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一条真也のハートフル・ブログ

2011-12-27

サンレー本社忘年会

一条真也です。

26日の夜、サンレー本社の忘年会が行われました。

忘年会の会場は、もちろん、松柏園ホテルです。

部屋は、ブログ「ほんとうの宝石」で紹介した「THE JEWEL BOX」です。

日頃から冠婚葬祭の現場部門をサポートする本社スタッフが集まりました。

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最初に挨拶しましたp(o´・∀・o)ノ彡 こんばんちゃ〜♪

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今年もお疲れさま(o'ω'o)ノオツカレサマ〜☆ カンパイ!



最初に、佐久間進会長が挨拶して、続いてわたしが挨拶。

その後、橋本洋介常務の乾杯の音頭で宴がスタートしました。

日頃はなかなか話せない人たちとも言葉を交わして、有意義かつ楽しく忘年会は過ぎていきました。楽しい会話にお酒も進みます。



忘年会が盛り上がった頃、いよいよカラオケタイムです。

何人かが歌った後、わたしの順番が来ました。

今年は東日本大震災に心を痛めた1年だったので、祈りの歌を歌おうと思いました。

最初は、サザンオールスターズの「TSUNAMI」を歌おうかと考えました。

じつは、3月11日以来ずっと気になっていたことがあります。

日本の音楽シーンからサザンオールスターズの名曲「TSUNAMI」が消されるというか、封印されるのではないかということです。

もちろん、曲を作り、自ら歌った桑田さんには何の責任もないわけですが、一部の人々の間には「TSUNAMI」をタブー視する気配があります。

しかし、「TSUNAMI」という歌と現実の「津波」とは無関係です。

歌詞を聴けばよくわかりますが、耐え切れないほどの「わびしさ」という負の感情を津波に例えているだけです。この歌が本当にタブーにされてしまう前に、わたしたちは、この歌の歌詞をもう一度よく聴く必要があると思います。

災害と無関係の歌を封印してしまうのは、「言葉狩り」であり、「魔女狩り」です。

絶対に、それだけは避けなければなりません。

何より、一番心を痛めているのは桑田さん自身だと思います。



誰が何と言おうと、桑田佳祐は天才です。

桑田さんは一種の宗教的才能を持っている人だと思います。それは宮沢賢治がそうであったように、目に見えないものを感じて言語化するというシャーマン的才能です。

桑田さんの歌には、明らかに「言霊」があります。そして、「祈り」があります。

これまで、ブログ「明日晴れるかな」ブログ「桑田佳祐の祈り」などにおいて、わたしは「桑田佳祐の歌は祈りである」と書いてきました。

そこで、わたしは桑田佳祐の「月光の聖者達〜ミスター・ムーンライト」を歌いました。

わたしは、この歌からまるでグレゴリオ聖歌のような強い「祈り」のパワーを感じます。

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「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」を歌いました♪



この歌を聴いていたとき、大津波に飲み込まれて亡くなった東北の方々の姿が心に浮かんできました。そのとき、わたしは「この歌は鎮魂の歌だ!」と思いました。

桑田さんは、「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」を東日本大震災の犠牲者への鎮魂の歌として作ったような気がしてなりません。

もちろん、この歌は昨年作られており、大震災のはるか以前から存在しています。

でも、桑田さんは今回の悲劇を無意識のうちに予知し、無意識のうちに「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」を作ったように思えてなりません。

だから、彼はシャーマンであり、宗教的天才なのです。

実際、この歌の歌詞には今回の悲劇を暗示するようなフレーズがいくつも出てきます。

たとえば、「知らずに済めば良かった 聴かずにおけば良かった 『人生(ショー)はまだ始まったばかりだ!!』って胸が張り裂けた」

たとえば、「この日本(くに)も変わったよ 知らぬ間に」

そして、「現在(いま)がどんなにやるせなくても 明日は今日より素晴らしい」

明日は今日より素晴らしい!!

これほどシンプルでパーフェクトな祈りの言葉が他にあるでしょうか?

わたしには、どうしても「月光の聖者達」が鎮魂歌に思えてならないのです。

最後に、あえて誤解を怖れずに言えば、「TSUNAMI」も鎮魂歌であると思います。

大震災の犠牲者の方々の魂が安らかに眠られることを祈りながら、歌いました。



カラオケの後は、豪華賞品が当たる抽選会です。

わたしは自分に当たった賞品も辞退して、くじを引きました。

賞品が当たるたびに巻き起こる歓声、みんな、本当に嬉しそうでした。

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最後は「末広がりの五本締め」で                  


最後は、中野正行本部長の音頭によるサンレー名物の「末広がりの五本締め」で宴を閉じました。指も1本より2本、2本より3本、4本、5本のほうが良い音が出ます。

人間の場合も、まったく同じではないでしょうか。

1人ではできないことでも、多くの仲間が集まれば、いろんなことができる。

「会社」も「社会」も、つまるところ、人の集まりに他なりません。

社会とは最初から「有縁」であり、「無縁社会」などありえないのです。

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松柏園ホテルの屋内に有縁凧が飾られました



こうやって、同じ会社に集った者同士が忘年会を開くのも「縁」あってのことです。

「縁」によって結ばれた人々が集う「宴」は最高です!

「真の贅沢とは人間関係の贅沢である」とのサン=テグジュペリの言葉は真実ですね。

仲間たちと大いに語り、大いに笑い、大いに飲んだ忘年会でした。ブログ「有縁凧」で紹介した「有縁社会」のシンボルが、たくさん松柏園ホテルに飾られていました。

 

      行く年を忘るるもよし来る年を望むるもよし酒は飲め飲め (庸軒)


2011年12月27日 一条真也