shorebird 進化心理学中心の書評など

2016-07-28 書評 「生物はなぜ誕生したのか」

[] 「生物はなぜ誕生したのか」 19:55  「生物はなぜ誕生したのか」を含むブックマーク


本書は地球環境と大進化のパターンについて探求している古生物学者ピーター・ウォードとスノーボール・アースを発見・提唱したことで知られる地球物理学者のジョゼフ・カーシェヴィンクによる地球史と生物進化史の関連を総説した本だ.環境条件については温度,大気成分(酸素二酸化炭素,さらに硫化水素)が重要視されている.また大絶滅についても半数以上の大絶命は隕石衝突ではなく温室効果絶滅であると論じていて読み応えがある.この分野ではニック・レーンが酸素濃度と進化について本を出しているし,ウォードの前著もやはりそれをテーマにしているが,より包括的に,そして全地球史的に扱っていて充実している.邦題は生命の起源の謎解きにのみ焦点を絞っているような題だが*1,新しい視点から生命史全体を概説することが主眼の本だ.原題は「A New History of Life: The Radical New Discoveries about the Origins and Evolution of Life on Earth」


第1章 地質年代

冒頭で地質年代について簡単に解説がある.月や火星地質年代区分,地質年代の役に立たない側面についての説明や,現状の命名規則の官僚制についての愚痴もあってちょっと面白い.最近の大きな改訂として原生代にクライオジュニアン紀(ギリシア語の「寒冷」と「誕生」からの造語.850〜635百万年前)とエディアカラ紀(エディアカラ動物化石の出土した丘陵名から命名.635〜542百万年前)が追加されたことについても背景説明されている.


第2章 地球の誕生 4600〜4500百万年前

1990年代以降,系外惑星の確認と火星由来隕石の生命の痕跡発見の主張の2つの出来事から「宇宙生物学」が勃興したとウォードたちは説明している*2.宇宙生物学ではどのような惑星に生命誕生が可能か,そしてどのような条件で現在の地球にいるような複雑な体制を持つ動植物が進化可能かをリサーチする.

ここから地球型惑星とは何か,火星金星との違い,月を生んだジャイアントインパクト(4567百万年前*3)などが解説されている.また地球大気成分の変化,炭素循環,気温の変化についての基礎科学や初期条件の推測についても詳しく解説されている.現在の初期大気成分のコンセンサスは,酸素はほとんどなく,二酸化炭素はかなり豊富にあっただろう(現在の1万倍以上の二酸化炭素圧があり,強烈な温室効果があっただろう)というものだ.炭素循環と気温については「惑星サーモスタット」の概念が重要だ.

二酸化炭素は火山から放出されて蓄積し,温室効果で気温を上昇させる.さらにそれは水蒸気を増やして温室効果をより強くする.気温が上昇すると化学的風化作用が活発になり,また雨に溶けた二酸化炭素と岩石中の成分が結合して大気から二酸化炭素を除去するようになり,温室効果が減少する.これにより気温が下がると風化速度は低下し,重炭酸イオンやシリカを成分とする生物骨格が沈殿する量が減ることにより火山から排出される二酸化炭素量も減り,さらに温室効果は減少する.寒冷化すると海洋表層や珊瑚礁の面積も減り,生物が必要とする二酸化炭素量も減るために,大気から二酸化炭素が固定化される量が減り,最終的には火山からの二酸化炭素排出量の方が大きくなる.そして新しい炭素循環サイクルが始まる.

また大気成分,炭素,気温には植生の様相や大陸移動(大陸の大きさと配置)も関連する.中でも生命の歴史に大きな影響を与えるのは酸素二酸化炭素の量(そして硫化水素メタンはそれに次いで重要になる)になることが解説されている.


第3章 生命の定義

ここで著者たちは「生きていること」と「死んでいること」の違い,その中間領域,生命の定義,ウィルスは生物かなどにこだわっていろいろと議論している.私としては生死や生命についてはリサーチしたいことによって操作的に定義しておけば十分ではないかと感じるので,やや退屈な部分になっている.とはいえこだわる人には面白いだろう.


第4章 生命の誕生 4200〜3500百万年前

火星の生命の話を前振りにして,最古の生命の痕跡は何かという話題が取り上げられる.教科書にも取り上げられているイスアの燐灰石の炭素同位体比(3850百万年前)は最近の計測で生命揺らいでないことがわかった.その他にも論争中の化石もあるが,現在最も確からしいのは3400百万年前のエイペクスから出たバクテリア化石だそうだ.

ここから生命の誕生をめぐる考察になる.基本はRNAワールド仮説に依拠し,その最初のRNA生物の起源として,ヴェヒタースホイザーの熱水噴出口の硫化鉄ワールド説,ウーズの大気中の小滴の中のメタン代謝仮説,そして著者の1人カーシェヴィンクの火星湖沼起源生物が隕石により運ばれたという説を取り上げ,(当然ながら)火星由来説について詳しく解説している.

またここでは進化の起源も取り扱っている.著者たちは進化は細胞の仕組みが一時的なものから恒久的なものに変わる段階をダーウィン境界と呼びそれ以降自然淘汰が生命史を形作った(それ以前は化学的な作用によるもの)だと考えているようだ.ここはやや納得できない.細胞の形成よりも(ドーキンスがいうように)自己複製の開始こそが究極的に重要で,それ以降はすべて自然淘汰と扱うべきであるように思う.


第5章 酸素 3500百万年前〜2000百万年前

冒頭でストロマトライトについては従前藻類のマットと考えられてきたが,それだけではないかもしれないという話を振ってから,本書の大きなテーマ酸素濃度の話に移っている.

先カンブリア時代は,現在冥王代,始生代,原生代に区分される.始生代から原生代への移行は約2500百万年前で,この頃酸素濃度が急上昇する.この経緯について本書では,メタンを利用する微生物,縞状鉄鉱石の謎,紫外線にかかわる光化学反応酸素ワクチン,そして真打ちのシアノバクテリアの登場などの様々な話を積み上げて解説している.特にシアノバクテリアによる酸素発生型光合成の起源については,以前堆積岩コアのデータから2700百万年前とされていたのが最近コンタミの疑いから否定され,より若い年代(2400百万年前)に修正された経緯,「その当時はなおシアノバクテリア酸素発生型光合成を行っておらず,水中の還元マンガンを利用した光合成を行っていた(これにより地層に酸化マンガンが大量にあるが酸素濃度はそれほど高くなかったことが説明できる)が,水中のマンガンを使い果たして2350百万年前までに酸素発生型に切り替えた」という著者たちの仮説などにも触れていて詳しい.

続いてスノーボールアースが取り上げられる.ここは提唱者でもある著者が学説史的も詳しく語っていて迫力がある.1950年代に先カンブリア時代に低緯度地域も氷結したことがあったと主張されたが,プレートテクトニクスの受容により一旦忘れ去られた.そして1980年代の後半からもう一度証拠が吟味され,1990年代にスノーボールアース仮説として提唱され,そして様々な証拠から受け入れられる.またそのメカニズムも詳しく説明がある.最古のスノーボールアースは2400百万年前ごろで,最長100百万年前ほど続いた可能性もある.またここでは2回目のスノーボールアース(717百万年前ごろ)も取り上げられている.

なお結局本章にはこの時期の酸素濃度の変遷の全体像については順序だった説明がなく大変わかりにくい.別の章にあるグラフも参照して著者たちの考えをまとめると以下のようになる.

3800百万年前までには嫌気性光合成が始まる.大気酸素がない状態が継続する.その後2400百万年前までに酸素発生型光合成が始まり,酸素濃度を(5%程度に)上昇,温室効果ガスを減少させ,第1回目のスノーボールアースを引き起こす.これにより酸素濃度は下がる.スノーボールアースから回復後,光合成が活発になり酸素濃度が急上昇する.まだ呼吸する生物がいないので酸素濃度は一旦極めて高く(おそらく20%以上に)なる.2000百万年前呼吸型生物(ミトコンドリアの祖先たるバクテリア)により急激に酸素濃度は低下し2%以下となり,次のスノーボール期まで低酸素状態が続く.


第6章 2000百万年前〜1000百万年前

この時期海中には硫黄が存在し,(硫黄代謝型の方が容易であるため)最上部の薄い層以外では硫黄代謝型のエネルギー生物が優勢となり,大気中に酸素はあまり放出されない状態が続いた.しかし10億年以上経過し,大陸面積が広がり,海に流れ込む鉄が増え,硫黄と反応して沈殿していき,最後には酸素放出型光合成が優勢になった.

著者たちはこの低酸素の10億年間の生物史について,グリパニア(細胞が膜組織でつながっており初めての多細胞生物であると評価できる),アクリターク(トゲを持つ微化石)などを取り上げて解説している.いずれもあまりなじみのない生物で面白い.


第7章 スノーボールアースとエディアカラ生物群 850百万年前〜635百万年前

717百万年前から635百万年前の間に地球は再びスノーボールアースとなり前後2回凍結する.原因はなお論争中だが,著者たちは大陸移動による大陸配置の変化を重要視している.凍結の時期にバイオマスは極めて小さくなり,融氷後に藻類の爆発的な増加を生みだして酸素濃度を押し上げる効果を持った.

著者たちは635百万年前のスノーボールアースの終了とエディアカラ生物群の唐突な出現を結びつけようと,ボトルネック効果を持ちだし,さらに分子年代では後成動物のいくつかのグループの分岐年代がより古そうなことに対して「この気候の大変動が大規模な遺伝子置換につながった可能性がある」と主張しているが,やや苦しいのではないかという印象だ.

ここからのエディアカラ生物群の解説は楽しい.発見・報告の経緯,泥岩や頁岩ではなく砂岩に保存されているという謎(著者たちは微生物の薄いシートが形成されて安定したのではないかという説を主張している),エディアカラ紀の細分,いくつかの化石群集の特徴,生態系について推測できること(捕食者がいないことが大きな特徴になる),トゲの生えた微化石の謎,左右相称動物出現の意味(運動と地層の生物擾乱の開始であり,酸素濃度が高くなったことにより初めて可能になったと考えられる)などが扱われている.


第8章 カンブリア爆発 600百万年前〜500百万年前

カンブリア紀に突然複雑な動物の化石が現れ始めることにダーウィンが困惑していたという逸話を前振りにしてから,カンブリア爆発について詳しく解説がある.著者たちの整理によると複雑な体制の動物群の岩石中への発現パターンには4つの波がある.

  1. 575百万年前:エディアカラ動物群のアヴァロン爆発
  2. 560〜550百万年前:膨大な生痕化石が現れ始める
  3. 540百万年前:おびただしい微細な骨格要素の発現
  4. 530〜520百万年前:三葉虫や腕足動物などの大型の化石動物の登場(カンブリア爆発

カンブリア爆発当時の酸素濃度は13%程度,二酸化炭素濃度は現在の数百倍,温室効果から気温も高かっただろうと推測されている.ここから著者たちは,チェンジャン化石,バージェス化石,量的にはどのような動物群が多かったのかを解説し,鰓を持つ体節が繰り返されている節足動物,鰓面積増加適応が見られる腕足動物が多いことは当時の低酸素から説明できるとしている.

さらにエボデボを簡単に説明して節足動物の急速な体制の変化は容易に説明できることを強調し,カンブリア爆発の様相をめぐるグールドとコンウェイ=モリスの間の論争を扱い,大方の見方はグールドの負けであるとまとめている.

カンブリア紀の年代決定についてのいかにも専門家的な論争を扱った後で,真の極移動とそれが進化史に与えた影響(気温が直接進化速度に影響を与えたことが前提になっており,やや微妙な印象だが,極移動の詳細は面白い),さらにカンブリア期末の絶滅の解説がある.著者たちの解説によるとこのときの絶滅はほかの大絶滅期とかなり異なっており,海底への有機物の大規模な埋没と酸素濃度の急上昇が起きている.これは炭素循環の攪乱を意味しており,著者たちはこれも真の極移動が生じたためだと主張している.ここはこれまであまり紹介されていないところであり,大変興味深い記述になっている.


第9章 オルドビス紀とデボン紀 500百万年前〜360百万年前

オルドビス紀に入って生物界カンブリア爆発よりさらに大規模な多様化を示す.著者たちはこの多様化はカンブリア爆発が土台になっているとし,水爆起動のための核分裂とその本体である核融合に例えている.そしてその生態的なキーになったのは珊瑚礁の形成であり,さらに酸素濃度の上昇が重要だったと指摘している.

ここで著者たちは古生物の多様性の研究史を簡単に振り返っている.それは19世紀のフィリップスに始まり,20世紀後半にニューウェルとヴァレンタインが再検討を始め,ラウプとセプコフスキー,さらにマーシャルとアルロイにつながる.議論のポイントは生物は多様化し続けているのかどうかであり,問題になったのは化石記録のバイアスについての統計的な検討だった.

様々な検討の結果,多様性は,大絶滅とその直後の多様性回復を繰り返しながら,大きな傾向としてはオルドビス紀から中生代中期まで一旦頭打ちになり,中生代中期以降は増加傾向を見せていることがわかった.著者たちは多様性パターンの変遷には大気成分(二酸化炭素濃度と酸素濃度)が関連しているのだと主張している.低酸素二酸化炭素時期には,生物にとって厳しい環境となるから絶滅率が高まる反面,斬新な新機軸が進化し,その後の高酸素濃度期に一気に花開くというパターンになるというのだ.環境だけにそれほど依存するとすれば驚きだが,強い統計的な支持があると著者たちは自信たっぷりだ.なかなか興味深いところだろう.

最後にオルドビス紀末の大絶滅(いわゆるビッグ5の第1回目)が論じられている.この大絶滅の原因はまだわかっていない.著者たちは(その原因はなお不明だが)小氷期に入って珊瑚礁が死滅したのではないかとコメントしている.


第10章 生物の陸上進出 475百万年前〜300百万年前

ティクターリク化石の発見が一つのミッシングリンクを埋めるものだったというちょっと煽り気味の前振りから,いろいろな上陸物語を取り扱う.

最初は植物.単細胞光合成生物の上陸はかなり以前であった(最古の主張は26億年前まである)と考える学者が増えている.著者たちは7億年前頃に植物が上陸したと考え,最後のスノーボールアースの原因が植物の上陸であった可能性を示唆する.上陸後475百万年前には様々な構造が進化し始める.維管束植物の最古の化石は425百万年前だ.390〜380百万年前ごろ葉が出現し,370〜360百万年前ごろには8メートルを超す樹木の化石が現れる.植物は地形と土壌を変え,砂塵を減少させ,大気を澄み渡らせた.デボン紀(359〜299百万年前)後期には森林が陸地をほぼ覆い尽くすようになる.

著者たちはここで,乾燥に対して体内の水分を保持することと二酸化炭素の吸収・高温時の冷却の間にトレードオフがあり,高二酸化炭素・高温時には気孔が少なくても対処できるので葉は進化しないが,一旦植物が増え始めると土壌形成や根の作用による化学的風化作用により二酸化炭素濃度が低下し,それによる温室効果ガスの減少により気温が下がり,気孔を増やして葉が進化することが可能になったのだと説明する.

続いて動物が何度かに分かれて上陸を果たす.通常は植物進出により陸上に動物が利用できる資源が蓄積したことを重要視するが,著者たちはここではオルドビス紀からシルル紀にかけての酸素濃度の上昇と呼吸のための体制の有無がポイントだったと指摘している.(添付されたグラフによるとオルドビス紀からシルル紀初期にかけて酸素濃度は15%程度から25%程度に上昇する.その後シルル紀後期に17%程度まで下がり,デボン紀に増加傾向になりデボン紀後期から石炭紀に30%程度でピークをつける.そこからジュラ紀にかけて低下傾向になり,一旦15%程度まで下がる.その後白亜紀以降は20%程度に回復している)

最初の陸上進出はシルル紀後期かデボン紀初期(約4億年前ごろ)の節足動物で,すべての体節に鰓を持っていたり,クモやサソリのような書肺を進化させた動物だった.昆虫の適応放散は330〜310百万年前ごろだ.この2つの時期の間には酸素濃度が下がっていた時期があり,それが脊椎動物も含めて陸上進出に2つの波があるように見える理由ではないかと著者たちは議論している..

脊椎動物の上陸については,まずデボン紀の魚類相を概観し,淡水に棲む総鰭類から両生類が分岐したこと,化石が現れる時期は酸素急低下時期(400〜360百万年前)だが,実際の上陸は上記第一波の高酸素時期(400百万年前頃)だっただろうと説明する.そして一旦酸素濃度が低下し大量絶滅が生じ,さらにその後上記第二波の酸素濃度上昇とともに両生類は適応放散する.


第11章 節足動物の時代 350百万年前〜252百万年前

主に石炭紀からペルム紀の高酸素濃度時期(330〜260百万年前)を扱う.この時代に昆虫をはじめとする節足動物の一部は巨大化する.これは節足動物の身体の大きさの限界が呼吸効率で決まっているためだとして説明できる.大気中に酸素分子が多いために大気圧自体も高くなり,巨大トンボが進化できたのは揚力がより得やすかったためでもあると著者たちは解説している.

酸素状態になったのは,石炭紀に大規模に石炭鉱床が形成されたうえに海におけるプランクトン埋没も多く,大量の有機物が地中に埋没されたためであり,さらにさかのぼれば,それは大陸が合体して巨大山脈が形成されて氾濫原の面積が増大したためだ.また著者たちはこの時代には樹木の有機物を分解できるバクテリアがいなかった可能性もあると指摘している.

著者たちは陸上での卵の水分保持と呼吸のトレードオフ状況から.脊椎動物はこの高酸素状態の中で初めて羊膜卵を進化させることができたと指摘し,またこの結果卵生が容易になって胎生の進化は低酸素状態を待たなければならなかっただろうと議論している.またこの時代の爬虫類はまだ呼吸と移動運動を同時にできなかった(この状態に対する適応が三室心臓だとも指摘している)ので高酸素状態によって初めて繁栄できただろうともコメントしている.

このほか爬虫類の分岐*4,内温性の進化なども高酸素濃度と関連させていろいろ考察している.本書の読みどころの1つだろう.


第12章 ペルム紀末の大絶滅 252百万年前〜250百万年前

ペルム紀末の大絶滅.これは史上最大の大絶滅で,回復が大幅に遅れたという特徴を持つ.著者たちはこの絶滅は開始から数百万年間続いたようであるとしている.そして当然ながらこの時期に急低下した酸素濃度を問題視する.

ここからこの大絶滅の原因が扱われる.シベリア洪水玄武岩説,隕石衝突説,隕石衝突説の最新版のバックミンスターフラーレン証拠説とその破綻を 簡単に解説した後,著者たちはカンプたちの温室効果絶滅説を好意的に紹介する.これは海洋が低酸素状態だったために深海の硫化水素がある閾値を超えて急速にかつ大量に海面に上昇し,オゾン層を破壊するとともに温暖化が著しく増幅されたというものだ.気候モデルによってこの時期に何度もこのような硫化水素の大量上昇が生じ得ることも示された.

著者たちは,酸素濃度の急低下によって生物の生息可能地域が縮小したこと(標高圧縮),海洋において硫化水素により動物プランクトンが絶滅する中で植物プランクトンのみ成長しその死骸が海底に沈んで最後に残ったわずかな酸素を使い尽くしたことなども絶滅規模の拡大の要因となっただろうと補足している.

これまではペルム紀末の絶滅原因についてはなおよくわかっていないとするものが多かったが,本書はそこへ踏み込んでいて,この温室効果絶滅の解説は(この後の三畳紀末絶滅,暁新世末絶滅の説明と並んで)なかなか説得的だ.ただなぜそもそも酸素濃度が大きく低下したのかにはあまり触れておらず,ちょっと残念だ.


第13章 三畳紀爆発 252百万年前〜200百万年前

ペルム紀末の大絶滅が温室効果絶滅であった余波として,三畳紀初期は高温の時代だった*5.そして大絶滅後当然ながら大放散の時代になる.著者たちは絶滅後の膨大なニッチの出現以外に当時低酸素状態であったこと(そしてそのような過酷な環境下でいろいろな新機軸が進化すること)を大放散の要因として強調している.

生物相の解説としては,二枚貝アンモナイトの多様化を扱った後,爬虫類相を詳しく解説している.低酸素環境で様々な爬虫類が生まれたが,身体は大きくならず,また海に帰っていったものも多かった.新機軸としては移動運動と呼吸の両立のための二足歩行や二次口蓋と直立が重要で,著者たちは後の恐竜哺乳類の基礎はこの低酸素時代に作られていると強調している.

最後に三畳紀末の絶滅が扱われる.オルセンはこの時期のイリジウムを見つけて隕石衝突説を唱えたが,著者たちはこのイリジウムは量的に少なすぎるとして却下し,やはり低酸素状態,そして高二酸化炭素状態であったことからこの絶滅も温室効果絶滅だと主張している.そして陸生脊椎動物群では簡単な構造の肺を持つものがより多く絶滅していることを傍証としてあげている.


第14章 低酸素世界における恐竜の覇権 230百万年前〜180百万年前

ジュラ紀は低酸素環境か酸素濃度が急上昇し,陸上脊椎動物では恐竜類が繁栄し,大型化していく時代だ.本書ではこの関連について濃密に考察されており,本書の最も充実した部分の1つになっている.

恐竜(特に竜盤類)は三畳紀の低酸素環境下で効率よい呼吸と運動システム(隔壁式肺と気嚢,二足歩行)を進化させて,ジュラ紀を通じて繁栄し,酸素濃度の上昇とともに大型化する(おそらく気嚢を持っていなかった鳥盤類は最後の高酸素時代に初めて多様化と大型化を果たす).本書ではさらに三畳紀から白亜紀までの時代ごとの恐竜類の栄枯衰退,鳥類の進化,卵と酸素濃度の関係(低酸素高温環境では胎生と柔らかい卵殻が有利で,その後酸素濃度上昇とともに炭酸カルシウムの硬い卵殻を持つ卵が有利になる)などが議論されている.


第15章 温室化した海 200百万年前〜65百万年前

ここではジュラ紀白亜紀の海がテーマだ.これはあまり解説されないところで本書の魅力の1つだろう.

高温の水は酸素含有量が下がる.そしてこの頃の海はラグーン面積が大きく,サンゴではなく厚歯二枚貝による大規模な礁が広がっていた.そこでは溶存酸素量が少ない環境に適応した生物(アンモナイトとイノセラムスという二枚貝)が繁栄する.ウォードの専門領域ともあってアンモナイトの解説は詳しい.アンモナイトの隔壁や縫合線を持つ体制は低酸素環境への適応として非常にうまく説明できる*6

続いてヴァーメイによる「中生代海洋大変革」の概念が解説される.これは海の捕食者が固い殻を割れるように進化したことをきっかけにした生物相の変化を指す.最初は石灰石の甲冑が強化され,その後貝類や棘皮動物が深い穴を掘って潜り込むようになり,殻や微少な骨格を持つ有孔虫,放散虫,円石藻類が繁栄する.カニやロブスターの進化(防御の強化と呼吸効率の向上)もこの環境への適応だと説明されている.


第16章 恐竜の死 65百万年前

白亜紀末の大絶滅.激変説と斉一説の学説史を背景にアルヴァレスたちの隕石衝突説の登場とそれが受け入れられる経緯を簡単に解説する.著者たちは,この絶滅について隕石衝突が最大のインパクトになっているのは間違いないが,アンモナイト絶滅より少し前にいろいろな場所で異なるタイミングでイノセラムスが絶滅していることから,大絶滅の直前に,まず寒冷化と高酸素海水の沈み込みによる絶滅,そしてもう一回デカントラップによる温室効果絶滅があったという見解を採っている.


第17章 哺乳類時代 65百万年前〜50百万年前

哺乳類の適応放散は新生代に生じるが,まずその前史についていくつか指摘がある.著者たちは,有袋類と有胎盤類の分岐は恐竜絶滅のはるか前の175百万年前頃で,有胎盤類の主要な分類群の起源も少なくとも100百万年前には既に生じていることを指摘し,化石から見て初期の分岐は南の大陸で生じており進化の波は南から北へ向かったのだろうと説明している.

また著者たちは,恐竜絶滅後暁新世に哺乳類は放散するが,大型化は気温が上昇する数百万年後を待たなければならなかったと指摘している.

最後に暁新世末期の絶滅が扱われる.著者たちはこの大絶滅はメタンを原因にする温室効果絶滅だと主張している.この時期の温暖化は極地方の海水温の顕著な上昇が特徴で,底生有孔虫の大規模絶滅を引き起こしている.また詳しく見ると陸上哺乳類相も大きく入れ替わっていて,現在の哺乳類相(偶蹄類,奇蹄類,食肉類など)はこの絶滅によって形成されたものだとわかるとしている.

またここでは始新世から中新世にかけての寒冷化と植物相の関係(C4植物は,この時期の寒冷化および二酸化炭素濃度の低適応して多くの植物群で独立に進化している.また乾燥による森林火事の増加はイネ科植物を有利にした)を議論している.C4植物光合成効率が高いが,それは一方的に有利なのではなくトレードオフを持ち,二酸化炭素濃度に応じて有利性が変化するというわけだ.なかなか面白い.


第18章 鳥類の時代 50百万年前〜2.5百万年前

本章の章題は子供向けなどの時代区分で「両生類の時代」「爬虫類の時代(恐竜の時代)」「哺乳類の時代」という言い方がされるが,「鳥類の時代」がないこと(正確にはこれらの言い方が不適切であること)についてのちょっとした当てこすりでもある.実際にここはまず鳥類の起源論争が扱われ,恐竜起源説の圧倒的な証拠を眺め,白亜紀末絶滅を乗り切った古顎類の適応放散,その結果の分岐系統樹を見る.また新生代の恐鳥類も同時に扱っていてスコープは広い.


第19章 人類と10度目の絶滅 2.5百万年前〜現在

本書ではビッグ5(オルドビス紀末,デボン紀末,ペルム紀末,三畳紀末,白亜紀末)以外に大酸化事変,クライオジェニアン紀,エディアカラ後期,カンブリア後期,更新世完新世の5つを加えて10大絶滅としている.そしてこの章のテーマは人類の登場と現在進行中の大絶滅だ.

人類進化の解説は,性的二型,直立歩行,地理的な拡散などを扱っているが,著者たちの専門と少し離れる部分でさすがにやや浅くて物足りない.逆に更新世の気候の特徴(氷期間氷期のインターバル複雑な要因が絡んでおり一定しない.これにより現在の間氷期はなお数万年続いてもおかしくないそうだ)については詳しくて読ませる.そして人類は拡散した先で大型哺乳類を次々に絶滅に追い込み,生態系に大きな影響を与え.現在のインパクトは植物や鳥類や昆虫に移りつつあると指摘されている.


第20章 地球生命の把握可能な未来

冒頭で進化は生物同士の相互作用だけでなく大気や海の物理的な変化にも影響されることがもう一度強調される.そして長期的に見ると,二酸化炭素濃度は下がり続け温室効果は下がっていくが,太陽が明るくなり続ける影響はこれをはるかに上回り,5〜10億年後には,これまで温室効果の際に効いていたサーモスタットが機能しなくなり,地球ハビタブルゾーンから外れて金星のような星になること,二酸化炭素濃度の減少はやはり5〜10億年後には植物の光合成を不可能にすること,植物がなくなると土壌は失われ砂塵の惑星になり,河川は網状になることなどが解説されている.

最後に著者たちは人類の将来的な進化についてエッセイ風に語り,5〜10億年後の破局を避けるには脱出しかないことを指摘して本書を終えている.


 

本書は酸素二酸化炭素濃度と気温を軸に地球と生命の45億年史を最新知見の元に総括し概説するという野心的な試みの本であり,膨大なトピックを詰め込んだ濃密な書籍としてその試みは成功しているといえるだろう.とはいえ幅広いトピックを扱っている上に,著者たちの独自主張と通説的見解の区別が時に曖昧で,さらに著述スタイルが学説史的にあっちへ行ったりこっちへ行ったりして最後に結論があったりなかったりというもので,実は本書は大変読みにくい本でもある.しかし部分部分は時に非常にスリリングだ.大気成分や気温という環境条件が大進化のパターンに大きな影響を与えているという説明(本書の叙述ではあたかも環境条件に直接的に反応しているような表現もあるが,そうではなく生物相互作用の中で微妙なトレードオフの均衡点が大きく動くということなのだろう)や,繰り返す温室効果絶滅の主張は説得的で迫力がある.何度も復習しながら*7少しずつ読み進めていけば大変充実した読書時間を過ごせると思う.


関連書籍


原書


ウォードの前著.生物進化史を呼吸適応の観点から外接している.本書の多くのアイデアが既に見られる.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080324


同原書

Out of Thin Air: Dinosaurs, Birds, And Earth's Ancient Atmosphere

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ニック・レーンによる酸素濃度と生命史を扱った本.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061104

生と死の自然史―進化を統べる酸素

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同原書

Oxygen: The molecule that made the world (Popular Science)

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地球史と生命史をあわせて概説するという同じ試みの(しかし著者たちによると内容がやや古くなった)リチャード・フォーティの本

生命40億年全史

生命40億年全史


同原書

Life: An Unauthorized Biography

Life: An Unauthorized Biography

*1:この方が売れるという版元の判断なのだろう.毎度のことながら残念なことだ.

*2:ウォードは最近自分のことを宇宙生物学者と定義しているようだ

*3:ジャイアントインパクト後4400百万年前まで地表は溶解状態にあった.その後ある程度隕石落下が減少するのは3800百万年前頃になる.

*4:著者たちはカメ類の分岐について主流の考えより古い解釈に従っているようでやや不思議だ.

*5:これについて証拠を得ていながら信じがたい高温に発表を見合わせていて,その後勇気ある研究者に出し抜かれたエピソードが書かれている

*6:今日のオウムガイはこの形質をやや深い海への生活に利用していると考えることができる

*7:特に時代ごとの二酸化炭素濃度,酸素濃度を整理しておくことをお勧めする.私は酸素濃度グラフを描き写し地質年代区分と絶滅ポイントを書き込み,常に参照できるようにしながら読み進めた

2016-07-25 Language, Cognition, and Human Nature その40

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その2 21:34 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その2を含むブックマーク


ピンカーとブルーム*1による言語が適応産物であることを論じる革命的な論文は次のような導入から始まる.


1. 導入

ピンカーは進化生物学に親しんだものなら当然「言語は自然淘汰による適応産物である」と考えるであろう様々な論拠を並べることから始めている.

  • すべての人類社会は言語を持つし,知られている限り過去においてもそうだ.言語は,農業や文字のようにあるグループが発明し,他のグループに広がったものではない.
  • すべての言語は複雑な計算システムで,同じような基本的なルールと表現を用い,(その複雑性と)技術進展との間には注目に値するような相関は知られていない.産業社会の言語が狩猟採集社会の言語より複雑ということはないし,現代英語が古代英語より進んでいるわけでもない.
  • 社会の中で,個人個人は,その知性,社会的地位,教育程度にかかわらず,みな言語の堪能な使い手だ.子供は正式な教練なしに3歳で複雑な文法を使いこなす.子供は聞いている言葉よりシステマティックな言語を創り出すことができ,周りにエビデンスがない場合でも微妙な文法原則に従う.
  • 病気や事故により,知性が障害を受けても言語堪能なままであることもあれば,知性はそのままで言語が不自由になる場合もある.
  • ある種の言語障害は遺伝的に伝達される.
  • 言語のいくつかの様相は特定の脳領域と結びつきがある.
  • ヒトの声道は発声要求にあわせられていて,呼吸や飲み込みなどの別の機能との間での(デザインの)妥協が見られる.
  • ヒトの聴覚能力には会話音声を言語セグメントにデコードするための特殊化が見られる.

ピンカーは,これらの事実から見ると言語能力は,文字や車輪というよりは,コウモリにおけるエコロケーション能力や霊長類の立体視覚と同じようであり,文化的考察よりも生物学の考察対象であることを示唆しているとする.

  • すべての言語研究者は,少なくとも言語のいくつかの様相は種特異性のある生物学的な能力だと認めている.もちろん何がそれに該当するかについては対立しているが.
  • チョムスキーやフォドーたちによる重要な主張によると,(ヒトの)心は自律的計算モジュール(心的能力あるいは「器官」)によって構成されており,言語の獲得や表出はそれらの特殊化したモジュールによるものだとしている.
  • であれば,「言語能力はダーウィン的な自然淘汰の産物だ」という考えに,みな同意するのが自然に思える.

ピンカーはここで現在の言語学者や認知科学者の間ではそうなっていないことを説明している.

  • 驚くべきことにこの結論は係争の的になっている.
  • 世界で最も著名な言語学者の一人であるノーム・チョムスキーとやはり世界で最も著名な進化理論家の一人であるスティーヴン・ジェイ・グールドは,「言語は自然淘汰産物ではなく,脳の増大とまだよくわかっていない構造と成長の法則による副産物かもしれない」と繰り返し主張している.
  • 最近マッシモ・ピアテリ=パルマリーニはこれらの主張の特別に強いバージョンを定式化して発表しているし.プレマックやメラーも似たような見解を公表している.

ここからピンカーは本論文の狙いを明らかにする.

  • われわれはこれらの主張を詳細に吟味し,別の結論を主張する.言語は自然淘汰産物だと考えるべき十分な理由があるのだ.
  • ある意味これは全くもって退屈な試みだ.要するに言語もほかのよくある適応産物と同じだと主張するだけなのだから.
  • そしてわれわれの結論は極端な環境主義をとる言語学者以外の人には容易に受け入れられると考えられるかもしれない.
  • しかし片方でチョムスキーとグールドという二人の重要な学者が繰り返し逆の考え方を表明している以上,彼等の意見は無視できない.実際彼等の議論は多くの認知科学者にも強い影響を与えていて,反淘汰的な考え方が多くのサークルでコンセンサスになっているのだ.

ここからがちょっと面白い.ピンカーはチョムスキーを引用して,彼等の考え方が主流の進化生物学者の間では到底受け入れられないような異端であることをほのめかしているのだ.

  • われわれの結論が正しいかどうかには多くがかかっている.われわれは,「言語が自然淘汰では説明できない」という彼等の主張を知れば,多くの生物学者は驚愕するのではないかと疑っている.実際にチョムスキーは以下のように書いている.
  • 生物学者にとっては言語能力は難問になる.それは真の「創発」現象(生物の複雑性の特定の段階で現れる質的に異なった現象)の例だからだ.
  • この(生得的心的能力の)発達を「自然淘汰」に帰するのは,それが中身が何もない主張,単に何らかの自然主義的説明があるはずだという信念の表明に過ぎないのであれば,問題ないだろう.
  • 進化理論は多くのことを説明できる.しかしそれは言語の進化の問題についてはほとんど役に立たない.答えは自然淘汰理論というよりむしろ分子生物学,つまり究極的には物理法則に理由を求め,どのような物理システムがどのような条件で生物の発達を可能にするのかという試みの中にあるだろう.
  • 生物の特殊な特徴がランダムな突然変異と淘汰的コントロールのみで生じると信じるのは非常に難しいと思える.100年後の生物学は,現在アミノ酸の進化について扱っている方法(つまり複雑な構造を実現できる物理的なシステムは非常に限定されているということを前提とする方法)を生物進化に当てはめていると想像することができる.・・・
  • 進化理論は種分化についてはほとんど何も説明できないだろう,そしてどんなイノベーションについてもそうだろう.それは既にあるものが異なる配分になることを説明することはできるが,質的に新しいものの登場についてはほとんど説明できないのだ.
  • もし言語学研究の発見が生物学者にこのような結論を受け入れさせるなら,それは大ニュースになるはずだ.

チョムスキーほどの知の巨人であっても専門外のことに根拠もなく口出しするとこれほどむごいことになりうるというのは(このケースについてはある程度知ってはいたが)やはり驚愕だ.至近要因と究極要因の違いもわかっていないし,最後の2段落は特にひどい.これはドーキンスがいうところの(特殊創造論者への揶揄してよく使う)「自らの想像力欠如を根拠とする反論」そのものだ.


ピンカーはさらにこの論文が言語学研究へも貢献できることを述べている.

  • 反淘汰論者の理論を精査するもう一つの理由がある.
  • もし現在の言語学理論が進化の総合説と相容れないのであれば,非難すべきは進化理論ではなくて言語学理論であるかもしれないのだ.実際にそのような主張を行うもの(ベイツ,タール,マーチマン(1989),グリーンフィールド(1987),リーバーマン(1984,1989)など)も実際にいる.これらの批判論者は,しかしながら,生得的生成文法が自然淘汰で説明できることを疑う点でチョムスキーたちと奇妙な同床関係にある.
  • われわれは進化の総合説と生成文法理論の両方に深く感銘を受けており,どちらかを選ばなければならないという状況に陥らないことを切に望んでいるのだ.

やはり当時のチョムスキーの権威とグールドの人気(そして進化生物学以外の学者サークルでの権威)は若手研究者にとって大変なプレッシャーであったことがわかる.ある程度進化生物学を勉強してみれば,当時の言語についてのグールドの言い分はめちゃくちゃで,生成文法の創始者として深く尊敬もしていたチョムスキーが(おそらくその受け売りで)でたらめな生物学理解に陥っているのは本当に愕然とするほど残念な状況であったのだろうと思われる.

論文はこの後進化生物学理論を説明し,言語能力が淘汰産物テストに合格することを確かめ,反淘汰的主張を吟味し,それに反駁するという構成を採る.

*1:なお今後本論文の著者については単にピンカーとして表記することにしたい

2016-07-22 訳書情報 「カルチャロミクス」

訳書情報 「カルチャロミクス」 22:51 訳書情報 「カルチャロミクス」を含むブックマーク

以前私が書評した「Uncharted: Big Data as a Lens on Human Culture」がこの2月*1に邦訳されていた*2

これはノヴァクとピンカーに刺激を受けて文化の変容,特に言語の変容を進化的にリサーチしたいと考えた若手リサーチャーが,Google Booksというビッグデータを利用して,これまで誰も取り組んだことにない知的冒険を繰り広げる物語だ.そしてその成果の一つであるn-gramを利用して得られた様々な知見自体も大変興味深い.私的には文化進化,言語,ビッグデータといろいろツボだった.

邦題の「カルチャロミクス」は著者たちの造語で「文化の歴史的変化をビッグデータを用いてリサーチする学問」という意味だ.「Uncharted」(もともとは海図にまだ載っていないという意味で,誰もまだ探訪していない広大な分野というニュアンスがある)はなかなか日本語にしにくいので頷ける邦題だと思う.


私の原書書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140217


原書

*1:Kindle版は7月1日リリースのようだ.

*2:見逃していた.アンテナを張っているジャンルとは異なるジャンルに分類されていたのだろう

2016-07-20 Language, Cognition, and Human Nature その39

Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その1 22:27 Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その1を含むブックマーク


Natural Language and Natural Selection with Paul Bloom 1990 Behavioral and Brain Sciences 13 (4):707-27


ピンカーを一躍有名にしたのは「The Language Instinct(邦題:言語を生みだす本能)」だが,その元になった1990年の論文だ.この自撰論文集でも中核になるべき初期論文の金字塔ということになるだろう.


エッセイ

ピンカーは最初に本論文が最も引用回数の多いものであることを説明した後,なぜそれほど注目が集まったかについて書いている.

  • 1つの理由はそれが1世紀以上続いた言語の進化を議論することというタブーを打ち破るものだったことだろう.私たちの異説は,それが,その反進化的な見解で有名なかのノーム・チョムスキーのお膝元であるMIT(マサチューセッツ工科大学)から発しているということで,さらに注目を集めるものになった.
  • 論文刊行と一緒に公開された30以上のコメントの1つは「解放!(Liberation!)」とタイトルがつけられていたし,私たちの論文は実際に1990年代と21世紀の初頭に巻き起こった言語進化の研究の復活に貢献した*1.私にとってはこの論文は(やはりその当時ほぼタブーに近かった)認知と感情の進化への興味の始まりだったし,それはその後の私の仕事を大きく色づけるものになっている.
  • もう1つの理由がある.それはその時代の3人のアルファメイルとの闘争を始めるものだったということだ.
  • 1人目はチョムスキーだ.私は彼との論争を10年後に再開させることになる(これは第10論文で扱う).
  • 2人目は誰からも愛されていた進化生物学者であるスティーヴン・ジェイ・グールドだ.当時グールドは,ナチュラルヒストリー誌への連載と数多くのベストセラーの書き手として,進化についての無謬の預言者と見做されていた.
  • 3人目はグールドの同僚,リチャード・ルウォンティンだ.ルウォンティンは輝くばかりに素晴らしい集団遺伝学者で,多作の左翼の書き手で,決して侮ってかかってはいけない人物としてはまるでスーパーマンやローン・レンジャー*2やジム・クローチェの歌に出てくるジム*3のような人物だった.

ここからはこの論文を書くきっかけになった討論会について書かれている.討論会がどういう具合に進んだのかが書かれていないのはちょっと残念だ.

  • この論文はMITの認知科学センターで開かれた公開討論会がきっかけになった.このセンターではそれまでの20年間に多くの立席のみの討論セミナーをホストしていて,そこでは通常とは順序を変えて,まず論文の批判者2人が論文に対して徹底的に批判し,その後論文著者が反論するというフォーマットをとっていた.その日のターゲット論文はグールドのヒトの認知や言語の進化に対するアイデアを発展させた認知科学者のマッシモ・ピアテリ=パルマリーニの論文で,私とブルームが批判者となり,グールドとピアテリ=パルマリーニと対決したのだ.
  • その日のオーディエンスの中にはダニエル.デネットも顔を見せていた.デネットは後にその夜のことを彼が「ダーウィンの危険な思想」を書くきっかけになったと述懐している.デネットは討論を聞いてピンカーとブルームの勝ちだと確信したが,多くの参加者はグールドとピアテリ=パルマリーニの勝ちだと考えていたことを知ってショックを受けた.彼は,進化理論とそのヒトについてのインプリケーションについての大衆の間に広く流布している誤解についての本を書くことになったのだ.

ピンカーは割とあっさりと済ませているが,このあたりの経緯はケニーリーによる「The First Word」に詳しい.最初のきっかけはブルームがリーダ・コスミデスと会話したことであり,ブルームはグールドのような言語副産物説には説得力がないことに気づく.そしてピンカーを引き釣り込むと,ピンカーは進化生物学を猛勉強し,実は進化生物学者の間では(特に進化理論について)グールドの信憑性には大きな疑問が突きつけられているということを知る.そしてグールドとチョムスキーと対峙していくことになるのだ.


関連書籍

ピンカーの初めての一般向けの本.言語が進化的な適応産物であることを極めて説得的に論じている.


同邦訳.「心の仕組み」と異なってまだ文庫化されていない.


本論文に至る経緯が詳しく書かれている.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20140613


デネットによる進化と自然淘汰のブリリアントな解説.これも最初に読んだときには感銘を受けたものだ.


同邦訳

*1:ピンカーは括弧書きで「あるいはあなたの立場によってはこれは非難されるべきことかもしれないが」と付け加えている

*2:西部劇の代表的ヒーロー

*3:アメリカのシンガーソングライターJim Croceの「You Don't Mess Around With Jim」という歌のことだと思われる.その歌詞には「You don't tug on superman's cape / You don't spit into the wind / You don't pull the mask off that old lone ranger / And you don't mess around with Jim」とある

2016-07-17 書評 「科学の発見」

[] 「科学の発見」 14:00  「科学の発見」を含むブックマーク


本書は電弱統一理論ワインバーグ=サラム理論)によりノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者スティーヴン・ワインバーグによる科学史の本である.原題は「To Explain the World: The Discovery of Modern Science」.スコープとしては古代から科学革命までの西洋における物理学天文学の学説史を扱っている.そもそも本書は学生向けの科学史の講義ノートから生まれた本であり,2つの点で極めて斬新な本になっている.

まず,超一流の物理学者により,古代から近世までの様々な理論が一貫したフレームで捉えられていることがあげられる.2番目に,そしてこれは極めて特筆すべきことだが,本書では科学史家たちに深く染み着いている過去の学者たちに対する文化相対主義的な遠慮が全くみられないのだ.これはある意味では後知恵で過去の学者たちを断罪するという所業に近づくリスクがある.しかしワインバーグは単に現代の知識から過去の人々の間違いを指摘しているわけではない.「世界の成り立ちや世界が従っている規則について仮説を立て,それを実証していく」という現代科学の方法論を発見して実践することがいかに困難であったかを理解するためには,過去の人々がどのような動機で世界を記述し,何故真実に近づけなかったかを見ていくことが必要だと考えているからなのだ.そして実際には「過去の学者たちは,その時代の制約の中で,いかに真実に迫ろうとしたのか,知的に誠実であったか」を問う姿勢が基本になっている.とはいえ歯に衣着せぬその主張は爽快だ.それではワインバーグの胸をすくような一刀両断ぶりを見ていこう.


第1部 古代ギリシア

ワインバーグは,数学天文学の知識はバビロニア,中国,エジプト,インドで始まるが,それでも西洋科学の成り立ちを考える上では古代ギリシアの哲学者たちは特別な存在になると始めている.

  • 最初はタレスタレス万物が単一の基本的物質からなるという見解を表明した.これはエンペドクレスによる4元素説,そしてデモクリトスのアトム説につながる.プラトンは4元素説とアトム説を結合させた.ワインバーグは,これらの哲学者たちは「表面上に見える現象の奥にあるより深いレベルの現実を求めているが,自説についての証明が必要だとは考えていない」と解説する.それはゼノンのパラドクスと同じ姿勢であり,知的スノビズムだとコメントし,これまでの科学史家たちは「彼らが現代科学を先取りしていた」と強調しすぎていると指摘する.そしてギリシアの哲学者たちの理論は(実証がなく)単なる言葉にすぎす,科学者というよりは詩人と見なされるべきだと追い打ちをかけている.「詩人」とはなかなか強烈だ.
  • 次はピタゴラス.ピタゴラスはカルトの開祖として数学を追求し,演繹的手法を発展させた.これによりピタゴラスの定理を見いだし,また弦の振動にかかる整数比と和音の関係を説明した.アルキメデスはこの伝統の上にあり,浮力の理論を演繹的文体で説明している.ワインバーグはこれらの試みは数学と科学の違いを明確化しておらず「理性の力だけで真実に到達する」という誤った目標を自然科学に設定してしまったと評価している*1
  • そしてアリストテレスワインバーグは,アリストテレスプラトンまでの詩的スタイルから理詰めのスタイルに方向転換したと評価する*2.そして彼は優れた観察眼と鋭敏な思考を持っていたが,しかし「物事の有り様はその目的によって決まる」という目的論に満ちており,無意味な分類にこだわりすぎ,これが後の科学の進展の障害になったと指摘する.そのよい例は運動にはすべて原因があると考えたこと(これは観察のみに基づき,実証は試みられなかった)で,彼の力学についての多くの誤りはこれに起因しているのだと説明している.
  • 科学史家はアリストテレスを大いに賞賛し,その誤りに導いた方法論についても,彼の関心を持った問題と彼の知覚していた世界にふさわしいものだったと擁護する.ワインバーグはこれを鋭く批判する.科学において重要なのは,特有の問題を解決することではなく,世界を理解して説明することなのであり,どんな運動が「自然」かを考察したり,特定の物理現象の「目的」を論じるのはいつの時代にあっても無意味なのだと指摘する.そしてこのように考えることによってはじめてアリストテレスのような極めて理性的に人物にとってさえも自然をどのように研究すべきかを知ることがいかに困難だったかを理解できるのだとコメントしている.
  • アレクサンドロス大王の死後,科学探究の中心はアテネからアレキサンドリアに移る.そしてその関心は,知から実用へ,「万物の根元理論」から天文学光学流体力学に移る.ワインバーグはこの時代の光の反射や天体の動きについての理解の進展を詳しく解説している.プトレマイオスやアルキメデスの思索の解説は本書の読みどころの一つだろう.この時代に工学技術は一定の進展を示したが医学はそうではなかった.ワインバーグは工学技術は役に立つかどうかが明白だったのに対し,医学の施術はそれが効いたかどうかを(他の条件をコントロールしていない以上)知りようがなかったためだろうとコメントしている.

第1部の最後に古代科学の終焉が扱われ,中世の自然研究の停滞はキリスト教のためだったのかが問われる.

冒頭でワインバーグは,科学と宗教という一般的な問題について「科学の発見には宗教観念からの切り離しが必要なのだ.それは超自然を仮定しないでどこまでで説明できるか考えてみようとしなければどんなことでも説明可能になってしまうからであり,そしてそれを克服するには何世紀もかかった」と簡潔に結論を述べている.ここもいろいろストレートに語っていて面白い.

  • プラトンの考察は宗教に満ちあふれており,自然現象の秩序を人間的価値と融合した形で説明しようとしている.このような融合に郷愁を抱く科学者科学史家もいるが,そのような郷愁こそ科学者が克服しなければならないものだ.
  • 古代ギリシアにも超自然に懐疑的だったものはいた.代表的なのはエピクロスであり,それを現代に伝えているのはローマ時代のルクレティウスだ.そして少なくともキリスト教を国教化する前のローマ時代には科学者への宗教的な迫害はなかった.
  • キリスト教は,異教徒の科学はキリスト者が取り組むべき霊的問題から関心をそらすことなどから科学を好まなかった.そして教会が知的な若者に宗教家として立身出世の機会を提供したことも科学の衰退につながった可能性がある.

第2部 古代ギリシアの天文学

ワインバーグはここで古代ギリシア時代の天文学の歩みを概観している.これは後にコペルニクスケプラーニュートンを評価するための予習という含みもあるが,一流の物理学者から見た天文学史はなかなか興味深い読み物に仕上がっている.

  • 古代世界で最大の進捗があった科学分野は天文学だった.それは物理現象が単純だったことと,それが有用(農業のための暦,そして航海術)であったことによる.実用のために技術が進歩し,それが科学的知見にフィードバックすることもしばしば生じた.
  • アリストテレス地球が球形であることの理論的根拠,実証的根拠の両方を挙げている.彼の挙げる理論的な根拠はアプリオリな元素論に立脚していて現代的には根拠になり得ないが,実証的な根拠(月食時の地球の影の形,緯度により星の高さが変わること)は正しいものだった.
  • アリスタルコスは,半月の時の太陽と月の角距離,日食時の月と太陽に見かけの大きさがほぼ等しいこと,月食時の月と地球の影の相対的大きさの差,月の見かけ上の大きさ(視角)から太陽と月の大きさおよび地球との距離を計算した.方法は完璧だったが,計測数値が正確ではなかったために計算数値は実際とはかけ離れていた.最大の問題は「計測誤差」の評価を行おうとしていないところだ.しかし彼は定量的なマインドを持ち,太陽の方が地球よりはるかに大きいことから地動説的な考えを抱いたようだ.アリストテレスは,恒星の年周視差が計測できなかったために地動説を否定した.(ワインバーグは,当時恒星が太陽より遙かに遠く離れていることが実証できなかった以上やむを得ないと評価している)
  • ヒッパルコスは,日食の観察データから月までの距離の計算値を大幅に改善した.また彼は800の星の観察データを星表にまとめ,春分点秋分点が天球上を移動*3していることを発見している.
  • エラトステネスは緯度の異なる地点での夏至の太陽の高さの差から地球の大きさを計算した.

そして古代の天文学にとっての最大の難問は惑星の運動だった.アリストテレスは「地球の周りを幾層もの天球が回っていて,それに星が乗っている」と主張したが,それでは惑星の観測データを説明できない.ここから西洋天文学の2000年の格闘が始まる.

  • ピタゴラス学派は太陽も月も惑星地球も(地球のギリシア側から見えない)「中心火」の周りを回っていると主張した.ピタゴラス学派のフィオラオスは,数字へのこだわり(運行している星は10個あるべきだが9個しかない)から,地球から見て「中心火」の逆側に「反地球」があると主張した.アリストテレスはこれは馬鹿げた主張だと一蹴している.そして実際にピタゴラス学派が自説から観察データを説明しようとしたことはないようだ.
  • 惑星の観測データの解釈にかかる古代の最大の論争は地動説天動説かではなかった.それはアリストテレスの同心天球モデルかプトレマイオスの周転円モデルかにかかるものだった.
  • プラトン天体の動きは円運動の組み合わせであるに違いないと主張し,それにあわせて様々な解決策が提唱された.エウドクソスはひとつの天体ごとに何層もの天球が回るモデルを提示した.それは「ファインチューニング」の多い不格好なモデルであった.ワインバーグは「ファインチューニング」を何故そうなのかを説明できないパラメータ設定が多いという意味で用いている.このことを現代の物理学者の目から解説する部分は大変面白い.
  • アリストテレスはそれを整理しようとしたが,明らかなミスがあり,それを是正すると多くの天球がやはり必要になり,ファインチューニングの多い不格好なモデルであることからは逃れられないものだった.そしてそれでも惑星の明るさの変化を含む多くの観測データを説明できなかった.
  • アポロニウス,ヒッパルコス,そしてプトレマイオスは周転円,離心円,エカント*4という数学的装置を導入し観測結果をより説明できるように工夫した.この理論はいくつかのパラメータをファインチューニングすれば,コペルニクス地動説と全く同じ動きを説明できるものだった.つまり惑星一個あたりひとつの周転円以外の複雑な仕組み(つまりその他の周転円,離心円,エカント)は地動説を採らないために生じた無理矢理な仕掛けではなく,惑星軌道が円ではなく楕円であることに対して調整するものだったのだ.このプトレマイオス理論のワインバーグの解説はなかなか詳細で面白い.本書の読みどころのひとつだ.
  • より観測データを説明できるプトレマイオス説がアリストテレス説を凌駕できなかったのは,科学は目的論的原理に従うべきだという規範の影響が大きかったためかもしれない.惑星の動きを説明することをあきらめるような新プラトン主義者も現れている.

第3部 中世

科学は古代ギリシアで一旦頂点を迎え,光学天文学の様々な自然現象を記述できるようになった.しかし中世世界ではこれに匹敵するものはなかった.とはいえ中世が完全に知性の暗黒時代だったわけではない,古代の業績はイスラム圏に,そして後にヨーロッパの大学で維持され,時に改良され,科学革命への素地が準備される.ワインバーグはイスラム圏と中世後期のヨーロッパに分けてこの時代の科学史を記述している.

  • 東ローマ皇帝ユスティニアヌスによりアルカメディアが閉鎖されたときにギリシアの学者たちはペルシアに亡命した.そしてイスラム科学はアッバース朝で黄金時代を迎える.この時代のアラブの科学には,数学天文学に興味を持つグループと哲学者と医師のグループという二つの流れがあった.天文学に関して前者はプトレマイオス派で後者はアリストテレス派になる.前者の業績としてはインドからの数学の導入(0と位取り十進法記法正弦法),より正確な天文観測などがある.
  • その後イスラムの科学は衰える.これも宗教の影響なのかという問題について,ワインバーグはアッバース朝の科学者には宗教への懐疑主義傾向が見られるが,時代が下ると宗教家が科学を敵視する風潮が強くなっているとコメントしている.
  • 西ローマ帝国の滅亡後,知的には後退したヨーロッパだったが,10世紀頃から復興し始める.最初に大聖堂の附属学校で古代ローマ時代の学問が教えられ始め,また古代の著作が次々に翻訳されるようになる.重要だったのはトレドでアラビア語から翻訳されたアリストテレスの著作群だった.アリストテレスは13世紀に教会から異端とされることもあったが,まもなく撤回され,後の時代に多くの影響を与えた.アリストテレスの自然の法則に関する理解の多くは間違っていたが「自然には法則がある」という信念を広めたことが特に重要だった.ワインバーグは,教会による異端宣告はアリストテレスから絶対の権威を剥奪するのに有用であったし,その後の撤回はキリスト教絶対主義から科学を救ったのだとコメントしている.
  • 14世紀ヨーロッパで創造的科学研究がついに始まる.その嚆矢となったのはジャン・ピュリダンであり,彼は科学原理の論理的必然性を認めずに観察と実証を重視する経験主義者だった.ワインバーグは,これは純粋に演繹的な科学というプラトンの設定した実現不可能な目標からの解放だった(そしてそれはとても難しいことだった)と評価している.さらに(一時的とはいえ)地動説を主張したオレーム,運動を数学的に記述したベーコンなどが続く.

第4部 科学革命

物理学天文学は16世紀から17世紀にかけての科学革命を経て現在のような学問体系になり,それに続く自然科学諸分野の模範となる.これはかつては当然の理解だったが,近年一部の歴史学者から疑問を提示されている.批判には二通りあり「それは既にイスラム圏で始まっていた」というものと「17世紀以降も前近代的な考え方の名残が連綿と続いていた」というものがある.ワインバーグはどちらの疑問にももっともな部分がないではないが,それでも「科学革命」は精神史をそれ以前とそれ以後に二分するリアルな転換点だったと評価できると主張している.現役の物理学者から見て,それ以前の学者が行っている営みは宗教や哲学と不可分に結びつき,それ以降の学者の営み(数学的に表現された客観的な法則の探求)と根本的に異なるものに感じられるというのだ.そしてここからは「科学革命は確かに存在した」ことを述べていく.まずは天文学

  • 科学革命はコペルニクスから始まる.コペルニクス地動説はプトレマイオス説に比べて観測結果をよりうまく説明できるわけではなかった.しかしそれはより「ファインチューニング」を減らすことに成功しており,彼は自分の理論の方が「より美しい」と主張した.ワインバーグはこれは物理学の歴史に繰り返し現れるテーマであるとし,量子力学の発達史をあわせて解説している.
  • 地動説は少しずつ転向者を生みだし,またティコ・ブラーエはコペルニクス説と数理的に等価な天動説体系を理論化して両者の折り合いをつけようとした.
  • ケプラーは当初プラトン的に正多面体的な宇宙論にこだわっていた.これは偶然の結果に過ぎない惑星軌道を説明するには不向きだったが,ワインバーグ数学的に美しい理論を求めようとするケプラーの努力を理解できるものとし,現在の天文学者が直面している「膨張する宇宙を説明する自然定数と自然法則」の問題も,もしマルチバース理論が正しければ単なる偶然の結果になり得るのだとコメントしている.ケプラーは次にティコの正確で詳細な天文観測データに出会い,コペルニクス理論と観測データの差を修正する離心円やエカントを徹底的に試したあげく,この修正は不可能だと確信し,ついに円形軌道の呪縛を逃れて楕円軌道(第1法則)という結論にたどりつく.その後ケプラーは観測データから第2法則(これは太陽から離れるにつれて惑星速度が遅くなることを意味し,惑星の運動の原因が太陽にあるという深遠な意味が含まれる),第3法則も導き出す.
  • そしてガリレオ*5が登場する.ガリレオ望遠鏡を用いて多くの歴史的な発見を行い,太陽中心の地動説モデルを有利にする観測データ(金星の満ち欠けの発見)を初めて示した.その後ガリレオはカトリック教会と対立し,異端宣告を受けてしまう.ワインバーグはその経緯を詳しく説明し,1979年のヨハネ・パウロ2世による名誉回復にも触れた後,教会がその名誉回復の理由を「地動説の方が正しく当時の教会がその判断を誤った」ことに帰していることに対し,そもそも宗教上の教義を理由に科学者の学説を断罪したこと自体の誤りを認めるべきだったと痛烈に批判している.

ワインバーグは次に物理学分野での科学革命を説明する.

  • 理論は観測や実験によって実証される必要がある.力学については実験が特に重要だった.科学者は母なる自然からその秘密を力尽くで奪い取るために人工的な環境を巧みに構築するようになるのだ.そしてこの嚆矢はガリレオになる.ガリレオは,落下実験により「重い物体も軽い物体も同じ速度で落下する」ことを示し,さらに斜面に沿って自由落下させる実験により「自由落下する物体の速度はその落下時間に比例する」ことを実証した.17世紀以降の科学実験の大きな特徴はその結果を公表し,後に続く科学者に利用できるようにしたことだ.
  • ホイヘンスは振り子を使って重力加速度を測定し,実験結果から運動量と運動エネルギー保存の法則を提唱した.ワインバーグはこれは科学がついに論理的な演繹法数学的な確実性の追求への呪縛から脱却できたことを示しているとコメントしている.
  • パスカルトリチェリ実験結果から気圧の存在を説明し,アリストテレスの誤り(自然は真空を嫌う)をまた一つ実証した.ボイルは実験結果を積み重ねてボイルの法則を提唱する.

ワインバーグはここで科学史家や哲学者から評価の高いベーコンとデカルトの業績を扱う.ここも辛口で面白い.

  • ベーコンはその徹底した経験主義を評価されている.彼は新発見は観察からのみ生みだされるべきであり,科学者は実用に結びつく研究のみ行うべきであると主張した.ワインバーグはこの主張は極端であり,実際に彼に影響された科学者がいたとは思えないとしている.
  • デカルトはその権威や感覚に対する懐疑主義と確実な推論を求める姿勢からさらに評価が高い.しかしワインバーグデカルト数学的確実性にこだわりすぎている上に,その科学的原理の推論の確実性の基礎は結局「神が人間に与えた知力を信用する」ところに求めているが,それはおかしい(神が地震や疫病を放置するのに哲学者が欺かれることを放置しないと考えるのは奇妙だ)とコメントしている.そしてデカルトの犯した数々の誤りを見ると,結局彼の演繹法は彼に期待された重みに耐えきれないものであることが明らかであるとしている.そしてワインバーグは,デカルトの業績について,科学的方法論や哲学ではなく,解析幾何分野の創設と光学分野への貢献(虹の説明など)こそが取り上げるに値する重要なものだと評価している.

科学革命の最大の立役者は当然ニュートンになる.ワインバーグは以下のように描写する.

  • ニュートンについては彼が現代の科学者とは異なる側面を持っていたことが強調されることがある.しかしニュートンは過去の自然哲学と現代科学の始まりとの境界を越えた人であり,その業績は以降の現代科学の模範となった.
  • ニュートンの偉大な業績は主に光学数学力学の分野でなされた.光学では実験によって色彩を説明し,数学では微積分を独力で創設し,運動の3法則と重力の理論は,天体の運動がなぜケプラーの法則に従うかを説明し,天空と地上において物理学を統合し,歴史に最大級の影響を与えた.
  • ニュートンにより「科学理論は究極的に理性にのみ基づいて築き上げられるべきだ」という古代ギリシアにさかのぼる古い科学の理想は捨てられることになった.現代の物理学者は最も根本的な理論に対しても常に「どうしてそうなのか」という疑問を抱き続けざるを得ないのだ.
  • ニュートンの理論,予想は次々に実証され,世界に受け入れられた.それはアリストテレス哲学の中心課題であった「目的」について何ら解答を与えていなかったが,多種多様な現象を計算可能にする普遍原理を提示していたのだ.そしてこれは物理理論の規範と可能性を示す強固なモデルとなった.

ワインバーグはさらにプリンケピアにおける記述,アインシュタイン相対性理論との関係*6などニュートンの業績を詳細に解説している.ここも読みどころだ.


ワインバーグは科学革命が生じた理由についての考察も行っている.

  • 古代や中世においては現代科学のような目的意識もなく人間的価値が入り込む余地のない無機質な営みは目標とされていなかった.
  • なぜ科学革命が16世紀のヨーロッパで生じたか,いろいろな説明はあるが確かな理由はよくわからない.しかしどのようにしてそうなったかは説明できるだろう.ヒトは目の前の現象の説明に対して満足感を覚える.これが報酬となり試行錯誤の末にどのようにすれば知識を得られるかがわかり始め,目的や価値を気にかけなくなり,確実性をあきらめ,観測や実験を重視するようになっていったのだ.

そして最後に科学革命以降の科学史と将来の展望を簡潔にまとめている.

  • 世界はニュートンの時代に想像されていたよりもはるかにシンプルで統一的な自然法則によって支配されていることがその後の科学の進歩によって明らかになっていった.電気力と磁気力は統一され,光学は電磁理論と統一された.
  • 物質は原子からなることが明らかになり,さらにそれは原子核と電子から,さらにそれらは各種の素粒子からなることが理解され,それらの素粒子の運動は量子力学で記述され,そこに働く2つの力は電磁力と統一されて標準モデルとなり,化学と物理が統一された.
  • 標準モデルはなお重力を統一していないし,ダークマターの問題は解決していない.しかし標準モデルは間違いなく未来のより完全な理論の近似理論たり得るだろう.
  • 生物学はダーウィン以降ようやく目的論から離れ,DNAの解明によってその基礎が物理化学と結びつくことになった.とはいえ,生物学的な問題をすべて素粒子から記述することは事実上不可能であり,可能であっても人間にとって理解できないものになるだろう.また歴史的偶然の要素が多いという特殊性もある.それでも生物学の原則は(歴史的偶然とともに)基本的物理法則によって成り立っているだろう.
  • このような見解は「還元主義」として批判されることがあるし,物理学の内部でも問題によってはそのような論争がある.ある意味それは「世界がそのようになっている」という一つの見解でもある.科学が将来的に還元主義の道をどこまで進んでいくかはわからない.しかしわれわれはこれまでこの道を長い間歩んできたし,道はまだまだ続いているようだ.

そして本書の最後はダーウィンへのオマージュとしてこう記述されている.ダーウィンファンとしては大変楽しいところだ.

これは壮大な物語である.天空の物理学と地上の物理学ニュートンによって統一された.電気と磁気の統一理論が開発され,それで光を説明できるとわかった.電磁気の量子理論が拡張された弱い力と強い力を包含するようになり,化学生物学までもが物理学を基礎とする(不完全ながら)統一された自然観に組み入れられた.さらに基本的な物理理論へと,われわれの発見する幅広い自然法則はこれまでにも還元されてきたし,今も還元されつつあるのである.


 

本書を通読すると,人類の「物事を知ろうとする試み」は,(特にそれが世界の成り立ちにかかる根本的な原理であればあるほど)それにより何らかの人間的な価値を求めようとする心に侵入されてしまう傾向があることがよくわかる.これはヒトの本性の1つと密接に関わっているのだろう.西洋ではこれらは純粋演繹を求めるプラトン主義,アリストテレスの「目的論*7として現れ,さらにキリスト教的な呪縛が科学の障壁として立ちふさがった.そういう意味で科学革命は人類が非常に幸運な物事の成り行きの結果手にしたものであったのであり,普遍的人権思想と同じように,いわば歴史の僥倖として捉えるべきものかもしれない.

冒頭でも述べたが,ワインバーグの現代の知識を前提にした過去の科学者や哲学者たちへの評価は,決して彼等の主張が後知恵で見て正しかったかどうかに依拠していない.目的や希望などの価値にとらわれていないか,それが(理論上破綻していないだけでなく)実際にも成り立つものであるのかを観察や実験によって確かめようという姿勢があるのかが基準になっている.そして実際に理論の美しさを追求して結果的に誤った科学者に対するまなざしは温かい.理論は観測や実験で確認されなければならないとはいえ,「世界には普遍的な自然法則があり,それは還元的に追求でき,美しい理論として記述できる」という信念は現代科学にも濃厚にあるからなのだろう.

そしてワインバーグが古代や近代の科学者や哲学者に対して科学史家たちと全く異なる評価を下していく部分は本書の最も面白い部分であり,読んでいて特に爽快だ.ギリシアの哲学者たちを「詩人」と断ずるところも豪快だが,個人的にはデカルトの評価が大変面白かった.デカルトの「方法序説」は「我思う故に我あり」で大変有名だ.私ははるか昔この明晰な議論に初めて触れたときにいたく感銘を受けたのだが,ではそこから次にどう進むのかに興味を持って深入りすると,突然「神」が降臨するという展開に唖然とした記憶がある.しかし一般的にはデカルトの方法的懐疑の哲学の評価は高く,私は常々釈然としない思いを抱いていた.本書の記述は,そういう私の何十年にもわたってもやもやしていた部分を吹き払ってくれたようにも感じられる.ここはあるいは英米の経験主義と大陸欧州の観念主義の文脈で解釈すべきなのかもしれないが,ワインバーグのストレートなさばき方はともかくも小気味よいものだ.

またワインバーグによる物理学史を彩る諸問題についての一貫したフレームからの解説も本書の魅力の一つになっている.本文中にも詳しく解説されているが,きちんとした解法はさらにテクニカルノートにまとめられている.学部生向けの講義が元になっているので当然といえば当然だが,この部分だけでも初学者にとって大変充実した物理学の副読書になっている.

本書は,科学革命の本質を科学者の目から解説している注目すべき科学史書だ.科学という営みに興味のある人すべてに推薦できる.


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原書

To Explain the World: The Discovery of Modern Science

To Explain the World: The Discovery of Modern Science

*1ワインバーグは現代では数学と科学はきちんと区別されているが,なお厳密さを巡って意志疎通に難をきたすことがあるとコメントし,数学者たちは物理学者は曖昧だと感じ,物理学者数学者は厳密さにこだわりすぎていると感じると述懐していてなかなか面白い

*2ワインバーグは,アリストテレス文体について「簡潔にして無駄がなくプラトンと大違いだが,実際には結構退屈だ.とはいえプラトンのような馬鹿らしさはない」とコメントしている

*3:これは地球の自転軸の歳差運動によるもので,ニュートンによって初めて正しく説明された

*4:離心円は,周天円の中心が描く従円の中心を地球から少しずらすという仕掛け.エカントは(離心円をとる場合の)従円の中心に対して地球の逆側にある点で,周天円の中心がエカントを中心として一定の角速度で動くとした

*5ワインバーグは,ガリレオについて,ニュートン,ダーウィン,アインシュタインと並ぶ史上最高の科学者の1人だと評価している

*6:物体の運動が光速より十分遅い場合の近似理論とみなせる

*7生物学はその淘汰産物の適応的デザインのために特に目的論に侵入されやすい.目的論によって進化理論の理解がはばまれているという事情もより本書が示したような大きな構図から見るとまた興味深いところだ.

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