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一条真也のハートフル・ブログ

2011-12-21

『青い鳥』

一条真也です。

『青い鳥』メーテルリンク著、堀口大學訳(新潮文庫)を再読しました。

わたしは、かつて『涙は世界で一番小さな海』(三五館)という本を書きました。そこで、『人魚姫』『マッチ売りの少女』『青い鳥』『銀河鉄道の夜』『星の王子さま』の5つの物語は、実は1つにつながっていたと述べました。

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最高の叡智を求める臨死体験の物語



「青い鳥」という言葉を聞けば、誰でもそれが「幸福」の代名詞であることを知っているでしょう。それほど有名なメーテルリンクの『青い鳥』には、モデルとなる作品があったことをご存知ですか。ドイツ・ロマン派の作家ノヴァーリスの『青い花』という小説です。

ある夜、青年ハインリヒの夢に青い花があらわれますが、その花弁の中に愛らしい少女が見えます。そのときから、やみがたい憧れにとらわれたハインリヒは旅に出ます。

その旅は、自分の正体が詩人であることにめざめてゆく彼の内面の旅に他なりませんでした。青い花とは、彼にとっての「理想」であり、「黄金時代」であり、何よりも「憧れ」そのものでした。この『青い花』に影響を受けて書かれたファンタジーこそ、『青い鳥』でした。花にしろ鳥にしろ、青いものをさがす旅とは、「憧れ」を求める内面への旅なのです。ルドルフ・シュタイナーは、青は人間の心の色であると述べています。



『青い花』へのオマージュともいえる『青い鳥』を書いたモーリス・メーテルリンクは、「20世紀の小ノヴァーリス」などと呼ばれました。生涯にわたってノヴァーリスを敬愛していた彼にとっては名誉なニックネームであったことでしょう。

メーテルリンクは、1862年にベルギー北部のフランダースで、最も古い貴族の家の子として生まれました。その血筋を誇りとし、フランス語と並んでベルギーの公用語であったフランダース語とその文化の普及に尽力しました。

フランダースといえば、童話の名作『フランダースの犬』が有名です。

この作品が書かれたのは1872年、メーテルリンクが10歳のときでした。

作者は、イギリスの女流作家のウィーダでした。

薄幸の少年ネロが大聖堂の中に飾られたルーベンスの絵の前で愛犬パトラッシュと凍死するという悲劇的な物語には、明らかにアンデルセンの『マッチ売りの少女』の影響が見られます。実際、『マッチ売りの少女』と『フランダースの犬』の両作品は、そのラストシーンにおいて、キリスト教的な「死」のイメージを決定づけたといえるでしょう。

しかし、それは、あくまでも日本においてです。

『マッチ売りの少女』の国際的な知名度に比べて、『フランダースの犬』はベルギーをはじめとしたヨーロッパ諸国でほとんど評価されませんでした。

ただ日本においては、1975年にフジテレビ系列の「世界名作劇場」でテレビアニメ化され、絶大な人気を誇りました。特に、最終回で天使が舞い降りてきて、凍死したネロとパトラッシュを天国に連れてゆくシーンが強烈な印象を残しました。当時は小学生だったわたしも含め、日本中の少年少女がこのシーンに涙し、キリスト教の「帰天」のイメージが焼きつけられたといえます。



メーテルリンクの話に戻しましょう。彼は人文主義の名門であるガン大学に入学し、詩作の才能を発揮するとともに、哲学や文学への関心を示しました。

ところが、彼の両親は法律の世界に進むことを要求します。

大学卒業後に法曹界に入ったメーテルリンクでしたが、パリで数か月を過ごすうちに、ヴィリエ・ド・リラダンをはじめとしたフランス象徴主義の詩人たちと知り合い、彼らと親交を深めます。その経験は、その後のメーテルリンクの作品に大きな影響を与えました。

1889年に最初の戯曲である『マレーヌ姫』を書き、有名になります。

その後も『ペレアスとメリザント』などの神秘的で瞑想的な象徴主義的作品を書き続けますが、最大の成功作は1908年に書いた『青い鳥』でした。

この作品によって、1911年にはノーベル文学賞を受賞します。



クリスマスイヴ、貧しい木こりの家では2人の子どもが寝ていました。

兄のチルチルと妹のミチルです。2人の部屋には醜い妖女が現れ、「これからわたしの欲しい青い鳥を探しに行ってもらうよ」といいます。

妖女から、ダイヤモンドのついた魔法の帽子を貰ったチルチルとミチルは、光やイヌやネコやパンや牛乳や砂糖や火や水たちと一緒に不思議な冒険の旅に出かけます。

「思い出の国」で青い鳥を見つけますが、これは籠に入れると黒い鳥に変わってしまいました。子どもたちは、その後も「夜の御殿」「森」「墓地」を訪れ、こわい思いをしながら青い鳥を探し続けます。「森」の中で青い鳥を見つけますが、捕まえられませんでした。「夜の御殿」では捕まえることに成功しますが、死んでしまいました。「幸福の花園」を経て、最後に訪れた「未来の王国」でも青い鳥を捕まえますが、赤くなってしまいます。

こうして、子どもたちは妖女との約束を果たすことができず、失意のうちに家に帰ってきます。そこへ隣に住んでいるおばあさんがやって来て、病気の娘がチルチルの飼っている鳥を欲しがっていると告げます。



そういえば、鳥を飼っていたことを思い出し見てみると、驚いたことに青い色に変わっています。さんざん探し回った青い鳥は自分たちの家にいたのでした。二人がこの青い鳥を病気の娘にあげると、娘の病気が良くなってお礼にやって来ます。ところが二人で餌をやろうとしたときに、青い鳥は逃げて飛んでいってしまいます。

この童話は戯曲ですが、声をあげて泣く娘に向かって、チルチルは「いいよ。泣くんじゃないよ。ぼくがまたつかまえてあげるからね」と、やさしく語りかけます。そして、舞台の前面に進み出て、見物人に向かって大きな声で次のように呼びかけるのです。

「どなたかあの鳥を見つけた方は、どうぞぼくたちに返してください。ぼくたち、幸福に暮らすために、いつかきっとあの鳥がいりようになるでしょうから」



『青い鳥』には、さまざまな興味深いテーマを見ることができます。

たとえば、動物でも植物でも、みんな人間のように話すことができるということ。

すべての存在には生命があり、人間以外のモノにも感情があるというのです。

これは万物の中に生命を認める「アニミズム」の世界そのものです。

キリスト教文明の社会には、なじまない考え方です。

キリスト教文明は近代科学を生み、さまざまな文明の利器を発明してきた一方で、森をはじめとした自然環境を破壊してきました。

仏教に造詣の深いことで知られる作家の五木寛之氏は、『青い鳥』の中に「山川草木悉有仏性」とか「草木国土悉皆成仏」といった仏教の思想を読み取っています。

つまり、山にも川にも、草や木にも、魚や獣にも、この世界に存在するものすべてに命があり、意味があるという考え方です。仏の前には万物は平等であるというのです。

キリスト教の世界観では、人間は自然を支配します。

ところが仏教の世界観では、人間は自然と共生します。

五木氏は、著書『青い鳥のゆくえ』で次のように述べています。

「〈自然を支配せよ〉ではなく、〈自然と共生せよ〉という言葉こそじつは人間にあたえられるべき思想なのです。メーテルリンクは、そのことを心の深いところでつよく感じていたのではないでしょうか。近代は目に見える世界、実証される世界だけを認めようとしますが、目に見えない世界の豊かさ、大きさを忘れ去ってはいけない、と『青い鳥』は語っているのではないか」



まるで「本当に大切なものは目には見えない」というメッセージで知られるサン=テグジュペリの『星の王子さま』を連想させますが、実際、サン=テグジュペリは自分がメーテルリンクの後継者であることを意識していました。

また、興味深いといえば、チルチルとミチルが最後の訪れる「未来の王国」です。

ここでは、これから将来生まれてくる子どもたちが出番を待っています。

彼らは、人間が長生きするための妙薬を33種類も発明するとか、誰も知らない光を発見するとか、羽がなくても鳥のように飛べる機械を発見するとか、とにかく人類のために何か役立ちたいという大きな志を抱いています。

運命の支配者である「時」のおじいさんの言葉にも興味がつきません。彼は、子どもたちの生まれる時は運命によって決まっており、それを変えることはできないといいます。

また、人間は地上に生まれるとき、たとえ発明などではなく、罪でも病気でもよいから何か1つは土産を持っていかなければならないというのです。

これは人間の使命というものについて考えさせてくれます。



そして、子どもたちが将来の自分たちの両親についてよく知っているというのも非常に興味深いといえます。最近は「スピリチュアル」な世界が流行していますが、赤ちゃんや幼い子どもたちは生まれる前のことを覚えているばかりか、自分たちが親を選んで生まれてくるという考え方が世界中で広まっています。

赤ちゃんは生まれる前に、お母さんと約束して、今度の人生ではどういった使命を果たすのかを心に決めているというのです。

でも、彼らが地球に到着した時点で、宇宙はその記憶を消してします。

ごくたまに、記憶が残っている子どもが存在する。そのような考えを信じている人々がたくさんいます。神秘学や心霊主義にも詳しかったメーテルリンクは、そのような思想をどこかで学んだのかもしれません。



さらには、「幸福」のシンボルである青い鳥とは、ずばり結婚相手のことを暗示しているという見方もできます。じつは有名な『青い鳥』には後日談ともいうべき続編が存在します。1918年に発表された『いいなずけ』という作品で、日本では『チルチルの青春』というタイトルで中村麻美氏による翻案(あすなろ書房)が出ています。

青い鳥をさがす旅に出てから7年後、チルチルは16歳になりました。

ある晩のこと、なつかしい妖婆があらわれ、チルチルが幸福な結婚をするために、その相手を見つけてあげようといいます。候補者は、チルチルの6人のガールフレンドです。

「森」をはじめ、「先祖の国」とか「子孫の国」とか、さまざまな場所を訪れた末に、チルチルが見つけた結婚相手は意外な人物でした。その相手は6人のガールフレンドではなく、なんと7年前にチルチルが青い鳥をあげた病気の女の子だったのです。美しい娘に成長した彼女は、あれ以来、ずっとチルチルのことを想い続けていたのです。



面白いのは、彼女を選んだのが「子孫の国」にいたチルチルの未来の子どもたちだったことです。彼らは、未来の自分たちの母親に抱きついたのでした。

ここにも、子どもは親を選んで生まれてくるという思想が見られます。

いずれにしても、幸せの青い鳥と同じく、理想の結婚相手は遠くではなく近くにいるのだというメッセージは、とてもわかりやすいといえます。

あまり高望みをしていてはダメだということですね。

なお、今の自分は本当の自分ではないと信じて、いつまでも定職につかずに夢を追い続けて転職を繰り返す人のことを「青い鳥症候群」というそうです。



さて、『青い鳥』は神秘学でいう「聖杯探求」のモチーフを戯曲化することに成功した作品とされています。しかし、そのメインテーマは「死」と「生命」の意味でした。メーテルリンクは、機械文明下における不可知なものへの新しいアプローチをめざし、神秘思想に重大な関心を示していました。そして、世界のどこかには最高の叡智の秘密が隠されているに違いないと信じていたそうです。彼自身には秘密が伝授されていないけれども、古代インド、エジプト、ペルシャ、カルデア、ヘブライ、ギリシャ、さらには北欧から中国、アメリカまでにもそういう秘密が伝わったはずだと断言しています。メーテルリンクによれば、そのような秘密の教えの一部分がバラバラになって不完全に知られているが、その完全な形はちゃんと存在し、特別な資格のある者だけにひそかに伝えられて今日に及んでいるというのです。メーテルリンクは、その完全な秘密について知るべく、プラトン、プロティノス、ヤーコブ・ベーメ、コールリッジ、そしてとりわけノヴァーリスの思想を深く研究し、それに傾倒していきました。



死者のことを思うことが、死者との結びつきを強める。これは、『青い鳥』の「思い出の国」のくだりと完全に重なります。幸せの青い鳥を求めて、チルチルとミチルが訪れた「思い出の国」は、濃い霧の向こう側にありました。

そこは、乳色の鈍い光が一面にただよう死者の国です。この「思い出の国」で、チルチルとミチルの二人は亡くなった祖父と祖母に再会します。



おばあさん  わたしたちはいつでもここにいて、生きている人たちがちょっとでも会いにきてくれるのを待っているんだよ。でも、みんなほんのたまにしかきてくれないからね。

お前たちが最後にきたのは、あれはいつだったかね?

ああ、あれは万聖節のときだったね。あのときはお寺の鐘がなって・・・・・。

チルチル  万聖節のとき、ぼくたちあの日は出かけなかったよ。だって、ひどい風邪で寝てたんだもの。

おばあさん  でも、お前たちあの日わたしたちのことを思い出したろう?

チルチル  ええ。

おばあさん  それごらん。わたしたちのことを思い出してくれるだけでいいのだよ。そうすれば、いつでもわたしたちは目がさめて、お前たちに会うことができるのだよ。

チルチル  なあんだ。それだけでいいのか。

おばあさん  でも、お前、それぐらいのこと知っておいでだろう?

チルチル  ううん、ぼく知らなかったよ。

おばあさん  (おじいさんに)まあ、驚きましたね。あちらではまだ知らないなんて。きっと、みんななにも知らないんですねえ。

おじいさん  わしたちのころと変わりはないのさ。生きてる人たちというものはほかの世界のこととなると、全くばかげたことをいうからなあ。

チルチル  おじいさんたちいつでも眠ってるの?

おじいさん  そうだよ。随分よく眠るよ。そして生きている人たちが思い出してくれて、目がさめるのを待っているんだよ。生涯をおえて眠るということはとてもよいことだよ。だが、ときどき目がさめるのもなかなか楽しみなものだがね。

チルチル  じゃあ、おじいさんたち本当に死んでるんじゃないんだね?

おじいさん  (びっくりして)なんだって?今なんていったね?どうもお前たちは、わたしたちの知らない言葉を使うねえ。それは新しい言葉かね?新しく発明されたのかね?

ミチル  「死ぬ」っていうこと?

おじいさん  それそれ、その言葉だよ。どういう意味なんだね?

チルチル  ねえ、人がもう生きてないということなんだよ。

おじいさん  あちらの人たちはばかだねえ。

チルチル  ここはいいところなの?

おじいさん  ああ、悪くないよ。そしてみんながお祈りしてくれるとなおいいのだがね。

チルチル  でも、とうさんがもうお祈りするなといったよ。

おじいさん  それはちがう。それはちがう。お祈りすることは思い出すことだがねえ。

(『青い鳥』「思い出の国」より)



自身が偉大な神秘主義者であったメーテルリンクも、死者を思い出すことによって、生者は死者と会えると主張しているのです。メーテルリンクの時代は、世界的に「スピリチュアリズム」と呼ばれる心霊主義が流行していた時期でした。あちらこちらで死者の霊と会話をするという交霊会が開催されましたが、彼は霊媒や催眠術まで詳しく検証しています。さらには、現代のホスピスにおけるターミナルケアまで予見していました。 

「思い出の国」の描写に明らかなように、『青い鳥』は明らかに死者の世界を描いています。しかし、完全な霊界の物語ではなく、それはあくまで臨死体験の物語です。なぜなら、チルチルとミチルは完全に「あの世」に行ってしまったわけではなく、最後には「この世」に戻ってくるからです。童話の世界に「死」というテーマを持ち込んだのは、アンデルセンでした。でも、「死後」というテーマを持ち込んだのはメーテルリンクです。



メーテルリンクは最高の叡智が世界のどこかに隠されていると考えていました。

その最大の候補地として、ギリシャのアテネ郊外にある古代のエレウシス神殿があげられます。今ではひっそりとした遺跡にすぎませんが、かつてはデメテルとペルセポネの神話を崇拝する聖地であり、古代における神秘主義の中心地でした。

そこには、プラトン、アリストテレス、ソフォクレスなどの有名人をはじめ、おびただしい数の巡礼者が訪れて、叡智を得るために、神殿の奥の院で秘儀を経験したといいます。

しかし、厳しい守秘義務が課せられており、それを破った者には死、あるいは流刑が待っていたために、誰も多くを語りませんでした。

それでも、おおまかな話だけは伝わってきています。

それによれば、エレウシスでの秘儀に参加した人々は、死の恐怖がまったくなくなり、死後の世界に対する心の準備ができるようになったとか。


 

すなわち、最高の叡智とは「死」と「死後」の秘密であったわけです。おそらくは、エレウシス以外の世界の古代神殿における秘儀も同じ役割を果たすものだったのでしょう。  

まさに古代の叡智を求め続けたメーテルリンクが書いた『青い鳥』とは、秘儀を経験しなくとも、自然に「死」と「死後」の秘密を悟ることができる物語としてのハートフル・ファンタジーだった。わたしは、そのように確信しています。

『青い鳥』は、世界ではじめて臨死体験を描いた童話でした。

その『青い鳥』を愛読した日本人の兄妹がいました。もともとは妹がメーテルリンクを愛読し、兄にもすすめたようですが、彼女は若くして亡くなります。その死を心から悲しんだ兄は『青い鳥』のような臨死体験の物語を書き上げます。

彼の名は宮沢賢治といい、彼が書いた物語は『銀河鉄道の夜』といいます。

どうぞ、 ブログ『銀河鉄道の夜』を続けてお読み下さい。


2011年12月21日 一条真也