Shiropの洋楽系日記 このページをアンテナに追加

2016-04-09 とにかく明るい青春映画「ちはやふる 上の句」 このエントリーを含むブックマーク

 関東の桜は盛りを迎えましたね。僕は先週の土曜日に所用で東京に出掛けた折り、千鳥ヶ淵と靖國神社の桜を観に寄ったんですが、どちらも見事で、人出も最高でした。今週は天気の悪い日もありましたが、花散らしの雨ニモマケズ、この週末もあちこちで美しい姿を見せてくれています

 先日映画を観てきました。「ちはやふる 上の句」。小5の娘がですね、観たがるものでね(笑)。コミックは15巻まで読んでいて内容は知っているので、僕の興味は「原作との違いはどの程度だろう」というものでした。娘が観たがるくらいですから映画館小学校高学年から中高生あたりの女子でほぼ満員。「サウルの息子」とは大違いの雰囲気(笑)のなか、鑑賞開始です。

 

 

 ※ここからは若干ネタバレを含みつつ感想を述べます。未見の方、乞ご容赦。

 映画は主人公達の高校入学からスタートします。そこから「かるた部」創部があり、いろいろあって東京都大会で優勝するところまでが描かれます。大まかなところは原作どおり。原作の最初に描かれる小学生時代は回想場面として挿入されるのみ。このあたりの割り切りはどうでしょうね?劇場に足を運ぶ人のほとんどは原作を読んでいるという前提なのか、そこまでストーリーには思い入れのない、出演者のファンがターゲットということなのか。僕はもちろん原作を読んでいるので戸惑いませんでしたが、原作を読み込んでいない娘は少し分かりにくかったようでした(観た後でいろいろ尋ねられました)。1本の映画としてとらえた場合はそのへんで評価が分かれるかも知れませんね。

 原作には主人公たち以外にたくさんの「脇役」がいて、そうした人達との関わりもこの作品面白さのひとつですが、映画では一部を除いて登場しません。当然そうしたお話しは出てきません。小学生時代が割愛されていることといい、ほぼ完全に「高校のかるた部ストーリー」に絞られており、原作の奥深さや滋味はなくなってしまった感じでしたが、その代わりストーリー全体がすっきりして、「詰め込みすぎて全体が浅くなってしまう」ことは避けられていました。そういう部分を受け入れてしまえば、楽しく観られるものでした。個人的には(原作とはずいぶん見た目が違う)机くんの人物設定と描かれ方に好感を持ちました。都大会の決勝の試合中、タオルで顔を覆って泣く場面は、いくぶんベタでしたけれど感動しちゃいました(どうして泣いたかは伏せておきますね。このあたりは原作をうまく映画向けに脚色したと思います)。

 上記のように、物語という意味では「人によって評価が分かれるかな」というものでしたが、ひとつとても印象深かったことがあります。全体の雰囲気が明るかったということ。原作も決して暗い作品ではありませんが、映画はそれ以上。演出上陽が陰る場面もありますが、とにかくいつも明るい日差しが差しています。イメージという意味でもそうですが、実際に明るい。夜の場面でさえ明るいのです。ストーリーが中だるみなくサクサク進むことと相まって、この「明るい」ということはこの映画をとても鑑賞しやすく、後味のいいものにしています。屋外ではドローン、かるたのシーンではハイスピードカメラを駆使した映像は美しく、「明るさ」をよく引き立たせていました。映画そのものは本編終了後すぐに「下の句」の予告編が始まるなど、いかにも今風ですし、僕のような初老はメインターゲットである中高生と同じようには楽しめませんでしたが、この「明るさ」のおかげでずいぶん気持よく鑑賞できました。その明るさこそがこの映画の「見どころ」かも知れません。

 

ちはやふる(1) (BE・LOVEコミックス)

ちはやふる(1) (BE・LOVEコミックス)

 予告編を観る限り、「下の句」にはあの若宮詩暢ちゃんも(当然ですが)出てくるようです。原作をどこまで映画にするのかなあ?気になるなあ。「上の句」を観る前はあまり興味なかったんですが、「下の句」どうしようかなあ?娘が観たいというだろうから、それに付き合っちゃおうかなあ?なんかちょっとハマってる(笑)?

 ちなみに見終わったあと娘に感想を尋ねたら「肉まんくんが太っていなかった」「ヒョロくんがそっくりだった」だけ。そればかり何回も繰り返していました。大丈夫コイツ(笑)?

DAIDAI 2016/04/11 21:03 shiroppさん
私の住んでいる滋賀県の大津市は、京阪電車石坂線で「ちはやふる」号が走っていたり、これを契機に盛り上げようという機運でいっぱいです。私自身、生まれ育った地方都市では百人一首大会が盛んで、私も地域の代表として出場したりしていた体験があるので、興味深いところはあります。
近江神宮は、皇紀2600年(昭和15年・ゼロ戦や97式とか99式の数字は、この皇紀に由来しています)を祝して、当時の中学生が勤労奉仕(という名の強制で創建された神社です。大津市内や草津市内の学校に早朝集合し、1〜2時間歩いて勤労奉仕し、作業を終えるやまた学校に戻って解散、それを二年でしたか、かけてようやく創建したものです)によって創建されたものです。近江朝廷を継いだ大友皇子は壬申の乱で縊死され、近江朝を倒した大海皇子が政権をとりました。こいう経緯の大友皇子が弘文天皇と正式に皇族に列せられるのは、戦後のことなので、近江神宮が創建された当時は未だ皇族に列せられていません。怨霊を鎮めることが隠された目的だったかに思えます。

小五の娘さんがおいでですか、よろしいですね。私は六歳の孫(男)、四歳の孫(娘)、二歳の孫(娘)がいます。
孫に恥じない生き方できているつもりではいます。
ボランティアは主に炊き出しです。危険な作業は自衛隊の方々がされます。孤独死を防ぐのに、聞き手に回るものもあったかと思います。ダブったりしてもいけないので、主管されている所に問い合わせ、ご自身のスケジュールで無理ない形での参加がいいと思います。皮膚感覚で友人、知人として接しられたら最高のボランティアになると思います。

http://www.ehonnavi.net/ehon/28771/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%B0%E3%82%93/
この「ハンナのカバン」は娘さんにでも十分読め、人権、平和など様々に考えさせてくれることと思います。

孫の暮らす愛知で昨日、桜越しに咲き始めた藤を見ました。

ナチス、平和、人格、なにかほっとするほのぼのとした温かみを感じることができました。
ありがとうございます。
個人的には20年「あしながおじさん」をやっています。

shiroppshiropp 2016/04/24 22:02 DAIさま
DAIさんのお住まいは大津なんですね!映画やコミックで町おこしというのは今全国的にトレンドですから、盛り上がりそうですね。うちの娘は「ちはやふる」のおかげで近江のことを知りました。
このたびの九州の大地震は日を追うごとに被害が深刻化していますね。僕は父方の郷里が九州北部で、幸い被害はなかったようですが、心配です。実は職場で災害援助のための動員を募っていて、僕も立候補したんですが年齢的に外れました(苦笑)。
地震のあと、東日本大震災のころを思い出しました。ちょっと前のエントリにも書きましたが、僕が住む地域は交通がマヒし、僕は徒歩で帰宅、妻は帰宅できず、その後も大混乱が続きました。停電も一時期でしかなく、日常生活は普通に送れているなかでの混乱でしたから、本当の「被災」とは違いましたが、それでも様々な不自由と不安のなかで過ごしました。
なにげない日常を過ごすということは、実は本当に貴重なことなんだと(こんなときに不謹慎な物言いかもしれませんfが)思います。僅かな募金しかできていない僕ですが、気持ちだけは持ち続けるつもりです。

DAIDAI 2016/05/01 07:43 プリンスは全く聞いておらず、何もコメントできません。済みません。

娘さんと夏に滋賀県にお越しになられるなら、京阪電車・石坂線(石山寺〜坂本を結ぶ、2両のローカル私鉄。沿線は三井寺駅もあり、終点の坂本は全国の日吉大社の大本、またケーブル<日本最長>で上がれば、延暦寺はすぐ)の、ラッピング電車「ちはやふる豪」(外装、内装「ちはやふる」一色です。県外から撮りに来る親子連れを休日によく見かけます)


また、浜大津〜京阪三条を結ぶ「京神(ケイシン)線」は鉄道ファンにはヨダレものが多いです。路面区間あり、箱根登山鉄道に次ぐ勾配があり、急カーブが続出し、地下も走る、グリコではないですが「一粒で四度おいしい」のです。三条から出町柳に向かいそこから乗り換えれば、鞍馬寺まで行く叡山電鉄という京都の山岳鉄道に乗れます。

青い鳥と同じで普通にある、それ自体素晴らしい、なかなか気づきませんね。
私は「街路樹」に例え、水面下で当たり前の街路樹の影で動いている、そんな人に思いを馳せる、そうした人になって欲しいと子供や知人で話のわかる人に言っています。土壌に気をつかう人、剪定する人、肥料を定期的にあげる人、犬のフンやゴミを片づける人、毛虫などの駆除をする人、落葉樹なら掃く人、花を咲かせる木ならよりよく咲くようにこまめにそれぞれの木にあったワザで支える人、もういったいどれくらい多くの人が関わっているのでしょう?
新幹線も、早朝五時台で跨線橋を走っていると、目視点検に来られる方に出会います。始発の前に異常を確認されているわけです。それも、毎朝。
ですから、何事も当たり前に存在できるよう、見えないところでいろいろ多くの人が支えている、そこに気付ける人は、他人の言葉をまず受け止めていけると思います。

南海地震に連なっていくなら、1944年12月に名古屋などを襲った地震を想起します。これは、戦時下で記録自体秘匿、破棄されているので、全貌は容易にはうかがえません。ですが、三菱・道徳工場は壊滅し、富山など県外のあちこちに従業員は分散したと言いますから、激震だったことは確かです。

DAIDAI 2016/05/01 11:17 shiroppさん
先ほど送信し、しまったと一つ思い浮かべました。

デビッド・ボウイが京都に住んでいた時、買い物に来ていたその光景を写真に収めた、魚屋が京都にあります。先ほどの、京阪・京津線は地下鉄東西線と共用しているところがあります。そんな供用区間にある駅、東山駅に近い所にある、古川町商店街があります。(名取裕子が「主婦のカン!」と言って、商店街でマダムたちとおしゃべりするシーンに出てくるアノ商店街です)そこを文字検索され、食べるのとこに挙がっている「うなぎ店 野田屋」そこを開かれると、その写真が今も店頭を飾っています。ご主人が健在の間はずっと飾られるそうです。また、行かれればご主人からデビッド・ボウイの知られざるエピs−ドもうかがえるかと思います。

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