが、そこには孔子やソクラテスと並んで、イエス・キリストが登場しています(なぜか、ブッダだけは出てきませんが、マホメット老子は登場します)。

この本で、新渡戸は次のように述べています。

「キリスト教の優越は、生きとし生ける人間各自に向って創造者に対する直接の責任を要求する点に、最もよく現われていることを知る。しかるにもかかわらず奉仕の教義に関する限り---自己の個性をさえ犠牲にして己れよりも高き目的に仕えること、すなわちキリストの教えの中最大であり彼の使命の神聖なる基調をなしたる奉仕の教義---これに関する限りにおいて、武士道は永遠の真理に基づいたのである。」(矢内原忠雄訳)

新渡戸は、「奉仕」という共通思想においてイエス・キリストの教えと武士道の精神が結びつくことを高らかに宣言したのです。



新渡戸の『武士道』(によって、イエスの存在感は明治の日本において不動のものとなりました。そして、そこには同時代における日本人を代表するキリスト教徒としての内村鑑三の存在を忘れることはできないでしょう。

内村は1908(明治41)年に『代表的日本人』を、新渡戸の『武士道』と同じく英文で著わしています。キリスト教徒の内村が書くのですからキリシタン大名でも出てくるかというと、まったく出てきません。西郷隆盛、上杉鷹山二宮尊徳中江藤樹日蓮の5人が日本人の代表として取り上げられています。いずれも儒教あるいは仏教を心の拠り所として生きた人々ばかりですね。

ところが、この『代表的日本人』にはキリストをはじめ、釈迦、孔子、ソクラテスの「四聖」すべてが登場するのです。それこそ、「近江聖人」と呼ばれた中江藤樹の章など、4人全員の名が出てきます。その他にも、日蓮の章でマホメット日蓮を比較したり、モーセの名をあげてユダヤ教と神道の類似点を指摘してみたり、とにかく『代表的日本人』という本は比較思想の観点に満ちており、知的好奇心を刺激する本となっています。



新渡戸稲造や内村鑑三と並んで、日本人の文化・思想を英語で西欧社会に紹介した人物がもう1人います。岡倉天心です。

あまりにも有名な『茶の本』の著者としても名高い彼は、1903(明治36)年に『東洋の理想』を著わしました。そこで天心は、欧米の植民地主義が進行してゆく中で、アジアの伝統的精神文明の自覚を強く訴えています。

アジアの課題とはアジア的様式というものを守り、再建することが重要です。そのためにはまず、こうした様式をしっかりと認識し、その自覚を高めなければなりません。

過去の影こそが未来を約束するものとなり、どんな木も、もともとその種に含まれた力以上に大きくなることはできません。天心は、生きるということは常に自分自身に立ち戻るということであると喝破し、次のように述べます。

「どれほど多くの福音書がこの真理を説いていることか!『汝自身を知れ』とは、古代ギリシャ、デルフォイの神託が告げた最大の神秘だった。『すべては汝自身の内にある』と孔子は静かに語った。そして、同じ教えを説く話で一層胸をうつのは、次のようなインドの物語である。ある時、こんなことがあったと仏教徒は言う。師が弟子たちをまわりに集めると、突然、彼らの前に恐ろしい姿、偉大な神であるシヴァ神の姿が立ちあらわれ、弟子たちはことごとく目がくらんでしまった。その中で、ただひとり、一切の修行を積んだヴァジラパーニだけが目をくらまされることなく、師に向かってこう言った。『ガンジスの砂の数にも負けないほど無数の星や神々をたずね回ってきましたが、どこにも、こんなに輝かしい姿を見出すことができなかったのはなぜなのでしょう。この人は誰なのですか』すると仏陀は言った。『お前自身だよ』これを聞いてヴァジラパーニは即座に悟りに達したのだという。」

この岡倉天心の言葉は、見事な「四聖」思想のエッセンスとなっています。

ここにイエスやソクラテスの名前そのものは出てきませんが、言うまでもなく「福音書」とはイエスの言葉を記したものであり、「汝自身を知れ」とは「無知の知」を説いたソクラテスの代名詞として知られます。

新渡戸稲造、内村鑑三、岡倉天心といった人々の著書にいずれも「四聖」のメンバーたちが登場することは興味深いと思います。

おそらく日本人の精神構造が決して特殊ではなく普遍性をもっており、国際社会においても立派にやっていけることをアピールする目的もあったのでしょう。

ゆえに、イエスやソクラテスといった西洋文化を代表する2人や、ブッダや孔子という東洋文明を代表する2人の名を持ち出して、インターナショナルな日本を打ち出したかったのかもしれません。

しかし、それだけではありません。

民族宗教である神道のみならず仏教も儒教も受け入れてきた日本人の心には、もともとあらゆる思想や宗教を平等に扱うという素地があったのです。そのことを世界に広く示したのが、新渡戸稲造や内村鑑三や岡倉天心でした。

いずれにせよ、彼らの著書は世界中の人々に読まれ、日本においても「四聖」の存在感は次第に大きくなっていったのです。



このような日本人の「こころ」における四聖の影響について、わたしは本名の佐久間庸和の名で『四大聖人』『心学入門』といったブックレットを書きました。

また、PHP新書からは『世界をつくった八大聖人』を上梓しました。

「四聖」に加えて、モーセ老子、ムハンマド、聖徳太子を論じました。

ご一読いただければ幸いです。

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                   月下四聖図(長野剛)


今日は、これから新幹線で京都に行きます。

京都駅で鎌田東二さん、近藤高弘さんと待ち合わせ、そこから一緒に奈良県は奥吉野の天河大弁才天社へと向かいます。

それでは、行ってきます!


2010年3月25日 一条真也

天下布礼

一条真也です。

平成心学塾に「天下布礼」と書かれた幟が届きました。

九州を代表する書家である福成喜光氏の見事な字が書かれています。

立てると天井まで届く長さで、ものすごい迫力です。

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              あらゆる手段で「人間尊重」思想を広めたい


もともと「天下布礼」とは、わが社の創業時に掲げていたスローガンです。

2008年、わたしが上海において再び社員の前で打ち出しました。

わが社の創立40周年記念として、全国の社員を3班に分けて総勢600名の上海旅行を行いました。いまどき、こんな大人数の社員旅行は珍しいそうです。

社員旅行どころか、歓送迎会や忘年会なども日本の会社から減っています。

どうも、会社というより社会全体が「人間嫌い」になっているような感があります。

急速なIT化が社会の「人間嫌い」化に拍車をかけているのかもしれません。

でも、わが社は冠婚葬祭を業とする会社です。

まさに人間を相手にするのが仕事であり、わたしたちが人間嫌いになることは絶対に許されません。それもあって、あえて大人数で中国の上海に旅行したのです。



言うまでもなく、中国は孔子の国です。

2500年前に孔子が説いた「礼」の精神こそ、「人間尊重」そのものだと思います。

上海での創立記念式典で、わたしは社員の前で「天下布礼」の旗を掲げました。

かつて織田信長は、武力によって天下を制圧するという「天下布武」の旗を掲げました。

しかし、わたしたちは「天下布礼」です。

武力で天下を制圧するのではなく、「人間尊重」思想で世の中を良くしたいのです。



わが社の小ミッションは「冠婚葬祭を通じて良い人間関係づくりのお手伝いをする」。

冠婚葬祭ほど、人間関係を良くするものはありません。

そして、わたしたちの理想はさらに大ミッションである「人間尊重」へと向かいます。

太陽の光が万物に降り注ぐごとく、この世のすべての人々を尊重すること、それが「礼」の究極の精神です。だから、わたしは「礼」の精神が誕生した中国の地で「天下布礼」という言葉を持ち出したのです。上海での記念祝賀会では、「摩天楼そびゆる魔都の宴にて 天下布礼の旗を掲げん」という短歌を披露しました。  



天下、つまり社会に広く人間尊重思想を広めることがサンレーの使命です。

わたしたちは、この世で最も大切な仕事をさせていただいていると思っています。

これからも冠婚葬祭を通じて、良い人間関係づくりのお手伝いをしていきたいものです。

また、わたしが大学で教壇に立つのも、本を書くのも、すべては「天下布礼」の活動の一環であると考えています。

1500人近い全社員に直筆のバースデーカードとプレゼントを贈るのは「天下布礼」の原点です。みなさん、とても喜んでくれますし、礼状をいただくこともしばしばです。

誕生日を祝うことは、「あなたがこの世に生まれたことは正しいですよ」ということ。

いわば、その人の存在を全面的に肯定することです。

まさに、人間尊重そのものです。

その社員のみなさんとともに、世の人々の良い人間関係づくりのお手伝いをさせていただく。「人間尊重」の輪が大きく広がってゆく。

「天下布礼」の旗を持って、さらにこの道を進んでゆきたいと思っています。


2010年3月25日 一条真也