shorebird 進化心理学中心の書評など

2016-09-28 日本進化学会2016 OOKAYAMA

[] 日本進化学会2016 参加日誌 その6f:id:shorebird:20160928220635j:image:right 22:07  日本進化学会2016 参加日誌 その6を含むブックマーク


大会第三日 午後


午後の13時から15時20分まではポスター発表タイム.


ポスター発表


今年は生態分野の発表が少なく残念だった.二つほど面白かったものを紹介しよう.


ヒラタシデムシにおける配偶者選択のメカニズム 菅野宗嗣

ヒラタシデムシにはクーリッジ効果が認められる.これは交尾したメスにマーキングすること,自分のマーキングしたメスには関心を減らすが,ほかのオスのマーキングには反応しないことから,個体限定的マーキングにより可能になっていると考えられる.クーリッジ効果の認められない近縁2種で比較すると,生態要因としては飛翔するかしないか(分散能力の大きさ),精子掻き出し行動があるかがあるようだというもの.

コンパクトできれいな解釈だ.


哺乳類鳥類の飛翔能力獲得・喪失に伴う最大寿命の進化的変化に関わる遺伝子の検出 池本篤史

哺乳類鳥類という恒温性脊椎動物で調べると,飛翔能力と寿命に相関があり,飛翔する動物(多くの鳥,コウモリ)では寿命が延びている.これについてどのような遺伝子が関連しているかを調べてみたもの.あまりデータが多くなくてそれほど多く拾い出せなかったが,一つエネルギー消費量に関係する遺伝子が見つかったというもの.

予備的なリサーチとして面白いと思う.


総会

来年は京都(8月24日〜26日),再来年は駒場(時期未定)での開催がアナウンスされた


進化学会賞受賞講演

本年の日本進化学会賞の受賞者は長谷川光泰.自身の研究歴を振り返った楽しい講演だった.


植物進化研究の面白さ 長谷川光泰
  • 人生楽しんだもの勝ちだと思っていろいろな植物を研究してきた.
  • 植物にも一般性と多様性がある.若い頃からいろいろな植物採集をしていたが,その後図鑑を見て同定することになる.ここで図鑑によって違うことが書いてあることに気づいた.
  • リサーチを始めた頃は東大小石川の岩槻研究室に所属していたが,当時はDNA分子系統が勃興している時期だった.そこでこれを植物でもやろうとして取り組んだ.研究室の先輩方は否定的だったが,指導教官の岩槻先生は何でも楽しんだらいいというスタンスで認めてもらった.被子植物のところは欧米で競争が激しかったので,コケシダ裸子植物あたりのところに取り組むことにして,世界中に採集旅行に出かけた.そしていろいろな成果を出せた,グネツム類の位置(それまで被子植物と近縁と考えられていたが,針葉樹に近いことがわかった),コケ類の系統関係などだ.
  • 一旦大きな系統関係がわかったところで,では分岐点では何か起こったのかに興味が向かい,進化発生学に足を踏み入れた.遺伝子と花の形をリサーチし,形に大きく影響を与える遺伝子を見つけたり,遺伝子重複で様々な部位(花弁,萼,おしべ,めしべ)の形ができていることを突きとめたりした.またモデル植物としてヒメツリカネゴケの解析も進めた.
  • ここで動物と植物の違いについて:動物では細胞分裂時の微小管,中心体,紡錘体のメカニズムがあり発生システムの拘束が強いが,植物には中心体がないので事情が異なっている可能性がある.
  • そこでコケ類と被子植物での違いを調べてみる.すると被子植物でより特異的な発生遺伝子発現が多いことがわかった.これには倍数体になりやすいこと,自家和合が可能なことが関係していると思われる.陸上植物の器官レベルでの発生メカニズムは多様であるのだ.ただし細胞レベルでは共通要素が多い.(オーキシンジベレリン,VNS転写)
  • 器官はばらばらでも細胞レベルでは似ている.では細胞レベルでは何が生じているのか.植物の特徴として生活史が複雑なことが上げられる.N世代,2N世代それぞれで幹細胞が出現し,生活史の別のステージで幹細胞と非幹細胞間で転換が生じる.これらにおいて共通のメカニズムが働き,それは変化に対して強い拘束になるのだと考えられる.もう一つ植物の形を決めるメカニズムとして分裂軸の制御がある.どの方向に分裂するかで形が変わってくる.これも広く使われるシステムであり,拘束になりやすいだろう.
  • では多様性はどのように生まれるのか.ここで食虫植物のサラセニアをの葉の複雑な形の形成をよく調べると分裂軸の変更により高次形態を作っていることがわかった.
  • さらに食虫植物についてはいろいろ調べている.モウセンゴケゲノムを調べて消化酵素の起源(元々カビに対する耐性として持っていたものが転用されている)を探っている.ハエトリソウについてはどの部分が祖先型対のどの部分と相同なのかが興味深い.さらに動きのある植物関連でオジギソウについても最近調べている.
  • 分類,分子系統からリサーチを始めたわけだが,図鑑についても進化の概念を入れた良いものができないか考えているし,面白い問題は周りにいくらでもある.今はゲノムも簡単に読める.これからもいろいろ調べていきたい.

前向きで楽しい講演だった.

というわけで大会第3日目も終了である.


f:id:shorebird:20160928220633j:image

2016-09-25 日本進化学会2016 OOKAYAMA

[] 日本進化学会2016 参加日誌 その5 f:id:shorebird:20160922214713j:image:right 10:52  日本進化学会2016 参加日誌 その5 を含むブックマーク


大会3日目 8月27日


午前中は進化可能性のシンポジウムに


進化可能性と方向性:実験と理論からのアプローチ

最初にイントロダクション

  • そもそも進化の方向性はどう決まるのか,変化する表現型として環境応答性,揺らぎ,コオプション,新奇性の問題があり,変化を抑制する要因として相同性,キャナリゼーション,発生拘束などの問題がある.これらを遺伝型から表現型への対応として単一遺伝型から複数の表現型が生まれる問題,複数の遺伝型が単一の表現型に収束する問題,そして多数の遺伝型と表現型の相互作用ネットワークとして理解していくことを模索する.

表現型進化の方向性:揺らぎ-応答-安定性理論 金子邦彦

理論物理の専門家から見た表現型進化の揺らぎについての講演.

  • 進化しやすさ:同じ動物でもシーラカンスのようにあまり表現型が変わらないものからイヌのようにものすごく可変であるものまで様々に見える.これは発生と関連しているのだろうか.
  • 理論物理/力学系から考えると,まず遺伝子タンパク質に翻訳される発現のところのダイナミクスが問題になる.これは数千種類の物質が絡むので,数千次元空間の状況ということになる.実際に大腸菌遺伝子発現解析,ネットワークモデル,分布関数理論などを用いて考察している.
  • バクテリアで実験を行うと形質変化速度と分散が相関する.これはアインシュタインが解析したブラウン運動と同じで応答率と揺らぎが相関している状態ということになる.進化しやすさを遺伝子を変えずに表現型が進化する可能性の大きさだと考えると,遺伝子発現のネットワークの性質を変えて速度と揺らぎを見ることによって分析できる.具体的には揺らぎが大きいなら進化しやすいと考えられる.
  • ここで集団遺伝学の基本原則であるフィッシャー則によると遺伝子分散と進化速度が相関することになる.これは世代の深さのレベルによってこのような現れ方をすると見ることができる.

なかなか難しい話でよくわからなかった.単に淘汰が強くかかればより適応した遺伝子のみが残り分散が下がるという話とは異なるのだろうか.それともバクテリアの実験は(何らかの制限をかけて)遺伝子頻度を変えずに,環境応答を見た結果ということなのだろうか.


大腸菌進化実験による進化可能性の構成的理解に向けて 古澤力

前講演の金子と共同研究している古澤からの講演.

大腸菌のようなバクテリアが環境に対して進化していく際に,4000の遺伝子発現を考えて,4000次元空間の可能なすべての表現型をとれるわけではなく,遺伝子発現ネットワークなどの制限により何らかの拘束があるはずだ.実際にはどのぐらいの次元に縮小しているのだろうか.仮に定常的に増えるのなら増殖率μのみが問題になる.ここで環境を変えていくつかの遺伝子発現とμの関係を見るとμにかなり強く拘束されているのがわかる.

大腸菌を6系統(6つの試験管)用意し,5%エタノールストレス下で増殖させ(500時間1000世代),それぞれの時期の発現解析をかける.すると6つの系で多くの発現パターンが似たようなカーブを描き,拘束が共通にかかっていることがわかる.そして様々な進化環境で実験(かなりオートメーション化されている)をして,どのような拘束があるかを解明している.


なぜ動物ボディプラン進化は保守的なのか 入江直樹
  • カンブリア爆発以降は新しいボディプランが現れていないということはよくいわれる.実際に解剖学的,トポロジー的な大変化は珍しい.カメの甲羅でさえよく見るとそれほど劇的ではない.
  • この意味での進化可能性,あるいは履歴性の強度はどう考えればいいのだろうか.介入実験が難しいことも悩ましい部分だ.
  • ここで発生拘束に関して1994にアワーグラス(砂時計)モデルが提唱された.発生の一時期,特にボディプランの形成時に拘束がかかっているというモデルだ.これは観察に一致していて説得力があるが,では何故そうなっているのかについて合意はない.発生は情報を積み上げているので初期の部分の変更は後への影響が大きいということはあるかもしれないが,それなら逆円錐になるはずだがそうなっていない.門ごとに成立しているとも言われるが本当だろうか.
  • ここで遺伝子発現を調べてみる.するとボトルネック時期の遺伝子発現パターンが脊椎動物亜門で共通している(脊索動物の中でも原索動物や尾索動物では異なっている)ことがわかった.
  • ここでなぜ砂時計型なのかもう一度考えてみる.偶然というのはありそうにない.すると環境要因か内的要因かということになる.環境要因説も諸説あるがここでは内的要因を探る.内的要因というのは,つまり発生システムの脆弱性が中期に高くなるというもので当初からある議論.
  • 本当に発生中期に脆弱になるのか.UV照射で調べてみた.データを見ると特に中期で強い影響がある形にはならない.
  • ではこの時期の分子発現の特徴は何か.これを調べてみると,ステージ特異的な遺伝子発現が少ないことがわかった.中期には使い回し遺伝子,つまり多面発現的な遺伝子の発現比率が高いのだ.多面発現遺伝子が変異すると影響が広範囲に現れやすいと考えられることから,多面発現による制約(pleiotropic constraint)である程度砂時計型を説明できると思われる.考えてみるとHox遺伝子の変異はまさにそういう影響を持つだろう.
  • なぜ発生中期に多面発現遺伝子の発現頻度が高くなるのかは今後の課題.

なかなか深い問題だが,メカニカルな要因が複雑で難しいという印象.


陸上植物の進化可能性と制約 長谷部光泰
  • 発生や進化の制約を考える際には,ひとつの遺伝子が複数の表現型に影響を与えることもあれば,複数の遺伝子が単一の表現型にかかわることもあるということがある.またその空間的なレベルも細胞内から個体間までいろいろだ.
  • ここで植物は動物と異なって一世代の様々な時期に様々な場所で発生過程が生じる.このような発生過程が生じる細胞幹細胞と呼ぶ.植物では幹細胞が通常細胞になり,通常細胞幹細胞になり得るのだ.
  • 1細胞から2細胞に分裂した際に幹細胞になれる細胞がどちらかに決まってしまうことがある.これは一種の拘束で,オーキシンの揺らぎによって生じる.

植物の発生は確かに動物のそれとは全く異なる.視点の転換がなかなか新鮮だった.


昆虫―微生物共生可能性の探索と分子基盤の解明 深津武馬

内容は2年前の進化学会の受賞講演とほぼ同じ内容で,チャバネアオカメムシとその必須共生細菌の話.

  • チャバネアオカメムシでは,親が腸内細菌を卵に塗り,子がそれを食べることにより垂直感染が生じる.日本全国に分布するが,その共生細菌にはA〜Fまでの6系統あり,Aは北海道から九州まで,B〜Fは南西諸島に分布する.
  • 南西諸島では5系統があり,おそらく水平感染も生じている.さらにCDEFの4系統は培養可能で,おそらく自由生活可能だと思われる.ABはゲノムが小さく培養できない.おそらくこの違いは共生の履歴の長さの違いによるのだろう.
  • ここでBをC〜Fの系統のカメムシに入れ替える操作実験(卵を殺菌後,別の細菌を塗布する)を行う.CDEでは問題なく感染しさらに機能し,Fは一部うまくいかないが,感染さえ生じれば機能する.
  • さらに同属の別のバクテリアへの入れ替え実験も行う.これも感染が成立すれば機能する.
  • 次に殺菌後,現地の土壌を卵に塗って感染が生じるかどうかを見る.1000のうち85が成長,71が正常,半分はCDE(おそらく自由生活していたもの)だが,残りはどれでもない細菌
  • 共生は割と簡単に成立するものだと言うことがわかり,さらに人工共生実験に進む.そして大腸菌感染させてみると10%程度で不完全ながら成虫に,さらに次世代に垂直感染もできる.現在これを10系列で2年累積実験中.成虫化率は10%から30%に上昇している.現在ゲノム分析中である.

引き続き継代で実験を続けるようだ.どうなっていくのかなかなか興味深い.


脊椎動物の比較形態学と進化発生学 倉谷滋

相同性をめぐる深い講演

  • 相同性とは何か.相同性をめぐる還元不可能性,遺伝子の相同性か形態の相同性かという問題,細胞系の相同性の問題について話したい.
  • あるものが相同かどうかについては保証がない.ジョフロアの時代にはこれは相対的な位置関係を巡る概念だった.ここに西洋形而上学が影響を与える.階層性と還元論の相克.眼の相同性,顔の相同性と進んで,解剖学的なボディプランを元に相同性を判断するということになった.しかし結局これでは決まらないということになり,特殊相同性の議論へ向かい,発生へ,遺伝子へという流れになる.
  • しかし特殊相同性は特殊相同性で難しい.動物門を越えて相同性を決めようとして,ボディプランも背腹反転などで何とかしようとした.
  • アレント細胞型の相同という概念を持ちだして,ボディプランを無視した相同性を考えようとした.だとすると遺伝子の相同性でもよく,さらに考えてみると形態でもいいのかもしれない.これは厳密にすれば反復説になってしまう.
  • もう少し動的に考えようとする立場もある.相同を「進化的に保持された情報」と考えるというものだ.これは行動の相同まで含みうることになる.
  • コオプション(遺伝子の使い回し)があるとノベルティにかかわってくる.また形態的には相同ではないが,遺伝子は相同ということが生じる.これは深い相同性(deep homology)となる.例えば胸びれと腹びれの関係がそうだ.これは形態拘束の一種だとも見ることができる.
  • これに発生プロセスが加わる.2次的なルール,エピジェネティックス,相互作用などもあって複雑になる.
  • 遺伝子ネットワークがあり,様々な発現をしながら発生プロセスを構成する.そこには拘束もあり,淘汰もかかる.相同性のモジュールと言ってもいいのかもしれない.

どうしても進化発生学の話は哲学的になる.その深い香りの漂う発表だった.

以上で進化可能性のシンポジウムは終了.本日のお昼は「麺屋こころ」の台湾混ぜそば.

f:id:shorebird:20160925104042j:image

2016-09-22 日本進化学会2016 OOKAYAMA

[] 日本進化学会2016 参加日誌 その4f:id:shorebird:20160922214715j:image:right 22:04  日本進化学会2016 参加日誌 その4を含むブックマーク


大会二日目 8月26日 その2


午後は利己的遺伝因子のワークショップへ



ワークショップ 利己的な遺伝因子の進化学


イントロダクション 小島健司

ワークショップの趣向説明.基本は様々な利己的遺伝因子があることを紹介したいというもの.

まずホストゲノムへの寄生型があり,この中にもいろいろなタイプがある.またより広く,ウィルス,プラスミド,転移遺伝子,ホーミングエンドヌクレアーゼのようなもの,さらにホストに自己の複製を共用するようなタイプもある.


Repbase に見る真核転移因子の多様性 小島健司
  • RepBaseとは反復配列で,ゲノム配列が読まれるようになって報告件数が増加しており,ヒトでは583種類が知られている.このヒトの583種類はほぼ出尽くしていると考えられるが,それ以外の生物ではなおどんどん報告され続けている.ゼブラフィッシュの1900個とか蚊の一種で2100個とかヒトよりはるかに多い生物も多い.
  • これは基本的には転移因子(transposable element)で,この中にはDNA転移因子,LTR(long terminal repeat)レトロ転移因子,NonLTRレトロ転移因子LINEとSINE)などがある.(ここでLTRとNonLTRの転移メカニズムの詳細を説明.LTR型はCut & PasteでNonLTR型はCopy & Pasteと考えることができる)
  • 転移因子のスーパーファミリー間の関係:系統樹を示していろいろな解説がある.DNA転移因子によるもの,LTR型転移因子によるものが入れ子になっていて,一部はウィルス起源である様子が示される.また一部には配列に収斂がみられるそうだ.

転移因子SINEが持つ起源の古い共通配列の進化的意義を探る 西原秀典

続いてSINEについての講演.

  • SINE(short interspersed nuclear element)はNonLTRレトロ転移因子の短い配列ゲノム中に散在している. 自分で転写メカニズムをすべて持っているわけではなく,一部の機能をLINE配列による酵素に依存している.いわばLINE寄生しているといってもいい. 
  • ヒトにおいて最も偏在しているSINEはAlu配列と呼ばれるもので,全ゲノムの10%を占めている.(ヒトの全ゲノムにおける転移因子の割合も示されていた.ヒトではLINEが20%強,SINEが13%強,さらにLTRとDNA転移因子を加えると全ゲノムの約半分が転移因子ということになる.)
  • 脊椎動物間で比較すると,SINEの配列には科レベルで特異的に分布している.例えばAlu配列霊長類に特有だ.ネコ科の動物とイヌ科の動物では異なっている.おそらく数千万年単位で起源して広がるのだろう.
  • しかしこれには例外がひとつある.コアの共通配列から派生したスーパーファミリーがあることが知られている.これまでは4タイプとされていたが,さらにもう一つ発見できた.
  • ではなぜこのような古い共通のSINEが存在するのか.何らかの(利己的因子にとっての)機能があるのかもしれない.いわれているのは,転写活性,RNA安定性,逆転写酵素の認識,配列の多様化,ホストへのよい影響などだ.このあたりは今後調べていきたいと考えている.

SINEの系統間の差異と例外としてのスーパーファミリーの話は興味深い.


レトロン 〜細菌のレトロエレメントの構造と機能〜 島本整

バクテリアに見られる逆転写酵素遺伝子を含むレトロエレメントをレトロンと呼ぶ.これはバクテリアにある利己的遺伝要素で,バクテリアゲノムに数百コピーが見つかる.

構造的にはmsDNAと呼ばれるRNADNAがあわさった配列と逆転写酵素遺伝子がつながっている形になる.(1984年バクテリアにmsDNAが見つかり,1989年に逆転写酵素遺伝子が見つかっている.)講演ではその構造,多様性が解説され,今回コレラ菌でもこのレトロンが見つかったこと,これが病原性の発現に影響を与えている可能性があることなどが説視されていた.


プラスミド宿主域の情報学的予測 鈴木治夫

プラスミドによりバクテリア間で遺伝子が水平伝播されると,抗生物質耐性が広まってしまうので実務的には重要な問題になる.

ここでは水平伝播が生じるときの仕組み,プラスミドの構造(プラスミドがプラスミドとして機能するための領域と,それに乗っかって広がる領域など)が解説され,その後「みねうち制限酵素」を用いて塩基を切断せずにメチル化を利用して配列を調べるテクニックが詳しく説明された.


バイオフィルムトキシン-アンチトキシン遺伝子から見る微生物コミュニティー 中島信孝

バクテリアに関わる現象から役に立ちそうなもの(代謝酵素など)を見つけようというリサーチの講演.

バクテリアであるバイオフィルムを実験室で培養し,遺伝子の発現解析をかけていくというもの.


バキュロウイルスはいかにして宿主を制御するのか 勝間進
  • バキュロウイルスは昆虫,特にチョウ類によく見られるウィルスで,感染すると核内に多角体を生じさせる.そしてホストの行動操作を行うと考えられる.感染したチョウの幼虫は高いところに登りてっぺんから垂れ下がって死亡してウィルスをまき散らす.(食草の上にまき散らされたウィルスを葉と一緒に食べることにより次のホストに感染が生じる)
  • ウィルスは2重の環状DNAで構成され,ホスト遺伝子とは12%がホモロジーになっている(これ自体はよくある話)
  • またチョウに感染するタイプでのみFGFと呼ばれる肢に関する成長因子が見つかった.おそらくもともとの機能を離れてチョウ類の感染にのみ関連するような機能があるものと思われる.
  • またPTPと呼ばれる配列もあり,元々脱リン酸化にかかる遺伝子だが,これをノックアウトすると高いところに登る行動を見せなくなるので,行動操作にかかわる機能を持つようになったものだと思われる.

以上でワークショップは終了だ.利己性にかかる部分の発表はあまりなくてその部分では期待と異なったが,いろんな話が聞けて面白かった.続いて口頭発表へ.進化言語に関する発表が続くセッションに参加.


f:id:shorebird:20160922214946j:image


口頭発表


統語能力の適応的進化は想定可能か:行動多様性の推進力 外谷弦太
  • 統語能力は語の組み合わせ方によって意味が異なることを可能にするもので,階層構造を持つのが特徴.語の再帰的操作を行い,(A(BC))と((AB)C)で異なる意味になる.
  • そしてヒトのみに見られる.これは進化産物なのだろうか.
  • シナリオには二つある.(1)創発現象で突然コミュニケーションが可能になったというチョムスキー的なシナリオと(2)進化環境においてコミュニケーションが有利になり適応として進化したというピンカー的シナリオだ.(1)についてはなぜコミュニケーション能力に淘汰がかからなかったのかが疑問だし,(2)は何故ヒトだけなのかが説明できない.
  • ここで離散的な要素の組み合わせで異なる意味が生じる統語能力に似たものが,一般的な行動にも存在する.それは物体に対する操作においてはその順序や組み合わせによって異なる結果になるというものだ.これを操作する能力を前適応として統語能力が進化したというのが「運動制御起源説」(藤田2016)になる.
  • この運動制御は道具製作においてエンジニアリング的に有用だと考えられる.そして考古学的な証拠を見ると,2百万年前頃の東アフリカの乾燥化,サバンナ化とともに石器様式はオルドワンからアシューリアンに移り変わっている.
  • ここで再帰的な操作概念が特に有用なのは,1人で多種類の石器を作る必要があるときだ.ここで集団内で道具を作るモデルを作る.すると集団内競争が緩いと分業化して個人個人は同じものを作っていればいいが,激しいと1人で何十種類もの道具施策が必要になる(そしてその場合には再帰的操作が有利だ)という状況が生じうる.
  • このことから,まず(集団内競争が厳しくなって)道具製作プロセスにおいて再帰的な操作を行う能力に淘汰がかかり,その能力を前適応として統語能力が進化したと刷るシナリオを書くことができる.

個人的にちょうどピンカーの歴史的論文を読んでいるところなので,「えっ,言語学者は30年たってまだここから議論するの」というのが正直な印象.言語創発説について言語適応説の対立候補となり得るほど考慮に値するものだと考えているのにはびっくりさせられるし,ヒトにしかないから適応は疑問という言い方もかなり受け入れがたく感じる*1

そこはおいておくとして,再帰的な操作能力がどう進化したかというのはまだ決着がついていない問題で,道具製作の物体操作が基盤になったという考え方自体は一つの仮説としてあり得るだろう.また個人的には社会的関係においての心の理論の方がより再帰的操作能力としての統語能力に近い気がするところだ.

なおこの講演の集団内競争強度の話が運動制御起源仮説にとってどのように重要なのかはよくわからなかった.特に競争を考えなくても多様な道具を作るのに有利だったというだけではいけないのだろうか.


進化言語ゲームにおける中立安定戦略の均衡選択 内田誠

情報のセンダーレシーバーゲームを有限集団内で行って進化ゲームを行い,どのような言語が進化しやすいかを調べるリサーチ手法についての解説.これにおいて2戦略間の頻度がどう推移するかを見て,片方に傾いて安定する戦略を中立安定戦略と呼ぶ.具体例としては同音異義語の進化について取り上げていた.


主に理論的な講演なのに,この中立安定戦略とESSの関係については全く説明されず,ちょっと残念.いずれにせよこの手の手法は,情報伝達の正確性に向かって淘汰圧があるというかなりナイーブな前提の上に乗っていて,いつも気になるところだ.


ヒト言語の構造依存性とその進化 藤田耕司
  • ヒト言語も進化産物であるなら漸進的に形作られたはずでその原型があるだろう.
  • その手がかりとしては,幼児語,ピジン,失語症,動物のコミュニケーション(発声させる試みや人工文法学習の試みもある)などがある.ここでは動物との違いを考える.
  • ヒト言語は階層構造を持ち,回帰的で,合成を行える.動物コミュニケーションは,非階層,非回帰,非合成だ.具体的にはヒト言語では(A(BC))と((AB)C) とで異なる意味が生じる.(英語,日本語でいくつかの具体例の提示)これは動物には見られない.しかし,萌芽的なものがあるのではないかといういくつかの主張が最近なされている.
  • 2006年にはハナジロザルで,ヒョウ,ワシの警戒音をつなげると「逃げよう」という意味になるという報告があった.しかしこれは意味の合成にはなっていない.もっともヒト言語にも意味の合成がないような連語がある「bird brain(間抜け)」「kick the bucket(死ぬ,くたばる)」.これは外心構造性と呼ばれるもので,ジャッケンドフはこれを言語進化の生きた化石と呼んでいる.
  • 2006年ホシガラスで,2011年ジュウシマツで,さえずりに回帰的な文法があるとの主張がなされた.しかしこれは主張された内容をよく見ると階層的に分析しなくても理解できるものだった.
  • 別の鳥類でABでフライトコール,BABでプロンプトコールになるという主張もあったが,これは合成的とは言えない.同様に2016年にはABAとAABで異なる意味になる例がキンカチョウとセキセイインコで主張された.これも合成とは言えない.
  • さらにABCで「調べろ」Dで「近づけ」の場合に,ABCDでとDABCで意味が異なる例が報告された.これが回帰的だと主張されたが,実際には語順だけで決まっていて階層性は見られない.
  • ヒト言語の統語モジュールの階層性は,感覚モジュールや意味モジュールとのフィードバックの中で「併合」を通じて作られると考えられる.そしてこれは道具製作における行動の併合が原型になっており,一つの外適応だと主張したい.また実際にチンパンジーカラスにはこのような行動操作の階層性の原型が見られる.

運動制御起源仮説の概説.なかなか階層性というテーマは扱いが難しいことがよくわかる.


進化はなぜ「進歩」だと理解されるのか:人文諸科学における「進化」の語の由来と発展 藤井修平

進化という単語が実際にどう使われているかを調べ,人文科学者の受け取り方を解説するもの.

  • ポケモンや運動選手の能力向上や技術製品の性能向上に,よく「進化」が,生物学的な意味と異なって使われるのはもはや周知のことだが,それを新聞(毎日と読売,さらにevolutionについてNYT)のデータベースで調べてみた.すると予想通り,技術進歩,個人の技能向上,組織体制の向上について多く使われており,多くは意図的進歩的肯定的な意味で用いられていた.
  • これは近年だけではなく,(ダーウィン以前は,そもそもevolutionは「予定されていた通りの展開」などの意味だったが)ダーウィン以降であっても,前進的進歩的な意味でevolutionを用いるサーリンズのような論者は多く,そして人文科学から見るとそれは西洋の優越を前提にした誤った感覚に見える.そして実際に「宗教の進化」という言葉を聞くと,進化生物学者は「ヒトの心に宗教的な要素があるのはどのような淘汰の結果なのか」という問題が浮かぶが,人文科学者にとっては「遅れたアニミズムから多神教,そして一神教へ」という問題が心に浮かぶ.これには気をつけていくべきだ.

あちらの議論では,スペンサーの社会ダーウィニズムからナチの優生学が取り上げられるところだが,日本の人文科学ではこういう感じだというのは,それぞれの違いということだろう.講演ではいろいろな用法の実例もいろいろあって,詳細が面白かった.個人的に受けたのはNYTの「ドナルド・トランプのヘアースタイルの進化」,最も多かった用例は「スマホの進化」だそうだ.



以上で大会二日目は終了だ.

f:id:shorebird:20160922214710j:image

*1:この理屈は突き詰めると,独立に1回のみ進化した単系統にのみ見られる形質はどんなにほかの特徴が適応を示していても適応形質であることを排除できるという議論になる.ゾウの鼻もキリンの首も皆適応産物であることを疑うというのだろうか

toyatoya 2016/09/23 12:00 shorebird様

はじめまして,外谷と申します.いつも書評を拝見させていただいております.
このたびは発表をまとめていただきありがとうございました.
発表時間が限られていたため言葉足らずな箇所があったことをお詫びいたします.いただいたコメント・疑問点に関してこの場をお借りして答えますと,

・集団内競争と運動制御起源仮説の関係
 集団内競争は運動制御起源仮説と直接的な関係があるわけではありません.運動制御起源仮説の前提として一般的な行動における再帰的操作能力の進化がありますが,その再帰の機能として多様な道具製作があり,多様な道具製作が生存上有利になる環境として集団内競争がある,という位置づけになっています.競争を考えるのは,自然環境の変化だけでなく社会環境の変化を含めたほうがヒトの文化的多様性の加速度的な増大を説明しやすいと考えているためです.

・創発説について
 チョムスキーの説を議論の俎上に乗せた理由は,二つあります.一つは言語進化の研究において歴史的な意味をもつためで,もう一つは「Mergeが言語をはじめとする行動の多様性に対して,物理的・数学的な最適性を有している」という主張が無視できないためです.本発表内で述べたシミュレーションにおいても,後者の性質(および資源獲得競争という適応度関数)によって再帰的な物体操作が出現します.

・人にしかないから適応は疑問
 適応進化に疑問を投げかけているのではなく,社会性に対して適応があると言うだけでは,他の社会性をもつ動物にヒトの統語のような収斂進化が見られないことに疑問が湧く,という指摘でした.説明不足で申し訳ありません.

shorebirdshorebird 2016/09/23 20:55 外谷様

直コメントありがとうございます.大変恐縮しております.

集団内競争と運動制御起源仮説に直接の関係がないというご説明については納得いたしました.当日は連続した説明だったので,関連性の説明を私が聞き漏らしたのかもしれないと思っておりました.

創発説について
チョムスキーの議論において,創発という部分と再帰的操作の重要性という部分は本来関連性がなく,分離して扱っていいのではないかという印象を持ちます.今となっては「創発」は特にヒトについて適応を認めたくないイデオロギー的な動機を持つ筋悪のグールドの議論に引きずられた,いわば「トンデモ」な主張であるというのが私の感覚です.進化の筋道として二つの同等の対立説があるかのような扱いは納得しがたく感じます.(歴史的経緯として扱うなら,過去にはこんなトンデモが真面目に唱えられていたこともあったという紹介という形がふさわしいのではないでしょうか)
そして再帰的操作の重要性については,主流の意見は収斂していて,後は前適応の有無,あるとしてそれは何かについていろいろな意見がある(しかしそこに創発という筋道はない)という状況だと思います.この点だけについてフォーカスした方がよいように思います.

ヒトのみの特徴
創発説と適応説の対比の後での発言でしたので適応進化自体を否定しうる根拠として出されたのかと思っておりました.失礼いたしました.
「適応産物であることは間違いないが,なお究極因について「社会性」というだけでは(何故他の社会性動物に収斂が生じていないのか不明であり)説明が尽くされていない」ということでしたら,その通りだと思います.基本は「多くの適応形質は複雑なトレードオフの上に乗っていて,ある局所的な適応地形上ではある形質にメリットがあってもコストの方が大きいのでその形質は進化できないが,別の局所的な地形上ではコストベネフィットの比率が異なるために進化できる」というようなことだと思いますが,具体的に説明するのはエビデンスもなく難しいですね.(そしてそれは実はよくある話であり,ゾウの鼻もキリンの首も同じように難しいということになると思います)

2016-09-19 書評 「プロ野球「熱狂」の経営科学」

[] 「プロ野球「熱狂」の経営科学」 17:28  「プロ野球「熱狂」の経営科学」を含むブックマーク


本書は成り立ちがちょっと面白い.神宮で年に数回広島を応援する仲間であったマーケティングとマネジメントの専門家たちがゲーム後の居酒屋で語り合ううちに,各人の専門を活かしてプロ野球に関する研究をしようということで盛り上がり,さらにいくつかの縁で阪神ファンである社会心理学者(三浦)と広島在住で本人は広島ファンではないものの広島ファンに関するリサーチを行っていた社会心理学者(中西)が加わってできあがったアンソロジーだ(私的にはこの社会心理学の部分が面白そうで手に取った本ということになる).というわけで本書のかなりの部分が広島カープに焦点が当たった寄稿になっている.企画時にはまさか今年広島が25年振りにリーグ優勝するとは思っていなかったのではと思われるが,素晴らしいタイミングで本になったということだろう.


序章では本書全体のねらいが説明されている.ビジネスマネジメントの一方式として顧客に「熱狂」を産み,それをマネタイズするというやり方がありうるだろう.ここでプロスポーツ分野は,データが集積しており分析対象としてふさわしいだろう.そして熱狂の事例として「カープ女子」現象があるということになる.ファンが集まって作ったのだから後付けの理屈ということだが,なかなか美しい.なおこの序章では,マーケティングやマネジメントを真剣に考えるなら,最も観客動員数の多い巨人も扱う必要があることを素直に認めたうえで,しかしそんなものには食指は動かないのだというコメントがあり,本書の性格を際立たせている(なお私はここを読んで思わず吹き出してしまった).


第1部 マーケティング

第1章 プロ野球ファンとはどのような人々か

巨人ファンと阪神ファンと広島ファンが様々な視点でデータ比較される.面白いところをいくつか紹介しよう.

  • 巨人ファンは比較的若く(小学校高学年から中学)からファンになる割合が多く,その後一部は阪神ファンや広島ファンに移行するが,逆はほとんどない.
  • 感情温度を測定すると巨人ファンはひいきチームに対して山形の分布をし,阪神や広島には中立(つまり好悪ともマイルド)だが,阪神ファンと広島ファンはひいきチームには右肩上がりの極端な好意を,そして巨人に対して左肩上がりの極端な嫌悪を見せる.
  • 巨人ファンと広島ファンは応援選手の勤勉性を評価し,阪神ファンは応援選手について心配性でうろたえやすいと感じている.また巨人ファンと広島ファンは球団イメージと応援選手のイメージが相関しているが,阪神ファンにその相関は見られない.

ここではこれらの結果に対する解釈は示されていない.私の想像では,第1点はこれは10年ぐらい前までのテレビ放映状況が大きく影響しており,ごく素直に野球に興味を持った少年は,放映の最も多い巨人のファンに自然になり,長じてほかのチームの魅力に惹かれて転向することがあるということだろう.だとするとここ10年で野球ファンになった人々ではこれらの傾向は大きく変わっているかもしれないと予想される(本アンケート調査対象者の平均年齢は44歳).また第2点については,長期低迷期を持つ阪神や広島を(あえて)応援するファンの方がより過激なファンの比率が高いということを反映しているのだろう.第3点については関西人気質以外に説明は思いつかない.大変興味深いところだろう.


第2章 人はなぜその球団を応援するのか

プロ野球観戦の動機をフランスの社会学者ロジェ・カイヨワの理論に当てはめて分析するという趣向.カイヨワは遊びを意志と脱意志,計算と混沌の2軸4象限で解説した.

ここでプロ野球観戦を行う動機についてアンケート調査し,それを主成分分析にかけ,さらにその主成分をカイヨワの軸に当てはめてフィットするかどうかを見る.主な結果は以下の通り

  • 巨人ファンは大差で勝つことを期待する.阪神ファン,広島ファンはより強い相手に勝つことを期待する.これらはカイヨワの競争象限の動機になる.
  • 巨人ファンと阪神ファンは競り合った後に勝つというカタルシスに価値を見いだす.これもカイヨワにおける競争象限と見なせる.広島ファンはむしろ応援による一体感を評価する,これはカイヨワでいうと模擬,眩暈の象限になる.
  • その他のデモグラフィック分析においては,当然予想される出身地の影響のほかに,教育水準が高いほど広島ファンになりやすいという傾向が検出されている.

私がカイヨワ理論に不案内ということもあるのだろうが,主成分分析をしているのだからそれだけで分析すれば十分ではないか(カイヨワを持ち出して話がわかりにくくなっているだけではないか)という印象をぬぐえなかった.

なおここでは特定の価値観や動機を持つからある球団のファンになるという前提で分析されているが,著者は最後に特定球団のファンになったから特定の価値観を持つようになる可能性についても触れている.著者はそうかもしれないがマーケティングを考える上ではどちらでもいいとお茶を濁しているが,私の個人的な印象では後者の影響の方が強いのではないだろうか.これは今年の広島のように弱かったチームがいきなり強くなったときにファンが変容するかどうかという問題にも絡むところでマーケティング的にも重要な気もするがいかがだろうか.

最後の教育水準の影響について,著者は高学歴者ほど,敗戦後の広島球団設立の歴史知識に影響されやすいか,反主流的な思考を持ちやすいのではないかと仮説を提示している.かなりこじつけ気味の眉唾な説明であるような気がするが,今後の検証が待たれるということだろうか.


第3章 ブランドロイヤリティ

応援選手,応援チームへのそれぞれの現実自己への適合性(自分に近いかどうか),理想自己との適合性(自分の理想に近いかどうか)から選手,チームへのブランド・ラブが形成され,両ブランド・ラブが相互に影響を与えるという因果モデルをアンケート調査により検証した.結果は以下の通り.

  • ほぼすべての因果パスが有意にあるとされたが.広島ファンについては現実自己との適合性はブランド・ラブに結びついていなかった.

著者はこのことからブランドイメージの確立とその一貫性の維持,そして選手移籍の差異のブランドイメージへの影響の検討の受容性をインプリケーションとしてあげている.なお広島ファンのアノマリーについては球団が厳しい状況にあるという認識が影響を与えている可能性を示唆しているが,これもやや怪しい(もしそうなら,なぜ理想自己との適合性には影響を与えないのだろうか)という気がするところだ.


第2部 心理学

第4章 弱小チームファン心理の分析

章題は「阪神ファンと広島ファン」ということで両チームのファンの特徴について掘り下げている.


前半は三浦麻子による阪神ファンの分析.

ここは冒頭のリサーチのきっかけのコメントが面白い.阪神ファンである三浦は2014年シーズンにおいて,阪神がリーグ優勝を逃した後クライマックスシリーズで巨人を4タテにして日本シリーズに進出した際に,全然祝う気分にも熱狂する気分にもなれず「なんなんだこれは」と感じたことに自分自身で驚き,この現象に「阪神ファンはどのようにチームを愛するのか」が表象されているのではないかと思って調査を開始したそうだ.

  • 最初に阪神ファンのみについてこのシーズンの阪神日本シリーズ進出決定時の気持ちを調査:結果,阪神依存度が強いほど「幸せ」な気分を感じているが,同時に「不安」「悲しみ」「怒り」の感情も強く,アンビバレントな傾向が認められた.
  • 次に人気上位7チームのファン気質を比較調査:阪神ファンはチームや選手への畏敬の念という項目について一番低い.ポピュラー思考の低さ,弱くても好きかという項目については広島ファンが最も突出している.

三浦はこれらの結果について「阪神ファンは屈折していると感じざるを得ない」とまとめている.何となくわかる気がするところだが,冒頭のエピソードは本当に阪神ファンだけが抱くものだろうかという疑問は残る.リーグ優勝を逃した後クライマックスで勝っても素直には喜べないというのは,リーグ優勝に長年大きな価値をおいてきた日本プロ野球のファンなら皆大なり小なり持つ感覚なのではないだろうか.どちらかというとファン気質の表れというより,クライマックスシリーズの設計の失敗というマネジメントの問題ではないかという気がする*1.この現象が阪神ファン特有なものかどうか,他チームファンとの比較リサーチが待たれるところだろう*2


後半は草川舞子による広島ファンの分析.

最初に広島東洋カープの特徴として,唯一の市民球団であり,原爆被災地の戦後復興のシンボルであったというという点が強調され,樽募金を含めその苦難の歴史が語られている.また本章の最後には黒田の男気のエピソードも語られていて,著者のファン気分が吹き出していて楽しいところだ.

リサーチとしてはそのような苦難の歴史から広島ファンには拝金主義を否定する人が多いのではないかを調べている.A「お金より大切なものがある」,B「成功者が富を得るのは当然」,C「お金があれば大抵のことができる」という質問項目について調べたところ,著者の予想に反して,ABCすべてについても広島ファンであることと正の相関が観測されてしまった.著者は「広島が資金の乏しい中で戦ってきた夢や希望の価値からAの結果は当然予想される,BCはその中でFA市場の現実を受け止めている結果ではないか」と解釈しているが,いかにも苦しい.世の中の価値観を「拝金主義かそうでないか」に二分しようとしたこと自体がナイーブではなかったか*3という感想だ.


第5章 ファンの集団力学

中西大輔による同じチームのファン同士(ここでは広島ファン同士)は助け合うのか,そうだとするとそれはなぜかという寄稿

  • 自分も相手も広島ファンであることを前提として,相手が広島ファンだとわかっているかどうか,自分が広島ファンだと知られているかどうかの条件をコントロールしながら,困っている相手を助けるかどうかを場面想定法によりアンケート調査した*4
  • 結論としては,単に同じチームのファンであるので助けたいと感じるという「社会的アイデンティティ仮説」とカープファン同士では後に自分も助けてもらえると感じるからという「互酬期待仮説」がそれぞれ支持されるという結果が得られた.

社会的アイデンティティ理論は進化心理学者から見ると結構うさんくさいところがある*5ので,中西としてはちょっと残念な結論かもしれないが,まあ現象的にはこういうことなのだろう.なお野球関連では「広島ファンではないが広島在住」という著者の冷めた目から見たシニカルな表現が随所にあって読んでいて大変楽しい章だ.


第3部 球団の経営

第6章 プロ野球選手のたどる道

プロ野球選手を,アマチュア最終球歴,ドラフト順,ポジションなどでカテゴリー化し,年齢(あるいはプロ野球歴)に応じてどのように球歴を重ね,解雇(あるいは引退)となり,年棒がどう推移するかを示したもの.

データ満載で様々にグラフ化され,選手の人生模様が浮かんできて眺めていて飽きない.球団側の選別としては,入団2年でプロとしてやっていけるかどうかを見て,28歳時に1軍選手として残れるかどうかを見る.そして一部のスーパースターのみ35歳以降も現役を続けることができるという構造が見えてくる.


第7章 選手の年齢別構成について

2つのパラメータ(管理野球か放任か,採用年齢は若手中心かそうでないか)を設定して,選手の能力は年齢に対して山形カーブを描き,時間とともにチームとしてのケミストリーが上がる(ただし管理方式のパラメータが絡む)とし,さらに単純なルールで解雇採用を行うとした場合にチームがどのような年齢構成になり,戦力が年とともにどのように動くかをシミュレーションしたもの.

これだけの単純な設定でもパラメータによって年齢構成が団子状になったり平たくなったりし,団子状になった場合には戦績が大きく上下するという結果が得られる.あまり現実味はないが,頭の体操としてはちょっと面白い.


第8章 日本プロ野球経営の現状

ごくわずかに公開されている情報からわかることをまとめている.いろいろ整理しているが,球団ごとの違いが大きすぎるし,親会社からの実質的支援がどのように決算書に反映しているか不明なので,ほとんど意味はなさそうというという感想を抱かざるを得なかった.無理矢理平均などをとってまとめるよりも,個別の公開情報を並べた方が面白かったのではないかと思われる.ステークホルダーであるファンのためにも一層の情報公開が望ましいという主張には賛成だ.


 

本書はいろんな視点からのプロ野球についての小論をまとめたもので,あまり類書のない不思議な本だ.ファン気質丸出しの記述,強引な解釈,突っ込みどころ満載で,学術書というよりは同人誌に近い本かもしれない.とはいえ広島ファンの「熱狂」という点での突出性はデータにはっきり出ていて面白いし,阪神ファンの特殊性も浮かび上がっている.広島ファンの皆様にとっては,リーグ優勝記念の大変楽しい読書になるのではないだろうか.なにはともあれ優勝おめでとうございます.

*1:メジャーリーグでは,リーグ内のプレーオフの長年の伝統があり,地区優勝を逃してもリーグ内で高位の勝率を確保してワイルドカードでプレーオフを勝ち抜くことがワールドチャンピオンになる一つの手段としてしっかり認められている.NFLでは,究極の目標はスーパーボウルでの勝利であり,地区の優勝はプレーオフに出るための一つの手段に過ぎないという割り切り感がさらに強い.

*2:広島ファンの皆様には申し訳ないが,もしクライマックスシリーズで巨人(DeNAでもいいが)が(第1ステージに勝ち,さらに)広島を4タテして日本シリーズに進出するなどということが起これば,興味深い比較リサーチが可能になるだろう.巨人ファンもやはりあまり素直に熱狂はできないのではないかと思うがどうだろうか.ただ阪神ファンとの間で濃淡は観測されるかもしれない

*3:「お金は大切で多くのことができるし,成功者に適切な範囲のインセンティブを与えることは経済全体に好影響を与えるので望ましいが,お金で買えない大切なものもある」と考えるのはどこにも矛盾はなく,特にビジネスをしている人々にとってはごく普通の感覚ではないだろうか.

*4:本当は独裁者ゲームなどを行いたいところだが予算の制約があるというぼやきがある

*5:この理論のキーは自尊心の向上が重要というところにあるが,進化心理学的に考えると,自尊心の向上が適応度上有利なら,単に向上させればいいのであって,何らかの経験を必要にするはずがないことになる.もちろん適応度の上昇と本人の幸福は別だし,進化環境とのミスマッチにあるかもしれないから一概に否定はできないところだが

2016-09-16 訳書情報「進化は万能である」

訳書情報「進化は万能である」 17:30 訳書情報「進化は万能である」を含むブックマーク


以前私が書評したマット・リドレーによる「The Evolution of Everything: How New Ideas Emerge」が邦訳出版された.本書は様々な物事の変遷はデザイナーによるトップダウン型で決まるのではなく,ボトムアップの創発的な現象であることを,多岐にわたるトピックについて扱っているものだ.実際に本書の中では,西洋哲学,道徳,生物デザインの説明,生物進化,文化,経済,技術,自由意思,パーソナリティ,教育制度,人口動態,リーダーシップ,政府,宗教,マネー,インターネットが取り上げられ,それらの歴史的あるいは時間的変遷は誰かのデザインや意図により制御されているのではなく,自然に創発的に展開していることが主張されている.(だからここでの『進化』という用語は通常の生物進化における『進化』よりはるかに広い意味で用いられている)そしてそこには物事の背後に原因,特に意図をみようとしてしまうヒトの心の本性の問題があるのだ.

リドレーはこれまで多くの生物進化に絡む啓蒙書を書いてきて,そういうヒトの心の傾向に深く気づくことになったことが本書を書くことになった背景にあるのだろう.ところどころやや過激な主張もあるし,必ずしもすべての現象が統一的に説明されるものでもないが,幅広い話題が取り上げられていて読んでいていろいろ考えさせられる.前著「繁栄」とあわせて一対をなすリドレーの『世界の説明書』というべき本だろう.

なお邦題は「進化は万能である」とされているが,本書のテーマとずれているし,いかにも煽って売り上げを伸ばそうという書名になっていて,このような本格的な啓蒙書につけるにはふさわしくなく,感心しない.こういう煽り系の邦題をつけるときにはせめて適切な副題があればまだ許せる気がするのだが,副題「人類・テクノロジー・宇宙の未来」はさらにずれていると言わざるを得ない.残念だ.


私の原書の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160502


原書

The Evolution of Everything: How New Ideas Emerge

The Evolution of Everything: How New Ideas Emerge


リドレーの邦訳書

リドレーの前著.ものやアイデアの交換が世界をより良いものに変えていくと主張する一方で,根拠薄弱な現代の悲観主義に対して厳しく批判する本.単行本出版時の私のコメントはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101020.原書の書評は私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100925



進化生物学をテーマにしたマット・リドレーの本

「赤の女王」は性淘汰にかかる議論を扱っている.「得の起源」は道徳の進化的起源,「ゲノムが語る23の物語」はヒトの遺伝子についての面白い知見を染色体ごとに記述したもの,「やわらかな遺伝子」は遺伝か環境かという誤った議論を,遺伝子が環境を条件にして発現していく様を丁寧に追って総括しているものだ.なお「徳の起源」と「ゲノム」はKindle化未了.

赤の女王 性とヒトの進化

赤の女王 性とヒトの進化

ゲノムが語る23の物語

ゲノムが語る23の物語

やわらかな遺伝子

やわらかな遺伝子


関連書籍

デネットによる自然淘汰による進化についての素晴らしい哲学的解説書.スカイフックという用語でも有名.


同じくデネットによる自由意思についての哲学書.

自由は進化する

自由は進化する


科学革命とルクレティウスについては最近のこの本が面白い.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160717


道徳の変遷についてはピンカーのこの本が外せない.私の訳書情報はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150127,原書の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130109


国家は包括的な制度の下でうまくいくということを豊富な実証例とともに議論している本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130713

ページビュー
3115517