shorebird 進化心理学中心の書評など

2017-05-26 Language, Cognition, and Human Nature その85

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その16 18:17 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その16を含むブックマーク


概念カテゴリーはカテゴリーメンバーについての推論を可能にするという機能を持ち,それは世界がそのようなクラスターを作っているからだという議論.ピンカーは,古典的カテゴリーについては自然科学数学の法則によって作られた世界,そしてヒトの社会的関係を律するための定式システムがそのような性質を持っているという説明を行った.続いてピンカーはファミリー類似カテゴリーについての説明を行う.


ファミリー類似カテゴリー:歴史的に関連した類似クラスター内での推論

  • 私たちはここまでに,英語学習者はファミリー類似カテゴリーに直面し,英語をしゃべろうとするならそれをうまく扱わざるを得ないことを見てきた.
  • このほかにも適切な推論をするためにファミリー類似カテゴリーを扱わなければならないようなことがあるのだろうか.
  • 多くの人々が,言語と生物進化の類似性を指摘している.そして生物学的分類群におけるファミリー類似カテゴリーの形成には強いアナロジーがある.
  • 新種は,比較的一様な環境下にある小規模の局所交配個体群から進化すると信じられている.自然淘汰を通じて局所個体群は環境に適応し,適応形質を定着させる.その結果(淘汰は変異による分散を縮小させ,エンジニアリング的観点から見て環境とその生物のニッチによって予測可能な方向にかかるので)この個体群は形態学的にある程度一様になる.
  • それに続く地理的な分散は,生殖的に隔離されたサブグループを作る.それらは交配によって一様化の作用を受けなくなり,また個別の環境により異なる淘汰圧を受ける.当初一様だった特徴が,浮動や局所環境にかかる淘汰によって,サブグループ間で一様でなくなり,さらに新しいニッチへ放散し,時に局所絶滅していく.その結果子孫グループはファミリー類似カテゴリーを形成する.例えば「鳥」だ.ロビンとペンギンダチョウ共通祖先を持つことに由来する多くの特徴を共有し,その後の個別の適応による相違点を持つのだ.

  • これは,ちょうど不規則過去形のサブクラスが示しているように,多くの生物学的なファミリー類似カテゴリーは,世界そのものから来ているのであって,それを学んでいる人々の心の中にだけあるわけではないということを示唆しているのだ.
  • このようなファミリー類似構造は,古典的カテゴリーと同じではなく,最良の科学理論においても排除しきれないということには注目すべきだ.多くの伝統的な生物学的分類は,なにがしか恣意的であり,似たような生物のサマリーという側面を持つ.
  • 確かによく定義された生物カテゴリーもあり,それには「種:遺伝子プールを共有する交配集団」や「単系統クレード:ある共通祖先自体とそのすべての子孫)などが含まれる.しかし多くの重要な生物学分類はそうではない.「魚類」はシーラカンスとサケを含むが,その共通祖先の子孫には哺乳類も含まれる.「魚類」から哺乳類を除く理由は「多くの共有する類似性」というところにある.一部の学者はこのカテゴリー(魚類)を否定する.しかしほとんどの学者はグールドの次のコメントに同意するだろう.「シーラカンスは魚のように見え,魚のような味がし,魚のように行動する.だから偏狭な伝統を超越した妥当な感覚において『魚』なのだ(Gould 1983)」 言い換えれば,生物学者たちは共起特徴のクラスターとして特徴付けられているカテゴリーを認識しているのだ.実際に一部の分類学者は,ヒトがファミリー類似カテゴリーを形成するときに考えるのと同じようなクラスタリングアルゴリズムで分類群を定義しようと試みている.

  • ここまでに私たちは世界に実在するファミリー類似カテゴリーの2つの実例を見てきた.そしてこの2つは同じような生成史を持つ.「ある種の法則によって相対的に一様なクラスができあがる.その後その作用がなくなり,独立の歴史的な原因によりクラスが多様化される.しかし多くの類似性は残っている」
  • オブジェクトは,ある法則の影響の結果の一部を残しつつ.その直接的な影響を逃れることがある.だから常に定式システムの規則性から物事を予測できるということは期待できない.例えば,米国の憲法を知っているだけの観察者は,なぜ大統領が常に裕福なキリスト教を信じる白人男性であるのかを説明できない*1.同様に観察者は(たとえ生理学生態系の知識を持った科学者であっても)なぜペンギンアザラシのような毛皮でなくロビンのような羽根を持っているのかを説明できないだろう.
  • その代わりに,オブジェクト同士の既知の特徴の相関を記録し,それを未知の特徴の予測に役立てようとする方がはるかに有用になる.だからスマートな観察者は羽根,翼,卵生,クチバシなどの特徴を記録し,世界にはこのような特徴を共有するオブジェクトクラスターがあることを認識し,それをそのメンバーの未知の特徴の推論に用いようとするのだ.

  • ちょうど不規則動詞のサブクラスが,歴史の持つ分岐的傾向と収斂的傾向の合わさった過程により形成されたように,概念カテゴリーには,共通祖先的な特徴共有がなくとも収斂的に特徴を共有してクラスターを作るようなプロセスが存在する.例えば,「椅子」には言語や生物種のような系統性はない.椅子間の類似性は,それが特定の環境下において特に安定的に適応的だったという理由で歴史的に何度も生じたという収斂的なプロセスが関与している.歴史的には独立した複数のグループが同じような特徴を持つようになったのだ.このような収斂進化の例には,哺乳類の眼と頭足類の眼,コウモリの翼と鳥の翼,乾燥地帯で独立に何度も進化したサボテンのような植物などがある.
  • 分岐的進化のケースと同じく,私たちの前には法則的な適応的過程による共有特徴と歴史的偶然の過程による分離特徴の混在が残される.しかし収斂的進化の場合には影響は逆になっている.例えば,哺乳類の眼と頭足類の眼は衝撃的に似ているが,哺乳類の眼の視神経は網膜の表側を走っていする一方,頭足類の眼においては視神経は裏側を走っていて感受性の上で有利になっている.この違いはそれぞれの祖先における進化的なスタートポイントの差,おそらくは胚の発生過程における差によって生じたと考えられている.椅子のような人工物でも同じような過程がある.椅子が有用であるためには,安定して座りやすいという機能を持つような形と材質になっている必要がある.しかしそれは同時に,スタイル,入手可能な材質,製作容易性などの歴史的要因の影響を受ける.ある特定の人々をある特定の役割に結びつける多くの歴史的な偶然から生まれる社会的偏見は別の例になる.

  • 人々が関心を持つようないくつかの物事の間に特徴の相関構造があるところにはどこでもファミリー類似カテゴリーが形成されるだろう.そして世界はそのようなクラスターを形成する機会に満ちている.そのような特徴群にかかる法則があれば明確な相関が生まれ,その上に歴史的な偶然が作用すればその相関は完全ではなくなる.つまりほとんどどこにでもそのようなクラスター構造が現れると期待していいのだ.

ここでピンカーが解説しているのは,世界にはファミリー類似カテゴリー的なクラスター構造が実際に存在しているということだ.そしてそれは,一旦法則に基づいて成立したカテゴリーがその後の局所的歴史的偶然により様々なランダムな影響を受けた場合,起源は共有せずとも機能的に収斂したクラスターが生じる場合の二通りを挙げているということになる.

なおここでピンカーは「魚類」という側系統的な分類群を支持し,その根拠としてグールドを引用している.2人の間のいろいろな因縁を考えるとちょっと面白いところだ.

*1:本論文はバラク・オバマ氏の大統領就任前に書かれている

2017-05-23 Language, Cognition, and Human Nature その84

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その15 09:36 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その15を含むブックマーク


概念カテゴリーの機能はカテゴリーに基づいた推論を可能にすることであり,それは世界がそういう風にクラスターを作っているからだと喝破したピンカーは,続いて2つのカテゴリーのそれぞれの機能を説明する.


古典的カテゴリー:理想化された法則システムの中の推論


  • ここまでの話は,ヒトが概念を形成することによってメリットを得られるような自然のモードを創り出す規則性とはどのようなものかという疑問につながる.最も一般的な感覚で言えば,その規則性は自然科学数学の法則によってもたらされるということになるだろう.
  • 自然について適切な理想化があれば,そのような法則は「定式システム:formal system」で表現できる.ここで「定式システム」とは,記号操作,前提に基づく推論ルールを指す.私たちは,この「定式システム」が古典的カテゴリーが定義される文脈だと考えている.つまり,何らかの自然科学数学の法則が適用される理想化された世界なら,そこには古典的カテゴリーがあるのだ.
  • 例えば,物質の質感や厚さ,線の太さを無視することを前提とするならば,平面幾何の図形を理想化できる.この世界の中では2辺の長さが等しい三角形は「二等辺三角形」というカテゴリーのメンバーとなる.そしてある図形がそのメンバーであるとされれば,その図形は2つの同じ角を持つことなどを推論することができる.摩擦のない平面,理想気体,ランダム交配地域個体群などはこの理想化の例になる.
  • 賢い生物はこの理想化された世界の「定式システム」を使って,既知の特徴をから未知の特徴を推論できる.概念化の心理学においては,科学の歴史と同じように,理想化あるいは実際には存在する相関構造を選択的に無視することは因果律を理解するために非常に重要なのだ.

  • 私たちはここで次のことを示唆する:「ヒトの認知において古典的カテゴリーが見られるなら,それは何らかの推論をするための定式システムの一部である.」
  • 概念の機能を考えるなら,それ以外にどんな理由で,あるオブジェクトをあるカテゴリーのメンバーに割り当てるというようなことをするだろうか.
  • これまで概念の形成にかかる伝統的な実験で用いられてきた「2重の輪郭線を持つ赤い正方形」のようなカテゴリーの不自然さは,それが明確な定義を持ったり必要十分条件があることではなく,それが実際の推論にとって全く役立たないようなものだというところにあるのだ.

  • 定式化システムは現代社会のシステム化された教育の領域にあるものだと受け止められるかもしれないが,そうではない.産業革命以前や農業以前の社会の人々にもアクセス可能な推論支援システムに属するような定式化システムは数多く存在する.いわゆるフォルク科学は現代科学に似ているとは限らないが,明確な推論を可能にしている.数学的直感も同じだ.いくつか例をあげよう.
  • 算数:「3つの物体」(という古典的カテゴリー)は,「それは2人でうまく分けられない」という推論を可能にする.
  • 幾何:「円」は,「円上の点はすべて中心から同じ距離にある」「円周は直径をある1つの数でかけた長さになる」という推論を可能にする.そしてそれはその「円」が木の幹であっても砂に書いた図であっても変わらない.
  • 論理:「選言命題」という古典的カテゴリーは選言命題「AまたはBである:A∨B」について「もしこのAが真ならA∨Bは真である」「このA, Bがともに偽ならA∨Bは偽である」という推論を可能にする.
  • フォルク生物学:「Xという種類のカエル」は「乾燥したときに口から出す粘液は毒である」という推論を可能にする.そしてそれはどんなに似ていても別の毒を持たない種類のカエルには適用されない.
  • フォルク生理学:「妊娠中である」は,「女性」「非処女」「将来の母」という推論を可能にする.そしてそれはその人の体重や体型に関係しない.
  • 加えて,ヒトの世界には他のヒトが存在する.そしてヒトの相互の行為を決める心的な「定式システム」があるだろうと期待してよい理由がある.ファミリー類似カテゴリーにはつきもの個人間の経験差やファジーさを前提にすると,個人間の利害コンフリクトが,多くの場合,0か1かの判断に全員が一致できる古典的カテゴリーを持つシステム内の理由付けによって解決されているのは驚くべきことではない.
  • 飲酒禁止を年齢によって決めることは確かに恣意的だが,個人個人の成熟度合いを問題が生じるたびに個別に判断する困難さを考えると,それは合理的なのだ.
  • さらにフレイドとスモレンスキーはこう示唆している(Freyd1983. Smolensky 1988):ある種の社会的に伝達される情報は,離散的なシンボルによって伝達されることになりやすい.なぜなら個人間や世代間で伝達するチャネルには制限があるからだ.
  • 社会的なインタラクションに古典的カテゴリーを用いる定式システムが使われているのを見いだすのは難しくない.
  • 血縁:「Xの祖母」は「Xの叔父の母かもしれない」「Xのある曾祖父の娘の1人である」という推論を可能にする.そしてそれは彼女の髪の毛の色や焼き上げるクッキーの質には関係しない.
  • 社会政治的構造:「大統領」は「戦争開始の決断を行うことができる」という推論を可能にする.そしてそれはその人物の身体的な強さや身長や性別に関係しない.
  • 法律:「重罪犯」は「公職に就けない」という推論を可能にする.そしてそれはその人物の外見や社会的身分に関係しない.
  • 言語:「動詞」は「過去形が存在し,それが不規則過去形を持たないなら,接尾辞dをつけた形になる」という推論を可能にする.そしてそれはその語幹の音韻構造に関係しない.
  • ヒトだけが,そしてヒトにおいてはユニバーサルに,言語,数の体系,フォルク科学,血縁システム,音楽,法律を持っているというのは偶然ではない.
  • これまで見てきたように,定式システムから派生する古典的カテゴリーは,個人がたまたま体験するカテゴリー例示メンバーのミクロな特徴を無視するようなニューラルアーキテクチャーを要求する.
  • このような定式システムに適合した非連想的なニューラルアーキテクチャーの発達はヒトの知性の進化において非常に重要だったと考えることができる.

伝統的な実験が「二重の輪郭を持つ赤い正方形」などを用いていることを批判している部分は面白い.彼等は結局ヒトが何のために認知システムを持っているかを真剣に考えていないのだという批判なのだろう.

算数,幾何,フォルク生物学,フォルク物理学が古典的カテゴリーを用いているのはある意味予想の範囲内だが,ヒトの社会的な関係を律するためには実は0か1かで割り切れる古典的カテゴリーが向いているのだというのは,いわれてみればなるほどということだが,鋭い指摘だ.

確かに法律の議論はすべての論点を0か1かで決めてそこから記号操作をしていくのが基本になる.そしてそのような社会的関係に適応したヒトの進化心理が,本来量的に判断すべき問題にも0か1かを求めてしまう(安全と安心をめぐりやりとりなど)ということになるのだろう.なかなか深いところだ.

2017-05-20 書評 「After the Wildfire」

[] 「After the Wildfire」 07:42  「After the Wildfire」を含むブックマーク


本書は行動生態学者ジョン・アルコックの手によるもので,アルコックが住んでいるアリゾナ州フェニックス近郊のマーザットザル山脈(Mazatzal Mountains)のディア渓谷(Deer Creek)で2004年に生じた大規模な山火事による生態系への影響とその後の10年間の回復振りを記したものだ.ただ生態系の攪乱と回復を記録しているだけの本ではなく,そこへハイキングして,様々な観察,行動生態的な興味深いことなどをエッセイ風に書き綴っている.そういう意味でアメリカの乾燥地帯の様々な自然のありようを行動生態学の老大家が解説してくれる楽しい本に仕上がっている.

冒頭では山火事前のディア渓谷の様子が描かれる.ここで早速現れるのがカモフラージュ模様の翅の一部(木の幹に止まっているときは隠れているところ)にオレンジと黒の目立つ模様を持つガだ.アルコックはこれが捕食者への目くらましなのか,そこれと翅の後部に本体があると見せかけて致命的な一撃を避けるためのものか,これらに関するリサーチにはどのようなものがあるかを語りはじめる.次には渓谷でのバードウォッチングの楽しみが描写される.そこから渓谷の地形,山火事前の植生の様子などが取り扱われるのだ.いかにも本書全体の執筆振りがよく現れている.

続いて2004年の山火事が解説される.これはウィローファイア(the Willow Fire: 柳火事)と呼ばれ,当時はアリゾナ州史上3番目の大規模火災だった(その後もっと大きな火事がいくつか起きている,アルコックは山火事を消火によって抑えすぎたことと地球温暖化の影響だと説明している).これにより渓谷の水流回りは裸になり,雨の後の土石流が水辺の風景を大きく荒廃させた.(ここでは当時消防当局がこれ以上の土壌流出を避けるために行ったオオムギの種子の散布の是非もついても議論している*1


ここからが回復過程の描写になる.回復過程の描写は山火事後3年経過したところから始まる.アメリカスズカケノキ,セイヨウネズ,ヤナギなどの樹木はようやく幼木が芽吹いたばかりだが,メスキートやアカシアの藪が形成され,多くの野鳥(多様なホオジロ類,トウヒチョウ類,ユキヒメドリ,ミソサザイキクイタダキなど)がさえずりはじめる.アルコックは数ヶ月おきに渓谷にハイキングを行い,少しずついろいろな植生が回復するのを観察し,様々な生物に出会っていく.行動生態的な脱線で面白かったものを紹介しておこう.

  • オシロイバナオダマキの長い距とスズメガの長い口吻はダーウィンがマダガスカルのランから予想したのと同じ共進化系だ.パーマーズペンステモン(イワブクロ属)の奇妙な花から覗いている房状の毛のようなものは仮雄蕊(花粉を生産しないおしべ)であり,ここにハチが着地すると残りのおしべがハチに向かって動き花粉を付きやすくする適応形質だと考えられる.近縁のハチドリ媒のペンステモンにはこの仮雄蕊はない.
  • キャニオンツリーフロッグは南北アメリカで両生類を危機に陥れているツボカビに耐性があるようだ.このカエルが日光浴を好み,皮膚がカビが耐えられる温度より高くなることがあるのが原因のひとつかもしれない.日光浴を好むのは消化酵素を働かせるためではないかと考えられる.このカエルの地域個体群を調べると遺伝的にかなり分化している.特にメキシコに分布する個体群は遺伝的に離れており,あるいは隠蔽種なのかもしれない.
  • ネナシカズラは100種以上あり,それぞれ特定のホスト植物に寄生する.受精後,空気中の化学的情報により自らのホスト植物を探し,4インチ以上巻きひげを伸ばす.このうちC. pantagonaは特にトマトを好み,トマト農家にとっての大問題となっている.複数の巻きひげを伸ばして最も状態の良いホスト植物に寄生するもの,2種以上のホスト植物に寄生できるものなどいろいろな寄生戦略をもつものが見つかっている.
  • ヘッジホッグサボテン(エビサボテン)はハチ媒だが赤い花をつける.赤い花弁の内側には黄色のおしべが密集し,その中心に緑色の花柱が見え,ハチはこれに引き寄せられているようだ.放牧地帯では,ウシがこのサボテンを避けて他の植物を食べるために有利になっている.
  • 大規模な渡りをすることで知られるオオカバマダラの食草はトウワタだ.オオカバマダラの幼虫は,トウワタの毒に耐性があるほか,トウワタの粘着物質防御に対して戦略的な葉脈切断行動を進化させている.近時ラウンドアップによる除草と耐性GM穀物による農法が広がり,トウワタの分布地域が大きく減少している.
  • レッドウィングドグラスホッパー(Oedipoda属のバッタ)は捕食回避のために飛び上がる際に(地面にいるときには見えない)後翅を大きく広げて鮮やかな赤色を見せて目くらましを行う.近縁種のブルーウィングドグラスホッパーの後翅は青みを帯びているがそれほど鮮やかではなく,むしろ地面にいるときの前翅の分断色が捕食回避として効いている.
  • 冬に印象的な房状の花をつけるシルクタッセルブッシュ(Garrya elliptica)は雌雄異株だ.なぜ多くの植物は雌雄同株でごく一部の植物が雌雄異株になるのかはダーウィン以来の進化的な謎で,いくつかの競合仮説がある.ダーウィンは異系交配の推進メカニズムのひとつだと主張した.この仮説によると,雌雄異株植物は,花を多くつける単一の植物を訪問する小さなジェネラリスト送粉者(雌雄同株だと同株交配を推進しやすい)を誘引すると予測される.リサーチによると,雌雄異株植物を訪問するジェネラリスト送粉者は雄株と雌株を区別しない傾向があることがわかった(仮説を支持する結果).しかしシルクタッセルブッシュは風媒だ.風媒の場合にはそもそも同じ花におしべとめしべを持つ必要がない.さらに異系交配確率を上げる以外にもいくつかのメリット(花粉や種の生産効率を上げられるなど)も提唱されている.この謎はまだ完全に説明され検証されているとは言えない.
  • プリッキーペアサボテン(ウチワサボテンの一種)は大きくて赤い実をつける.果実は甘く,いかにも種子散布動物を誘引しているようだが,(そのような動物を避けようとするかのような)鋭いトゲを持つ.ジャンセンは,これについて12000年前に人類が絶滅させた北米の大型哺乳類マストドンマンモスオオナマケモノグリプトドンなど)を誘引していたのだろう,そしてこの動物は3色視が出来のだろうと説明した.実際にアフリカゾウは南アフリカで移入種となったこの近縁種のサボテンの実を好んで食べるそうだ.
  • この渓谷には世界最大のダニであるヴェルヴェットマイトが生息する.名前の通り赤いビロードのようなこのダニは非常に目立つが,一年のうちごくわずかな期間しか現れない.これほど魅力的な動物でありながらリサーチはほとんどなく,生活史はわかっていない.
  • 同じく渓谷にはタランチュラも生息する.このクモは成熟に10年以上かかる大型種で,ほとんどを地下で過ごすためにあまりリサーチされていない.またこのクモは(クモ類やカマキリ類にはよくあることだが)メスが交尾時にオスを食べる(性的カニバリズム)ことでも有名だ.行動生態的には寿命の近づいたオスにとっては子孫の栄養になる方が包括適応度的に有利になりうると説明できる.しかしかつてグールドが,このような説明に対し,メスの栄養要求からだけで十分説明できると噛みついたことがある.実際にカマキリのオスはメスに近づく際には非常に慎重だし,ある種のカマキリではタンパク質欠乏状態のメスよりそうでないメスの方がオスに好まれることを示したリサーチもある.確かにこのような場合には性的カニバリズムはオスメス間で利害が対立していて,メスの勝利だと説明できるだろう.しかしそうでない場合もある.セアカゴケグモではオスには(仮に生き残っても)2回目の交尾チャンスはほとんどなく,交尾時には積極的にメスに身を差し出す.そしてオスはそうした方が,逃れようとしたときより受精比率が高くなることが示されている.要するに両者の利害が一致する性的カニバリズムもあるのだ.
  • コオイムシはオスが卵の世話をすることで有名だ.この種では最終交尾オスの精子精子競争上非常に有利なことが知られているが,オスは,メスと交尾し卵を4個ほど受け取るとまた交尾をしまた卵を4個ほど受け取るということを繰り返す.これは受精が生じる場所の精子が自分のものであることをより確実にするためではないかと考えられている.
  • キベリタテハの幼虫は同じ柳の枝に数匹からなる兄弟の緊密な群れを作る.幼虫には警告色のような黒地にオレンジのスポットがあるが,毒を持つかどうかは調べられていない.有毒であれば,そのうち一匹を食べた捕食者が学習して残りの兄弟を食べないようになるという包括適応度的な警告色の説明が当てはまるだろう.しかしもし無毒ならどうか.あるいはかつてティンバーゲンが唱えた集合的防御(捕食者は集合体にひるみ,単独にいるイモムシを狙う)の実例なのかもしれない.
  • 隠蔽色的なバッタの方が,警告色的なバッタよりもあまり食草を変えない.多様な食草を食べる方が早く成長できることが示されており,これは隠蔽色のメリットと栄養条件のトレードオフがあることを示している.
  • アリゾナの植物相はニューイングランドほど紅葉しない.そもそもある種の植物がなぜ紅葉するのかは未だ解決されていない進化的な謎だ.至近的なメカニズムは良く理解されている.冬になって葉が凍りつく前に(翌年の再生産に備えて)クロロフィルが分解吸収され,葉は残ったカロチノイドで黄色くなり,さらにアントシアニン紅葉を生じさせる.究極因的な説明としては,まず単なる副産物だという考え方がありうる.しかし一部の植物は実際に秋にアントシアニンなどの紅葉を生じさせる色素をコストをかけて合成することがわかり,すべてを副産物では説明できないことが明らかになった.ひとつの適応仮説は,この色素は何らかの化学プロセスを凍結や酸化から保護するという機能を持つのではないかというものだ.別の適応仮説は有翅のアブラムシなどの植物食者に「この樹は毒などで防御されている」という信号を送っているのではないかというものだ(これはハミルトン説として有名).あるいは「この葉にはもう栄養はない」「もうすぐ落葉するので取り付けば一緒に落ちて死ぬよ」という信号だとも考えられる.他にも多くの仮説がたてられるだろう.この謎が最終的に解決されるまでは,その美しさをただ愛でるほかない.
  • ジャイアントアゲイブバグ(大型のカメムシの一種)のメスが飛び立つと後翅の黄色と黒が目立ち,アシナガバチのように見える.タマムシの中にも飛翔の際に鞘翅をくっつけて後翅の黄色と黒を見せながら飛ぶものがある.(ベイツ型)擬態に関する収斂だろう.
  • クマバチの一種(Xylocopa tabaniformis)においては,オスが化学的な臭いでディスプレーし,メスが交尾相手を選ぶという鳥類のレックシステムのような配偶システムがあることが示されている.クマバチ属の中で配偶システムがどのようになっているのかの系統的関係を含めた全体像は調べられていない.昆虫の種に対して行動生態学者が少なすぎるのだ.
  • ヒメヨコバイの一種には緑の地に美しい黒点の模様が描かれている.なぜヨコバイのような小さな昆虫に精密な色彩デザインがあるのだろうか.ヨコバイはワイン畑の害虫なのでリサーチが積み重ねられているが,リサーチャーたちは色彩パターンに関しては沈黙している.とはいえ性淘汰や配偶パターンは害虫対策に役立つと思われ,実際にヨーロッパのリサーチャーはヨコバイの音声性淘汰シグナルに注目している.
  • ウタイマネシツグミとマキバドリには,尾羽に非常に目立つ白点と白い縁取りがある.(このような模様を持つ鳥は多い)この模様の進化的な説明については多くの仮説が立てられているが,ほとんど解決されていない(一部のムシクイ類については,これにより昆虫を驚かせて飛び立たせて捕食するのに役立つというリサーチ結果がある).ひとつの仮説は,冬の大群において飛翔時の互いの位置を確認するための目印というものだ.別の仮説は,捕食者に対する「既に飛び立っていて捕獲不可能だ」というシグナルだというものだ.また性淘汰シグナルだという仮説もある.解決するにはリサーチが必要だ.
  • クロナガアリは巣の周りの地面から植生を取り除き,きれいに掃除する.なぜそうするのかについては,ワーカーが速く帰れるようにする,捕食者の隠れ場所を減らす,温度管理のためなどの仮説が提唱されている.リサーチによると,アリの収穫は早朝に収穫する方が有利であり,効率はそのときの温度に大きく左右され,最後の仮説が有望なようだ.さらにその掃除地域の外側にデイジーが円環状になって見られることがある.アリが掃除により不要物を捨てて土壌が豊かになり,そこに(不要なのか,より栄養豊かな種との交換なのかは不明ながら)デイジーの種も捨てられるために生じているようだ.
  • ステムレスプライムローズ(サクラソウの一種)の花は開花直後には真っ白だが,24時間経過すると少ししぼんでピンクに変色する.これは受精に成功して蜜を生産しなくなったことを送粉者に知らせている信号なのかもしれない.
  • ハチ媒花は青く,鳥媒花は赤いことが多い,そして赤は果実のシグナルでもあると言われるが,実際の様相はもっと複雑だ.そもそもハチや鳥の色彩感覚はヒトのそれと異なるし,花や果実の化学過程の副産物で色が付く場合もあるし,植物食者へのシグナルであることもある.若芽や若い茎が赤い植物は熱帯には多いが,植物食者への低窒素であることを知らせるシグナルかもしれない.赤い部分を持つ植物は成長が遅いが食害を受けにくいというリサーチがある.あるいは赤は一部の捕食者には単に見えにくいのかもしれない.これも解決のためにリサーチが必要な問題のひとつだ.

最後に山火事後10年経過した状況が解説される.

  • セイヨウネズの回復にはなお時間を要するが,藪や林の植物相は順調に回復しつつある.この植物相は自然に生じる頻繁な小火災にはよく適応しており,今回は人為的に火災が抑えられた後の大火だったが,ほぼ回復できている.
  • 水辺の植物相の回復はなおやや不透明だ.これは水辺のオークがなお再生していないことによる.
  • ヨーロッパ人の入植以降の放牧による影響の総合的な把握もこれからだし,地球温暖化の影響も心配される.

アルコックは最後に「とはいえ過度に悲観的になることはない」とコメントしてこの本を締めくくっている.植生の回復,アメリカスズカケノキヤナギの成長を見るのは楽しいし,自然の多様性にも触れることができる,これだけヒトがあふれていても自然はなお存在できるのだと.


最初にも書いたように本書は行動生態学の大家が,火災からの回復過程をテーマにしながら,さまざまな時期のハイキングの様子をエッセイ風に語り,ところどころに行動生態的な謎解きを仕込むという作りになっている.私としては,アメリカの乾燥地帯の自然に思いを馳せながら毎日少しずつ読み進めていける大変楽しい一冊となった.


関連書籍


アルコックの本

行動生態学が,70年代の社会生物学論争,そしてその後も続いたグールドによる適応主義批判を乗り越えて今や確固とした学問フレームになったことを行動生態学者の視点から総括している本.今ではグールドの筋悪ぶりはいろいろなところで読むことができて有名だが,存命中に書かれた本書(邦訳出版は2004年でグールドの死後になる)は社会生物学論争と直接関係していない行動生態学者の見方として,当時なかなか貴重だった.


同原書

The Triumph of Sociobiology

The Triumph of Sociobiology


こちらは若い頃に書かれたアリゾナ州の自然を描写したエッセイ風の本.これも楽しい.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20081006


同原書

Sonoran Desert Spring

Sonoran Desert Spring


上の本と同じテーマのアルコックの本.大変面白そうだが訳されていない.

Sonoran Desert Summer

Sonoran Desert Summer


ランについての非常に面白い本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091231

An Enthusiasm for Orchids: Sex And Deception in Plant Evolution

An Enthusiasm for Orchids: Sex And Deception in Plant Evolution


これも面白そうな本.アリゾナにある自宅の芝生(メンテナンスにはコストと手間がかかる)をやめて周りの砂漠の植生を再現した庭に変えてみたという話らしい.



有名な教科書.版を重ねており,現在は2013年の第10版が最新のようだ.

Animal Behavior: An Evolutionary Approach

Animal Behavior: An Evolutionary Approach

*1:厳密には外来種ということになる.当時はこれは標準的なプロトコルであり,1年限りで定着しないと考えられていたし,実際に定着はしなかった.なお現在ではよりコストはかかるが土着の植物の種子散布にしているそうだ.

2017-05-17 Language, Cognition, and Human Nature その83

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その14 07:17 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その14を含むブックマーク


さてピンカーはここまで英語の歴史の蘊蓄を語り,現代英語の動詞の過去形は,確かにファミリー類似カテゴリーと古典的カテゴリーの両方がそれぞれのダイナミズムを持ってインタラクションして形成されてきたことを見た.これはヒトの用いている概念についてどのような含意を持つのだろうか.ピンカーは機能から考えようと議論を進める.いかにも進化的視点をとる学者らしいアプローチだ.


概念カテゴリーに関するインプリケーション

  • この英語の過去形についての古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーについての発見は,(例えば「鳥」や「母」などの)概念カテゴリーの領域における古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーについて何か洞察を与えてくれるだろうか.この問いに答える最も良い方法は概念カテゴリーはそもそも何のためにあるのかを考えることだ.

概念カテゴリーの機能:観察されていない特徴の推察

  • 全く同じ2つのオブジェクトはない*1.であるなら,なぜ私たちは概念カテゴリーを使うのだろうか.なぜすべて個物として扱わないのだろうか.そしてなぜ私たちは今使っているようなカテゴリーを作るのだろうか.なぜサメとサケとコイをひとまとめにし,サメと葉っぱとスパゲッティをひとまとめにしないのだろうか.
  • これらはいわば初歩的な質問だ.しかし私たちが望むような答えを提示してくれるリサーチは見当たらない.
  • 「それは記憶や計算負荷を節約するためだ」としばしば示唆される.しかしシナプスは兆単位で存在し,長期記憶は時に「無限」とも形容される中で,その答えはあまり説得力がないだろう.さらに,カテゴリーの記憶に加えてその中のメンバーがすべて記憶されるような多くのカテゴリーの実例(カレンダーの月,野球チームなど)がある.

  • レイ(Rey 1983)は概念カテゴリーの機能の候補をリスト化した.それには以下のようなものが含まれている:ある個人にとっての異時間でのコンセプトの安定性,あるいは同時点での複数人間でのコンセプトの安定性,単語の意味の基礎,世界の中のカテゴリーに属するメンバーの基礎,どれがどのカテゴリーに属しているかを知っている人にとっての基礎.
  • しかしこのどれも,そもそもなぜ私たちが概念コンセプトを作るのか,そしてなぜ一部のカテゴリーは自然で,一部は不自然なのかという問題には関わりがなさそうだ.
  • ボービック(Bobick 1987)とシェパード(Shepard 1987)とアンダーソン(Anderson 1990)はヒトの概念カテゴリーのリバースエンジニアリングを試みた.彼等はそれぞれ独立に同じ主張「概念カテゴリーは,それがあるオブジェクトの観察された特徴を用いてまだ観測されていない特徴を推論するのに役立つ」にたどりついた.
  • あるオブジェクトのすべての特徴を知ることは難しいが,いくつかを観測することはできる.それを用いてそのオブジェクトを特定のカテゴリーに位置づければ,カテゴリーの構造からそのオブジェクトのまだ観察されていない特徴を推論することができるというわけだ.
  • 階層的なカテゴリーは,カテゴライズの容易性と推論の強力さのトレードオフを柔軟に扱うことを可能にする.下部の小さなカテゴリーレベルにおいては,そのカテゴリーに同定するのに多くの観察が必要になるが,推論できる特徴も増える.上部の大きなカテゴリーにおいては,ごくわずかな観察で同定可能だが,知り得ることも少ない.
  • 具体的に示してみよう:ピーターが「ワタオウサギ」だということがわかれば,彼は成長し,呼吸し,動き,乳を吸ったことがあり,草原に住み,野兎病を広げ,粘液腫症にかかるということを推論できる.しかし彼が「動物」だということを知るだけでは,推論可能なリストは「動く」ところまででおしまいになる.逆にピーターがワタオウサギだと同定するには(単に動物だと同定するときより)ピーターのことをより知らなければならないのだ.
  • 私たちの用いる多くの日常カテゴリーはこの中間のどこか,例えば「ウサギ」のようなカテゴリーだ.(「フォードテンポ」でも「輸送車両」でもなく「自動車」,「家具」でも「バーカラウンジャー」でもなく「椅子」)これは同定の容易さと推論の強力さのトレードオフの結果を示しているのだ.

  • カテゴリーに基づいた推論をしても突飛な結果を避けることができるのは,世界のあり方がそうなっているからだ.オブジェクトはヒトが興味を持つ特徴の多次元空間にランダムに散らばっているわけではない.それらは共起する特徴を持つ領域(ボービックはこれを「ナチュラルモード」と呼び,シェパードは「結果的領域」と呼んでいる)にクラスターを作っているのだ.
  • これらのモードはオブジェクトを作り維持している形と機能にかかる法則を反映している.例えば,幾何の法則は複数のパーツからなる物体のパーツの境界面は凹型になりやすいことを説明する.物理法則は,水より重いものは湖の表面ではなく底で見つかりやすいことを説明し,物理法則と生物法則は水中を動く生物は流線型であり,大型陸上動物の脚は太い傾向があることを説明する*2
  • オブジェクトの特徴空間のいくつかの座標を知れば,ナチュラルモードの存在から,残りの特徴を推論することが可能になるのだ.

概念カテゴリーの機能の議論で,まず「認知リソースの節約」という議論を打破する.するとあり得る機能としては『有用な推論を可能にする』が浮かび上がる.もしそうなら,つまりカテゴリーに基づいた推論が有用であるなら,世界はカテゴリーの形成原理と何らかの相関性あるいは予測可能性を持っていることになる.もっと簡単に書いても良さそうなところだが,記述はいかにも重い.これは重要な発見だということで力が入っているのだろう.

*1:これはおそらく一部の素粒子には当てはまらないが,ピンカーはそこまでは議論していない.言語が通常扱うオブジェクトについて考えれば十分ということだろう.

*2:ここでは,「生物は進化的に系統樹を形成し,そのために特にこの階層的カテゴリーに親和的になる」ことまでは扱っていない.かえって議論の焦点がぼけてしまうということかもしれない.しかし身の回りのオブジェクトには進化的に形成されたものが多いことが概念カテゴリーの構成に影響を与えている可能性はあるだろう.

2017-05-14 Language, Cognition, and Human Nature その82

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その13 09:48 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その13を含むブックマーク


英語の過去形には2つのカテゴリーがある.ではこれは話者の心理にだけあるのか,それとも世界に実在するものなのか.ピンカーはここで英語の歴史を語り始める.この過去形の2つのカテゴリーは歴史的なプロセスが作りだしたものであり,単にある世代の話者の心理が作り出せるものではないというのだ.


規則クラスと不規則クラスの特徴はどこから来るのか

  • 規則クラスの特徴は規則的なルールから来る.どんな話者の視点から見ても,その言語の他の話者が理解し会話で用いるルールという意味での「その世界の中」というクラスが存在する.これはどんなコミュニケーションシステムにもあるパリティ要求から来る.言語は話者があるルールを共有していないと機能できないのだ,だからある話し手に過去形ルールがあるなら,それは聞き手にもあって理解するのに用いるということが推定される.同様に聞き手に理解するためのルールがあるならそれは話し手にもあって会話生成に用いると推定される.
  • だから「世界の中でどのようなものがルールにより生成されたクラスとしてピックアップされるのか」という疑問への回答は「他話者の心にあるルールの複製により生成されるエンティティのクラス」だということになる.

  • 不規則型については問題はより複雑だ.もちろん不規則型も話者間で共有されているからこそ有用性を持つ.しかし(ルールが単純で完全な)規則型の場合と異なり,不規則型クラスの構成は非論理的で,そもそも他話者がどのようにしてそれを会得しているのかを問題にせざるを得ないのだ.
  • 前節では話者の記憶(結局それが次世代話者へのインプットとなる)をめぐる動詞の生存競争についてダーウィン的なメタファーを用いた.各世代が前世代の記憶をできるだけ正確に再構成するとしても,変化は生じる.変化は(新しい不規則型が既存の不規則サブクラスに誘引されるような)収斂的なものも(全く別の方向に浮動する)分岐的なものもあるだろう.

  • 特定のアトラクターに向かう収斂的な進化は,規則系動詞が,その語幹が既存の不規則型の語幹に類似していることにより誘引されて生じることがあるだろう(現在sneakはsnuckに向けて誘引されつつある)
  • このように時たま生じる忘却とアナロジーの固定が,ちょうど感染プロセスのように言語コミュニティに生じ,世代を通じて累積されるなら,ファミリー類似構造を持つ動詞のクラスができあがるだろう.実際にquit-quit, kneel-kneltはかなり新しく不規則動詞に加わった.そしてそれはおそらくhitとfeelへの類似に誘引された結果だろう.これは方言におけるより速い変化にも見られる.

  • 英語の歴史においては分岐的な変化がより強いトレンドだ.古英語においては7つの(語幹の母音変化による)「強い」過去形と,3つの(dを含む接尾辞が付加される)「弱い」過去形があった.
  • 現代英語の規則過去形は「弱い」過去形から進化した.古英語の「強い」過去形は起源をプロトドイツ語に,そしてさらにプロトインドヨーロッパ語までさかのぼることができる.
  • 多くの学者はプロトインドヨーロッパ語の「強い」過去形は「規則型」だったと考えている.語幹の中の母音に続くセグメントの数とタイプが音韻変化を決めていたのだ.
  • 古英語の頃にはこのパターンは複雑化していたが,なお広く使われ,(現代英語に多数見られるような)例外は少ないものだった.つまり現代英語では規則化しているが,その音韻パターンが不規則動詞に類似している動詞の多くは,当時不規則型だったのだ.(deem/ dempt, lean/ leant, chide/ chid, seem/ sempt, believe/ beleft, greet/ gret, heat/ het, bite/ bote, slide/ slode, abide/ abode, fare/ fore, help/ holpなど)さらにそのクラス内には適度の創造性があった.

  • 中英語の頃に,過去形サブクラスの創造性と規則性は大きく減衰した.原因はラテン語とフランス語から膨大な語彙が流入し,条件依存的でない単純な過去形生成操作が必要になったことと,母音発音の大シフトが生じて既存過去形の母音変換規則が不明瞭になったことだ.一方で,弱い接尾辞付加の過去形は名詞を語源とする動詞(これは強い過去形動詞の音韻パターンとは異なっていた)について古英語の頃から使われていた.だから外来語彙にこのやり方を拡張するのは自然だったのだ.

  • 要するに,プロトインドヨーロッパ語以来,英語の歴史においては,強い過去形変換は音韻規則によるものからリストを個別に学習するものへという明確な傾向が存在するのだ.
  • このことは興味深い帰結をもたらした.元々リストは(規則から作られたものとして)均質なものだったはずだ.しかしその後様々なプロセスによりこのクラスの均質性は破壊された.その例をいくつかあげてみよう.

(1)音韻変化

  • blow, grow, throw, know, draw, fly, slay(過去形は母音をewに変換):これらはknow以外は複数連続子音を持つ.knowが例外なのは,それは元々複数子音で発音されていたからだ.kが発音されなくなっても過去形は残ったのだ.

(2)形態カテゴリーの崩壊

  • 古英語においては過去形は人称と単複によって区別されていた.例えばsingの過去形は以下のように活用した.
 単数複数
第1人称sangsung
第2人称sungsung
第3人称sangsung

単複の区別がなくなったときにそれぞれの動詞はその過去形にどれを使うかを決めなくてはならなくなった.それはちょうど椅子とりゲームと同じだ.このため動詞によりばらばらな選択がなされた.だからsing/ sang/ sung とsling/ slung/ slung が並んでいるし,それはfreeze/ froze と cleave/ cleft についても同じことだ.


(3)摩耗

  • 初期には「〜d/ 〜tという過去形変換」クラスは以下のようなメンバーを持っていた:bend, lend, send, spend, blend, wend, rend, shend, build, geld, gild, gird.このクラスは母音-子音-dという構造を持っている.
  • しかし現代アメリカ英語においてはgeld, gird, gild, wend, rend, shendは忘却されてしまった.残った動詞は5つで,うち4つはendで終わるが,最後の1つはildで終わる例外的なものになってしまっている.

結論

  • 私たちは以下のように結論づける.
  • 元々規則から産まれた均質的なアイテムを持つクラスが,規則が力を失ったのち,互いに関連のない多くの影響が累積するような様々な分岐的進化の後にファミリー類似的な構造を獲得するに至った.
  • このようなパターンの上に,時に類似性による収斂進化がスーパーインポーズされる.
  • この結果単一世代の学習者は,収斂進化と分岐進化の歴史の結果としてのファミリー類似構造に直面する,そしてこのような構造は学習者の心理の曽田側に独立に実在するのだ.

ここで語られる英語の歴史を振り返る部分は単純に楽しい.論文を書いているピンカー自身も蘊蓄を語れて大変楽しんでいるのではないかと思わせる.

また文化進化のひとつとしての言語内容の進化過程の実例としても大変興味深い.カヴァリ=スフォルツァとフェルドマン,ボイドとリチャーソンはいろいろ文化進化についてモデル化しているが,このようなファミリー類似カテゴリーと古典的カテゴリーの要素が作るダイナミズムについては考察していないのではないだろうか.本論文は20年も前のものだが,なお新しいと言うことだろう.

ページビュー
3413044