井の中のライブラリアン、大海を知る! このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-02-12

課題3のために わたしにとってのレファレンスのあり方を、まずはむずかしく考える。

| 00:55 | 課題3のために わたしにとってのレファレンスのあり方を、まずはむずかしく考える。を含むブックマーク 課題3のために わたしにとってのレファレンスのあり方を、まずはむずかしく考える。のブックマークコメント

「レファレンス」ということばが一般にはあまり知られていないことについての対策としてはどちらかしかない。

・わかりやすい日本語に言い換える

・レファレンスということばを浸透させる

ここでは、あまりことばそのものについてどうこういうのはやめにする。

レファレンス・サービスがもっと広く知られてほしいという気持ちには変わりはないのだから。




今回の課題のまとめである自分にとってのレファレンスのあり方について考える。

まずは資料そのものについて、ややこしく、むずかしく。




○信頼のおける資料ってなんだろう

司書資格を取得するために受けていた「レファレンス・サービス演習」では、百科事典などは2種類以上を必ず引き較べるようにと教わった。

違っていることがあるから、信頼のおける情報かどうかを確かめるというわけである。

情報といえば紙の資料から得るしかなかった時代においては、大手出版社のものや、著名な研究者の書いたものが、より信頼のおける資料とされていただろう。

100年前なら、ある出来事が「実際にあったこと」として認識されるためには、活字として残らならなければいけなかった。

それ以外は、「起きていないこと」、になる。現代に生きる私たちが知ることのできないことは、全て「なかったこと」、である。

しかし今は違う。ブログなどで多くのひとが自ら情報を残す。

近代文学の作家が、何月何日に何をしていたかを、研究者たちは作家自身の日記、随筆、周りにいたひとの日記などから明らかにしてきた。

そして、そこから明らかになったことは「あったこと」として扱われる。

レフアレンスなどで尋ねられたら、「この日、この作家は、こんなことをしていた」と全集を片手に答えるだろう。

それに対して、いまこの時代にブログを書いている作家のことを考える。

その日記のなかで書かれていることは「実際にあったこと」になる。例えそれが嘘の日記であっても。

歴史上起こったことは、多くのひとによって書きとめられた創作物であるが、

それは必ずしも「実際に起こったこと」というわけではない、という話になると長くなるのでやめる。

ひとまず、ここで言いたいのは、「文献の信頼性」というものの基準が変化しているということだ。

百科事典の話に戻すと、以前は間違った内容や、その後正しくないとされた内容であっても、それが発見され、改版されるまでは「あったこと」として世の中に存在していたということについて思いをめぐらせてしまう。

いま、例えばWikipediaなどでは、常に内容が書き換えられ、変化する。

そのことが信頼性のなさに結びつけられることが多いが、流動的であることは逆に信頼できることといえるのかもしれない。

なんというか、だから、レファレンスで「これが正しい回答です」と自信を持って答えるのは、かえって難しくなるだろうと思った次第です。

課題3のために わたしにとってのレファレンスにあり方を、続いて簡単に考えてみる。

| 21:57 | 課題3のために わたしにとってのレファレンスにあり方を、続いて簡単に考えてみる。を含むブックマーク 課題3のために わたしにとってのレファレンスにあり方を、続いて簡単に考えてみる。のブックマークコメント

○立派な学校図書館員のつくりかた

いまの職場でよく質問される事は、「何か面白い本ないですか?」という質問です。

各教科でレポートなどの課題が出たときには、それに関するレファレンスも多くなりますが、日常的に頻繁に行うのは、読みたい本を探す手伝いです。

その本探しも難しくて、例えば「この前読んだ本に似たような本」などあいまいだったりします。

あまり詳しくないジャンルのものに関しては、カウンター付近にいる図書委員を頼りにしたりもします。

そこから先輩後輩が親しくなっていく様を見るのは、とてもほほえましいものです。

とはいえ、頼ってばかりもいられない、なるべくリサーチはするようにしています。

男子はミステリーが好きなものらしく、でもそれはわたしには詳しくない分野、そういうときにどうするか。

ちょっとここでレシピ本風にレファレンス過程をご紹介。

【立派な学校図書館員のつくりかた】

1.まず情報を集めます(主に書店や友人から)。

2.その作家のものを一冊読んでみます。

3.面白いと思ったら、なるべく多くの作品を買ってきて、片っ端から読んでいきます。

4.じぶんの読書の時間は減ります。

5.図書館にも購入します。

6.生徒にすすめます。

7.生徒たちは気に入るとものすごいスピードで借りては返してきます。

8.すぐにわたしの読んだ本を全て読み終えてしまいます。

9.しかも内容をよく覚えているので、こちらが忘れてしまっていたときにひやりとします。

10.しまいにはすすめた作家の新刊もわたしより先に読んできます。

11.さぁ困りました。

12.いつまでたっても、立派な図書館員は出来上がりません…。

(1へ戻る)

とまぁ冗談のようになってしまいましたが、こんな風で、いつも本探しが大変です。

ですが、たくさん本を買える図書館なので、それはとても幸せなことです。

岡本さんもおっしゃっていたように「学びに休みなし」。

わたしにとってのレファレンスは、同じ質問でも100人生徒がいれば100通りの回答を用意しなければいけない本探しです。

その生徒がいままでにどんな本を読んできたか記憶する力と、何を読みたがっているのかを察する勘が必要です。

書いているとだんだん自信がなくなってきてしまいますが、面白がってもらえると、やはりうれしいものです。

図書館報やディスプレイの工夫も、絶えずしていかなくてはなりません。

何やら面白そうな場所だとおもってもらうことが、大切です。

まる3まる3 2009/02/13 00:32 たぶん、これがない日本の学校図書室は...かなり不幸だ(と、思う)。

Accelerated Reader
http://www.renlearn.com/ar/

日本版の一日も早い登場を望む....。

まる3まる3 2009/02/13 02:55 つづけて書いてごめんなさい。

>なんというか、だから、レファレンスで「これが正しい回答です」と自信を持って答えるのは、かえって難しくなるだろうと思った次第です。

図書館的には、
「お客様のお尋ねの件ですが、こちらの資料にはこのように書かれております、またこちらの本にはこんな視点で書かれております。それともこちらの図書のような記載もありますが....」と資料を提示するのがお約束。それもできるだけ多様な視点から記述されるものを提示することが望ましい。

レファレンサーが「正しい回答」をする必要はないのです。

なので、◯◯◯によるウェブサイトには、こう書かれていますし、Wikipediaにはこんなふうに表現されています。こちらの△△学者さんのブログにはこのように....という言い方でよいのではないでしょうか。

たぶん、「レファレンスサービスの本質」を考えないと、たんなるQ&Aになったり、FAQを求めたりしてしまいます。

shirokushiroku 2009/02/13 21:19 コメントをくださり、ありがとうございます。

いま現在のじぶんのことを離れ、すこし夢見がちになってしまいました。ことば足らずでもありました。

あと20年、30年と、図書館員を続けていくとして、いまレファレンスの応対として正しいとされていることが違ってきたり、ひとが何かを調べるときの態度が変化していくことは、大きな問題を生じさせるものかもしれないし、逆に多くの可能性を示すものかもしれないということを想像して、(うまく言えずに申し訳ないのですが)妙にわくわくしてしまいました。

お恥ずかしながら、直接お会いしたことのない方からコメントをいただくのははじめてで、ブログというのはいろいろな方が読んでくださるのだとあらためて実感しました。

気を引き締めて、勉強を、続けたいです。