『失はれる物語』

一条真也です。

『失はれる物語』乙一著(角川文庫)を読みました。
著者が現代日本を代表するエンターテインメント作家の1人であることは間違いないでしょうが、その作風は「グロ系」と「切ない系」に分かれるように思います。
本書には、その「切ない系」の傑作短編が集められています。


               当代一のホラー作家による傑作短編集


本書に収められているのは、次の6つの物語です。
孤独な少女が頭の中で想像した携帯電話で他者と繋がる物語「Calling You」。
事故で全身不随となった主人公とピアニストである妻を描く表題作「失はれた物語」。
他人が受けた傷を自らの身体に移すことができる少年の物語「傷」。
泥棒が壁越しに被害者の手を握りしめざるをえなくなる「手を握る泥棒の物語
主人公が目に見えない幽霊と子猫と一緒に暮らす物語「しあわせは子猫のかたち」。
少年とパンツとのふれあいの物語「ボクの賢いパンツくん」。
まるでフェチズムとミステリーが合体したような物語「マリアの指」。
彼女がいると友だちに嘘をついてしまった男子高校生の物語「ウソカノ」。



どれも奇妙な物語でありながら泣かせてくれる傑作揃いですが、わたしは特に「失はれた物語」と「しあわせは子猫のかたち」の2本が心に残りました。
「失はれた物語」では、主人公が交通事故で全身不随となり、視覚も聴覚も、五感の全てを奪われます。辛うじて残ったのは右腕の皮膚感覚のみでした。
ピアニストである妻はその腕を鍵盤に見立て、「演奏」を続けます。
そうすることによって、日日の想いを主人公に伝えるのです。
闇の世界に囚われている者にとって、妻の演奏は大きな救いとなります。
しかし、家族の幸福を考えた結果、主人公はある決断を下します。



「しあわせは子猫のかたち」は、いわゆるジェントル・ゴースト・ストーリーです。
ブログ『押入れのちよ』で紹介した荻原浩氏の小説にも通じる世界です。
わたしは、つねに生者と死者との平和的共生というものを考えていますので、「しあわせは子猫のかたち」に描かれている人間と幽霊とのコミュニケーションには感動しました。
この作品にはミステリー的要素もあり、幽霊となった被害者を殺した真犯人を探すという設定は、ブログ「ラブリーボーン」で紹介した映画を連想させました。
また、「Calling You」はファンタジー映画の名作「ジェニーの肖像」を、「失はれる物語」は反戦映画の名作「ジョニーは戦場に行った」を連想しました。
著者は意外と映画好きで、映画から小説の着想を得ているのかもしれませんね。



映画といえば、この短篇集からは3本の映画が生まれています。
映画原作者としての著者の存在感は大きくなる一方ですね。
「Calling You」「失はれる物語」「傷」の3本ですが、「Calling You」は「きみにしか聞こえない」、「傷」は「KIDS」とそれぞれタイトルが変えられています。
死にぞこないの青」「暗いところで待ち合わせ」「GOTH」「ZOO」などの乙一作品も映画化されており、映画原作者としての著者の存在感も大きくなる一方ですね。



2011年8月28日 一条真也