shorebird 進化心理学中心の書評など

2017-04-27 大英自然史博物館展

[] 大英自然史博物館展f:id:shorebird:20170427204248j:image:medium:right 21:19  大英自然史博物館展を含むブックマーク


大英自然史博物館にはロンドンに行ったときに何度かサウスケンジントンまで足を伸ばして訪問したことがあるが,その美しい建物,ダーウィンとオーウェンとの直接的な縁,恐竜だけでなく魚竜のコレクションのすばらしさ,鉱物コレクションの途方もなさがいつも印象的だった.

しばらくロンドンと縁がなく10年以上ご無沙汰になっていたが,今回は始祖鳥のタイプ標本化石を始め貴重なコレクションの一部が上野の科博で公開されるということで見に行ってきた.


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2008年のダーウィン展の時には写真撮影不可だったが,最近の科博の特別展は結構写真撮影可になっていて嬉しい限りだ.今回もフラッシュを焚かなければ撮影可ということだった.こうなると高感度撮像素子のあるいいカメラが欲しくなってくるところだ.今回はごく普通のスマホ撮影.


序章 自然界の至宝 博物館への招待

最初のコーナーは,まず美しい標本をいくつか見てもらおうというイントロダクション.


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入ってすぐに現れる巨大魚の剥製.タマカイという現生種としては最大の硬骨魚だそうだ.美しい剥製で,迫力満点.確かに最大の魚がジンベエザメというのはよく知られているが.最大の硬骨魚が何かというのはあまり印象になかった.調べてみると重さではマンボウとか,長さではリュウグウツノカイとか,いろいろな主張があるようだ.


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ガラス細工のマダコの標本.繊細で美麗.19世紀の大英帝国の底力を感じさせる一品.


このほかオーデュボンの美しい鳥類イラスト,トリバネアゲハの見事な標本などが展示されている.


第1章 大英自然博物館の成立

第1コーナーは自然史博物館の設立にかかるもの.建物や,設立時の元になったコレクションなどが展示されている.


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自然史博物館の屋根の装飾用のテラコッタ製ライオン像(現在は保存のために取り外されて頑丈な複製が飾られているそうだ.)素晴らしい造形美.


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プリニウスの「博物誌」.1469年,印刷技術が発明されてから30年もたたないうちにベネチアで出版されたもの.印刷のブルーの鮮やかさが印象的.



第2章 自然史博物館を貫く精神

この博物館を貫く精神として,リンネ,オーウェン,ダーウィン,ライエル,ウォレス,ベイツなどにちなんだ展示が並んでいる.ここは私にとっても最も興味深いところだ.じっくり見て飽きないものが並べられている.


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リンネの「植物の種」(左側:1753年)と「自然の体系」(右側:1758年)


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リンネその人が記載に利用したとされる,フタバチャメルソウとカエンキセワタの植物標本.18世紀のものとは思えないほど美しい.


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モア.有名なリチャード・オーウェンと一緒の写真が隣に掲げられていた.


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ベスビオス火山コーナー.18世紀の噴火時の火山岩の岩石標本と(おそらくその当時の)イタリア人の画家によるイラスト.


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1815年のウィリアム・スミスによるイギリスの地層図.細部まできちんと描かれ美しい.


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メアリー・アニング肖像画と彼女自ら収集した化石.大きい方の化石はイクチオサウルスの全身骨格.


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ライエルの「地質学原理」(1832年)


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ダーウィンの「種の起源」の直原稿の1つ.オーセンティックのひとこと.


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ダーウィンのフジツボのモノグラフ


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ビーグル号航海で収集されたガラパゴスのマネシツグミとフィンチ.


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ダーウィンの預言が成就したキサントパンスズメガ


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ウォレスの収集した東南アジアマレー諸島の甲虫標本.美麗


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ベイツのフィールドノート.細かな書き込み,イラストが当時の雰囲気をよく出している.


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そして始祖鳥アーケオプテリクスのネオタイプ標本.いわゆるロンドン標本.これは圧倒的な存在感だ.


第3章 探検がもたらした至宝


ここではエンデバー号の太平洋航海,チャレンジャー号の深海探査,南極探検などの探検とその持ち帰り標本,ロスチャイルドコレクションとトリング別館,日本関連標本が展示されている.


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エンデバー号コーナー


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日本コーナー.世界最大のカニ.タカアシガニの巨大標本.


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日本式双晶


第4章 私たちの周りの多様な世界

多様性にフォーカスした展示となっていて,それを示す標本.絶滅動物の標本などが展示されている.


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シジミチョウの多様性


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サーベルタイガー


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ドードー(これは最新の研究を元にした模型)


第5章 これからの自然史博物館

鉱物・宝石の標本,火星の隕石,贋作などが展示されている.


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鉱物標本.中央はラトルーブ金塊と呼ばれる717グラムの自然金塊.


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宝石.左は緑柱石(ベリル:これはマンガンによりピンク色に輝いていて,特にモルガナイトと呼ばれる),右は19世紀には世界最大だったことで有名なコ・イヌール ダイヤモンドの複製


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ピルトダウン.あえてこれを展示に加えた度量の広さが印象的.


以上で主要展示は終了だ.最後に売店で,本展覧会のオフィシャル図録「Tresures of the Natural World: Best of London’s Natural History Museum」を購入.


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2000円ながら素晴らしいできばえだ.標本の図録として優れているだけでなくコラムも充実している.リンネの記載したと思われるチャメルソウ標本が展示されていたが,予想通り科博のチャメルソウ専門家の奥山雄大がそれに絡むコラムを執筆している.真鍋真始祖鳥のコラムも読み応えがある(このロンドン標本には頭部はないのだと思っていたが,岩石中に埋まっていてCTスキャンで頭部の構造も解析されているそうだ).自宅に戻ってからも何度も何度も眺め回して余韻に浸ることができた.

この博物館展はやや会期が短く6月11日までだ.えり抜きの標本揃いであり,興味のある方には貴重な機会だと思う.高感度撮像素子カメラをお持ちなら携行をお勧めする.

2017-04-24 Language, Cognition, and Human Nature その81

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その12 21:27 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その12を含むブックマーク

コネクショニズム批判を終えてピンカーはそもそものトピック「ヒトの心のコンセプトの性質」にもどる.

認識論的カテゴリーと存在論的カテゴリー

  • レイは,「たとえ人々がファミリー類似的(あるいは古典的)カテゴリーを使うことを示せたとしても,それは世界がファミリー類似的(あるいは古典的)カテゴリーを含んでいることを意味してはいないと指摘した(Rey 1983).
  • これは興味深い問題を提示する:もしファミリー類似カテゴリーと古典的カテゴリーを扱う上で心理的な区別があるのなら,それは実際に世界に異なるカテゴリーがあることを正確に捉えているからなのだろうか.あるいはそれは私たちの神経的な装置に限界あるいは欠陥があるために世界を正確にグルーピングできないからなのだろうか.
  • 心の中にどのようなカテゴリーがあるかという問題と,世界にどのようなカテゴリーがあるのかという問題は連関している.
  • もし心が世界について理解し,予測することを可能にするために進化したものなら,概念カテゴリーを形作るメンタルシステムは世界に実在するカテゴリーがこうなっているはずだという黙示の前提を元に形成されているはずだ.それは我々の物体の運動を捉える視覚認知アルゴリズムが,世界には硬い物体があるという前提を元に形成されているのとちょうど同じことになる.
  • 英語の過去形システムは古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーの両方を示し,道具や野菜や動物などの通常の概念システムとは全く異なる存在論に乗っているようだ.だから過去形の概念システムの分析は,この2つのカテゴリーが立ち上がる異なる条件を明確にするために役立つだろう.

「世界に実在するカテゴリー」とはなかなか哲学的な話になってきた.

ヒトの心には古典的カテゴリーを扱うプロセスとファミリー類似カテゴリーを扱うプロセスがある.進化心理的に考えるとそれぞれ個別のモジュールであり,それぞれ異なる淘汰圧への適応である可能性があるわけだ.そして「それぞれの淘汰課題を解決するために,その課題に関連する世界に実在するカテゴリーを用いるように進化した」ということが仮説として立てられるだろう.ただこの仮説が成り立つためには(ピンカーの留保しているようなメカニズム的制約だけでなく)「実在カテゴリーと同じ心理カテゴリー処理を行う方がコスト対比のメリットが大きい」という前提が正しくなければならない.厳密にはファミリー類似カテゴリーだが,例外がわずかなので古典的カテゴリーで扱った方が平均して効率的であるなどの事情があれば,心的カテゴリーと実在カテゴリーは一致しないように進化しても不思議ではないだろう.

ピンカーの扱い方が楽しみだ.基本的には機能と過程が食い違っている動詞の過去形を用いれば,より深い議論ができるということなのだろう.

2017-04-21 Language, Cognition, and Human Nature その80

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その11 19:52 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その11を含むブックマーク


元々認知科学をフィールドにしていたピンカーにとっては,この過去形をめぐる状況は「宿敵:コネクショニスト」を叩くのに格好の題材ということなのだろう.ここから丁寧にコネクショニズムへの批判を行っている.


計算アーキテクチャ

  • ルメルハートとマククレランド(1986)は,英語の過去形形態の獲得のコンピュータシミュレーションモデル(RMモデル)を提示した.シミュレーションアーキテクチャー,その振る舞い,信頼性はこれまでもいろいろなところで議論されている.
  • このRMモデルは「パターンアソシエーター」デバイスを用いている.このデバイスは,認知科学において最近の論争の中心トピックになっている平行分散プロセッシング,あるいはコネクショニストアーキテクチャーのパラダイムに乗っている.
  • このパターンアソシエーターの振る舞いを理解するには2つの特徴が重要になる.1つは「アイテムはその特徴によって表象されている」ということ,もう一つは「アイテムのセットにかかるすべてのインプットの特徴とアウトプットの特徴の統計的な随伴性が記録され累積される」ということだ.
  • 過去形について適用される前に,このパターンアソシエーターの振る舞いはよく調べられていた.その中には概念カテゴリーの学習や同定能力が含まれ,これらについて有能であることが知られていた.それは訓練セットにある一組の連想をよく再構成できたし,類似性に基づいて新しい例に一般化でき,入力の頻度に敏感だった.さらにそれはヒトがファミリー類似カテゴリーに対して見せる反応の多くを再現した.
  • マククレランドたちは非言語学的な対象の特徴セットに関するデータを扱うためのパターンアソシエーターを創り出した.彼等のモデルは,頻度効果,プロトタイプ性,ファミリー類似性,メンバーシップの段階性,ヒトが見せる分類の時間やエラーレートをかなりうまく再現できた.このような効果は対象の共起頻度に関連しているということはよく知られていたので,それほど驚くべきことではなかった.
  • このような能力により,彼等のRMモデルは動詞の過去形もある程度うまく扱えた,モデルは420動詞(84不規則動詞を含む)でそれぞれ200回訓練され,その結果語幹だけ示された不規則動詞の過去形を表示できるようになった.さらにモデルはこれを一般化して新しい不規則動詞の過去形を作って見せた.また,ファミリー類似性への感受性を示して,訓練セットにあった不規則動詞に似た規則動詞にも不規則過去形を創り出した.さらに規則型の不規則動詞への過剰適用もちょうど子供が行うのと同じように示した.

  • しかしながらパターンアソシエーターはそれ以外のマッピングは上手くできない.特にそれは規則動詞をうまく扱えない.アソシエーターは規則型も不規則型も同じ連想メカニズムで扱うので,なぜ規則動詞が不規則動詞と全く異なる特徴を持つのかの説明ができない.それは規則動詞を単に大きな一般的プロトタイプサブクラスとして誤って扱ってしまうのだ.
  • さらにパターンアソシエーターは規則型を適切に獲得できない.モデルは「ブレンド」してしまうのだ.競合する統計的な規則性を互いに排斥させずに累積させてしまう.たとえばsipの過去形としてseppedを提示したりするのだ.また語尾の<t>と<id>をごちゃ混ぜにしてしまう.
  • くわえて,それは規則性のデフォルト性を捉えることができない.RMモデルはある種の動詞(例えばjump, pump, glareなど)の過去形をうまく作り出せない.おそらくこれはモデルが,「規則過去形は,その動詞の特徴は全く無視して,ルールを適用して作り出される」ということが理解できないためだろう.だから動詞の特徴を探し続け,既に訓練された不規則動詞と似ている動詞が現れるとその不規則過去形に引きずられてしまうし,それまで訓練されていない特徴しかもたない動詞だとバックグラウンドノイズのような過去形を作ってしまうのだ.実際にRMモデルに異常な発音の動詞を提示すると不思議なキメラのような過去形を返してくる.(例:smairfを入力するとspruriceを返すなど)
  • モデルはまた発達的なエビデンスとも整合的ではない.子供はまず多くの不規則動詞の過去形を正しく使い,その後規則型を時に過剰適用するようになり,その後1年ぐらいかけて過剰適用しなくなる.RMモデルは頻度によってドライブされているので,このような発達過程を再現するためには,以下のようなインプットが必要になる:まずわずかな高頻度動詞(多くは不規則動詞)を数回ずつ,その後,中頻度動詞(多くは規則動詞)をそれぞれ数多く入力する.
  • しかしながら子供の過剰規則化はそのような入力規則動詞の割合の突然の増加によって始まりはしない.規則動詞の頻度は上記の過程を通じてほぼ一定なのだ.そして過剰規則化は子供の動詞語彙の中の規則動詞比率の突然の増加によって始まるわけでもない.動詞語彙の中の規則動詞比率は過剰適用していないときに急速に増加し,過剰適用しているときにはゆっくり増加するのだ.

  • この結果は過剰適用に関する伝統的な説明を支持している.それは頻度によるのではなく,異なる内部メカニズムによって引き起こされるのだ.子供はまず不規則過去形と規則過去形を記憶する.その後多くの動詞の語幹と過去形に規則性があるのを発見し,ルールを作り出して広く適用する.このときにはまだ不規則動詞の過去形が十分素速く想起されない.この結果過剰適用が生じる.この解釈を支持する観察としては,子供が過剰適用を始めるのは,規則型の過去形を一貫して使おうとし始めた時期に一致すること,高頻度不規則動詞の過去形の頻度は高いままなのに過剰適用が生じることなどがある.
  • コネクショニズム支持派は2つの反論をしている.しかし2つとも不十分なものだ.
  • 1つは「RMモデルは2層パーセプトロンであり,3層モデルにして誤謬修正の隠れた層を持てばよりうまく機能する」というものだ.しかしスプロート(1992),プラサダとピンカー(1993),マーカス(1995)が示したように,隠し層を持ったモデルもオリジナルモデルと同じようにうまくいかない.
  • もう一つは「このような結果は英語において規則動詞が多数派であるために最も広い一般化を行ってしまうために生じるだけだ」というものだ.ドイツ語と比べてみればこの反論が成り立つかどうかわかる.マーカス(1995)のレビューによると,ドイツ語では過去分詞の「-t」,複数形の「-s」は少数派になるが,それにもかかわらず,これらはデフォルトの性質を持ち,不規則な分詞や複数形が想起できない場合や新しい語,派生語に対して用いられる.そして言語間で比較すると,このようなデフォルト性は規則型が多数派であることにパターンアソシエーターが反応した結果でなく,記憶と独立したシンボル連結心的操作によるものであることを示している.

  • まとめると,パターンアソシエーターは不規則サブクラスをある程度うまく扱える,しかし規則サブクラスは,計算能力の面でも心理学的な信頼性の面でもうまく扱えない.我々は,これはこのアーキテクチャーのファミリー類似カテゴリーと古典的カテゴリーを扱う上での相対的な適合性の差異によるものだと示唆する.何故そうなのかは直裁的に説明できる.
  1. 古典的カテゴリーはフォーマルルールの産物だ.
  2. フォーマルルールは,対象に対して,そのコンテンツにかかわらずに適用される(これがここでの「フォーマル」の意味だ).
  3. パターンアソシエーターは対象のコンテンツの相関パターンを取り入れるようにデザインされている.
  4. だからパターンアソシエーターは古典的カテゴリーを扱うには向いていないのだ.

  • 私たちは脳はある種の非連想アーキテクチャーを持っていると結論する.それは言語に用いられ,おそらくそれ以外にも広く用いられているだろう.

現在から振り返って考えると,ヒトの脳がすべてパターン連想で物事を処理しているわけでは無いことは明白に思える.しかし計算科学の初期にはこれですべて説明できるのではという幻想がかなり大きくふくれあがっていたということなのだろう.

最近ディープラーニングAIも急進展しているが,これがヒトの認知計算の仕組みとは大きく異なっていることはかなり明らかだろう.そういう意味でもこの論文の主張はなかなか興味深いところがあるように思う.


ピンカーはさらにカテゴリーの哲学的な問題(ヒトの心にあるカテゴリーと世界にあるカテゴリーは同じか)に進んでいる.

2017-04-18 書評 「エピジェネティクスの生態学」

[] 「エピジェネティクス生態学19:29  「エピジェネティクスの生態学」を含むブックマーク


本書は種生物学会によるシリーズの一冊.今回のテーマはエピジェネティクスになる.

エピジェネティクスDNA塩基配列以外(特にDNA及びヒストンへの化学修飾)による遺伝的な現象を指すものとして使われることが多い用語だ.しかし一般向けの書籍などでは,このエピジェネティクスを「確固であると思われていたダーウィン学説を根底から覆す革新的メカニズムだ」とか,「獲得形質の遺伝であり.ラマルク説の復活だ」とかに位置づける,いかにも思い込みの激しい言説にあふれていて,真面目に読むにはちょっと引いてしまうことが多い.

特に「獲得形質が遺伝できる可能性」の問題は,ダーウィン学説を遺伝決定主義と誤解して忌み嫌う人々から,「人々を遺伝の軛から解放する福音」として受け止められ,怪しい取り上げられ方をされやすい.ピンカーも「誰か別の人に書いて欲しい本は?」とインタビューで問われて,「感傷主義科学:平和な部族,利他的な類人猿エピジェネティクス,グループ淘汰,ミラーニューロンとその他の怪しい道徳向上のための科学歪曲」と答えたりしている.

そもそもダーウィン自身は遺伝をDNA塩基配列によるものに限っておらず(当時遺伝のメカニズムは知られていなかったのだから当然だが),化学修飾が世代を越えて遺伝し,それに自然淘汰が働くとして,それはまさにダーウィン学説に沿った現象であるわけだし,ラマルク説のポイントは用不用によって適応的な形質が獲得され,それが次世代に伝わるところで,エピジェネティクスがあるだけではそれが復活することにはならないだろう.環境に対して適応的に化学修飾が生じる傾向が一般的にあるとは思えないし(適応度と相関しない形式で修飾が生じて,その中から適応的なものが残るならそれはダーウィン的だ),上記感傷主義科学が望むようにヒトの認知的学習について適応的な化学修飾が生じるとはさらに考えにくいだろう.

とはいえ,確かにDNA塩基配列以外の世代を越える遺伝的な形質があるなら,それが進化動態にどう影響するかは興味深い問題になるだろう.またもし環境に対して適応的に化学修飾が起こるようなメカニズムがあるなら,(そういうメカニズム自体がダーウィン的に生じたとしても)それが世代を越えて伝わることは広い意味でラマルク的と表現できないわけではない.いずれにせよ一度きちんと事実を踏まえた真面目なエピジェネティクスの本を読んでみたいと思っていたので,本書はまさに私にとって渡りに船といった書物になった.


第1部 エピジェネティクスへの招待


第1章 クロマチン修飾が制御するエコロジカル・エピジェネティクス 玉田洋介

エピジェネティクスの基礎解説と生態的なエピジェネティクスへの招待という導入章になる.冒頭のエピジェネティクスとエピジェネシスの関係の説明は大変参考になる.私は発生にかかる後成説(エピジェネシス)とDNA塩基以外の遺伝(エピジェネティクス)が似たような用語になっているのを面倒なことだと思っていたが,本書では実はこの両者には深い関係があることが解説されている.後成説の立場では,なぜもともと同じ細胞から様々な器官が形成されるのかが説明できなければならない.これには異なる器官になるための分化した遺伝発現状態が細胞分裂を越えて維持される仕組みが必要になる.そしてこれを細胞記憶と呼び,この制御メカニズムをエピジェネティク制御と呼んだということから生じているのだ.だから必ずしも世代を越えなくても細胞分裂を越える現象があればそれはエピジェネティクスと呼ばれるということになる.

ここからは化学修飾の具体的な解説になる.DNAとそれとともに染色されるタンパク質をまとめてクロマチン(染色質)と呼ぶ.このようなクロマチンへの化学修飾の一部がエピジェネティク制御にかかわる.制御にかかわる修飾には大きく分けてヒストンタンパクへの修飾とゲノムDNA塩基のうちシストンへの修飾がある.化学修飾の代表的なものはメチル化だが,それ以外にもヒストンへの修飾にはアセチル化,モノユビキチン化,リン酸化などがある.それぞれ詳細に解説されているが,なかなか複雑だ.私が興味深いと思ったところをいくつか紹介しよう.

  • クロマチン修飾の機能や制御メカニズムはまだ「驚くほど」理解が進んでいない.修飾の場所や転写活性との相関は調べられているが,知見は「相関」止まりであることが多い.エピジェネティクス研究はまだコンセプトや仮説が先行して結果が追いついていない状況である.
  • ヒストンの修飾機能はHox遺伝子の転写活性から調べられた.転写抑制グループと活性化グループがあり,拮抗的に作用している.
  • シトシン修飾の機能,制御様式,世代を越えやすいかどうかは生物のグループによって大きく異なる.よく調べられているのは陸上植物と哺乳類になる.哺乳類では胚発生と生殖細胞形成時にメチル化の初期化が生じるが,被子植物では世代を越えて維持されやすい.
  • 哺乳類でも維持されるものもある.ゲノミックインプリンティングは世代を越えて維持されるメチル化により生じている.
  • エコロジカル・エピジェネティクスとしてはエピジェネティクスの表現可塑性に与える役割が注目されている.また適応進化の速度を上げる効果がある可能性,(系統間不和合による)種分化への影響も注目されている.

第2章 アサガオの模様を生みだすエピジェネティクス 星野敦

まず読者に興味を持ってもらうための楽しい身近なエピジェネティクス導入章.題材には世代内エピジェネティクスであるアサガオの花の模様が取り上げられている.これはマクリントックトウモロコシの種子の色で解析したトランスポゾンによる個体内色彩変異と同じ現象だ.

ここで明らかにされるのはトランスポゾンとエピジェネティクスが深く関連していることだ.トランスポゾンの転移活性の多くはDNAのメチル化により制御されている.本章ではそれがどのようにアサガオの花の模様をつくるのか,戦前の日本遺伝学の黎明期の学者今井喜孝の考察をひもときつつ*1,それぞれの模様について,どのようなメチル化が,どのようにトランスポゾンの転写活性に影響を与えてできるのかが解説されている.ここは謎解きの経緯に従って書かれていて呼んでいて楽しいところだ.

そうして浮かび上がってくるのは,このメチル化による制御メカニズムは,寄生的な遺伝要素であるトランスポゾンを押さえ込むためのホスト側の適応進化産物であり*2,さらにトランスポゾンもそれに対して対抗進化をしているという進化動態だ.なかなか興味深いところだ.


第3章 エピ変異:その安定性と表現型へのインパクト 西村泰介

DNA塩基配列では違いがなくてもDNAのメチル化の違い(エピ変異)によって表現型が異なってくるという現象を扱う.著者はエピ変異体を継代飼育し,その遺伝性の持続程度,メチル化の消失や再メチル化と低分子干渉RNAとの関係を調べる.持続程度は表現型により異なり,詳細はいろいろと複雑だ.著者は,植物のDNAメチル化の役割はトランスポゾンなどの利己的遺伝要素の発現抑制が基本だが,一部の量的表現型は持続的に世代間で伝わることから,それが進化速度に影響を与える可能性があることを指摘している.


第2部環境適応とエピジェネティクス

第2部では世代内のエピジェネティクスに焦点が当てられる.ここでは進化適応への影響というより環境に対する条件付き表現型発現メカニズムという側面に主に光が当たることになる.


第4章 環境ストレスと進化:ストレス活性型トランスポゾンと宿主の関係 伊藤秀臣

第2章で示唆されていたDNAメチル化による利己的遺伝要素発現の制御についてより深く切り込む.

まず具体的メカニズムの説明.RNA干渉によるDNAメチル化やヒストン修飾の誘導(RdDM:もともとは外来の遺伝子DNAのメチル化機構であったと考えられている),DNAメチル化によるトランスポゾンの転移抑制,挿入の抑制,ヒストン修飾によるトランスポゾンの制御が解説される.

次に植物では発生のある時期にそのトランスポゾンの抑制が一時的に解除される現象が解説される.具体的には胚乳や花粉管核で脱メチル化によりトランスポゾンの転写活性が生じ,これにより蓄積された小分子RNAが卵細胞や精細胞に運ばれてRdDMを補強する.これにより世代を越えたトランスポゾンの伝搬を防ぎながら,生殖細胞での制御を強化していることになる.また雑種形成や環境ストレスにより修飾が変化することも説明されている.

さらにこの転写制御はホスト自らの遺伝子制御にも使われていることが明らかになってきている.トランスポゾンが挿入されると,その近隣遺伝子の発現に影響があるのだ.

著者は最後に環境ストレスによってトランスポゾンが活性化され,ホスト遺伝子発現に世代を超えた影響を与えて,ホストの進化へ影響を与える可能性があることを指摘している.


第5章 冬の記憶:FLCのエピジェネティク制御から明らかとなる植物の繁殖戦略 佐竹暁子

冬を越して春に開花する植物の開花制御について解説がある.その中心メカニズムは花成抑制転写因子FLCの制御であり.ヒストン修飾が冬の記憶を与えることによってなされている.

ここでは1回繁殖植物と多回繁殖植物の差は,冬の記憶の持続時間が異なることで説明できるとし,その化学修飾の状態の双安定性を説明するネットワーク制御の数理モデルが紹介されている.

基本的には,世代内のエピジェネティク制御が,条件付き応答戦略のメカニズムとして使われている現象ということになる.なかなかエレガントなモデルだ.


第6章 野生クローン植物集団に見られるエピジェネティク空間構造 荒木希和子

ここでは根っこでつながりクローンである植物体が増えていくような植物(クローン集合をジェネット,その中の根茎葉を持つ伝統的には個体に似た部分をラメットと呼ぶ)が題材になる.エピジェネティクスが発現すると同じクローン体でもラメット間に差異が生じうることになる.

著者がかつてスズランを調べた時には,単一ジェネット地区と複数ジェネットが入り交じる地区があったが,形態的にはジェネット間の差よりも地区間の差の方が大きいという結果を得ていた.その際にはエピジェネティクスまで踏み込めなかったが,その後興味を抱き,コンロンソウで野外のエピジェネティク空間構造を調べることになる.そして詳しい手法の解説と結果の概要が説明される.結果はおおむね以下のようなものだ.

  • 単一ジェネット内には予想通りメチル化に多様性があった.空間的自己相関解析から4mまでに有意な構造があり,近隣ラメット間で類似パターンが見られた.
  • さらに各遺伝子座のメチル化の有無の要因を個別に調べると,ジェネット間の違いと植生被度について有意差がある遺伝子座と有意差が無い遺伝子座が現れた.つまり遺伝要因,環境要因ともに影響は遺伝子座ごとに異なっていると解釈できる.
  • この空間構造を階層ベイズモデルで解析すると,影響していたのは空間的遺伝構造(クローン構造)のみとなった.これはメチル化されやすさのジェネット間差異が遺伝子間で異なることによる.植生被度の影響がなくなったのは,空間的遺伝構造と環境の空間変異の相関により空間的遺伝構造要因に集約されてしまったと解釈できる.

著者は最後にこのようなクローン生物はエピジェネティクス研究の理想型になるポテンシャルがあること,さらには実験系による検証が必要であることを指摘している.なかなか結果は微妙なものだが,今後の進展が楽しみというところだろう.


第7章 進化学を照らす新しい光?:エピジェネティクスによる適応的継代効果 田中健太

第7章は第2部と第3部の橋渡しのような章になる.まず世代内の環境への反応としてリサーチされてきたエピジェネティクスだが,継代効果があるなら,進化適応にどう影響するのかという視点が加わることになることが,リサーチの流れとともに語られる.

  • エピジェネティクスへの関心が高まるなか,2000年頃から適応的継代効果のリサーチが進展し始めた.よく調べられているのは補食防御,病原菌への耐性などになる.
  • 有名なのは捕食者の臭いによりミジンコの頭部のトゲが長くなるというリサーチ.非生物的な環境に関しては林床に育つ植物についての光条件と葉の広さのリサーチがある.親の環境と子の環境に相関があれば,このような環境依存の表現可塑的な適応的な形質の継代効果も適応的になる.
  • ただし継代効果がこの適応度に影響しない,あるいは適応度を下げてしまうという例の報告も多い.
  • またこのような継代効果には親子間コンフリクトが生じうることも指摘されている.
  • 具体的にどのようなクロマチン修飾が継代効果を持つのかの実験的なリサーチもなされている.
  • なお適応的継代効果が進化現象の中でどれくらいの役割を持っているのかは全くわかっていない.次の課題は野外における具体的な実証になるだろう.

最後に著者は「親が獲得したことを次世代に伝えられるとするなら,それは遺伝子変化に身をまかせているだけでなく生物の積極的な関わりが進化速度や方向を変えることにつながり,進化の理解に『温かい彩り』を添えるだろう」とコメントしている.しかしなぜ生物が積極的にかかわると理解が温かく彩られるようになるのだろうか?これはいかにもピンカーのいう「感傷主義科学」のようでいただけない.

また「継代効果が種内系統や遺伝子型によって大きく異なるのは『進化力を高める性質』の淘汰として理解できるかもしれない」とも指摘している.これはドーキンスらによる「進化容易性進化」の議論の1つの基礎がエピジェネティクスにあるかもしれないという指摘になるだろう.これは,それがどの程度生じているかを含め,まさに興味深いところになる.


第3部 進化のメカニズムとエピジェネティクス

第3部では「エピジェネティクスが進化にどう関わるか」についてのトピックが扱われている.


第8章 進化の単位としてのエピゲノム配列特異性を変える細菌のDNAメチル化系からの仮説 小林一三

本書はほとんど若手研究者の寄稿によっているが,本章だけは大御所の小林一三が著者となっている.大御所らしく俯瞰的位置からの理論的な問題を扱っている.

  • 伝統的な適応進化の考え方はゲノム配列が淘汰の単位というものだ.これに対立する考え方は,エピゲノム状態が淘汰の単位だというものになる.特に細菌ではエピゲノム状態のリセットは起こらずにそのまま次世代に受け継がれるのでそう考えるのに向いている.この場合ゲノム淘汰だけでは乗り越えられない適応地形の谷も乗り越え可能になりうる.これをここでは「エピジェネティクス駆動進化モデル」と呼ぶ.
  • バクテリオファージがホスト細菌に特異的に適応している現象は,細菌が自己認識標識を作成するものとしてのメチル化酵素(制限修飾系)とそのメチル化がないDNA配列を破壊する酵素制限酵素)の組み合わせによるある種の免疫系を持つのに対して,その細菌に破壊されないようなメチル化を持つバクテリオファージが,その細菌の免疫を無効化できるということで説明できる.これは攻撃と防御のアームレースを通じて細菌側のメチル化パターンの多様化につながり,さらにそれぞれのエピゲノムが独自の遺伝子発現パターンを発現させる.
  • またこの制限修飾系は,ある種の利己的遺伝要素だと考えることもでき,一旦組み込まれると(それがなくなると制限酵素に対象配列が破壊されてしまうために)ロックインされる.そしてこのような遺伝要素とこれに連鎖した遺伝要素は遺伝要素間競争において有利になりうる(ただし自ら無効化されて破壊されたときに,より自らのコピーが有利になるための空間構造等が必要になる*3.)
  • そしてこのような遺伝要素はトランスポゾン等の動く遺伝子によって移動する.そのような視点で考えると,制限修飾系と制限酵素は利己的遺伝要素の相利共生状態と捉えることもできる.
  • 異なる制限修飾系同士は対象DNA認識配列をめぐって競争状態にある.上記アームレースだけでなくこのような排他的競争も制限修飾系の多様化の一因となっているだろう.
  • 制限酵素はある意味パラサイトに対するホスト側の自殺型防御となるが,この防御が適応として成立するためには,やはり空間構造などの自殺後に自らのコピーが有利になる仕組みがある必要がある*4
  • パラサイトは感染を成功させるために修飾系と制限酵素のバランスを調整する必要があり.そのための巧妙な発現制御機構を持つ.またホスト側は,感染に対抗して,パラサイトと異なる修飾を行うような制限修飾系をぶつけて競争させる,破壊された配列の修復を試みるなどの対抗手段を持つ.

ホストとパラサイトのアームレース,その手段として制限修飾系と制限酵素の2遺伝要素があり,それぞれが利己的遺伝要素として競合しており,アームレースが二重になっている上に,自殺型脅迫と自殺型防御というある意味利他的な要素が加わり,著者がここで解説している状況は非常に複雑で興味深い.著者は最後に(少なくとも細菌については)エピゲノムこそが進化の単位だとしているが,そこはやや疑問だ.上記状況のかなりの部分は「どのDNA配列をどうメチル化するか」,「どのようなメチル化配列を破壊するか」という遺伝要素が単位になった進化動態であり,メチル化はその表現型の一部と捉える方がわかりやすいのではないかと思う.


第9章 有袋類を含めた比較解析から考えるゲノムインプリンティングの進化の謎 鈴木俊輔

この章ではゲノミックインプリンティングのメカニズムが扱われる.冒頭でゲノミックインプリンティングの概説がされた後,メカニズムが詳しく解説される.基本的にはDMRと呼ばれるゲノム領域が,父母どちらを由来したかによりメチル化パターンを変えることによってインプリンティングが可能になる.ここではどの領域が,どのような仕組みで異なるメチル化パターンになるかが解説されている.基本的には精原細胞と卵の成熟過程で異なるメチル化パターンになる.そしてその際にはレトロトランスポゾン由来の遺伝要素(PEG10)が大きな役割を果たし,胎盤の形成と深く関わりがある*5

この胎盤との関わりという視点から著者は有胎盤類,有袋類,単孔類のPEG10発現を比較することとする.問題のレトロトランスポゾンによるPEG10の挿入時期を推定したところ,単孔類との分岐後,有胎盤類と有袋類の分岐前に生じているという結果になった.今のところ有袋類で具体的なインプリンティングの表現型的な現象は知られていないが,調べてみるとインプリンティング機構はあり,実際にメチル化パターンが異なっているので,おそらく何らかのインプリンティング現象があるのだろうと考えられる.またインプリンティング機構はレトロトランスポゾンの挿入に対するメチル化による防御から起源しているのだとも推測されている.

ここでもエピジェネティクストランスポゾンの深い関係が明らかになっていて感慨深い.そしてそれがきっかけでゲノミックインプリンティングが可能になったというのも興味深い.被子植物の場合はどうなっているのかにも興味が持たれるところだ.


第4部 手法編

第4部はリサーチャー向けの手法の解説.第10章でDNAメチル化の解析法(西村泰介),第11章で植物におけるヒストン修飾の解析法(西尾治幾)が詳しく解説されている.


 

冒頭でも触れたが,エピジェネティクスまわりは感傷主義的ないろいろややこしい言説があふれていて,なかなか一般の読者には剣呑なトピックになりかけている.そういう状況では本書のように地に足がついた書籍は非常に貴重だ.実際こうして読んでみると,そもそもエピジェネティクスは,獲得形質の遺伝を説明しようとしたものではなく,発生の器官分化の説明から始まった分野であることがわかる.そしてクロマチン修飾現象全体にトランスポゾンや利己的遺伝要素が深く絡み,それらのアームレースの影響が極めて大きく,(用不用で獲得した形質がそのまま適応的でかつ遺伝するという意味で)ラマルキアンというより(メチル化パターンを適応的に利用するメカニズムが利己的遺伝要素単位の自然淘汰で生じたという意味で)むしろウルトラダーウィニアンな現象だと捉えることができるだろう.本書の中にも一部感傷主義的な文言が見られるが,具体的な記述部分ではきちんと事実や理論に基づいていて,特に大きな問題にはなっていないと思う.クロマチン修飾の継代効果が進化動態全体に与える影響はなお未解明で,おそらくそれほど大きくはないという印象だが,エピジェネティクス自体は進化動態周辺部分の極めて興味深い現象だというのが私の感想だ.エピジェネティクスに興味のある人がまず読むべき基礎文献だと思う.

*1:もう少しでマクリントックに先駆けることが可能だったのにという著者の思いが濃厚に現れている

*2:さらにそれはもともとはウイルスの抑制メカニズムであった可能性があることが第4章で解説されている

*3:著者はそういう解説を置いていないが,この意味では一種の利他的性質を持つために包括適応度上空間構造が必要になると捉えることができる

*4:ここも同じく一種の利他的性質を持つもので,包括適応度上空間構造が必要になるということになる

*5:ここではあまり深く解説されていないが,哺乳類胎盤被子植物の胚乳は母から子への栄養移転にかかる器官であり,性質上特に父母間のコンフリクトが顕現しやすい場所になる

2017-04-15 Language, Cognition, and Human Nature その79

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その10 07:11 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その10を含むブックマーク


ピンカーは英語の動詞を例に取り,古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーがいずれのヒトの心理的にリアルなものであり,機能においても差が無いことを見た.しかしもちろんこの両者に差はある.それはそれを扱う心理的メカニズムにあるのだ.


基礎にある心理メカニズム

  • 過去形において,古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーは,心理的に同じ機能を果たしているが,(それらが顕現する心理過程という意味において)心理学的な構造は異なる.
  • これまで見てきたように,規則動詞は完璧に定義されたルールに従う.カテゴリーは類例の一般化によって決められてはいない.実際類例の特徴を見ていないのだ.それはヒトが命題をコミュニケートすることを可能にする組み合わせルールから生みだされるのだ.そのルールによって,全体の意味が部分の意味とその組み合わせ方によって決まり,単語,句,文が作られる.
  • これと異なり,ファミリー類似カテゴリーは,記憶された類例のセットの中の相関パターンの一般化によっている.その結果ヒトの記憶に影響を与える要因が,不規則クラスに影響を与える.だから不規則動詞は規則動詞より高頻度であり,頻度が下がると規則化する傾向があるのだ.要するにこれは不規則は基本的に記憶によっているからだ.記憶するには聞かなければならない.その頻度が低いと記憶されず,デフォルトルールである規則型が適用されてしまう.そして不規則型の境界がファジーであるのも同じ理由による.
  • これが不規則動詞がファミリー類似カテゴリーになっていることを説明可能にする.ヒトは不規則動詞のファミリー類似性を持つリストを,類似性についてランダムなパターンを持つリストよりよく記憶する.頻度以外にもその組み合わせパターンが記憶に影響するからだ.現存する不規則クラスは,「各世代において記憶され生き残る」というある種のダーウィニアン過程による淘汰を受けてきた結果としてあるものかもしれない.

  • 結論:英語の動詞の規則クラスと不規則クラスは,古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーの両方が心理学的にリアルであり,容易にかつ自然に獲得され,機能的に分業を取らない.しかしこの2つはそれを生みだす心理過程において,定式化されたルールシステムと記憶による類似リストという形で異なっている.

  • ここでそれほど明白ではない結論も示しておこう.
  • 古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーは異なる計算アーキテクチャーに乗っている.そしてこの2つを扱う心理的メカニズムはそれぞれ異なる世界のエンティティの表現に向いているのだ.
  • 最後に「鳥」や「お母さん」などの概念の問題に戻ろう.

途中で「ダーウィニアン過程」が出てくるのがちょっと面白い.これはある意味「ミーム」の一種ということになるのかもしれないがピンカーはそういうコメントはしていない.

規則型と不規則型は言語において同じ機能を果たしている.しかし当たり前だが2種類のカテゴリーを扱う脳内の認知プロセスは異なることになる.なぜここである意味当然の計算アーキテクチャーの議論を始めるかというのは,ピンカーの初期の認知科学周りの議論によく出てくる論敵;「認知をすべて連想学習で説明しよう」とするコネクショニズムについての批判につなげるためだということになる.

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