ぷよねこ減量日記 2009/5-2016/1

旧ぷよねこ減量日記です。2016年1月に新旧交代してます。

2009/5/23 映画『銀嶺の果て』とMy Old Kentucky Home

夜更かしして寝坊、8時半に起きる。
週末は2連続ニュースデスク勤務。
昨日の日記を書いていたら走る時間がなくなってしまう。
2日連続でジョグをサボる。
サボるとPodcastが聴けない。


…GAORAでビーチバレー中継を観る。
ヒロは面白くて仕方ないらしくずーと観ている。
ベスト8激突で好ゲーム、接戦が続く。
ドイツペアとブラジルのサルガド姉妹との対決は見応え十分。
美人揃いだし。
高尾和行さんという解説者がいい。
素人にも見所がわかるように手短に解説を入れてくれる。
加えて、トップ選手へプレイへの喝采、賞賛を忘れない。
どんなスポーツにも優れた宣教師がいるものだ。


…昨日、DVDで映画『銀嶺の果て』を観た。
見たい見たいと思ってなかなかチャンスがなかった。
東宝で黒沢明とともに助監督時代を過ごした谷口千吉という監督の作。
脚本が黒沢明、三船敏郎の映画デビュー作でもある。
敗戦の2年後の1947年公開。
銀行強盗の3人組(志村喬、三船敏郎、小杉義男)が警察に追われ雪山に追い込まれる。
追っ手が迫る。雪崩で一人を失った男たちは決死の北アルプス越えに挑む。

    


始まってしばらくは古ぼけた眠たい映画かな、と思って見ていた。
いつのまにか映画の世界に引き込まれて行く。
クライマックスでは目に力が入り涙腺がゆるみ、脱力して終わる。
これが映画だという雰囲気を持った映画でした。
映画の大部分が雪山のロケーション撮影。
1947年によくぞこんな映画を撮ったものだと思う。
というか、おそらく中途半端なセットより、あえてロケを選択したのだと思う。
厳冬の山という設定だが、実際の映像は早春の山。


若き三船敏郎が眩しいくらいにいい男。
とことん非情な悪党なのだが惚れ惚れするほど魅力にあふれている。
山小屋の少女を演じる若山セツコがいかにもこの時代の純真無垢な役柄。
どこかで見たなと思ったら卓球の福原愛にそっくりなのだ。


監督の谷口千吉は日本山岳会でならした山男だったらしい。
2007年没、つい2年前まで存命だった。
妻は八千草薫、50年連れ添ったおしどり夫婦だったという。
(谷口監督にとって3度目の結婚だった。二度目の妻は若山セツコ)


冬の雪山越え、斜面のトラバースで志村喬が滑落するシーンがある。
リアルな演出に思わず鳥肌が立つ。
僕ら夫婦も北アルプスの北穂高の斜面で滑落した経験がある。
今思い出してもぞっとするし、運が良かったのだと思う。
6月始め、まだ雪がべったりついた雪面。
午前中で雪面は固く滑りやすい。
アイゼンもつけず登山用のストックだけで涸沢へ下った。
最初に滑ったのは僕だった。
足を滑らせ滑落、すぐに腹ばいになりストックを雪面に突きスピードを緩めた。
すぐには止まらず、たまたま開いていた穴に運良く助けられた。
上から大丈夫、と声をかけるヒロ、が間髪を入れず足を滑らせた。
滑落防止姿勢を教えてなかったので頭を下にして無防備に滑ってくる。
体当たりで止めた。
同じ穴に落ちて助かった。
あのとき、少しでも落ちていくコースがずれていたら…と想像する。
何度も何度も思い出してぞっとする。
あの場所から傾斜の緩い雪原までは落差にして200メートル以上あっただろう。
良くて全身骨折、途中で露出した岩に激突すれば確実に死んでいただろう。
映画の滑落シーンを見て手のひらに汗をかいた。


音楽はのちに『ゴジラ』の音楽で一世を風靡する伊福部昭。
(伊福部の作ではないが)この『銀嶺の果て』の重要な場面で何度も流れる印象的な曲がある。
「マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム(懐かしきケンタッキーの我が家)」
作曲はアメリカの代表的音楽家フォスター。
胸にしみる名曲なんだけど、残念なことにフライドチキンを思い出してしまう。

My Old Kentucky Home - The Robert Shaw Chorale


この映画の2年前までアメリカと日本は戦争という名の殺し合いをしていたのだ。
今とは時間の濃密さが違うんだろうな。
「あのころ、物事にはずっと張りつめた空気があった。
 日射しはずっと暖かかった。風は冷たく、犬はずっと賢かった。」(ランズデール「ダークライン」より)
昭和22年、この曲を映画のテーマに使ったことの価値を思う。


iTuneでいろんなバージョンの『懐かしきケンタッキーの我が家』を聞く。
しばし、フォスターの音楽世界に浸る。
♪ 懐かしき我が家に 夏の日来たれば (懐かしきケンタッキーの我が家)
♪ 吹けそよそよ吹け春風よ (春風)
♪ 空青く 山は緑 谷間に花咲き (峠の我が家)
♪ はるかなる スワニー河 (スワニー河)
♪ 競馬の始まりだ デューダ デューダ (草競馬)
♪ わたしゃアラバマから ルイジアナへ (おおスザンナ)


♪ 若き日 はや夢と過ぎ わが友 みな世を去りて
 あの世に楽しく眠り かすかに我を呼ぶ オールド・ブラック・ジョー 

『オールド・ブラック・ジョー』
久しぶりにこの歌を聴いた。
小学生の頃に持っていた愛唱歌集にこの歌が載っていた。
人生も折り返し点を過ぎるとこの歌詞は染みますね。
なんせ、わが友みな世を去りて我を呼ぶ、だもんね。


You-Tubeで見つけた『オールド・ブラック・ジョー』
トラップ・ファミリーとはあの「サウンド・オブ・ミュージック」の一家のこと。
  

フォスターではないが『赤い河の谷間』もいい。
♪ サボテンの花さいてる 砂と岩の西部
バンジョーの音が耳に心地いい。



…朝食前にヒロが、韓国の盧武鉉さんが死んだ、と言う。
(のむひょん と打ったら変換できたことに驚く)
朝、山登りをして落ちたのだという。
変な符合。
昨日見たDVDは韓国の『殺人の記憶』と山で人が死ぬ映画『銀嶺の果て』。
『殺人の記憶』当時の大統領は盧泰愚(のてう)だった。
だから? なんだけど。
前大統領の死…太陽政策の変更、収賄疑惑、ということは謀殺?


…ニュースデスク。
交流戦で中田翔が初打席初安打デビュー。
大相撲は白鵬と朝青龍がともに敗れ大波乱。
とはいえ、関西エリアは無風。
阪神がオリックスに勝ち、連敗を止める。


…盧武鉉前大統領の遺書がパソコンに残っていたと「自殺」と断定される。
パソコンに遺書?
これは…今月読んだ本『約束の地』に同様の偽装があったぞ。
現職の李明博政権の検察は捜査の打ち切りを決めた。
命と引き替えだったのか…?

2009/5/22 DVD『殺人の追憶』を観る。

7時半起床、ゴミ捨てに出るとアスファルトが濡れている。
目覚ましラジオ、NHKのニュース解説で「マスク不足」を専門家が話している。
例年なら一番需要が少ない時期だから生産が追いつかないらしい。
そして最後に、マスクは予防手段としてはそれほど有効ではありません、と言う。
感染者の咳やくしゃみでの飛沫拡散は完璧でないまでも効果はあると捕捉。
だから、マスク不足でマスクがなくても不安になる必要はありませんと締める。
マスク問題、僕はかなりしつこいですよ。


以前のようには新聞を信用しなくなっている。
何かが起こるたびに思うのは、メディアを盲目的に信じるな、だ。
大新聞を疑え、テレビの煽動を受け流せ、だ。


飲みながら報道のA部さんと話したことがある。
僕らが最前線で取材してた90年代くらいまでは良かったですね、と。
テレビ局のクルーが取材に行くとどこも大歓迎とまではいかないが拒否の空気はなかった。
どこへ行っても受け入れられて、撮影しやすかった。
それにまだ、家庭用のビデオカメラも今のように高画質で安価ではなかった。
今は違う。
WEBの世界、たとえばYou-Tubeを見ればわかる。
プロやプロでない人が撮った高画質で中身の濃い映像作品が世界中で連日アップされている。
高校生が自分で撮影して編集して作品を作ることが出来る。
ごくプライベートなものから質の高いエンターテインメント、シリアスなドキュメント…。
もちろん玉石混淆ではあるが、映像作品の価値も多様化している。
テレビ局のスタッフが無条件で特別扱いされた時代は終わった。
今になって思います。
あの頃はいい時代でしたね。
今はディレクターがデジカメ持って大変ですね。


最近、mixi の日記に風人さん(作家、大学教授)が書いていた。
「新聞はひょっとしたらもう要らないかもしれない…。」と。
ここ数年のインターネットメディアの充実ぶりに驚く。
便利さと同時に、危うさ、胡散臭さを十二分に知った。
そのせいで新聞やテレビの情報を疑ってかかるようになった。
最近にとみにメジャーなメディア不信が加速する。


…レンタルDVDで映画『殺人の追憶』(2003年)を見る。
韓国で1980年代に実際に起こった猟奇殺人事件をベースにした犯罪映画。
事実をベースにしているところは新作の『チェイサー 追撃者』も同じ。
A木が、ぜひ見ろ、と言ったオススメの映画。


映画の冒頭に字幕が出る。
「この映画は1986年から1991年の間、軍事政権のもと民主化運動に揺れる韓国において
             実際に起きた未解決連続殺人事件をもとにしたフィクションです」
ソウルから南に約50キロ離れた農村の半径2キロ以内で起きた10件に及ぶ連続強姦殺人事件。
のべ180万人の警官が動員され、3000人の容疑者が取り調べを受けたという。


なるほどよく出来た映画だった。
韓国の農村の空気、刑事たちの息遣いが間近に感じられる。
絶妙なキャラクター設定、ユーモアを交えた人間関係も濃密に感じられる。
当時の社会的背景からくる息の詰まるような閉塞感、
サスペンス(緊迫感)の網がいくつも張られ、知らずと映画の世界と同化していく。
とにかく濃い。
緊迫感、ユーモア、暗喩、いろんなものが充満していて息苦しいほど。
4.5ブラボーかな、出来れば劇場で見たかった。


WEBでいろいろな人の感想を見る。
この映画に関して言えば、プロも素人も質の高い映画評を書いている。
大場正明氏という評論家のサイト「CRISS CROSS」の評論は秀逸だった。
光州事件から5年後、当時の韓国にはこんな社会背景があったのか。
それを知って見るとまたひと味もふた味も違って見える。
http://c-cross.cside2.com/html/a10sa005.htm
大場氏が引用している「光州事件で読む現代韓国」(真鍋佑子著)を読みたくなる。


「俺は人を見る目だけはあるんだ」と田舎刑事が言う。
ポスターも二人の刑事がこっちを穴の空くほど見つめている。
お前が犯ったんだろ、と。
田舎刑事のソン・ガンホは相変わらずの存在感。
(僕は彼が犯人役だと思い込んでいたが刑事でした。)
ソウルから派遣された若い刑事はキム・サンジュンという役者。
高橋克典と別所哲也をミックスしたような雰囲気。
どこかで見たなあ、と思ったら去年見た『光州5.18』の主役だった。


ポン・ジュノという監督。
この人の映画を見たのは2作目になる。
『グエムル 漢口の怪物』の監督でもある。
あれはただの怪物パニック映画ではなかったなあ。
この『殺人の追憶』には映画界の巨匠の影響が至る所に見られる。
雨のシーンが多い。
犯人目線のカットや暗喩としてのトンネル。
あれはクロサワだろうか、というのはあまりに身びいきだろうな。


この手の韓国映画の風景はどこかいつも懐かしい。
1986年〜90年くらいを設定した映画だけど、日本で言えば昭和30年代(60年代)の雰囲気だ。
刑事の狭い家や容疑者のアパート、村の食堂、飲み屋は戦後の臭いがする。
思えば、朝鮮半島の終戦(休戦)は1953年、日本より10年近く後のことだ。


しかも戦争の様相がまるで違った。
同じ民族同士にアメリカ、中国が加わっての死者400万を超す激戦だった。
自分たちの住んでいる町や村が戦場になった。
朝鮮戦争の歴史は岩波新書で昔読んだはずだが、すっかり忘れていた。
調べると驚いたことがある。
大韓民国が成立した時に首都だったソウルは朝鮮戦争の3年間で占領、奪還を繰り返す。
1950年6月に北の電撃作戦で陥落、北に占領される。
その年の9月にアメリカ(国連軍)の仁川上陸作戦、南が奪還。
しかし、中国軍が参戦、翌51年の1月、ソウルは再び陥落、北に再占領。
3月、アメリカ(国連軍)がふたたび奪還し、53年に休戦に持ち込む。
すごいでしょ?
戦後復興も遅れるはずだ。
東京がそうなったことを想像する、わが故郷がそうなったことを想像する。
いや、実際にどんな惨状になるか想像すら出来ない。

 
  


…GAORAでビーチバレー中継を見る。
世界のトップレベルの試合を見るとは面白いし発見がある。
選手も個性的だ。
ブラジルのラリッサとジュリアナ、いつも叱咤するラリッサ、萎縮するジュリアナ。
解説の高橋が、このペアはいつもそうなんですよね、と言う。
ラリッサを見ているとサッカーのドゥンガを思い出す。
とにかく世界トップの試合は凄い。
あの運動量とスピード、ラリーの応酬は見応えがある。
テニスに近いかな。


インドア崩れでは勝てないと思う。
高校生から初めても遅いくらいじゃないかな。
解説者の話を聞いているとドイツには屋内に100面くらいのコートがあるという。
環境が違う。
二人いれば出来る、砂場があれば出来る、というハードルの低さを考えると、
もしかしたらインドアのバレーよりメジャーになるかも、と思う。
日本以外の国ではもうなってるのかもしれない。
アイドルだけをフィーチャーしてスポーツとして認識されていない。
差は開くばかりだろう。
雨とインフルエンザの影響もあったにしろ、あのプレーにあのスタンドでは可哀想だなと思った。
実際に見たいと思う。


…夕方、図書館と買い物。
予約していた本を借り、ミネラル水を買って帰る。
ついでに玉村豊男『玉村豊男 モバイル日記』を借りた。
その本でブコウスキーが晩年にMacで書いた日記『死をポケットに入れて』を知る。
amazonで調べると河出文庫で出ている。
129円!購入す。

死をポケットに入れて (河出文庫)

死をポケットに入れて (河出文庫)

…夜、DVDで谷口千吉監督『銀嶺の果て』を見る。
感想は後日また。