shorebird 進化心理学中心の書評など

2017-11-21 書評 「All Yesterdays」

[] 「All Yesterdays」 21:10  「All Yesterdays」を含むブックマーク


本書は古生物アートに関するもので,本というより解説付きイラスト集になる.古生物アーティストのジョン・コンウェイとC. M. コーズマンが,古生物学者でサイエンスライターのダレン・ナイシュと共著したものだ.(なお骨格図については古生物学者でイラストレーターのスコット・ハートマンの手によるものが添付されている)


本書が圧倒的に面白いのは,厳密な科学的な考察を経たうえで,そうであったかもしれない可能性を深く追求し,大胆に推測復元をおこなっている点だ.それが副題「Unique and Speculative Views of Dinosaurs and Other Prehistoric Animals」の趣旨になる.それはこの表紙カバーに採用された絵に最もよく現れている.これはプロトケラトプスが樹木に登っているところを描いたものだ.確かにプロトケラトプスには樹木に登るための顕著な適応形質があるわけではないが,それは(やはりしばしば樹木に登ることがある)ヤギだって同じだ.だからこういう姿があり得ただろうという訳なのだ.


イントロダクション

導入ではその辺りのことを含めた本書の意図をナイシュが詳しく解説している.

  • 本書では絶滅した生物の’known unknowns’と’unknown unknowns’についてフォーカスする.
  • しかしそれは一部のアーティストに見られるような化石などのハードデータをいい加減に解釈したものにはしない.化石から骨格をできるだけ正確に復元し,さらにそこに筋肉を乗せ,外皮(鱗,毛髪,羽毛などを含む)を想像する.そういう科学的な復元図作成の嚆矢となったのはグレッグ・ポールだ.本書はそのような科学的な考察を経て描かれた古生物アートを扱う.
  • その上でわかっていないこと,意見が分かれていることは多い.骨格だけから外皮の状況はわからない.現生生物の例を見ても,骨格や筋肉の状況がわからないような外見を持った動物は多いのだ.そこには様々な可能性がある.コンウェイもコーズマンも想像を膨らませた素晴らしい絵を数多く描いている.
  • コンウェイを有名にした恐竜画は「Dinosaur Art: the World's Greatest Paleoart」に収録されている.彼の描く恐竜は,しばしばあるようなけばけばしい派手な色使いのものではなく,リアルな色調で背景に溶け込んでいる.コーズマンは異星の生態系の架空動物を描いた「All Tomorrows」シリーズやより知能高く進化した仮想恐竜「Avisapiens saurotheos」の絵*1で有名だ.
  • そして本書では「もしはるか将来に地球に降り立った異星の科学者が現生生物の化石のみを手にしたときにどのような復元図を書くだろうか」という企画も扱っている.

第1部 All Yesterdays

ここでは恐竜をはじめとする様々な古生物の複原図が短い解説とともに掲載されている.百聞は一見にしかずということで見てもらうほかないが,印象的なものを少し紹介しておこう.

  • カルノタウルス類の前肢は極端に小さいが,可動域は大きくその機能は謎だ.ここではディプレーに使ったとして復元した.
  • 首長竜エラスモサウルスの首は重く,白鳥のように水上に持ち上げていたという復元は否定された.しかし逆にそれはハンディキャップ型のディスプレーとして機能したかもしれない.ここではオスの集団が水上に首を突き出すディプレーで競っているところを描いた.
  • 恐竜複原図ではその性器が描かれることは稀だ.ここではキチパチにカモのようなコルクスクリュー状の細長いペニスがある姿,ステゴザウルスのオスがハプロカントサウルスのメスに交尾を迫り,その巨大で長いペニスを伸ばしている姿を描いた.
  • ほとんど描かれることはないがティラノサウルスも満腹時には就寝していただろう.就寝時のポーズは謎だが,ここでは横になっている姿を描いた.
  • プレシオサウルスの外皮がどのようなものだったかはわかっていない.ここではテンジクザメ目のオオセのようなカモフラージュを持って海底に伏せているところを描いた.
  • 脊椎に高い棘突起を持つ恐竜はエダホサウルスのように背中に大きな帆を持つように復元されることが多い.しかしそうであったとは限らない.バイソンやラクダのような脂肪のこぶになっていたかもしれないのだ.ここではオウラノサウルスについてこぶを持つように復元した.
  • 骨格に基づいた正確な復元図を目指す画家の描く恐竜は,筋肉や骨の付き方がよくわかるように非常にスリムに描かれることが多い.しかしほとんどすべての現生哺乳類鳥類の外観は皮膚のひだ,脂肪,羽毛などによって膨らみ,筋肉や骨格が見えにくくなっている.ここではぶよぶよと膨らんだパラサウロロフスを描いた.
  • 長い尾を持つ小さな鳥盤類レエリナサウラは白亜紀のオーストラリアに生息しており,おそらく零度以下の気候に耐えていたと思われる.ここでは羽毛で膨らみ,長い尾を持ち上げて群れの中での互いの信号に使っている群れの姿を描いた.
  • ミクロラプトル・グイは後肢にも羽根があり,復元図はそれを強調した奇怪なドラゴンのような姿にされることがほとんどだ.しかし後肢の羽根は普段はあまり見えなかっただろう.ここでは鳥類に似た姿で復元した.
  • 竜脚類恐竜が沼地で首を水上に出しているイメージは過去のものとされたが,しかしだんだんわかってきた竜脚類恐竜の多様性を考えるとカバのように部分的に水に入る習性を持つものがいてもおかしくはない.そのもっとも良い候補はオピストコエリカウディアだ.ここではザリンガーのピーボディ博物館の壁画へのオマージュとして沼地で長い首を持ち上げるオピストコエリカウディアを描いた.

第2部 All Todays

化石の手がかりしかない遠い将来の異星の科学者は現生動物をどのように復元するだろうか.ここに収録された絵を眺めると,現在の恐竜復元図が持つ限界がよくわかる.いくつか印象的なものを紹介しよう.

  • ネコ:リトラクタブルな鉤爪を持つ恐ろしい捕食者.ヒト化石とよく一緒に発見される.おそらくヒトはネコの獲物だったのだろう.(頭蓋骨のすぐ上に鱗のある恐ろしい姿で復元されている)
  • カバ:この動物は頭蓋骨しか発見されていない.しかしその長い歯と巨大な顎はこの動物が頂点捕食者だったことを示すに十分だ.(上下の門歯がすべて巨大な牙になり,眼の上と下顎の下に突起のある怪物のような姿に復元されている)
  • サイ:背中に巨大な帆を持つ奇妙な草食動物.リサーチャーは過剰な熱の放出器官だと推測している.(スレンダーで背中に帆がある奇妙な姿に復元されている.角はない)
  • クモザル:ヒトの近縁種だが,非常に長い指と大きな眼を持っている.ヒトと異なり待ち伏せ型の捕食者だったのだろう.(大きな牙と鉤爪を持つ恐ろしい捕食者のように復元されている)
  • ハクチョウ:大鎌のような細く尖った前肢を持つ.おそらくこれで獲物を突き刺して捉えていたのだろう.ここで突き刺しているのは謎めいた魚類であるオタマジャクシだ.(羽毛も毛もない不気味な姿に復元されている)
  • マッコウクジラ:古代の海を泳いでいた最大の動物である.(大きな背ビレを持ち,尾ビレは垂直で,尾を左右に振って泳ぐように復元されている.頭部の特徴的な膨らみはない.)
  • ヒヒ:牙には溝があり,下顎の上に珍しい蜂の巣状の構造がある.おそらくこれは毒器官で,牙から獲物に毒を注入していたのだろう.(痩せ細り,頬のない奇怪な姿に復元されている.なおこのエピソードはシノルニトサウルスの牙に溝があり,それを毒牙だとリサーチャーが主張し,後に否定されたエピソードを踏まえていると解説がある)

本書は,眺めているとどこまでも想像力を刺激してくれる大変楽しいイラスト集だ.特に描こうとしたテーマや画家の意図が解説されているので,そこを深く味わうことができる.いずれにしてもこのような書評でその魅力を伝えることは難しい.なおペーパーバックは5000円弱だが,Kindle版だと1000円以内で入手できる.(11/21現在それぞれ4,778円,778円)



なおコンウェイのWebsiteはhttp://johnconway.co コーズマンのWebsiteはhttp://cmkosemen.com になる.解説はあまり付されていないが,そこを眺めるだけでもある程度雰囲気はわかるだろう.


関連書籍


同じメンバーで作られた,神話や想像上の生物を扱った解説付きイラスト集.第1巻とあるが,第2巻はまだ出ていないようだ.

Cryptozoologicon: Volume I (English Edition)

Cryptozoologicon: Volume I (English Edition)


コンウェイの作品も収録されている恐竜アート画集.第2巻はこの10月に出たばかりのようだ

Dinosaur Art: The World's Greatest Paleoart

Dinosaur Art: The World's Greatest Paleoart

Dinosaur Art II

Dinosaur Art II

*1:これは本書にも一部収録されている.むかしデイル・ラッセルが描いたDinosauroidが,ヒトに似た直立二足歩行種にされており,あまりに現実離れしていることへの批判も込めているそうだ.

2017-11-18 協力する種 その30

[] 協力する種 その30 10:22  協力する種 その30を含むブックマーク


第7章 制度の協力の共進化 その5


7.6 制度の利他性の共進化

ここでは,ここまでの彼等の議論,つまり戦争によるグループ間淘汰を強調し密度依存効果を入れ込んだマルチレベル淘汰モデルによる利他性進化の結論をもう一度強調する.

  • データから明らかなのは,様々な集団と様々なパラメータの妥当な値に対して,その遺伝的分化度は,ごく稀に闘争が起きれば非常にコストのかかる利他性が進化する程度に十分に大きな値である.
  • また繁殖均等化があれば,利他性進化の条件はより緩くなる.

そしてここから「遺伝子と制度の共進化」についてのモデル化の説明が始まる.

最初に解析方法について断りがある.彼等のモデルは個体とグループの2段階で,制度と遺伝子の共進化を扱うために,単純なプライス方程式による解析は行えない.だから基本的にシミュレーションにより解析を進めることになる.これはグループ内,グループ間の淘汰の大きさが制度進化自体により影響を受けるために,このダイナミズムカオスを含む複雑系になるからだということだろう.


次に前提が整理される

  • グループ内では似たタイプ同士がより高頻度で相互作用を行う傾向があることをモデルに導入する.(これによりペア形成はランダムではなくなり「区分化」される)
  • この区分化の程度はζで表す.ζjはグループjの区分化の程度を表す.A個体がグループ内のA個体から利益を得る確率はpjではなく,ζj+(1-ζj)pjになる.これにより同じグループにあるNとAの利得の差はcではなくc-ζjbに減少する.
  • これは繁殖均等化と同じように利他性の進化条件を緩和する.(もしζj>c/bであればグループ内ではAはNより有利になる.ここでは利他性の進化を考察するためにζj < c/bを仮定する)
  • 区分化は文化的に伝達される慣習であるとする.
  • 繁殖均等化もモデルに含める.これによりあるグループ内のNとAの利得の差は(1-τr)(c-ζjb)となる.
  • ζとτrはグループ間で異なり,それらはグループの生存率の差に起因する淘汰圧を受けて進化する.
  • グループ間の闘争の勝敗はそのグループの利得の総和により決まる.
  • 制度は確率的な変動を受ける.
  • 区分化が進む事による「多様性減少によるコスト」,繁殖均等化が進む事による「資源獲得動機の減少によるコスト」も勘案する.(正式なモデル化はしないが,ζやτrの大きめの数字についてはそのグループの平均利得を減少させる形で考慮する*1

前節のモデルではグループ内の利他者の頻度により勝敗が決まることになっていたが,ここではグループ内総利得により決まることに変更していることに注意が必要だ.前節モデルでは「自己犠牲的行動を取る兵士の多い軍隊の方が勝ちやすい」というロジックだったのが,「グループ内総生産が大きい方が勝ちやすい」というロジックにすり替わっている.

また「区分化」はまさに正の同類性を増大させるものであり,包括適応度理論的には血縁度の上昇を意味する.単に同じタイプの相互作用確率を増加させるだけでなく,その程度がグループ間淘汰の影響を受けるようにしているところが著者たちのモデルのポイントになるということだろう.要するに利他者が利他者と相互作用しやすいという「区分化」文化程度は確率的に変動し,たまたまそれが高いグループの利他者頻度が高いとグループ内総利得が増加して戦争に勝ちやすくなり,それを通じて高い「区分化」文化が広まっていくという過程を考えているということになる.


7.7 遺伝子と分化の共進化をシミュレートする

この節ではシミュレーションの様子が解説されている.

いろいろダイナミズムが詳しく説明されているが,典型的なカオス的な挙動が見て取れる.

またζやτrの与える影響については,予想通り初期値をともにゼロにすると利他性が進化しにくくなる.また利他者頻度pが低いままの場合には,これも(pが高くないと繁殖均等化や区分化自体が戦争で有利にならないため)予想通り制度が進化しにくくなる.

このほか様々なパラメータの値がどのように影響を与えるかについても図示されている.いずれもおおむね予想通りの結果という印象だ.


7.8 均等化と戦士

ここからシミュレーションを踏まえた考察がなされている.

  • 我々がモデルに組み込んだ諸条件(遺伝的分化度,戦争,その他の条件)は,少なくともある初期人類の集団には存在しただろう.
  • 繁殖均等化や区分化などの制度が集団中に広がるのは利他性の進化に貢献するからだ.それらの制度にコストがあってもグループ間淘汰によって利他性と共進化できることをシミュレーションは示している.
  • このような制度がない場合には利他性の進化条件は非常に厳しくなる.
  • この過程で特に重要なのは,区分化や繁殖均等化の制度は(自己利益中心的な個体の最適反応を前提にしているので)利他的選好が事前に存在していることを必要としない点だ.(最初は)小数のグループにおいてそれにに従わないものは直接互恵や間接互恵により不利を受けるという状況があればいい.そして一旦(最適反応としての)規範が確立してしまえばグループが大きくなってもそれは保たれる.ある種の食物共有はそういう形で説明できそうだ.
  • この推論は想像上のものに過ぎないが,後期更新世の物理的社会的環境はこの共進化を可能にするパラメータ領域上にありそうだ.そうであればマルチレベル淘汰モデルは,少なくとも部分的にはこの重要な時期の遺伝子と分化の共進化を説明できるだろう.
  • モデルの結果は制度化された資源共有,グループ内の同類性,グループ間闘争が原因となって生みだされている.だからヒトに特有の認知的言語的あるいは他の能力がこの過程において重要な役割を果たしていたことが示唆される.(だから他の動物では起こりにくかっただろう,しかしいくつかの動物においてはこのモデルの適用が可能かもしれない)

私の感想は以下の通り.

  • まず利他性の頻度が高い方が戦争に勝ちやすいという前提には引き続き大きく疑問符がつく.少なくとも著者たちはこの前提について何ら深い吟味を行っていない.この節のシミュレーションの前提となっている「グループ内の総生産」が重要だとしても,それは相利的な状況における協力の推進,分業,交易,市場などによって大きく決まるのではないだろうか.
  • 戦争に勝ちやすいかどうかは利他戦士の頻度や総生産だけでなく,軍事技術,軍事的戦略,強いリーダーシップ,残虐な規律のある軍隊に大きく依存するだろう.戦争が利他性進化にとっての大きな淘汰圧だという議論には賛成できない.
  • 制度が最適反応系だというのは著者たちの前提であって事実がそうであるかどうかについてはやはり吟味が必要だろう.一旦少人数の罰システムにおいて食物共有が規範として成立したからといって,大人数になって罰システムが機能しなくなれば,それはもはや最適反応系とは言えなくなる.そして著者たちは食物共有を非常に重要視して強調しているが,では何故それ以外のリソースの共有システムはほとんど見られないのかについて全く説明できていないのではないかと思われる.
  • たこの戦争淘汰圧による利他性進化シナリオでは,進化する利他性は100人前後の集団に対する自己犠牲的な勇敢さということになるが,実際にそういう利他性がヒトにあるようには思えない.まず戦争などで見られる「戦友のためなら自分の死もいとわない」(手榴弾の上に伏せるなど)様な自己犠牲的かつ勇敢な行動は,「自分の背中を預けられる」様な絆を持った数人程度の少数の仲間間でしか見られない.ハイトのいうミツバチスイッチ(スポーツにおいて自分のひいきチームや母校を熱狂的に応援するような気分)はもう少し大きなグループで見られるが,これは自己犠牲的な利他性というより相利的な協力推進と見る方が実態に近いだろう.
  • 彼等はここまでに血縁淘汰を否定する際に,赤の他人に対して手をさしのべるタイプの利他行為を問題にしていたが,これと戦いのなかでの自己犠牲的な勇敢さはそもそも異なるものではないのだろうか.要するに彼等は進化する「利他性」についてかなり広い一般化したものを想定し,それが様々な局面に大きな影響を持つと考えているのだろう.しかし進化する心理モジュールはもっと狭い条件依存的特定的なものだろう.これはどのような心理的特徴が進化によって実装されうるかという点における著者たちのスロッピーさを示しているのだろう.仮に自己犠牲的勇敢さが戦争によって説明できるとしてもそもそも彼等が問題にしている「社会的選好」を説明できるようには思えない.
  • この点は著者たちの議論のダブルスタンダード性もよく示しているように思う.著者たちは「一回限りの相手や見知らぬ他人にも親切にする様な利他性が観察されるから血縁淘汰や直接互恵性の説明は当たらない」と主張する.しかしその議論をひっくり返すと,「そのような大きなグループのために無条件に命を差し出すようなことは観察されないので著者たちのマルチレベル淘汰の説明は当たらない」ということになるだろう.
  • また別の論点としては,もしこのようなシナリオで利他性が進化するなら,先史時代の戦士はほぼ全員が男性であったので,利他性について大きな性差が観察されるはずだが,そうはなっていない.
  • さらに,このような形で制度と遺伝子が共進化したのなら,異なる制度の下では異なる利他性があるということになる.これは利他性についてのヒューマンユニバーサルを否定することになるが著者たちはそう考えているのだろうか.あるいは後期更新世において(出アフリカ前に)特定の制度文化を持った集団がすべての人類集団を皆殺しにして,その制度とそのグループの子孫のみが残った結果であり,その後は一切制度と遺伝子は共進化しなくなったという主張なのだろうか.いずれにせよこの制度と遺伝子の共進化を,現在のヒトの本性のユニバーサルな性質を与えた主要因と考えるのはハードルが高いだろう.

*1:なぜ正式のモデル化しないのかについては解説がない.具体的にどう考慮しているのかがわからず,なぜモデル化しないのかも含め,はっきり言って意味不明だ

2017-11-15 協力する種 その29

[] 協力する種 その29 07:02  協力する種 その29を含むブックマーク


著者たちはマルチレベル淘汰の基本モデルに,密度依存効果(そしてグループ間淘汰が戦争によってのみ決まるという前提)と繁殖均等化による利他性進化条件の緩和を追加したモデルを提示し,さらにパラメータについて大胆に推定値を入れ込んで進化条件を提示した.ここからこの条件の妥当性をより具体的に議論する.


第7章 制度の協力の共進化 その4


7.5 オーストラリアの研究室

著者たちは前節では大胆にκの推定値を0.28としたが,ここではオーストラリアのリサーチを元にもう少し詳しく解説がある.


まず最初に,ここでb=0, τr=0とした場合の進化条件としてのcの臨界値をc*とし,それを以下の通り表記している.


しかし大槻の解説によると,著者たちの密度依存前提のもとではそもそもbは進化条件と無関係になり,さらにこの式は間違いで,正しくは以下のようになるはずだ.(ただnがある程度大きくなればこの差は無視できるので議論の大筋には影響しない)


ここからオーストラリアのリサーチを用いた考察についての解説になる.

  • オーストラリアのアーネムランドには農耕牧畜民とほとんど接触がない狩猟採集民が存在しており,人類学者や遺伝学者によってリサーチされている.
  • ここでは近接して居住する3つの狩猟採集民のグループの戦争時の死亡率,同地域の7つのグループの遺伝的分化度の推定値を用いる.
  • これによると(好戦性の異なる)3グループの死亡率から見たκの推定値はそれぞれ0.42,0.20,0.08になり,7グループのうち最低の遺伝的分化度からFST=0.04をもちいることとする.
  • 以下を前提とする:各世代は確率κで戦争に巻き込まれ,利他的戦士は敗戦時には100%,勝利時にも20%の確率で死亡する.利己的戦士は敗戦時にはやはり100%死亡するが,勝利時には死亡しない.この死亡率の差をcとして表すと,κ=0.28であれば,κ×戦勝確率0.5×死亡率の差0.2=0.028程度になる.c=0.03であれば150世代で頻度0.9から0.1まで低下するのでこれはかなり大きな値である.
  • (好戦性の異なる)3グループのそれぞれのc*はλAが0.5のときに0.033,0.016,0.008,λAが1であればそれぞれ0.066,0.032,0.015となる.

ボウルズとギンタスはこれを持って好戦的なグループはもとより平和的なグループであってもλAが1であれば(b=0.05に対して)かなり大きめのcの値が進化条件になれるとコメントしている.


彼等の前提は,負ければ全滅という部族間競争において,勝つ場合の利他主義者と利己主義者の戦死確率が20%異なるという形の利他主義者の存在が戦争勝利確率に大きく効いてくるというものになる.私としては前回も述べたがλAの値に関して全く納得感がないという感想になる.

またもうひとつ気になるのは,戦士は全滅するとして,女子供についてはどう考えているのか記述がないところだ.狩猟採集社会の戦争の実態から見ると女性は連れ去られて勝利部族戦士の妻にされることが多い.であればこのモデルは大きな修正が必要になるだろう.そして著者たちが主張する利他性には大きな性差が観察されることが予想されるということになる.

2017-11-12 訳書情報 「サルは大西洋を渡った」

[] 「サルは大西洋を渡った」 10:06  「サルは大西洋を渡った」を含むブックマーク


以前私が書評したアラン・デケイロスの「The Monkey's Voyage: How Improbable Journeys Shaped the History of Life」が邦訳出版された.本書は生物地理学の壮大な学説史を扱ったもので,遠く離れた島や大陸に近縁種が分布する説明としてダーウィン以来の長距離分散説とそれに対抗する陸橋説,そして陸橋が否定されプレートテクトニクスが認められるようになった後の分断分岐説との激しい論争,その際に取り上げられた様々な動植物の分布の謎を取り扱っている.特に分断分岐説の興亡については詳しく採り上げられているが,これはデケイロス自身が論争の当事者でもあり臨場感豊かだ.

一部の論争記述についてはバイアスがかかっている部分もあるようだし,最近の分子系統地理学の話が出てこないのも少し残念だが,一般向けの学説史を扱った本としては,ダーウィンから始まり,世界各地の興味深い生物分布を扱うなどテーマのスコープも広く,敵役の分断学派のキャラクター設定が思いっきりとんがっていて,面白くて一気に読み進めていけること請け合いだ.迫力満点の大変充実した本だと思う.


私の原書の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140713


原書


なお分岐学論争の同時代的目撃者であった三中信宏による書評,および本書の歴史記述スタンスに関するやや厳しい短評はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20160126/1453854925http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20161230

2017-11-10 書評 「哺乳類の生物地理学」

[] 「哺乳類の生物地理学」 20:48  「哺乳類の生物地理学」を含むブックマーク


本書は増田隆一による主として日本の哺乳類についての生物地理学及び分子系統進化学的リサーチを紹介する専門書である.東京大学出版会のNatural History Seriesの一冊.

生物地理学はウォレス以来の伝統を持つ学問分野だが,近時分子的な分析手法が発達し,系統,集団の遺伝的組成,歴史的な集団動態,ヒトによる攪乱の歴史なども考察できるようになって,学際的な分野としての性格が強くなっている.そのあたりを著者自身が手がけてきた日本の哺乳類のリサーチを題材にとって解説するという趣向になっている.


第1章 生物地理学とは何か

冒頭第1章は生物地理学の概要説明.ダーウィンとウォレスから始めるかと思いきや,日本で初めて体系的に取り上げた学者として徳田御稔*1,そして六大生物地理区分を提唱したスレーターから始めている.当初は生物分布を説明する学問であった生物地理学は,DNAを利用した分子生物学的手法を得て,その歴史(種分化,分散,分断,絶滅)も取り扱うようになる.ここでは日本におけるパイオニアとして木原均が紹介されている.また著者自身の経験としてサンガー法を用いた同位体ラベルと電気泳動の時代から次世代シーケンサの時代までの技術進展も回顧されている.またこのような分子的な手法により,動物分布に与えた人間活動の影響の考察,保全における実践的応用も可能になっていることが解説されている.


第2章 進化の生物地理学

第2章も引き続き導入章.ここでは哺乳類の進化とプレートテクトニクス,適応と収斂,具体例としてのネコ科の進化系統樹クジラの進化史がまず語られている.よく見かける解説を改めて整理しているという印象だが,このあとで食肉目の哺乳類が登場する前振りとしてネコ科の進化系統樹が詳しく解説されているのが特徴的だ.ヤマネコと称される小型ネコ類を分子的に分析すると,いわゆるイエネコ系(イエネコリビアヤマネコ,ヨーロッパヤマネコ)と東南アジアヤマネコ系(マレーヤマネコベンガルヤマネコなど,ツシマヤマネコイリオモテヤマネコもこちらに属する)は異なる単系統群になり,大型ネコ5種(ライオン,トラ,ヒョウ,ユキヒョウ,ジャガー)はきれいな単系統になる*2が,ピューマとチータはむしろイエネコに近縁な別の単系統になることなどが示されている.

次に生物地理区分としての日本列島の位置づけについて解説がある.トカラ諸島の悪石島と子宝島の間にある渡瀬線で旧北区と東洋区に分かれ,旧北区の中では津軽海峡にあるブラキストン線が最も重要な区分線になる.

続いて日本には比較的哺乳類の固有種が多いこと,その理由(地理的隔離,更新世における陸橋の形成と水没などがあげられている)が解説され,最後に分子的に調べるとそれまで確固たる種として扱われてきた分類群が実は側系統であることがわかる場合があることについてヒグマとホッキョクグマの例を挙げて解説がある.


第3章 境界線の生物地理学

第3章は日本列島のヒグマの物語.ヒグマの分布とブラキストン線,そして提唱者たるトーマス・ブラキストン,アイヌ文化におけるヒグマの役割が前振りとして紹介される.

ここから著者は北海道のヒグマの地理的変異の形態的分析(南部から東北部に向けて大型化の傾向がある.これはベルグマンの法則と整合的),分子的に分析した場合の3重構造(道北,道東,道南に遺伝的な分化がみられる*3ことを解説し,さらに世界中のヒグマの分子的なデータと会わせ,全世界的なヒグマの動物地理について以下のように再構成してみせる.

アジアのヒグマ*4更新世において中央アジアにある(おそらく別々の)レフュージアから3回にわたり拡散した.

  • 第1波は現在北米のロッキー山脈と北海道の道南に遺存集団として残っている.
  • 第2波はアルタイ,コーカサス,東アラスカと北海道の道東に遺存集団として残っている.
  • 第3波は(アルタイ,コーカサスをのぞく)北アジア東アジア全域,西アラスカ,そして北海道の道北に分布している.

続いて著者はオホーツク文化の遺跡から出土したクマ骨の古代DNA分析結果についてもふれている.狩猟時の(成獸)クマ送りと子グマの移送飼育,異なる文化圏でのクマの交易などの様子が考察されている.


分子系統地理学においては更新世における氷期間氷期の交代とレフュージアからの拡散の話がよく語られる.ここでのヒグマの物語はなかなかドラマティックで,全世界スケールの歴史のミニチュアが北海道に現れているという点でも興味深いものだ.


第4章 固有種の生物地理学

第4章はイタチの物語.日本には9種のイタチが分布し(ニホンイタチ,シベリアイタチ,イイズナ,オコジョ,ニホンテン,クロテン,ニホンアナグマニホンカワウソラッコ),うち3種(ニホンイタチ,ニホンテン,ニホンアナグマ)が日本固有種*5になる.ここでは固有種と遺存種について簡単に解説のあと,イタチの系統樹も併せて解説されている.

続いてニホンイタチの地理的変異の分子的な解析.ニホンイタチは九州四国集団,本州集団,北海道集団の3つに分化しており,遺伝的構造から前二者は,それぞれ九州と西本州にレフュージアがあってそこから最終氷期以降に広葉樹林の拡大とともに拡散したが,瀬戸内海がすでにできていたので分化したままになっていること,本州では拡散スピードが速く遺伝的に均質になっていること,北海道集団はサハリン経由で入ってきていることが推測できるとしている.またシベリアイタチとの分岐年代は古く240〜170万年前で,かつシベリアイタチも分子的にきわめて均質であることから,ニホンイタチは日本でのみ残った遺存種で,シベリアイタチは別のレフュージアから最終氷期以降に急速に拡散したものだとしている.なかなかおもしろいところだ.

次はアナグマ,ニホンアナグマはヨーロッパアナグマ,アジアアナグマから大きく分化している.各集団は長期間隔離されたあと,これも最終氷期後に分布を広げたものと推測できるとしている.なお日本内では四国集団とそれ以外の集団に分化があるとしている.

ニホンテンはこれに対して日本本土内に特に明瞭な遺伝的地理的分化がみられない.ツシマテンはホンドテンに対して分化がみられ亜種とされている.さらに調べると対馬内の上島と下島の間でも遺伝的分化がみられる.

オコジョは日本のものと大陸のものの間の遺伝的な分化がきわめて小さい.しかしイイズナは大陸内でも日本内でも遺伝的分化が大きい(日本内では東北集団で染色体転座があり染色体数まで異なっている).

これらの各種における詳細の違いはなかなか興味深いところだ.理由や経緯の解明は基本的に今後のリサーチ待ちということらしい.


第5章 ミクロの生物地理学

第5章は糞のDNA分析について.糞には腸内細菌,未消化物などに加えて消化器官の粘膜上皮細胞も含まれているために,うまく分析してやるといろいろな情報が得られ,しかも非侵襲的な方法であるために最近特に注目されいるのだそうだ.ここではサンプルの処理,狙い目のプライマー,種判定,性別判定,個体識別などについての技術的な詳しい解説が掲載されている.具体的な事例としては北海道のキツネ集団の分析事例が載せられている.また毛を使った分析のためのクマ用の有刺鉄線トラップ法の紹介もあってちょっと楽しい.


第6章 都市動物の生物地理学

最近増加している都市に棲む食肉目動物として札幌のキツネ,皇居のタヌキの分析事例が紹介されている.

ホンドキツネキタキツネの違い(それまで調査がなかったので調べてみるとホンドキツネの方が身体が大きいことがわかった.これはベルグマン則の例外で意外だとコメントされている)について簡単に触れたあと,札幌のキツネ集団の遺伝的解析結果(交通事故などによる死体を用いたもの)が紹介されている.それによると豊平川,JR線により3集団に分化がみられるそうだ.

皇居のタヌキは皇居内の採餌環境がよいために密度が郊外と同じ程度まで高い.遺伝的には皇居内と赤坂御所で分化がみられる(糞から分析).これは濠の影響だと考えられるそうだ.*6


第7章 外来種の生物地理学

第7章はハクビシンの物語.そもそもハクビシン在来種なのか,外来種なのか,外来種とすればいつどこから移入されたのかについては定説がなく,長く争われていた.後期更新世において全く化石が発掘されないこと,縄文時代以降の遺跡からも骨が出土しないこと,分布が不自然で飛び飛びであること,近年分布域が急拡大していることから外来種説が有力だが,江戸時代から雷獣として絵に描かれているという事実もある.

著者はもともとこのテーマについて強い興味があるわけではなかった.しかしあるとき東南アジアのハクビシンは顔の模様に多様性があるが,台湾のものは皆顔の真ん中に縦の強い白線があって日本のものによく似ていることに気づく.そこでミトコンドリアDNAを分析してみると,日本では5タイプ,台湾では6タイプのものが見つかり,このうち2つは共有,その他のものも皆非常に近縁だったが,東南アジアの4タイプはやや離れていることがわかった.ここからさらに詳しく調べた結果,日本のハクビシンは遺伝的多様性が低く,基本的に台湾からの移入種であり,異なる地域タイプのものが日本の異なる地域に独立に何度か移入されていることが強く推測されるとしている*7


第8章 生物地理学の課題

第8章ではまず著者の研究歴が振り返られている.北大における核型進化研究時代,ポスドクとしてのアメリカ国立癌研究所時代,そこでオブライエンに出合い,哺乳類の分子進化や集団遺伝の研究に進むきっかけになったこと,当時の手紙による論文の別刷り請求方式とそれにより研究者のつながりができていったことなどが語られている.そしてそのようなことを踏まえ,これからの生物地理学の方向性をこう整理して本書を終えている.

  • 日本列島にはまだまだ生物地理学のテーマが多く残されている.
  • 古代DNAを用いることにより動物集団の比較的短的な地域的動態が解明可能であり,ヒトの移動や文化変遷とあわせた学際的研究にも発展しうる.
  • 次世代シーケンサなどの技術進展により,より細かく,深く分析が可能になる.

 

本書は専門書でありながら,著者による思い出話やエピソード紹介などの様々な工夫により大変読みやすい本になっている.扱われている事例もみな民話や動物園でおなじみの身近な哺乳類であり,楽しい.そして実際に分子的に調べると何がわかるのかがだんだん浮き彫りになってくる.一方でなぜ近縁の動物で異なるのかなどのオープンクエスチョンもさりげなく提示されていて興味は尽きない.動物地理や日本の哺乳類に興味のある人には得がたい一冊になるだろう.


関連書籍


日本の動物地理についてのアンソロジー増田は編者であり,かつヒグマの章(及び「動物地理は楽しいぞ」というこれからの動物地理学の章)も執筆している.日本のヒグマについてのストーリーは本書と同じだがまだ道南地域タイプの起源は謎だった時期に書かれている.またこの本ではヨーロッパ地域についても記述がある.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060215

*1:最近では,徳田の名はルイセンコ説を信奉し,イデオロギー的に日本の進化学,生態学を歪めた学派の総本山として取り上げられることが多いので,肯定的な業績紹介としてやや貴重なものかもしれない.日本では生物地理学についてのまとまった本は徳田の「日本生物地理学(1941)」以降,著者自身が執筆陣に加わった「動物地理の自然史(2005)」までなかったそうだ.

*2: この中で分布域が広いのはトラとヒョウになるが,微妙に分布域が異なっており,おそらく別々の起源地から広がったのだろうとされている.なおユキヒョウの近縁種がヒョウではなくてトラであることついてにはふれられていない.

*3:なおこれはミトコンドリア遺伝子の分析結果であり,メスの方が移動範囲,移動傾向が小さいので明確に検出されているという解説がある

*4:ヒグマは60万年前に東系統と西系統に大きく分かれる.ここでのアジアのヒグマは東系統(ただしチベットのヒグマは34万年前に分岐した古い別系統になる)になる.西系統はヨーロッパ,アラスカABC島,ホッキョクグマからなる

*5ニホンカワウソについては固有種という説とユーラシアカワウソの亜種という説があり,著者は後者を採っているのだと思われる.

*6:天皇陛下の研究も紹介されるかと期待して読んだが,特に参照されていなかった.ちょっと残念だ.

*7:具体的な移入経緯は不明というほかないが,静岡,高知,千葉などで飛び飛びにハクビシンが多く見られること,新聞記事などから,遠洋漁業の船員が愛玩動物として台湾で購入し持ち帰った可能性が示唆されている

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