shorebird 進化心理学中心の書評など

2018-08-18 EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」8/4

[] EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その3f:id:shorebird:20180818103302j:image:w225:right 10:55  EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その3を含むブックマーク


EVOLINGUISTICS 2018.8月4日も都合がついたので駒場へ.会場は8/3会場の隣の21KOMACEE West.この日は多くの発達心理,認知科学周りの講演が組まれている.



f:id:shorebird:20180815081804j:image


8月4日 意図共有とコミュニケーション 東京大学駒場キャンパス 21KOMACEE West



本日のセッションについては小林春美より露払い.猛暑を受けて少しプログラムを短縮し,10時-18時の予定を10時-16時半とすることにしたとのこと.

  • 今日のセッションは「Evolinguistics 2017-2021」の中の認知発達チームの発表が中心になる.このチームは特に明示的(ostensive)コミュニケーションの発達について調べている.ostensiveとはアイコンタクト,指さし,話しかけなど相手の注意を引くことを指す.そしてこれがトマセロ教授が重要視している意図共有,協力的コミュニケーションの基礎になっているのではないかと考えている.

ヒトのコミュニケーションにおける心を読むこと/推測すること(Reading mind / assuming mind in human communication) 橋弥和秀


  • 20世紀の進化理論は社会的相互作用やヒトの心を扱えるようになった.
  • これは最近の映画のポスターだが(猿の惑星新世紀ライジングの日本語版のポスター,チンパンジーのリーターであるシーザーの悩む顔が大きくアップしてそこに「心も,進化した.」というキャプションが振られている),これにたいしては「Yes」と大きく答えたい.

  • 問題なのはヒトの心.ヒトは他者とつながっているように見える.そしてどのようにそれが進化したのかというところ.ヒトは社会的動物としてグループ内で競争するとともに協力もする.だからこれは単一のメカニズムとは限らない.
  • グループ内競争では「自他を分かつシステム」が重要になる.これマキアベリアン知性とも関連する.相手をだまして操作する.そのために相手を読む.古典的「セルフ」と整合的.
  • グループ内協力では「自他を混ぜるシステム」が重要になる,自分と他人を同じと感じる.これは共感システムとも関連する.
  • このデュアルシステムが社会生活に適応して進化したのだろう.

  • 心の理論はプレマックが最初に提唱した.それは彼の「ギャバガイ」という本で語られている.相手の心を読むには何らかの手がかりが必要になる.
  • 「目」はこのゲイトシグナルの候補だ.そして目は見るだけではなく見られるものでもある.そして見られるのは「視線」だ.これは目からでるビームのような線ではない.ではどのような手がかりなのか.
  • ここに白目と黒目の割合やコントラストを社会環境との関係で調べたリサーチがある.白目と黒目のコントラストで表されるシグナルは社会環境への適応として進化したと考えられる.ではどのような社会要因か.社会要因へのアプローチにはダンバー数で使ったようなグループ規模との相関を調べるという方法がある.
  • 30種のヒトを含む霊長類でこれらの関係を調べると,(視線の方向を示す)白目と黒目の割合,コントラストは,どちらもグループサイズと相関していた.

  • ではそれはなぜだろう.
  • 競争的状況からは,マキアベリアンアイ,直視のシグナルバリューが強調される.
  • 絆を作る状況に置いては,ダンバーはゴシップを強調したが,それはアイコンタクトでもできるかもしれない.
  • トマセロは協力アイ仮説を提唱した.実験によると相手の顔の向きと視線が食い違う状況で,ゴリラやチンパンジーは顔の向きにより注意を払うが,ヒトは視線方向に注意を払う.この視線追従によりヒトはより容易に協力することができる.

  • 我々はさらに別の側面を考察したい.それは相手の視線を受けることについてだ.子供はよく「見て見て」といいながら親の注意を引こうとする.このときに親の視線を受けると喜び,それを受けられないと満足しない.(具体的に調べた実験の結果の説明)ヒトには自分に視線が集まるのを好む性質があるのだ.
  • 直視,視線は様々な有用性を持つ.そして子供の発達フェーズにおいては見られることも重要になる.

  • 子供は,相手にとって新奇なものについて相手の心の中を推論し,それを自発的に教える(それを示す巧妙な実験が紹介される).そしてその他者の知識についての自発的関心は1歳半ぐらいから生じる(それを示す巧妙な実験が紹介される).
  • これは自と他をイコライズする傾向ということができる.これまで調べてきたのは自分と相手という2項関係だった.今後はこれが3項関係でどうなるかを調べていきたい.


質疑応答

Q:幼児を調査に使う場合に家庭でのみ養育されているか保育所に入っているかで区別しているか.対人経験がずいぶん異なるだろう.

A:重要なご指摘と思うが,現時点ではできていない.

トマセロ:保育所でも4ヶ月以降にならないと対人のインタラクションはあまり生じないことが知られている.それを越えると確かに問題になりうる.重要な論点だが,これまであまり調べられていない.



幼児の発達過程については余りよく知らなかったので,いろいろ参考になった.視線を相手に知らせるというシグナルは,競争的関係より協力的関係の方が進化しやすいだろう.だまそうとするシグナルは(相手側にそれを信用する別のより大きなメリットがない限り)すぐに信用されなくなるはずだ.逆に共通のメリットがあれば容易に進化するだろう.そういう意味で相利状況が重要だろう.


コミュニケーションシグナルへの感受性についての発達可塑性(Developmental plasticity of the sensitivity to communicative signals) 千住淳


  • 子供特に自閉症児の社会認知研究のチャンレンジは自然な場面で観察されている行動差異や個性が実験室環境では発現しないことがしばしばあるということだ.
  • それは社会環境が流動的で変化が激しいということが関係している.古典的なテストは遅く,明確に区切られ,反復的なものを測ろうとする.調べる必要があるのはもっと自発的なものだ.視線やアイコンタクトもそうだ.

  • アイコンタクトはヒトの大きな特徴だ.(ヒトが無意識下でも顔とアイコンタクトの画像を検索していることを示す巧妙な実験をいくつか紹介*1

  • 本日はアイコンタクトについて(1)発達の日英クロス文化スタディ(2)視覚障害者両親の健常児のケーススタディ(3)コミュニケーションシグナルの報酬価値の3つのトピックについて話をしたい,

<日英比較>

  • 生後の経験がコミュニケーションシグナルの発達にどう影響を与えるかという問題は,動物ではいろいろなコントロール実験(生後すぐからアイマスクで視界を奪うなど)が可能だが,ヒトには倫理的な問題があって難しい.しかし文化比較ならある程度コントロールされた環境差を想定できる.
  • ここで英国と日本ではコミュニケーションシグナルとして目と口の重要性に違いがあることが知られている(日本は目が中心,英国では目と口が同じ程度に重視される).これがアイコンタクトの発達にどう影響するかを調べた.
  • いろいろな顔画像を見せてどこの注目するかをアイトラッキング技術を使って追跡する.この結果,大人では英国人の方がより口に注目するが,日本人はより目に(さらに水平方向にやや広く)注目する.日本人の方がより視線の動きに反応する.子供(1歳から8歳)では英国人の方がより口に,日本人の方がより目に注目する(ただし視線方向については差がない).またこれは健常児と自閉症児で差がなかった.
  • 文化差がかなり早くから生じることが示された.(大人と子供の差についてはなぜそうなのかはまだよくわかっていない)

視覚障害者両親の子(健常児)>

  • この場合両親はアイコンタクトや視線を示さないのでインタラクションは通常の親の場合とかなり違う.しかし先行研究ではこのような子供でもコミュニケーションの能力は正常に発達することが示されている.
  • 視覚障害両親と子,コントロールの健常親子14組(この月例は6ヶ月から12ヶ月)を用い,顔と風船のどちらを見るか,顔のどこを見るか,相手の視線を追従するか,インタラクションの観察,認知社会性の測定を行った.
  • 結果:視覚障害者の子は少しより口に注目する.視線には同じように追従するが,そこを見続ける時間は少し短くなる.認知や社会性には問題なし.インタラクションは少しレスポンディングになる.自閉症児の場合も同じ結論になった.
  • 子供の反応は少しコントロールと異なる.つまり発達には可塑性があり個別の社会環境に適応的になっていると考えられる.

<報酬価値>

  • コミュニケーションシグナルへの注目は自発的なのか報酬ドリブンなのか.笑顔などのシグナルとそうでない中立的なシグナルのどちらをより注視するかを測定し,見続けると報酬が得られる(子供の好きなアニメ画面が提示される)条件とそうでない条件を比較した.
  • 結果は3歳児も大人もより社会的に意味のあるシグナルをより注視する.また報酬のある方をより長く注視する傾向がある.これは自閉症でも同じだった.
  • この獲得については単純な関連性マップではなく,報酬がある生物学的関連性マップを用いるのだろう.

<結論>

  • 視線への反応には発達可塑性がある.コミュニケーションシグナルは報酬学習により生物学的に関連性を持つものが学習されている可能性がある.これらは自閉症児でも同じように機能しているのだろう.
  • 将来の課題としては,社会的報酬とは何か,示達的中目の最低正,自閉症児とは何が異なるのかを考えている.

質疑応答

Q:視覚障害者の子の場合,手の動きについては調べたのか

A:これはとても重要だと思っている.実はこれについて調べ始めたところ


意図共有の方法としての指さしの使用と理解(Use and comprehension of pointing as a means of intention sharing) 小林春美


  • ヒトはostensiveなコミュニケーションを行う.これは自分のコミュニケーションの意思を明示するもので,意図の推論を可能にし,意図共有を可能にする.
  • ここで特に指さしに注目したい.それは指さしが,明示的で,推論的で,視線注目と同時期に発達し,子供が会話能力より前に獲得するものだからだ.

  • 明示性:人差し指は細く伸びていて視覚に訴える.指し示すものが明確.動作が時間的なシリーズになっている.
  • 推論的:指さしの本質についてビーム仮説と注意獲得仮説があった.現在ビーム仮説は疑わしいとされ,注意を獲得し,(指し示している対象との関連性から)差し手の意図を推測させるものだという理解が主流になっている.
  • 視線注目との発達の同時性:視線を用いる方法より指さしの方が強く意図を示すことができる.
  • 言語発達前の獲得:情報をシェアする意図がある場合が多い.これは相手の大人がそれを理解してくれることを期待している.そして言語の重要な前駆体ではないかと考えられる.

  • ここで面白いのは大人はまれにしか指さししないことだ.ただし実際に指さしする時には同じ役割を果たしている.そして言語で同じことをかなりできるということがある.そしてそれでも指さしが自然な場合がある.それは素早く簡単に行える.

  • 今日は「直接指さし」(対象にタッチして示すもの,7cm以内での近距離ものものここに含める)について話したい.これに対する「間接指さし」はこれまで数多くリサーチされているが,直接指さしはあまり調べられていない.
  • 2歳児に新しいものの名前を教えるには直接指さしが有効だという先行研究がある.自分が指す場合どうするかを調べると,2歳児,4歳児とも,もの全体を示すより部分を示すときによりタッチを使う傾向があったが,それでもタッチする確率は2歳児ではチャンスレベルより低く,4歳児でもチャンスレベルにすぎない.
  • またものの部分を示すときには大人のサーキュラータッチ(さわりながら指をぐるぐる回す)が有効であることがわかった.
  • ものの部分を示すときにはタッチが有効で,さらに動きがあるとより有効になる.幼児はこの指の動きを「なぜこの人は指を動かすのか」と考え,その関連性を理解するのだ.
  • では子供はタッチによるパーツの指し示しを自分で使うか.実験によると4歳児では区別しないで使うが,6歳児ではもの全体では間接指さし,もののパーツではタッチと使い分ける傾向を見せる.

質疑応答

トマセロ:サーキュラーな動きは部分を示す関連性サインというより,この指示が特別だという意味をタグしているのではないか.ある意味言語のマーキングの前駆体のようなものではないか.いずれにしても大変面白い.



子供による会話コミュニケーションにおける高次意図の理解(Children's understanding of higher-order intentions in verbal communication) 松井智子


  • 今日は語用論の発達について話したい.
  • 子供の発達過程を見ると1歳から3歳にかけて明示的な意思表示,視線注目,指さし,指し示す意図などが発達し,それからやや遅れいて7歳から9歳にかけて相手のだましの意図を理解するようになる.しかし皮肉が理解できるようになるのは9歳を越えてからになる.

  • 心の理論の発達は,1〜3歳で黙示的な心の理論,5歳前後に1次の心の理論,7歳以降に2次の心の理論になる.7歳になると2次の心の理論が発達して騙しの意図が理解できるようになるが,それだけでは皮肉は理解できないのだ.7歳児は皮肉を嘘(話し手は聞き手がそれを信じると考えている)と解釈する.
  • なぜか.語用論的アプローチをとると,これは7歳児がrelevance(関連性)の判断について未熟だからということになる.相手の発話の解釈には,認識論的な真偽判断に加えて,その関連性の理解が必要なのだ.
  • その関連性判断手がかりの1つがプロソディになる.(話の内容を異なるプロソディで発話してもらって子どもがどう解釈するかを調べた実験結果が解説される)7〜9歳児では偽の情報が関連性を持つことがあることをうまく理解できない.話の内容が矛盾しているとそこに注目が集まり,プロソディ(皮肉のトーン)から注意がそれてしまう.(顔の表情と声のトーンの組み合わせて提示し,9歳児に話し手の感情を尋ねる実験結果が紹介される)これに対して大人はプロソディだけでなくいろいろな手がかり(表情,姿勢,ジェスチャー,語彙内容)を使うのでより皮肉を理解しやすくなっているのだ.
質疑応答

Q:ジョークについてはどうか

A:ジョークで笑うのは実は早い段階で見られる.2〜3歳でも冗談に対して笑う.文脈が単純で,楽しいということもあるのだろう.


f:id:shorebird:20180818103306j:image


意図共有と早期の言語獲得(Shared intentionality and early language acquisition) マイケル・トマセロ

  • 今日は言語獲得についての話をしたい.言語は獲得される必要がある.
  • これについては,伝統的なアソシエーション理論と1990年代に提唱され始めた社会語用論理論が対立している.
  • アソシエーション理論はとっくに死んだと思っている人もいるかもしれないが,まだしぶとく残っている.これは古典的な刺激に対する反応で言語が獲得できるというもので,リンダ・スミスは言語は単純な連想学習で完全に説明できると(今でも)強く主張している.
  • アソシエーション理論の問題はレファレンスが決定不能だということだ.そして言語の様々なものが決定不能なのだ
  • まず伝統的社会での観察によると,通常何かを指さしながら言葉を教えるということは行われていない.指さしで子どもに言葉を教え込もうとするのは特定社会,特定文化に限られるのだ.
  • そしてギャバガイ問題がある.あるものを指さして「ギャバガイ」といっても,それが何を指しているのかは多義的だ.それはオブジェクトなのか,コンセプトなのか,全体なのか一部なのか,何かの側面を指しているのか
  • これに対して社会誤用理論は,それの使われ方に注目する.言葉は他者のメンタルステートに影響を与える道具なのだ.だから子どもはいかに言葉を「使うか」を学ぶのだ.それは社会関係の中で注意を共有することであり,意図の共有が重要であり,その際の制約は共通の背景ということになる.
  • 例えば道具の1つとして「はさみ」を考えてみよう.ものを切る機能と「はさみ」が連想されることは重要ではない.他者がどうはさみを使うのかを見て同じことをしようとすることが重要になる.
  • 単語獲得に戻ると英語の冠詞「a」「the」を一体どのように連想学習するというのだろうか.他者が共有背景の中で冠詞を使うのを聞いて,同じように使うことによって獲得するのだ.

  • 社会語用論理論には4つの証拠がある.
  • (1)まず最初の単語を覚える時期がある.なぜ12ヶ月頃に単語獲得が始まるのか.かつてポール・ブルームは「誰も知らない」と書いたが,私は「I know」と強く主張したい.それは12ヶ月頃に注意の共有,他人の意図の推測,コミュニケーション意図の表出(指さしなど)が同時に始まるからだ.これらが出そろって単語獲得が可能になるからと説明できる.
  • (2)実験結果:幼児が単語を覚える際にアソシエーション理論が正しいなら,単語を聞いてそのときにその対象物を幼児が見ていればいいはずだ.しかし実験を行うと,例えば教示者がその対象物を見ているかどうかが単語獲得に影響する.また教示者が幼児に対して「〇〇はどこかな」といったあとに箱を次々に開けていき,ある箱で驚いてみせるという実験を行うと幼児はその単語を学習する.これもアソシエーション理論では説明不可能だ.(このほかエレガントな実験が3つほど紹介される)要するに単語習得には注意の共有,話者の意図の推測,コミュニケーションの意図がとても重要なのだ.これは(オープニングレクチャーで話した)指さしの状況とよく似ている.そしてアソシエーション理論では説明不可能だ.
  • (3)別のタイプの単語:冠詞以外にもアソシエーションで獲得するのが難しいと思える単語群がたくさんある.同じ要素を持つ動詞群(Have, Give, Keep, Use, Share:どれも所有物の異動にかかわる)(Want, Like, ・・)接続詞,挨拶,名詞(Dog, Animal, Pet・・・),そして代名詞(He, She, it, I, You・・・)だ.代名詞を一体どうやってアソシエーションで獲得できるだろうか.
  • (4)慣習化,正規化:4歳児にtreeともbushとも取れるおもちゃを与え,おとながそれをtreeと呼んで一緒に遊ぶと,その大人との関係ではそのおもちゃをtreeという名前で扱う(その大人が次にbushと呼んでも「これはtreeでしょ」と否定する).しかし別の大人がbushと呼ぶとそれは受け入れる.慣習化には可変的に対応でき,それに従っていないと思われる人に無理強いしない.

<結論>

  • 言葉は慣習的だ(そしてノーマライズされる)).そして指さしのように働くようになる.言葉は他者の心に影響を与える道具なのだ.
  • そのためには注意の共有,意図の読み(関連性の理解)が必要になる.
  • 意味は使用のパターンでノーマライズされる.

質疑応答

Q:(単語獲得には)オーバーヒアリングが重要だという主張についてはどうか

A:それが注意の共有なしでも可能だという主張なら受け入れられない.注意の共有がないと,いくらオーバーヒアしてもそれがあるオブジェクトのどのような側面についての言葉か特定できないはずだ.


Q:コロケーションについても注意の共有と関連性で可能なのか

A:話の中では社会的文脈を強調したが,実際には文法的文脈もある.そういう形で獲得可能だ.


Q:盲目の子でも言語獲得できるのはどのように説明するのか

A:確かに盲目の子どもも(ごくわずかに遅れるが)問題なく言語獲得できることがわかっている.そしてこの問題はあまりリサーチされていない.おそらくタッチなどを使って同じ機能に利用できているのだろう.ただ彼等は例えば色の名前も獲得する.一体どうやってそれができるのかはわかっていない.


Q:共通の背景を作ること事態は生得的か

A:そうだ.子どもはコラボレートするのが好きで,情報シェアを望む.「見て見て」と相手の注意を引こうとする.何かを一緒にするというのがまずある.そういうことに生得的に報酬を感じるのだ.


大変楽しい講演だった.子どもが登場する実験の動画は心を和ませる.そして確かに子どもは意図共有に指さしを使っている.なかなか説得的だ.

*1:左右の目に異なる画像を見せてどちらが優先するかを利用するもの,画像の消し込みタスクに微妙な遅延が生じるかどうかを見るものなど.いかにも認知科学的で楽しい.

2018-08-15 EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」8/3

[] EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その2f:id:shorebird:20180815081811j:image:w225:right 10:25  EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その2を含むブックマーク


8月3日 キーノートレクチャー2 東京大学駒場キャンパス 21KOMACEE East


言語進化に関する連続講演会企画「EVOLINGUISTICS 2018」.

8/2の文京学院大学ふじみ野キャンパス(埼玉県ふじみ野市)の講演(脳の形態や道具との関連についてのもの)と東京学芸大(小金井市)の講演(社会的理解と向社会的行動の初期発達に関するもの)は都合がつかなかったが,8/3の駒場のキーノートレクチャーには参加できた.講演者は言語学者側からのキーノート講演者であるセドリック・ブックス.言語学者側のキーノートということで岡ノ谷ではなく藤田耕司からの紹介を受けて登壇.ちょっとしたジョークから話を始めた.


f:id:shorebird:20180815082450j:image


ロジカルからバイオロジカルへ(From the Logical to the Biological) セドリック・ブックス(Cedric Boeckx)


  • 今日の外はとても暑い(当日の東京の最高気温は35.4℃だった)ので,この空調の効いた部屋からは出たくないよね.だから私にはいつまでも喋り続ける誘因がある.聴衆の皆さんは囚人のような環境になりたくないでしょう.日本の学生はとてもシャイだとは聞いているが,是非活発に質問なりコメントなりの反応をして欲しい.
  • 今日の話は今(言語学専攻の)学生向けに書いている本の内容に沿ったものだ.そして今日の皆さんの反応によりこの本を書き続けるかどうかを決めようと思っている.だから是非いろいろ反応して欲しい.

  • さて,これまでの言語学にとってとてもパワフルな物語がある.それはノーム・チョムスキーによって作られたものだ.(ここで以下の2冊の本がスライドで表示される)
Aspects of the Theory of Syntax (The MIT Press)

Aspects of the Theory of Syntax (The MIT Press)

Knowledge of Language: Its Nature, Origin, and Use (Convergence)

Knowledge of Language: Its Nature, Origin, and Use (Convergence)


  • これが言語学の伝統を形作ってきたのだ.チョムスキーの最も大きな貢献は階層構造でも深層構造でもない.それは言語とヒトの心の関わりをリサーチプログラムとして提示したことだ.
  • そしてもしヒトの心が問題になるなら,本来ダーウィニズム,進化に興味が持たれるはずだ.言語の生物学に皆熱狂するはずではないか.
  • しかし実際にはそうならなかった.言語学者は進化にあまり関心を抱かなかった.チョムスキー自身「言語進化はミステリーであってプロブレムではない」と言い放ち,言語の進化に興味を抱かなかったのだ.私自身が(言語学専攻の)学生だったときには「言語進化など追求すべきではない,それは引退してから遊ぶものだ」と言われた.
  • 何故そうなのか.私はこれについて随分考えてきた.その理由を考えるにおいて役に立ったのは,言語学のロジックを考えることだ.
  • チョムスキーのAspectsの第1章のイントロダクションも今でも読む価値がある.そこでチョムスキー自然淘汰自体に懐疑的であると書いている.
  • そしてKnowledgeはいまでも有用な本だ.そこではネイティブスピーカーがその言語について何を知っているかが分析されている.その知識はとても豊かで洗練されている.ではそれはどこからもたらされたのか.チョムスキーはそれは教育や経験によるものではないと論じた.
  • 学習や環境の影響でないとするなら,論理的には生得的ということになるはずだ.しかしチョムスキーも言語学者たちもそうはいわなかった.somehow獲得されたのだとしかいわないのだ.そしてチョムスキー派と反チョムスキー派の議論は学習可能かどうかの点に絞られた.そしてチョムスキー派は学習ではないとしたのだ.当時,ではどうやって言語を獲得するのだと聞かれたチョムスキーは「私は知らない」と答えている.チョムスキーは学習や環境を認めず,しかし生物学(生得性)も認めなかったのだ.
  • 学習を否定したチョムスキーの議論はとてもロジカルだ.それは「刺激の不足」の議論だった.


  • チョムスキーがこのような議論を行った)当時生物学はまだ遺伝子の作用についてあまり強い主張ができる段階ではなかった.だから生成文法家はどのような生物的な仮定でも自由に持ち出せた.しかしだんだん生物学の理解が進展してくると,遺伝子が1種のレシピであることがわかってきた.だから例えば「動詞節」や「名詞節」の獲得を直接遺伝子の作用とすることは不可能になったのだ.
  • ここで言語学者には選択肢があった.生物学にベットするなら,それは進化にコミットすることになる.ヒトの本性は進化によって形作られたはずなのだ.
  • しかしチョムスキーはそれを否定した.言語はヒトにしかなく他種にはない.(だからこれほど複雑な言語が進化時間で突然現れたことになり,それは不可能だ)これは「遺伝の不足」議論と呼ばれる.つまりチョムスキーは環境も進化もどちらも否定したのだ.

  • なぜチョムスキーはここまで進化を否定するのだろうか.ここからは私の推測も混じっているが,次のような事だろうと思われる.
  • まずチョムスキーはスキナーを厳しく批判している.環境への応答だけで動物やヒトの多様な行動が説明できるはずがないという議論だ.そしてチョムスキーにとってダーウィンの議論はスキナーと類似しているように感じられたのだろう.ダーウィンの自然淘汰は結局環境条件に適応して進化が生じる.つまり環境に依存しない物理法則のようなかっちりした議論ではなく,環境への(単純な)応答で複雑なものを説明しようとする怪しい議論に感じられたのだ.これが彼を進化の否定に向かわせた理由だろう.
What Darwin Got Wrong

What Darwin Got Wrong

  • これについてチョムスキー自身はそう明言していない.しかしここにチョムスキーに近い哲学者と言語学者が書いた「What Darwin got wrong」という本がある.この本には前半でダーウィニズムで説明できない(と彼等が思い込んでいる)事例が集められ,後半でダーウィンは間違っていると断言している.そしてその部分にはダーウィンとスキナーの類似がダーウィン否定の1つの論拠として主張されている.この本自体は生物学者からは全く馬鹿にされていて読む価値はない.しかしチョムスキーはこの本を褒めているのだ.

  • ではチョムスキーはどうしたのか.ここで彼はマジカルな議論を組み立てた.それは帽子からウサギを出したマジシャンが,まずウサギを消し,さらに帽子を消してみせたようなものだった.彼は当時の生物学理論を参照して「サードファクター」なるもので説明しようとしたのだ.
The Triple Helix: Gene, Organism, and Environment

The Triple Helix: Gene, Organism, and Environment

f:id:shorebird:20180815095948j:image

  • 当時の生物学のサードファクターの議論とは,遺伝と表現型の間に発生があるというものだ.ルウォンティンはそれをノイズとか発達とかの用語で説明している.ミッチェルは遺伝子からの光線が発達のプリズムで多様な表現型になるイメージを提示している.
  • ではチョムスキーの議論はまともなのか.そうではない.彼は表面的な部分だけ借用して中身のないファクターを創り出しただけだった.
  • この本を読むと発生の部分の詳細は「遺伝子・分子→物理法則→結果」という形であり「個別の細胞の振る舞い→集合的な現象の創発性」を説明できるものであって,チョムスキーが主張するようなサードファクターと全く違うものであることがわかる.

  • ここがロジカルとバイオロジカルの分かれ目だ.言語学がバイオロジーを拒否してロジカルだけで進むならチョムスキーのようにマジカルなファクターに頼らざるを得なくなる,
  • ロジカルを保ちかつマジカルに頼らないためにはどうすればいいのか.それは遺伝の不足を否定すればいいのだ.遺伝も十分に豊かであればマジカルファクターは不要になる.

  • 20年前チョムスキーはミニマリストプログラムで言語獲得の問題は解決されたと主張した.その際に次の問題は何かということについて,パラドキシカルにも言語進化の問題だと答えている.これは一体どういうことだろうか.
  • おそらくチョムスキーは言語獲得と言語進化は極めて類似していると思っているのだろう.だから獲得がミニマリズムで解決できたなら進化も解決できるだろうと考えているのだろう.彼は言語獲得について一瞬で生じるような過程を好む,そして言語進化についても(進化時間で)一瞬にしてあんな複雑なものが生じるはずがないというような議論をしている.つまり彼は時間依存性を強く否定しているのだ.

  • そしてこれからの言語学者には2つの選択肢が残されている.
  • 1つはチョムスキーに従って(生物学を否定し)ロジカルを追求することだ.言語学は哲学の一部門になり,椅子に座ってただひたすら思索するような学問になるだろう.
  • もう1つはバイオロジカルへの道だ.椅子から立って実験室に向かうのだ.時間軸を認め,他種にもプロト言語があることを認める.しかしこれは難しい道だ.なぜなら言語学者は実験科学者として訓練されていないからだ.
  • 個人的にはバイオロジカルの道しかないと思っている,そうしないと言語学は孤立した学問の島になってしまうだろう.

ここでレクチャーは終了.質疑応答となった.興味深いものをいくつか紹介しよう.

f:id:shorebird:20180815081807j:image


質疑応答

Q:この領域研究でなぜ藤田さんと岡ノ谷さんが手を握れているのか驚きだ.言語学も変わってきているのでは

A:これはパーソナルコメントだが,このような共同研究領域で,おそらく岡ノ谷さんに代われる生物学者はたくさんいるだろう.しかし藤田さんに代われる言語学者はいない.進化にコミットできる言語学者はいい意味でユニークなのだ.このような存在が希少であることが私の問題意識だ.(分野が継続できるための)クリティカルマスに達しているのか,疑問に感じている.

  • 藤田からのコメント:岡ノ谷さんと私の関係は長い歴史に基づくものだ.20年前にはお互いに全く相容れなかった,憎み合っていたといってもいい.10年前にはようやく互いに相手の主張が理解できるようになった.しかしまだ相互の信頼関係はなかった.互いに信頼でき,リスペクトできる間柄になったのはようやく最近のことだ.

Q:なぜチョムスキーはそんなにも影響力があるのか

A:チョムスキーが天才であるのは間違いない.彼は50年前に言語学がどう言語を扱うかというスタンスを革新したのだ.それまでの文法の記述学問からヒトの心との関係を探るリサーチプログラムへの変革を提示した.そして50年間そのプログラムはうまく働き続けている.これは科学革命に匹敵する偉業だと思う.しかし今,彼はかつてほどポピュラーではなくなってきている.次何をするかが難しくなっているのだ.彼はいろいろな知見を世界に与え続けた,しかし同じ方法論で将来も生産性を維持し続けられるかは疑問だ.言語学はそろそろ別の方法論に向かうべきなのだ.そしてその1つが生物学的方法だというのが今日の私の話の趣旨になる.チョムスキー革命により言語学は人文科学の1つになった.次は自然科学の1つになった方がいい,ただしこれはインフラの大変更であり,とても難しいのだ.


Q:なぜチョムスキーは「環境に応答している」という説明がそんなにも嫌いなのか

A:それは本人に問うべき質問だ.私にはわからない.彼にとってはある意味リサーチにおける暗黙の前提なのだろう.このような前提に意味がないわけではない.よくわかっていないことについては制限的に取り組むというのは1つのやり方だ.しかし進化や遺伝子については随分いろいろなことがわかってきている.かつての制約はもはや生産的ではなくなっているということかもしれない.



 

私には言語学者の話を聞く機会が普段あまりないので,このレクチャーは非常に興味深かった.最初に深く感じるのはチョムスキーが未だにものすごい影響を与え続けているということだ.私のような立場から考えると,チョムスキーがどんなに天才で言語学において偉業を達成していたとしても,基本的に生物学について勉強不足知識不足であり,進化を否定する部分(そしてその後のある程度の進化を認めた上でなお言語の突然の創発性にこだわる部分)は相手にする必要はないとしか思えないが,言語学の世界ではそうではないのだろう.


またレクチャーの中でグールドもピンカーも一切登場しないのにも驚かされた.

チョムスキーほどの天才がなぜ(ほとんどトンデモと言える)言語の進化にたいする否定的スタンスにこだわったのか.それは本当にダーウィンがスキナーに似ていたからなのか.この環境依存性を嫌ったという説明は確かに興味深いし,フォドーたちの本に書いてあるというのも傍証としてなかなか渋いところかも知れない.しかしそんなロジカルな理由であんなに馬鹿げた主張になるだろうか.私にはそれは同じリベラル左派の同志グールドのイデオロジカルにねじれた与太話に乗せられたからだという方がよほどありそうに思われる.チョムスキーは単に「言語進化には興味がない」とだけ言っていればよかったのに,グールドの「ヒトに進化適応を認めれば認めるほど人種差別に利用されかねないからできるだけ否定すべきだ」というイデオロギー的な動機に基づく「言語もきっと副産物さ」という話を(その当時はあまり進化について深く考えていなかったこともあり,古生物学の専門家の主張として)真に受けて言語進化について否定的な態度を示してしまい,(そしてイデオロジカルな動機だけでなく,その高すぎるプライド,そして自己欺瞞により)後に引けなくなって苦し紛れの理屈をこね回しているという方が天才がトンデモに染まる経緯としては納得感があるのではないか.いずれにしてもグールドに一切触れないというのはなかなか異様な印象だ.

そしてこの話題を取り扱っておきながらピンカーの「The Language Instinct」に一切触れないというのも私のような立場からはなかなか理解しがたい.あるいは彼は(その言語に関するリサーチに関しては)認知科学者であって言語学者ではないという位置づけなのだろうか.それとも彼は「背教者」なのだろうか.レクチャーの結論「言語学者は孤立したくないのなら生物学を取り入れて実験科学者になろう」を考えるとまさにピンカーはその美しい先駆者ということになるのではないのだろうか.



ピンカーの「The Language Instinct」.Kindle版は何故か時々表紙が入れ替わるが,現在の版はセキセイインコだ.


同邦訳.

言語を生みだす本能(上) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(上) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(下) (NHKブックス)

言語を生みだす本能(下) (NHKブックス)


ケニーリーによるこのあたりの経緯についての本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140613

2018-08-12 EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」8/1

[] EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その1f:id:shorebird:20180812075920j:image:w225:right 08:08  EVOLINGUISTICS 2018「言語とコミュニケーションの進化」参加日誌 その1を含むブックマーク


8月1日から9日にかけて,新学術領域「共創的コミュニケーションのための言語進化学」主催による連続講演会「EVOLINGUISTICS 2018:言語とコミュニケーションの進化」が東京,京都の各所で開かれた.すべて聴講することはできなかったが,都合がついたものには参加してきたので,ここで紹介したい.


8月1日 キーノートレクチャー1 東京大学駒場キャンパス 900番教室



f:id:shorebird:20180812075924j:image

最初に主催者の岡ノ谷一夫から趣旨説明があり,その後トマセロ教授の講演となる.


Introduction to Evolinguistics 岡ノ谷一夫


  • 露払いとして趣旨説明をしたい.まずこの新学術領域の「共創的コミュニケーションのための言語進化」だが,「共創」と「言語進化」がキーワードになる.
  • 「共創」は人間が合意の中で振るまうことにより互恵的な社会を作り,その中で累積的な文化を創造していくということを表す言葉だ.「言語進化」においては階層性と意図共有を二つの柱として考えていきたい.そしてこの領域研究ではさらにコミュニケーションの未来を考察していきたい.
  • 現代社会ではグローバル化や格差の拡大が指摘されており,コミュニケーションがうまく機能していない部分も出てきている.その中で我々は「共感から共創へ」を提案したい.言語の起源を理解してコミュニケーションのあり方を考えるべきだ.
  • そして言語を考えるときには階層性が問題になる.多義的な階層性の解釈に当たっては意図の共有が重要になるはずだ.動物では2項関係までしか見られないが,ヒトには3項関係が見られる.その3項関係の要素として意図が重要なのだ.
  • 本日お呼びしたトマセロ教授は言語を考えるに当たって意図の共有を重視されている,チョムスキーをはじめとする生成文法家たちは階層性を重視している.我々はどちらも重視したいと考えている.
  • 考察するに当たっては,まず系統発生→人類における進化→個体発達という時間軸があり,片方でモデル:現象:理論という軸もある.この領域研究ではそれぞれについて専門家の参加を得られている.

ひょうひょうとして説明だったが,「共創」というコンセプトにかなりこだわりがある様子が印象的だった.


ヒトのコミュニケーションの起源(Origins of Human Communication) マイケル・トマセロ Michael Tomasello

  • 一口に言語といっても言語にはいろいろな側面があり,非常に複雑なものだ.言語進化について昔はある日突然すべてそろった言語が現れたと考えられていたこともあるが,それはまずあり得ないだろう.だからいろいろな側面をそれぞれ考えていくことになる.
  • 私は心理学者なので,その視点から見た言語の側面をいくつか調べている.
  • 進化学から見ると言語の重要な側面は次の3つになる.
  1. ヒトに特有であるジェスチャー
  2. 言語的サインの慣習化
  3. 文法構造の慣習化

  • 今日はこの最初のジェスチャー(特に指さし)について話したい.

  • チンパンジーと比べてヒトに特有なものとして豊富なジェスチャー,特に指さし動作がある.そしてこれは重要だと考えている.それには3つの理由がある.
  • まず霊長類もジェスチャーを学習し,意図的に用いることがあるが,音声化には進まない.音声はチンパンジーにおいてはかなりハードワイヤードに決まっているようだ(他種と養子化実験をしても音声は変わらない).またジェスチャーの模倣もない.
  • 2番目にヒトの発達において指さしは言語発達より前に現れるということがある.これは言語進化の中間段階を示しているのかもしれない.
  • 3番目はジェスチャーの「自然さ」だ.私は現在言葉の通じない日本にいるが,日常場面ではほとんど手振りだけで何とかなる.ここで一つ思考実験をしてみよう.2つの無人島で言語発達前の子供の集団を設置する(成長に必要な栄養その他は問題ないとする).片方は声を出せなくし,片方は身振りができなくする.何年か経ったときにどうなるだろうか.声を出せない集団はおそらく手話のような身振り言語を手に入れているだろう.しかし身振りができない集団が音声言語を手に入れられるだろうか.ある音がある意味を持つことを示すのは指さしなしでは非常に難しいだろう.ジェスチャーはそのような対応を示すために非常に優れたモダリティを持っているのだ.実際に聴覚障害者間で自然に身振り言語が生じた自然実験はいくつか報告されている.

  • チンパンジーではどうなっているだろうか.(動画再生しながら)子どものチンパンジーが母親に動いてほしいときや起きてほしいときに,手を伸ばしたり,ものを放ったりすることは観察されている.しかしこれらはこのチンパンジーだけが編み出した動きで他の子たちは使わない.
  • チンパンジーのジェスチャーは柔軟で学習される.しかし二つの大きな制約がある.1つは2項的だということ.もう1つはそれが直接的だということ.つまり1:1の関係で,それが自分の利益につながるときだけに使われるのだ.これがヒトの場合とは大きく異なる.ヒトは相手の利益のためにもジェスチャーを使う.「ほらあれを見て」それは相手と情報をシェアしたいということだ.
  • 自然なヒトのジェスチャーは指さしとパントマイミングだ.これは種特有で,種ユニバーサルで「自然」だ.「自然」というのはまず視線追従があり,それが指さしにつながっている.そして意図を示すときにアイコニックに使う.また3項的で協力的だ.

  • 指さし:これには2つ機能があって,1つは対象を指し示すこと,もう1つはあなたにこうしてほしいということを示すことだ.しかし指さしだけでは「そこを見ろ」というだけで,その意味は伝わらない.意味が分かるには文脈が必要になる.文脈によって意味は変わる.この文脈はコミュニケーションと関連する.そして意図の推測につながる「なぜ彼はあれが私に関連すると考えているのだろう」社会的な意味があり,協力的な動機があり,協力的な認知につながるのだ.これは言語への橋渡しになる.

  • ここでヒトの子供の発達を見てみよう(動画を映しながら解説)13ヶ月の幼児(言語発達前)でも,母親に対して,かごの中にある(隠れている)とってほしいおもちゃを指さす.これは母親が自分の指さしの意図を推測するということを知っていることになる.また大きな音がした後で部屋に入ってきた母親に対して音を立てたものを指さす.これは母親が何を知りたいかを推測できているからだ.そして意図を共有しているということになる.
  • つまり動作主はコミュニケートの意図を持ち,受け手は動作主がどのような意図でコミュニケートしようとしているのか推測している.
  • これらのことは言語を「コード」だけから考えるのは狭すぎることを示している.

  • 推測をチンパンジーと比較してみよう.ヒトの幼児の場合,幼児が興味を持っているおもちゃを2つの袋のどちらかに入れ,(幼児はおもちゃがどちらかの袋に隠されたことはわかるが,どちらなのかはわからない状況を作る)その後,被験者が片方の袋を指さすと,幼児はその袋をとる.
  • しかし(食べ物を使って)チンパンジーで同じ実験をするとチンパンジーは指さしと食べ物の在処を関連づけない(ランダムに袋を選ぶ).指さしによる視線追従はできるが,動作主の意図を協力的な状況では推測できないのだ.これは多くのチンパンジー研究者の予想を裏切るものだった.チンパンジー研究者はチンパンジーが賢いことをよく知っているので,それは非常に簡単なタスクだと思ったようだ.そして競争的な状況ならチンパンジーは容易に動作の意図を推測できる(互いに食べ物を取り合っているときに,相手が手を伸ばそうとするとそこに食べ物があることを理解できる).しかし協力的な状況ではできないのだ.
  • ヒトの子供のゴールは探し物ゲームで,登場人物は探すものとそれを助けるものとして認知されている.しかしチンパンジーではそれができない.
  • では何がチンパンジーの認知を妨げているのか.これには3つの候補がある.(1)協力的動機(2)再帰的な推測(3)共通の背景だ.おそらくそれぞれ原因となっているのだろう.チンパンジーは相手が協力的な動機を持つことを理解できない.また再帰的な推論にも限界があるようだ.さらにコミュニケーションのパートナーとの共通の背景も理解が難しいようだ.
  • ヒトの子供は容易に共通の背景を理解できる.おもちゃを片づける場面でも,大人と一緒に片づけていたならば,最後に一つ残ったおもちゃをその大人に指さしされるとそれを玩具箱に片づける.しかし全く同じ場面でも新しく部屋に入ってきた大人に指さしされると,大人の顔をじっと見たり,そのおもちゃをとってきて大人に渡そうとしたりする.私が最近見た印象的なエピソードを紹介しよう.空港のボディチェックのところで,検査官が「回れ」という意味で指を回すことがある.しかしこの背景が理解できなかった5歳ぐらいの子供はうれしそうに指をあげて回し返していた.
  • これに関連する推論として「既知のものと新規のものの区別」がある.子供は相手が「ワオ」と驚くと,それは何か新規なものだと推測する.そしてそれが既知のものであれば,何か未知な部分か側面が見つかったと考えるのだ.14ヶ月の幼児に対して知っているはずの太鼓に大人が驚いてみせると,幼児は大人が見ていた太鼓の側面をみようとして身をよじる.

  • この協力的動機とはどのようなものだろうか.それは経験を共有したい,教えたいというものだ.「見て見て,あれはすごいよね」そしてそれを肯定してほしいのだ.そして共有の背景があれば,様々な物事を参照できる.

  • ではこれはどのような進化仮説に結びつくのか.まずそのプロセスとしては指さしとパントマイムが言語へ向かう鍵になるトランジットだと考える.それは共有意図と言語のインフラを提供するのだ.
  • では何のために進化したのか.それはコラボレーション行動のために進化したのだろう.協力的動機と協力的認知はそれを示している.
  • そして言語の慣習化(文化)はこのインフラの上に作られたのだ.

  • 結論:ヒト特有の言語はジェスチャーを通じて作られた.そしてその慣習化である個々の言語は共有意図のインフラの上に作られたのだ.

指さしと共有の背景と意図の推測を強調した楽しい講演だった.ここからは質疑応答.

f:id:shorebird:20180812075928j:image


質疑応答

Q:ミツバチのダンスも指さしのようなものだが,それについてのコメントは?

A:ミツバチのダンスはコーディングの進化.柔軟性はないし,学習されるものでもない.「あの方向で何メートル」を記号化しているだけで,指さしのようなポインティングではないと考えている.


Q:チンパンジーが協力的意図を推測できない要因として3つあげられていたが,全部一緒に働くのか.

A:それぞれ協力的意図を推測できない阻害要因だと思う.できない理由が3つあるということだ.


Q:子供はいったん推測した相手の意図を変更することがあるか

A:いろいろなことでリバイズは生じる.


Q:なぜ身振りによるプロト言語から音声言語へのジャンプが生じたと考えるのか.

A:これにはハンズフリーになるので有利だとかのいろいろな説明がある.私は何か新しい説明を持っているわけではない.ただチンパンジーは音声(シグナル)を自発的に用いることはないようだ.しかしヒトの音声コントロールが言語になって初めて可能になったとは思っていない.何らかのコミュニケーションツールとしてコントロールされた音声があったのではないかと考えている.


Q:情報をシェアするという(個体メリットのなさそうな)性質がなぜ進化したのか.

A:とても興味深い質問だ.こう考えてみよう.では今の言語の機能は何か.社会的絆というのはありそうなところだ.自分の犬が死んでとても悲しいということを親友とはシェアしたいと思うだろう.シェアしてもらえなかったら友人と認められていると感じられないのではないか.オンラインでのつきあいの大半は共通の関心事を話し合っているという報告もある.言語には類人猿グルーミングのような機能があるのだろう.


Q:共同行動のうち(相利的状況である)スタグハント的な場合にはゴールがあるが,情報のシェアにはゴールがなく質的に異なるのではないか

A:前者は後者のファーストステップと考えてよいのではないか.そして情報のシェア自体が新しい社会的なゴールとなっているとも考えられる.


Q:(プロト言語だと主張されることもある)音楽やダンスについてはどう考えているのか

A:子供が外のリズムに合わせて体を動かすようになるのは(指さしやジェスチャーより遙かに遅い)3〜4歳頃からだ.そしてそれはシステマティックなものではない.音楽は多くの文化で見られるが,それが使われるのは祝福や葬儀などの儀式の場面,そして戦争の場面だ.あるいはグループ行動の際に共通の背景を作るのに用いられているのかもしれない.それは社会的絆の新しい追加コンポーネントなのかもしれない.協力と関連する新しいプロセスではないかと推測している.


Q:言語機能のうち,抽象的な思考伝達ということについてはどう考えているのか.

A:抽象的な内容を伝えるには文法の構築が必要になる.(だからある程度言語が成立した後になって生まれた機能ではないか)


以上でキーノートレクチャーは終了だ.トマセロの言語進化の考え方については,私は生得的なユニバーサル文法の主張を認めない論者だと理解して,これまであまり真剣にその主張を吟味してこなかったが,今日聞いた印象では,生得文法を否定しているというより,そのようなコーディングよりも意図共有の方が重要だというスタンスのようだ.ちゃんと勉強しなければという思いを抱いた講演会だった.


この辺がトマセロの言語進化がらみの本の邦訳になる.

認知・機能言語学 ――言語構造への10のアプローチ

認知・機能言語学 ――言語構造への10のアプローチ


トマセロの協力についての本,私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130827

Koji FujitaKoji Fujita 2018/08/16 08:58 いつもながらの見事なまとめに感服します.
冒頭,「競争的コミュニケーション」は「共創的コミュニケーション」ですのでよろしくお願いします.

shorebirdshorebird 2018/08/16 19:15 藤田様

コメントありがとうございます.
「共創的コミュニケーション」大変失礼いたしました.訂正しておきました.

2018-08-09 「進化心理学を学びたいあなたへ」 その9

[] 「進化心理学を学びたいあなたへ」 その9 08:35  「進化心理学を学びたいあなたへ」 その9を含むブックマーク


第3章 認知と発達を進化から考える その2

数量情報処理,推論,記憶に続いて生活史にかかる寄稿が収められている.


3.4 ヒトの成長を進化からとらえる ブルース・エリス

ブルース・エリスは進化発達心理学の創立者の1人で,思春期・青年期について,特に父親の投資との関連でいろいろなリサーチを行っている.

  • 私は若い頃進化心理学のアイデアに情熱的な興味を抱いた.学部生の頃,社会学のクラスでプレゼンを行うと,それは担当教授を3時間のゲシュタルトセラピーに送るほど動揺させ,これはいけると確信した.
  • 大学院ではバスのもとでトレーニングを受け,大学生の配偶行動を研究した,性的ファンタジーを扱った最初の論文はプレイボーイ誌に報道されたが,実は発達プロセスについて考慮できていないことに気づき満足できなくなった.そして個人が自分の社会的身体的世界に応じてどのような繁殖戦略をとるようになるのかに興味を持つようになり,子どもや思春期の発達を研究するようになった.

  • 私は自分のキャリアの目標として「進化生物学と発達心理学を誘導させた新しい研究分野(進化発達心理学)の創設」をおいている.こうした目的に沿って,発達経験の進化モデルの生成・検証に研究の焦点を当ててきた.私の研究は,家族や生態的ストレスが思春期や初めての性的経験や妊娠にかかる発達帰結に影響を与えることを示しているが,その大きさは個人によって異なる.
  • 実際の研究の多くは子ども時代の経験と思春期発達の間の因果関係を検証するものだ.これはベルスキーたちが1991年に発表した「子ども時代の経験と人間関係の指行性と完食戦略を関係づける理論」の上に乗っている.
  • 私と共同研究者はベルスキーたちのオリジナル理論にいくつかの追加修正を加えた.
  • 家族環境を再分析し,厳しく対立的な家族ダイナミクスと温かく支援的な家族ダイナミクスを区別して,それぞれの相対的効果を調べた.これにより就学前により温かく支援的な養育を受けた女子は思春期発達が遅いことがわかった.
  • また父親の投資と関連させた補足的理論を発展させた.実父と一緒に過ごし父親が養育に多くかかわった女子は思春期発達が遅くリスクある性行動を関与することが少ないことが示されている.また思春期開始タイミングを,養育環境の質に対応した子ども時代の長さを定めるメカニズムとして理論化した.そして子ども時代のストレスを厳しさと予測不可能性の2次元で概念化した.(このほかいくつかの追加理論が解説されている)
  • 現在は子ども時代の経験と性的発達に関して遺伝を含んだ因果関係の検討に焦点を当てている.発達経験についての進化理論では家族環境は思春期開始タイミングに因果的に影響することになる.しかし行動遺伝学にはこの影響が見かけのものに過ぎないという代替理論(家庭の機能不全をもたらすような親の要因が遺伝することにより女子の思春期開始が説明できる)がある.私は遺伝的,環境的に統制された兄弟姉妹の比較手法を開発した.それは(ある時期に離婚してその後は母親が養育した)同じ両親から生まれた年の離れた姉妹を比較するものだ(遺伝的寄与は同じだが,父親との養育期間がこの姉妹間で異なる).この父親との養育への暴露期間はニュージーランドの研究では初潮年齢に強く影響し,アメリカの研究ではリスクのある性行動に影響していた.
  • これらの研究から得られる知見のポイントは,逆境に対して個人を過剰に脆弱にするまさにその特徴が,時に状況に見合ったサポートから利益を得る傾向を高めるという結果が繰り返し得られていることだ.
  • このような感受性には個人差がある.私たちはこの個人差について状況的適応モデルを2005年に提唱した.それは非常に逆境的であったり非常に支援的であったりする場合に子ども時代の感受性発達が高まり,全体として感受性カーブが環境に対してU字型になるというものだ.
  • 最近これを修正した適応調整モデルを提唱した(2011).これはストレス反応システムは3つの主要な機能を持つと考えるものだ.3つの機能とは(1)身体的心理的課題に対する生体のアロスタシス反応を調整(2)環境からのインプットに対する生体の開放性を調整(3)幅広い領域で生体の整理と行動を制御ということになる.
  • 全体としてこれらの研究は家族環境,ストレス生理,性的発達という3つの概念を関連づけようとするものになる.そして進化理論を指針としてストレスの次元によりどのようなストレス生理や性的発達への影響があるかを明らかにするものになる.

  • 進化心理学者として身を立てるのは険しい道のりだ.あなたはきっと多くの偏見と抵抗を経験し,無知な反応や論文査読者に出合うだろう.
  • それでも一度ダーウィニズムというウィルスがあなたの心のソフトウェアに侵入したら,取り除くのは簡単ではない.それはあなたの世界観を変えてしまう.それ以外の世界の見方は不可能になるのだ.
  • 私のアドバイスは4つだ.それは「質の高い研究をしよう」「自分だけのニッチを見つけよう」「自分だけの旗を立てよう(この分野ならあの人に聞けばいいといってもらえるようになろう」そして「海外とのコネクションを作り共同研究をしよう」になる.私自身はそうしてきたし,それは私のキャリアにとって非常に有益だった.

冒頭のゲシュタルトセラピーの話はいかにも社会学がSSSMに染まっていた時代を感じさせるとともに,エリスの人生へのスタンスが垣間見えて面白い.

内容的には子ども時代の環境と繁殖戦略の結びつきの研究紹介が詳しい.一部の結果は,これがなかなか複雑で微妙な現象であることをよく示している.

なおこの現象に関してあまり進化理論的な解説はなされていないが,これはいわゆる「条件付き戦略」ということになるだろう.エリスによると感受性の発達の個人差も(非適応的ノイズではなく)同じく条件付き戦略で説明できるということになる.しかしなぜ非線形応答ということにせずに感受性自体の環境応答モデルにするのかはよくわからない.あるいは初期環境によって感受性が設定され,それが次の時期の環境に対して応答するということなのだろうか.ここではそのあたりの細かいことが解説されていないが,興味深いところだ.



3.5思春期の到来と自己欺瞞 ミシェル・サーベイ

サーベイはカナダの研究者.個人の発達現象の進化,協力における自己欺瞞,配偶行動とパーソナリティの関連などをリサーチしている.本稿では自らの研究内容を解説している.

  • ハーバート・スペンサーは知識の価値は人間の洞察や幸福の促進に重要かどうかで決まると考えていた.それに沿うなら最も価値ある知識は心理学から得られることになるだろう.
  • 私も自然法則の中で人間心理を考察し理解することに長年興味を持ってきた.動物行動学,生態学,比較心理学,人類学,進化生物学などを学び,背景知識を得て社会生物学進化心理学の道に進んだ.進化心理学は,ヒト以外の世界を支配しているのと同じ基本法則からヒトを理解しようという試みになる.(その基本アイデアについて詳しく書かれている)ここから私の研究について説明しよう.

<進化と発達(生活史)>

  • 進化と発達は生物学の中で重要なテーマだ.個体発生プロセスと系統発生プロセスを一致させようとするヘッケル,ホール,(そしてヒトに関しての)フロイト,ピアジェたちの取り組みは反復発生理論に基づいており,それはダーウィニズムではなかった.それ以降多くの心理学者は進化的な説明に背を向け,行動主義を採用するようになった.
  • しかしここ30年ほど進化心理学の成長により,ヒトの発達についての進化的アプローチが復興しつつある.これらの取り組みにおけるコンセンサスは「個人が生涯を通じて経験する一連のステージは,いずれもその時点での環境状況への何らかの形での適応だ」というものだ.この最新の取り組みは発達システム論と生活史理論に立脚している.これは,生物の発達は個体発生に対して働く長い淘汰プロセスによって形作られ,その結果としてその種の生活史があると考えるアプローチになる.
  • 思春期の開始は注目を集めてきた生活史イベントだ.学部生時代に私は生物の発達・繁殖機能に社会的環境がどのように影響するかを知った.例えば非血縁のオスの臭いを嗅いだラットのメスはそうでないメスに比べて早く成熟する.私は1980年代にこのような研究をヒトに広げようと考えた.
  • カナダでの調査で,父親が不在で高ストレスか,あるいは継父と同居している少女の初潮時期がそうでない少女に比べて早いことを見いだした.このような知見は繰り返し報告され,拡張や理論化が進んでいる.
  • 私はさらにその初潮の早さの一部分は母親の初潮の早さで説明できることも見つけた.この効果の一部は遺伝的なもので,一部は初潮の速い母親は早く結婚し離婚しやすいことで説明できるだろう.ストレスは通常初潮を遅らせるが,父親不在などの特定条件下では逆に早める.これらの複雑な関係について研究者たちは統合モデルを作るべく取り組み続けている.

<自己欺瞞>

  • トリヴァースは自己欺瞞は相手をよりうまく騙すために進化したと論じた.しかしそれはほかの目的(認知負荷を減らす,家族の絆を高める,互恵的あるいは血縁的協力行動を促すなど)のために組み込まれたのかも知れない.
  • 私は「我々は協力を促進するために自己と他者の意図について自己欺瞞に陥る」という仮説を立て,自己欺瞞についてのアンケート調査を行った(参加者の協力傾向については別途囚人ジレンマゲームの行動によっても測定した).予測通り参加者は非血縁者より血縁者とより協力すると答えたが,自己欺瞞の程度の高い参加者はより協力すると答えた.
  • さらに抑鬱的な人は自己欺瞞と協力が低いのではないかと考え,鬱と自己欺瞞と協力の関係も調べた.これも予測通り自己欺瞞的な人はより協力し,抑鬱傾向も低かった.これについて進化的にも考察した.鬱は協力を一部サボタージュし,自身の交渉力を高める機能があるのではないかと考えている.
  • クルツバンとアクピティスは自己欺瞞はモジュール性の副産物であると主張している.しかし副産物というより目的のあるモジュール性のは生物であり適応的だという方がありそうだ.

<配偶者選択

  • 配偶者選択は性淘汰,親の投資,性戦略の理論に基づいている.この分野は進化心理学で最もよく研究されているトピックであり,これから研究する上では特にオリジナリティが重要になる.
  • 私はこのトピックの研究を開始するにあたって「潜在的な配偶相手について『攻撃的でない』あるいは『親らしい』と形容されていることがどのように女性の配偶者選択に影響するか」を調べた.当時『優しさ』については男女ともに相手に求める性質であるという知見は確立されており,こうした評価に性差がないと受け止められていた.私たちはこの『優しさ』という言葉の意味合いには性差があるのではないかと考えたのだ.女性にとっては『自分に危害を加えない』『子どもに投資してくれる』ことが重要であるからだ.
  • 調査してみると,予想通り『身体的危害を加えないこと』も『親の資質が高いこと』も女性に対してのみ性交渉意欲を増加させた.
  • これ以外には配偶価値の自己評価が男性の配偶戦略を変えるか(長期戦略か短期戦略か)を調べた.予測通り,自己評価を操作的に高めてやると男性はより短期的配偶戦略をとる傾向をみせ,戦略の個人差の10〜20%は自己評価によることを示唆している.女性は自己評価の高さが短期的戦略に向かう傾向はなかった.女性の場合には自己評価が高いほど(短期的配偶相手の選別)基準が厳しくなるようだった.

  • 進化心理学は20世紀の最後の四半期に北アメリカで開いた学問領域だが,そのルーツは多くの国の哲学や思想史まで広がっている.また学問史自体学問の重要な要素だ.だから古い書物を開くのを恐れてはいけない.

生活史,自己欺瞞,配偶者選択と研究テーマが幅広く,それぞれについて研究を進めるにあたってどのように独自性を追求してきたかがわかるように書かれている.

鬱が(自己欺瞞的)戦略的サボタージュだというのは斬新なアイデアだが,サボタージュが交渉力を増すように働くか,それとも逆に働くかはかなり文脈依存的ではないだろうか.何らかの交渉がある状況で鬱が適応的だという仮説だとしても鬱のような状態が平均して有利になるとは思えず,疑問だ.

なおここでクルツバンが自己欺瞞を副産物であると主張したとされているが,これは誤解ではないかと思う.クルツバンは明確に自分の評判を保つためには報道官は知らない方が有利であると語っている.


自己欺瞞についても語るクルツバンの本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20111001


同邦訳.私の訳書情報は私の訳書情報はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20141001


そして自己欺瞞についてはトリヴァースによるこの本は外せない.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120523


コラム3 「あたりまえの根っこ」としての進化理論 橋彌和秀

日本人研究者によるコラム第3弾はコミュニケーションや心の進化発達的基盤に行動実験でアプローチしている橋彌によるもの.自らの履歴と研究者としての姿勢を語っていて深い.

  • 高校の時には臨床心理学に興味を持ち,河合隼雄のいた京都大学教育学部を受験したが,一浪しているうちに「言葉」や「科学」に興味を持ちだした.入学後は講義にも出ずに本を読み仲間と議論し世界を放浪する生活を送ったが,結局臨床心理と科学の間に折り合いがつかず悶々としていた.
  • 3回生になった頃ドーキンスの「利己的な遺伝子」と立花隆の「精神と物質」を読み,前者の膨大な知見と後者の分子生物学の実験デザインの美しさにしびれる.そのころ松沢哲郎チンパンジーの比較心理研究の集中講義を受け,その実験デザインも美しいと感じ,霊長類研究所に見学に行く.そこの院生にこれぐらい読んどけといわれて,クレブスとデイビスの「行動生態学」も読む.
  • ここに至ってようやく「臨床心理学は科学ではない*1」「自分は臨床には向かない」ことに気づく.そしてヒトには興味があったので霊長類研究所に進み,チンパンジーの心理学実験を始める.
  • 院生の頃「種の起源」を精読してそのロジックの強靱さに感動したのが進化心理学との関わりの始まり.そしてヒトの赤ちゃんや子どもを対象にした研究に移行して現在に至る.
  • 私にとってのヒーローはデイヴィッド・プレマック,ニコラス・ハンフリー,ダン・スペルベルの3人だ.彼等は皆,真っ当な自然淘汰理論を根幹に持ち,明晰な哲学的思考と自然科学的な方法論を用いて独創的な研究を成し遂げている.これらはあたりまえのようでとても貴重だ.そして自分も(せめて方向性として)そうありたいと思っている.自分なりの思考の基盤としての進化理論と方法論を内に根付かせて,オリジナルな研究をささやかに提示するあたりまえの自然科学者の1人でありたいと思っている.

橋彌のインテレクチュアルヒーローの3人の名前はなるほどという印象だ.確かにみな進化的な視点を持ちつつ極めて独創的にヒトの心の謎に迫っている人達だ.

橋彌の訳している本.ギャバガイは原著は古い(1986年)が,その価値を高く評価する橋彌によって昨年訳し直されたされたものだ.(再訳の経緯については,訳者解説で1989年の西脇与作の訳本が絶版になっていたので訳し直したとだけあるが,おそらく哲学者の西脇訳は21世紀の自然科学者には相当読みにくいものになっていたということだろう)

*1:善悪の問題ではないと断り書きがある.仮説検証型の営みではないという意味だろう

2018-08-06 進化心理学を学びたいあなたへ」 その8

[] 「進化心理学を学びたいあなたへ」 その8 07:37  「進化心理学を学びたいあなたへ」 その8を含むブックマーク


第3章 認知と発達を進化から考える その1

第3章は認知(推論,意思決定,記憶など)と発達が扱われる.


3.1 120万人と人口の0.1% 書き方で数の印象が変わるのはなぜ ゲイリー・ブレイズ

ブレイズは数値情報の判断,領域特殊的推論,社会的意思決定を主に研究しているアメリカの進化心理学者,コスミデスとトゥービイのもとで学んだサンタバーバラ学派の1人だ.冒頭はある薬剤の10単位と10,000単位を間違えて投与しあわや医療事故というケースが取り上げられている.私たちの数値に対する判断も進化の影響を強く受けているのだ.

  • ヒトが数値の情報をどのように取り扱うかは進化を通じてデザインされているため現代環境において常に効果的であるわけではない.
  • ヒトが最もうまく数字を扱えるのは「それが頻度として表示されている」「オブジェクト全体,出来事,場所として表現されている」「比較的小さな整数で表現されている」場合であることがわかっている.それぞれ頻度仮説,個別化仮説,参照数量仮説として提唱されてきたものだ.

<頻度仮説>

  • 定量的な情報は様々な形式(絶対度数,単純頻度,パーセンテージ.単一事象確率,割合など)で表現でき,それは相互に交換可能だ.しかし心理的な有効性の点ではこれらは同じではない.
  • この中で情報の頻度表現(1000個の中の400個など)はより良い判断と意思決定をもたらす.まず頻度情報はその根底にあるサンプルサイズの情報を含んでおり,その他のどのような形式にも変換可能だ.そしてそれだけではなく生態学的にもより妥当なのだ.つまり現実世界での情報は頻度として存在する傾向があり,それは進化的時間スケールで世界の本質であり続けた.このため心は頻度データを扱うようにデザインされていった可能性が高い.
  • これは実験によっても示されている.実験参加者は頻度情報が最もわかりやすいと評価する.また子どもは数値情報の解釈についてそれを頻度情報をして受け取るバイアスを持っている.(だから1/2+2/3を「2つのうち1つ」と「3つのうち2つ」と受け取って答えを3/5と解答してしまう)
  • ただし,頻度仮説の主張のうち,「それが進化的に特権的な表現形式である」という主張については議論が続いている.用語の混乱や様々な主張や立場に関する混乱はこの分野ではつきものだ.しかし近年の実証研究はこの仮説を支持している.

<個別化仮説>

  • 頻度仮説は多くの研究結果と整合的だが,では数えられるのは何の頻度なのかということが次の問題になる.世界には数えられるものにあふれており,我々の頭がパンクしていないということは何らかの選別が行われているはずだということになる.
  • 個別化仮説は,ヒトの心がうまく働くのは物体や出来事や場所を総体として数えた頻度を扱う場合である(その一部の側面や様相を数える場合ではない)とするものだ.「魚が15匹」という認知処理は容易だが,「魚の側面が30」は容易ではない.しかし切り身にすれば(個別のものになれば)「切り身が30切れ」という処理が容易になる.
  • 私は一連の慎重な実験で,離散的な要素として知覚される部分へと個別化することでそうした部分についての統計的推論が容易になることを示した.
  • これについても反対意見はあって議論が続いている.

<参照数量仮説>

  • 王暁田たちは,トヴェルスキーとカーネマンの主張した(アジア熱病対策問題の)フレーミング効果が,小集団や家族規模の集団についての意思決定を求められると消失することを見いだした.王はこれはヒトの進化史において繰り返し直接対処してきた数量スケールであることを指摘している.ヒトの心は進化史において典型的に経験してきた量(0〜100程度)を離れた数量スケールを処理できるようにはデザインされていないというこの説明は参照数量仮説と呼ばれる.
  • 私はこの仮説から導かれる予測「非常に低い基準率を大きな参照数量で表現した場合や非常に高い基準率を大きな参照数量で表現した場合,態度や行動に歪みが出るだろう」を検証した.

  • 現代社会にはこのような形式ではない数量を処理する必要がある場面が多く見られる.(住宅ローンの利率,セールの割引率,医療検査の結果解釈など)冒頭の医療事故もこれに対処できなかった1つの例だ.進化的な視点はこのような事故の原因を理解し,回避する手助けになるだろう.
  • 進化的なアプローチには,なお創造論者や文化相対主義者や学問上の純粋主義者からの抵抗があるのは事実だ.しかし理論的に重要で実用的な応用を伴い研究結果はいずれ注目を得ていくだろう.

数量の把握についてもヒトの心は領域特殊的にデザインされているということだが,細かく見ていくのは面白い.「アジア熱病問題のフレーミング効果がEEAで直面したであろう人数に調整すると消滅する」という実験結果は,進化心理学勃興の初期に,このアプローチの鋭さを鮮やかに印象づけるものの1つだったという記憶がある.

なおこの数値情報処理についての関連書籍としては以下のドゥアンヌの本がある.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100913



3.2 ヒトの理屈はいつだって論理的? 交換と安全の論理 ローレンス・フィディック

フィディックは主に4枚カード問題などの推論課題をテーマにリサーチする進化心理学者で,やはりコスミデスとトゥービイのもとで学んだサンタバーバラ学派の1人であり,この寄稿の冒頭でサンタバーバラ大学院に出願した当時のことを書いている.

  • 1980年代にサイモン・フレーザーの学部生だった私はメンターの影響もあって進化心理学に興味を持ち,1991年にサンタバーバラの大学院に入った.そのときコスミデスは「あなたは社会科学の革命に飛び込んだのよ」と私に話してくれた.そして翌年「Adapted Mind」が出版され,まさに物事は変わっていった.
  • コスミデスの最初の学生として私は4枚カード問題に取り組んだ.(コスミデスたちの裏切り者検知モジュールの議論が解説されている)そして1992年当時,人々は裏切り者検知だけでなく予防措置ルール「もし危険が迫ったら,自分を守る行動をとらなければならない」の侵犯検知も得意であることがわかり始めていた.
  • これはヒトの心が「裏切り者検知」「予防措置違反検知」などの領域特殊的な推論モジュールの集合体なのか,義務に関する領域一般的な推論を行うのかの議論につながる問題だった.私はこの点について研究を行ってきた.
  • 実際にこうした見かけの類似性に反して,社会契約と予防措置に関する推論が異なる神経認知メカニズムによるものであることを示す多くの証拠がある.私は反復プライミング法に基づいてこの2つの推論を切り分けることが可能であることを示した.また社会契約違反検知と予防措置違反検知はその違反が偶然の事故として起こったかどうかに影響されるかどうかに大きな違いがあることも示した(社会契約違反検知の場合のみ大きな影響を受ける).さらに社会契約違反は怒りと予防措置違反は恐れを関連していることも示した.
  • さらに道徳の発達に関する研究では,基準判断として知られる方法が,異なる領域ルールの推論の区別に効果的であることが示されている.大人だけでなく小さな子どもでも義務と社会的慣習を区別することができる.私はこれを用いて,社会契約より予防措置ルールの方がより「義務的」だと判断されていることを示した.
  • そして最も説得的な証拠に神経学的なものがある.(社会契約違反と予防措置違反で異なる脳領域が活性化されていることを示すfMRI研究,脳の領域損傷患者実験が紹介されている)

  • 私は(恥ずかしながら)最近になって不安障害という精神疾患があることを知った.この症状は私の研究と非常に関連しており,(調べていくことにより)予防措置に関する心理メカニズムに豊富な洞察を提供してくれるだろう.
  • また最近は個人差の研究にも関心を持っている.これについてはユニバーサルを強調してきたサンタバーバラ派として気まずさもある.それは個人差は非適応的なノイズであり,重要ではないと考えてきたからだ.しかし精神疾患発達障害を理解することには意味があるし,非適応的なノイズをよく考察することにより適応産物であるシステムの性質や構成要素についてより見えてくるものがあると考えるようになった.現在,社会契約と予防措置に関して決まったパターンの個人差があるか*1,そしてそのような個人差が今ある(ビッグ5などの)性格特性質問紙調査でこの傾向が捉えられるかどうかを調べている*2

  • 進化心理学が今直面している問題の1つは「進化心理学の射程の再定義」だ.理論的には進化心理学で説明できることは自然淘汰により形作られた心理メカニズムに限られる.そしてそれは過去の進化時間における環境に適応しており,その進化環境は現代の環境と連続しているが違いの方が圧倒的に多い.
  • このようなミスマッチに対してヒトの心がどう反応するかについて進化心理学はこれまであまり注意を払ってこなかった.一部の認知科学者たちはこれに取り組んできたがその説明は「進化で作られた心理メカニズムを単純に転用あるいは拡張利用して帳尻を合わせてきた」というものだ.しかしそのような転用や拡張利用がどのようなプロセスで起きたかの解明は重要だ.
  • まず第1に,それにより単に転用可能なものと,調整に進化時間が必要なものを見分けることができるようになる.例えばコスミデスとトゥービイの最初の4枚カード問題リサーチは社会的交換ルール(直接互恵)の裏切り者検知といいながら,実験に用いた実際のルールは交換とは関連しない「飲酒するなら18歳以上でなければならない」だった.ここを鋭くついた批判もある.しかしもしメカニズムが進化適応してきた問題領域と,それが実際に働く問題領域を区別できるなら,社会的交換を裏切り者検知の進化的説明に入れ込む必要がなくなるのだ.
  • 第2に,転用と拡張の説明を取り入れることにより進化心理学の関連領域は非常に広がる.ある心理メカニズムの進化的説明リサーチは,そのメカニズムが持つ新奇な機能についても洞察を提供できるようになるだろう.そしてそれはおそらく文化や発達にも影響されるはずであり,その結果進化心理学によって真の文化相対主義が説明可能になるだろう.

フィディックの寄稿の前半部分は社会契約ルール違反検知と予防原則ルール違反検知というかなり狭い領域を深くリサーチして得られた知見の解説になっていて,進化心理学の具体的なテーマがどのように追求されていくのかがわかりやすく示されている.後半の進化心理学の将来的展望の部分はなかなか深い.最後の「文化相対主義」に関するコメントには,これまでいろいろ「文化相対主義者」たちからいわれのない批判を受けてきたことへのルサンチマンが垣間見える気がする.


3.3ヒトは何を覚えてきたのか:記憶の進化心理学 スタンレー・クライン

クラインは現在サンタバーバラに在籍し,進化心理学センターの主要メンバーでもある.研究テーマは広いが,ここでは記憶(そして異なる適応領域の記憶は異なるメカニズムによっていること)について語っている.

  • ここでは記憶の科学的研究においても進化がその中心コンセプトになっていることを論証したい.記憶の起源,機能,そして範囲は進化的にどのような適応課題に対して記憶システムがデザインされているかを考察することによって初めて理解できるのだ.
  • 私の研究目的は脳の情報処理の構造を明らかにすることだ.それは心を機能的な単位に解剖することに相当する.
  • 心理学者は長年にわたって情報を符号化,貯蔵,検索するシステムがどのような領域についても同じだと考えてきた.しかし進化的に考えると,異なる適応問題に対して,異なる情報符号化・貯蔵・検索システムのデザインが要求されるはずであることがわかる.例えば鳥がさえずりを覚えるための記憶システムと越冬用貯蔵種子の場所を覚えるための記憶システムに要求される特性は異なるのだ.
  • 個別の記憶システムはそれぞれの適応問題を解決するためにそれぞれの状況で利用可能な手がかりを利用するにようになっているはずだ.つまり記憶のデザインはその動物の生態という文脈抜きでは理解し得ないだろう.そしてそれはその環境だけでなく,注意や学習メカニズムとも共進化してきているはずだ.
  • するとリサーチは適応問題に焦点を当て,機能的ユニットとしてまとまっているシステムを探すという形になる.そして記憶はそのような機能的ユニットの一部であるだろう.記憶は一連の計算プロセスの「相互作用」であり,その一部に符号化・貯蔵・検索がかかわっているだけだと概念化できる.貯蔵された情報が多くの心理プロセスを経て主観的経験になったときそれは「記憶」と呼ばれるのだ.

  • 記憶はプロセス要素間の共適応した関係で,それらのプロセスが共働して特定の適応機能が生みだされる.そしてプロセス要素は符号化・貯蔵・検索に限られない.適応課題を解決するには検索された情報を意思決定や行動に結びつけることが必要になる.さらに適応課題ごとに意思決定メカニズムに必要な情報は異なり,異なる意思決定メカニズムは異なるサーチエンジンと異なるデータシステムにアクセスするだろう.
  • このように考えると,「記憶」などというものはなく,たくさんの記憶システムが存在し,それぞれが特定の問題解決システムと関連しているだけなのかも知れない.

  • ここでエピソード記憶(自分の経験したイベントなどをそれが自分の過去に起こったのだという自覚とともに保持している状態)を考えよう.エピソード記憶は他の記憶システムでは扱えない機能的問題を扱っているのだろう.それは(1)協力関係の履歴を覚えておくこと(2)個人の発言の信用価値を評価すること(3)新しい証拠を得て社会的知識を再評価すること(4)他者に関する一般的範囲を区切ることだ.
  • ヒトは小さな集団で同じ相手と長期にわたる繰り返し相互作用をしてきた.このような社会的相互作用をうまくこなすには「経時的に存在する心理的に一貫した存在」としての自己を表象することが必要になる.このためには単純な符号化・貯蔵.検索以外に(1)自己主体感(自分が自分の行動や思考の主体であるという感覚)(2)内省能力(自分が何を知っているかを知り,自分の心的状態を試みる能力)(3)個人的出来事の連続体として時間を理解する能力が必要になる.
  • エピソードが自分に属するものであること,内省能力があることはエピソード記憶が心の理論システムの構成要素として進化してきたことを示唆している.
  • エピソード記憶の個別のイベントのデータはメタ表象に貯蔵され,「主体」「態度」「判断」などのタグを持つデータ貯蔵構造を持っている.
  • このタグ付けによるメタ表象により,エピソード記憶は意味記憶から分離される.「アレックスは月がチーズでできていると信じている」という記憶は「月はチーズでできている」という記憶と分離されているのだ.これにより自分の世界についての知識ベースを改変することなく他者の信念や欲求について考察可能になる.また妄想的にならずに自分自身の心的状態についての仮想的な推論が可能になる.またメタ表象の「時間」タグも重要だ.これがなければタイムトラベル的な推論は不可能になる.
  • このようなシステム的視点をとることにより,エピソード記憶とは宣言的知識を自伝的な個人的経験に変化させる心的能力のきめ細やかな相互作用から生まれる意識状態であると概念化できる.そしてこの中の構成要素が損なわれるとエピソードの再生に様々な障害が生じることになる.このような例を見ると(様々な例が実例が説明されている),エピソード記憶とはその持ち主が過去に経験した個人的イベントを時をさかのぼって追体験することを可能にし,それを他者との相互作用に関する現在の意思決定に活かせるようにデザインされていることがわかる.

エピソード記憶を進化心理学的に考察するとこうなるという詳しい解説になっている.いかにもサンタバーバラ学派らしい緻密なそして難解な寄稿だ.

*1:これまでのところで社会契約ルールを破る傾向と予防措置ルールを破る傾向があり,両者は区別できることがわかっている

*2:アストンとリーによる人格の6因子モデルがこの個人差をかなりうまく予測することが発見されている

ページビュー
4159655