shorebird 進化心理学中心の書評など

2017-02-21 書評 「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」

[] 「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」 19:03  「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」を含むブックマーク


本書は経済学者でゲーム理論家であるアリエル・ルービンシュタインによるゲーム理論をテーマにした本だ.理論の解説書でも単なるエッセイでもなく,ゲーム理論と社会の現実の問題の関係についての深い洞察を様々なお話を通じて緩やかに語る不思議な本になっている.原題は「Economic Fables」となっており,ゲーム理論の本質は一つの「寓話」であるととらえるべきだと著者の思いが込められている.*1


序章

冒頭は著者が会計士だった父親へ尊敬の念を抱いていたことを語り,しかしイスラエルで所属する大学が会計学の講座をもうけようとしたときには一人で抵抗したという思い出話から始まっている(著者は親の代に東欧からイスラエルに移住したユダヤ人だ.).これは経済学が簿記のような実務的な問題解決の学問ではないという著者の意見表明なのだ.著者は経済理論は「モデル」と呼ばれる「寓話」を通じて表明される「思想」であり,科学的に探求される「絶対的な真実」ではないと主張する.

ここから著者は様々なゲーム理論のモデルとその帰結を説明し,それが示唆する物語,しかしそれは前提に大きく依存することなどを具体的に語る.経済モデルは人生の理(ことわり)を探求するためのものだが,だからといって予測や助言にすぐ役立つものではない,というのが本書の大きなテーマになる.


第1章 合理性と非合理性

ちょっとした思い出話の後,経済学の前提である合理的経済人の仮定を扱う.ここではまずよく世間に誤解される微妙な部分「選好の意味(それは金銭的なものだけではない)」「あたかも何らかの最大化を行っているような行動(真の意思決定過程には興味がない)」「選好と幸福との関係には無関心」あたりを解説しする.なかなか微妙な部分がわかりやすく解説されている.

続いてカーネマンとトヴァルスキーが明らかにした非合理性の実例に話が進む.ここでは1970年代のイスラエルの政治状況の解説が面白い.ユダヤ人の権利をひたすら主張する強硬派のペギンと事実に基づき冷静な主張を行うラビンが登場するが,著者は最後に(心情的には全くペギンを支持できないが)両者の評価は難しいとコメントしている.また感情的な出来事に際しては自らも時に非合理的な心情に陥ることを告白している.

また心理学や行動経済学の実験でよく行われる「少額の金銭的報酬をインセンティブとする」という実務とその金額の少額性を問題にする批判についてもコメントしていて面白い.著者は大きな金額が関わる問題だけが重要ではないし,そもそも被験者の選択は仮想的な報酬をイメージさせたときとほとんど変わらないのだから実際の報酬自体不要ではないか,さらにはなぜ哲学のように研究者の自己申告では満足できないのかとまでコメントしている.またここでは統計的な有意性の問題より研究者の信憑性の問題の方が重要であるとも指摘していて興味深い.

またここでは合理性の仮定の擁護に進化論を持ち出す論者についてもコメントがある.これは進化心理学的なきちんとした考察ではなく,ナイーブな「合理性がある方が有利だからそう進化したはず」という議論のようだ.著者は「非合理的な個人が本当に絶滅するかどうか明らかでないし,そもそも非合理的な個人がいなければ合理性が有利にならないのではないか」とコメントしているが,これも進化動態についてナイーブな議論だといわざるを得ず,いただけないところだ.

最後に著者は「結局私は合理的でありたいのか」という哲学的な問いを行っている.著者はそれはたどらない方がよい道であり,「(私は)合理的人間が打ち負かされるのを観察して喜びを得ている」とだけコメントするとしている.なかなか含蓄のあるところだ.


第2章 ゲーム理論:ビューティフルマインド

冒頭でナッシュの思い出が語られ,ゲーム理論ナッシュ均衡の概念について様々な逸話を交えた解説がなされる.相手の手を読み合っていけばどういう均衡点にたどり着くかというポイントがうまく描かれていて読みどころだ.

では現実世界でナッシュ均衡はどういう意味を持つのか.著者は「人々がそういう場面でどういう手を選ぶのかはわからない」とする.

ここで例に挙げられているのは「2人のプレーヤーがそれぞれ180ドルから300ドルの金額を選ぶ.低い方の金額をAとすると,より低い金額を選んだプレーヤーはA+5ドル,より高い金額を選んだプレーヤーはA-5ドルを受け取る」というゲームだ.(このほか最後通牒ゲーム,ナッシュ均衡が生じない形のゲームなども扱われている.)

このナッシュ均衡は180ドルになる.しかし実際に人々がプレーするとナッシュ均衡である180ドルを選ぶのは2割ほど,4割は最高額の300ドルを,2割が295〜299ドルという戦略的な金額を選ぶ(そして様々な国と地域で同じような傾向になる)そうだ.

著者は「他人を蹴落としてまで得をすることをいやがるような選好があれば300は最適になりうる」とコメントしている.あるいは純粋に金銭的な選好だけでも人々の選択の分布について推定(つまり人々がどの程度ナッシュ均衡からはずれた手を選ぶかという推定)があればナッシュ均衡以外の手が最適になりうると思われるが,著者はそこはコメントしていない.(著者は,最後通牒ゲームの50%オファーするという選択への解釈についても「公平さを選好にカウントすれば最適になる」というコメントを行って一貫しているが,やはり公平さに無関心でも「相手は自分が損になっても報復するだろう」と予想していれば最適になりうるだろう)

そして著者はゲーム理論の均衡が実務上の有用性には結びつかないことを力説している.ゲーム理論的状況での人々の行動にはパターンが見いだされるが,それは理論的分析とは弱い結びつきがあるだけなのだ.またチキンゲームや囚人のジレンマではゲーム理論的な分析通りの選択は世界を悪い方向に導くとコメントする.(このあたりはそれぞれのゲームの単純化した前提と現実の差異,そして先ほどと同じ人々の行動予測の問題でもあるという気がするところだ)

最後に著者はナッシュの逸話に戻り,ゲーム理論の面白さを,それは世界を考える方法に触れることであり,その中にビューティフルマインドを見いだせるのだと語っている.


第3章 ジャングルの物語と市場の物語

この章では「モデル」の寓話のとしての性格を際だたせるために2つの仮想的経済概論を提示している.片方は「ジャングルモデル」で財の分配は力によって決まり,片方は「市場モデル」で財の分配は自発的交換によって定まる.

ジャングル経済は楽しい頭の体操で,各プレーヤーに戦闘力と選好が与えられると初期分配から均衡分配にどのように導かれるかが解説されていて楽しい(市場モデルでは各プレーヤーの選好と初期価格がパラメータとして設定されると均衡分配が導かれる)

著者はここから「パレート最適」「外部性」などの概念を解説し,配分に与える影響は制度よりも選好の方が大きいとコメントする.なおこのジャングル経済は,「最も強い戦士が全ての財を独占する」という均衡にならないために「複数財の同時保有に制限がある」という前提がおかれている.この前提も制度に含めれば,著者のこのコメントには疑問もあるところだ.


第4章 経済学と語用論,そして7つの落とし穴

この章は学際領域がテーマになっている.そして語用論の経済学的な考察が始まる.

ポール・グライスに始まる語用論の初歩をまず解説してから,著者は「説得の場面における語用論」を考察する.著者の考察はゲームの場面に沿って展開されるが,要するに「互いに利害が一致していない場面での発話は相手の操作を目的としているはずだ」というドーキンスとクレブスによる進化生物学的シグナル理論に近いものになっていて面白い.

議論は例に挙げられているゲームと著者による読者の説得というメタ構造を巡り,制度設計問題に発展し,専門家の意見を引用する複雑なゲームを行うモデルを組み立て,選択問題試験への回答方法を考える.ここは著者が自由に発想を広げていて興味深い話題が満載だし,所々に読者をはっとさせる警句(落とし穴*2)を提示していて大変楽しい.


第5章 (ある種の)経済政策

子供の頃のユダヤ教や社会主義を巡る思い出話の後,著者は経済政策は「どのようなゲームを行うか」に似ていると主張する.それはプレーヤーとしての参加資格は誰にあるか(移民政策,外国人労働者政策のみならず,出生奨励政策や教育政策も含まれる.そして経済学では参加が望まれないプレーヤーにどうすればいいかという問題には対処できない.)どのような行動が許されるか(ありとあらゆる規制の問題)を定めるものなのだ.

またここではプレーヤーサイドにある厄介な問題にも触れている.非常に富裕な人たちがさらに成功自体や権力に魅せられてしまうと富が集中する.また資産について私的保有と公的保有をどう定めるかについては感情的な議論しかないと著者は指摘している.さらにプレーヤーの非合理性やゲームのルールの柔軟性も面白い問題を引き起こす.ゲームのルールの変更は利害の対立を生み政治問題化する.そして特にイスラエルについては国防にどこまで税金をつぎ込むかという問題も大きい.

著者は特に何らかの結論を出しているわけでもなく,ゲームの外側の様々な問題をエッセイ風に語っているだけだが,長年いろいろ考えていたことだけあって深さを感じるところだ.


 

本書は経済モデル,特にゲーム理論の本質について第一人者による洞察が語られていて内容的に深い.そしてそれを著者自身の人生経験,イスラエルの難しい政治状況,いかにもしゃれた数々のゲームの解析をちりばめながら語るという形で提示し,さらに語り口に独特の味があり,かなり抽象的なテーマにも関わらず読者を飽きさせない.

私としては合理的経済人の仮定の部分が興味深かった.ヒトの非合理性は損失回避などのバイアスを生み,様々な経済理論に影響を与えるはずだが,価格に対する取引の意思決定の問題においては合理的経済人の仮定は近似的にはほぼ成り立っていて全体的にそれほど大きな破綻をきたさない.しかしナッシュ均衡を選ぶかどうかという意思決定問題に対しては大きくずれてくるというのはなかなか面白いところだ.それはしばしば経験するゲーム状況においてナッシュ均衡を回避することに大きな適応度的なメリットがあったために様々な心理的な性質(その中には著者がいう公平などの道徳感情もあるし,それ以外にもコミットメントとしての感情などがあるだろう)が進化したということなのだろう.だから進化心理学的にも囚人ジレンマや最後通牒ゲームがよく問題になる背景ということになると思われる.

おそらく様々な読者がそれぞれの視点で興味深い論点を見いだせるだろう.ゲーム理論に興味がある読者には特に推薦できる深い書物だと思う.


関連書籍

原書

Economic Fables (English Edition)

Economic Fables (English Edition)

*1:そういう意味ではこの邦題の付け方はややずれているような気がするところだ

*2:多くは学際研究に巡る落とし穴だが,「研究者の利害に注意せよ」「実際のところ私たちは自分の取り組んでいることについてはっきりわかっていない」というものもあって面白い.

2017-02-18 Language, Cognition, and Human Nature その67

Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その6 19:18 Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その6を含むブックマーク


所格転換と同じく与格転換も2つのルールは必要条件に過ぎない.ピンカーのパラレルな説明は続く.


4 与格転換への理論拡張 その2

  • さらに,やはり所格転換と同じで,この理論だけではすべての現象を説明できない.所有の変化は与格転換の必要条件だが,十分条件ではないのだ.所有の変化を簡単に意味することができる動詞でも転換できないものがあるのだ.
  • giveとpassは転換可能だが,類似の意味を持つdonateとtransferは転換を許さない.同様な例は(tell, wright)と(shout, whisper, say),(throw, flip, kick, bring, take)と(pull, carry, lift),(make, build)と(create, design),(buy, get)と(choose, select)の間にもある.
  • この問題の解決も同じだ.話者は広いルールを直接適用していないが,狭いルールを身につけている.そしてこの狭いルールが特定の動詞群のみを所有の変化を可能にする意味を持ちうると決めているのだ.


  • 与える:give, pass, send, hand
  • 将来的な所有:offer, promise, bequeath, leave, refer
  • 自律的な動きを生じさせる:throw, toss, flip, kick, shoot
  • 付随動作の方向を示す:take, bring
  • コミュニケーションの内容/メッセージのタイプ:tell, show, ask, teach, write
  • 創造:bake, make, build, cook, sew, knit
  • 獲得:get, buy, find, steal, order, win
  • 上記に類似していても以下のような意味を持つ動詞は転換を許容しない
  • 付随動作の様相を示す:carry, pull, push, lift
  • 条件を満たしている/受けるに値する:credit, reward, entrust, honor, supply, furnish
  • しゃべり方の様相:shout, scream, murmur, whisper, yell
  • 選択:choose, pick, select, favor, indicate, prefer, designate
  • 与格の場合,狭いサブクラスの定義にかかる基準はもうひとつある.
  • 英語ネイティブな動詞(ラテン語などから派生したものではない英語に元々ある動詞で,通常単音節で構成される)はより転換しやすい:ネイティブとラテン語派生の動詞の対比は以下のようになる.

give vs. *donate

tell vs. *inform

throw vs. *propel

make vs. *create

get vs. *obtain

  • この2番目の基準は実験によって示されている.架空の動詞を作って二重目的語構文を作れるかどうか調べると,被験者は(大人も子供も)単音節動詞でより二重目的語構文を使用するのだ.

このピンカーの理論拡張編は所格転換と与格転換のパラレル性が見事に示されていて印象的だ.とはいえなぜ英語ネイティブ動詞とラテン語由来動詞で与格転換に関するサブクラスが変わってくるのだろうか.ピンカーはここでは解説してくれない.もともとの英語にあった特徴のはずはないから,何らかの歴史的なバイアスが固定化したということだろうか.日本語だと漢語や欧州諸語由来の「○○する」という動詞の方がより所格転換しやすいが,それとパラレルな現象なのだろうか.いろいろ興味が尽きないところだ.

またピンカーはこの論文においては動能交替や受動態について詳しく解説していないが,そこにもパラレルがあるようだ.

動能交替でいうと,「He cut the bread」だとパンは切断されるが,「He cut at the bread」では切断されていなくてもいいということになる.なお二重目的語構文と同じく,日本語には動能交替もないようだ(類似のものはあるのかもしれないが,私には思いつかない).「武蔵は小次郎を切った/武蔵は小次郎に切りつけた」のように異なる動詞を使って表すのが基本なのだろう.このあたりも英語の目的語の重みが関連するのだろうか.ここも興味深い.

2017-02-15 Language, Cognition, and Human Nature その66

Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その5 22:37 Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その5を含むブックマーク


ピンカーは所格項構造についての理論を提示した.これを与格交替(dative alternation)にも拡張使用しようとする.英語の与格交替とは学校英語文法でおなじみのSVO構文とSVOO構文の転換(John gave a book to Mary. ⇄ John gave Mary a book.)のことを言う.


4 与格転換への理論拡張

  • この理論のいいところは,別の交替にも容易に拡張できるというところだ.拡張可能な対象には,使役自他交替(causative alternation),動能交替(conative alternatio),受動態転換などがある.

ここでいう使役自他交替は前節で扱われた使役の意味での自他交替可能な動詞と不可能な動詞がある問題,動能交替はやはり自他交替の1種で,「He cut the bread」は「He cut at the bread」に転換可能だが,「He broke the bread」は「*He broke at the bread」と言い換えられないという問題,受動態転換は「The Mafia owns many cars」は「Many cars are owned by the Mafia」と転換可能だが,「The Mafia has many cars」は「*Many cars are had by the Mafia」とは言い換えられないという問題を指している.

  • 与格交替は特に所格交替と同じ種類のパラドクスを持っており,同じ理論で扱える.

John gave a book to Mary.(前置詞与格構文)

John gave Mary a book.(二重与格構文)

  • これを見ると一般的な次の転換ルールがあるように感じられる

動作主+動詞+主題の名詞句+前置詞(to/for)+目的/受益者の名詞句

動作主+動詞+目的/受益者の名詞句+主題の名詞句

  • しかし意味論的には類似した動詞で上記のような転換を許さないものがあるのだ.

 John drove the car to Chicago.

 *John drove Chicago the car.

 John painted the house for Mary.

 *John painted Mary the house.

 John donated a painting to the museum.

 *John donated the museum a painting.

  • 所格転換と同じく,この交替についても子供は聞いた構文のみを用いるのではなく,創造的に転換させる,(これについて観察と実験の両方の証拠があることが解説される.子供の言い間違えの採取例が多数あげられている.ネイティブには大変かわいらしい間違いなのだろう.)
  • 解決の鍵は所格転換と同じところにある.与格に関するルールも二つあるのだ,


<ルール1>

  • 語彙的意味論的ルールは動詞の意味論的表現を変える.

動詞1:XがYをZに動かす.

動詞2:Xが「YをZに動かすこと」によって,ZがYを所有するようにさせる.

<ルール2>

  • 統語論的項構造は,リンクルールを通じて語彙意味論的構造に投影される.
  • まず動作主は主語になり,影響を受けるエンティティは目的語になる.
  • そして「所有」と2つ目の目的語がリンクされる.

  • この理論のメリットも所格転換と同じだ.

(1)
  • 第1に,これは2つの構文の意味が完全に同じでないことを説明できる,
  • この微妙な差は言語学者には気づかれていた.「Bonnie taught Spanish to the students.」では学生がスペイン語を習得したかどうかについてはコミットされていないが, 「 Bonnie taught the students Spanish.」だと,学生はスペイン語を身につけた(所有した)という意味が込められている.同様に「Biff threw the ball to her.」だとボールは彼女の頭上を越えていったかもしれないし,彼女がそれを落球したかもしれないが,「Biff threw her the ball.」だと彼女はボールを受け取っているのだ.
(2)
  • 第2に,理論は両構文の意味の類似性も説明できる.
  • XがYをZのところに動かし,そしてZが生きているなら,通常ZはYを所有するようになる.だから前置詞を伴う構文の意味は二重目的語構文の意味を含むのだ.
(3)
  • 第3に,理論は,統語形態の変化の種類について説明できる.
  • 位置を動かされるエンティティを目的語に取るマッピングは,その意味から2つの構文を予測させる.「本の位置を変えさせる」意味を持つ形態では,「本」が目的語になり,「ジョンが本を持つようになる」意味を持つ形態では「ジョン」が目的語になる.
(4)
  • 第4に,理論は転換に関する動詞の選択性を説明できる.
  • 何かを動かす動詞の中で,「所有することを引き起こす」という意味を持ちうる動詞だけが転換を可能にするのだ.
  • 車をニューヨークに動かしても,ニューヨークが車を所有することにならない.だから,driveはこの転換「drive the car to New York.」→「*drive New York the car」を許さないのだ.
  • 逆に「所有させるようにする」ことのみが可能で,「所有させるように動かす」ことができない動詞は二重目的語構文のみを許容する.
  • だから帽子によってアイデアが触発された場合「John’s hat gave her an idea.」とは言えても「*?John’s hat gave an idea to her.」は不自然な文になる.(ただし動作主が人であればgiveにはコミュニケートするという意味が加わるから,「John gave an idea to her.」を取ることが可能になる)
(5)
  • 第5に,2つの目的語を取ることが可能な多様な(系統関係の遠い)言語間で類似の現象がある.
(6)
  • 第6に,子供も大人もこの構文転換の意味の違いに敏感であるという(架空の動詞を使った)実験結果がある.(詳細な実験内容が説明されている)

所格交替と与格交替に非常に詳細にわたってパラレル性があるのがわかる.日本語にはこの英語の二重目的語構文のようにヲ格を2つとる形がないのでもう一つぴんとこないのが残念だが,言語の持つ共通の論理骨格が現れているようで面白い.そしてこのルールだけでは必要条件に過ぎず,十分条件の吟味も必要になるところも引き続いて説明される.

2017-02-12 書評 「野外鳥類学を楽しむ」

[] 「野外鳥類学を楽しむ」 19:20  「野外鳥類学を楽しむ」を含むブックマーク

野外鳥類学を楽しむ

野外鳥類学を楽しむ


本書は日本を代表する鳥類学研究者,上田恵介が長年研究者を育ててきた立教大学を定年退官する記念に教え子たちが寄稿して完成させたアンソロジーだ.基本的にはそれぞれの弟子たちの研究内容を紹介するものだが,上田研究室の思い出などエッセイ風の記述も多く,肩の凝らない楽しい記念出版に仕上がっている.

21人の寄稿を読むと上田研究室の自由で暖かい様子が浮かび上がる.(それが最もよく現れているのはこのカバー絵だろう.また大半の教え子が「自由放任主義」と形容しているのも楽しい)また上田さんのほのぼのとしたエピソードもてんこ盛りで弟子たちに慕われていることがよくわかる.巣探しの名人ぶりも何度も描写されているし,クリスマス用のとっておきのワインを弟子たちが勝手に飲んでしまった顛末もほほえましい.若手研究者の様々なフィールドの苦労話もこれでもかこれでもか*1と語られていて読んでいて面白い.

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生物学的な内容に関しては,托卵研究の舞台裏が描かれているのと,日本のバードウォッチャーにはなじみ深い鳥たちが次々に登場するところ(鳥類学の本を読んでいるとやはり欧州,北米,熱帯の鳥が中心になるのでここはなかなかうれしい部分だ)が,私的には興味深かった.特に面白く感じたところを順不同で紹介しよう.

  • ルリビタキのオスには羽色二型があり,羽衣遅延成熟を示す(若オスはメスに似たくすんだ褐色で,成熟すると美しい濃い青色を発現させる.バードウォッチャーにはおなじみのところだ).褐色の若オスでもメスとつがってふつうに繁殖できる.これはオス同士の順位闘争のシグナル(地位伝達信号)になっている.(メスの選り好み形質になっているようにも思われるが,その部分についてはコメントはない.)
  • キビタキにも同様にオスの羽衣遅延成熟がみられる.このキビタキのオスは,黒,褐色,白,黄色の4色を持つ.そして褐色の部分の占める広さはオス間の地位伝達シグナルとして機能し,肩の白斑の大きさはメスの成熟オスへの選り好み形質として,喉の橙の鮮やかさはメスの若オスへの選り好み形質として機能している.(オス間闘争地位バッジとメスの選り好みが別の色彩によっているというのは驚きだ.どのような進化要因が別々の指標に導くのだろうか.さらにメスが成熟オスと若オスで選り好み形質を変化させているのも驚きだ.著者は成熟オスの白斑は長寿(遺伝的質)を示すシグナルで,若オスの橙色は免疫機能を表す正直なシグナルで運んでくる餌の多さを示していると解説している.赤や黄色がカロチノイドによるもので免疫に関係する正直なシグナルになりうるのはよく知られているが,しかし白斑の長寿シグナルはどのように正直さが保たれるのだろうか.身近に観察できる鳥でもあるこのキビタキの例は非常に興味深い.)
  • コヨシキリのオスはナワバリ防衛のためのさえずりに様々な他種の鳥のさえずりの真似を多く用いる.一旦つがいになりメイトガード時期になるとさえずらずにメスにつきまとう.メイトガード時期が終了するとまたさえずり始めるオスが多いが,一部のオスはさえずらない.つがい外交尾を目指す戦略かと考えて検証したところ否定された(この問題は解決されていない).
  • オナガはかつてツミの営巣地のそばでよく繁殖していた.これはツミの存在によってハシブトガラスによるヒナの補食を避ける効果が大きいためだ.しかし90年代以降ハシブトガラスが増えてツミの防衛効果が減少し(ハシブトガラスの高密度繁殖によってツミが入り込めなくなる場合,若いカラス集団に対して防衛が不可能になる場合などがある)この現象はあまりみられなくなった.オナガの営巣地選択は様々な条件に敏感に反応するようだ.最近はツミに復活の兆しもあり,動向が注目される.(これは個人的にも興味深い.我が家のそばの都市公園でもツミが毎年営巣しており,確かにオナガも群れている.しかしツミはオナガを襲うこともあるのでいろいろなトレードオフがあると思われるところだ.)
  • オオセッカはきわめて限られた営巣地でしか繁殖が観察されない.これは同種誘因効果が大きいことが一つの要因らしい.(ここではさえずり音再生により既往繁殖地域の周辺部分の局地繁殖地の再形成実験に成功している.個人的には同種誘因自体の究極因にも興味があるが,ここでは取り扱われていない)
  • コガラは餌を見つけたとき(混群を形成した方が有利な場合であれば)ディーディーと鳴いて同種および他種の鳥を呼び集める.
  • シジュウカラは捕食者別の警戒音を持つ.ヘビに対してはジャージャーと鳴き,それを聞くとヒナは巣から飛び出す.カラスに対してはチカチカ,ジクジクの2種類の音で鳴く.チカチカを聞くとヒナはうずくまる.ジクジクはつがい相手を呼ぶ声だと考えられる.(これはオクスフォード近郊のワイタムでシジュウカラを延々と調査している英国のグループも見つけていなかったようなので驚きだ.あるいは地域的な差(文化差?)があるのだろうか.)
  • ヤブサメには繁殖つがいのナワバリ内をうろつく「おじゃま虫」オス個体が存在する.つがいとの血縁関係はなく,ヘルパーではなく,つがい外交尾をねらっている個体らしい.(ただつがいペアはこの個体に対して特に排除しようとしないということなので謎は残るように思う)

このほか有名なジュウイチとテリカッコウの托卵話(これはリサーチの裏話がいろいろと楽しい)がしっかり収録され,鳥類の行動生態に興味のある人いはとても充実した一冊になっている.さらに上にあげた鳥のほか,メボソムシクイ,ゴイサギスズメカワセミヤマセミイカルチドリコチドリイソシギ,モズ,アリスイオオルリなどのバードウォッチャーにおなじみの鳥も多数登場する.日本でバードウォッチングをする人には特におすすめの一冊だ.


関連書籍

デイビスのカッコウ本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150405

Cuckoo: Cheating by Nature

Cuckoo: Cheating by Nature

同邦訳.私の訳書情報はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160415

鳥の行動生態学.田中啓太による托卵の総説があり,上田も寄稿している.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160526

鳥の行動生態学

鳥の行動生態学


山階芳麿賞記念シンポジウム

上田の退官記念についてはこのような催しもあった.私のブログ記事はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20161104

*1:山麓で調査中ヴィデオテープの替えを忘れ急峻な山道を必死に往復すると今度はバッテリーを忘れていたなどという顛末から,巣箱実験とテンとの戦いの様相,42ha内の繁殖地の定着オスを全て個体識別した話がさらっと書かれてあったり,いずれも圧巻だ.

2017-02-09 Language, Cognition, and Human Nature その65

Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その4 22:05 Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その4を含むブックマーク


ピンカーは内容物所格と容器所格の転換について内容物所格が容器所格に転換される場合には,動詞の意味も物体の動きから容器の状態変化にフォーカスが変わり少し変換されること,それが文法的な目的語の交替に現れることを説明してきた.しかしこれだけでは謎は解明されない.ピンカーの説明は続く.


3 項構造変換の理論 その2

  • しかし動詞が可換かどうかを正確に予測するには大きな問題が残っている.そしてそれを解決するにはもう一つ前提を置かなければならない.
  • 問題というのは,確かに動詞がルールの意味論的変換に適合可能な意味を持っていることは,その動詞が可換であることの必要条件ではあるが,十分条件にはなっていないということだ.いくつかの(内容物所格項構造を持つ)動詞は状態変化に対応できる意味を持つが,容器所格項構造に転換できないのだ.
  • 例えばsplashとsplatterは容器所格項構造をとれるが,dripとdribbleはとれない.しかし「paintは壁一面をペンキで覆われた状態にするという意味を持ちうるが,dripは床一面をペンキで覆われた状態にするという意味を持つことはできない」と主張する理由は見当たらない.同様なことはbrush, smearとpour, spillの間にも言える.

  • この問題を解決するには「ある種の動詞はその意味論的表現に容器の状態変化を含むが,認知的に似た意味を持つある種の動詞にはそれを含まない」と認めることが必要になる.
  • これを認めるということは,より細かな基準により定義される意味論的形態論的に類似した動詞からなるサブクラスが存在し,話し手は転換しようとする前にこのサブクラスの定義を知っているということになる.

  • 例えば,連続的接触と動きに関し,動作主が内容物を容器に向けて押して動かす動詞は所格転換が可能だ(brush, daub, rub, slather, smear, smudge, spread, streak).動作主が力を伝え,物質が特定方向の放物線上に動かされる動詞(inject, spatter, splash, splatter, spray, squirt, sprinkle),また容器からあふれ出させるほどいっぱいにする動詞(cram, crowd, jam, stuff, wad)も転換可能だ.
  • これに対して同じくより細かい定義による別のサブクラスの動詞は所格転換できない.例えば,もし特定方向への動きが動作主によって引き起こされるものでなく,重力による場合には,その動詞(dribble, drip, drizzle, dump, ladle, pour, shake, slosh, spill)は所格転換できない.また動作主が糊やホッチキスなど何らかの媒介物を使って物体を何らかの表面に接触させる動詞(pin, fasten, tape, attach, nail, glue, paste, stick)は所格転換できない(*He stapled the board with posters.とは言えない).

  • このような動きを作る動詞から状態変化の動詞への転換に関する一般的なルールは,1つの幅広いルール(a broad-range rule)と考えることができる.しかしながら話者が動詞を1つの項構造から別の項構造に転換しようとするときにこの幅広いルールを直接適用するわけではない.この幅広いルールはいくつかの狭いルール(narrow-range rules)により構成されているのだ.
  • そして1つの狭いルールは1つの狭いサブクラスの動詞に適用される.所格転換に関する狭いルールの1つを例示すると以下のようになる.
  • 「ある物質に力を加えることにより,その物質をある表面の方向の放物線上に動くようにさせる」という意味を持つ動詞は,「ある物質に力を加えてある表面の方向の放物線上に動かすことにより,その表面をその物質で覆われた状態にする」という意味を持つ動詞に転換できる.
  • このような狭いルールのみが動詞のある項構造から別の項構造への転換に際して自動的に適用されるのだ.

  • なぜあるサブクラスの動詞が転換可能で別のサブクラスの動詞が転換不可能かというのは,気まぐれに決まっているわけではない.
  • 文法的目的語の意味論は,その目的語エンティティが動詞に特定されたアクションによって本質的あるいは直接的に影響されることを一般的に要求する.この「直接的効果」は動詞の使役自他交替(causative alternation)にかかる研究によってよく知られている.
  • Bill caused the glass to break. というときには,ビルは(そのグラスを持っていた)メアリをにらみつけることによって,グラスの破壊を引き起こしてもいい.しかしBill broke the glass. というときにはビルは直接そのグラスに物理的な力を加えていなければならないのだ.一般化すると,「直接的な行いや直接表面に接触するような意味を持つ動詞のサブクラスはより自他交替が可能になりやすい」ということになる.そしてbrush, splash, stuff においては,pour, fasten よりも表面に対して直接的なアクションの意味があるのだ.

以上がピンカーによる理論の説明になる.最後の使役自他交替に関しては日本語では「壊れる→壊す」というように動詞の形態変化を伴う場合が多い.同形のものもあるが非常に少ないようだ.*1

開く,閉じる(扉が〜/扉を〜)

増す(速度が〜/速度を〜)

運ぶ(話が〜/話を〜)(荷物などの場合には「*荷物が運ぶ」とは言わず,自他交替しない)

これらを見ると特に「直接的な行いや直接的な接触」が同形の自他交替可能性のキーになっているようにも思えない.基本は形態変化し,例外的に同形のものもあるということなのだろうか.

形態変化を伴うが語幹が自他交替する日本語動詞には以下のように多数あるようだ.(自動詞/他動詞/自動詞の使役形で示す.下段は自他交替しないと思われる動詞群)

壊れる 壊す 壊れさせる

伸びる 伸ばす 伸びさせる

倒れる 倒す 倒れさせる

破れる 破る 破れさせる

消える 消す 消えさせる

直る 直す 直らせる

回る 回す 回らせる

縮まる/縮む 縮める 縮まらせる/縮ませる

傾く 傾ける 傾かせる

立つ 立てる 立たせる

====

膨らむ - 膨らませる

光る - 光らせる

動く - 動かす

転ぶ - 転ばす/転ばせる

走る - 走らす/走らせる

震える - 震えさせる

この自他交替可能な動詞と不可能な動詞の間に直接的な行いや接触があるかどうかの違いはあるだろうか.「動かす」や「転ばす」はかなり直接的な行動によって可能だが「*うごす」「*うごける」とか「*ころす」「*ころべる」のような他動詞形は作らないようだ.

もっとも自他交替可能な動詞であれば,他動詞形の方が使役形より直接的な行為や直接接触を確かに含意するように感じられる.日本語の自他交替についても直接的な行為や接触の意味との何らかの関連効果があると言うことなのだろう.

*1:「〇〇する」という「名詞+する」のような合成形ではいろいろあるようだ

killhiguchikillhiguchi 2017/02/19 00:25 いつも興味深く拝読しています。

「壊れさせる」「伸びさせる」などなど、無生物変化自動詞つまり無意志自動詞から使役動詞を文法的に作るのは、日本語では難しいと言われています。「花瓶が壊れた」「太郎が花瓶を壊した」「*太郎が花瓶を/に壊れさせた」。
ただ、有生物変化の意志自動詞にすれば、これらが使える文脈がないこともないと思います。少し非日常的な文ばかりになりますが。
一般に、無生物動詞で有対他動詞を持つ場合(壊れる‐壊す)、使役動詞は自動詞から作りにくく他動詞からしか作れない(壊させる)と言われています。
無生物動詞で有対他動詞を持たない場合(腐る)、使役動詞が存在し(腐らせる)、他動詞的意味を埋めていると言われます。

>破れる 破く 破れさせる
形態的には「破れる 破る 破れさせる」「破ける 破く 破けさせる」が混ざっているように思います。
>縮む 縮める 縮ませる
形態的に筋を通すなら「縮まる・縮む 縮める 縮まらせる・縮ませる」だと思います。
「動く - 動かす」「転ぶ - 転ばす」「走る - 走らす」は自他交替でいいと思います。以下のようにこれらでも他動詞と使役動詞は意味が異なると言われます。

>他動詞形の方が使役形より直接的な行為や直接接触を確かに含意するように感じられる.
有生物である非使役者への物理的接触ではなく行為指示だと、「太郎が転倒の演技指導をして花子を転ばした」「太郎が次郎に命じて、花子を転ばした」より「太郎が転倒の演技指導をして花子を転ばせた」「太郎が次郎に命じて、花子を転ばせた」の方がいいと思います。

>「〇〇する」という「名詞+する」のような合成形ではいろいろあるようだ
仰るとおり、VN(名詞としても、スルと共に動詞としても仕える)は自他両方使えるものがあります。ただ、「勉強する」「強制する」などが自動詞として使えなかったり「発達する」「餓死する」が他動詞としてつかえなかったりすることからも分かるように、いくつか制約があるようです。

私も自他対応や使役は良く分かっていないので、一般的なことだけコメントさせていただきました。

shorebirdshorebird 2017/02/19 12:39 コメントありがとうございます.大変勉強になります.

>「壊れさせる」「伸びさせる」などなど、無生物変化自動詞つまり無意志自動詞から使役動詞を文法的に作るのは、日本語では難しいと言われています。「花瓶が壊れた」「太郎が花瓶を壊した」「*太郎が花瓶を/に壊れさせた」。

これは気づきませんでした.
ただ私の語感では直接対象物に干渉せずに(本来は防止できるのだがあえて不作為により)「○○になるのをひきおこした」場合には無生物の無意志自動詞の使役形が許されることもあるように感じます.「修理代が惜しかったので放置して,みすみすその時計を壊れさせた」(何度も考えていると自分でも不自然なんだかどうかよくわからなくなってきますが,少なくともこの文脈では「壊した」より「壊れさせた」の方を使いたいと感じます.)


>>破れる 破く 破れさせる
>形態的には「破れる 破る 破れさせる」「破ける 破く 破けさせる」が混ざっているように思います。
>>縮む 縮める 縮ませる
>形態的に筋を通すなら「縮まる・縮む 縮める 縮まらせる・縮ませる」だと思います。

全くご指摘の通りですね.私の誤りです.直しておきます.


>「動く - 動かす」「転ぶ - 転ばす」「走る - 走らす」は自他交替でいいと思います。

ここは微妙なところに感じます.同じ五段活用動詞で,他動詞と自動詞使役形「回す・回らせる」「立てる・立たせる」にある意味の違いに対して「転ばす・転ばせる」「走らす・走らせる」には(私の語感では)あまり意味の違いを感じません.また「?動かせる」が不自然に響くということもあり,ここでは五段活用動詞の使役形助動詞には「す・せる」の二種類があるという解釈を取っています.(関西弁ではより「す」の方が使われているようにも思います.「言わす」「歩かす」「笑わす」など)
また私の語感では「太郎が転倒の演技指導をして花子を転ばした」と「太郎が転倒の演技指導をして花子を転ばせた」の間にあまり不自然さに差があるようには感じません.(むしろ話者が関西出身なのかどうかという方言間の差のように感じます)

繰り返しますが,いろいろとご教授ありがとうございます.文法については全くの素人なので,ご指摘,コメントとも大変ありがたく存じます.

killhiguchikillhiguchi 2017/02/20 22:20 >「壊れさせた」
なるほど。確かに、使役ではなく放任・許可の意味だと、無生物が旧主語でも可能ですね。

>「回す・回らせる」
>「転ばす・転ばせる」
ちょっとこの場をお借りして考えさせていただきます。
「回す・回らせる」は、まず使役対象が無生物の時に差が出ます。「コマを回した」「*コマを回らせた(「壊れさせる」同様、放任の時は可能でしょう。)」。有生物の時は「子供を回した」「子供を回らせた」のように差が小さくなります。それでも放任のように、使役が間接的になると「回らせた」の方がいいと思います。「*子供を子供の好きなように回した。」「子供を子供の好きなように回らせた。」
ここで、サセルをつけたほうは有生物専門で、他動詞のほうは無生物にも使え、有生物の時には差が微妙になるが放任でサセルが好まれる、と一般化してみます。
これが一見縮約に見える場合にも当てはまるかどうか検証してみます。「飛ばす・飛ばせる」は有生物も無生物も使役対象に取れます。「紙飛行機を飛ばした」「?紙飛行機を飛ばせた」「子供を飛ばした」「子供を飛ばせた」。無生物と使役が相性が悪いのは確実なようです。一方、有生物の場合差が少なくなります。しかし、使役が間接的になると「??子供を子供の好きなように飛ばした」「子供を子供の好きなように飛ばせた」のように差が出ます。
しかし、使役対象に有生物しかとらない場合(寝る・転ぶ・走る)は、サセルと他動詞はどちらも使えるだけでなく、shorebirdさんの仰るように、放任の場合も差が出にくくなります。あたかもサセルが自他対応の他動詞の部分を埋めているようです。
これは無生物が使役対象になる自他対応のない「腐る」の場合と等しいのかもしれません。「卵を自然のままに腐らせた」「卵を自然のままに腐らした」には差がありません。

対応あり/有生物・無生物「飛ぶ」「回る」 
 自動的事態=自動詞 直接使役=他動詞・サセル 放任=サセル
対応あり/無生物「壊れる」
 自動的事態=自動詞 直接使役=他動詞     放任=サセル
対応なし/有生物「走る」
 自動的事態=自動詞 直接使役=サセル     放任=サセル
対応なし/無生物「腐る」
 自動的事態=自動詞 直接使役=サセル     放任=サセル

とすれば、縮約に見える場合には2つあることになります。本当の縮約は、自動詞の主語の有生無生が決まっていて自他対応がない場合です。見かけの縮約で他動詞と使役に差があるのは、有生無生が決まっていない場合です。この仮説を確かめるには「対応あり/有生物」の場合を含めて、有生性の有無と自他対の有無を調べなければなりませんが、今はできそうにありません。

あと、「動かせる」がダメな理由も分かりません。「壊れる・壊す」に対して「壊れさせる」が生じにくいのとは違うのでしょうが。

色々なことを気づかせてくださって、ほんとうにありがとうございます。

shorebirdshorebird 2017/02/21 08:30 私の整理では
「自動詞 語幹が自他交替した他動詞 関西弁でよく使う「ス・サス」を用いた使役形/共通語でよく使う「セル・サセル」を用いる使役形」という4種類の形態があって「回る,壊れる,走る,腐る」では以下のようになります.

回る   回す  回らす/回らせる
壊れる 壊す  壊れさす/壊れさせる
走る  ー    走らす/走らせる
腐る   ー    腐らす/腐らせる

こう整理するとピンカーの示唆に従って整理でき,「自他交替した他動詞の意味には直接力を加えるという含意が生まれ,使役形はその意味を除いた間接的な使役(放任)の意味に縮約する.しかし自他交替他動詞がない場合には直接間接両方の意味で使役形が使える.そして2つの使役形の間に意味の違いはなく方言の差に過ぎない」ということになり上記の現象を(主語の有生無生にあまりかかわらずに)整合的に説明できることになります.

で,この整理だけでうまく説明できないのが,killhiguchiさんのおっしゃるように「動く」が共通語でも「動かせる」を取らないこと,共通語において2つの使役形「飛ばす」と「飛ばせる」に少し意味の違いを感じることです.(私の整理では「飛ばす」は自動詞の未然形に「ス」がついた形で,(「回す」のような自他交替他動詞ではなく)自動詞の使役形ということになります)

動く  ー  動かす/*動かせる
飛ぶ  ー  飛ばす/飛ばせる

今の私の仮説は,「関西弁では使役形は「ス・サス」が原則でほぼ統一されているが,東京地方では原則の「セル・サセル」に加えて歴史的経緯として関西で使われていた「ス・サス」も流入しており,その「ス・サス」の許容度の濃淡は動詞により様々だ」というものです.

私の語感では(共通語の許容度として)以下のようなグラデーションを感じます.

動く :「動かす」のみ.
飛ぶ :「飛ばす」が基本.「飛ばせる」も許容するが,やや意味が狭くなる.
転ぶ :「転ばす」「転ばせる」両方を同じ程度に使用,意味に差は無い.
走る :「走らせる」が基本.「走らす」も許容するが,やや古風な印象を与える.
腐る :「腐らせる」が基本.「?腐らす」も話者によっては許容するが,関西弁風な印象を与える.

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