shorebird 進化心理学中心の書評など

2016-12-07 Language, Cognition, and Human Nature その57

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その19 20:20 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その19を含むブックマーク

言語の適応度.ピンカーは小さなアドバンテージでも進化が生じることをまず押さえた上で,次にプレマックの批判に真正面から答える.

5.3.2 文法的複雑性とテクノロジー
  • 私たちの種が二つの点で特徴的だとはよく指摘される.一つはテクノロジーでもう一つは非血縁者との社会的関係であり,これらは動物界ではかつてなかったレベルでの複雑性を可能にしている.
  • 道具作りは最もよく引き合いに出される能力だが,これにかかる知識はヒトの技術的なコンピテンスの一部でしかない.
  • 現代の狩猟採集民(彼等は私たちの祖先のライフスタイルがどのようなものだったかの最も良い証拠となる)は,野生動植物の生活史,生態,行動の詳細な知識(フォルクバイオロジー)を持っていて,その知識は広くかつ詳細でプロの植物学者や動物学者を驚かせ,その情報源になるに十分だとされている.
  • 例えば,この能力は現代のクンサン族に,私たちの目には不毛の砂漠地帯にしか見えない場所で一日数時間の労力により,栄養学的に完全な食事を取ることを可能にしている.またアイザックス(1983)は,ホームベースにある化石的な証拠から,ホモ・ハビリスが2百万年前から.獲得知識に大きく依存するライフスタイルを採っていたと主張している.
  • よく主張されるのはヒトにおいてはそのような知識は世代を超えて累積していくということだ.プリマック(1985)は,教育はヒトのユニバーサルな特徴で,教育に当たっての言語の有用性は疑い得ないとしている.ブランドンとホーンシュタイン(1986)が強調するように,特殊な刺激なしに知識を獲得できることには大きな淘汰的なアドバンテージがあっただろう.子供たちは親から,この食べ物には毒があると過去の動物は危険だとかを学べただろう.それを自分自身で試したり,観察する必要はないのだ.
  • コナー(1982)は,大人間での教育についてこう言っている.「クン族は食物のありかから補食獣の行動,獲物の移動パターンまで何でも話し合う.たき火の周りでは,物語が語られるだけではなく,あらゆる知識が交換される.そして生存に特に重要な事柄については脚色が加えられる.このような知識なしに生き抜くことは非常に難しいだろう.」
  • 時間,場所,主述の関係,モダリティの正確な情報のコミュニケーションのためのデバイスはそのような努力の中で無駄になることはなかっただろう.
  • 再帰性は特に有用だったと思われる.プリマック再帰性の有用性を議論するときに特に複雑なフレーズの有用性を問題にするという間違いを繰り返している.しかし実際には,再帰性なしには「この男の帽子」とか「彼は帰ったと思うよ」とかの語句すら不可能になるのだ.再帰性のために必要なのは,名詞句に別の名詞句を埋め込む,あるいは文節に別の文節を埋め込むことだけだ.これができるようになると,ある対象について好きなだけその詳細を説明できるのだ.
  • これは大きな違いを生む.例えば,それは獲物のいる場所にたどりつくためにたどっていく足跡が大きな樹の手前にあるのか,足跡の手前に大きな樹があるのかを区別できる.食べることができる動物がいるのか,(自分を)食べる動物がいるのを,そして熟している果物なのか,熟していた果物なのか,これから熟す果物なのかを,さらにそこに行くのが2日間の道のりなのか,3日間の道のりなのかを区別できるのだ.

これはプレマックによるマストドン狩りの場面を使った皮肉に直接応えようとするものだ.込み入った内容を伝えるのに再帰性を含む文法は有用だということはある意味当たり前だと思われるところだ.

このような議論の最初に狩猟を持ってくるのは時代を感じさせる.今ならまずゴシップや性淘汰形質的な魅力の話が来るだろう.とはいえさすがにピンカーは社会性の話をちゃんと押さえている.この社会性については次節で扱われる.



なお所用あり,ブログの更新は1週間ほど停止します.

2016-12-04 Language, Cognition, and Human Nature その56

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その18 19:34 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その18を含むブックマーク


言語が進化産物であるための条件について,遺伝的変異と漸進性という議論を処理し,本丸の適応度に話が進む.


5.3 より良い文法の持つ繁殖アドバンテージ

ピンカーは冒頭にプリマック(1985)を引用している.彼が当時の代表的な「言語の重要な特徴に適応度がない」と主張する論客だということなのだろう.

私は,読者に対し,再帰性が適応度を生みだすシナリオを再構成することを求めたい.

それはかつてこんな風に推測されていた・・・その昔,ヒト(あるいはプロトヒューマン)がマストドンを狩っていた時に,狩人がこう言えるのはきっと素晴らしい利点になるだろう:“Beware of the short beast whose front hoof Bob cracked when, having forgotten his own spear back at camp, he got in a glancing blow with the dull spear he borrowed from Jack”「ボブが自分の槍をキャンプから持ってくるのを忘れたときにジャックから借りたなまくらの槍でつけたかすり傷が前脚の蹄にあるそのちっこい獣に気をつけろ」*1

ヒトの言語は進化生物学理論にとって悩みの種だ.なぜならそれは通常適応度を上げるために必要だと考えられるものよりはるかに強力だからだ.単一のマッピングルールを持つ意味論的言語(そしてそれはチンパンジーも持っているかもしれない)で,マストドン狩りには十分に思える.そのような場合の会話には,統語クラス,構造依存的ルール,再帰性,などは全く強力すぎるデヴァイスであるように思われる.

  • このプリマックの修辞的なチャレンジは多くの人にとって説得的であったようで,ほとんど自明な議論だと受け取られた.
  • しかしこれはドーキンスによる「個人的に信じられないことを根拠にする議論」だ.これは確率的過程についての人々の不十分な想像性(特に進化が利用可能な十分な時間を前提にしたときの不十分性)を根拠としているに過ぎない.
  • またこれは,「洞窟に暮らした先史時代の人類の最も重要な問題はトラから逃げることとマストドンを狩ることだ」という広く行き渡っている先史時代のステレオタイプにも助けられている.
  • この議論はまた,「現代人のみ(時にそれはアカデミックのみを指すことが示唆されている)が洗練された心的機構を用いる必要性を持つ」ということを前提にしている.
  • しかしこのような「常識的」な直感がいかに説得的でも,それは考え直すべきだ.

5.3.1 小さなアドバンテージの効果
  • まず,進化的な変化には微小なアドバンテージで十分だと言うことを理解する必要がある.ホールデンの古典的な計算によると,例えば1%だけより子孫を多く持つような変異アレルの頻度が0.1%から99.9%になるのには4,000世代しか要しない.ヒトのような長寿の生物でもこれは十分に進化的な時間テーブルに乗ってくる.(念のために言っておくと,複数の遺伝子の固定化は並行して進むことが可能だ)
  • さらに利益のある遺伝的変化がある単一世代において必ず表現型として観察できなければならないわけでもない.ステビンズ(1982)はネズミのような生物に身体サイズの増大化の淘汰圧がかかった状態を数理モデル化した.淘汰圧を非常に小さく設定するとある世代から次の世代への身体サイズの増大も非常に小さくなり,個体変異のノイズに埋もれて観測できない.しかしこの生物がネズミの大きさからゾウの大きさになるには,地質学的には一瞬とも言える12,000世代あれば十分だった.
  • 最後に,非常に小さいアドバンテージであっても,似たような生物間で競争のあるマクロ進化的な状況においては大きな役割を果たしうる.ズブロウ(1987)は,ネアンデルタール人とサピエンスの死亡率が1%異なれば前者の絶滅に30世代しかかからないだろうと計算している.

まず言語の適応度の前にここを押さえておかなければという部分だが,前節に引き続いて創造論者との議論に出てくるような内容だ*2.微小な変化の積み重ねが大きな変化を生むことを理解することは,ヒトの生得的な認知傾向から言って難しい.この時代のピンカーはまだこのような進化心理的な解説は加えていない.

*1:ちなみにGoogle翻訳ではこうなる「キャンプで自分の槍を忘れて,彼がジャックから借りた鈍い槍で一瞥したとき、ボブの前足が割れた短い獣に気をつけろ」

*2:「個人的に信じられないことを根拠にする議論」「想像力欠如を理由とする反論」というのは,まさに創造論者の言い分についてドーキンスが揶揄してつけた呼称だ

2016-12-01 書評 「雪と氷の世界を旅して」

[] 「雪と氷の世界を旅して」 07:21  「雪と氷の世界を旅して」を含むブックマーク


本書は東海大学出版部の「フィールドの生物学」シリーズの一冊.今回は氷河上の微生物の研究者の物語だ.

著者は動植物の観察やマウンテンバイクが好きな東洋大学生命科学部の学生だったが,自分が何をしたいかわからず,就活にも身が入らず,かといって同学の研究室は分子生物学周りのものが多く興味が持てずという悩ましい状況だった.そのときにネットで東京工大の幸島研究室のサイトを見て,世界中の氷の上の生物やイルカや熱帯の野生生物を研究していると知り,ここなら海外の山に登り氷河の上を歩けるかもしれないと「びびっと」来てメールでコンタクトを取り,そのまま東工大の院に進むことになる.

ここからは世界各地の氷河をめぐってアイスコアの中や氷河表面の微生物を調べる旅がひたすら描かれる.

著者は最初はアイスコア掘り出しの単純作業要員として,経験と実績を積むに従って微生物リサーチャーとして次々にいろいろな場所に足を運ぶことになる.旅の様子は異国情緒にあふれ,またなかなか大変なリサーチ作業の描写もあり,読んでいて楽しい.学術的な面では氷河の積み重なり方と年代推定の様子や雪氷微生物の詳細が興味深い.

著者はロシアの氷河のアイスコアの中から,酵母の存在を確認し,これが融氷時の水があるときに増殖していることを知る.そこから氷河表面の微生物にもリサーチ対象を広げていく.アラスカでは藻類が氷河を真っ赤に染め(著者はイチゴシロップをかけたかき氷に例えている*1),そこでは夜になるとコオリミミズが氷原の表面に這い出してくる*2.著者は貧栄養条件下で雪氷酵母の培養に成功し,分子系統を明らかにする.中国蘭州の氷河では氷河表面にシアノバクテリアが増殖して毛玉上の構造物(クリオコナイト粒)になり,太陽光を吸収して氷河の融解を促進している.グリーンランドでは何年か連続して観測を行う機会を得る.氷河によって微生物密度は大きく異なる.著者はこれは風で運ばれる鉱物粒子の種類と量によるのではないかと考えている.最後はもうすぐ消滅してしまうことが予想されている赤道直下のアフリカの氷河リサーチの様子が描かれている.著者はここでコケの無性芽の固まった「氷河ナゲット」を見つけて,その成因を考察する.

本書はこのシリーズの他の本ほど自伝的要素はなく,ストーリーに大きな謎解きがあるわけでもない.どちらかといえば淡々とリサーチの様子と世界各地の氷河旅情をエッセイ風に語る本だ.とはいえ,これまで全く知らなかった生物の生態がいろいろ書かれていて楽しいし,旅情部分も率直に書かれており好感がもてる.肩の力を抜いてのんびり読むのにいい本だと思う.

*1:このような藻類により赤く染まる雪原は日本にもあるそうだ.

*2:昼間は捕食者を避けて雪の下に潜っていると説明されている

sekizukasekizuka 2016/12/01 09:41 >これは風で運ばれる鉱物粒子の種類と亮によるのではないかと

種類と「量」かな?

shorebirdshorebird 2016/12/01 22:10 ご指摘ありがとうございます。
訂正しました。

2016-11-28 Language, Cognition, and Human Nature その55

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その17 22:34 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その17を含むブックマーク


進化が漸進的に進む事が言語進化を否定する理由となるか.3番目の議論のポイントは「文法は複雑で精巧にできているので,変異による揺れはそれを壊してしまうのではないか」という問題だ.


5.2.3 正式な文法からの揺れ
  • 文法は多くの相互作用的なルールと条件を持つ複雑な計算システムだと考えられている.チョムスキー(1981)は,文法が強い演繹的な構造を持ち,ある原則のわずかな変更が,文法の誘導の連鎖により言語全体に劇的な影響をもたらすことを強調している.これは進化段階で期待されるより大きな文法の揺れの中で,どのように文法全体がシステムとして保たれたかという問題をもたらす.
  • 文法は,時間をさかのぼると少しずつ原始的になっているのだろうか? その一部が変化していたり欠損していたりするユニバーサル文法は機能したのだろうか? あるいはそれは,派生がなく,構築に制限があり,部分的な構造しか持たなかったのだろうか?
  • リーバーマン(1989)は「現在の標準的な言語理論とと整合的である唯一のヒトの進化モデルは,言語神経的基礎の突然の救済的な出現だ」と主張する.同様にベイツたち(1989)も「もし言語の基礎構造的な原則がボトムアップで学習できたり,トップダウンで継承できたりしないなら,その存在の説明は2つしかあり得ない.ユニバーサル文法が神から直接下賜されたか,私たちの祖先は過去に例のないほどの大規模な突然変異あるいは認知的なビッグバンを経験したのかだ.」と主張している.

このベイツたちの主張は前段が生成文法の主張だから,後半を主張していると言うより生成文法自体を否定しようとしている試みなのだろう.これに対してピンカーは猛然と反論している.


  • しかしこれらの議論は混乱した土台の上に乗っている.現存する言語の文法がマイナーな揺れを受けたら,現在の言語学者が考える「あるべき言語の文法」として耐えられなくなるとしても,それが全く文法でなくなるわけではない.もっと乱暴に言うと,ホモ・エレクトスの言語が,ホモ・サピエンスの言語基準を満たしていなければならない理由はないのだ.さらに,言語能力は,正式文法のみによっているわけではない.それはアナロジー,機械的記憶,ヘイグスピーチなどの非文法的要素にもよっているのだ.チョムスキー(1981)はこれらを文法の「周辺」を構成しているとしているが,もっといいメタファーは,隙間を埋める間に合わせの応急修繕(jerry-rigging)だろう.これらは不完全な文法を用いて文を生成したり理解したりするのを可能にするのだ.
  • この「自然言語文法は,全体として機能したか,全く機能しなかったかのどちらかだ」という主張は,驚くほどよくなされている.しかしそれは「眼」や「翼」や「網」についてなされる反進化的な創造論者の主張以上のものではあり得ない.そしてそれはしばしば「外適応」概念に飛びつく.
  • ピジン語,身振り語,コンタクト言語,ベイシック英語,子供や移民や旅行者や言語障害者の言語,テレグラム,新聞の見出し語は,様々な効率性と表現力を持つコミュニケーションシステムが連続的に広がっていることの強い証明になっている.そしてこれこそ自然淘汰が必要とするものだ.

  • 進化における学習と生得的な構造の相互作用についての私たちの主張は,ヒントンとナウランによる「ボールドウィン効果」の興味深いシミュレーションによって支持されている.
  • 彼等は,進化にとって想像しうる最悪のシナリオを考慮した,これは20の連結点を持つ神経ネットワークで,この20すべてにおいて正しいセットがなされなければ適応度のアドバンテージがないというものだ.完全にランダムな突然変異で連結が決まる場合には2の20乗回に1回しか適応度が上昇するミュータントが現れない.そしてそのメリットも有性生殖ですぐに失われる.
  • ここで遺伝と学習で連結を決められる生物がいるとする.この生物は遺伝で決められたセッティング上で,学習によってセッティングの変更を試み,適応度が上昇すればそれを固定する.このような条件では20の遺伝的セッティングのすべてが正しくなくても,より正しいセッティングの割合が高いほど(学習により有利な状態に移行できる確率が高いために)よりメリットが生じる.ヒントンとナウランはこれをシミュレーションによって確かめている.(表面上現れなくとも)学習によって連続的な適応度が現れるのだ.
  • さらに彼等は面白い発見をしている.学習可能なセッティングを遺伝的にする淘汰圧は常にあるが,ほとんどのセッティングが遺伝的に正しくセッティングされるようになるとこの淘汰圧は急速に下がるのだ.これはセッティングポイントが非常に少なくなると学習でもほぼ必ず最適状態に達することができるようになるからだ.これはヒトの言語の多様性の一つの要因は,言語以前からある(あるいは言語と独立の)学習能力の結果であるという推測と整合的だ.このような学習器官は進化が蹴りとばす必要がない梯子だったのかもしれない.

この節の議論も(ピンカー自身が語っているように)創造論者たちとの議論を彷彿とさせるところがある.なお最後のところはちょっと面白い記述だ.言語の多様性については,現在ではむしろ内集団と外集団の区別を要因とする説明が多い.ピンカーもこの議論を続けている様子はないようだ.

2016-11-25 Language, Cognition, and Human Nature その54

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その16 21:59 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その16を含むブックマーク


進化が漸進的に進む事が言語進化を否定する理由となるか.2番目の議論のポイントは「言語のルールは離散的なものであり,それは漸進的な進化では不可能ではないか」という批判に対するものだ.


5.2.2 カテゴリカルルール
  • 多くの言語法則はカテゴリカルルール(1か0かのどちらかになるような離散的なルール)だ.そのようなルールは,どのようにすれば漸進的な進化過程から生じることができるのだろうか.
  • ベイツたち(1989)はグールドの「5%だけ完成された眼に何の意味があるのか」という議論を踏まえてこう書いている.

それが埋め込まれた句から名詞句を引き出すことについての制限が生じるための前駆体的フォームを私たちが想像できるだろうか.生物にとって半分だけシンボルだとか3/4だけのルールだとかに意味があるだろうか.・・・モナド(単一体)的シンボル,絶対ルール,モジュラーシステムは一気に獲得されるしかない.それは創造論的なプロセスを強く求めさせる.

  • しかしながら,2つの問題がここで見逃されている.文法システム全体は漸進的継続的なプロセスで進化しなければならないということが正当化されるとしても,それはすべてのルールのすべての様相が漸進的で継続的なプロセスを経なければならないということを意味するわけではない.ショウジョウバエ突然変異には触角が前肢の形態に一気に変わるものがあるし,ある生物群がそのようなホメオティックな変異を経て分岐することもある.
  • 単一の突然変異ですべてのユニバーサル文法が一気に実装されるということはありそうにない.しかしそれは,例えばn種類のルールからn+1種類のルールを持つ文法に,m種類のシンボルを持つ文法からm+1種類のシンボルを持つ文法に変化を生じさせうるだろう.それはまた機械的な連合のみで全く何の文法ルールもない祖先システムから単一ルールを持つ子孫システムへの移行も起こせるだろう.
  • 文法ルールは多くのほかのメンタルシステムと骨格を共通するシンボル操作だ.実際に,記憶ケースの類似性に基づく連続的なものとは無縁の離散的なシンボル操作は,認知の多くの領域,特に社会的な共有情報に関する部分で非常に有用だ.
  • もしある遺伝的変異が,非言語的シンボル置換操作の一般的なコピーをコミュニケーションの基礎となる神経システム内にポップアップすることをひきおこすなら,そのようなプロトタイプルールは,エンコードデコードのスキームに使うことができ,言語の具体的な要求に対応できるような淘汰圧がかかるだろう.ロージン(1976)とシェパード(1986)は知性の進化はそのような過程で可能になったのだろうと論じている.

離散的な性質を持つものが一切進化できないなら,眼が二つあることも,手足に指があることも,体節や,脊椎の存在も進化で説明できないことになってしまう.なんだか創造論者とのやりとりに近いような印象で,ピンカーたちの苦労がしのばれるところだ.

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