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一条真也のハートフル・ブログ

2010-10-23

月面聖塔

一条真也です。

今日、10月23日の月は満月です。

月への送魂」と並んで、わが社が新時代の葬送文化として提唱し続けているのが、「月面聖塔」です。これは、月に地球人類の墓標を建てるというものです。

もともとは、わが国を代表する宗教哲学者である鎌田東二さんの一言から生まれたアイデアです。初めて対談させていただいたとき、鎌田さんから「神の世界の象徴が太陽だとすれば、人の世の魂は月に象徴される」という目から鱗のお話をお伺いした後、鎌田さんは「お墓を月につくったらいいと思っています。まずは地球上の全人類、すべての生命を慰霊する記念碑のようなものを全宗教一致で建てる。地球生命を見守る慰霊塔です」という、その後のわたしの人生を決定づけた運命の一言を吐かれたのです!

衝撃的でした。わたしは当時プランナーでしたが、月面に地球生命の慰霊塔としての「月面聖塔」を建立し、地球上から故人の魂をレーザービームに乗せて月に向かって送る新時代の葬儀=送儀としての「月への送魂」を行う「ムーン・ハートピア・プロジェクト」として立案し、鎌田さんに捧げる『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』なる一書にまとめ、1991年10月に国書刊行会から上梓したのです。

そのデザインについても考え抜き、じつは高名な建築家などにも設計を依頼しました。

しかし結局は、世界最古のメソポタミア神話に出てくる「月の神」の造形に由来を求めました。わたしは、最も古いものには普遍性があると考えているからです。


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       『イメージ・シンボル事典』アト・ド・フリース著(大修館書店)より

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       『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』(国書刊行会)より


また、輪廻転生の基地として新しい生命が宿るという「宇宙卵」の意味も含めています。

「月面聖塔」のイメージ図を発表するやいなや、多くのテレビ・新聞・雑誌で取り上げられ、海外のメディアからも取材が相次ぎました。

でも、今あらためて見ると、やはり唐突な印象は否めません。いつか義兄弟である造形美術家の近藤高弘さんにデザインしていただきたいと思っています。

月は日本中どこからでも、また韓国や中国からでも、アメリカからでも見上げることができます。その月を死者の霊が帰る場所とすればいいのではないかと思います。

これは決して突拍子もない話でも無理な提案でもなく、古代より世界各地で月があの世に見立てられてきたという人類の普遍的な見方を、そのまま受け継ぐものです。 

世界中の古代人たちは、人間が自然の一部であり、かつ宇宙の一部であるという感覚とともに生きていました。そして、死後への幸福なロマンを持っていました。

その象徴が月です。彼らは、月を死後の魂のおもむくところと考えました。

そうです、月は魂の再生の中継点と考えられてきたのです。

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                   月面聖塔の模型の前で


月面聖塔は、地球上のすべての人類の墓ともなります。月に人類共通の墓があれば、地球上での墓地不足も解消できますし、世界中どこの夜空にも月は浮かびます。

それに向かって合掌すれば、あらゆる場所で死者の供養をすることができます。

第2次世界大戦で310万人の日本人が亡くなりましたが、世界ではなんと約5000万人もの人々が亡くなっています。その中には、アウシュビッツなどで殺された約600万人のユダヤ人も含まれています。その人々の魂はどこに帰るのか。

ホロコーストが行なわれたアウシュビッツの夜空にも、ヒトラーが自殺して陥落したベルリンの夜空にも、真珠湾や満州や南京の夜空にも、月が浮かんでいたことでしょう。

まったく戦災に遭わなかった金沢にも、ひどい戦災に遭った沖縄にも、原爆が落とされた広島や長崎にも、落ちなかった小倉にも、夜空には月がかかり、ただただ慈悲のような光を地上に降り注いでいたはずです。



特に「無縁社会」に生きる日本人にとって、月面聖塔の持つ意義ははかり知れないほど大きいと言えます。今後は墓を守る者がいなくなり、無縁となって消える墓も多くなるでしょう。墓を持たない日本人の霊魂はどこへ行き、どこで休息し、どこで生き残った者とコミュニケーションするのでしょうか。

こういった日本における墓の問題を、昭和の初めに指摘した人物がいました。

昭和7年に『不滅の墳墓』を発表した細野雲外が、その人です。

「なぜ、すべての墓は無縁になつて滅びていくのか」という彼の単純な疑問は、あまりにも普遍的な問題を含むものでした。

彼は「無縁化」によって墳墓がいかに荒廃してきたかを論証した上で、同時代の人々の不明を非難し、民衆の墳墓を不滅化する必要性を説きます。

墓地の荒廃の原因は、死後年月が過ぎいつのまにか墓守がいなくなることですから、従来の家墓や個人墓の様式では、それを防ぐことはできません。

では、どうすればよいのか。そこで細野は、都市レベルの供養塔を建設するというプランを提案するのです。戦没者の合同慰霊塔のような、都市の住民すべてを葬る合同墓としての「都市墓」を建てるのです。そうすれば直系の子孫でないにしろ、遠い未来においても必ず誰かが供養してくれるでしょう。このような発想をベースとして描き出された「不滅の墳墓」は、数百万体の遺体を納めることができる巨大な納骨堂のイメージでした。



細野は著書の中で、信州の山村などに時折見うけられる「一寺一墓制」を詳しく紹介しています。この制度は、その集落に属したすべての魂をただ一つの墓石に順次祀るというものです。数百数千の魂が眠るモニュメンタルな墓に入るための必要条件は、その村で生まれ育ち、そして死ぬことです。墓と墓場がまったく一致する、コミュニティ単位の墓、いわば「村墓」ですね。要するに細野の提案は、「一寺一墓制」のスケールを都市レベルに拡大しようというものだったのです。

月面聖塔というのは、細野の「都市墓」をさらに「地球墓」として拡大したものだと言えるでしょう。しかも、月は地球上のあらゆる場所で眺めることができますから、あらゆる場所で月に向かって手を合わせれば先祖供養ができるわけです。



盆の時などに大変な思いをして墓参りをしなくても、月は毎晩のように出るので、死者と生者との心の交流も活発になります。特に、満月のときはいつもより念入りに供養すればいいでしょう。それは満月の夜のロマンティックでノスタルジックな死者との交流なのです。いわば、「隣人祭り」ならぬ「隣人祀り」ではないでしょうか。

この「月面聖塔」については、『葬式は必要!』や『ご先祖さまとのつきあい方』(ともに双葉新書)などの最近の著作でも紹介しており、問い合わせなども増えてきました。

「死は不幸ではない」ことを示す「月面聖塔」の実現に、わたしは死ぬまで、また死んだ後も尽力したいと思っています。


2010年10月23日 一条真也