shorebird 進化心理学中心の書評など

2017-03-25 Language, Cognition, and Human Nature その74

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その5 10:35 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その5を含むブックマーク


ヒトが認知しているカテゴリーは必要条件と十分条件で明確に決められる古典的カテゴリーなのか,ファジーなファミリー類似カテゴリーなのか.ピンカーは英語の不規則型をテストケースにして考察する.


意外なテストケース:英語の過去形

ピンカーはまず英語の動詞の過去形には,edをつける規則動詞のものと,そうでない不規則動詞のものがあることを説明する.この辺は外国語として英語を学んだことのある人にはおなじみのところだ.そこから深い解説に入る.

  • 実際には,不規則動詞は単一のクラスではなく,変化の種類に基づくいくつかのサブクラスのセットになっている.例をあげると以下のようなサブクラスがある.
  • 母音を緩める.: bleed/bled, breed, feed, lead, mislead, read, speed, plead, meet, hide, slide, bite, light, shoot
  • 母音を緩め「t」を加える.: lose/lost, deal, feel, kneel, mean, dream, creep, keep, leap, sleep, sweep, weep, leave
  • 韻を「ought」に換える.: buy/bought, bring, catch, fight, seek, teach, think
  • 「i」を「a」あるいは「u」に換える.: ring/rang, sing, spring, drink, shrink, sink, stink, swim, begin, cling, fling, sling, sting, string, swing, wring, stick, dig, win, spin, stink, slink, run, hang, strike, sneak
  • 母音を「u」に換える.: blow/blew, grow, know, throw, draw, withdraw, fly, slay

ピンカーはさらに詳細を見ていく.


不規則サブクラスの特性

(1)独自の非限定的な特徴
  • 不規則サブクラスは,しばしば語幹から過去形を導く厳密な必要条件的基準以外の音韻的な特性で特徴付けられている.
  • 「o」母音から「u」へ変化するサブクラス(blow, grow, know, throw, draw, withdraw, fly, slay)を考えてみよう.原理的には「o」母音あるいはそれに類似した母音を持つどんな動詞もこのサブクラスのメンバーになれる.しかし実際にはこれらの動詞はすべて母音で終わるものだ.そしてその母音は通常二重母音で,さらに複数子音が前にある.
  • 同じように,「ay」母音を「aw」に変えるサブクラス(bind, find, grind, wind)は,原理的には「ay」母音を持つ動詞ならどんな動詞でもメンバーになり得る.しかし実際にはすべてのこのサブクラスの動詞は「nd」で終わっているのだ.
  • 最後の「d」を「t」に換えるサブクラス(bend, send, spend, lend, rend, build)は,「d」で終わる動詞などんな動詞でもメンバーになり得る.しかし実際には,このサブクラスのほとんどの動詞は「end」で終わるものだ.
  • また「e」母音を「U」に換えるサブクラス(take, mistake, forsake, shake)は.「e」を持つ動詞なら何でもメンバーになり得るが,実際には「ake」という韻を持ち,舌頂音が(その韻の)前にある.
  • ここで注意しておくべきなのは,この独自の非限定的な特徴は,英語の音声パターンとして,気まぐれ的であって法則ではないことだ.どのような音韻ルールも「loan」の過去形として「*loon」を排除しないし,「chide」の過去形として「*choud」を排除しないのだ.

(2)ファミリー類似
  • 不規則サブクラスはファミリー類似構造を持つ.ここで「I」を「Λ」に換えるサブクラスを考えてみよう.ほとんどの動詞は最後が軟口蓋鼻音だ(shrink, sink, stink, cling, fling, sling, sting, string, swing, wring, slink).いくつかは軟口蓋音だが鼻音ではない(stick, dig, sneak, strike).鼻音である母音で終わるものもある(win, spin, swim, begin).
  • 同様に最後の二重母音を「u」に換えるサブクラスには,子音-共鳴音の連続音で始まり二重母音「ow」を含むもの(grow, blow, throw)が多い.しかしこのメンバーの1つ「know」は「ow」を含むが,子音連続音では始まらない.別のメンバーは子音連続音で始まるが「ow」とは異なる二重母音(あるいは単母音)を持っている(draw, withdraw, fly, slay).

要するに不規則動詞のサブクラスのメンバー性には必要条件や十分条件がないということだ.これはこのサブクラスが古典的カテゴリーには当てはまらないことを示している.ではファミリー類似カテゴリーと言えるのかどうかを次に見ていくことになる.

2017-03-22 書評 「竜宮城は二つあった」

[] 「竜宮城は二つあった」 06:55  「竜宮城は二つあった」を含むブックマーク


本書は東海大学出版部の「フィールドの生物学」シリーズの一冊.今回はウミガメの生活史の研究者の自伝的研究物語だ.

物語は著者の兵庫県での生い立ち,北海道での大学生活から始まる.大学で生化学系の学科に属し,スポーツに打ち込むが,就職時期になり,このまま家畜・家禽関連の食品会社の就職する気にならず,ウミガメの研究者の道を選ぶ.


ここで現生7種のウミガメ,その生活史の簡単な解説がある.ウミガメは海に面した砂浜で産卵し,孵化した小亀は海に入り,その後海で育つ.オスは終生海で過ごし,メスは自分が生まれた浜に産卵に戻ってくる.ウミガメの中には浅海のみで採餌するもの(ヒラタウミガメ),外洋のみで採餌するもの(オサガメ)のようなタイプもあるが,大半のウミガメは浅海でも外洋でも採餌している.本書の中心となるアカウミガメでは,浅海ではエビやカニ,外洋ではクラゲなどを食べている.


ここからは著者の調査研究物語になる.和歌山県の南部(アカウミガメ)屋久島(アカウミガメ:北太平洋最大の産卵場だそうだ)小笠原(アオウミガメ)が著者の主な調査フィールドになる.それぞれのフィールドの調査作業はそれぞれにハードなものだが,著者はその様子を,当時の様々な出来事や調査地のNPOやボランティの人々との交流振りを交え淡々と描いている.その描写の中に短く乾いた感想が随所に差し込まれていて,いわく言い難い独特の味を醸し出している.また世界各地の学会の参加体験が,体当たり貧乏旅行風の楽しい紀行エッセイとしてコラムとして挟み込まれ,インターミッションとして楽しい.


そういう日々の中で著者は南部で標識をつけたアカウミガメの再捕獲データを見ているうちに,再捕獲地域と個体の大きさにある傾向があることに気づく.産卵を終えたカメは主に東シナ海に向かうのだが,時に日本列島沿岸で再捕獲されることがある.そして東シナ海で再捕獲される個体は,日本列島近辺で再捕獲される個体よりサイズが大きいのだ.著者は,もしかしたらウミガメには生活史に多型があるのではないかと考える.そしてそれはその後の著者のリサーチを貫く大きなテーマになるのだ.

著者のこのテーマに沿って何年も何年もかけて粘り強く様々なリサーチを積み上げる.まず,卵を用いた安定同位体食性解析,人工衛星を用いた個体追跡データの積み上げ,餌となる海洋生物の収集と安定同位体解析により,アカウミガメの生活史パターンに多型があり,太平洋で外洋型の浮遊生物を食べるものは小型個体で,日本列島沿岸や東シナ海の浅海で甲殻類などの底生生物を食べるものは大型個体であることを明らかにする.つまり竜宮城は2つあったのだ*1.またこのような生活史多型はアオウミガメでも確認される(ただしアオウミガメの場合には両タイプで個体の大きさには差が無い).著者の発見以降世界各地のアカウミガメ,アオウミガメで同様の発見がなされていて,このような生活史多型はこれらのウミガメに広く見られるものであることが明らかになっている.(なおこれは若い個体が外洋に出て,成長とともに浅海に移っているのではない.アカウミガメは性成熟後は成長しない.また著者は初産個体と経産個体のデータから,繁殖経験が同位体比を変えないことも確認している.)

ではこの多型は遺伝的に分化しつつある2集団があることから生じているのだろうか.著者はこれも何年もかけて,ミトコンドリアDNAハプロタイプ,核染色体DNAのマイクロサテライト解析などを用い,両タイプ間に遺伝的な分化がないことを確認する.

またこれも執念のデータ集積により,両タイプのエネルギー収支,適応度の推定を行っている.これによると日本のアカウミガメ集団では両タイプ間に大きな適応度差異があり,浅海採餌大型タイプの方が,外洋採餌小型タイプより2.4倍も高い適応度を持つのだ.これは外洋採餌の方が栄養条件が悪いこと,産卵に戻るための回遊距離が大きいことから生じていると思われる.適応度差があるなら,この生活史タイプが遺伝的に決まっていることは考えにくくなる.著者はここであまり明確な解説を置いていないが,遺伝的に両タイプが分離していなくても頻度依存淘汰により遺伝的な多型が保たれることはあり得る.しかしその場合には両タイプの適応度は等しくなければならない.だからこのウミガメの生活史多型はいわゆる「条件付き戦略」であると考えられる.著者はこれは「初期成長条件に応じた生息域選択仮説」として提示している.


著者のこのテーマに沿ったリサーチは現在も続いている.初期成長条件とはどのようなものか,一腹卵数と卵の大きさはどう決まるのか.著者の見つけたこの竜宮城にはなお解明すべき謎が残っているのだ.


この本書で提示されたウミガメの生活史多型は大変興味深い.私の感じた疑問をここに記しておこう.

  • (世界各地ではこれより低いデータもあるようだが)この2.4倍の適応度差というのは非常に大きく,なぜ皆浅海型にならないのか不思議だ.同じような初期成長条件による条件付き生活史戦略を持つヤマメサクラマスの場合は,希少資源である渓谷での定着をめぐってオス個体間で激しい争いがあり,負けたオスが追い出され,仕方なく川を下っていくのだと説明できる.しかしウミガメが広い海でそのような追い出し型の競争を行うことができるとは思えない.産卵個体数が回復しても浅海型と外洋型の個体比が変わっていないということも,これが追い出し型の競争で生じていないことを示唆しているだろう.一体どのような初期成長条件が「浅海採餌しようとすることが(2.4倍の適応度比を覆すほど)かえって不利になる」という状況を引き起こすのだろうか.大変興味が持たれる.
  • 一腹産卵数と卵の大きさの問題も面白い.著者によるとアカウミガメの外洋採餌型小型個体は一腹産卵数が少なく,卵の大きさは一定であるのに対し,浅海型大型個体は一腹産卵数が多く,より大型の個体ほど大きめの卵を産む.また卵の大きさには浅海採餌型と外洋採餌型で有意差はない.理論的には,一腹卵数と卵の適応度に相関がなければ,卵の最適な大きさは一定にあるはずであり,負の相関があれば(つまり密度効果があれば)一腹卵数が大きくなるにつれて卵が大きくなるだろう.なぜこの相関が浅海型と外洋型で異なるのだろうか.一定の一腹卵数を越えたところから密度効果があるとするなら両タイプの卵の平均サイズは異なってくるはずだ.これも興味深いところだ.

この興味深い謎の解明のためにも,著者の今後のリサーチの充実を祈ってやまないところだ.

*1:これがタイトルの由来になる.なお著者は浦島伝説についても本書の随所でいろいろ語っていて面白い.

2017-03-19 Language, Cognition, and Human Nature その73

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その4 08:16 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その4を含むブックマーク


ピンカーはここまで,カテゴリーには,それに含まれるための必要条件と十分条件が明確な「古典的カテゴリー」とプロトタイプとの類似性により決まり,メンバー内で複数の特徴が部分的に共有されているような「ファミリー類似カテゴリー」があること,ヒトの概念は「ファミリー類似カテゴリー」的だが,それへの反証もあることを説明してきた.ではこの謎はどう解決されるべきなのだろうか.


可能な解決法

  • この相反するエビデンスの可能な解決方法はいくつかある.
  1. ヒトの概念は基本的にはファミリー類似カテゴリーによっている.古典的カテゴリーは,学校教育のような明確なインストラクションによる特別ケース,あるいは人為的な構築物(artifacts)である.
  2. (逆に)ヒトの概念は基本的には古典的カテゴリーによっている.ファミリー類似カテゴリーは,限られた時間でカテゴリー判断をさせるという実験のタスクから生じた人為的な構築物である.
  3. (妥協的な方法として)ヒトの概念は両方のカテゴリーからなる.古典的カテゴリーは概念の「コア」で,推論に使われる.ファミリー類似カテゴリーは「同一性判断手続き」「ステレオタイプ」であり,利用できる感覚情報に基づいたカテゴリー判断や素速い近似的推論に使われる.
  • 多くの理論家はこの妥協的な立場を好んでいるが,レイコフ,ロッシュなどはファミリー類似カテゴリー基本に近い立場に立っており(レイコフ1987,ロッシュ1978,スミス,メディン,リップス1984),レイ,フォドーなどは古典的カテゴリー基本に近い立場に立っている(レイ1983,フォドー1981,アームストロング1983).またコア+同一性判断基準の妥協的な立場に立つものもいる.
  • これらはいくつかの疑問を生む.
  1. 心理的にあるタイプのカテゴリーだけがリアルで,それ以外は人工的構築物なのか.
  2. 両方ともリアルだとして,それは機能により区別できるのか.
  3. 両方ともリアルだとして,それは同じ計算アーキテクチャーで扱えるのか
  4. 片方,あるいは両方がリアルだとして,それは存在論的カテゴリーと対応しているのか.
  • レイ(1983)は,「世界にはどのようなカテゴリーがあるか」という形而上学的問題と,「人々が世界を理解するためにどのようなカテゴリーを用いているか」という認識論的な問題を区別することが重要だと主張している.
  • それは,「ヒトの認知能力には限界があるので,世界にあるカテゴリーと別のカテゴリーを心理的に使っているのか」,あるいは「認知能力は世界を理解するためにあるのだから,ヒトは世界にあるカテゴリーをそのまま使っているのか」という問題でもある.
  • ここからこの問題に対して,通常用いられることのないエビデンスを調べることによって光を当てていく.それは英語の過去形だ.

古典的カテゴリーは規則型の世界であり,ファミリー類似カテゴリーは不規則型の世界ということになるのだろう.ピンカーのさばき方が楽しみだ.

2017-03-16 Language, Cognition, and Human Nature その72

Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その3 19:01 Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その3を含むブックマーク


ピンカーは導入において「古典的カテゴリー」と「ファミリー類似カテゴリ」の違いを明確化したあと本論に入る.

ファミリー類似カテゴリーの証拠

  • ヒトの概念は「object:対象」のカテゴリーを選び出す.ではどのようなカテゴリーを選び出すのだろうか.それが「ファミリー類似カテゴリー」だという数多くの証拠がある.
  • まず,哲学者は言葉によって定められるカテゴリーについて,その必要条件や十分条件を見つけることに失敗してきた.
  • 第2に,心理学者は.人々があるカテゴリーについて,(必要条件や十分条件を考えるのではなく)その良い例になるかどうかで判断すること,それが多くの人で一致していることを見つけてきた.
  • 第3に,これらの判断は,ガットフィーリングでしか説明できないわけではなく,特徴の共有の分析によってシステマチックに予測できる.
  • 第4に,良いメンバーシップの判断は,様々な心理学的タスクの成績に大きな影響を与える.あるカテゴリーに属するかどうかの判断のスピードや正確性はそれがプロトタイプに近いかどうかに大きく影響される.またメンバーの例を想起させるとプロトタイプをより想起する.
  • 第5に,発達心理学者は,子供はプロトタイプメンバーの名前を先に覚えることを見つけている.そして子供は上位カテゴリーの名前でそのプロトタイプを呼ぶ.
  • 第6に,言語学者は,ヘッジと呼ばれる特定の副詞がプロトタイプ性に敏感であることを見つけている.スズメは「per excellence: (一段と優れた)」鳥であり,ペンギンは「strictly speaking: (厳密に言えば)」鳥であるのだ.

ファミリー類似カテゴリーに反する証拠

  • 片方でヒトの概念のある面はファミリー類似カテゴリーに一致しないという証拠もある.
  • ファミリー類似カテゴリーの実証的な証拠とされてきたいくつかの効果は,古典的カテゴリーでも生じる.「女性」「奇数」というカテゴリーでもそのメンバー性には段階性があると人々が感じていることが明らかになっている.人々は,「母」は「comedienne: 女芸人」より良い「女性」メンバーだと,そして「13」は「23」より良い「奇数」メンバーだと感じるのだ.そして13を提示されたときの方が,より素速くより正確に「奇数」かどうかを判断できる.
  • さらに,人々による複数の特徴に基づく多くのファミリー類似カテゴリーの判断は,理由を注意深く説明することを求められると容易に修正が生じる.人々は目的によっては「ペンギンは完全に鳥だ」とか「エリザベス・テイラーは完全なおばあちゃんだ」と進んで認める.実際に独自の非限定的な特徴は,子供によってさえ簡単に捨て去られる.子供は,3本足のイヌも「イヌだ」と言うし,スカンク模様にペイントされたアライグマも「アライグマだ」と答えるのだ.
  • 似たような大人へのデモでも,カテゴリー判断はファミリー類似カテゴリーの定義である類似性基準にはよらないことが示されている.例えば,髪の毛について,白,灰色,黒のグループ分けさせると「老化により灰色や白になるから」と黒をアウトグループにする.しかし雲について同じように分けてもらうと「雨をもたらす雲は灰色か黒だから」と白をアウトグループにするのだ.別の実験では「3インチのディスクは,ピザと25セント硬貨のどちらに似ているか(be similar to)」「3インチのディスクは,ピザと25セント硬貨のどちらでありそうか(be likely to be)」と聞かれた場合,前者では硬貨,後者にはピザと答える傾向がある(おそらく硬貨は標準のサイズが決まっているが,ピザの大きさは可変だからだろう).そしてムカデと蝶の幼虫(イモムシ)と成虫について,イモムシムカデにより似ているが,チョウと同じ動物だと答えるのだ,

なかなか面白い.カテゴリーには古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーがあり,ヒトの概念の場合多くは1か0かでは決まらず古典的カテゴリーを用いていないということだ.しかし最初の例は,むしろ通常のヒトの認知は,哲学者が古典的カテゴリーと扱うようなものであっても,ファミリー類似カテゴリーとして扱っているということを示しているのではないだろうかという気もするところだ.あるいはそもそも古典的カテゴリーとファミリー類似カテゴリーの区別自体が,古典的カテゴリーのように明確に分かれていないということかもしれない.

なお男性と女性を古典的カテゴリーとして取り扱っているところには時代を感じさせる.生物学的には境界線上に連続性があるし,現在ではこのような場で引き合いに出すには,ポリティカルコレクトネス的にも(LGBTなどの問題への配慮がより求められ)取り扱いには微妙なところがあるだろう.

2017-03-12 書評「ゴジラ幻論」

[] 「ゴジラ幻論」 10:54  「ゴジラ幻論」を含むブックマーク


本書は日本の進化発生学(エヴォデヴォ)の第一人者である倉谷滋の手によるゴジラ本である.倉谷は昨年末から今年初頭にかけて「分節幻想:動物のボディプランの起源をめぐる科学思想史」(2016/11)という800ページを越える超巨大本を執筆し,さらに2004年に刊行された「動物進化形態学」をほとんど全面的に書き直した,これも700ページを越える「新版 動物進化形態学」(2017/01)も出している.このものすごい執筆量にはただただ圧倒されるのだが,さらに本書である.おそらくこの巨大本を書いている合間に息抜きも兼ねて楽しみながら書いていたのだと思われるが,しかし実際に手に取ってみると小粒ながら濃密な書物になっている.

本書を読み始めてすぐにわかるのは,著者は進化発生学の第一人者であるというだけではなく,濃密な怪獣オタクでもあるということだ.怪獣映画,特撮ものに対する愛と知識が隅々まであふれ,そしてその上でゴジラをはじめとする「怪獣」について緻密な論考を重ねていくのだ.本書は全体で3部構成になっている.ゴジラの考察,ゴジラ以外の怪獣たちの考察,そしてその他エッセイという形だ.この最初の2章の怪獣の考察については映画のフィクションの世界における博士たち*1の見解という形をとっている.


ゴジラ

怪獣映画の小ネタ*2を振りつつ,まず映画内における説明,およびその矛盾を踏まえる.そこからゴジラの正体を考察していく.最終的に示唆されるのは,初代ゴジラから2004年のゴジラFINAL WARSに出現したゴジラまでとシン・ゴジラのゴジラを分けて考察するしかないということだ.これはシン・ゴジラでは変態が生じ,かついくつかの決定的な特徴が異なるからだという理由による.

(旧)ゴジラ

2004年までのゴジラ*3については,起源仮説を単弓類に3カ所,双弓類に4カ所示した上で,哺乳類的な特徴(耳介,表情筋の存在,まぶたが上から下へ閉じること.歯の形状に分化が見られること,(メカゴジラ作成に使用されたゴジラ骨格から示される)下顎骨の形状および骨性の外鼻孔)が数多く見られること,獣脚類恐竜起源説との矛盾点(前肢の指が5本あること,尾を引きずること,羽毛が見られないこと)があること*4を指摘,最節約法的に考えると単弓類起源仮説(この中で獣弓類起源と哺乳類起源が有力)が支持でき,獣脚類恐竜との類似は収斂と考えるべきだとしている.美しい比較形態学的な考察だ.

シン・ゴジラ

シン・ゴジラについては,まず劇中の「まるで進化だ」という矢口内閣官房副長官の台詞について,「まるで」というのは実は進化ではないと解釈できるし,確かにより正確には「まるでオタマジャクシの変態だ」と言うべきであったが,それでは緊張感のない台詞になってしまう以上演出上許容できるとコメントしている.これは私の感覚にも近くて納得できる.そして話は変態からヘッケルの「反復説」の蘊蓄に移り,発生的に考察が始まる.進化発生学的な視点から今回のゴジラの変態を見ると,成体は羊膜類的でありながら,幼体は全く羊膜類的ではなく,時に軟骨魚類,時に両生類的な特徴を見せている.第4変態時の鰓の消失と不要になった器官の退縮による大量出血を吟味し,さらにここでもう一度「まるで進化だ」という台詞に戻り,反復説まで踏まえると「祖先が上陸していった進化過程を見るようであった」と解釈でき,それは正当化されるとコメントしている.私はそこまでは考えられなかった.さすがに進化発生学者だし,怪獣映画愛を感じるところだ.

そしてそのような破格な変態振り,最終場面での尾部に見られたヒトを思わせる構造からして,ゲノム中に複数の脊椎動物遺伝情報が無理矢理押し込められ,時に発生用遺伝子制御ネットワークが擾乱を受けているのではないかと考察する.そして「ゲノム量8倍」のくだりも,そのような意味であったとすれば許容できるのではないかとやさしい解釈を行っている.私としては「『ゲノム量8倍』なのでより優れた生物だ」というくだりはあの映画の完成度に影を落とす汚点の1つだと思っていたが,ここも著者の進化発生学者としての慧眼と怪獣映画愛に打ち負かされた気分だ.

ではシン・ゴジラの成体(第4変態)はどのような動物の遺伝情報を基礎にしているのか.著者は様々に考察する.まずこのゴジラは過去のゴジラと異なり,僧帽筋群の一部である胸鎖乳突筋が観察され,哺乳類的に見える.しかしこれは第2変態から第3変態に移る際に鰓孔を飛び越えて腹側に移動しており,いかにも不自然だ.その他様々な特徴が哺乳類的なものと主竜類的なものの混合体になっている.また皮膚の組成,背鰭が3列であることは,他の動物に類似例がなくこれまた破格である.さらに口だけでなく,尾の先端,および背鰭の先端からプロトンビームを撃てることから,尾や背鰭にまで気嚢的な構造があると疑われる.著者は以上の様々な特徴を,無羊膜類的派生形質,羊膜類的原始形質,有隣類的派生形質,主竜類的派生形質,単弓類的派生形質,固有派生形質に整理し,今回のゴジラと過去のゴジラの共通形質はわずかしかなく異なるものだとするしかないこと,また最節約法的に起源を特定しようとしてもあまりにも多くの二次的消失と平行進化を仮定するほかなく困難であるとまとめる.そしてこの生物は何者かによって意図的にデザインされた分子遺伝学的人工物であると結論を出している.ここから進化発生学的な視点からどのような形で遺伝的な操作,デザインが可能かを考察し,人為的発生ブログラム構築に関する仮説も提唱している.ここは極めて深い考察で,学術的な視点から見た場合の本書の白眉となっている.

さらに著者はこのような仮説を元に「牧吾郎博士の日記」という形で,上記発生プログラム構築が具体的にどのようになされたのか,映画における牧吾郎博士の失踪の謎の真相は何かについての妄想を付け加えている.「牧吾郎博士の手によるスケッチ」がいくつも添付されていて大変な力作であり,楽しい.著者のシン・ゴジラへの愛を強く感じることができる部分であり,ゴジラ本としてみたときの本書の白眉となっているだろう.


ゴジラ以外の怪獣

第2章では,アンギラス,モスラ,バラン,ラドンがとりあげられて,様々に考察されている.面白かった部分をいくつか紹介しよう.

  • アンギラスは映画内では当初「アンキロサウルス」の生き残りとされ,そのシノニムとして扱われているが,形態的にはいくつもの無視できない違いがある.また全体的にもアンキロサウルスのようながっしりした動物ではなく華奢で敏捷な生物であると思われる.
  • モスラの形態はヤママユガによく似ているが,詳細に見ると前翅の大きな目玉模様の位置が異なる.一旦目玉模様が消失した後に二次的に翼端の小さな眼状紋系列の先端の目玉が巨大化したと解釈できる.
  • ガの翼の目玉模様は対捕食者防御形質とされているので,モスラのような巨大生物にも捕食者がいた可能性を示唆している.50年代の米国にいた怪鳥はその候補になるだろう.実際に対ゴジラ戦闘で目玉模様を相手に向けるような仕草を見せている.
  • モスラの幼虫は,外見的にはカイコの幼虫に似た形をしているが,眼や口器の位置は異なる.
  • バランは前肢と後肢の間に皮膜を持ち滑空することができる.比較形態的に見るとこれは翼竜の祖先形態だと考えられる.
  • ラドンはさらに翼竜とよく似ていて,映画内の説明(プテラノドンの生き残り)と整合的だが,頸部から手根部にかけての前方の皮膜がなく,小骨「プテロイド」の存在の有無に関する疑問とあわせて,翼竜起源が完全に確立しているとは言い難い.

エッセイ

そして第3章には著者の怪獣についての様々なエッセイが収録されている.ここにはもはやほとんど進化発生学者は登場せず,筋金入りの怪獣ファンによる楽しい怪獣エッセイがならんでいる.初代ゴジラやシン・ゴジラは現実世界にいきなり異形の物が侵入する話だが,続編になればなるほど,ゴジラにあわせた童話的セットアップが付け加えられていくという読み解き,一発勝負の特撮に対する愛,「南海の大決闘」の魅力,ガメラシリーズの情け容赦ない残酷描写,映画における分子遺伝学的手法の現れ方の変遷,ファンタジー世界のドラゴンや八岐大蛇と空想科学のリアリズムを持つ怪獣の違い,ウルトラQの想い出(これは4エッセイもある.私もウルトラQには同時代的な想い出があるが,著者の記憶力とその分析には圧倒される),著者による怪獣映画ベスト30.いずれも素晴らしい出来だ.


 

アニメや特撮については様々な濃いファンブックが存在する.しかし本書はその中でも学術的な基礎が特別に深い一冊となるだろう.そして稠密な生物学的な議論の中にファンならではの小ネタが何重にも織り込まれている.生物学に興味や造詣があり,かつゴジラが好きならば,買って決して損のない必読の一冊だと思う.

私的には,本書を繰り返し読み込んでおくことにより,もうすぐ届く予約済みの「シン・ゴジラ」ブルーレイディスク(3/22発売予定)をより深く楽しめそうで大変わくわくしている.


関連書籍

倉谷滋の本.なかなか比較解剖学や発生学の本はしばしば濃密かつ難解で大部の本になりやすく,読み通すには根性が必要だ.私もこの3冊はなかなか手に取る気力を持てないでいる.

新版 動物進化形態学 (Natural History)

新版 動物進化形態学 (Natural History)

動物進化形態学 (Natural History)

動物進化形態学 (Natural History)


こちらは一般向けの本.「形態学」についての私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150624,「個体発生は進化をくりかえすのか」についての私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060208にある.

個体発生は進化をくりかえすのか (新装版 岩波科学ライブラリー)

個体発生は進化をくりかえすのか (新装版 岩波科学ライブラリー)


シン・ゴジラ本.たくさんでているが,気になるのはこのあたり.


シン・ゴジラはブルー・レイだけでも通常2枚組み,特別3枚組み,4KUHD版含む4枚組みと3通りあり,さらにいろいろな特典付きの限定版も出ている.私は通常2枚組み版を予約済みだ.

シン・ゴジラ Blu-ray2枚組

シン・ゴジラ Blu-ray2枚組

シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組

シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組

*1:冒頭で登場するのは1954年の映画で最初にゴジラを説明した山根恭平博士の孫である比較形態学者の山根恭太郎という設定だ.これだけで本書の凝り方がわかる.

*2:「地球防衛軍」で巨大ロボットが現れ,タイル張りの風呂に入っていた白川由美の戦慄振りが良かったなど,いろいろ振られている.いきなり楽しい.

*3:本書は副題にもあるように日本産のゴジラのみを扱っている.ハリウッド産の2つのゴジラについての考察はなされていない.

*4瞬膜の存在は脊椎動物の原始的な形質なので恐竜起源説の支持証拠にはならないとしている.

通りすがりの者通りすがりの者 2017/03/17 16:38 急なコメント、大変失礼いたします。
私も『ゴジラ幻論』を読んでいるのですが、
一つ大きな疑問点があり、ご意見をいただければと思い、
コメントさせていただきました。
冒頭、基調講演をしている山根恭太郎博士は山根恭平博士の孫であるということですが、
そうなると、「地球防衛軍」や「怪獣大戦争」などを映画作品として言及する場面に矛盾します。
一体、山根恭太郎博士はゴジラ世界の人間なのでしょうか。はたまた、メタフィクション世界の人間なのでしょうか。
不躾な質問、申し訳ありませんが、もしよろしければご意見をいただけますと幸いです。

shorebirdshorebird 2017/03/18 10:21 これは,著者が虚構上の生物を考察する本を執筆する中で仕込んだ「趣向」の1つであって,読者はそれぞれに読み解けばいいのだと思います.私はメタフィクションの階層間を浮遊する感覚が得られる大変「粋な」趣向に感じました.

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