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2016-08-26

そのピリオドの先へと紡ぐ物語 / 『君の名は。』 感想

さしずめ、あの彗星が描く軌道はこれまで彼女たちが辿り続けた運命そのものでもあったのだと思います。大都会の波に揉まれ日々他愛もない毎日を送ってきたであろう主人公の瀧。また、山々に囲まれ何もない田舎で己の境遇を呪うしかなかったヒロインの三葉。それは友人である克彦が将来の進路を聞かれた時 「多分、このままこの町にいるんじゃないか」*1 と応えたこととも恐らくはリンクしていたはずで、きっと世に生きる多くの人はその感覚を持ち合わせながら奇跡的な出会いに対する羨望など年を重ねるに連れきっとどこかに置いて来てしまうのだと思います。

そしてそれは夜空に掛かる彗星の尾の如く、逸れることのない道筋となって彼らの前に現れる。真っ直ぐに伸びる光。暗い夜空を照らし眩くひかる光。それは希望の象徴にも視えながらおそらくは絶望の象徴としても機能していて、それは当初、彼らの変えられない運命の象徴としても描かれていたのでしょう。

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しかしながら、彗星は幾つもの破片、そしてもう一つの輝きへと分岐し地上に向け落下します。そしてそれは彼女たちにとってもおそらくは物語の分岐として捉えられるものであり、云わばあれは “可能性の分岐” そのものの象徴でもあったのだと思います。歴史の改変。奇跡の出会い。時空を超越する感情の連鎖普段は “手を伸ばしても決して届くことのない” 数ある事象に対しあの彗星はまるでその多くの願いを叶えるように次々と彼らに可能性を与え出すのです。むしろ瀧が日常に向けた変化への期待と三葉の抱く都会への憧憬。そのたった二つの願いがトリガーになりこの入れ替わりという奇跡はその口火を切ったのかも知れない。

どちらにせよ、この作品はそうした願いが現実のものへと昇華されていく様を力強く描いているわけです。そして、それは新海誠監督がこれまでの作品の中でも描き続けてきた “手を伸ばしても届かないものへの焦がれ” という一つのテーマに向け贈る非常に新しく、よりロマンティシズムの強い一つの答えであったのではないかと思います。とりわけ 『ほしのこえ』 『秒速5センチメートル』 といった氏の作品群においては無理な奇跡は起こさないスタンスがより物語に儚さや切なさを与えていた一方、本作では彼らの感情と物語が同期することでその道筋に光を充て、そうして飛躍的に再構築されていく物語の展開に大きなカタルシスをもたらしている。

そして私が本作に強く感動した理由もきっとそこにこそあるはずで、それは 『君の名は。』 という作品が “手を伸ばしても届くことのなかった” 作品群とは別の、ある種、想いを届ける物語として描かれていたからに他ならないのだとも思うのです。それこそ前作の 『言の葉の庭』 においても “届く” という視点は確かに描かれた境地でもあったわけですが、この作品はそこからさらにもう一つ逸脱し、届けるために必要な想いの強さをよりセンセーショナルに描いていたようにも感じられたのです。周囲の目と思惑を跳ね除けながらそのしがらみの中でようやく手紙を届けた前作に比べ、本作にはそのしがらみを一度解きながらまた再構築し、新たな運命を彼ら自身が創り上げながら物語の終点を模索していくという一つの筋書きがある。

それこそ歴史を改変するという物語を主軸に据えたのは、新海監督にとっても一つの挑戦ではあったはずです。自らが歩んできたその軌跡を背負いながら生きる道を模索し続けてきた既存作にあって、本作はそれを書き変えていくことで力強くそのための道を模索していく。けれど、それは感情に沿った物語の跳躍とその結実そのものでもあるわけで、そうした彼らの想いを汲み取っていく作品の在り方にはやはり新海誠監督のらしさがしっかりと残っていたように感じられた上に、その感情の狭間 (互いの想いが符合した先に生まれる新たな願いとそのための感情の行く末) に奇跡を産み落としていくというこれまでにはなかった作品の方向性も、そう考えればやはりこれまでの作品の中で育まれてきた氏のらしさに他ならないのではと私には思えて仕方がなかったのです。

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それはかたわれ時に沈む陽の光が二人の刹那の出会いを祝福するのと同じように。運命に抗い、懸命に生き、届かないものに向け必死に手を伸ばし続けた者たちにはやはりそれ相応の幸福や奇跡が訪れることがあってもいいじゃないかというそれは氏の変化の表れなのかも知れませんし、横たわる強大な現実の壁を我々が越えていくために必要なのは “想いの強さ” であり “向かい合える相手の存在” なんだという痛烈なメッセージがそこには多く込められていたのかも知れません。

何よりそうして分岐していく物語の象徴となった彗星の如く、自らの道をそれぞれで選び取りその運命を分岐させたラストシークエンスには私自身、強く心を打たれました。それぞれがやり遂げた行いの代価として記憶を消失し、再び決められたレールの上を運ばれていた二人がそれでも一瞬の間に煌めいた “予感” を勝ち取り、“とてもあやふやな何か” を求め合うように電車から飛び降りながら、自らの足で各々の道を駆けていく様はまるで軌道から外れ落ち往くあの彗星のようで。奇しくも彼らの奇跡の引き金となった彗星の落下が彼らの軌跡の軌道と重なるというのも残酷なものですが、むしろ瀧と三葉の背を押すためにあの彗星が人類の予測を越えたのだとすればそんなにも心熱くなる話はないでしょう。

そしてそれは、いつだってこの世界は “彼ら” を見ている、ということの裏返しでもあるのです。だからこそ新海誠監督の作品は “彼ら” が切に何かを想った時、その光をその頭上に掲げ、風を追い、虹を掛け、桜を散らし、雨を降らせ、言葉を届けてくれる。故に氏の作品においては、むしろ “その先にあるここより向こう側の物語” にこそ彼らの踏み出すべき道は広がっているのだと私は強く信じています。言葉を掛けず踵を返したあの 『秒速5センチメートル』 からおおよそ9年。これは振り返り言葉を交わした二人にとっては “始まりの物語” であり、それはメモワールでもエピローグでもない、ただの序章だと言い聞かせる様に描かれた終幕のピリオド。『your name.―― 君の名は。――」 その言葉で終わり、その言葉から始まっていくこの物語は、そうして先の未来へと進み “運命に抗い生きた” 者たちへと贈られた賛歌そのものでもあったのでしょう。

そしてこの作品は他でもなく、新海誠という一つの軌跡とその足跡に向け寄せられた御旗そのものでもあったのだと思います。『言の葉の庭』 においてその幕を下したモノローグの物語。その想いの強さをさらに研ぎ澄ませ、“届かなかったものに手が届いた瞬間” を究極的に描いた本作はそれこそ氏にとってのピリオドとなる作品でもあったのでしょう。まただからこそ、ここは新海監督にとっても終わりの地であり、また始まりの場所でもあるのではないかと今は強く思えますし、そういう想いを強めることが出来ただけでも本当に素晴らしい作品だったのではないかと思います。新海監督の信念と物語が携えた情念のリンク。瀧と三葉が懸命に走る姿を観て感動した今日という日を私は決して忘れません。まさに新海作品の集大成。素敵な作品を本当にありがとうございました。

それと余談ではありますが、花澤さん演じる古典教師の登壇から 「ユキちゃん先生」 へと紡がれたクレジット。本当に嬉しかったです。重ね重ね、本当にありがとうございましたと、心から。

‹参考›

*1:台詞に関しては全て覚えているわけではありませんので、多少ニュアンスで書いています。

2016-08-16

マイベストエピソード10選

この度、こちらの企画に参加させて頂く運びとなりました。ルールは以下の通り。

・ 劇場版を除くすべてのアニメ作品の中から選出(配信系・OVA18禁など)
・ 選ぶ話数は5〜10個(最低5個、上限10個)
・ 1作品につき1話だけ
・ 順位はつけない


さらに個人的な縛りとして2011年以降に放映されたアニメからは選出しないというルールを設けました。これは全ての年代から挿話を抽出すると明らかに10選では足りず選出が不可能なためと、その年以降の作品に関しては年末に行われる年度別話数単位10選の企画に参加しているためです。ですので今回は本年度の作品からも選出はありません。また、アダルトアニメに関しましては評価のベクトルが一概にTVアニメとは纏められないため全て外しています。では、早速ですが以下が作品の選出結果となります。


ef - a tale of memories. 2話 「upon a time」

脚本:高山カツヒコ 絵コンテ:帆村壮二 演出大沼心 作画監督:潮月一也、古川英樹

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物語の “起” を描いた挿話としては歴代最高峰の挿話です。美少女ゲームらしく楽しいやりとりの序盤と立ち込める暗雲のバランスが絶妙で、受け手の不安を駆り立てる演出がとても冴え渡っていました。ラスト数分にはまさしく濁流が押し寄せるような衝撃があり、私自身初めてこの作品を観た時は身体が硬直し動くことが出来なかったのを今でも鮮明に覚えています。フラッシュバックと規律よく寄せる波の対比。まるで走馬灯のようで、現実との境界が曖昧になるような。本当に素晴らしい挿話だったと思います。



マリア様がみてる 春 5話 「いつしか年も

脚本:吉田玲子 絵コンテ:ユキヒロマツシタ 演出:平向智子 作画監督:相澤昌弘

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淡々と進む卒業式に誰もいない校舎や教室。劇伴として流れる仰げば尊しもその歌声がフェードアウトすれば一段と静けさは強まり、画面からは一層として侘び寂びの美徳が滲み出します。おそらく卒業を主軸に据えた回ではこれまで観てきたアニメの中で一番素晴らしかった挿話だと手離しで称賛せずにはいられないほど。スカートのプリーツは乱さないように、 白いセーラーカラーは翻さないようにゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。凛とした背筋のまま学園を去る三人の卒業生の後姿が今も忘れられません。




君に届け 6話 「友達」

脚本:金春智子 絵コンテ:古橋一浩 演出:出合小都美 作画監督:井川麗奈

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キャラクターの感情を繊細に切り取るフィルムがとても素敵だったこの挿話。爽子の独白から明らかになる彼女の心情を目の前に突き出されるともうどうしたって泣かずにはいられないのです。「友達が欲しかった。でもいつも諦めていた。けど、あなたたちだけは諦めたくなかった」 と語り出す彼女の心情にシンクロするように差し込む陽の光と零れ落ちる水滴の音。演じられた能登さんの優しく包み込むような語り口も本当に素晴らしく、全ての要素が巧く噛み合った挿話だったと思います。この作品らしいデフォルメを生かしたコメディパートとの兼ね合いも凄く良かったと思います。




ARIA The ORIGINATION 4話 「その 明日を目指すものたちは…」

脚本:竹下健一 絵コンテ:井上英紀 演出:井上英紀 作画監督:井上英紀

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ARIAシリーズの分岐点となった挿話です。感情が存分に載った豊かな表情をじっくりと映し切り取っていくカメラワークは、これまで描かれてきた本作の雰囲気をしっかりと踏襲しつつ、そこへ新たな価値観を見出してくれたように思います。それぞれが想い描く夢と期待、そして不安。各々が見据える先に輝き続けた一等星は、そんな少女たちの未来をも予見してくれていたのかも知れません。井上英紀さんのコンテ・演出・一人原画というのも素晴らしいですね。まさしく最高峰の挿話です。




 CLANNAD AFTER STORY 18話 「大地の果て」

脚本:志茂文彦 絵コンテ:高雄統子 演出:高雄統子 作画監督:盒郷人子

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何度観ても何年経ってもこの挿話を観れば必ずといっていいほど嗚咽が出る程に泣いてしまう挿話です。高雄さんの演出、キャラクターに対する寄り添い方が本当に優しく、朋也が父親の陰を自分自身に重ねながら、娘である汐と向き合い始めるその過程は今でもしっかりと心に焼きついています。あれから少し年を重ねた今だからこそ分かることも多く、年々自分にとっても感じることが多く重みのましていく挿話でもあるように思います。




紅 kurenai 6話 「貴方の頭上に光が輝くでしょう」

脚本:松尾衡 絵コンテ:松尾衡 演出:松尾衡 作画監督:中村深雪

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会話劇の面白さや楽しさが溢れ出る本作において、この挿話はまさしくそのを代表となるようなフィルムになっていたように感じます。序盤から中盤に掛け描かれる各キャラクター同士のやりとりと、そこからシームレスにミュージカルへと移ろう作劇の巧さ。プレスコだからこそ描くことの出来る台詞への感情の乗せ方は実に生き生きとした表情を幾つも産み落としてくれていたように感じます。狭い空間を巧みなレイアウトで切り取り、色とりどりのモーションで鑑賞者を楽しませてくれたのも素晴らしいです。こういう悪ふざけみたいなノリに作画のカロリー費やすのもかなりロックですね。




苺ましまろ 6話 「真夏日」

脚本:横手美智子 絵コンテ:神戸守 演出:神戸守 作画監督:阿部達也

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何もないとある夏の日の出来事をただありのままに切り取った挿話。本作らしい絶妙なテンポと極力BGMを排し環境音だけで繰り広げられる彼女たちの意味不明な遊びは、一度ツボに嵌ると抜けられない魅力に溢れていて、私自身いつも我慢できず吹き出してしまいます。この挿話は特にサイレントコメディなんかにも挑戦していて特に意欲的に感じられます。でも、最後はみんなで揃ってアイスを食べながら夕陽を眺めるなんていう静けさもありつつ、なんだか子供の頃に感じたあの懐かしい日々を想い出してしまうような感傷に浸れるのもこの挿話の強みなのかなとも思います。




イリヤの空、UFOの夏 3話 「十八時四十七分三十二秒」 (OVA)

脚本:横手美智子 絵コンテ:中村健治 演出:中村健治 作画監督:志田ただし

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時間の圧縮と凝縮。テンポの良さと決して損なわれることのない不思議な夏の質感。ひと夏の恋と永遠の恋が交差する瞬間をその心情を汲み取りながら丁寧に描いたまさに名話です。あらゆるモチーフに込められた意図は言うに及ばず、ラストシーンにおける “たった二人だけ” のキャンプファイヤーフォークダンスは筆舌に尽くせない素晴らしさ。ラストカットが差し込まれた瞬間には自分がどれだけこの挿話に魅了されていたのかということにいつも驚嘆させられます。本当に素晴らしい挿話です。




トップをねらえ2! 3話 「トップレスなんか大嫌い」 (OVA)

脚本:榎戸洋司 絵コンテ:平松禎史 演出:平松禎史 作画監督:林明美(キャラ)、阿蒜晃士(メカ)

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叶うはずのない奇跡を叶える物語。宇宙空間に降り注いだ雪はまさしくそうした数々の奇跡の象徴で、それは何重の意味にも折り重なりながら遂には彼女の想いをもあの人の元へと届けてくれたのでしょう。奇跡は叶えることが出来ないから奇跡なんじゃない。奇跡を叶えるために居るのが私たちトップレスであり、私たち自身が奇跡になるんだという、まさしく願いそのものが形を成したようなフィルムだったんじゃないかなと感じます。恋に破れた少女がそれでもその運命に抗い、時空を越えてまでその想いに生きた証として、私自身この挿話は永遠に語り継いでいきたいと思います。




ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 12話 「蒼穹ニ響ケ」

脚本:吉野弘幸 絵コンテ:神戸守 演出:神戸守 作画監督:赤井俊文

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「音は響いて、そして伝わる――」 その言葉を最大限の美しさを持って表現したこの最終話は私にとっても本当に掛け替えのない挿話になってくれたように思います。さらには各キャラクターの心と感情の清算もしつつ、眠っていたタケミカヅチの武力をもしっかりと描いてくれたのでもう個人的には申し分のない最終回でした。観る度に泣いてしまうラストシーンはまさに圧巻。世界が終わりに近づこうとも人々はその意思がある限り生き続ける、社会が戦いを強いろうとも人々は自らの意思で戦いを止めることが出来るのだと、そんな美学をまざまざと描いてくれた本作のまさに集大成とも呼ぶべき挿話だったと思います。



以上となります。正直これ以外の作品でもまだまだ素敵な挿話はありますし、大好きな挿話もありますが、泣く泣くけずってこの10選という形になりました。色々と一日中旧作を振り返っていたわけですが、大好きな作品の挿話をたくさん観れて今はかなり幸せな気持ちで満たされていますし、泣き疲れて目が若干腫れぼったいです(笑

そして何より、こういった視聴の機会を与えて下さった企画主様、そしてこの企画を支持して下さった皆様には大変感謝しております。本当にありがとうございました。皆さんの記事も心より楽しみにしております。では、また年末に。

2016-08-07

希望と諦観の轍、黒澤ダイヤの心は輝いているか / 『ラブライブ! サンシャイン!!』 6話

なにもかもが順風満帆とは行かないまでも少しずつ前へと進み出したAqoursの物語。学校の統廃合という危機に面してもその中で少しずつ多くのことに触れながら成長していく彼女たちの物語を観ているとまたμ'sとは違う道を歩んでることがしっかりと描かれていて、個人的にもますます彼女たちのことが好きになっていくのを確かに感じ取れ、時に勇気を貰いながらとても楽しみに毎週の放送を迎えられている様に思います。

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けれど、そんな中で影を落とす存在がこの物語においては終始描かれていて、その最たる三年生三人の姿はそれこそこの物語における最大のキーパーソンであるように私には感じられました。加えてこの挿話において一際多くのニュアンスを含みながら描かれたのは他でもなく黒澤ダイヤその人であり、彼女を覆う暗雲の存在も今回の話の中で少しずつその片鱗を垣間見せたようでした。

本当は誰よりもスクールアイドルが好きでμ'sを愛する彼女だからこそ、譲れないものがあり、だからこそ叶わないものがあるのだということを彼女はきっと誰よりも痛感していたのでしょう。それこそ 「今もあの時も逃げたわけではない」 という彼女の言葉はきっと本心だったのでしょうし、だからこそ彼女はスクールアイドルというものに正面から向き合い続けてきたし、それ故に “諦めた” のだとも思います。もちろん、それを 「逃げだ」 という人は居るでしょうけど、でも私はそんな彼女の想いは尊重されて然るべきなんじゃないかとも思うんです。

努力をすればすべからく夢は叶うなんていうものは所詮幻想で、その努力の上でも夢は叶わないこともあるのだと知った彼女はだからこそその夢を諦めるための選択権をもきっと持っていたのでしょう。事実を事実として受け止めること。夢は夢として諦めること。それこそそんな選択肢を選べるのは多分、そうしてただ実直に向き合い続けてきた心の強い人にしか絶対に出来ないことなんじゃないかって。

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もちろん、彼女の本心と言うものはまだ明かされていないわけですから、そうしたものも全ては憶測に過ぎず彼女の本心は彼女にしか分からないものなのだとも思います。でもあの体育館で千歌の話を聞いて眉一つ動かさなかった彼女の表情を観ていたらその心に動揺があったとは決して思えないんですよね。

また、だからこそ思うのは彼女が今いる場所ってきっと “後悔” の境地ではなく、“諦観” の境地なのだろうということ。百歩譲って誰かがスクールアイドルをやることに口は出さない、でも私はその場所にはもう自分の足を向けなくていいという一歩引いた客観的な視点。自分は物語の主人公にならなくていい。眩しく輝くスポットライトも浴びなくていい。そうした想いをその胸中に持っているからこそ、彼女は終始ああした表情を我々に見せるのでしょうし、その節々からは “諦観にも似た静けさ” が常に滲み出ているのだと思います。他の方法で廃校を阻止すると彼女が口にするのだってきっとそういうことなんでしょう。

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でも逆に、彼女は “諦める” ことと “嫌いになる” ことが決して同義ではないことをも主張してくれているんですよね。スクールアイドルというものに掛けた情熱は消えてしまったけど、けれどそれだけで彼女が長年培い続けてきた “愛情” までもが消えるわけでは決してない。それはμ'sへの愛情を知識として語る彼女を観ていればもう明らかで、やはり好きだった想いってそう簡単に消えるものではないはずなんだと思います。

まただからこそ “もし仮に” 彼女がスクールアイドルをまた始めるとするならば、それはその諦めを受け入れた心に再度誰かが火を灯した瞬間なんじゃないかってそう感じるんです。だって、そうでしょう。どこからどう見ていたって彼女がμ'sを語る時の表情はとても生き生きとしていたし、スクールアイドルへの愛情を携えたその心はきっと今でも輝いてる。誰かが名前を間違えようものなら全力で怒りをぶつけるし、誰かが中途半端にそれを模倣しようものなら全力でそれを否定してみせするんです。

その心を輝いていないなんて一体誰が言えるのでしょうか。少なくとも私には絶対にそんなことは言えないし、その心の輝きをも否定することは間違ってもしていいことだとは決して思えません。

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故にだからこそ、千歌たちに向けては “もう一度、黒澤ダイヤの心に火を灯してあげて下さい” と祈らずにはいられないし、彼女が再度スクールアイドルへの情熱を取り戻すことを願わずにはいられないのです。その秘めたる愛情を再び羽ばたかせるために。その好きだと想う心を夢へとまた昇華させるために。

何より、「やれるかやれないかじゃない、やりたいかどうかだけでいいんだ」 とそう語ってくれた彼女たちだからこそ。「大好きがあれば大丈夫」 なんだと謳ってくれた彼女たちだからこそ。あのファーストライブの日に叱咤激励の言葉を掛けてくれた黒澤ダイヤに導きの言葉を掛けるのは今度は私たちの番なんだと。それもμ'sがどうしてきたからとか、彼女たちがどういう軌跡を歩んできたからとかは一切関係のない、Aqoursだからこそ歩んでいけるAqoursのための物語を築くために。

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もちろん、これから彼女たちがどのような紆余曲折を経て新たなステージに辿り着くのかということは決して分かりません。けれどオープニングで描かれたあの煌めくステージは彼女たちが願う未来の理想像であるはずで、だからこそその場所に黒澤ダイヤの姿があるのなら千歌たちは決して彼女を見捨てはしないのだと私は強く信じたいのです。何より、“好きなものに一途な人” を千歌が放って置くはずはないのだと。きっとその胸に新たな希望を託してくれるのだと。

「夢を語る言葉より夢を語る歌にしよう」 「夢を語る言葉から夢を語る歌が生まれる」 その謳の真意を説くためにも、今後の物語の行方からは目が離せないですし、その言葉を受けた黒澤ダイヤがどのような答えを出すのか――。今はその先に希望的観測を抱きながらこれからも彼女たちの背を彼女たちに負けないよう懸命に追い掛けていきたいと思います。

そして、もしダイヤがその言葉を受け入れ新しいステージに向かい始めるのなら、その時に私は彼女の胸に正面からこう聞いてみたいとも思うのです。「貴女 (あなた) の心は輝いていますか?」 と。その問い掛けに彼女が 「YES!」 と応えてくれる日を夢見つつ。今は彼女たちが歩む物語の行方を見守っていきたいと思います。

2016-08-02

『Re:ゼロから始める異世界生活』 18話の演出とカメラワークについて

本編のほとんどを二人の会話に費やした今回の18話。スバルの激情と諦観を迎えうつレムの愛のある言葉には大きく心を揺さぶられたわけですが、そうした心の情動は何も言葉からのみ得られたものではなく、この挿話においてはそのための演出やカメラワークにも十分に語り得るものが含まれていたように感じられました。

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(カットの順序は上段左から1〜4、下段左から5〜8  ※以下同様の順序)

まず、この序盤のカメラワーク。一番初めのカットでは上手側を向いていたレムが最終カットでは下手側に向き直っているのが分かります。二つのカットの間には正面からそれぞれの表情を捉えたものなど幾つかのカットが挟まれていますが、つまりここでカメラはイマジナリーラインを越えながら相対するキャラ同士の上(またはその周囲)を大きく跨いでいるということになります。それこそイマジナリーラインを越える、ということに関しては受けとめ方によっても諸説あるものだと思いますが、ここではやはりレムの心情にカメラがリンクしああした行動を起こさせたのだと個人的には解釈せざるを得ませんでした。

それこそレムにしてみれば好きな人に一緒に居て欲しいと言われ嬉しくなかったはずがなく、彼との生活を想像してしまうまでにそれは夢にまで見た未来予想図であったはずなのだと思います。けれど今のスバルは彼女を救ったあの日のスバルとは程遠かったわけで、だからこそ愛して止まないその彼が音を立てて崩れ落ちていくのをレムは見過ごすことが出来なかったのでしょうし、“好きな人のそんな姿を許す自分自身” を彼女は断じて許容することが出来なかったのでしょう。

そしてカメラが彼女たち二人のラインを越えたのもきっとそれが原因なのだと思うのです。スバルの誘いに乗ってはいけない。ここで私が彼を甘やかしてはいけないし、私が彼の弱さにつけ込んでもいけないというそれは断固たる決意にも似たレムの自制で、その想いが伝播したからこそカメラはその想いに応えるようにその軌道を描いたのだと思います。

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この辺りのシーンも同様です。「ここから始めましょう」というレムの語りに応えるよう、そしてその言葉を受けたスバルの心に重なるようにカメラはその位置を反転させます。むしろこのシーンにおいてはレムの側面から背後に向けフレームが動いているので彼女の後ろからカメラが回り込んだと言ってもいいのではないかと思います。

他にも幾つかカメラがイマジナリーラインを越えるシーンはありましたがやはりそのどれもが感情の転換気に据えられており、こうした演出の意図はやはり確信的に描かれているように思えずにはいられませんでした。それこそこの挿話は二人の感情の変遷と想いの吐露に主観を置いた重要な局面であったわけですから、むしろメタ的な視点で見ても互いの想いがそうした演出面にまで影響を及ぼすのは必然だったのかもしれません。

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また雲間から差す光に飛び立つ鳥の群れと、レムがスバルに与えた無償の愛、彼に向けた信頼、そして厳しさにまるで世界が呼応するかのように祝福をあげる様は彼女という存在を多分に象徴していたようにも感じられました。そしてそれはもちろんレムに対してのものだけではなく、スバルに対し贈られたこれまでの物語に対する労(ねぎら)いとしても描かれたものであったのだと思います。

ただそうは言っても私自身、誰よりも親身になってスバルのことを想ってくれたレムや身の回りの全てに対し幾つもの暴言を吐いてきた彼を良く思っているわけでは決してありません。彼に対し 「ふざけるな」 と思ったことは何度もありましたし、嫌悪感を通り越し呆れすら感じたことだって幾度となくありました。

けれど、それはレムがスバルに向けた愛情を否定する理由には到底なり得ないのです。彼女の言葉通り、彼女が彼を想う気持ちの何を私が分かるのかと問われれば私はきっと何も分かってはいないのでしょうし、たとえ彼がどんな暴言を吐いたとしてもスバルがレムを救ったという事実だけは決して変わらない不変の軌跡。それを否定することなんて誰に出来ることでもないし、していいことでもないはずです。

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故にだからこそこの世界は彼女の愛を全力で肯定してくれるのだと思います。カメラの軌道によって。あらゆるモチーフによって。その愛情が不変であり、誰からも否定されるものでないことをこの挿話は雄弁に語り掛けてくれる。そして何を隠そうこの挿話はそうした彼女の想いが確信的なものであることを伝えるためのターニングポイントでもあるんですよね。スバルのためだけではなく、レムが 「愛している」 と彼に伝えるための場所をもこの挿話は描いてくれている。

それこそメイド足るものいついかなる時でも優雅に、華怜に、そして慎ましく在れと云わんばかりに彼女が魅せてくれたお辞儀はスバルとの間に一線を引いている様にも感じられましたが、でも今だけは泣いたっていいと思うんです。貴女の強さと想いはきっと多くの人に届いてるはずだから。だからこそ今だけは、今この瞬間だけは存分に声を上げてその涙が枯れるまで泣けばいいって。一人の従者としてではなく、一人の少女として。貴女の想いと敗れた恋に貴賤はないのだから。

そして、まただからこそ私はスバルに対し心からお願いしたいとも思うのです。もう二度とレムを泣かさないでくれと。もう二度と彼女が悲しむような姿は見せないでくれと。私が願うのはただ一つそれだけで、そのためならどんな負の感情も切り捨て私は彼を応援します。この挿話がそうしてくれたように。私の愛した人が懸命に向き合いその背を支えたように。それがレムの幸せに繋がっていくのなら私は自分の下らない価値観や感情なんて殺してみせます。

もちろん、これからもきっと多くの試練が彼らを待ち受けていることでしょうけど、その度にこの日のことを想い出しながら彼には彼らしく立ち向かって欲しいですし、そうしてくれるのなら私自身も少しは報われた気持ちになれるんじゃないかって、そう思います。今後、彼らの物語に多くの幸せが訪れることを祈りつつ、これからの物語もしっかりと見守っていきたいと思います。自分の信じた道を真っ直ぐ見つめて。任せたぞ、スバル。