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一条真也のハートフル・ブログ

2013-01-24

沖縄の新成人

一条真也です。

現在はブログを休んでいますが、嬉しいことがあったので特別にUPします。

ブログ「新年祝賀式典」に書いたように北九州からスタートしたサンレーグループの新年行事ツアーは全国各地を回って、ついに沖縄まで来ました。

わたしは、昨日の午後、東京から沖縄に入りました。

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「沖縄タイムス」1月14日朝刊



わたしの乗ったANA133便が那覇空港に着くと、高橋相談役と小久保事業部長が迎えに来てくれました。そこで、ある新聞記事のコピーを手渡されました。それは「沖縄タイムス」の1月14日朝刊で、「20歳の自覚」という大見出しの記事でした。

沖縄といえば、毎年、「荒れる成人式」が話題になります。

わたしは、ずっとこれを苦々しく思っていました。「守礼之邦」である沖縄のイメージを著しく損ない、また成人式という神聖な通過儀礼を冒涜するものだからです。

ところが、その沖縄の成人式が今年は大きな変化を見せました。

「新成人のイメージを良くしたい」と、成人式を終えたばかりの那覇市の鏡原中学校の卒業生20人が国際通りに出掛け、雨の中、自主的に清掃に取り組んだというのです。



記事には、次のように書かれています。

「派手な金色のはかまを着て、耳にピアス、大胆な髪形をしたいでたちだったが、他の新成人が振りまいた紙吹雪をはじめ、ごみを丁寧に拾い上げた。沿道の店員や警官は『素晴らしい』『上等ですね』と拍手やエールを送った。」

この素晴らしい行為を同級生に呼び掛けた青年、じつは、わが社の社員です。現在は、結婚式場「マリエールオークパイン那覇」の宴会サービス部門で頑張っています。



国際通りでは毎年、新成人が酒を飲んで騒ぎながら練り歩くそうです。他の通行人の迷惑になることなどお構いなしで、非常に「残念な光景」が恒例化していました。

彼は、なんとか「良い意味で、外見と行動のギャップを見せたい」と清掃活動を計画したそうです。20人は軍手をはめ、ほうきやごみバサミを手に1時間半かけて、雨に打たれながら吸殻やペットボトル、瓶、缶、さらには雨で歩道に張り付いた紙吹雪を拾いました。ごみは、じつに2袋分になったそうです。



沿道の土産物屋の店員さんたちは「成人式の日は毎年、店の前がごみで散らかり、私たちが清掃していた。今年の新成人は模範的」「若いエネルギーはこういうことに注いでほしい」と笑顔で眺めていたとか。また、』道行く人たちも、一心不乱に清掃する若者たちの姿を目にして、盛んに記念撮影を求めたそうです。

地元では大きな話題となり、「沖縄の新成人が変わった」とまで言われています。

この記事は、「沖縄タイムス」のネット版でも読めますが、なんと「いいね!」が1万を超えています。世間の関心の高さがよくわかりますね。



わたしは、この話を聞いて、本当に涙が出るほど嬉しかったです。

昨夜はマリエールオークパイン那覇で賀詞交歓会を行いましたが、最初の主催者挨拶で満場のお客様にもこの話を紹介させていただきました。

わたしが孔子文化賞を受賞した理由として、世界孔子協会の孔健会長は「礼の実践である」と言って下さいましたが、まさに今回の新成人たちの行いこそ「礼の実践」です。



以前、荒れる成人式を憂慮するあまり、わたしは「守礼」と書かれた幟を持って会場に乗り込み、成人式を妨害する若者たちを叱責しようと考えたことがあります。そのときは、社員の反対に遭って断念しましたけれども・・・。でも、そのような強引な方法を取らずとも、わが社の社員たちが行ったことのほうがずっと効果は大きかったと思います。

あいやー、それにしても、こんな方法があったとは!

わたしにも、まったく思いつきませんでした。

まさに、「こころのコロンブスの卵」ではありませんか!



特に「えらいなあ!」とわたしが心底思ったのは、心ない他の新成人たちが冷やかしで清掃する彼らに小麦粉を振りまいたときの対応です。

彼らは、無法者を一切相手にせずに冷静にちりとりですくったのです。

これを知ったときは本当に、一本取られた思いがしました。20歳当時の血の気の多いわたしだったら、小麦粉を振りまいた連中を大外刈りで投げるか、正拳突きやローキックをお見舞いしたかもしれません。その結果、大乱闘になって、周囲の人々から「これだから、最近の若い者は・・・」などと眉をひそめられるのがオチだったと思います。



彼にこのような立派な行為ができたのは、もしかすると、彼が結婚式場の宴会サービス係という仕事をしているせいかもしれません。日々、お客様と接していく中で、自然とホスピタリティ精神を発揮する習慣がついていたのではないでしょうか。

昨夜の賀詞交歓会では、沖縄銀行の玉城義昭頭取から「礼を求めるサンレーさんこそは、ホスピタリティ・カンパニーそのものです」との過分な御挨拶を頂戴しました。

まだ至らない点は多々ありますが、わが社が「ホスピタリティ・カンパニー」をめざしていることは事実です。社長として、わたしは多和田君を心から誇りに思います。

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サンレー沖縄・新年進発式のようす

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「礼の実践」について話しました



今日はサンレー沖縄の新年進発式および新年祝賀会を行いましたが、祝賀会の中で新成人のお祝いをしました。

全社員から盛大な拍手を受けて、2人は照れながらも嬉しそうでした。

また、振袖姿の女子社員もとても綺麗でした。わたしにも成人を迎えた娘がいますので、なんだか父親のような心境になり、ちょっとシンミリしました。

変わりはじめた沖縄の新成人。「守礼之邦」に吹いた「天下布礼」の風を感じて、わたしは最高に幸福な気分になりました。でーじカフー!!

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沖縄でも「柔道一直線」やりました!

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沖縄のボディガードは特に屈強でした!



2013年1月24日 一条真也

2012-08-21

世界平和パゴダ再訪

一条真也です。

ブログ「世界平和パゴダ」で紹介した寺院は、日本における上座部仏教の唯一の拠点です。今日は、それを管理する宗教法人の関係者の方々と一緒に、世界平和パゴダを訪れました。わたしにとっては、今年3月3日以来の訪問です。

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関係者のみなさんと門の前で

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パゴダの前で、佐久間会長と



前回は閉鎖されたパゴダ内に入ることはできませんでしたが、今回は宗教法人の代表役員を務める方に鍵を開けていただいて、中に入ることができました。

生まれて初めて入るパゴダは、素晴らしい聖なる空間でした。

まず最初に、わたしは黄金の仏像が置かれている祭壇に向かって合掌しました。

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まずは祭壇に向かって合掌しました

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黄金の仏像が置かれている祭壇

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初めてパゴダの中に入りました



三方に貼られているステンドグラスには孔雀が描かれており、じつに見事でした。

また、ブッダの生涯を描いたビルマの仏教画がたくさん飾られていました。

この空間にいるだけで、ブッダの息吹に触れているような気がしました。

それもそのはず、パゴダの下には仏舎利が納められているそうです。

そう、ここは日本で唯一の仏舎利を有する上座部仏教の聖地なのです。

今日はサンレーグループ佐久間進会長と一緒の訪問でしたが、わたしたち父子ともども、なんとか、この貴重な宗教施設の再開に向けて尽力したいと心から思いました。

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ステンドグラスが見事でした

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ビルマの仏教画も素晴らしかったです



また、わたしは世界平和パゴダを見上げながら、「月」のイメージを強く感じました。

上座部仏教とは、ブッダの本心に近い仏教であると言えると思いますが、ブッダは満月の夜に生まれ、満月の夜に悟りを開き、満月の夜に亡くなったそうです。

ブッダは、月の光に影響を受けやすかったのでしょう。

言い換えれば、月光の放つ気にとても敏感だったのです。

わたしは、やわらかな月の光を見ていると、それがまるで「慈悲」そのものではないかと思うことがあります。ブッダとは「めざめた者」という意味ですが、めざめた者には月の重要性がよくわかっていたはずです。「悟り」や「解脱」や「死」とは、重力からの解放に他ならず、それは宇宙飛行士たちが「コズミック・センス」や「スピリチュアル・ワンネス」を感じた宇宙体験にも通じます。ミャンマーをはじめとした東南アジアの仏教国では、今でも満月の日に祭りや反省の儀式を行います。

仏教とは、月の力を利用して意識をコントロールする「月の宗教」かもしれません。

初めて世界平和パゴダの中に入ったわたしは、そんなことを考えました。

この世界にも誇れる「月の寺院」が一日も早く再開されますように・・・・・。

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世界平和パゴダにて


2012年8月21日 一条真也

2012-08-09

福地先輩との再会

一条真也です。

今日、わたしが心から尊敬する方と再会しました。

アサヒビールを統括するアサヒグループホールディングズの福地相談役です。

わざわざ、小倉の松柏園ホテルまで訪ねてきて下さいました。

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尊敬する福地先輩と



ブログ「マイケル・サンデル白熱教室」で紹介した小倉高校の大先輩が直々にお越し下さるなんて、身に余る光栄です。ご実家が戸畑なので、お墓参りに帰られたそうです。

福地会長は、松柏園の庭などを眺められながら、何度も「良いホテルですね」と言って下さいました。アサヒビール社長&会長、NHK会長などの要職を歴任され、今も新国立劇場の理事長を務められる財界の超大物から親しく接していただき、非常に感激しました。やはり、高校の先輩というものは有難いものです。

ブログ「『こころ』と『かたち』」では、先輩の貴重なアドバイスについて書きました。

今日は、松柏園の茶室で、冷えたスーパードライを飲みながら昼食を御一緒させていただきましたが、いろんな話に花が咲きました。

大相撲の話、歌舞伎の話、オペラの話、幸福感の話・・・・・日本における文化界の頂点に立っておられるだけあって、いずれのお話も含蓄が富み、勉強になりました。



その中で、「無縁社会」の話にもなりました。

わたしは、これまでNHKの「無縁社会キャンペーン」に疑問を呈してきました。

それどころか、「無縁社会」という言葉は日本語として破綻しているとまで何度も発言してきています。福地先輩はNHKの元会長であり、会長時代にあの「無縁社会キャンペーン」が展開されました。いわば当事者というかキャンペーンの最高責任者だったわけであり、わたしに対して悪い印象を持たれていないかと少し心配しました。

しかし、そこは太っ腹で、まったく気にされておられませんでした。

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松柏園ホテル正面前で



福地先輩自身も「無縁社会ではいけない」「日本人は、もっと縁や絆を見直さなければいけない」と言われていました。また、「長幼の別」などの倫理観を取り戻す必要があると言われました。わたしの唱える北九州市を高齢者福祉特区にというプランも興味深く聞いて下さいました。近いうちに、同様の提案を新聞紙上でされるそうです。

会話を重ねれば重ねるほど、わたしは福地先輩の人柄に魅了されていきました。

いつも笑みを絶やさず、ときどき見せられる厳しい表情にも、「超一流」を感じます。

このような素晴らしい先輩との御縁を得ることができて、わたしは本当に幸せです。

やっぱり、この世は有縁社会。そのことを痛感いたしました。

福地先輩、今日はお会いできて嬉しかったです。

不肖の後輩ですが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


2012年8月9日 一条真也

2012-08-06

矢作先生との再会

一条真也です。

東京に来ています。とても暑いです。

5日、「勇気の人」こと矢作先生に久々にお会いしました。「梅の花」銀座並木通店の個室で待ち合わせし、豆腐と湯葉の懐石コースのランチを御一緒しました。

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矢作先生と稲葉先生の師弟コンビ



矢作先生は、ブログ『人は死なない』で紹介した本の著者です。

東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授にして、さらに東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長です。

今日は、東大病院の循環器系内科医師の稲葉先生も御一緒でした。稲葉先生は、作家の田口ランディさんと親しく、『人は死なない』の出版に際してサポートもされています。同書の「あとがき」にも名前が登場しますが、東大病院きっての読書家であり、東京大学医学部山岳部監督にして東京大学医学部涸沢診療所所長でもあります。

矢作先生と同年代かと思っていたのですが、なんと20も年下の33歳でした。

東大医学部で矢作教授の講義を受けておられ、精神世界を中心とした読書の影響も受けられたとか。なお、稲葉先生はこの「一条真也のハートフル・ブログ」を必ず毎日読まれ、特に書評ブログを楽しみにしておられるそうです。

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ウーロン茶で乾杯しました



アルコールを嗜まれない両先生にならって、わたしもウーロン茶を注文(本当は、日曜だし、冷えた生ビールが飲みたかった!)し、3人で乾杯しました。

そして、福岡から東京に進出を果たした「梅の花」のヘルシーな料理を味わいながら、両先生と神秘的でディープな会話を堪能しました。

古神道から大本教、そしてオウム真理教といった「宗教」の話もしました。

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矢作先生が送って下さった新刊2冊



最近、矢作先生は2冊の対談本を刊行され、わたしにも送って下さいました。

気成功家・鍼灸師の中健次郎氏との対談本『人は死なない。では、どうする?』(マキノ出版)、モンロー研究所公認レジデンシャル・ファシリテーターの坂本政道氏との対談本『死ぬことが怖くなくなるたったひとつの方法』(徳間書店)の2冊です。

いずれも非常に刺激に富んだ興味深い対談本であり、それらの内容はいずれ当ブログで詳しく紹介する予定です。まずは2冊の本の御礼を申し上げた後、その驚愕の内容について、わたしは次々と矢作先生を質問攻めにしました。その話題は、心霊からはじまって、超能力、UFO、地球外生命、超古代大陸、雪男、フリーエネルギーまで・・・・・。

さながら、古今東西の「謎」と「不思議」のワンダーランドのようでした。

矢作先生がいわゆる「オカルト」と呼ばれるジャンルに広く深く通じておられることに驚きましたが、わたしは「何か、おススメの本はありませんか?」と質問しました。

すると、矢作先生は一瞬の躊躇もなく、『黎明』葦原瑞穂著(太陽出版)の名を挙げられました。すべての神秘領域を遍く説明した物凄い本だそうです。なんでも、著者は元音楽プロデューサーで、現在は山で仙人のようにして暮らしているとか。

稲葉先生も、「『黎明』は、自分がこれまで読んだ本の中でも五指に入りますね」と言われていました。早速、わたしはアマゾンで『黎明』を注文しました。

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3人で大いに不思議な話をしました



わたしは、一番聞きたかったことを矢作先生にお聞きしました。『人は死なない』を上梓し、大きな話題となったことで、ずばり東大からの圧力はなかったかということです。

わたしの不躾な問いに対して、矢作先生は「ありませんでした」と即答され、その理由を「わたしは東大病院の現場で、誰よりも多くの時間頑張っていますから」と述べられました。この矢作先生の矜持あるいはプライドに、わたしは大きな感銘を受けました。

そして、わたしは「矢作先生の御活躍を、あの世で福来友吉博士がさぞ喜んでおられることでしょう」と申し上げました。福来博士というのは、超能力実験を行ったために東京帝国大学助教授の地位を追われた人物です。すると、稲葉先生が「矢作先生も公開実験などをされたら、どうなるかわかりませんよ」と笑いながら言っていました。

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矢作先生が推薦文を書いて下さいました



わたしが、矢作先生に御礼を申し上げた件がもう1つありました。それは、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の推薦文を矢作先生が書いて下さったことです。このたび大増刷となった同書の帯に矢作先生は、「死別。それは人生でもっとも苦しい試練のひとつです。親・配偶者・子・恋人・友人との死別。後に残された様々の人に寄り添った愛のメッセージがこの『手紙』に込められています。そしてそれは亡くなった方々からあなたへの心からの幸せを願う言葉でもあるのです」との言葉を寄せて下さいました。

現役の東大医学部の教授がグリーフケアの書の推薦文を書いて下さいました。

わたしには、この出来事がグリーフケアの流れを変える予感がします。

この矢作先生の言葉によって、より多くの「愛する人を亡くした人」たちが同書を手に取り、死別の悲しみを少しでも軽くしてくれることを願ってやみません。

矢作先生、このたびは本当にありがとうございました。

今度は、ぜひ、先生と対談本を上梓したいです。

できれば、沖縄あたりで対談したいものですねぇ。

稲葉先生も、今日はいろいろなお話ができて楽しかったです。

ぜひ、矢作先生に続いて「こころの医療」の世界を拓かれて下さい。

両先生、今後とも、どうぞ、よろしくお願いいたします!

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「新文化」2012年8月30日号より


2012年8月6日 一条真也

2012-07-14

いじめられている君へ

一条真也です。

今朝の「朝日新聞」を読んで、とても感動しました。

「いじめられている君へ」というシリーズで、ボクシング元世界王者の内藤大助さんの言葉が紹介されています。大津市のいじめ問題を受け、改めて「いじめ」に対する関心が全国的に高まっています。わたしにも中学生の子がいますので、胸が痛みます。

「相談はカッコ悪くない」という内藤さんの談話は、心に響きました。

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「朝日新聞」7月14日朝刊より



以下、「朝日新聞」に掲載された内藤さんの談話を紹介いたします。



■相談はカッコ悪くない


いいか、絶対にあきらめるな。

いじめが一生続く、自分だけが不幸なんだって思ってるだろ? 

俺自身もそうだったから。でも、いじめはきっとなくなるものなんだ。

俺は中学2年の時からいじめられた。はっきりした原因は俺にもわからないけど、同級生から「ボンビー(貧乏)」ってあだ名をつけられて、バカにされた。

北海道で育ったんだけど、母子家庭でさ。自宅で民宿をやっていて、母が朝から晩まで働いていた。 家は古くてボロくて、制服も四つ上の兄のお下がり。つぎはぎだらけだったから、やっぱりバカにされたよ。せっかく祖母が縫って直してくれたのに、俺はバカにされるのが嫌で、わざわざハサミでつぎはぎを切ったこともあったよ。

中3になってもしんどくて、胃潰瘍(かいよう)になった。学校で胃薬を飲んでいたら、先生から「何を飲んでいるんだって叱られた。理由も聞いてもらえず、つらかったな。あのとき一瞬、先生が助けてくれるかもって思ったんだど・・・・・。

高校を出ても、「いじめられて、ボンビーで、俺は生まれつき不幸だ」と、ずっと思っていた。上京して就職しても、帰省したらいじめっ子に会うんじゃないかって怖かった。

強くなりたかった。不良のような、見せかけの強さだけでもいいからほしかった。

暴走族に誘われたら、入っていたよ。たぶん。

そんなとき、たまたま下宿先の近くにボクシングジムがあったんだ。通えばケンカに強くなれる。強くなれなくても、「ジムに行ってるんだ」と言えば、いじめっ子をびびらせられるって思ったね。 入ってみたらさ・・・・・楽しかったなあ。周りも一生懸命で、俺もやればやるほど自信がついて、どんどんのめり込んだ。自分を守るために始めたのに、いつの間にかいじめのことなんてどうでもよくなっていた。不思議なもんだ。

ボクシングの練習がつらいときは「いじめに比べたら大したことない」って考え、マイナスの体験をプラスに変えてきた。でもね、「いじめられてよかった」なんて思ったことは、ただの一度もないぜ。いまだにつらい思い出なんだ。

「いじめられたらやり返せ」っていう大人もいる。

でも、やり返したら、その10倍、20倍で仕返しされるんだよな。わかるよ。

俺は一人で悩んじゃった。その反省からも言うけど、少しでも嫌なことがあれば自分だけで抱え込むな。親でも先生でも相談したらいい。先生にチクったと言われたって、それはカッコ悪いことじゃない。あきらめちゃいけないんだ。

(ボクシング元世界王者) 以上、「朝日新聞」7月14日朝刊より引用

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今日の朝刊の1面に掲載されています



わたしは、もともと内藤大助というボクシング選手を高く評価していました。

ボクシングの技術もそうですが、かの亀田一家から理不尽な挑発を受けたときの態度が立派だったからです。

あのとき、見せかけの強さではなく、本物のハートの強さを感じました。

その内藤選手が、過去にいじめに遭っていたとは全然知りませんでした。

「いじめられた君へ」はこれまでにも何度か読んできましたが、この内藤選手の言葉ほど自身の内から滲み出した言葉はないでしょう。まさに、魂の叫びです。

わたしは、まずます内藤選手を素晴らしい人物であると思いました。

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加地伸行先生と



ブログ「儒教講演」に書いたように、昨日は儒教研究の第一人者である加地伸行先生とお話する機会がありました。わたしにとって、待ちに待った時でした。

そこでも大津のいじめ事件の話題が出ましたが、加地先生は「全校集会のとき、まず最初に亡くなった生徒のために黙祷をすべきだった」と言われました。まったく同感です。

ブログ『祖父が語る「こころざし」の物語』で紹介した加地先生の著書に、とても印象的なエピソードが紹介されています。

その出来事は、かなり昔、ある中学校で起こりました。

教師が突然、「これから小テストをやるぞ」と言ったのです。

まったく予告されていない、抜き打ちのテストでした。

教室内にはざわめきが起こりました。すると、前から2列目に座っていた1人の男子生徒が何を思ったのか、教室の外に飛び出して行ったのです。

教室に戻ってきたとき、彼は水が入ったバケツを持っていました。

そして、なんとそのバケツの水を教室にぶちまけ、床を水浸しにしたのです。

教室はパニック状態となり、当然ながら教師は烈火のごとく怒りました。

彼に雑巾で床を拭かせてから、予定通りにテストは実施されました。その後で、教師は「なぜ、あんなことをやった?」と問い詰めましたが、彼は何も答えませんでした。

その真意を最後まで同級生にも明かさず、彼は中学校を卒業していきました。

真実がわかったのは、それから数十年も経過してからです。

ある女性の告白から真相が判明しました。その女性は、彼のクラスメートで一番前の席に座っていました。ちょうど、彼のすぐ前の席です。

彼女は精神的にナイーブな人で、抜き打ちでテストをやると教師が言ったとき、驚きと緊張のあまり失禁したというのです。皆にばれることを思うと、死にたくなりました。

彼女の椅子の下の床が次第に濡れていくことに彼は気づきました。そして、そのことが皆にわからないように、教室の床に水を撒くという行為に出たのです。

彼はそのことを卒業するまで、また卒業した後も、けっして人に話しませんでした。

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他者の幸せのために生きよ〜人間の器を広げる人生の授業



わたしは、この話を加地先生の本で読んだとき、涙が止まりませんでした。

これほど勇気のある「男の中の男」が、かつての日本にはいたのです。

まさに、『論語』に出てくる「義を見てせざるは勇なきなり」の実践です。

わたしは、大津のいじめ事件に関わった当人、父兄、そして学校関係者全員に『祖父が語る「こころざし」の物語』を読んでほしいと思います。大津だけではなく、全国の学校関係者、また教育委員会関係者にも読んでほしいです。

最後に、いじめている君へひと言。

いじめは、「こころの自殺」です。

他人をいじめている君は、君自身の心を殺していることを知りなさい!


2012年7月14日 一条真也



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