「中春こまわり君」(山上たつひこ)

 今日本屋で「中春こまわり君」(小学館)を見かけて購入しました。コミックに掲載されていたときに断片的に読んでいたんですが、単行本になったんですね。
 これはもう説明不要、あの「がきデカ」の主人公の「その後」譚を綴った作品です。中身は連作短編集といった趣で、こまわり君はもちろん西城くん、モモちゃんジュンちゃんを始めとした懐かしい面々が登場します。舞台はなんとあの逆向小学校時代から約30年経過した現代。みんな相応に年齢を重ね、こまわり君と西城くんは同じ会社でサラリーマンをしています。西城君がモモちゃんと結婚して家庭を築いているのはお約束として、こまわり君にも美人の奥さんと息子さんがいます(奥さんはオリジナルの「がきデカ」には登場しない人です)。
 基本的なストーリーは、現代の社会に生きるこまわり君達を取り巻く様々な状況を描くというもので、全6編で構成された「斬」のみ若干サスペンス調である以外は、さほど大きな事件が起きるわけではなく(ジュンちゃんは大変かなあ)筋立てというよりもその語り口が肝というものです。読んでいくと随所に、オリジナルに出ていた登場人物のその後がさりげなく描かれていて、僕のような少年時代に「がきデカ」を読みふけった者にとってはそこに惹かれてしまいました。小学生のころあれほど大騒ぎをしていたこまわり君と西城くんが今でも友人同士であり、西城くんの奥さんであるモモちゃんとも良好な関係を築いているのは、読んでいてとても嬉しかったです。ちなみにこまわり君はモモちゃんの子ども達にもジュンちゃんの子ども達にも(ついでに栃の嵐のひ孫にも)慕われていて、これもとても嬉しいです。
 上に書いたようにストーリー自体に大きな飛躍があるわけではなく、刺激という意味では地味な印象の作品群ですが、そこはやっぱり山上たつひこ、随所にギャグがちりばめられています。往年の一発ギャグの再現もありますが、シチュエーション全体、会話や表情で組み上げていくギャグ(というか、おかしさ)は他のマンガでは得ることの出来ないもので、改めて山上たつひこが天才であることがわかります(一瞬ですが「光る風」や「喜劇新思想体系」まで登場します)。
 この作品でのこまわり君は、あの小学生時代の爆裂ぶりからは想像できないほど大人になり思索的ですが、それでもやっぱりあのこまわり君だと思わせてくれます。これはこの作品が、オリジナルのあのどこか奇妙にねじれた世界設定を正しく継承しているからでもありますが(栃の嵐の孫が日本料理屋を出していたりする)、最大の理由は、オリジナルのあのスーパーギャグマンガであった「がきデカ」が最初からとんでもない作品だったからだと思います。マシンガンのように連射される一発ギャグだけではない、それまでの少年マンガ(それまでのすべてのマンガ、と言い換えてもいいと思います)にはなかった新しい語彙・新しい解釈で世界を創り上げたあの作品は、最初からとんでもなく知的なものだったと。こまわり君は、最初の登場のときから、単なるギャグマンガの主人公以上の存在だったからこそ、この「中春こまわり君」での「彼」も違和感なく受け入れられるんだと思います。
 これを読んでいて、あの懐かしい登場人物たちの現在の姿を知るのは、僕にとっても「旧友」の消息を知るような気持ちになります。本のラスト、あべ先生とこまわり君が、みんなも呼び出して飲もうと話すシーンが僕には感動的でした。みんな、楽しんでおくれ。僕もみんなが元気でいてくれて嬉しいよ。いつまでも元気でいてくださいな。今夜はこれをじっくり読みながら、「友人たち」との再会を楽しみたいと思います。

中春こまわり君 (ビッグコミックススペシャル)

中春こまわり君 (ビッグコミックススペシャル)