shorebird 進化心理学中心の書評など

2017-08-21 シンポジウム:先史文化進化の展望 その2

[] シンポジウム:先史文化進化の展望:考古学から行動実験まで その2f:id:shorebird:20170821212345j:image:medium:right 21:34  シンポジウム:先史文化進化の展望:考古学から行動実験まで その2を含むブックマーク


8月8日.シンポジウム2日目,本日はゲストスピーカの講演主体の日程になる.


文化進化とヒトの社会複雑性の生態学:人類の歴史の主要な特徴の調査についての新しいモデルと新しいデータセット トーマス・カリー

The cultural evolution and ecology of human social complexity: new models and new datasets for investigating a major feature of human history Thomas E. Currie

  • 文化進化をマクロスケールで考察することに興味を持っている.本日はパターンの把握,進化アプローチ,実証的ケーススタディ,将来の方向について話をしたい.
  • 観察されるもっともブロードなパターンは複雑性の上昇だ.
  • これまでのアプローチはまず主観的に様式を区分し,直線的な変容(バンド→トライブ→チーフドム→ステイトなど)を前提にしたものだった.私は進化的なアプローチを採りたいと考えている.特徴をよりシステマチックに捉え,伝達と変異,集団中の頻度変化に注目する.そしてアプリオリな前提を採らずに実際にどう変化したのかを実証し,予測可能な傾向があるかどうかを吟味する.
  • これを可能にするためにグローバルなデータセットを構築する努力を行っている.それがSeshatだ.(http://seshatdatabank.info
  • これにはいくつかのチェレンジがある.様々な不確実性,計測の技術的問題,直接観察できないものはプロキシーに頼ることになるが,その正当性,異なるプロキシー間の優劣の決定,サンプルバイアスの問題などだ.
  • ゴールは,システマティックなデータの収集,コード化された連続的なデータポイント,理論の生成・検証,実証された理論に基づく社会政策への応用だ.
  • ここまでに集めたのは世界中で30ポイント.400政体,1500変数,180000エントリー.どこでいつどのような状況があったかをデータセットにしている.実際のデータセットはhttp://dacura.scss.tcd.ie/seshat/で見ることができる.(ここから実際のデモ)
  • それらの変数の動きを時系列で見ることができ,相関も調べられる.ここまでに調べたところとしては,政体,貨幣,インフラ,情報,文字記録,人口,支配領域,首都人口の動きのネットワーク解析がある.複雑性の増加について,いくつかの要素間に強い相関があり,全体としても弱くすべて結びついていた.複雑性の増加は1次元的であるようだ.
  • 地域ごとのグラフ,マップ上の温度表示も可能だ.(地域ごとの複雑性増加グラフ,騎馬戦争の世界地図上の温度表示などの興味深いデモがなされる)

一旦データを量的なものにしてシステム化すると様々な分析や応用が可能になることがよくわかる面白いプレゼンだった.質疑応答では地域ごとの複雑性増加グラフが注目の的だった.


考古学データから文化伝達パターンを推測できるか エンリコ・クレーマ

Can we infer patterns of cultural transmission from archaeological data? Enrico R. Crema

  • 答えを簡単にいうと「Maybe」になる.
  • 理論的にはそれは可能だ.しかし実際には様々な問題があふれ出てきてパンドラの箱状態になる.
  • まずデータについて直接観察できず間接証拠に頼っているという問題,サンプルバイアスの問題がある.
  • 文化進化理論に当てはめる際には,データ不足の問題が大きい.まずそれに由来する推定力不足の問題がある.サンプル数を増やそうとして時代区分を大きくして平均を取るという手法はよく用いられるが,それはタイプ1エラーに結びつく.
  • また,サンプルをそのままデータとして用いるというのは,それぞれのサンプルがそれぞれ独立のコピー過程の産物だと扱っていることになるが,同一工房で大量生産されているのか,個人が1つずつ別のものを作っているのかでその前提の妥当性は大きく異なる.これもタイプ1エラーに結びつく.
  • さらに時系列データを均衡理論を前提に見ると,変動を突然のインパクトと均衡への回帰として解釈することにバイアスがかかる.
  • ではどうすればいいのか.1つの手法はシミュレーションにより様々なパラメータを入れたモデルの結果の分布状況を作り,ベイズ的に(イノベーション率などの)パラメータを推測するということが考えられる.(ここで50百万回のシミュレーション結果を元にした推測過程が説明される)これは時系列的にパラメータが変化したという状況にも応用できる.
  • また残る問題もある.そもそも何が伝達されているのか,どの伝達定式化を使うかの決定,初期条件に関するデータの決定的な不足,そして何を知らないか自体について知らないという問題だ.

質疑応答ではデモされた陶器の装飾模様に関してのベイズ推定モデルへの質問に集中.この手法はすべてのバイアスを見ていないし,様式間の類似度も考慮していない.しかし様式間の類似度を考慮するには系統関係を把握する必要があるが,それは独立のソースがなければ非常に複雑になってしまう.類似バイアス,反類似(独自性)バイアスと機能の関係を考えるにはNewとRareを区別する必要があるなどの意見が交わされていた.



ここで一旦昼食休憩.ランチはウィング高輪の「天ぷらつな八」へ

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累積的文化進化とマルチモード適応地形 竹澤正哲

Cumulative cultural evolution and the multimodal fitness landscape


最初に自分は社会心理学者だがなぜここにいるかというと,20年前に研究室で唯一のC++プログラマーだったので,先輩方の文化進化モデルを手伝ったことがきっかけだったと紹介がある.

  • 実験について多くのリサーチャーは仮説検証の手段と捉えているが,自分はむしろどのように複雑性が生じるのかを発見する手段として考えている.本日は技術,科学知識に関する適応地形,非信頼性の役目について話をしたい.
  • 生物学では動物にも非遺伝,社会学習で伝達される文化があることが認められている.しかしヒトの文化にだけ累積するという特徴がある.何故ヒトでのみ累積が起こるのかが私の疑問になる.
  • まず技術の文化進化を実験で観察できるかをやってみる.最初にAが作り,BCが観察,2段階目でABが作り,CDが観察,3段階目でBCが作り,DFが観察という形で伝達を行い,10世代かけてどうなるかを見る.課題はよく飛ぶ紙飛行機を作ることと,スパゲッティと粘土を作って高い塔を建てること.両方とも世代とともに性能の向上が見られた.
  • では伝達はどのような役目を果たしているのだろうか,上記のようなチェイン伝達が方6世代(7組)と,同じペアで繰り返し6回試みる(12組)のスパゲッティタワー実験をしてみた.するとどちらも性能向上が見られ,有意差はなかったが,チェイン型には構造の収斂(東京タワーのような形で,下から上に細くなり,段数を重ねて高さを目指す)が見られ,同一ペア繰り返し型には収斂が見られなかった(各ペアで構造はばらばら)
  • これはどう解釈すれば良いか.今の私の解釈は,伝達モデルでは技術的に微妙なオパークな部分を伝えることが難しく,「伝達可能な簡単な技術の組み合わせで高くする」ことに強い淘汰がかかるからだというものだ.
  • 次は科学知識の問題.これまで実験されてきたものは皆簡単な技術だった.では科学知識はどうなのだろうか.より現実的なタスクが良いので,ジャコブとモノーのラクトースオペロンの転写制御系の解明(彼等はこれでノーベル賞を受賞している)をタスクにした.被験者はまずどの実験するかを選び,その結果を見て考察レポートを書き,次世代に引き渡す.これを4世代繰り返してどこまで真実に迫れるかを見る.(なおこのタスクはかなり難しいことが強調される.簡単だと皆正解にたどり着いて面白い結果にならないからだと思われる)
  • 結果,世代とともに累積が見られたが,収斂は生じなかった.
  • なぜ技術と科学知識では収斂の有無が異なるのか.それは適応地形の違いではないかと考えている.簡単な技術の組み合わせで達成できるものの適応地形はなだらかで出発点が異なっても同じ最高点にたどり着きやすいが,科学知識の適応地形には様々な局所的で鋭い山が多く,出発点が異なると異なる山にトラップされやすいのだろう.
  • するとどのようにスタックを避けて適応地形の谷を渡るかが重要になる.ここで伝達の際の非信頼性が役割を果たすのかもしれない.一旦頭から情報を出して外部化する際には何らかの要素の欠落や変形が避けられない,これにより谷が越えられるのかもしれない.
  • そこで9つの手がかりのある強制二択問題で実験してみた.このタスクの正答率をあげるには手がかりを用いる順序が重要なファクターになる.被験者は試行錯誤の中で手がかりに重みをつけて,その大小を序列化して順番を決める.そして次世代に渡す際には,この重み情報を捨て,順序情報のみ伝えるようにする.そして同一被験者がタスクを続ける実験と,次世代に(劣化した情報を渡しながら)どんどんつないでいく実験を比較する.
  • 結果は(劣化情報)伝達モデルは世代のつなぎ目で一瞬成績が下がるが,その後リカバリーし,累積すると同一被験者モデルより最終成績が良くなることが観測できた.
  • このような非効率伝達により階段状に累積的な文化進化が生じた例としてドイツ語における冠詞の種類数の変化があるのではないかを考えている.
  • 今後も累積的文化進化,その累積の条件を明らかにしていきたいと考えている.

面白い視点からのリサーチで,大変興味深い発表だった.

なお知識の向上ストップが本当に適応地形の問題なのかは検証の必要があるだろう.あるいはヒトの心の問題(確証バイアスなど)の問題なのかもしれない.最後のドイツ語の話についていえば,冠詞の数が減ることは必ずしも言語として累積的に文化進化したことになるとは限らないと思う.より冗長的な手がかりがある方が情報伝達の頑健性は増すはずで,言語獲得の難しさとのトレードオフということではないだろうか.


文化進化モデルと歴史的データの橋渡しとしての実験室実験 アレックス・メスーディ

Lab experiments as a bridge between cultural evolution models and historical data Alex Mesoudi


文化進化についての総説書執筆で有名なメスーディ博士の登場.この「文化進化論」についての私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160614



ヒトの先史時代の文化進化については様々な考古遺物があり,いろいろなモデルが提示されている.しかし考古遺物は変数を捜査して結果を見ることができないし,モデルは前提に大きく依存する.この橋渡しをするものが実験だが,1つにはタイムスケールが限定的という制限がある.またもう一つの問題として,これまでの実験では人工的な環境で進化環境とかけ離れたタスクが選ばれたりしており,動機が不自然になっているものが多いということがある.

  • ここではできるだけ過去環境を考慮した実験を示す.テーマとしてはコピーエラー,人口サイズとの関連を採り上げる.
  • 最初はコピーエラーにかかる実験.iPadの画面上で左右にハンドアックスを表示し.右のハンドアックスの大きさをピンチイン,ピンチアウトで左と同じに揃える,次に右のハンドアックスを左に動かし,右に別のハンドアックスを表示し同じ操作を行うという繰り返しタスクをやってもらう.人間の認知能力では3%程度の大きさの差は感知できない.この誤差が累積するとどうなるのかという疑問に対する実験になる.
  • 10世代の実験の結果エラーは累積しても±3.43%程度の範囲にとどまった.しかし分散は世代とともに増加した.これらは予測通りの結果だ.
  • ただし,左に現れるハンドアックスを常に大きくしておくと大きくなる方向に誤差が累積し,小さくしておくと小さくなる方向に誤差が累積する傾向があった.
  • 実際の考古物データでは百万年もの間大きさがほとんど変わっていない.これは実験結果から外挿した累積平均誤差よりも20桁以上小さい.おそらく機能的な制限が働いているのだろう.
  • 次は人口が累積文化進化に影響を与えるかという問題.これは昨日の発表にあったヘンリックのモデルを巡る様々な議論に関連する.
  • よくなされている批判は,ヘンリックは最良モデルを模倣するという前提を置いているがそれは本当かというものだ.そこで機能的なフィードバックがある模倣実験を行った.それは鏃の形を模倣し,その狩猟シミュレーションによる当該鏃の狩猟成績をフィードバックするというもの.こうすると被験者にはベストの鏃を真似る傾向が観察された.
  • これはヘンリックの議論を支持する証拠だと評価できる.
  • このほかの批判には,被験者がWEIREDだというもの,たかだか4人で数時間の実験に過ぎないというものがある.たしかにその点では現実とは異なっているが,しかしだからといって結果が異なると考えるべき理由もないだろう.
  • 限界ももちろんあるが,うまく実験を組み立てれば本当のヒトを使って変数を操作できるのだと強調しておきたい.

質疑応答では実験の詳細,コピーと機能との関係,タスクの性質(相加的なものかそうでないか)などを巡って活発なやりとりがなされていた.


コメント 松本直子

  • 現在の主流の考古学とこのシンポジウムで示されたような進化的なアプローチによる考古学の間には大きなギャップがある.欧米でもそうかもしれないが,特に日本の考古学者には,直接考古物を見ないで数理的な議論を行うリサーチャーに対してあからさまな敵意を見せる人が多いのが現実だ.これは考古学者の教育訓練システムにも原因がある.彼等は統計も数学も教わっていないし,モデルやシミュレーションとは疎遠だ.
  • しかし将来の考古学はこのような数理的な議論を避けて通れないと考えている.
  • ヒトの過去が知りたいなら,考古物は実物としては唯一の証拠だ.しかしそこから有用なデータを取り出すのは実は非常に難しい.実際の考古物は混乱したゴミの集積のようなものだ.それらは理想的な状況とはほど遠い形で発掘されるし,発見バイアスの問題も大きい.
  • しかしそのような困難を乗り越えてデータ化することで,仮説を構築することができる.(ここから北東北地域の遠賀川式土器の問題と長距離移民仮説,縄文式土器の過剰な装飾化地域・時代と人口動態を結びつける仮説などの問題が紹介される.特に後者に関しては,縄文時代の人口動態についてはごく一部の先駆的な業績があるだけという状況なのだそうだ.いずれもなかなか興味深い)
  • 実験も有用だろう.いろいろと一緒にできることがあると感じている.

具体的な応用候補を示しながらの実感のこもったいいコメントだった.


コンクルーディングリマーク 三中信宏

ちょっとお茶目にこのシンポジウムの発表者の最節約的系統樹を作ってみましたというリマーク.しっかり自分自身を外群においていたのが面白かった,


以上で文化進化のシンポジウムは終了だ.初日は少し書籍の販促的な側面も感じられるものだったが,招待講演者が活発に議論に加わり,大変充実した二日間になった.

2017-08-18 シンポジウム:先史文化進化の展望

[] シンポジウム:先史文化進化の展望:考古学から行動実験まで その1 20:01  シンポジウム:先史文化進化の展望:考古学から行動実験まで その1を含むブックマーク

Symposium: Perspectives on Prehistoric Cultural Evolution: From Archaeology to Behavioral Experiment

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8月7日8日に文化進化のシンポジウムが開かれたので参加してきた.会場は品川駅近くの貸し会議室施設AP品川.このシンポジウムは「歴史科学諸分野の連携・総合による文化進化学の構築」という学際研究プロジェクトの成果発表ということになる.考古学研究に定量的な手法を取り入れてより深い知見を得ようという趣旨で2014年からの4年間のプロジェクトということだ.

研究代表者で,オーガナイザーの1人井原泰雄からの挨拶を兼ねた説明によると,今回のシンポジウムは初日が,この学際研究プロジェクトの成果発表で,2日目が外部の研究者を招いての講演という内容になるとのことだ.この学際研究プログラムは考古学グループ,進化人類学グループ,系統学グループ,哲学グループからなり,それぞれ代表者が松木武彦,井原泰雄,三中信宏,中尾久になる.

なおこの初日の成果発表は勁草書房よりより詳しい内容とともに書籍として刊行されている.会場では特価販売されていたので早速1冊入手した.


文化進化の考古学

文化進化の考古学


引き続き井原からの発表.


進化考古学における数理モデルの紹介 井原泰雄

An introduction to mathematical modeling in evolutionary archaeology


  • 文化進化のリサーチは1970年代から80年代にかけて始まった.これには大きな潮流が2つある.片方は,カヴァリ=スフォルツァとフェルドマン及びボイドとリチャーソンの2冊の本に代表されるような,生物進化と似た手法を採る「現代的な」流れであり,もう一つは文化的変容を決められたコースを進んでいくものとして捉える「伝統的な」流れだ.
Culture and the Evolutionary Process

Culture and the Evolutionary Process

  • ではこのような「現代的な」文化進化のリサーチは何を対象としているのか.1つの例は言語の多様性だ.もう1つの例が考古遺物になる.今日は後者について話をする.
  • 考古遺物をリサーチするためのモデルにはどのようなものがあるのか.集団遺伝学からヒントを得たものには大きく分けると2種類のモデルがある.中立モデルと適応モデルだ.中立モデルがスタイリッシュな特徴,適応モデルが機能的な特徴と緩く結びついている.またマクロ的には系統的な関係を知るためのモデルがある.

<中立モデル>

  • これにはニーマンによるウッドランド期(BC1000〜AD800)の陶器の装飾のデータの分析例がある.この装飾文様を26タイプに分類し,これらの頻度がどう移り変わっていくかをデータ化.そして突然変異的イノベーションとランダムコピーによるドリフトによる平衡モデルを組み立てて,それとデータが整合的かどうかを見るというもの.
  • 集団内の2個体が同じタイプである確率をFとすると,その2個体が同じ親からコピーされたものである確率と同じタイプの異なる親からコピーされた確率の和にともに突然変異しない確率をかけて得られることになる.

  • これを平衡式 Ft=Ft+1 と連立させて解くと平衡解が得られ,それは以下の式になる.

  • 次に実際の陶器について,模様のタイプ数,タイプごとの頻度,その移り変わりのデータを取る.これにより2Nμについての推定値,その時間的変動の推定ができる.ここから人口,イノベーションレート,集団間の交流などを考察できる.

<適応モデル>

  • 中立でないコピーのモデルも考えることができる.まずコピーは何らかのバイアスを持ちうる.また変異も何らかのバイアスを持ちうる.特に後者のイノベーションバイアスは生物の自然淘汰モデルとは異なる特徴になる.

このモデルを使うと文化が機能性,複雑性の点で累積していく過程を考察できる.

  • この累積モデルで有名なのは,タスマニアにおける文化対抗を説明したヘンリック(2004)のモデルだ.
  • 彼は「コピーバイアスは有用性において負のバイアスを持つが,ガンベル分布する.そして次世代は前世代の最良のものをコピー元として選択する」というモデルを考察した.そうすると人口が一定の閾値を超えないと文化は有用性について時とともに劣化していくことになる.そしてタスマニアにおいて数千年前にはあった骨角器の釣り具が見られなくなるった現象をこのモデルで説明した*1
  • このリサーチは,西ユーラシアの後期旧石器時代の現代的行動の解釈にも大きな影響を与えている.特徴的な文化遺物の多様性の爆発は人口が閾値を超えたことに求めようという議論だ.そしてこの文化の革新性と人口の議論はエスのグラフィーや実験室実験につながり続けている.

非常に簡潔なモデルの説明でわかりやすかった.


遠賀川土器の楕円フーリエ解析 田村光平

Elliptic Fourier analysis of the Ongagawa pottery


2015年の進化学会の発表で聞いたリサーチのその後の進展も含めた説明(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150902参照)

  • 土器は毎日使われ,マイグレーション,インタラクションを示唆するものでもある.日本の考古学でもこれまで土器の形態を元に時代区分がなされてきた.この中で初期弥生時代の遠賀川式土器は稲作との関連が強いとされている.
  • これがどこで発祥し,どのように伝わったのかについては議論がある.ここでは朝鮮,山口,福岡,佐賀の土器のデータを使った分析を紹介する.
  • 形態分析には楕円フーリエ解析と主成分分析を用いる.土器の横から見た輪郭データをまず整理する.向きを揃えて座標面に置き,輪郭を一定速度で一蹴させたときのx軸とy軸上の点をx(t), y(t)とおいてフーリエ解析するもの.そしてそれを主成分分析する,
  • すると第1主成分には土器の口の開き具合と解釈できる特徴,第2主成分は左右への偏りと解釈できる特徴,第3主成分には土器の最大径の高さと解釈できる主成分が現れた.
  • 第1主成分と第2主成分,第1主成分と第3主成分で座標を組み,それぞれの土器の出土地域をプロットすると,どちらのグラフでもそれぞれの地域である程度まとまりがあり,朝鮮→北九州→山口という伝搬を支持する形になった.なお最初のグラフはややはっきりしないが,これは第2主成分が,右に傾いているか左に傾いているかに左右される特徴であり本質的なものではないからだと思われる.

2015年のデータとは地域が少し異なり主成分も一部入れ替わっているが,基本は同じ結論のようだ.なお伝搬仮説からいうとグラフ的には山口のデータは福岡より佐賀に近く,少し微妙な感じもする.

質疑応答では第2主成分の扱いについて集中していた.


前方後円墳の形態計測学 松木武彦/田村光平

Geometric morphometrics of keyhole-shaped mounds

これも同じく2015年の進化学会で少しだけ触れていた話題.今回は古墳については考古学者の松木から,計測について田村からの説明.

  • 古墳はAD250〜600に作られた有力者の墳墓であり,アングロサクソンのburried moundに似ているが規模ははるかに大きい.考古学者は当時の政治状況を推測するために古墳の形状を分析してきた,しかしアプローチや手法が個々の研究者によりばらばらで,基準には主観的なものが多い.
  • 量的な分析の先駆者は上田になる.上田は前方後円墳の基準点を4つ選び,その相対的な長さで古墳の形状を分類した.
  • しかし計測点が4つでは多くのデータが捨てられていることになる.そこで28の基準点を持つより詳細な手法を開発した.考古学者の手により個別の古墳の基準点データを確定し,大きさや向きを揃えて,主成分分析にかける.すると第1主成分は方墳の相対的な大きさ,第2主成分は方墳と円墳の近さと解釈できる特徴になった.
  • 第1主成分と第2主成分間に特に相関関係はなく,上田の分類は第1主成分でほぼ説明できる.また第1主成分には時間軸に沿ったトレンドがあり,時代とともに方墳が相対的に大きくなっていくことがわかった.
  • 今後は高さも入れた3次元データにするなどに取り組みたい.

質疑応答では,大きさもデータ化しないのか,なぜ方墳が大きくなったのか,文化進化だとしてどのようにコピーされたのか,などが議論されていた.なお墳墓としては円墳部分がコアであり,方墳はファサードになるが,なぜ大きくなったのかはわかっていないそうだ.


日本の先史時代の暴力と戦争 中尾央

Violence and warfare in Japanese prehistory

  • かつて人類の狩猟採集時代は平和な時代だと考えられていた時期もあったが,近時は実は暴力的であり,近隣部族との戦争が絶えなかったという見方が主流になってきている.ボウルズとギンタスはこれを元にして強いグループ間淘汰があったと主張しているし.ピンカーは「暴力の人類史」でデータを整理し,全死亡の中で暴力による死亡(ID)の占める割合を12〜15%と見積もっている.これについてはバイアスがかかっているという批判がなされ,論争になっている.

で,では日本ではどうなのかと思って調べてみた.

  • まず縄文時代の207サイト,2576人分の人骨を調べ,死亡原因と見られる傷のあるもの,矢じりなどが刺さっているものなど,IDを推測できるものをデータ化した.この結果は2%程度であった.これはピンカーの推測値に比べて大幅に小さい.
  • 次に同じく弥生時代の245サイト,3258人分の人骨のデータも集めた.初期の一部のサイトで極めてID率が高いもの(22〜34%)もあったが,全部あわせると3〜4%という結果になった.
  • これは,狩猟採集,初期農耕時代の恒常的な戦争状態という推測には否定的な結果だと解釈できる.
  • 古墳時代については,0.1%程度という結果になった.これは国家(state)によりもたらされた平和という推測と整合的だ.
  • 次に北九州で人口動態(埋葬された甕の数から推測)とID率の関係を調べた.この結果,人口の大きな増加と高いID率への移行が同時期に見いだされた.これは人口密度と戦争の関係があるという見方に整合的だ.
  • 今後は他要因,多地域にリサーチを広げていきたいと考えている.あわせてなぜ世界の他のデータと異なるのか,武器の進歩との関係も見ていきたい.

なかなか面白い知見だった.質疑はこの人骨のデータがバイアスされているのではないかというところに集中した.戦争の結果死亡した場合には戦場に放置されてしまうなら丁寧に埋葬されている人骨にはそれらがあまり含まれないのではないかという疑問だ.また人骨以外にも要塞跡のデータと組み合わせてみてはどうかというコメントもあった.


考古学と先史学における系統思考 三中信宏

Systematic thinking in archaeology and prehistory


  • ヒトは生まれつきの分類屋だ.(ここでパン袋のバッグクロージャー,オクルパニッドの分類学,学会,査読誌,系統樹の紹介)形態的に分類できる紋は何でも分類しようとする.
  • バシュフィード・ディーンは考古物,特に武器を形態的に分類し,それを系統樹的なダイアグラムで表した.これは厳密な意味での系統樹ではなくアイデアの変遷を時代的に表したものだ.
  • 分類と系統は異なる.また系統を示す図としてチェイン,ツリー,ネットワークも異なる.(様々な事例を挙げて説明)この中でツリーは多様性を示すツールとして有用だ.ネットワークは数理的にはより正しいモデルになるが,ヒトの認知能力では理解できないものになってしまう.

いつもの通りの三中節で楽しいトークだった.


総合討議

活発なやりとりがなされた.パターンとそれを作るプロセスの区別,検証すべき仮説の不足,遠賀川土器の地域的なパターンはどのような仮説と対立仮説についてどのような支持証拠になったのかなどが議論された.

面白かったのは,先史時代の暴力について,なぜ日本では墳墓に大規模な殉死の後が見られないのかという問題についてのやりとり.確かに中国には大規模な殉死の跡があるし,日本にも文字記録(卑弥呼など)にはあるが,考古学的に実際には見つかっておらず,なぜかはまだわかっていないのだそうだ.単に発掘のバイアスかもしれないし,文化的な背景があるのかもしれないということだ.

また戦争のデータのバイアスについてもいろいろ議論された.もし大きな国家間戦争があれば,それは稀なので,そのサイトが発見されるかどうかによって大きくデータが異なってくるだろうというコメントに,考古学者は,それは是非見つけたいと答えていた.


ここでシンポジウムの初日は終了.これは会場AP品川の10階から見た品川駅.

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*1:なおこの閾値はバイアスの大きさ,ガンベル分布の幅(分散)に依存する.道具によりこれは異なりうる.これによりすべての道具が同時に消失しないことが説明できる.

2017-08-15 書評 「サッカーマティクス」

[] 「サッカーマティクス」 09:24  「サッカーマティクス」を含むブックマーク


本書は熱烈なサッカーファンである英国人数学者のデイヴィッド・サンプターによるサッカー周りの様々な数学話を集めた書物だ.「マネー・ボール」のようなサッカー選手の能力数値化の話から始まり,戦術の数理的な解析,さらにはサッカー賭博の賭け方まで幅広い.私としてはスポーツにおけるデータ利用についてはなかなか興味深いテーマだと思っていて,野球を題材にした「マネー・ボール」,「ビッグデータ・ベースボール」はそれぞれ大変面白い本だという感想を持っている.しかしサッカーについての「サッカーデータ革命」は一部もどかしい記述があってもやもやしていたところだったので,この本も手にしてみたところだ.原題は「Soccermatics」,もちろんSoccerとMathmaticsをあわせた造語である.


本書はサンプターが日本語版への序言も寄せてくれている.日本で人気のある野球は個人の個々の数字が重要なデータとなる基本的に相加的な側面が強いスポーツだが,サッカーはチームワークが重要な非相加的な要素が強いスポーツであり,そして戦術面では何よりパターンが重要なのだと宣言される.また2015シーズンのドルトムント香川真司のパスパターン,2015シーズンのレスター・シティの快進撃における戦術*1,岡崎慎司の役割などが解説されている.なかなかファンにはうれしいサービスだろう.またここでは生物学への数理的な応用研究を日本人研究者と取り組んだことも紹介されている.サンプターは動物の運動や行動に関するリサーチャーでもあるのだ.


序言(キックオフと表記されている)では,プロチームのスカウトが若いサッカー選手に求める最優先事項は「知性(特に空間把握能力)」であること,そしてそこには応用数学の出番があり,本書の目的は読者の数学観とサッカー観の両方を一変させることだと宣言されている.


パート1 ピッチから


第1章 数学でサッカーの試合結果を予測できるか

まずは導入編だ.サンプターはゴール数の分布から始める.これはポワソン分布に近く,ゴールはランダムで確率的な現象であることがわかる.するとサッカーの試合結果の予測は各チームのゴール確率からシミュレーション的に導くことができることになる.数学導入の肩慣らしといったところだろう.


第2章 バルセロナと粘菌の隠れた共通点

ここでいよいよパターンの話にはいってくる.ランダムを超える分析をするには分析対象の構造を知らなければならない.サッカーの戦術の理解にはそのパターンの理解が重要になる.

最初はフォーメーション.ここではまず各選手のポジション位置を結ぶ最短経路問題から始まる.これは平面をいかにうまく分割充填するかという問題であり,美しい解法は分岐点の角度が大きいものになる.そしてこれは2010年のバルセロナのフォーメーションに見ることができる.彼らのゾーン・マップとパス・ネットワークはいずれも美しい対称性を持つ.サンプターはここからシャビ,イニエスタ,メッシがどのように動きながら動的なゾーンを作りだし,パスを回してチャンスを作るかを,そしてその個々の動きは(ピッチのすべてを理解することではなく)局所的な情報に基づいたいくつかの単純ルールによって可能になることを魚の群の動きを例にとって解説している.


第3章 パスの「流れ」を解明する

次はパスの理解だ.初心者の子供のゲームがボールに群がるお団子状になること,そうならないためには各プレーヤーの構造の理解が重要だとまず説く.

次は限られた平面,限られたプレーヤー間でパスを行う際のアタッカーとディフェンダーの力学が解説される.2:1で正方形の鳥かご練習をする場合,ディフェンダーが正しい動きをするとディフェンスの必勝になる.しかし3:1になるとパス回しが可能になる.そこでのポイントは.単に正確なパスを出すだけでなく,相手の動きを観察して動的な三角形を作ることになる.

これを実際に応用するには流れ場分析(ディフェンダーの取るべき位置を現在の位置からのベクトルで表すもの),走行データ,パスデータの集積と表示,そして多数の選手の相互作用の解析が必要になる.

相互作用の解析は,まず群集が行き交うときに個人個人が右によけるか左によけるかという分析の例から引かれている.個人個人はほぼランダムに左右によけるが,国(文化)によりわずかなバイアスがあり,群集になると顕著な差が生じる.

行き交う群集は互いに避けようとするが,サッカーの場合,アタッカーは避けようと,ディフェンダーをぶつかろうとする.1:1ではこの勝負はディフェンダーに分がある*2.ディフェンダーはトリッキーな足の動きに惑わされずにボールをよく見て,素早く近づき相手にスペースを与えないようにすればよい*3.これを応用した守備アルゴリズムが開発されていて,一定の前提の元ではこのゾーン最小化アルゴリズムが守備側の必勝戦術になることが証明されている.

サンプターはいずれ各選手の動きの特徴(どのようなアルゴリズムに従っているか)が分析できるようになるだろうという.現在はそこまではいっていないが,実際の動きを流れ場表示して個々の選手の特徴を見ることは可能になっている.ここではイタリアのピルロとドイツのシュヴァインシュタイガーの分析結果が比較されて解説されている.大きく異なるパターンがわかりやすく図示されていて興味深い.サッカーファンには堪えられないところだろう.


第4章 統計だけが知っている選手の本当のすごさ

次は選手の評価だ.サンプターはまず,ロナウドとメッシのどちらがすごいかという話題から始め,シーズン最多ゴール数という記録をどう評価すべきかという問題を採り上げ,「極値分布」からの評価を説明する.

そしてボルトの陸上競技の記録のすごさ(トレンドラインからの大幅な乖離)とその解釈(ボルトは本当の例外で第2のボルトは相当先にならないと現れないという可能性ももちろんあるが,あるいはそれまでの常識を覆した選手だったということで数年後には似たような体格とランニングスタイルの選手がわらわらと現れるという可能性もある)にふれたあと,メッシとロナウドに戻る.この二人のゴールラッシュはあるいは戦術の常識の転換によるものかもしれないとサンプターは示唆している.

次は選手のランキングシステムは作れるかという話題になる.プレミアリーグではそのウェブサイトに毎週のパフォーマンス・インデックス,そしてその累計ランキングが発表されている.これは選手やファンの評価に近いとされている.これはどういう仕組みになっているのだろうか*4

このランキングのプロトタイプ統計学者が選手の行動がどのように(自軍及び相手の)ゴールに結びつくかを示す統計モデルだった.その結果は上位にゴールキーパーとディフェンダーがずらりと並ぶものだった.これはスポンサーの意向にあわず,結局勝利,ゴール数,成功率,アシストなどのポイントを加味した改訂版のインデックスが作られたそうだ.


この逸話はなかなか示唆的だ.サンプターはそう明言していないが,おそらく本当に勝利に対する貢献が大きいのはゴールキーパーとディフェンダー(の能力差)なのだろう.だからサッカーがサラリーキャップ制になれば,マイケル・ルイスが「ブラインド・サイド」で描写しているように,これらのポジションの名選手のサラリーは大きく跳ね上がることが予想される.


ではこのようなインデックスを用いてマネーボールのようなことができるのか.サンプターは「サッカーデータ革命」における「サッカーにおいては戦力は相加的な性質を持たないので,チームの最も弱い部分を補強すべきだ」という結論に賛成し,単純なランキングの利用について否定的だ.*5

とはいえデータ分析によるチーム編成は(特に予算の限られたクラブでは)時代の流れになりつつある.ここではまずデータ分析でチームに合いそうな選手を選抜し,それから実際に見て話をするケース,キックのスピンを分析してプレースキッカーをトレーニングしているケースが紹介されている.


第5章 イブラヒモビッチのロケット科学

サンプターは冒頭でズラタン・イブラヒモビッチの奇跡的な25メーターのオーバーヘッド・ロブ・シュートを採り上げ,ボールの軌跡の力学を解説する.まずは空気抵抗のない単純なニュートン力学からの説明からはじめ,空気抵抗があるケースに進む.そこからボールの回転,ナックル効果,ボールの種類(ジャブラニとズブラーカの違いなど)の影響が加わり,なかなか蘊蓄が楽しい.


パート2 ベンチから


第6章 サッカーを劇的に面白くした勝ち点3の魔法

ここでは勝ち点を2から3に変更したことが,戦術面でどのような影響をあたえたのかが解説されている.「サッカーデータ革命」ではあまり影響がなかったような記述もあったこともあり興味深いところだ.

ここではサンプターはゲーム理論を用いて各監督のインセンティブを評価することによって分析している.監督が勝ち点の期待値最大化を目指して(攻撃的あるいは守備的)戦術を選択するとすると,各戦術を採ったときの勝敗及び引き分け確率をどう予想するかによって選択が異なってくる.

そして基本的な力学は,勝ち点2だとタカハトゲームのようになり,強いチームは攻撃,弱いチームは防御に傾きやすいが,勝ち点3だと,弱いチームでも攻撃的になるべき予想勝率閾値が下がり,互いに攻撃的になって勝ち点3をねらう形になりやすいことが解説されている.

では勝ち点3を導入しても引き分け試合が減らなかったというデータはどうなるのか.サンプターはそれはその前年のアノマリーがあるのであって,前後5年ずつのデータを取れば引き分け試合は減っていると答えている.

最後にサンプターは「では監督は勝率を予想し,ゲーム理論に従って期待値を計算して戦術を選んでいるのか」といういかにも進化生物学者が常々投げかけられている問題に答えていてちょっと面白い.サンプターの答えは,「全然計算していなくとも,成績の悪い監督が解任されるという自然淘汰のような過程によってこのような条件付きの戦術を採る監督が多く残っていくだろう」という(いかにも進化生物学的な)ものだ.


第7章 戦術マップが暴くチームの個性

ここではチームの戦術をグラフ化してみせるというテーマが扱われている.本書の最も面白いところだろう.冒頭のユーロ2012のイタリアチームとイングランドチームのパスネットワーク図の違いはいかにもチームの個性をあぶり出しているようで面白い.ネットワーク図からさらにパス率,ネットワークの中心性を加えて分析し,戦術の有効性をみる.すると全員でまんべんなくパスを回すチームのゴール確率が高いことが明らかになる.その代表が同じくユーロ2012のスペインチームになる.


ここでは2014/15チャンピオンズリーグの準決勝以上の試合が詳細に振り返られていて読み応えがある.まずエリアごとのパスを出した方向と長さのパターン図でピッチのどこを使ってどのようにパスを回しているかが見る.ここで用いられているのはバイエルンとユヴェントスのデータになる.さらにパスをどこで受けてどこで出したかを示すゾーン・パス・ネットワーク図でバルセロナの芸術的なパス回しが,シュートの打った位置と成功不成功を示す図をあわせてマドリードのロナウドの持つ一瞬でチャンスを作るポテンシャルが,そして守備的な行動を示す図によりマドリードとユヴェントスのディフェンスシステムの違いが解説されている.

本章の記述はなかなか深くて,しかしパターンの本質を切り取った見事な図示的表現によりわかりやすい.ユーロサッカーファンにとっては非常に興味深い解説になっていると思われる.


第8章 部分の総和を上回る超チーム力

ここでは監督がいかに選手にチームプレーをするインセンティブを与えることができるかというマネジメントが扱われる.サンプターはタカハトゲーム的な利得を持つ怠け者と働き者ゲームを示し,この(特定ペイオフ行列の)場合には怠け者が多数派で平衡になるということを進化ゲーム的に説明する.そこからその平衡を越えて協力が進化する道筋を血縁淘汰とハミルトン則で解説し,地元球団の地元サッカー愛が疑似家族的な感情で支えられる血縁淘汰的なものであることをほのめかす.ESS的なハト戦略の存在とハミルトン則を無理矢理連続させていて,協力の進化についてあまりいい例だとは思えないが,まあ蘊蓄を語ったちょっと面白い導入ということなのだろう.


ここから名監督のマネジメント術が解説される.サンプターはプレーヤーが自発的に協力する(つまりそういうペイオフを作り出す)ためには選手の努力の総和に対して超線形的に効果が増加するような状況を作り出すことが重要だと指摘する.そして特にスーパースターのインセンティブが協力に傾くように強い非線形構造を作ることが重要になる.(ただしこれは逆に向かうと大崩れしやすい構造でもある)*6さらにある努力量に対して2種類の効果曲線があるような状況では,その2曲線間での上方へのジャンプが重要になる.これがリーダーシップの重要性につながるとサンプターは力説している.ちょっと数理的に理屈倒れ風になっている気もするが,理論的にはなかなか面白いところだ.


では監督はどうやって非線形状況を作り出すのか.チームが連携に依存するような戦術を採るのは一つの方法になる.70年代から80年代にオランダで発展した「トータル・フットボール」はまさにこの非線形構造を作るものだったとサンプターは指摘している.1988年の欧州選手権のオランダチームの優勝をこのトータルフットボールの勝利として描いていてなかなか熱いところだ.


第9章 「動き」の世界を数学する

この章では個別プレーヤーの動きが解析される.動物の動きを研究テーマにしてきたサンプターにとっては最も得意な部分ということになるだろう.

現在の技術だと個別のプレーヤーの位置と運動方向をゲームを通してすべて記録できる.問題はこの膨大なデータをどう生かすかだ.これはまさにこれから進展する分野ということになる.ここからは現在進行中のいろいろな分析が次々に紹介される.

まず各ポジションの選手の平均位置,そこからはフォーメーションごとのゴール確率の分析(予備的な分析ではカウンターアタックの効率がいいようだ)につながる.

そして最大の課題は選手の動き,そしてその相互作用が生み出す効果の分析だ.選手の同調度合いを見ると,攻撃よりも守備(ディフェンスとセンターミッドフィールド)の選手の同調が高いことがわかる*7.そしてこの同調度はスケジュール的に余裕がある方が高くなる.ではプレーヤーはどのように同調を保っているのだろうか.これは動物の群の動きと同じ分析になり,サンプターのリサーチエリアとなる.ここでは周りのプレーヤーの動きに合わせることによりそれが可能になることが丁寧に説明されている.そして微妙なのは誰かがリーダーとなる必要があり,さらに同調能力には個人差があることだ.ここから応用としてプレッシング戦術の分析がなされている.相手のパスルートの有効性の分析を絡めてカウンタープレスとディーププレスの考え方の差*8などが解説されている.ここはなかなか深くてサッカーファンには堪えられないところだろう.


パート3 観客席から


第10章 君は1人じゃない − 群衆の科学

ここでは観客席で生じる集団現象が扱われている.私はよく知らないが,英国のサッカーでは観客が一斉に歌い出す「チャント」が名物なのだそうだ.サンプターはそのような群衆行動の広がりと収束のモデルを拍手を例に説明している.また(選手の移籍話などの)噂の伝播やウェーブの動態*9,さらにロックコンサートのモッシュ,スタジアムでのパニックについても解説がある.


第11章 みんなの意見は本当に正しい?

第11章から第13章はサッカーくじで儲ける方法について.

冒頭で大勢の意見の平均がかなり正しいという主張を採り上げ,いろいろ料理*10した後で,サッカーのオッズはこの平均的な意見を反映しているので胴元の取り分を越えて出し抜くことが至難の業であることが説明される.予想については,過去成績からの統計的なモデルを使った推論もあまり当たらないし,また専門家の予想が全然頼れるものでないこともいろいろなデータを使って解説がある.


第12章

ここでサンプターは話を面白くするために本書のアドバンス(前渡し金)を使って実際にサッカー賭博に挑戦する.

多数のブックメーカーの中から最も有利なところに賭けて胴元手数料を最小化する仕組みを構築し,「大本命の勝ち,互角チームの引き分け」狙い(いわゆる本命狙い;穴に賭ける人が多いので本命側に期待値アノマリーがあることに賭けるもの),ユーロ・クラブ・インデックスを信用して期待値最大化に賭けるモデル,同じく(ボール支配率,パス率などの)パフォーマンス指標に従い期待値最大化に賭けるモデル,ここまでいい予測をしてきた評論家の予測にベットするという4つの戦略を使って実際に賭けることにする.結構熱心にモデル構築を行っているので,なかなか読んでいて楽しいところだ.(なお戦略ごとの重み付けにもケリー基準を使ったモデルを作っていることが13章で解説されている)


第13章 挑戦の結果はいかに

ここでは実際の賭の結果が丁寧に描かれている.一喜一憂する様子も面白い.結局ほかの戦略はぼろぼろになったが,本命アノマリー戦略だけは効果を上げ,5週間後,著者は勝ち逃げに成功する.(なお著者はこのアノマリーが継続するとは限らないと読者にくぎを刺すのも忘れていない)

ちょうど効率的市場仮説に対抗して株式投資を行うような話であり,その意味ではある特定の数週間にあるアノマリーが継続するというのはいかにも株でもありそうな話だ.とはいえ株式投資と違って(胴元の取り分を考えると)サッカー賭博は平均期待値マイナスであり,応援しながら盛り上がれるメリットあってこそというものだろう.その意味では本命・引き分け戦略はあまり楽しくない.そこがアノマリーが出やすい理由でもあるのだろう.


 

本書は数学者によるサッカーへの数学応用をテーマにした本だ.野球だとその相加的な性格から,ひたすらデータを回帰的に分析して選手の評価や戦術の評価を行うことになりやすいが,サッカーは非相加的,非線形的な要素が大きいので,よりパターンの分析,特に動的な分析が重要になるのだ.そのあたりはなかなか興味深い.

次に採り上げる話題が広いのも本書の特徴だ.選手や戦術の評価にとどまらず,ボールの軌道,ルール改正の影響,プレーヤーのインセンティブ,最後にはサッカー賭博まで扱って読者を飽きさせない.

しかし本書の最大の魅力はユーロサッカーを舞台にした具体的な詳しい解析だろう.ロナウドの真の価値,バルサのパスサッカーの奥の深さ,名試合の戦術解説などあまりサッカーに詳しくない私でも十分に楽しめた*11.少しでも数学に親しんでいるサッカーファンにはこれほど魅力的な本はないのではないだろうか.


関連書籍


原書


選手の評価に関する革命を描いたマイケル・ルイスノンフィクション

マネー・ボール〔完全版〕

マネー・ボール〔完全版〕


野球はデータと統計を選手評価だけでなく様々な戦術の評価への応用を行うようになっている.それを守備シフトの物語中心に描いたノンフィクション.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160414


サッカーについての得点,戦術,選手評価についての本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160508

*1:最も大きな特徴は縦方向の長いパスの多用であり,成功のポイントはコミュニケーションだそうだ

*2:これは攻撃側がボールをドリブルしているからだろう.このために攻撃側の方が方向転換に広いスペースが必要になるし,だまそうとしてトリッキーな動きをしてもボールが相手にとって大きな手がかりになる.アメリカンフットボールではボールは手で持っているので,1:1で間にある程度スペースがある際にはランニングバックの方が有利とされている.

*3:なおあまり早く飛び込みすぎると優秀なアタッカーにチャンスを与えることもあると解説されている.その場合にはゴールから遠ざける方向に隙を作りつつ慎重に寄っていく方がいいそうだ.

*4:ここは「サッカーデータ革命」では解説がなくてもやもやしたところなのでこの詳しい解説はうれしい

*5:これはマイケル・ルイスが「かくて行動経済学は生まれり」でNBAについて説明している部分とはちょっとニュアンスが違っている.あるいはバスケットボールはサッカーとはまた異なる構造を持つのだろうか.

*6:なお原注を読むとサンプターはこの非線形性による協力をノヴァクのグループ淘汰モデルに相当すると考えていることがわかる.そこでは(いかにも自信なさそうに)ノヴァクの考え方は利他行動進化過程の分類の点で議論を呼んでいるので注意せよとも触れているが,いろいろ微妙だ.ノヴァクのグループ淘汰と血縁淘汰を分ける考え方自体賛成できないし,そもそもここで問題になっている非線形状況が生じるとこの協力は「相利的な協力」になるはずで,ノヴァクのいうグループ淘汰的な「利他行動」の進化ですらないのではないかと思われる.

*7:これにオフサイドトラップ戦術の効果がどのぐらいあるのかについて興味が持たれるが,そこには解説はない.

*8:カウンタープレスでは勢いが,ディーププレスでは安定性が重要だとまとめられている.

*9: 英国のサッカーファンはウェーブにはあまり乗り気ではないそうだ.そのあたりの解説も楽しい.

*10:顕著な例外は,数学的な課題だそうだ.これは専門家の意見の方が正しいことが多い.単純な見積もりでないとそうなるということだろう.

*11:これを読んだアメリカの数学者がアメリカンフットボールについて同じような本を書いてくれないだろうかというのが本音でもある.

2017-08-12 協力する種 その16

[] 協力する種 その16 09:54  協力する種 その16を含むブックマーク


第4章 ヒトの協力の社会生物学 その4

4.2節で著者たちはマルチレベル淘汰についての基本方程式,及び利他行動の進化条件式を提示した.ほぼ40年前に同じ洞察にたどりついていたハミルトンへのリスペクトがないことには大変不満だが,中身的には筋の通った記述だった.

ここから著者たちは扱う範囲を利他行動から協力行動に広げ,独自の淘汰様式のモデルを示すことになる.


4.3 均衡淘汰

ここでマルチレベル淘汰の基本方程式を再掲しておこう.

この第2項はグループ内淘汰の強さを表している.通常の利他行動は第1項で正の値(利他者の多いグループの方がグループ間では有利になる)をとり,第2項で負の値(グループ内では利他者は利己者に食い物にされる)をとる.著者たちはこのような形の淘汰を「強いマルチレベル淘汰」と呼ぶ.

そして第2項が0になるものを「弱いマルチレベル淘汰」と呼んでここで解説することになる.いずれもグループ内で頻度依存淘汰が生じるケースを扱っていて,このような行動は定義的には無条件の利他行動にはならないが,その行動要素に利他的な要素を含む場合があり「協力的行動」として分析しておきたいということだろう.(このため4.2節と異なり,Aは利他個体と厳密には呼ぶべきではないことになるが,著者たちは引き続きA(Altruistic)と表記している)


著者たちは「弱いマルチレベル淘汰」が働くケースは2通りあるとして順番に解説している.


第1のケース 「A,Nが,ともにグループ内でESSである場合」

著者たちはそう解説していないが,これはグループ内に正の頻度依存淘汰が働く場合だ.

この場合にはグループ内は全員Aか全員Nになる(どちらになるかはグループ内の初期頻度に依存する)ので,定義からいってグループ内分散は0になり第2項も0になる.このケースではグループ間淘汰のみが働くので,(一旦全員Aグループと全員Nのグループができた後,グループ間淘汰が働き)集団全体では最終的にAが固定することになる.

著者たちは典型的な例としては,繰り返し囚人ジレンマを行うケースでの「常に裏切り」戦略と「条件付き協力」戦略がともにESSになっている場合を挙げている.

その上でここではちょっとトリッキーな「1回限りの相互作用+その後グループ内のA全員が集合的にNを罰する,ただしその罰の成功度はグループ内のAの頻度に等しくなる」というケースを挙げて解説している.

罰に成功した場合の罰の大きさを cp, 罰の試みに対するコストをkとおくと,それぞれの適応度は下図のようになる.

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利他個体のグループ内頻度が上がるにつれて罰が成功しやすくなるので,利己個体の適応度は非線形になる.このため(cp>cであれば)グループ内ではpjを閾値にして,初期利他個体頻度がそれより高ければ全員Aに,それより低ければ全員Nになる.

著者たちは,このような「弱いマルチレベル淘汰」の応用として,「文化同調効果が高くグループが速やかに単一の行動パターンを採るようになるなら,協力的傾向が進化しやすいだろう」というボイドとリチャーソンの主張を紹介している.


第2のケース 「グループ内でA,Nが安定平衡になる場合」

著者たちはやはりそう解説していないが,これはグループ内に負の頻度依存淘汰が働く場合だ.

この場合グループ内ではAとNの適応度が等しくなり,やはり基本方程式の第2項は0になる.この場合には協力的個体頻度の初期値がどのような値であってもグループ内で平衡頻度になる.(著者たちは解説を置いていないが)すると通常はすべてのグループで同じ頻度になり,今度はグループ間淘汰も0になるように思われる.グループ間淘汰が働くには環境要素の違いなど何らかの理由によりグループ間で平衡頻度が異ならなければならない.

著者たちはここでは文化進化的な例を採り上げている.ここでは利己的個体はより利他的になる社会圧力を受け,一方協力的個体はコストを払わないという魅力に惹かれて利己的になる動機を持つというモデルが説明されている.詳しくは第10章で採り上げると予告がある.

載せられている負の頻度依存的文化進化モデルの図は下図のようになる.これは遺伝子的にはみなクローンで表現型はすべて文化で決まり,文化複製効率を適応度として扱うという前提だ.社会化により(つまりAの頻度に依存して)N→Aとなる確率をγα,利得差によりA→Nになる確率をγnと置いている.グループ間の平衡の違いは効率的な社会化を実現する仕組みなどにより異なるようになることが想定されている.だからこのモデルは「遺伝子と文化の共進化」モデルではなく,単なる文化進化モデルということになる.


f:id:shorebird:20170812095013j:image


この節の説明は著者たちのオリジナルモデルということだろう.確かに相互作用する表現型は頻度依存淘汰しやすいので,このようなケースの考察はちょっと面白い.通常第2のケースはグループ内淘汰が平衡になって動かず,(仮に諸条件によってグループ間で平衡頻度が異なるとしても)あまり頻度の差が生じずにグループ間淘汰効果も弱いように思われる.だから著者たちも極端なケースを想定するためにここで文化的な問題を特に例に挙げているのだろう.これについては予告に従い第10章でみていくことにしよう.

2017-08-09 協力する種 その15

[] 協力する種 その15 07:18  協力する種 その15を含むブックマーク


第4章 ヒトの協力の社会生物学 その3

矮小化された「血縁に基づく淘汰」では人間の利他性の進化を説明できないが,マルチレベル淘汰では説明できると主張する著者たちは続いてこのマルチレベル淘汰のフレームを記述する.


4.2 マルチレベル淘汰をモデル化する

著者たちは簡単な小グループに分かれた集団において,小グループ内でA(利他)タイプ個体はコストcを払って同グループ内の自分以外のランダムな個体にbを与える.という相互作用を行い.Nタイプ個体は単に受け取るだけという状況を想定する.

ここでAタイプの頻度をp,適応度をw,グループの添え字をj,その中の個体の添え字をiと置く.

そしてベースラインの適応度をβ0,wijに与えるグループのpiの効果をβg,自分のタイプpijの効果をβi,そしてβGgiと置く.

すると相互作用の性質からβi=-c,βg=b,βG=b-cとなる.

ここで著者たちはプライス方程式から得られたマルチレベル淘汰の基本方程式を示す.



なおこの式についての大槻のコラム「プライス方程式とは」*1がここに挿入されており,どのようにこの式を読むのかが解説されていてわかりやすい.この式になれていない人には必読だ.

これを定常的な個体群の場合にはw=1になること,相互作用の性質からβi=-c,βg=b,βG=b-cになることから利他的遺伝子の頻度変化△pは以下のように書けることになる.ここでvar(pij)に上線がついているのはグループ内分散のグループの大きさにかかる重み付けがあることを示している.



この第1項がグループ間による効果,第2項がグループ内による効果ということになる.


するとこの式を使ってこの相互作用遺伝子が頻度を増すかどうかを知るには,b, c, var(pi)(グループ間分散), 上線つきvar(pij)(グループ内分散)を知る必要がある.ここで著者たちは後者2つと関連する「分散比」FST(利他的個体頻度のグループ間分散の集団全分散に対する比)を導入する.今後の条件判定はこのFSTを用いてなされることになる.集団全分散はグループ間分散とグループ内分散の和になるので



これは集団規模で見た相互作用相手に関する非ランダム度を表すと解釈できる.そしてこの分散比FSTを用いると先ほどの遺伝子頻度変化△pを表す式を用いて,△p>0を変形して利他的遺伝子頻度が増加する条件は次のように書けることになる.これは通常のハミルトン則における血縁度のような役割を果たす.



ここまでのところの記述はこの数理的な結論を著者たちが導き出したかのようである.しかし実はハミルトンの1975年の論文においてほぼ同じ結論が既に明確に述べられている(本書の方がFの定義がより明確に書かれているほか,若干の前提,議論の進め方に違いがあり,著者たちの式の数理的結果の方がより一般化した形になっている.しかしエッセンスは同じだ)ハミルトンはFをグループ内で同じタイプの個体が相互作用する相関として定義した上で,利他的な行動が進化する条件を以下の通りに示している.ここで,ハミルトンが,K, k と置いているパラメータはほぼ b, c と同じであり,実質的にこのボウルズとギンタスの条件式と同じだ.ハミルトンのオリジナルについてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170625参照



ボウルズとギンタスはこの分散比FSTについて,グループ内での相互作用期待確率で表現すると以下のようになる説明している.(ここでP(A|A)は自分が利他個体であるときに利他個体と相互作用する確率,P(A|N)は自分が利己個体であるときに利他個体と相互作用する確率を表す)これはかなりはしょった説明であり,大槻がコラムで丁寧にその導出を解説している.

これはこの分散比が高いと利他個体同士,利己個体同士がより同じグループに固まる傾向があることを意味することを示している.利他行動の進化の基本条件である「正の同類性」の集団内に相互作用を行うグループ分けがある場合の指標ということになる.

そして今後初期人類においてこの条件が満たされているかどうかについてFST,b,c の推定値を当てはめていくことになる.



さらに著者たちはこれを直感的に理解できるように図示している.


f:id:shorebird:20170809071022j:image


利他個体とペアになる確率が同じなら,利己個体の方がコストcを払う必要がないので,必ず適応度が高くなる.これをカバーして利他行動遺伝子の頻度が上がるためには b, c に応じたP(A|A)-P(A|N)の幅が必要になるという風に解釈できる.

またこの節の最後では,この条件式は利他行動の進化条件を示すに過ぎず,どのようにどの遺伝子の頻度が増えるのかを記述する力学系にはなっていないことが説明されている.このような進化過程を見るには基本的にはシミュレーションの方式を採ることになるのだ.


この節の記述は数理的なものでマルチレベル淘汰にかかる基本方程式,進化条件式がきちんと記述されていると評価できる.しかしなぜ著者たちは,ほぼ40年も前に基本的に同じ洞察にたどりついていたハミルトンの業績をきちんと紹介しないのだろうか.基本的に本書の記述はハミルトンの1975年のアイデアを(一部の議論を精密化・一般化した上で)焼き直したものものに過ぎない.オリジナルなアイデアに対するリスペクトを欠いたこの姿勢には全くイライラさせられる限りだ.(なお文献リストにはこの1975年のハミルトンの論文も載せられている.あるいは彼等はこれも読んでいないのだろうか?)

*1:大槻もこの式自体を「プライス方程式」と呼んでいて,やや違和感がある.これはプライス方程式を再帰的に代入して作られたマルチレベル淘汰基本方程式と呼ぶべきだろう

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