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Weisse falsche Bewegung

2012-02-01

今学期終了

とりあえず1月が終わった。新国立劇場の『高野聖』や、新潟の県民オペラ『てかがみ』などの公演に行けなかったのは心残りだが、

忙しい週末が二つ続いても体を壊さなくて良かった。頭のなかを整理するのに精いっぱいだが、すさまじく多くの刺激を受けた。

『てかがみ』の公演も、盛況のなか終了したとの報告を知人から受けて一安心。こちらのオペラに関しては、来年6月末の国際学会PSIhttp://psi-web.org/)でパネルの一部として発表する予定です。


備忘のために買物の記録。

奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

天人五衰―豊饒の海・第四巻 (新潮文庫)

暁の寺―豊饒の海・第三巻 (新潮文庫)

暁の寺―豊饒の海・第三巻 (新潮文庫)

鹿鳴館 (新潮文庫)

鹿鳴館 (新潮文庫)

久々に映画館へ行って『山本五十六』を観てきた。エンドクレジットで、録音技師を橋本文雄さんが務めているのに気づいて驚く。

2012-01-12

発表します

すっかり遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

今年の初詣浅草だった。お香のおかげか、年明けからぐずついていた喉も回復傾向。オムライス電気ブランうまし。

今年最初の仕事です↓

日時 2012年1月21日(土) 14:00〜

場所 早稲田キャンパス6号館3階318室(レクチャールーム)

主催 西洋演劇研究コース オペラ研究会

概要 テーマ:「1920・30年代ドイツにおけるオペラ創作と映画的発想」 (仮題)

参加無料・事前予約不要

概要:20世紀に入るとドイツ語圏ではシュトラウスによる《サロメ》、《エレクトラ》のような一幕オペラ、《バラの騎士》のようなナンバー(風)・オペラにはじまり、ブゾーニの脱イリュージョン的な「オペラ」を経て、ヴァーグナー的な「楽劇」に代わる新たなオペラ(音楽劇)作品への模索が続いた。とりわけ第一次世界大戦後のドイツでは様々な形で「オペラ」というジャンルのあり方が問い直された。

 その中で大きな役割を果たしたものの一つとして、当時の新興メディアですでに大衆的な人気を博していた映画というジャンルの存在を挙げることができる。映画の登場により、既成オペラの映画化や舞台への映像の導入などでの上演の可能性が広がった一方で、モンタージュや巻き戻し効果、機械的再生などの映画特有の技術は、オペラ台本や作曲などの創作にも影響を与えた。

20〜30代のオペラ創作は、対抗メディアであった映画からのこうした影響を直接・間接的に取り込みながら刷新されていったと言える。本シンポジウムではR.シュトラウスシェーンベルクヒンデミット/ヴァイルという世代も作風も異なる1920、30年代ドイツ語圏で活躍したオペラ作曲家たちに焦点を当て、その作品の創作/上演において「映画的」発想が持っている意義を多角的に探っていきたい。


[発表者と題目]

広瀬大介氏(国立音楽大学講師) 

1920年代リヒャルト・シュトラウスにおけるオペラと映画:「ばらの騎士」映画版と「インテルメッツォ」」

中村仁氏(GCOE研究生)

パントマイム/サイレント映画/オペラ1920年代ヒンデミット、ヴァイルのオペラ作品における「映像」と音楽」

白井史人氏(東京大学大学院博士課程、GCOE研究生

「映画化という“上演”――シェーンベルクモーゼとアロン》とヴァーグナーパルジファル》」

http://www.enpaku.jp/event/host/event20120121.html

加えて幾つか買物の記録。

ベルリン音楽異聞

ベルリン音楽異聞

Wagner and Russia (Cambridge Studies in Russian Literature)

Wagner and Russia (Cambridge Studies in Russian Literature)

2011-12-15

アンサンブル・アダプター@ドイツ文化センター

あっというまに12月も半ば。今日は、ドイツ文化センターの催し「〈アンサンブル・アダプター/クラングネッツ来日企画2011〉日本とドイツ・新しい音楽の潮流」に顔を出してみる。

Klangnetzはベルリンを中心に活動する作曲家団体で、ベルリンにいたときも幾つかコンサートで見かけた名前(http://www.klangnetz.org/?language=de)。今日の演奏はその団体に所属しているグループ、アンサンブル・アダプターの来日演奏。フルートクラリネットハープ打楽器の4人により以下の6曲が演奏された。

近藤譲《島の様式》、小櫻秀樹 《Café Bombón》、ヴァルター・ツィンマーマン《Klangfaden》、アーネ・ザンダースの《Tre Canti》、鈴木治行《Leapfrog》、ゼバスティアン・エリコフスキ・ヴィンクラー《Tempora mutantur》。

近藤譲、ツィンマーマンはどちらもフェルドマン風のミニマルな響きだが、変化するプリズムをじっと見つめるように淡々と進む近藤作品に比べ、加速してクライマックスを作り、そこでハントケのテクストを挟んで次第に落ち着いていくツィンマーマンの作品は、その持っている劇的性格というか時間間隔が全然違う。

ツィンマーマンの作品は、ダニエル・シャルルによる龍安寺についての注釈からアイデアを得ているようで、日本の作曲家の作品との関連を意識したようだが、却って根本的な音楽観の相違が浮き彫りになっていて面白かった。

ヴィンクラーの作品は始めは動きが少ないのだが、変奏曲のような形式で次第に飾りが増えていく。構造はシンプルだが、響きはかなり新鮮でもう少しいろいろな曲も聞いてみたかった。小櫻さんの曲は、ハープフルートという編成で、かなりストレートな感情表現をいとわない(特殊奏法も含め)。

ベルリンには、演奏家や作曲家の自主組織が結構あり、お気に入りだったEchtzeitmusikを運営するLabor Sonorもその一つ。ただ、こちらはどちらかというとアマチュアが多く、パフォーマンスも玉石混交だったが、アンサンブル・アダプターはみな音大できちんと勉強した作曲家学生と演奏家という感じで、演奏も作曲の質も一定の安定感がある。

最近は東京にいながらベルリンを感じる機会がちらほらある。東京都現代美術館の「00年代のベルリン」展も駆け足で見てきたのだが、宗教移民、Materialなどの重たいテーマに正面からぶつかっている作品が多かったように思う。ベルリンの街角に(地下鉄の駅、橋の下、高速道路電柱などetc)ゲリラ的にブランコを設置するびっくり動画を集めたMattias Wermke&Mischa Leinkaufの作品は笑ってしまった(http://www.stopmakingsense.de/StopMakingSense/Stop_Making_Sense_-_Mischa_Leinkauf_-_Matthias_Wermke.html、残念ながら、動画はアップされていない)。旧東西ベルリンの交通に関する映像がモンタージュされるなかで、その流れとは全く無関係に無限運動を繰り返すブランコの映像。その非日常的であからさまに嘘っぽいイメージのなかに、美的郷愁と批評性が共存しているのが面白い。ブランコに乗る人の顔は移されておらず、その徹底的な匿名性が不気味さを増している。

閉館まで粘って深川めしでもという狙いはもろくも崩れ去ったが、なかなか面白い展示だった。

最近読んだ本。

君に届け 1 (マーガレットコミックス (4061))

君に届け 1 (マーガレットコミックス (4061))

青みゆく雪 1 (ビッグ コミックス)

青みゆく雪 1 (ビッグ コミックス)

こちらは買っただけ。↓

日本浪曼派批判序説 (講談社文芸文庫)

日本浪曼派批判序説 (講談社文芸文庫)

先日買った同じ著者の『ナショナリズム』は今日読了。思うところ多い。ドイツナショナリズムの形成において音楽、あるいは音楽家が果たした役割というのはドイツ音楽学でもかなり注目されてきたテーマだと思うが、日本ではどうだろう。宣長はもろに「うた」を問題としていたはずだが、日本での音楽とナショナリズムという問題となると、どうしても明治期の洋楽受容→大正、昭和へという話になってしまいがちだ。明治期以前の音楽とナショナリズムの関わりという観点から考えるべき問題は多いような気がするが、その時、すわヘルダーだ、すわヴァーグナーだ…などのような、レベルで扱えないのが難しい。維新期、音楽家は何をしてたのだろう?一揆のときは、みなどんな歌を歌ったのだろうか?まあ、それと宣長の「うた」研究とはだいぶ違うのだろうが。

 とても自分一人の手に負える問題じゃないし、なんか良い先行研究ないかな。文学とか国語学の人たちの方がむしろ何かやってるのかも知れんが。

2011-12-10

ブラームス ヴァイオリン協奏曲、バルトーク《青ひげ公の城》、4響、デュトワ@NHKホール

上京した父と秋葉原で待ち合わせ。ヨドバシなどでスタックスなどのヘッドフォン(一つ20万円のものなど)を視聴して冷やかした後、NHKホールへ。バティアシュヴィリ演奏のブラームスのコンチェルトがなかなか良かった。管楽器のゴージャスなサウンドには、アメリカのオケっぽさが十分に出ていた。弱音も強音も音のクオリティは高い。

N響アメリカのオケっぽくとか、フランスのオケっぽは非常にうまく弾けるような気がするが、ドイツっぽい濃くにおい立つような弦楽器の音とか、燻し銀の管楽器の音とかは一番遠いんじゃなかろうか。自分がアメリカフランスのオケをあまり生で聞けてないだけかも知れないが。

最近、Amazonでやや衝動買い気味だ。Auf der Suche nach "声に出して読みたい日本語"

ナショナリズム―その神話と論理

ナショナリズム―その神話と論理

昭和維新試論 (ちくま学芸文庫)

昭和維新試論 (ちくま学芸文庫)

響きと鏡 (中公文庫)

響きと鏡 (中公文庫)

『響きと鏡』の表紙はモランディの静物画だった。素敵。

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)

映画と音楽 (1943年)

映画と音楽 (1943年)

2011-12-05

Jean-Louis Agobet@明治学院大学アートホール

アルバン・ベルク協会の特別例会を聞いてくる。フランスから来たJean-Louis Agobet(アゴベ)によるインタヴューと演奏会。演奏は、東京シンフォニエッタ。演奏の質がとても高く、複雑な構造と明晰な響きが同居する作品の魅力を良く引き出していた。プログラムは以下の通り。

チェロピアノのための《Leben》(2009、日本初演

フルート打楽器のための《Spectre》(2008、日本初演

二本のクラリネットピアノのための《Les Ombres dansent》(2006、日本初演

エクリス、五重奏のための》(2007−2008、日本初演

特に、ピアノを挟んで2台のクラリネットが演奏する《Les Ombres dansent》は、分散和音のやり取りやユニゾン、またユニゾンのなかでのアタックの差を強調したり、クラリネットの響きを共鳴させるためにピアノを使ったりする難曲だが、響きが溶け合うところは完全に溶けあい、ぶつかるところは明確にぶつかる素晴らしい演奏だった。演奏は板倉康明さんと西澤春代さん。

アゴベは、恥ずかしながらこの会で初めて知った。調性的な響きへの回帰でもなく、戦後前衛的な響きへも固執しない瑞々しい音楽だが、度肝を抜かれるような新しさがあったかと言われると難しいところ。現在、ジャック・アタリがエピローグを書いたオペラ(台本は本人が執筆)を作曲中で、2014年に完成予定とのこと。覚えておきたい。