2007/9/30(日)
近代有名人系図集デタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
系図 | ![]()
昨日、八重洲ブックセンターで買った猫猫先生の新刊、読了。
予想以上にオモシロかった。
小谷野敦『日本の有名一族:近代エスタブリッシュメントの系図集』幻冬舎2007(幻冬舎新書)
友人もびっくりしてた、『日本史要覧』だったかにもっと硬いのがあるほかにはなかなかないそうな*1。
わちきみたいに、日本図書館史などというとっても狭い領域に興味があるもんでも、いろいろオモシロな人たちが出てきた。たとえば…
湯浅半月(図書館学者)が「徳富蘇峰・蘆花の一族」に(p.68)
円地文子と円地与志松*2が結婚したときは与志松のほうが有名だったとか(p.183)
矢川徳光(教育学者)の娘が渋沢竜彦の最初の奥さんだったとか(p.33)
でもイチバンびっくりしたのは…
「後藤新平・鶴見俊輔の一族」に市河彦太郎(外交官)が出てきたことかしら。(p.179)
文学史や芸能史に興味がある人だったらわちきなんかより数倍たのしめるハズ。
これは意外と売れるかも…
おしむらくは…
人名索引がない(´・ω・`)
(〃^-^)φ
〔重要なのは国会図書舘法15条2項の〕偏見に捉われることなくという一文である。この規定では、レファレンサーの主体的価値判断が厳重に戒められている。この鉄則は公衆レファレンスにおいても、全く同様に適用さるべきである。(斎藤毅 「公衆レファレンスの諸問題」『びぶろす』3(4) [1952.04] p.3〜5)
「調査マン」という名称も、ここ〔満鉄調査部〕から生れたように思う。
(安堵民雄「調査マンを語る」『びぶろす』2(2) [1951.2]p.14-16
志智の論文と兄弟?
レファ神 | ![]()
戦前の志智の論文をいっこ見つけた(゚∀゚ )
華文雑誌とのこと。『東洋史研究文獻類目』による。
ところで、このまえ『中国紳士録』でみつけた人物が、出身地、年代、名前から志智嘉九郎の兄弟ではないかと
志智新八郎
神戸海上火災保険(株)上海出張所長(出生)明39.12兵庫県 本籍 同県津名郡郡家町 学歴 昭四同文書院卒 経歴 昭11.7入社
ぐぐったら、東亜同文書院の25期だとある。
あと、兵庫県関係著作者名簿 / 兵庫県立図書館調査相談課. -- 兵庫県立図書館, 1984.12 でみつけたこの人も。
志智双六(しち・そうろく)
1) 〃 2)明35.8.27(津名郡一宮町)昭58.2.24没 4)(大阪産業大学教授) 5)艶福上人と一夜妻、新しい英文解釈法
で、こーいった基礎的な情報が伊藤先生のエッセイにはぜんぜんないのだ(´・ω・`)
メモ:昭和28年10月 「半どんの会」、機関誌「半どん」を発行
国会の雑索がなぁ。。。
雑索 | ![]()
(http://d.hatena.ne.jp/shomotsubugyo/20070928/p4)のつづき。
オタどんが猫猫先生に教えようとしていたことが判った。
蟻二郎(あり・じろう)「ヨーロッパ文化の“ゴミ捨て場”にある宝石:アメリカ文学者・蟻二郎氏インタビュー(本の世界)」『朝日ジャーナル』24(50)(1982.12.11)p.77
これ↓による。
週刊誌記事索引. 1981〜1987 人物編 / 日外アソシエーツ株式会社. -- 日外アソシエーツ, 1988.2. -- (記事索引シリーズ)
ページ数が規定(3ページ)に達しないから採録されなかったのではなかろうか。
それはともかく、ページ数によって取ったり取らなかったりするのはもうやめたほうがいいのではないかしらん(゚〜゚ ) むかしはデータの採録は手書きで、管理はカードでやってたから3ページ制限もそれなりの合理性があったが、いまはなんでもパソコンだからなぁ。
ちなみにもうひとつの雑索たる大宅壮一文庫の目録をみると。
蟻二郎 書評 帰らざるウエスターン (山) 週刊朝日 1979.1.20 p.101
とある。
館界文字の起源論(囗にト 3)
圕 | ![]()
「圕(としょかん)」の略字体、「囗(くにがまえ)にト」については2回ほどブログに書いたが。小河内女史つながりで秋岡梧郎の論集をみてたら、ずばりこの起源を書いた文献があるようだ。
それによれば、清水正三がおそらく1977年に『みんなの図書館』へ「〓のルーツ」と題して投稿したとある。さっそく見てみようとは思うけど。
しかし今、国会の雑索を引くと、これはやっぱり出てこない。2ページ以下の分量だったからか? 雑索は大事なわりにはおそろかにされてきた気がするねぇ(・∀・`;)
あやすぃ〜
でもじつはわちき、この館界文字「くにがまえにト」の秋岡梧郎起源論に疑問を持っているのだ。理由は… 昭和16年のある資料に…









3ページという採録基準は知りませんでした(汗