建築の特許

 前記事の注記に鹿島建設の特許について記した。鹿島はその他にも奇妙な特許を持っている。特許情報プラットフォームで「鹿島建設 既存建物の耐震補強方法」を検索すると3件ヒットする。「鹿島建設 耐震補強」だと40件以上になる。

 特許情報プラットフォーム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/all/top/BTmTopSearchPage.action

 リンク先を見るのが面倒という方の為に簡単に説明すると以下のような特許である。

特開平09-203220 は,既存の建物の外側に補強のフレームを付加するもの。
特開平09-203219 は,柱と壁の間にスリットを設け,柱のせん断破壊を防止するもの。
特開平09-203218 は,スリットに加えて,柱に強化繊維を巻き付けて補強するもの。

 その他にも,二つの既存建物を連結するというものもある。(特開2002-013296)

 建築に関わる方なら,「これ,特許?」と驚くのではないだろうか。外付けフレームには鹿島以外の社にも様々な特許があるが,鹿島の特許はそれらとは一線を画す。各社の特許はディティールに特徴があるが,鹿島建設の特許にはディティールがない。1番目は「既存建物の外側に平面架構,もしくは立体架構を連結する。」という極めて一般的で範囲の広い特許である。2番目もスリットについての具体的記述はなく「スリットを設ける」という超一般的な特許である。最後の強化繊維補強も高性能の連続繊維材料や接着剤を開発したというのではなく「強化繊維を巻き付ける」という頗る一般的な特許である。付帯条件のないあらゆるものを含む最強の特許なのである。

 一般の方にも説明すると、これらの耐震補強は一般的な工法として普通に使われているものだ。出願年は1996年となっているが,例えば耐震スリットは1981年の新耐震設計法の頃から良く使われていた工法である。これらの工法に関しては,建築学会の指針や国交省告示の技術指針等があるし,研究論文も多い。言うまでもなく,これらの研究や技術開発に関わったのは鹿島建設だけではない。

 これらの特許を簡潔に表現するなら,「外側にくっつける」,「余計なものを切り離す」,「ぐるぐる巻き付ける」,「二つを繋ぐ」という概念の特許であり,それらを実現する具体的方法は問わないのである。古い木造建築が傾いてきたと想像していただきたい。建物の外側に筋交いを打ち付ける応急補強程度は建築のド素人でも思いつくだろう。だが,鹿島建設の特許に抵触する可能性がないとは言えない。

 また、私が通っていた小学校の古い校舎には控え壁(バットレス)が付いていた。リンク先の写真みたいな趣きで2階建てだった。
http://eniac.sci.kagoshima-u.ac.jp/~kaum/site/kawakami_jhs.html

 もし竣工後に,控え壁を付加したのなら鹿島建設にいくらかロイヤリティを支払わなければならなかったもしれない。もっとも、鹿島建設が特許を申請するよりもはるか以前に取り壊されている。特許の「新奇性」とは私の様な凡人には分かりにくい概念である。

 凡人は私だけではなかったようである。まさか,こんな特許があろうとは夢にも思わない「不注意な」設計者や建設会社が多数いたらしく,鹿島建設は次の様な「お知らせ」を専門紙に載せている。

 「広く実施権を許諾し,活用を図る所存」とあるのは,こんなもので特許使用料特許料をふんだくるのは気が引けたのだろうか。でも無料で許諾してくれるかどうかは知らない。

 実は私も特許のイザコザに巻き込まれたことがある。ありふれた工法が特許を取得してしまいちょっとした騒動になったのだ。私の仕事にも少し係わりがあったため,弁理士の方にも相談した。その弁理士曰く,「特許に値しない。審査官のミスだろう。」ただ,そういうミスもままあるそうだ。特許の審査官も専門分野の常識は分からないし,期間内に異議申し立てがないと認められてしまうらしい。審査官が申請の内容まで吟味することは実質的に不可能のようで,過去に類似の特許がないかデータベースで調べるのが実態らしい。データベースに類似のものがないというのが「新奇性」の意味のようである。そして,特許を取得した側もその権利を行使することもなく,額縁に納めた特許証を眺めて自己満足しているだけらしい。価値のない特許を集めるマニアが存在するようなのだ。ロイヤリティは入って来ないが,特許の維持費は取られるので実益ではなく趣味なのであろう。

 科学の理論や数学の定理に特許は認められない。科学の知識は人類共有の財産であり,発見者には名誉だけが与えられる。しかしそれらを利用した発明とみなされると特許の対象となる。STAP細胞も特許申請していたし,RSA暗号にも2000年まで特許があった。

 このご時世では鹿島建設の特許も特に珍しいことではないのかも知れない。その一方で,「安全に関わる建築技術は社会の共有財産であり,普及させるためにも特許をとるな」という人もいる。フィル・ジマ−マンはライセンス交渉が整う前にRSA暗号を用いたPGPを無償公開した。それが元で,裁判所から召喚を受けているが,ネットユーザーの共有財産として暗号技術の普及に努めているそうだ。