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一条真也のハートフル・ブログ

2013-02-03

「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」

一条真也です。今日は、節分ですね。

昨夜は、松柏園ホテルで「節分祭」と「隣人祭り合同厄除け祝」が開かれました。

現在はブログを休んでいますが、2月1日に大量のアクセスがありました。

どうも、この日を本格的なブログ再開日と思われた方が多かったようです。

2月をもって再開という多くの方々の期待を裏切ってしまったわけですが、リニューアル・オープンの日は本当に近づいています。どうか、もう少しだけお待ち下さい。

カンのいい方なら、再開日の予想はつくと思います。


さて、ブログ「レ・ミゼラブル」で紹介した映画に続いて、話題の映画「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」を観ました。今月25日に開催される第85回アカデミー賞では11部門にノミネートされている注目の作品だけあって、面白かったです。

何よりも、その奇抜な発想と最高の技術に支えられた3D映像に魅了されました。

原作は、世界的な文学賞として知られる「ブッカー賞」に輝いたヤン・マーテルの『パイの物語』です。いわゆる、ラテンアメリカ文学の「魔術的リアリズム」作品ですね。

このベストセラー小説を、「ブロークバック・マウンテン」で第78回アカデミー監督賞を受賞したアン・リーが映画化しました。アジア人ただ1人のアカデミー賞監督です。

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原作は、ヤン・マーテルの『パイの物語』



物語は、インド系カナダ人のパイ・パテルがカナダ人ライターに語った自らの数奇な運命を描いています。1976年、インドで動物園を経営していたパイの一家は、カナダへ移住することになります。一家と動物たちを乗せた船は、太平洋上で嵐に襲われて難破してしまいます。家族の中で1人だけ生き残ったパイは、命からがら小さな救命ボートに乗り込みます。ところが、そのボートには、シマウマ、ハイエナ、オランウータン、ベンガルトラも乗っていました。ほどなく動物たちは次々に死んでいき、ボートにはパイとベンガルトラだけが残ります。肉親を亡くして天涯孤独となった身の上に加え、残りわずかな非常食と、あろうことか空腹のトラが自身の命を狙っている・・・・・。

あどけなさの残る少年パイは、まさに絶体絶命です。そのような極限状況の中で、想像を絶する227日の漂流生活が始まるのでした。



最初は、わが娘たちのお気に入りのテレビ番組「志村どうぶつ園」的な内容を想像していました。すなわち、人間と動物の感動的な心の交流というやつです。

でも、実際に映画を観てみて、予想とはまったく違う内容でした。

まず、テーマが宗教的なのです。一言でいって、深いのです。

かの「ノアの方舟」をイメージさせる動物を満載した船のシーンなど、宗教的な寓意は各所に見られましたが、そんなことよりもパイ自身がヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教を同時に信仰しているという設定が非常に興味深かったです。

宗教学では、あらゆる宗教の存在意義を認める立場を「宗教多元主義」といいます。

それでは、パイは宗教多元主義者なのでしょうか。

わたしは、それよりも彼は宗教の本質を見抜いているといったほうが正しい気がします。宗教の本質とは何か。それは、ずばり「物語」ということです。

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「物語」には、人の心を癒す力がある



グリーフケアの書である『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)やファンタジー論である『涙は世界で一番小さな海』(三五館)などに書いたように、物語には人の心を癒す力があります。わたしたちは、毎日のように受け入れがたい現実と向き合います。そのとき、物語の力を借りて、自分の心のかたちに合わせて現実を転換しているのです。

つまり、物語というものがあれば、人間の心はある程度は安定するものなのです。

逆に、どんな物語にも収まらないような不安を抱えていると、心はいつもぐらぐらと揺れ動いて、愛する人の死をいつまでも引きずっていかなければなりません。



ヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教といった宗教は、大きな物語だと言えるでしょう。

日本人の場合は、多くが仏教の「成仏」の物語を受け入れてきました。

そして、それが葬儀という文化を支えてきました。

「人間が宗教に頼るのは、安心して死にたいからだ」と断言する人もいますが、たしかに強い信仰心の持ち主にとって、死の不安は小さいでしょう。

中には、宗教を迷信として嫌う人もいます。

でも面白いのは、そういった人に限って、幽霊話などを信じるケースが多いことです。

宗教が説く「あの世」は信じないけれども、幽霊の存在を信じるというのは、どういうことか。それは結局、人間の正体が肉体を超えた「たましい」であり、死後の世界があると信じることです。宗教とは無関係に、霊魂や死後の世界を信じたいのです。

幽霊話にすがりつくとは、そういうことだと思います。



なお、この映画は、そして原作小説は、それ自体が純粋な物語でありながら、ラストにカナダ人ライターによるフロイト的な精神分析(途中でパイとトラは、ミーアキャットが大量に生息する浮島に流れ着くのですが、その島の形も非常にフロイト的でした)を紹介することによって、「じつは現実というのも物語なのだ」という真理を明らかにしています。

万人が認める客観的な真実など存在せず、その人間がどの物語を選ぶかで真実は選ばれてゆくのです。映画のラスト近くで、ライターに対してパイは「君は、どの物語がいいんだい?」と尋ねるシーンがありますが、それは「君は、どの宗教がいいんだい?」という言葉と同じ意味だと思いました。



それから、この映画を観て、わたしが考えたのは「礼」の問題でした。

227日もの漂流生活を共にしたパイとトラですが、最後にトラは何ごともなかったかのようにパイのもとを去っていきます。「さよなら」も言わずに、パイを一瞥もせずに漂着したメキシコのジャングルに消えていったトラの後ろ姿を見ながら、パイは号泣します。

パイは、苦楽を分かち合ったトラに「お別れの挨拶」をしてほしかったのです。

もちろん、動物であるトラが挨拶などするはずもありませんが、この場面を観て、わたしは「礼」が「人間尊重」の別名であることの見事な証明になっていると思いました。

そういえば、映画の最初の方に、トラと友達になろうとする幼いパイを父親が諌めるシーンが出てきます。父親は、息子に向かって「動物と人間は相容れない」と諭すのでした。

そう、「礼」とはきわめて、そして、どこまでも人間的な問題なのです。

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「礼」の問題について考える



「礼」については、『孔子とドラッカー新装版』および『礼を求めて』(ともに三五館)に詳しく書きました。「礼」を追求した人物に、安岡正篤松下幸之助がいます。

陽明学者の安岡正篤は、「人間はなぜ礼をするのか」について考え抜きました。

彼は「吾によって汝を礼す。汝によって吾を礼す」という言葉を引き合いに出して、「本当の人間尊重は礼をすることだ。お互いに礼をする、すべてはそこから始まるのでなければならない。お互いに狎れ、お互いに侮り、お互いに軽んじて、何が人間尊重であるか」と喝破しました。



また、「経営の神様」といわれた松下幸之助も、何より礼を重んじた人でした。

彼は、世界中すべての国民民族が、言葉は違うがみな同じように礼を言い、挨拶をすることを不思議に思いながらも、それを人間としての自然の姿、人間的行為であるとしました。すなわち礼とは「人の道」であるとしたのです。そもそも無限といってよいほどの生命の中から人間として誕生したこと、そして万物の存在のおかげで自分が生きていることを思うところから、おのずと感謝の気持ち、「礼」の身持ちを持たなければならないと人間は感じたのではないかと松下幸之助は推測しています。

礼は価値観がどんなに変わろうが、人の道、「人間の証明」です。それにもかかわらず、「お礼は言いたくない、挨拶はしたくない」という者がいるという事実に対して、彼は「礼とは、そのような好みの問題ではない。自分が人間であることを表明するか、猿であるかを表明する、きわめて重要な行為なのである」と述べています。


日本語吹き替え版では、主役パイの声を俳優の本木雅弘氏が担当しています。

本木氏が主演した「おくりびと」もアカデミー外国語賞に輝きましたが、葬儀がテーマでした。孔子や孟子が説いたように、葬儀こそは人間にとっての究極の「礼」です。

究極の「礼」の映画である「おくりびと」の主演男優が、「礼」の意味を問う作品の吹き替えをしたわけです。なかなか粋な起用だと思いました。

ちなみに、本木氏は「Yahoo!映画」の単独インタビューにおいて、この映画を観た印象を、「クライマックスの展開が、ある意味で衝撃的だったんです。これは原作にも書いてありますが、目の前に広がる世界には、見えるものだけが存在するのではなく、どう感じ、どう理解するのかが大切。理解することで何かが自分にもたらされる。各自それぞれ違うアプローチで考え、その世界が『自分の物語』になると気付かされる作品でした」と語っています。読書家の本木氏らしい、哲学的な深いコメントだと思います。



わたしは、「礼」の問題から、さらに人間同士が挨拶をすることの意味を考えました。

というのも、認知症の患者さんなどには挨拶ができない方もいるからです。「挨拶するのが人間」ならば、そのような方々は人間かという問題が立ち上がってきます。

もちろん、認知症の患者さんは立派な人間です。

でも、介護ヘルパーさんたちにバーンアウト(燃え尽き)症候群が多いのは、患者さんたちの口から挨拶や感謝の言葉が発せられないことも大きな理由だそうです。

いくら大変な思いをして介護のお世話をしても、患者さんから「ありがとう」の一言があれば、人間は頑張れるものです。でも、その一言がなく、ただただ無言の相手にケアをしなければならない辛さは想像するに余りあります。

挨拶の言葉を返してくれない相手に対する「礼」の問題は、とても重要だと思います。



また、ブログ「老人漂流社会」に書いたように、現在の日本では病院にも介護施設にも入れない高齢者が増加する一方です。この「ライフ・オブ・パイ」は漂流の物語ですが、パイとトラはメキシコの海岸に漂着しました。

では、日本の漂流老人たちは、どこに漂着するのか。

どうすれば、「老人漂流社会」を「老人漂着社会」に変えることができるのか。

一日も早く、漂流する高齢者たちの漂着先としての隣人館を広く展開しなければ・・・・・

この奇想天外な漂流映画を観ながら、そんなことを真剣に考えました。


ということで、この作品からは儒教的な「人間尊重」は感じられませんが、仏教的な「万物平等」のメッセージは強く感じました。

漂流するボートの上では、人間もトラも1個の生物として平等です。

また、最新のCGを駆使して描いたクジラやイルカやトビウオが登場するシーン、夜の太平洋に浮かぶ星々とその彼方に広がる無限の宇宙・・・・・それらはあまりにも美しく、この世で目に見える世界はすべて幻影ではないかという心境になり、さらには仏教的な無常観さえ感じました。パイが信仰していたヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教ではなく、仏教の香りをこの映画から嗅ぎ取ったのは、わたしだけではないはずです。

それにしても、この映画の映像美には感動をおぼえました。

動物たちの動きや表情を見事に表現しきっています。

特に、CGで描かれたトラは本物にしか見えませんでしたし、ちょっと凄すぎる!

また、最近少し食傷気味だった3Dですが、ブログ「タイタニック3D」で紹介した作品以来の大当たりでした。この、ある意味で荒唐無稽なファンタジーを3Dで映像化するというアン・リー監督の目論見は大成功したと言えるでしょう。

この映画だけは、絶対に3D版で鑑賞されることをおススメします。

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映画パンフレット



最後に、長い漂流の末に生き残ったパイが「トラがいたから、自分は生き残れた・・・」と、しみじみと語った言葉が心に残りました。

トラに喰われまいという警戒心ゆえに、227日もの長い時間、緊張感を保ち続けることができたというのです。もしトラがいなくて、自分1人だけだったら、とうの昔に生き残ることを諦めていただろうというわけです。

最初はボートに同乗したトラをひたすら怖れ、逃げ回っていたパイですが、次第にトラと共生する道を選びます。映画評論家の清水節氏は、「絶体絶命の下、ただ生きながらえるのではなく、脅威を身近に感じることで緊張がみなぎり、自らの衰弱を防いで生命力を保つ。トラは捕食者ではなく、守護神だったのかもしれない」と、「映画.com」で述べていますが、わたしも同感です。



日を追うごとに生きる知恵を身につけ、絶対に諦めない精神力を育んでいくパイの姿は、この作品がビルドゥングスロマン、つまり未熟だった少年が成熟した大人に成長していく物語であることを示しています。

そして、その場面を観ながら、わたしは自分自身の姿に重ね合わせていました。

2001年に社長に就任してから12年、必死で頑張ってきたつもりですが、じつはわたしにはパイにとってのトラのような存在がいました。ある同業の経営者の方です。

“北九州市”という名の、それほど広くないボートにトラが同乗してきたのです。(しかも、その後、狭いボートにはライオンまで乗り込んできました!)

そのトラは潤沢な資金を持っており、わが社に猛烈な設備投資攻勢をかけてきました。当時のわが社は苦境にありましたので、非常に戸惑いました。でも、今ではその人のおかげで、わが社は本当の意味で強くなったのだと感謝の念さえ抱いています。

冠婚葬祭業界の猛虎のおかげで、わが社は生き残り、わたし自身も少しは成長できたような気がしてなりません。現在の正直な心境です。

この映画は『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)で取り上げました。


死を乗り越える映画ガイド あなたの死生観が変わる究極の50本

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2013年2月2日 一条真也

2013-01-27

「レ・ミゼラブル」

一条真也です。

1月最後の日曜日、小倉は雪がしんしんと降って寒いです。

今日は満月なので、「ムーンサルトレター」の第91信を書いていました。

すると、横浜に住む長女からメールが来ました。


長女は、昨年のクリスマス・イブに映画「レ・ミゼラブル」を観て感動したようです。

最近わたしがブログの番外編を続けてUPしたことを知っている彼女は、「レ・ミゼラブル」のことをぜひブログに書いてほしいとメールで伝えてきました。

本来はブログ休止中であり、余程のことがない限りは番外編を書かないことにしています。本の書評や映画の感想なども一切控えているのですが、わたしも娘には弱いので(苦笑)、今回だけは映画「レ・ミゼラブル」について書くことにしました。

ちょうど、昨夜の「不識庵の面影」でも「レ・ミゼラブル」が取り上げられています

そのブログ記事には、わたしの名前も登場していました。


わたしは、つい最近、この話題の映画を観ました。文豪ヴィクトル・ユーゴーの小説を基に、世界各国でロングラン上演されてきたミュージカルを映画化した作品です。

監督は、ブログ「英国王のスピーチ」の名作でオスカーを受賞したトム・フーパー

主役のジャン・バルジャンには、「X−MEN」シリーズのヒュー・ジャックマン

彼を追う警官に、「グラディエーター」でオスカー俳優となったラッセル・クロウ

さらにコゼットの母親ファンテーヌに、「プラダを着た悪魔」のアン・ハサウェイ

その他にも、「マンマ・ミーア!」のアマンダ・セイフライドなどの豪華キャストが勢揃いして、圧倒的なスケールで舞台を映像へと見事に昇華させています。



レ・ミゼラブル」のストーリーは、よく知られていますね。

1815年、パンを盗んだ罪で19年も刑務所にいたジャン・バルジャンが仮釈放されることになります。すぐに生活に行き詰まった彼は、教会に忍び込み、老司教の銀食器を盗みます。その罪を見逃して赦してくれた司教の心に触れて、ジャン・バルジャンは改心することを誓います。過去を捨てた彼は、仕事に打ち込み、工場主として成功を収めます。そして8年後には市長にまでなるのでした。彼は、不思議な運命によって、以前自分の工場で働いていて、娘を養うため極貧生活を送るファンテーヌと知り合います。バルジャンはファンテーヌの幼い娘コゼットの面倒を見ると約束しますが、自分の正体を知る男ジャベールに追われることになります。ジャベールの執拗な追跡をかわしてパリに逃亡したバルジャンは、コゼットに限りない愛を注ぎ、美しい娘に育てあげます。しかし、時代は風雲急を告げ、パリの下町で革命をめざす学生たちが蜂起し、誰もが激動の波に呑みこまれていくのでした。



原作は150年前も前に書かれています。作者のユーゴーは当初、本作の売れ行きを心配し、出版社に「?」とだけ記した問い合わせの手紙を出し、出版社の担当者からは「!」とだけ記された返事を受け取ったというエピソードは有名ですね。それぞれ「本は売れてる?」「すごく売れています!」を意味しているわけです。この2通は、世界一短い手紙であると言われています。

日本において、『レ・ミゼラブル』は『ああ無情』というタイトルで知られています。

明治35年から36年にかけて、「万朝報」という朝刊紙に作家の黒岩涙香が『噫無情』と題して『レ・ミゼラブル』の翻案を連載しました。その単行本が明治、大正を通じて空前絶後の大ベストセラーになったのです。多くの日本人は『ああ無情』を読んでいるはずですが、その一方で『レ・ミゼラブル』の完訳版を読了した人は少ないでしょう。

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わたしから娘に受け継がれた『ああ無情』

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福音館書店の『レ・ミゼラブル



わたしも、子どもの頃に児童書の『ああ無情』を読みました。

作家の伊藤佐喜雄が翻案した偕成社版(児童世界文学全集)を愛読しましたが、毎月配本されていた小学館版(少年少女世界の名作)も持っていました。この小学館版ですが、かつて長女の勉強部屋、今は次女の勉強部屋に置いてあります。

また、福音館書店の「古典童話シリーズ」から『ああ無情』ではなく『レ・ミゼラブル』のタイトルで上下巻で刊行されていますが、これも次女の勉強部屋に置いてあります。

福音館書店版は、G・ブリヨンらの挿画がとても美しい本です。


ミュージカル「レ・ミゼラブル」は、1985年にロンドンのウエストエンド、その後ニューヨークのブロードウェイでロングランヒットしました。今回の映画化でも、すべての歌を実際に歌いながらライブ収録する撮影方法など、随所にこだわりが詰まっています。

長女のメールには「ミュージカルはだいたい歌に限られているけど、コレは全部歌だから演技に感情も籠ってる」との映画の感想が記されていました。

たしかに、この映画からミュージカルの魅力、そして歌の力を強く感じます。

ちなみに、長女も次女もミュージカルが大好きで、以前ロンドンで「オペラ座の怪人」を家族で観賞したときには、2人とも非常に感動していました。ミュージカル映画化された「オペラ座の怪人」のDVDも何度も自宅で観ていました。


また、ユーゴーといえば、『レ・ミゼラブル』と並ぶ有名な作品があります。

同じくパリを舞台にした『ノートルダム・ド・パリ』です。

ノートルダム寺院に隠れ住むカシモドの物語は、明らかに後にガストン・ルルーが書いた『オペラ座の怪人』にも影響を与えているように思えます。

考えてみれば、ノートルダム寺院とオペラ座といえば、パリを代表する観光名所ですからね。その名所に隠れ住む異形の者が美女に思いを寄せるというストーリーは、『ノートルダム・ド・パリ』と『オペラ座の怪人』に共通しています。

この『ノートルダム・ド・パリ』もミュージカル映画化されました。

そうです、ディズニーのアニメ映画「ノートルダムの鐘」です。

ノートルダムの鐘」は、たしか幼稚園に通っていた長女と一緒に映画館に観に行った記憶があります。あの頃は、ディズニーもジブリも新作映画が公開されるたびに、親子で映画館に行ったものですo( _ _ )o ショボーン



さて、映画「レ・ミゼラブル」を観て、特に感動した場面が2つありました。

1つは、教会の老司教がジャン・バルジャンを救う場面です

せっかく食事や温かいベッドを提供してくれた司教の厚意をバルジャンは仇で返し、こともあろうに教会の銀製品を盗んでしまいます。憲兵に捕らえられ、司教のもとに連行されたバルジャンに対して、司教は「それは、わたしが差し上げたのです」と彼の犯行を否定するのでした。ここには神の存在を信じ、その神の代理人として人々を救うことを誓った者の姿が感動的に描かれています。わたしは、この場面を観て、映画の中の司教が「隣人愛の実践者」こと奥田知志さんに重なりました。

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東八幡キリスト教会で奥田知志牧師と



レ・ミゼラブル」には貧困や格差にあえぐ人々がたくさん登場しますが、奥田さんはホームレスの支援活動などを通して、ひたすら困窮者に寄り添って生きておられます。

実際、奥田さんが牧師を務められる東八幡キリスト教会には、凍死や餓死寸前の方々が駆け込んでこられることも珍しくないそうです。

ジャン・バルジャンを救った司教はカトリック、奥田牧師はプロテスタントという違いはありますが、ともに主イエス・キリストのもとに「隣人愛」を発揮するという点では同じです。

奥田さんは、現在、東八幡キリスト教会のすぐ近くに「抱僕館」というホームレスの方々の住居を建設するため、大変な御苦労をされています。

わたしは、この施設は「助け合い」のシンボルとなる予感がします。

これからも、わが社は出来る限りの協力をさせていただく所存です。



来る3月25(月)には、奥田さんが理事長を務めるホームレス支援機構が「就労支援シンポジウム」を開催しますが、わたしもパネリストを依頼されました。場所は、北九州市戸畑区の「ウエルとばた」です。詳しい内容は、また新ブログで告知いたします。

奥田さんとは、ブログ「無縁社会シンポジウム」のイベント以来の共演となります。

あのときは、わたしが奥田さんにパネリストをお願いしました。

今回は、わたしが奥田さんからお願いされました。

お互いにお願いし合って、お互いに助け合う・・・それこそ「互助社会」です。ユーゴーが『レ・ミゼラブル』で描こうとしたのも「隣人愛」に満ちた「互助社会」であったと思います。



もう1つの感動場面は、死にゆくジャン・バルジャンにコゼットが最後に会うシーンです。

「パパ、死なないで」「あと、もう1日だけでも生きて」と泣きながら祈るコゼットの姿が、今月4日に逝去した義父と妻の姿に重なりました。元旦の午後、義父が入院している広島大学病院を家族みんなで訪れ、おせち料理を一緒に食べました。義父もとても元気そうで、まさかその3日後に亡くなるとは思いませんでした。結果的に「最期の別れ」となったわけですが、病室を去るとき、義父とわたしは握手をしました。そのとき、「娘と孫たちをよろしく頼むよ」という義父の気持ちが痛いほど伝わってきました。

義父は6年間に及ぶ闘病生活の末に人生を堂々と卒業していきましたが、その間、娘である妻は毎日、コゼットと同じように父親のために祈っていたと思います。

長女も、義父の通夜の際にバルジャンとコゼットの最期の別れを思い出したそうです。

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レ・ミゼラブル』の作家を撃つ、彼方からの声



わたしが感動した2つの場面ともに、キリスト教の強い影響が見られます。

しかし、作者のユーゴー自身が熱心なクリスチャンかといえば、事情は少し違ったようです。というのも、19世紀のヨーロッパ社会においてキリスト教の影響力が弱まっていくのですが、それとともに広まりつつあったスピリチュアリズム心霊主義)にユーゴーは多大な関心を抱いていたからです。実際に、彼は1853年秋から1855年秋にかけて、まるまる2年間も降霊術に明け暮れ、死者との交信を試みていました。

いま、わたしの手元に『ヴィクトル・ユゴーと降霊術』(水声社)という本があります。

著者は稲垣直樹氏は、フランス文学者、京都大学人間・環境学研究科教授です。

わが国におけるユーゴー翻訳の第一人者でもあります。

わたしは、新作『唯葬論』(仮題)を書き始めたところですが、その参考資料として同書を書棚の奥から引っ張り出し、読んでいるところです。『唯葬論』のテーマは「死者と生者との関係」で、わたしの代表作になる予感がします。どうぞ、ご期待下さい!


ヴィクトル・ユゴーと降霊術』には、非常に興味深い内容が書かれています。

アマゾンには、以下のような同書の内容が紹介されています。

「1853年9月、英仏海峡の孤島ジャージー島。ナポレオン3世の迫害を逃れて亡命中のユゴー邸に、死んだ長女の霊が現れた。深く心を動かされた家族とその友人たちは、以後、連日のように、〈彼方の世界〉との交信に没頭する。2年後に、参加者のひとりの発狂によって幕を閉じることになる。この隠されつづけてきたユゴーの降霊会の様相を具体的に再現しながら、ユゴーの文学創造(ひいては文学創造一般)と降霊術との深くかつ根本的な関係を、オカルティズム、スピリチュアリズムの猖獗という時代的文脈とともに鮮やかに描きだした異色の書き下ろし評論」

このジャージー島というのは、二コール・キッドマンが主演した映画「アザーズ」の舞台となった島です。「アザーズ」は、まさに心霊映画の大傑作でしたが、あの陰鬱な島で降霊術に耽っていた文豪の姿を想像すると、なんだか複雑な心境になりますね。



ちなみに、『ヴィクトル・ユゴーと降霊術』には「陸地の人間社会から隔絶した、島という小宇宙、いわば陸地よりも、彼方の世界に近い空間で、ユゴーが生涯でもっとも重要な作品を次から次へと生みだしていった」と書かれています。『レ・ミゼラブル』もしかりで、この作品には降霊術の実験が色濃く影を落としているそうです。

数多く開かれた降霊会には、驚くべきことにかの英雄ナポレオン・ボナパルトをはじめ、古今東西の偉人や有名人の霊が訪れたという記録が残されています。

そのメンバーの豪華さは度肝を抜かれるほどで、宗教者ではモーセ、イエス・キリスト、ムハンマド、ルターなど。哲学者ではソクラテス、プラトン、アリストテレス、ディドロ、ヴォルテール、ルソーなど。文学者ではアイスキュロスアリストファネス、ダンテ、シェークスピア、スコット、バイロン、ラシーヌ、モリエールなど。その他にも、ハンニバル、ガリレオ・ガリレイ、ジャンヌ・ダルク、マキャベリ、ロベスピエールに楽聖モーツァルトの霊まで登場しているのです。すべてがユーゴー好みの人物の霊であることから、降霊術の正体がユーゴーの無意識の表れであったと判断されても仕方ないでしょう。

さらには、「文明」と称する霊が立ち去る前にユーゴーに対して、「偉大なる人よ、『レ・ミゼラブル』を完成させよ」と告げています。ユーゴーは、この霊の言葉によって、『レ・ミゼラブル』というタイトルを決定したという説が有力だそうです。



ユーゴーは「19世紀の巨人」と呼ぶにふさわしい人物で、文学以外でも多くの功績を残しています。1845年には貴族院議員にも選ばれて、社会の改革、とりわけ死刑廃止を中心とする刑法の改善、教育制度の整備、そして下層の人々の生活改善に取り組みました。1848年の二月革命によって発足した第二帝政のもとでは、パリ選出の市会議員として政治に参画しています。さらには、1992年に実現するEC(ヨーロッパ共同体)の必要性を19世紀の半ばから訴えていました。このように、彼は文学のみならず、政治、福祉、そして宗教や心霊の世界に大きな影響を与えたのです。

その生涯を人間の幸福のために捧げたユーゴーは、ひたすら「人間尊重」を求めた日本の賀川豊彦のように「天下布礼」の人生を歩んだ人だと思います。

わたしが深く尊敬する賀川豊彦については、ブログ『死線を越えて』ブログ『一粒の麦』ブログ『賀川豊彦を知っていますか』ブログ『at』(特集・賀川豊彦)ブログ『賀川豊彦から見た現状』などを参照されて下さい。

そのようなユーゴーが1885年に83歳で他界したときには、フランスで国葬が営まれました。フランス各地方、世界各国の代表、パリ市民などが参列したと伝えられています。その数、なんと、200万人! 人類史上、最も参列者が多いとされる葬儀の1つです。


最後になりますが、ブログを休んでいる間、わたしは多くの映画を観ました。

映画館でも観ましたし、自宅や出張先のホテルでDVDもたくさん観賞しました。

それらのすべてを紹介することはできませんが、最も印象に残った作品は何か。

あえて1本をあげるなら、外国映画では「最強のふたり」です。

月の織女」こと染織家の築城則子先生ご夫妻のおススメで観ましたが、「ケア」というものの本質、そして「人間関係」そのものについても考えさせてくれる名作でした。


それから日本映画では、「希望の国」でしょうか。

ブログ「園子音の世界」で紹介した天才監督の最新作です。

この作品のテーマは「放射能」ですが、リアルな怖さがありました。

そして、そのタイトルの通りに、日本の未来への大きな希望が感じられました。

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「財界九州」2月号



わたし自身も、「希望の国」づくりをめざして、冠婚葬祭業や介護業に励みます。

「財界九州」2月号に掲載されたわたしのインタビュー記事では、「(紫雲閣のような)セレモニーホールは精神文化の拠点であり、究極の平和施設」と述べました。新サイト「一条真也の読書館」もしっかり紹介されています。

もうすぐ、本格的にブログも再開する予定です。

新ブログのデザインもアドレスも決定しました。

これからも、よろしくお願いいたします。


2013年1月27日 一条真也

2012-08-18

「スライヴ」

一条真也です。

映画「スライヴ(THRIVE)」を観ました。タイトルは「繁栄」という意味です。

ブログ「矢作先生との再会」に書いたように、東京大学医学部教授の矢作直樹先生に先日お会いしましたが、そのときにこの映画の話題になりました。

わたしはDVDを持ってはいましたが、未見でした。ようやく、この盆休みに観ました。

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「スライヴ」のDVD



DVDのパッケージには、片目を包帯で覆われた女性の顔が描かれています。

なんだかブログ「アイズ」で紹介したような眼球にまつわるホラー映画のようにも思えますが、そうではありません。「スライヴ」は世界を支配している陰謀について暴露するという、いわゆるドキュメンタリー映画です。パッケージの顔は、片目を包帯で覆われたのではなく、両目を覆われていた包帯を解かれたのでした。

目隠しされていた彼女は、少しづつ真実を見つめ始めたわけです。



アマゾンのDVD「スライヴ」のページには、次のような内容紹介があります。

「今、世界は目覚めようとしている 。

人類史上最大の陰謀を暴く、衝撃のドキュメンタリー!

環境破壊、飢餓、戦争、天災、そして経済破綻と、次々に世界を襲う危機は、とどまることがない。これらの危機に対し、人類はなんら有効な解決策を手にすることができていない。しかし本当に何も手立てがないのだろうか?

はたして、我々は常に真実を知らされているのだろうか?

グローバル企業、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)社の創業一族の息子 として生まれ育ったフォスター・ギャンブルは、若き日にそのような疑問を抱く。彼は、実業家になる道を捨て、科学者となり、この問題解決の追及に生涯を費やす決心をする。長い探求の旅の果てに彼が見つけ出した真実は、メディアでは絶対に語られることのない、

全ての人類を支配する驚愕すべきシステムの存在だった。あらゆる産業、農業、医療、経済、軍事、マスコミにまで及ぶ、完璧とも言える支配体制が世界規模で構築されていた。この支配の真の姿を白日のもとに晒し出し、人類を解放し、真の繁栄(THRIVE)を奪還するため、彼は私財480万ドルを投じ、本作『THRIVE』を製作した。

2011年11月11日「リセットの日」に、『THRIVE』は全世界に向けて公開された。

その衝撃と感動は大きなうねりとなって、全人類へと確実に広がっている」



また、《日本の皆さまへ》として、映画の制作者であるフォスター・ギャンブル氏が以下のようなメッセージを送っています。

「3・11東北関東大震災と福島原発事故から1年が過ぎた今、映画スライヴの製作チーム、妻のキンバリーと私は、健康、環境そして経済における逆境、史上無比な惨事に瀕して立ち向かう皆さま方の尽力を想い、皆さまがたが身を以て示された勇気を心から讃えます。そして、原子力を否認するため立ち上がってくださったことに感謝しています。

人類がクリーン・エネルギーへと転向して行くために、また、エリートたちによる破滅的な中央集権銀行システムから脱していくうえで、日本が世界の手本となるために、この作品が少しでもお役に立ちますよう願っています。合気道が、私の人生に多大な影響を及ぼしたように、今、あなた達が示してくださるお手本を通して、世界中の人々もまた日本から多く学ぶことでしょう。映画スライヴが、今日の日本の皆さまのためになればと願っています。私たち万人のため、そして互いの子孫のために皆が望む、真に繁栄し合う世界を共に構築して行きましょう」


現在、YouTubeにおいて「スライヴ」全篇が日本語で視聴できます。(上の動画)

また、英語での「THRIVE公式サイト」あるいは日本語での「THRIVE MOVEMENT in Japan」でも無料視聴することができ、さらに詳しい内容を知ることもできます。 



日本人に向けられたフォスター・ギャンブル氏のメッセージには「クリーン・エネルギー」という言葉が登場しますが、これは「フリーエネルギー」のことです。

新刊『死ぬことが怖くなくなるたったひとつの方法』(徳間書店)で、矢作先生は「フリーエネルギーを利用する未来もあるかもしれない」として、次のように述べています。

「アメリカの企業プロクター&ギャンブル社のギャンブル家の御曹司フォスター・ギャンブルが制作した衝撃の映画『THRIVE(スライヴ)』では、フリーエネルギーについて詳細に報告されています。このフリーエネルギーを利用できれば誰でもどこでも電力を得られます。このフリーエネルギーの流れの形をトーラスと言い、このトーラスはベクトル平衡体という骨格構造を呈しています。宇宙や原子などの自立的に運動しているものは皆この形です。そしてこれらの構造はエジプトのオシリス神殿の壁、紫禁城の唐獅子の乗る球、現在時々畑に出現する謎のミステリーサークルなどにも見られます。

この映画では、この素晴らしいフリーエネルギーが普及できない理由として完全な世界支配を企てている国際銀行家たちの存在に勇気を持って言及しています。

彼らにとって世界支配のための方便であるエネルギーが誰でもどこでも自由に得られては具合が悪いからです。しかしこれからは万難を排してこの方面の研究を進めていかなければならなくなるでしょう」



「スライヴ」を観たわたしの感想は、「大変な労作だ」と思いながらも、その内容に関しては、正直言って「すべてが真実ではないが、すべてが嘘でもない」です。

ブログ『陰謀論にダマされるな!』ブログ『世界の陰謀論を読む』ブログ『陰謀史観』にも書いたように、わたしはいわゆる「陰謀論者」に対しては批判的な見方を持っています。その点、この「スライヴ」では、世界支配を企む陰謀集団の頂点を「イルミナティ」としており、そこには落胆しました。また、古代文明の由来を安易に地球外生命に求めたり、爬虫類人類(レプティリアン)の実在を被害妄想的に唱え続けるディヴィッド・アイクのインタビュー映像を何度も流すことにも違和感を感じました。

ただし、「トーラス」についての説明、世界の金融システムの仕組みなどの解説は、じつに見事であると思いました。金融の解説など、そのへんの経済番組でのエコノミストの解説などよりもずっとわかりやすく、本質を衝いています。

もちろん、安易に陰謀論に組することは避けなければいけません。

しかし、「陰謀論の中には必ず真実がある」と主張する人もいます。

作家の五木寛之氏などもその1人で、ブログ『下山の思想』で紹介した本の中で、五木氏は「真実は必ず一種の怪しさを漂わせて世にあらわれる」と述べています。


最後には、合気道の開祖である植芝盛平が登場したので、驚きました。

なんでも、フォスター・ギャンブル氏は合気道をたしなんでいるそうです。

同氏は合気道を「暴力に拠らない現代武術」として紹介し、「合気道は世界支配勢力に対して効果的で非攻撃的な対処をする上で強力な指針となります」と述べます。

植芝盛平は、「合気道を実践するには、原子や銀河の動きを真似なければならない」と教えたそうです。フォスター・ギャンブル氏は、非暴力を実践したガンジーやキング牧師の名を挙げながら、「世界支配勢力に対しては攻撃的であってはならない。そうすれば、相手の警察機能を強化するだけで逆効果である」として、モラル的にも戦略的にも「非攻撃的」が重要であると訴えます。


合気道といえば内田樹氏の顔が思い浮かびますが、大阪市の橋下徹市長との確執が話題になりました。内田氏が、理想の行政を合気道道場の経営になぞらえて発言したことが橋下市長の逆鱗に触れたのです。

その後、橋下市長はツイッターや記者会見で著者を批判しています。

でも、内田氏の言いたかったのは単なる行政のモデルとしてではなく、フォスター・ギャンブル氏の言う合気道の本質だったのかもしれないなどと思いました。


フォスター・ギャンブル氏の目指す社会は、わたしが『ハートフル・ソサエティ』(三五館)で描いた社会とも共通する部分が多いと感じました。みなさんは、この驚愕のメッセージに満ちたドキュメント映画「スライヴ」をどのように見るでしょうか?

特に、ゴアの「不都合な真実」を観てショックを受けた方は、ぜひ御覧下さい。

きっと、あの映画を遥かに超える衝撃を受けることでしょう。


2012年8月18日 一条真也

2012-08-17

「ヒミズ」

一条真也です。

日本映画「ヒミズ」をDVDで観ました。

ブログ「園子温の世界」で紹介した映画監督の最新作です。

また、ブログ『ヒミズ』で紹介したコミックの映画化でもあります。


この作品のストーリーについては、アマゾンに次のように紹介されています。

「住田祐一、茶沢景子、『ふつうの未来』を夢見る15歳。

だが、そんな2人の日常は、ある“事件”をきっかけに一変。

衝動的に父親を殺してしまった住田は、そこからの人生を『オマケ人生』と名付け、世間の害悪となる“悪党”を殺していこうと決めた。

自ら未来を捨てることを選んだ住田に、茶沢は再び光を見せられるのか ──」



非常に期待して観た作品ですが、正直な感想は「うーん、園子温に原作ものは合わないかも」です。もちろん、コミックをそのまま映像化しているわけではなく、いろいろと改変を加えています。その最たるものは、物語の舞台を被災地に変えていることです。

原作と無関係の東日本大震災を絡めるということに関しては賛否両論あったようですが、わたしは失敗だったと思います。何よりも安易なヒューマニズム映画という色を帯びてしまい、園監督が持つ「毒」を活かせなませんでした。

また、ラストも180度変わってしまい、まったく違う物語になってしまいました。



ラストの改変も東日本大震災をからめた結果ですが、これは個人的には良いのではないかと思いました。特に、最後に「頑張れ」という言葉が主役の2人から連発されます。これは、園監督らしい捻りの効いたメッセージではないかと思いました。

というのも、あの震災で最も悪く言われたのが「頑張れ」という言葉だったからです。

被災者に向かって「頑張れ」と声をかけることは上から目線の悪行のようにさんざん言われました。特にインテリ層にそのような人々が多かったですね。

しかし正直言って、わたしは違和感を抱いていました。「人を励ましたり、応援したりするのに、素直な心で『頑張れ』といって何が悪いの?」と思ったのです。

「頑張れ」という言葉をタブーにすることは、サザンオールスターズの「TSUNAMI」を封印歌にするような一種の言葉狩りの匂いを感じていたのです。そのわたしと同じ思いがあったのかどうかは知りませんが、ラストで震災の瓦礫のシーンを流しながら、これでもかとばかりに「頑張れ」という言葉を流した園監督には大いに共感しました。


それでも、園監督は実在の事件にインスパイアされるのはいいけれど、原作ものは似合わないと思います。原作を読んだ者にとって、大胆な改変が気になって、作品に集中できないのです。この映画に関しては、古谷実の漫画のほうが勝っていると思います。

主演の2人は、文句なしに素晴らしい演技でした。染谷将太と二階堂ふみは、第68回ヴェネチア国際映画祭で日本人初の快挙となる最優秀新人俳優賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)をがダブル受賞しました。余談ですが、染谷将太は元・男闘呼組の高橋和也、二階堂ふみは宮崎あおいによく似ていますね。

中学生の役を演じた2人ともまだ若いので、今後の活躍が楽しみです。

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「ヒミズ」のDVD


主演2人の周りは、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真起子、黒沢あすか、でんでん、村上淳といった個性派俳優たちが固めていました。

さらに窪塚洋介、鈴木杏が初めて園作品に参加した他、過去の作品で高く評価された吉高由里子、AAAの西島隆弘が再び参加しています。

なかなかの豪華キャストですが、直前に観た「冷たい熱帯魚」に出演していた渡辺哲、でんでん、吹越満、神楽坂恵、黒沢あすからが軒並み勢揃いしていたので、ちょっと引いてしまいました。特に「冷たい熱帯魚」で夫婦役を演じた吹越満と神楽坂恵が再び夫婦役で登場というのは「いかがなもの」でしょうか。

どうしても前作の印象が強すぎて、新作を観るときの邪魔になってしまいます。

あと、この映画は130分の長さですが、特典ディスクにはまだまだ未公開シーンがたくさん収められていました。その中には、どうしてもカットしてはならないシーンもあるように感じました。東日本大震災がらみのヒューマン・ムーヴィーに仕上げるために泣く泣くカットしたのかもしれませんが、いくつかの未公開シーンが復活すれば、狂気をプンプン感じさせるいつもの園ワールドに近くなると思います。

ぜひ、園子温監督によるディレクターズ・カットの完成版を観てみたいです。


2012年8月17日 一条真也

2012-08-16

園子温の世界

一条真也です。

ロンドン五輪も閉幕し、この盆休みはDVDばかり観ました。

これまで買い置きしていたDVDを固めて観ているのです。

園子温監督の映画を3本続けて鑑賞しましたが、完全に園子ワールドにハマりました。

愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「恋の罪」の3本ですが、いずれも大傑作でした。

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DVD化された園子温監督の作品



園監督は1961年、愛知県豊川市生まれです。

映画監督の他にも、脚本家、詩人、パフォーマーなどの顔を持っています。

特に、詩人としての才能は高く評価されており、17歳で「現代詩手帖」や「ユリイカ」などに投稿し、「ジーパンを履いた朔太郎」と呼ばれたそうです。

もちろん映画監督としての才能も非凡で、1987年に「男の花道」で「ぴあフィルムフェスティバル」グランプリを受賞します。また、ベルリン国際映画祭の正式招待作品になった「自転車吐息」をはじめ、次々に問題作を発表して、90年代のインディーズ系映画界を席巻しました。それらの作品は、横尾忠則、荒木経惟、麿赤児、吉本ばなな、荒川眞一郎といった著名な文化人たちによって絶賛されました。

園監督は日本における「インディーズ映画」の代名詞的存在になりました。

しかし、2001年以降はメジャー映画会社とも手を結び、これまた問題作を連発して、国際的にも高い評価を得ます。2008年の「愛のむきだし」では、ベルリン国際映画祭の「国際批評家連盟賞」「カリガリ賞」を受賞しました。


愛のむきだし」は、4時間近い大長編です。

なんと開始から1時間半ぐらいしてからタイトルバックが出てきます。

映画史上最長のイントロだと言えるでしょう。

しかし、この長い映画を、わたしはまったく飽きずに一気に観ました。

いやあ、こんなに感動した作品は久々です。荒唐無稽といえば荒唐無稽な話なのですが、「宗教」と「愛」の本質を見事に描いています。

主演は、AAA(トリプルエー)の西島隆弘と満島ひかりですが、どちらも素晴らしい演技力でした。特に、浜辺で満島ひかり扮するヨーコが西島隆弘扮するユウに向かって『新約聖書』の「コリントの信徒への手紙」第13章・愛の賛歌を絶叫するように暗唱するシーンが圧巻でした。満島ひかりの主演作では「カケラ」も最近観たのですが、本当に演技力が半端ではありませんね。日本映画では、大竹しのぶ、松たか子らに続く実力派女優だと思います。また、ミュージシャンの西島隆弘クンも俳優としての才能を惜しみなく発揮していました。この映画を観て、わたしは2人のファンになりましたね。

安藤サクラ、渡辺真起子、渡部篤郎といった助演陣も良かったです。


2011年の「冷たい熱帯魚」も凄い映画でした。第67回ヴェネチア国際映画祭、第35回トロント国際映画祭にも出品され、世界で絶賛されました。

一言でいうと、スプラッタームービーを超えた血みどろの犯罪映画です。

クエンティン・タランティーノや北野武の作品も連想させますが、彼らの世界をも突き抜けた、もう手加減なしの猛毒エンターテインメントと言えるでしょう。

殺した死体を切り刻むシーンなど、この作品が映画史上最もリアルではないでしょうか。

主演は吹越満で、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、渡辺哲らが出演しています。


そして、2011年には「恋の罪」も公開されています。

第64回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品されました。

これもまた、これまで見たこともないような凄い映画でした。

90年代の渋谷・円山町のラブホテル街を舞台に不思議で妖しい物語が展開されます。

水野美紀、冨樫真、神楽坂恵という3人の女優が身も心もむきだしの演技を見せてくれます。なお、前作「冷たい熱帯魚」に続いて体当たりの演技を見せてくれた神楽坂恵は、この作品の完成後に園監督と婚約したそうです。



園子温という映画監督は間違いなく天才であると思います。

わたしが続けて観た「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「恋の罪」は、いずれも実際に起きた事件からインスパイアされている点が興味深く感じました。

愛のむきだし」は、「オウム真理教事件」。

冷たい熱帯魚」は、「埼玉愛犬家連続殺人事件」。

恋の罪」は、「東電OL殺人事件」。

以上のように、実在の事件をもとにして映画が作られています。

それも、事件をそのまま再現するのではなく、大きな改変が行われています。

オウム真理教は仏教系の新興宗教を名乗っていましたが、「愛のむきだし」に登場するゼロ教会はキリスト教系です。「冷たい熱帯魚」では、愛犬家ではなく熱帯魚の愛好家が殺されます。「恋の罪」に登場する女性エリートは東電OLではなく、東大と思しき超一流大学の日本文学の准教授でした。

このような改変を済ませた後は、もう遠慮なく異常な世界を描いています。

次に、鬼才・園子温がインスパイアされる実在の事件とは何か。

個人的には、「北九州監禁殺人事件」を取り上げてくれないかと思っています。

北九州市在住の作家である佐木隆三氏も自身のライフワークにしているという前代未聞の猟奇事件ですが、ぜひ園監督に映画化してほしいと思います。

もちろん、舞台は北九州市以外の都市に改変して・・・・・。


2012年8月16日 一条真也