みんな違って
今日のネイルのテーマは、
銀杏の黄葉。
もう少しさきの季節になりますけどね。
朝ふみと登園の道を歩いてる時、
後ろから、「ふみくん〜」との声が聞こえて、ふみの憧れの一人のきれいな女の子のSちゃんなんだ。
ここのところ、朝よくSちゃんとそのお父さんに会う。
「ふみくん、どうして髪をこうなの?」と、Sちゃんは、ふみの寝ぐせの、はねてる髪を撫でる。
「えええ〜」とふみは照れる。
それからは二人は手を繋いで、「トラック、トラック」など意味不明な言葉を言っては笑う。
こういう時は大人はどんな言葉を交わしたらいいのかわからず、黙って付いて歩くSちゃんのお父さんとわたし。
お部屋に入って、おかっぱのしっかりもののHちゃんが近づいて、ふみはHちゃんを見た途端、
「いやだ、もうHちゃんと遊ばない、Hちゃん、意地悪ばっかりするから」と言った。
同じことをふみは昨日も言ってた。
一人で遊ぶ途中、急に言った。何かを思い出したのか。
そう言われたHちゃんは、笑顔が消え、ぼーっとそこに立ってた。
ロッカーに荷物を入れながら、「照れてんだよ、Hちゃんのことが好きだからふみは」とわたしはHちゃんに言った。
Hちゃんは笑みをまた浮かべた。
ふみも笑った。
二人仰向けになって、両足をバタバタさせて、さらに大声で笑う。
はい、仲直りできたね。
ふみとバイバイして、出てきてしばらく歩いたら、Mちゃんとそのお父さんに会った。
Mちゃんには妹が生まれて、ちょっとお兄ちゃんっぽくなってきた。バギーもやめ、徒歩登園するようになってる。
「Mちゃんおはよー、運動会、頑張ったね」
「あのね、クリームパンを食べたの」とMちゃんが幸せそうな顔で言った。
「全然違うことを言ってる」とMちゃんのパパは冷静に言う。
坂を下りたわたしに、Mちゃんが後ろから、
「ふみくんのママ、…、また来てね」
「はあい」
来るよ。ほぼ毎日。
ふみをお迎えに行って、玄関に、Jのフランス人の美しいママと、女の子のMのモデルのようなきれいな黒人のママが、フランス語で何かを話してる。
二人はしゃべりながら、笑い出した、どんどん笑ってる二人は、そのまま玄関に座り込んだ。
楽しそうだな、何を言ってるのが知りたいな。
二人はわたしを見て、かろうじて「こんにちは」と言って、続けて笑ってた。
愉快だね。
ふみとリュックなどを持って出てきた時、Jくんのママだけまだいた。
ふみは上履きを脱いで、足を上げてわたしに見せ、
「ほら、今日は靴下を脱いでないよ、ずっと履いてたよ」
それを聞いてJくんのママは、
「あははは、Jと同じことを言う。どうして?はははは、ママ、今日は靴下なくしてない、履いてると言った今。すぐ靴下脱ぐから、わたし、毎日、靴下は?靴下は?ない、なあい」と、Jくんのママは表情豊かでしゃべる。
ふみの保育園はハーフの子が結構多い。
各組に何人かいる。
ふみたちは、それを慣れてるみたい。
とってもいいことだ。
言葉も肌色もそれぞれ、だけどみんなは平等に共存する。
これを小さい時に身に染みてわかることは、本当に重要なことなんだと思う。
年長組に、Nちゃんという男の子がいる。
よくわからないが、発達上、ちょっとコミュニケーション障害のような、少し特殊な子なんだ。
Nちゃん低年齢組の時は、いつもだれか先生がついてた。
年長組になってから、お友達もNちゃんの面倒をみたりする。
先日の運動会のプログラム全部よかったが、わたしに一番感動を覚えたのは、
Nちゃんの参加だった。
Nちゃんの隣に立った女の子か男の子が、自然にNちゃんの手をしっかりと握り、
一緒に走り、一緒ジャンプ、Nちゃんがよそに行こうとしたら、隣のお友達はNちゃんを一生懸命引っ張って参加させる。
縄跳びしながら走る競技の時、男の子が、Nちゃんの手を繋ぎ、片手で縄を持って、形式的に回して、一緒に走った。
棒を登る時は、先生たちが手や肩をNちゃんに貸して、Nちゃんも少し登ることができた。
そうする時のお友達や先生たちが、神経質でもなく、やったぞ!みたいなでもなく、
みんな自然に当たり前のようにそうした。
Nちゃんは普通の子とちょっと違う、ただそれだけ。
その“違い”から、差別もいじめも生まれない、
そこにあるのは、
認め合い、受け入れ合い、助け合い。
Nちゃんも含めて、このかわいい子供たちに、大人はいろんなことを教えられた気がする。
こういうことを小さい時から身につける子供は、精神的に、より健全、より強いに違いない。
先生たちの努力にも感心致しました。
みんな違って、みんないい。
投げキス連発のふみに、「どうしたの?」と聞くと、
「Jのパパがよくこうするから」とニコニコ答えるふみであった。