shorebird 進化心理学中心の書評など

2016-08-24 書評 「The Most Perfect Thing」

[] 「The Most Perfect Thing」 22:03  「The Most Perfect Thing」を含むブックマーク


本書は行動生態学者で鳥類が専門のティム・バークヘッドによる鳥の卵についての本である.バークヘッドの本としてはこれまで精子競争を描いた「乱交の生物学」,カナリアと鳥の羽根の色を題材にした「赤いカナリアの秘密」,鳥類の知覚についての「鳥たちの驚異的な感覚世界」などの一般向けの本が翻訳されている.実はバークヘッドの著書にはこのほかにも本格的なリサーチのモノグラフとして「Great Auk Islands; a field biologist in the Arctic」「The Magpies: The Ecology and Behaviour of Black-Billed and Yellow-Billed Magpies」,さらに鳥類学説史の2大著「The Wisdom of Birds: An Illustrated History of Ornithology」「Ten Thousand Birds: Ornithology since Darwin」などがあり,しかもほとんどは最近次々に書かれたものだ.

その中での最新刊が本書ということになる.つい数十年前までの英国では野鳥の卵収集は昆虫採集のようなごく普通の趣味だった.それは違法化されて久しいわけだが,その伝統は巨大なコレクションやバークヘッドたちの情熱の中になお脈々と受け継がれていて,本書に結実しているのだ.


冒頭は2012年のBBCのテレビドキュメンタリーをバークヘッドが見ている場面から始まる.その著名なプレゼンター*1は卵のコレクションが収納された博物館のキャビネットから先の尖ったひとつの卵を取り出して説明を始める.これはウミガラスの卵であって,この先の尖った特異な形はウミガラスが営巣する崖から転がり落ちにくくする適応なのだと.ウミガラスを40年以上も研究してきたバークヘッドは愕然とする.「こんなにも自然史に詳しいプレゼンターがこんな間違いを言うなんて.この『崖から転がりにくい仮説』はすでに1世紀も前に否定されているのに,それはまた何百万人もの視聴者に信じられて新しい命を持つことになってしまう.」

バークヘッドは早速プレゼンターに間違いを指摘し,不機嫌そうなプレゼンターに該当論文を送ることを申し出る.そしてまさに郵送しようとする直前に,もう一度自身でも論文を再読することにする.読んでみたところ,そのデータと結論は自分の記憶にあるものよりもはるかに曖昧だった.要するになぜウミガラスの卵が先の尖った形になっているかはまだ解明されていない(そして「崖から転がりにくい仮説」も全く怪しい)状態だったのだ.バークヘッドはこの問題を調べ直す決心をする.卵については未解決の問題の宝庫なのだ.そしてその旅に読者も招待されることになる.

Uria aalge MHNT Box Rouzic

ウミガラスの卵(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Uria_aalge_MHNT_Box_Rouzic.jpg


第1章 崖登りと蒐集家

探索の旅を彩る背景として,最初は英国の営巣地で前世紀に繰り広げられたウミガラスの卵蒐集家の熱狂が描写される.ウミガラスの卵は先が尖っているという特異な形(西洋ナシ型)をしているだけでなく色彩も模様も非常に多様でいかにも集め甲斐のあるものなのだ.そして同じメスは同じ崖に毎年営巣し,同じような卵を産む.

地元民はもともと食用のために卵をとっていた.一旦簡単に卵がとれるとなるとすべて取り尽くすためにすぐに局地個体群は絶滅し,ほとんど人が近づけないような場所の個体群のみ残ったようだ.19世紀に鉄道が開通し都会の金持ち蒐集家相手の商売になるようになると,採集人はそれぞれナワバリを持って崖に登り,蒐集家に高値で売りつけるようになった.


趣味としての卵蒐集自体は17世紀に始まり,19世紀初めには博物館による蒐集も熱心に行われるようになる.バークヘッドはその歴史を紹介しながら,科学的な意義がないわけではないが,それを推し進めたのは卵のエロチックな魅力にあるだろうとコメントしている.そして1930年代が卵蒐集のピークであり(英国の法で野鳥の卵の採集が禁止されるのは1954年),そこでのウミガラスの卵の蒐集家のチャンピオンはジョージ・ルプトンだった.バークヘッドはそのコレクションの一部が収蔵されているトリング自然史博物館を訪れた時の感慨を語っている.ラベルがないという科学的には悲惨な状態だったが,その美しさと多様性はすばらしかったそうだ.


第2章 殻を作る

第2章は卵殻について.まず実際に卵がメスの体内でどのように作られるかの至近メカニズムが紹介される.卵殻は卵が生みだされる直前20時間程度で形成され,呼吸のために穴だらけでありいわば網のような構造になっている.模様や色は最後の2〜3時間でつけられる.卵殻を形成するためにはカルシウムが必要で,これに関連したトピック*2も詳しく解説がある.

ここから2013年にネットに流れた*3ウミガラスの卵はハスの葉のようなセルフクリーニング機構を持つ」というトピックに移る.実際にウミガラスの卵の表面には微細なポイントがびっしり並んでいて水をはじくのだ.しかもこの構造は近縁種のオオハシウミガラスには見られない.バークヘッドはこれは密度高く集団営巣するために親鳥の糞便が付着するのを防ぐ適応ではないかと考える(オオハシウミガラスは単独営巣し糞便を巣内にまき散らさない).だとすると絶滅したオオウミガラスの卵を調べれば彼等の営巣行動パターンがわかるかもしれない.バークヘッドによる謎解きのための各地の博物館への探訪物語はその意外な成り行きも含めてなかなか楽しい.

この章では,このほか卵殻の孔と呼吸ガス交換・水分の蒸散なトピックも扱われている*4


第3章 卵の形

第3章で問題の卵の形の話になる.バークヘッドは,1992年にカナダのウミガラスコロニーキツネが侵入して大パニックを引き起こした際に卵が大量に巣外に転がり出て崖から落ちた跡を見た経験を語り,そのときにウミガラスの卵の西洋ナシ型の形が崖からの転落を防ぐための適応であるという話に疑問を持つようになったのだという.

バークヘッドはまず鳥類の卵の形を決める至近メカニズムを解説してから*5,この卵の形の究極因の謎に進む.そもそも卵の形はどのような淘汰圧を受けるのだろうか.涉禽類は円錐形の卵を産む.この円錐形は一腹卵を抱卵する際に最も効率よくカバーできる配置になるためだと考えられている.

ではウミガラスの西洋ナシ型はどうなのか.バークヘッドは17世紀以来の様々な説明を振り返る.転落予防説は19世紀初めに唱えられているが,19世紀半ばにはその効果がないと批判が出され論争が始まる.様々なリサーチャーが様々なリサーチを行い,様々な結論を主張する様はまさに混迷というにふさわしい.そしてバークヘッドの論争を俯瞰した結論は,西洋ナシ型の卵は回転半径が小さいから転落予防効果があるというのは誤りであり,何らかの別の機能があるのだろうというものだ.この謎の探求は最終章に持ち越される.

ではそもそもニワトリの卵のような「卵形」にはどのような機能があるのだろうか?バークヘッドは,抱卵効率と表面積/体積比率の問題,胚のパッケージ効率の問題,殻の物理的強度の問題のトレードオフで決まっているのだろうとコメントしている.


第4〜5章 卵の色と模様

鳥の卵は様々な色彩や模様を持つ.バークヘッドはこれらについてコレクションをデータ化することの難しさに触れ,美しい卵の代表としてシギダチョウの卵を紹介する.その卵は艶のある陶器のようなテクスチャーを持ち,色も青,緑,紫,ピンクと様々だ.なぜこの卵はこんなに美しいのだろうか,バークヘッドは警告色以外の仮説を思いつけないほどだとコメントしている.

Eggs with glossy, blue-green shells

シギダチョウの卵(https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=64914

ここからまず至近的メカニズムについての解説がある.卵に見られる色は,基本的にプロトポルフィリン(赤〜茶)とビリベルジン(青〜緑)の2色素からなる.バークヘッドはこの色素がいつどのように卵殻のどの部分に沈着するかを詳しく説明している.また卵の色が遺伝することも明らかになっている*6.ここからいくつかの謎が取り上げられている.

  • カモメの一腹卵は後から産まれる卵ほど白くなる.これはなぜか.メスの色素が枯渇するためか.もしそうならそもそも卵の色自体副産物ということになる.あるいは最後に産まれる卵は重要性が低いので捕食者へのデコイ機能を持つのか,逆に最初に産まれる卵は抱卵まで数日放っておかれるのでより入念なカモフラージュが必要なのか,あるいは最後の卵の色を変えて托卵者に一腹卵が完成していること(托卵成功率が低くなったこと)を宣伝しているのか.それとも透過光量を最適に調節しているのか.最後の仮説がありそうだが,検証が必要だ.
  • ツグミのようなオープンカップ型の巣を作る多くの鳥の卵が青色なのはなぜか.これは透過光のスペクトラムを最適に調節しているのか
  • ウミガラスの卵の色や模様はなぜ種内であれほど多様であり,その組み合わせはランダムなのか.(ここでは模様がいかに複雑な仕組みで作られるかも詳説されている)

ここで生物の色と模様について,ダーウィンとウォレスの間の性淘汰論争が紹介され,その中では鳥の卵の色もメイントピックだったことが解説される.ダーウィンはそれについて考えたことがなかったが,ウォレスは卵の色の祖先形質は白色で,カモフラージュの必要がある場合には隠蔽色が進化する(外から見えないところに産卵する場合,常に抱卵する場合には白色のままになる)と説明した.ではウミガラスの多様な卵の色はどう説明するのか.ウォレスは崖の上なのでカモフラージュの必要性がなく,彼等の生命力(vigor)の副産物として多彩になるのだと主張した.

今日ではこのウォレスの最後の主張は誤っているとされている.そもそも彼は淘汰圧がないときに祖先形質になるのか多彩になるのかについて矛盾している.ではカモフラージュ仮説はどうか.比較リサーチと実験リサーチによるとこの仮説も支持されない*7.そしてカモフラージュ説はウタツグミやコマツグミの美しい青い卵を説明できない.

現在では卵の色や模様の適応仮説は大きく分けると3つ提唱されている.カモフラージュ仮説,派手さ自体が適応であるという仮説,そして托卵鳥を避けるための個体識別マーク仮説だ.そして様々な鳥で様々な適応として色や模様が進化しているのだ.バークヘッドは順番に解説している.

  • 河原で営巣するチドリ類の卵のように明らかにカモフラージュである卵がある.しかしなぜ樹洞で営巣するような鳥の卵にも同じような模様があるのかは説明できていない.
  • 派手な卵についてはまず警告色が疑われ,徹底的に調べられたが,卵の可食性と派手さの間には相関が得られなかった.
  • 次に派手さについての異なる適応仮説がいくつか議論された.(1)オスの子育て努力を促すための脅迫(抱卵あるいはメスが抱卵を継続するための給餌をしないと捕食者に卵が食べられてしまう)説.(2)メスが自分の質を宣伝しているという説.これはビリベルジンが抗酸化特性を持つハンディキャップ形質であることから唱えられた*8.(3)太陽のUV光からの保護仮説*9
  • そして托卵への適応仮説がある.自分の卵を種内のほかの卵と区別して見分けられれば,托卵を効率的に排除できる.カッコウハタオリとマミハウチワドリの托卵系では実際に卵の色と模様をめぐってのアームレースがあるようだ.(ここでは没収を恐れるアフリカの卵蒐集家とそのコレクションをめぐるリサーチャーの苦労話が詳しく紹介されていて面白い)
  • マミハウチワドリの卵の多様性はウミガラスのそれとよく似ている.するとウミガラスの卵の多様性は集団営巣の中で自分の卵を見分けるための適応の結果なのだろうか.そしてリサーチの結果はウミガラスが実際の自分の卵を見分けていることを明らかにしている.同様に集団営巣を行たり種内托卵があるアジサシ類,アメリカオオバンダチョウにも同じような卵の多様性と自分の卵の識別習性が生じている.

第6章 白身

卵の白身は単なるタンパク源ではない.これは非常に洗練された微生物感染防御用のファイヤーウォールの中核を形成しているのだ.卵自体は免疫システムを持たない栄養のかたまりなので微生物感染への対応は重要であり,特に問題になるのがサルモネラ菌への防衛だ.バークヘッドは鶏卵業界の苦闘を紹介してから野鳥の卵の適応について語り始める.

実際に卵の対微生物防衛が完全に理解され始めるのは21世紀に入ってからになる.卵殻の最外層はキューティクルかカルシウム塩で構成され,防衛の第一陣として防水性(微生物感染防衛においては重要)を持つ.第二陣は卵殻の内膜で超微細に網状の構造を持ちバクテリアのトラップとして機能する.そして本命の白身がある.白身には,リゾチームをはじめとするバクテリアを破壊するタンパク質酵素)が100種類以上含まれている.そして白身は微生物が利用できるタンパク質をほとんど含まず,わずかに残る利用可能物質は別のタンパクでロックアップされている.さらに白身は弱アルカリ性に保たれ,微生物破壊酵素はやや温かい環境で効率的に働くようにデザインされているのだ.

ではそもそもなぜ白身はあんなに美味しいのか,毒を入れて不味くしておけば感染や捕食をより回避できるではないのだろうか.バークヘッドはおそらくそれは胚の成長を阻害するデメリットの方が大きくなるためだろうと答えている.卵を捕食者から毒で防衛していることで知られている唯一の鳥はヤツガシラで,卵殻は表面の防水層を欠き,親鳥は尾脂腺から毒物を分泌して卵に塗りつけるのだそうだ.バークヘッドは最後にウミガラスの卵に戻り,そのビリベルジンや表面構造が追加的な微生物感染防御機能を持つかどうかを議論している.


第7章 黄身

ここも黄身を作る至近メカニズムから記述が始まる.ここではメスの産む卵の数に比べてなぜ卵母細胞から作られる卵子の総数がこれほど大きいのかという問題にかなりこだわっている.黄身は(鳥の種によって)5〜30日かけて卵子に栄養分が蓄積されてできる.このどの卵子が選ばれて蓄積が始まりどのようにストップさせるのかなどの蓄積のメカニズムの詳細は知られていない.その後適応的な観点からの問題がいくつか取り上げられている.

  • 親鳥は(ちょうどトリヴァース=ウィラード的性比調整のように)それぞれの子の将来的な可能性に従って黄身の量を調整するか.実例としてはマガモのメスがオスを自分で選んだかレイプされたかによって黄身の量を調整していることが報告されている.
  • 種によって白身と黄身の比率が異なるのはなぜか.基本的には生活史戦略に沿って最適化を図っているからで,晩成性の種でより黄身の比率が高くなる.
  • メスは一腹卵の中で産んだ順序により黄身の中のホルモン量を変化させ,成長速度や餌のねだり方を調節している可能性がある.黄身の中に含めるカロチノイドや抗酸化物質で同じような調整が可能だが,まだよく調べられていない.

ここから受精をめぐる至近メカニズム,適応的な問題もいろいろと考察されている.鳥の場合には大きな卵子に向かって大量の精子が殺到するために,メスの隠れた選択などいろいろと面白い問題があるようだ,ただ実際にはまだよくわかっていないことが多いとされている.


第8章 産卵,抱卵,孵化

ニワトリの卵が丸い方から産まれるのか尖っている方から産まれるのかについてはアリストテレス以来の論争があったのだそうだ.少し観察すればすぐわかりそうなものだが,古代の議論というのはそういうものかもしれない.実際には卵は卵管の中では尖った方を先に進み,最後に水平方向に180°回転して丸い方から先に生まれてくる.何故このように回転するのかはわかっていないそうだ.多くのほかの鳥も同じように卵を産むが,ウミガラスは例外で尖った方を先に産む.ほかにもカモ類やウミツバメやアホウドリも尖った方から産むが,彼等の卵は比較的丸い.尖った形の卵を産む鳥で尖った方から産むのはウミガラスだけなのだ.そしてこの謎はウミガラムの卵の形の謎とともに最終章で扱われる.

多くの鳥の産卵は明け方だ.バークヘッドは,小さな鳥の場合,成熟した卵を体内に持って動くことを避ける観点からベストな時点だろうと説明し,これを上回る適応的利点があるケースとしてカッコウのような托卵鳥のケースを挙げている.大形の鳥についてはこのような制限は小さい.ウミガラスは集団営巣の混迷を避けて産卵直前数日間コロニーを離れ,戻ってきてすぐに産卵するそうだ.

次は抱卵.鳥は抱卵パッチで卵を温める.卵は36〜38°で発生を進める.また卵は1週間程度は低温に耐えられ,その間発生は進まない.これにより鳥は数日かけて産んだ一腹卵をほぼ同時に孵化させることが可能になる.抱卵において巣の保温,卵の回転なども重要な問題になる.抱卵期間は鳥により異なる.

最後は孵化.孵化はヒナにとって想像より複雑な作業になる.卵殻に穴を空け,空気呼吸に切り替え,そして黄身の残りを飲み込む.給餌に関して親子のそれぞれの個体識別も重要なポイントになる.それぞれの詳細は種によって異なり様々な適応が見られる.


第9章 エピローグ

バークヘッドは最終章でジョージ・ルプトンのウミガラスの卵コレクションのその後の歴史を振り返っている.それは別の収集家に売り渡され,様々な経緯の後,最終的に博物館に収まる.ここはバークヘッドのある種の感慨ということだろう.

そして本書冒頭の謎に戻る.ウミガラスの卵はなぜあのような西洋ナシ型をしているのだろうか.それは回転半径を小さくするわけではなく,どのみち回転半径は平均的な崖幅より大きく,崖から転がり落ちるのを防ぐ機能では説明できない.バークヘッドの最終結論は,それはいくつかの要因のトレードオフから決まっているのだが,ウミガラスの場合には巣が汚いことから卵の感染予防要因が大きく効いているだろうというものだ.西洋ナシ型は,胚の頭部が収まる卵の丸まった方の汚染を避けるために,尖った方を先に産み(巣の底部の汚れに強く触れる面積が最も小さくなる),その後そっと横たえる(これにより丸まった方はクリーンに保たれる)ための適応なのだ.

そしてバークヘッドは,卵の研究は一種の耽溺ではあるが保全にも役立つのだとコメントし,その例をいくつか紹介し,さらにこの本を通じてテーマになった著者自身のウミガラスコロニーの長期研究プログラムが予算カットで終了の危機を迎えたが,クラウドファンディングで継続できそうだというエピソードを示して本書を終えている.


 

本書は様々な鳥の本を書いてきたバークヘッドが,残された珠玉のトピック「卵」についてじっくり語った本だ.解決していようがまだ未解決だろうが,興味深いトピックは逃さずに取り上げようという姿勢で書かれていて,ある意味完結していないのだが,より探求をめぐる実際がわかる記述になっている.そして何より本書には永年鳥類学者をやってきた著者の鳥類愛と同好の士としての卵コレクターへの温かい思いがあふれている.ウミガラスの卵の形の謎という軸もあり,じっくり読んで楽しめる充実の一冊だ.


関連書籍

バークヘッドの本

ダーウィン以降の鳥類学説史を扱った大作.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140418



これはその直前に書かれたアリストテレスまでさかのぼる鳥類学の歴史.ハードカバーで購入後未読.美麗なカラー図版満載で眺めているだけで幸せな気分になる.なぜかKindle化されていない.

The Wisdom of Birds: An Illustrated History of Ornithology

The Wisdom of Birds: An Illustrated History of Ornithology


鳥の感覚を扱った本,私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130409

同原書

Bird Sense: What It's Like to Be a Bird

Bird Sense: What It's Like to Be a Bird



これは性淘汰と性的コンフリクトについてのなかなか良い本だった.なぜかKindle化未了.

Promiscuity: An Evolutionary History of Sperm Competition

Promiscuity: An Evolutionary History of Sperm Competition


同邦訳



赤いカナリアを求めた人々の探求の歴史.カナリアの赤さを競うコンテストに勝つ秘訣はカロチノイドのたっぷり入った餌を与えることだということが秘技として封印されていたあたりの話はちょっと面白い.


同邦訳


カササギの研究を書いたモノグラフ


同じく北極圏のウミガラス類についてのモノグラフ.内容的には本書と最も関連がある本だ.



なお所用あり,10日ほどブログの更新を停止する予定です.

*1:誰かは明らかにされていない.デイヴィッド・アッテンボローなのだろうか?

*2:メスはどのようにカルシウムを摂取するのかなど:直接的なカルシウム探知メカニズムはわかっていない.小鳥にとってはカタツムリが重要らしい.マダラヒタキはカタツムリが少なくてもヤスデやワラジムシからカルシウム摂取できるが,シジュウカラはこれをしない.なぜしないのかはわかっていない.酸性雨DDTによる影響も詳しく解説されている.

*3:元ネタはスペインの学会での研究者の発表だった

*4:緯度や高度が異なると最適な孔密度は異なってくる.これをメスはどのようにして調整するのかなどが扱われている.

*5:詳細はなかなか面白い.

*6:この遺伝的リサーチは,鶏卵の色について主婦の好み(英国では茶色が,米国では白色が好まれる)があることから商業的な重要性があったために詳しく行われたそうだ.

*7:ただしこれらの実験においては臭いがコントロールされていない可能性があり,また鳥の色覚についての調整もなされていないので結論は出せないと留保している

*8:マダラヒタキなどでこれの実証リサーチもあるが,バークヘッドはなお検証例が少なすぎるとして結論を留保している.

*9:実験によるとUVの透過効率に対して卵の色が影響を与えるのは確からしい

2016-08-21 Language, Cognition, and Human Nature その46

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その8 22:17 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その8を含むブックマーク


ピンカーは言語が複雑な特性を持つ精妙なデザイン産物だと主張した.そうすると,ではなぜ言語には多様性があるのかということが問題になる.


3.3 言語デザインと言語の多様性

  • 文法はよいデザインの証拠だという主張に対するより重要な問題はヒトの言語の多様性だ.
  • 文法デバイスと表現機能は1:1対応しているわけではない.例えばいくつかの言語では語順で誰が何をしたかを示すのに対し,その他の言語では,格やアグリーメントでそれを表し,語順によりトピックとコメントの違いを示したり,あるいはシステマティックな機能を持たなかったりする.であれば語順が文法的な関係を示すための適応だとは主張できないだろう.言語多様性は文法デバイスがかなり一般的なツールであることを示しているようにも見える.であればそれは一般的な構造を持ち,スパンドレルでありうるのだろうか.
  • 私たちはここで言語の多様性が言語のユニバーサルなデザインを否定する論拠にはならないことをまず明確にしたい.そして本章の最後でなぜ多様性があるのかについても説明を行いたい.

  • まず.単一ではなくいくつもの小さな限られた機能に(そしてそれぞれの環境でそれぞれの深度で)役立つように構造が進化することは生物学においては普通だ.
  • 実際のところ,文法デバイスが異なる言語で異なる機能に用いられているとしても,可能な組み合わせは極めて限定的だ.名詞への接辞で時制を表す言語はないし,助動詞で物体の形を表す言語もない.このような構造と機能に関するユニバーサルな制限は数多く知られている.さらに言語のユニバーサルは言語史においても可視的だ.言語の変化は特定のパターンに限られるのだ.
  • しかし言語機能の進化のバリエーションが制限されているということは,最も悲観的な議論において重要になるに過ぎない.わずかでも文法を分析してみれば,表面的な多様性は,基礎にあるメンタルな文法のマイナーな違いの反映に過ぎないことがわかる.
  • 例をあげよう,英語は厳格な語順を持つ言語だが,オーストラリアのワルピリ語では,すべての語はどんな順序で話されてもよく,格のマーカーが文法的な関係性と名詞の修飾を示す.ネイティブアメリカンのチェロキー語では節の中では名詞句を使わず,文法的な関係性を動詞につける接辞のアグリーメントで表す.また英語は対格言語であり自動詞の主語と他動詞の主語で縮約が成り立つが,能格言語では自動詞の主語と他動詞の目的語で縮約が成り立つ.さらに英語では主語は必須であり文はそれを中心に組み立てられるが,中国語では会話の主題を中心に組み立てられる.
  • しかしながらこれらの違いは,ほぼ間違いなく同じメンタルなデバイスの異なる現れ方に過ぎなく,デバイス自体の種類が異なっているわけではない.英語でも前置詞句の語順は自由であり,「’s」などの格を表すマーカーを持ち,動詞三人称単数の「s」というアグリーメントもある.「John broke the glass.」と「The glass broke.」には英語の持つ能格性が垣間見える.「As for fish, I like salmon.」という言い方で主題を立てて文を組み立てることもできる.

  • さらにより抽象的に言語を分析すると,基礎にある自然言語の統一性はより明らかになる.
  • チョムスキーは,ある言語で発見されたことは,十分に抽象化すれば(無理矢理当てはめることなく)その他のすべての言語でも発見できると述べている.彼のGB理論(統率束縛理論)の多くのバージョンによると,すべての名詞句は格マーカーを持つ:一見それを持たないように見えてもそこには近くにある動詞や前置詞や時制要素による抽象的なマークがなされている.
  • メジャーな語句の基礎順序は,それぞれの言語にある格のアサインメントが実行される方向を示すパラメータによって決められる.このためラテン語のような言語では名詞句は語形的に格マークされ(順序は自由になる),英語ではマークされずに動詞のような格アサイナーに隣接する必要がある.
  • このようにある言語の格マーキングと別の言語の語順ルールは単一の文法モジュールとして統一される.そしてこのモジュールはうまく特定された(この理論の定義による)機能を持つ.このモジュールは名詞句にエージェント,目的,場所などの役割を与えるのだ.
  • そして語順自体は統一された現象ではなくなる.言語が実践的な目的のための語順を使うときには,それは基礎にある文法のサブシステム(例えばスタイルのルールであり,それは名詞句の順序や格マーカーとは別の特徴を持つ)を利用しているのだ.

なかなか難しいが,要するにチョムスキー理論では多様性の背景にユニバーサルな抽象的文法ルールがあるのであり,それが適応産物だと考えれば言語の多様性自体が言語の適応仮説の反証にはならないということがいいたいのだろう.


  • そもそもなぜ言語は単一ではないのだろう?ここでは推測を述べておこう.
  • 語彙の中での音と意味の組み合わせにおいては二つのことを考えなければならない.
  • 1つ目は話者には文化的に新奇なもののラベルについての学習メカニズムが必要であることを想定しなければならないということだ.このような学習メカニズムがあればそれはすべての語彙について用いることができる.
  • 2つ目は膨大な生得的なコードを用意するのは難しいだろうということだ.何万もの音と意味のペアがすべての話者でシンクロされる必要があるし,(噛みつくために牙を見せることが怒りの表情として解釈されやすいというような)標準化プロセスを始めるための非恣意的なペアがあるとは思えない.さらにそのコードを収めるために必要なサイズは(有性生殖による組み替えやその他の遺伝的プロセスを考えると)ゲノムの中でそれを進化させて維持することを難しくさせる.
  • 一旦音と意味のペアを学習するメカニズムが生じれば,膨大なペアを学習するための情報はコミュニティの会話の中で容易に得られるだろう.つまりゲノムは学習メカニズムを用いて環境にある語彙を獲得するのだ.
  • 文法の別の側面においては,見方の転換により洞察が得られる.数多くの言語があるところから考えるのではなく,言語間の違いを学習するメカニズムの進化を考察するのだ.文法のいくつかの側面は,文法以前からある認知メカニズムにより環境からの入力によって学習されやすいだろう.それらのパラメータが生得的に固定されている必要はない.そして実際にコミュニティによって異なってくるのだ.

言語の多様性についての考察では究極因にはコメントせずに至近的なメカニズムを主に扱っている.今なら当然究極因にもコメントしただろう.このあたりもピンカーの若さを感じさせるところだ.

続いてピンカーは言語デザインに見られる恣意性の問題に進む.

2016-08-18 Language, Cognition, and Human Nature その45

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その7 19:59 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その7を含むブックマーク


ピンカーは言語が複雑なパーツを持つ適応産物であることを示す指摘を行った.(当時のアメリカ東海岸の認知科学業界の環境下では)ここでグールド派から来る「なぜなに物語だ!」という批判に答えなければならない.


3.2 言語デザインの議論は「なぜなに物語」か

適応的な主張が「なぜなに物語」だと攻撃された場合,現在の行動生態学者の基本的な対応は,後付けの観察から適応仮説を立てること自体に何ら問題はなく,それが正しいと主張するときにきちんと検証されているかどうかを個別に検討すればいいと反論するものになる.ピンカーはどう扱っているだろうか.

  • まず最初に,私たちの言語ユニバーサルとその意味論的機能に関する主張は,何か特別に巧妙であったりねじ曲がっていたり風変わりなものではない.どれも言語学の教科書に書いてあるものばかりだ.「語句構造ルールは修飾と述語項構造を示すのに有用だ」という主張する動機が進化理論から生まれたと言うことはまずあり得ない.

ここはちょっと変わっている.要するにこの議論が進化適応を主張するためのでっち上げではないということは最初に断っているのだ.ここから始めなければならないというのはなかなか大変だ.


  • 第2に,機能の基礎について,デザインと適応起源の両方を推察することが,常に許されないというわけではない.それはエンジニアリング視点から見た機能の複雑性によるのだ.もし誰かが「ジョンはXを日よけあるいは文鎮として使っている」と聞いたならXが何かを推察することは難しい,なぜならほとんど何でもその機能を果たしうるからだ.しかし「ジョンはXをテレビ放送を映し出すために使っている」と聞いたなら,それはテレビ受像器かあるいは似たようなデバイスであり,それはそのためにデザインされているだろうと推測するのは理にかなっている.それはテレビ番組を受信して映し出すためにデザインされていないものがその機能を持つことはほとんどあり得ないからだ.そのために必要なエンジニアリング的な要求は(デザインされていないものがその機能を持つには)複雑すぎるのだ.
  • この手の考察がコウモリのエコロケーション能力などのハイテック能力に関して使われるのはよくあることだ.私たちはヒトの言語能力は類似ケースだと主張する.これは決してメガネを乗せるための鼻ではない.ヒトの言語は,ねじ曲がりくねったソープオペラプロットから宇宙の起源の理論まで,とてつもなく複雑で精妙なメッセージをコミュニケートできるデバイスなのだ.

ここでは対象考察物(言語)の特性が,適応産物でしか説明できないものであることが強調されている.なかなか強い主張だ.検証という文脈で当てはめると,適応産物である(いわばベイズ的なフレームワークでの)事前確率が高いという主張になるだろうか.


  • 第3に,「言語が命題構造のコミュニケーションのためにデザインされている」という議論は論理的真実からかけ離れている.特定の代替理論を定式化した上で(その議論を)否定することはたやすいのだ.
  • 例をあげよう.「言語は論理計算のための内的知識表現の媒体だ」ということはよく主張される.しかし「思考のための言語」あるいは「メンタリーゼ」と呼ばれる言語類似の知識表現媒体が(言語とは別に)あるかもしれない.そしてそれは英語な日本語などの自然言語ではあり得ない.自然言語をこの機能の観点から見ると欠点だらけだ.それは,シリアルで,曖昧性に満ちており(会話ならそれでいいが内的論理表現には適さない),談話にとってのみふさわしいような構文交替(alternations)にあふれ,論理性には何ら貢献のない音韻論や語形論のようなデバイスによってとっちらかされている.
  • 同様に,文法の詳細をよく見ると,「言語が思考の表現のためにある」という主張を行うことは難しくなる.もし「表現」が思考の具現化を意味するなら,言語がそれを聞く相手の存在を前提に成り立っていること(音韻論やフォネティックスは聞き取る側が曖昧性を排除しやすいように組み立てられている)や,会話の主題や発話内行為や先行詞をエンコードする実践的なデバイスの存在は説明できなくなる.
  • 特定の言語デザインの実践的な性質についてもう一つ例をあげよう.言語にはデザインされた特別の表現能力がある.それはヒトがコミュニケーションしたがるようなすべての情報に同じように対応しているわけではない.だから文法がどんな表現を可能にしているかは完全に実践的なリサーチ課題になる.そしてリサーチしてみると事前には予想できないような結果が得られる.文法は感情の微妙なパターンを伝えるには欠点だらけであり,顔の表情や声のパターンの方がはるかに情報豊富だ.文法は,連結,接触,内包などの粗いトポロジカルな位置情報は伝えられるが,正確な位置座標情報を伝えるには向いていない.簡単な図一つが何千語にも勝る.

この部分は背景がよくわからない.ピンカーは「言語が思考の表現のための完成されたデザイン特性を持つ」という議論を批判しているが,これは適応仮説とは別の話のようにも思えるところだ.当時の言語適応否定説と言語思考表現デバイス説には何らかの連結があったということなのだろうか.


  • 最後に,ジョージ・ウィリアムズは,収斂進化,ヒトによるデザイン産物との類似,エンジニアリング的な直接的な効率性評価は,よい適応の証拠だと示唆している.もちろんヒトの言語においてこのようなテストは実際には難しい.収斂進化は観察されていないし,同じ機能を持つ人工的なシステムは(単に既往言語を寄生的に真似したエスペラントのような言語を除くと)まだ作られていない.そして実験には倫理的な問題も生じうる.とはいえ,いくつかのテストは原理的に可能であり,それだけで循環論法批判を退けることができる.
  • 例えば,コンピュータ言語やシンボル論理などの非常に限られたドメイン用に作られた人工言語であっても,ヒトの言語の文法といくつかの類似点を見せている.それらの人工言語は離散的なシンボル,主題と賓辞という構造,埋め込み,スコープ,数量化(すべての,いくつかの,一つの・・・),真理値表現を持ち,記号列の中のパターン,階層的連結,相対的線形順序,特定の特別なシンボルなどを区別できる統語的システムで問題を解決する.もちろん似ていないところも膨大にある.しかし「言語」「統語論」「主題」「賓辞」などが人工言語においても明確な意味を持つという事実は,(ちょうど眼とカメラに似た)偶然を超える何らかの平行があることを示唆している.そして原理的には人工言語をコンピュータシミュレーション上の実験に使えるだろう.

ここが検証できればいいというポイントになる.人工言語との収斂を用いるというアイデアが渋いところだ.

2016-08-15 書評 「そもそも島に進化あり」

[] 「そもそも島に進化あり」 10:17  「そもそも島に進化あり」を含むブックマーク

そもそも島に進化あり

そもそも島に進化あり


本書は,3年前の著書「鳥類学者,無謀に恐竜を語る」により,「はちゃめちゃな語り口で真面目な生物学を語る」というジャンルを創設した鳥類学者川上和人によるシリーズ続刊ともいうべき本である.前回は専門外という気楽さから自由奔放に過激な仮説を披露していたが,今回は自身専門の島嶼鳥類学にかかる本ということで,その力の入り方が注目される.


で,著者は冒頭から飛ばしている.いきなり,なぜ鳥類学者が島を語るかというイントロで「だって,島と鳥は字が似ているのですもの」と始める*1のだ.そしてこの語り口は期待通りに本の最後まで続く.


第1章 島

第1章では著者のフィールドである伊豆諸島と小笠原諸島の解説付きマップを添付しながら「島とは何か」を掘り下げる.いきなり美女が水辺に差した棹やひょっこりひょうたん島まで動員して島の一般的な定義を扱い,生態学から見たその特徴「隔離されていること」「小ささ」を指摘し,大陸とつながったことがあるかないかで生態学的には大きく異なることを説明する.ここではプレートテクトニクスと海洋島のでき方なども解説されている.


第2章 生物の侵入

第2章では海洋島への生物の侵入を扱う.最初は分散方法.渡り鳥の定着.その他飛翔動物の飛来,鳥などのベクターに運ばれる方法,漂流物に乗って流れる方法,海流や風に乗る分散などが解説されている.ここでは,鳥類を用いる様々な分散方法*2,洪水や津波による植物群落の漂流を利用する分散,種子のフロートの進化,哺乳類は泳げるのになぜ遠距離分散の実例が少ないか*3などのトピックが楽しい.

続いて定着の生態的な意味が考察される.島の出現当初は地上の養分が限られている.だから最初に重要なのは,地衣類などの空中の窒素固定可能な光合成生物群落,海鳥・海獣などの周りの海洋から栄養を取り,島に運び入れる生物になる.これらの流入により一旦土壌ができれば植物の定着が可能になる.


第3章 進化

第3章は島嶼生物の進化.まず最初に侵入する生物分類が偏っていることが解説される.ドングリ,陸生哺乳類両生類,ミミズなどは海を越えることが困難だ.ここで生態学の古典である種数面積関係が簡単に説明され.あわせて島の生態系が「不調和」であることが指摘される.

ここから進化に進む.淘汰環境として捕食者と競争者が少ないという特徴が説明されたのちに進化の基礎解説がある.お約束ということでポケモン世界での「進化」は生物学の「進化」とは異なることがまず指摘されている.とはいえ著者はこれはポケモン世界の否定ではなく定義が異なるのだと優しい*4.かなり脱線しながらの自然淘汰の解説の後,島は個体群が小さいので浮動の効果が大きいことを押さえる.このようなことの結果,島の生物進化には以下のような特徴が生まれる.ここはなかなか力が入っていて本書の読みどころだ.

  • 島には固有種が多くなる.固有種は隔離分化固有と遺存固有の両方のプロセスにより生まれる*5ヤンバルクイナは前者の,ルリカケスは(おそらく)後者の例になる.
  • 「不調和」な生態系ではニッチが拡大し,急速な種分化が生じやすい.
  • 島では生息可能な環境に対して個体数が飽和しやすく,これにより(著者はこの用語を使っていないが)K型戦略が進化しやすい.
  • 相対的な捕食圧が小さいため(種間競争より種内競争の力が強く働くために),小型の動物は大型化し,大型の動物は小型化する傾向がある*6
  • 植物の進化パターンは難しい.移動性の喪失傾向,キク科植物などで見られる草本の樹木化傾向,花が小さく地味になる傾向(送粉者が一般に小さいこと,送粉者を奪い合う種間競争が少ないことなどが原因と考えられている),雌雄異株化が進む傾向(遺伝的多様性が低く近交弱勢効果が高いためと考えられる)などが認められている.
  • 捕食圧が小さいことにより,飛ばない鳥が進化する.クイナ科では独立に何十回も無飛翔性が進化している(クイナ科は土壌生物や地上の種子などを食べるので,飛べなくなってもあまり採餌効率が下がらないために無飛翔性が進化しやすいと考えられる).その他ガラパゴスコバネウ,カカポなどの例がある.
  • 昆虫も無飛翔性が進化する傾向があるとよく主張される.ダーウィンは吹き飛ばされないためだと考えたが,無飛翔性が進化した昆虫の多くが森林性であるためこの説は怪しい.著者はそもそも一般性のある傾向とはいえない可能性があるとしている.
  • コウモリが島で無飛翔化した例はない.これはおそらく解剖学的な地上性能がそもそも高くないためだと考えられる.

また本章の最後には特別に「海鳥」について解説がある.捕食圧の低い繁殖地として利用するため島に大型の海鳥コロニーができやすく,海洋から栄養素を導入するために生態的に重要な生物になる.ここも鳥類愛にあふれる解説*7だ.


第4章 絶滅

第4章は絶滅.島の生物は,固有種が多い上に個体数が少なく,その上に海洋島には火山の噴火という大激変があるし,さらに人類による環境破壊外来種の侵入などもあって絶滅しやすい.ヤギやウサギなどの優秀な食植者による生態系の破壊,当該外来種を駆除するとその外来種によって押さえられていた別の外来種によりさらに大きな惨事を招く可能性,新興感染症地球温暖化のリスクなどが解説され,島嶼生物研究者が否応なく保全にかかわらざるを得なくなること,保全の難しさと落としどころ(特に重要なのは合意の形成と愛)などが率直に語られている.

そして最後に「もしすべての制限を取り払って実験できたら」という著者の妄想という形で,島が誕生してから生態系がある程度完成するまでの道のりをもう一度復習する仕掛けをおいて本書は終わっている.


 

本書は,鳥類に関して深く掘り下げながら島嶼生物学の主なトピックをカバーし,初心者向けの楽しくかつきちんとした解説を行うことを目指し,そしてそれに成功している本だ.時に思いっきり羽目を外しながら綴られた鳥類への愛とオタク心*8にあふれた解説は読んでいてただただ楽しい限りだ.随所に挿入されたイラストもほんわかと楽しい.どこまでも軽く楽しく,しかしきちんと島嶼生物学を知りたい人にはまたとない一冊だろう.


関連書籍

著者の前作.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130412

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る

*1:ここでそもそも「島」という字は「嶋」という異字体が示すように海上に突き出た山に鳥が群舞している様を表す説があるという少し真面目な解説や,この本を買って7時間かけて読む読者は(時給換算で)1万円を超す元手をかけてそれに値する読後感を得られるかどうかのギャンブルをしているのだという勝負宣言などあって楽しい

*2鳥類学者らしくこの解説は詳しい.付着型は想像より多く,ベクターはカモと海鳥が基本だそうだ.また付着型と被食型の他に貯食型があるという指摘は興味深い.実例としてブナの実がカケスにより津軽海峡を越えて運ばれているケースが挙げられている.また鳥に付着するのは植物種子だけではなく小さな節足動物なども含まれるそうだ.

*3:サメによる捕食リスクが大きいのではないかと考察されている

*4:進化生物学者から「ポケモンは『変態』と呼ぶべきだ」と主張されることが多いが,著者のポケモン愛がなせる技か,ここは割り切っている.私もスポーツ選手の能力向上とポケモンに関してはもはやいかんともしがたく定義の異なる「進化」として扱うほかないだろうと思う.その場合には進化生物学の解説においては本書のように必ず一旦ポケモン世界と定義が異なることを断っていくことが望ましいということになるのだろう.なお最近話題の「シン・ゴジラ」においては,ゴジラの形態変化に関して最初に台詞で「進化」が使われる部分では「まるで進化だ」(と言っていたと思う)という言い方で「本当は進化ではない」ことが前提の用例であり,その後も政府関係者は「成長」「変態」を使っていて,(そうでない用例もあったかもしれないが)大変美しかった.もっともゲノム量にかかるくだりはあまりにも残念だったが.

*5:両プロセスを座敷童と河童を用いて説明するところは傑作だ

*6:なお生物の大きさの進化傾向についてはこのフォスター則のほかに緯度と大型化に関するベルグマン則があって,特定例に対して都合の良い説明を当てはめてしまうことの危うさについてもコメントされている.

*7:海鳥の和名のつけ方がいい加減だと憤っているところは傑作だ

*8:ひょっこりひょうたん島,座敷童,河童だけでなく,ラピュタ,キャプテン・ハーロック,冒険者ガンバ,半魚人,ダイダラボッチ,キムジナー,ウルトラマン,デビルマン,ショッカー戦闘員,モンゴリアンデスワーム鼻行類チュパカブラ,パシフィック・リム,ジオング,ライトセーバーなどの用語が満載だ.

2016-08-12 Language, Cognition, and Human Nature その44

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その6 22:22 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その6を含むブックマーク


言語進化を論じるに当たってまずピンカーはグールド的な誤解を解くことに注力した.そしてようやくここから言語進化についての議論が始まる.


3. 言語におけるデザイン

  • 言語の基礎にある認知メカニズムは,眼の解剖学的な構造が示している視覚のためのデザインと同じように,何らかの機能のためのデザインを示しているだろうか.これは以下の3つの質問に分解できる.これからこれらを見ていこう.
  1. 言語の機能とは(もし機能があるとして)それは何か
  2. そのような機能を果たすためのシステムのエンジニアリング的な要求は何か
  3. 言語のためのメカニズムはこれらの要求に合致しているか

3.1 言語にあるデザインの議論
  • ヒトは人生において多大な情報を得る.この情報獲得プロセスは生物進化をはるかに上回る速度で進む.それはヒトの世代内で変化する環境の因果的偶然を扱う上で貴重であり,進化的に新奇な脅威に対して自分を守ることのみを行う多種に比べて進化的な利点となる.

この部分はまだピンカーが進化生物学になれていないナイーブさが少し出ていて微笑ましい.今なら進化的利点を議論する上でまず他種との種間競争上のアドバンテージを持ってきたりはしないだろう.また情報処理は言語なしでも可能で他種でも行いうるだろう.後者の点にはすぐに言及がある.


  • このような情報を二次的に獲得することには明白な利点がある.他者の人生経験に積み重ねられた情報蓄積にアクセスできるなら,知識獲得のための時間浪費的でリスクのある試行錯誤を避けることができる.
  • さらに独立し協力的なグループの中ではグループ内の他者の情報は最も貴重なものだ.だから知識と内部状態のコミュニケーションは話をすることができ話す内容がある生物にとっては有用になる.

  • ヒトの知識と論理は,外部的に話される言語(例えば英語や日本語)とは別の内部的な「思考の言語」によっているという議論がある.
  • この議論によると,表現媒体は,関係構造からなり,その構造は,人々,もの,イベント,それらのカテゴリー,時間的空間的分布,因果関係などのシンボルからなる.他の人々の行動の因果関係は人々の信念と欲望を含んで理解され,それは信念や欲望の中身を表す命題と個人の関係と見做される.
  • そうだとすると私たちは,人々のコミュニケーションとして価値がある以下のようなコンテンツについて話したいということになるだろう.:個物とクラス,それが含まれるカテゴリー,イベント,状態,参加者とイベントとの関係をその役割から見ること,自分たちや他社の内部状態.
  • また同じくそうだとすると,私たちは,命題の真理値,モダリティ(必要性,可能性,事実生),イベントの時間的分布(継続的,繰り返し的,離散的)なども表現したいだろう.また無制限に主題や賓辞や叙述を使いたいだろう.同じ叙述内容を質問や平叙や命令などの様々な話法で用いたいだろう.さらに叙述の一部にフォーカスし,話を知識や既にある情報の文脈に位置づけたいだろう.
  • またヒトの音声器官はコミュニケーションの媒体として望ましいいくつかの特徴を持っている.(音声の特徴の説明が続く)ただしそれはシリアルな情報であって図などの二次元情報は伝えられないことに注意が必要だ.基本的なツールは離散的なシンボルの連続的提示だ.
  • 以上のことから実際に話される言語は,限定的なショートメモリーを持つ生物によって,コミュニティ全体で共有されているコードに従って,叙述構造をシリアル構造に変換し,文脈の曖昧性を最小化し,エンコードデコードを迅速になすことができるものでなければならない.
  • 言語が,意味論的実践的機能をシンボルの連続で可能にするという,多くのパーツからなる複雑なシステムであるということは,言語的実践の上であまりにも明らかであるので通常は言及されない.ここでは普遍文法のすべての理論が認めるユニバーサルな文法の基礎ブロックにかかる議論の余地のない事実をリストしよう.

  1. 文法はメジャーな語彙カテゴリー(名詞,動詞,形容詞,前置詞など)に分かれるシンボルによって組み立てられている.このカテゴリーはそれぞれ別々のルール(位置,活用など)に従う.メジャーカテゴリーに付随するマイナーカテゴリー(冠詞など)とともに異なるカテゴリーは会話の流れの中で区別できるように提示される.これらのカテゴリー区別は,もの,イベント,状態,質などの実在的カテゴリーの区別に利用される.
  2. メジャーな語句カテゴリー(名詞句,動詞句など)は,ヘッドと呼ばれるメジャーな語彙カテゴリーから始まり,別の接辞や語句と組み合わせることができる.その結果の複合物は私たちの世界についてのメンタルモデルのエンティティとして使われる.つまり一つの名詞”dog”だけでは(メンタルモデルの中では)意味を持たず,名詞句”those dogs”, “the dog that bit me”となってはじめて実在するものとしての意味を持つ.要するに単語は抽象的一般的カテゴリーをエンコードし,語句カテゴリーになってはじめて特定のものやイベントや状態などを描写できる.つまり有限の語彙から無限の実在的エンティティを表現できる.
  3. 語句構造ルールは,意味論的な接続に対応する連結を要求する.これにより実際の意味論的な構造の手がかりを与える.(「大きな樹木に黒い実がなる」と「黒い樹木に大きな実がなる」を区別できる)
  4. 語句順序のルールは上記連結の中でさらに述部に対応する主題を明らかにする.(”Man bites dog”と“Dog bites man”を区別できる)
  5. 名詞や形容詞への接辞はこれらの機能を上書きすることができる.順序がスクランブルしても名詞に主題の役割をマークしたり,述部をリンクすることができる.これらの冗長性は順序ルールを一時的に無効にし,強調やフォーカスを作ることができる.
  6. 動詞への接辞はイベントの時間的分布(アスペクト)や生起時刻(テンス)を示す.これらの動詞接辞が同時に使われるときにはユニバーサルな順序がある(アスペクトを示す接辞の方が動詞に近い).人工的な時間計測装置が種特異的な思考に影響を与えるはずがなく,言語は発話時(アスペクトおよびテンス)とイベント生起時(アスペクトおよびテンス)の前後関係を示す見事な仕組みを備えている.また典型的には動詞の接辞は主語や主題とアグリーメントし,主題と述部の関係を示す冗長的な仕組みとなったり,曖昧性を打ち消す仕組みとなっている.
  7. 助動詞は,動詞に連結するもの(ただしテンスやアスペクトを表すものを除く)も文頭や文尾に現れるものも,叙述部全体のロジカルなスコープ(例えば真理値,モダリティ,発話内行為力(発話の中で示す話者の意志)など)を示す.
  8. 典型的な言語は(音韻的にはさらに分割できる)少数のある種の形態素の一覧表を持っている.この形態素は代名詞やその他の既出語を指す要素であり,その後の意味論的な特徴の一部(ジェンダー,人かどうか,分布が限られているかなど)を持つ.これにより延々と定義記述を繰り返さずに,複雑な関係の中の異なる対象から,同一の指示パターンを示すことを可能にしている.
  9. 補文化と操作のメカニズムは,別の叙述部の主題となっている叙述部の表現を統括する.これは特定の補文化形態素が,埋め込まれた叙述部の周囲にあって,その叙述部との関係を示すことによってなされる.これにより語句の繰り返しなどの冗長な表現を省略することができる.(これによりJohn tried to come, John thinks that Bill will come, John hopes for Bill to come, John convinced Bill to come, などの表現が可能になる)
  10. whムーブメント(wh疑問詞と関係代名詞などで現れる語順の移動)において,トレースあるいはギャップと呼ばれる空白要素と文周の数量詞(quantifier (e.g., wh-words))の現れ方には強い制限がかかる.この数量詞は,発話内行為力,現象的タイプ(時間,空間,目的),特徴(生物か非生物か),役割(主語か目的語か)などに応じてそれぞれ特異的であり得るし,ギャップは極めて限定された場所にしか生じ得ない.このような制限の意味論は発話者に叙述部の中での参照,要求情報.役割記述の問題の解決に役立つ.話者は単に「犬」を指示するのではなく,特定主体との関係で特定の役割を持った特定個体(the dog that Mary sold __ to some students last year)を指示できるのだ.

このリストはなかなか言語学関連の専門用語満載で私の手に余るところがある.おそらく上記の概要説明は誤解や誤訳から逃れられていないだろう.また普遍文法と言いながらかなり英語に引きずられた内容のようにも感じられる.4番目の語順の機能などは英語やフランス語には顕著だが,ラテン語や日本語には当てはまらないように思えるし,日本語の場合にはwhムーブメントにかかる制限はそれほどはっきりとはしていないようにも感じられる.とはいえ,ここでピンカーが言っていることは言語には特定の機能に合わせた複雑で精妙な適応が数多く見られるという部分だ.そこは圧倒的に疑い得ないところだろう.

ピンカーはこう続けている.


  • そしてこのリストは特に表現力にフォーカスした部分的なものに過ぎない.これに必要記憶容量を最小化し,解釈可能な経路を選ぶ確率を上げるための,あるいは子供の学習のための分析を容易にするための,数多くの統語的な制限や仕組みを付け加えることができるだろう.
  • さらにその上に,発声の容易性と明確な知覚のための,適当な音素の連続を一貫した音声パターンに変換するためのセグメント音韻ルールや,文法を明確化し,実在的あるいは発話内行為的情報をコミュニケートするための韻律ルール,さらに隣接する母音や子音の平行エンコードを通じて迅速な伝達効率を達成するための発音プログラムもある.言語はダーウィンの言うところの「私たちが感嘆するほかない構造と共適応の完成物」のよい例のように思われる.

そして当然予想されるグールド信奉派の批判をどう扱うのかが次のテーマになる.


  • こう書くと,これに対する抗議の声が聞こえるようだ.「パングロス博士だ!なぜなに物語だ!」と.私たちは言語の構造を吟味した後に後付けで適応物語をでっち上げたのだろうか.神経メカニズムがそれ以外の目的のためにあるのではないと,そして一旦それらが現れた後で様々な別の用途に転用されたというわけではないと,なぜ知ることができるというのだろうか.
ページビュー
3079308