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2008-01-16 書評 「女が男を厳しく選ぶ理由」

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女が男を厳しく選ぶ理由(わけ)

女が男を厳しく選ぶ理由(わけ)


性淘汰や配偶関係にかかるまじめな進化心理学の啓蒙書は,日本では,しばしば,あたかも軽い恋愛指南書のような形で翻訳出版される.本書もまさにそういう体裁だ.本の予想売れ行きを考えるとまあそういうことなのかもしれないが,やはりその辺の恋愛指南書だと思われるのも大変不幸なことではないだろうか.

さて本書はなかなか特徴の多い本だ.まず本書は共著という形をとっている.もともと北海道大学で教鞭をとっていたミラー博士のアイデアに基づいて本書はカナザワ博士との共著本として構想される.しかし最初の草稿の一部ができた段階でミラー博士はなくなり,その後カナザワ博士が完成させたものであり,実質的な著者はカナザワ博士だと言える.カナザワ博士は名前から見て日系の方だとは思われ,そういう意味で微妙に日本には関係がある.(もっとも本の中身にはほとんど日本の話題はない)


著者は社会科学出身で,ライトの「モラルアニマル」を読んで進化心理学に目覚めたという(進化心理学への入り方としてはちょっと軽い)経歴を持つ.そして進化心理学周りの研究を積み重ねており,本書では進化心理学の紹介を兼ねつつ,良くある疑問に答えるという体裁をとっている.基本的に著者は社会科学のフィールドで活動しているので,当然ながら,進化心理学的な言説が politically incorrect だと非常に多く批判を受けているようだ.そこでまず序章にはそのあたりの注意書きが書かれている.面白いのは通常の「自然主義的誤謬」に加えて「道徳主義的誤謬」(これこれであるべき.だから事実もこうなっている(はずだ))にもふれている点だ.批判サイドにはこういう言説が多く見られるのだろう.

人間の本性について自然科学者側は遺伝と環境が両方とも重要だと考えているが,多くの社会科学者は遺伝の影響を認めない環境決定主義者だと述べており,結構批判にうんざりしている様子が窺える.極端なフェミニズムは別にして,実際の批判者は,そこをまじめに考えたことがないか,政治的なリスクを考えて議論を避けているだけのような気もするが,どうなのだろうか.いずれにせよ本書は,環境や学習の重要な影響も認めつつ,叙述の中心は遺伝の影響を受けた「人間の本性」についてであると断っている.


続く第1章と第2章は進化心理学,その性差についての解釈を初心者向けに要約したものだ.大きな破綻無くわかりやすくまとめているが,ところどころ戦闘的な部分がある.マーガレットミードと「サモアの思春期」のスキャンダル,そしてそれの現代版の「タサダイ族」(マルコス政権による平和な部族の存在のでっち上げ)の物語などが語られている.(もっとも本書にあるように未だに人類学者がタサダイ族の真偽を議論しているのなら重要な話になるのだろうが)


第3章からは最近の進化心理学の議論をふまえた各論だ.政治的に問題の少ないものから問題含みの問題に順番に並んでいるようだ.興味深かったところを上げてみよう.


まず,男性から見た女性の魅力について.WHRについてそれが多産度を表す指標になっているからだとしているが,何故そうなのか(至近因,またこのシグナルが信頼できるためのコスト(究極因))にまでは踏み込んでいない.ここはちょっと残念だ.

次のシグナルとして,豊胸が上げられている.これは歳を取るとたれてくるので,若さを表す正直なシグナルとして機能しているのだという仮説が紹介され,また同様に男性はブロンドの髪の毛が好きであり,それはより女性の年齢が若いかどうかを検査しやすいからだという仮説が紹介されている.(そして肌をあまり露出しないため検査しにくい北欧でブロンドが多いことと符合するとしている)また青い目は感情を読みやすいために好まれるという説も紹介されている.確かにこれらはシグナルとしては機能するだろう.しかし,では貧乳や黒い髪の毛を持つ戦略についてはどう考えるべきなのか.このあたりの踏み込みが無く,叙述のレベルとしては浅いのが残念だ.(また,そもそも男性がブロンドが好きというのはユニバーサルなのかという疑問もなきにしもあらずだが)


息子がいる家庭の方が有意に離婚率が小さいというデータがあるというのは興味深い.息子の成功度の方が親の援助により影響を強く受けることから予想される方向だが,ちょっとした驚きだ.


トリヴァース=ウィラード仮説をヒトで実証するようなデータが最近多く得られているというのも非常に興味深い.これは著書のカナザワ博士のリサーチエリアのようだ.アメリカの大統領,副大統領,閣僚,17,8世紀のドイツ,シャイアン族などの記録からはエリート層は息子の方が多いそうだ.著者によるデータでは,技術者や数学者などシステム化志向が高いと有利だと思われる職業の親から生まれる子供の性比は0.58,看護婦など共感志向が高いと有利だと思われる職業の親から生まれる子供の性比は0.43だそうだ.また身長の高い親からの子供は息子が多く,非常に魅力的とされる親の子供は娘が多いそうだ.引用元は明記されているが,実際の数字があまり載せられていないのが残念だ.いずれもトリバーズ=ウィラード仮説の予想の通りだ.


赤ちゃんが有意に父親に似ているかどうかについては追試のデータでは確認できず,なお疑問の余地があるが,母親の親族が赤ちゃんが父親似であると有意に主張するのは確からしい.著者は,夫婦別姓をとる欧米のキャリア志向の高い女性も子供たちには夫の姓を名乗らせるが,これは無意識にでも夫に子供の父性をアピールしているのだろうと推測している.フェミニストに対して風刺の効いたちょっと面白い仮説だ.


レイプにかかる男性心理については,資源のない男性が配偶相手を求めようとする心理メカニズムに原因があるだろうとソーンヒルの弱い仮説と同じ考え方をとっている.犯罪の性差については,男性の犯罪は地位確保(そして配偶機会獲得)の心理メカニズムが,女性の犯罪については子育てのための資源確保の心理メカニズムが中心にあるだろうというアン・キャンベルの説を支持している.アン・キャンベルについては未読だが.面白そうだ.さらに面白いのは犯罪の動機も,芸術やビジネスや研究の動機も男性の場合深層では同じ(配偶機会の獲得=女にもてたい)であり,犯罪率や生産性の生涯曲線は同じだという指摘だ.このような現象は女性の芸術家や研究者には見られないのだそうだ.このような心理メカニズムにより文明や文化が築かれたのだという主張なのだが,ビル・ゲイツの生産性も中年になり結婚して下がっていると揶揄されているようで笑ってしまった.(なおスティーブ・ジョブズについては記述がない)


職業選択の意識にかかる性差と,それがもたらす帰結についてはキングズリー・ブラウンの主張を支持している.なおこの部分はフェミニストたちとのバトルグラウンドであり続けているようだ.


男性と女性で,相手の性的関心の評価が食い違うのはエラーマネジメント理論で説明できるとし,これは宗教の起源にも同じ現象がある(何らかの脅威を認める方にエラーする傾向を持つ)のだとしている.また女性の方がリスク回避的なのでより信心深いという現象と合致していると主張している.宗教の起源については,さらにいろいろな説明が近時なされており,そこにも言及が欲しいところだ.

政治的に微妙なのは,自爆テロがイスラムに多い理由についても言及しているところだ.おそらくこの部分が引っかかって本書の出版はいくつもの出版社から断られたのだろう.著者の主張は,まずイスラムの自爆テロは他のテロと異なり明確な目的のない殺戮に近いこと,それはイスラムは一夫多妻を認めており,資源のない男性から見ると配偶機会を巡る競争が厳しいこと,コーランで殉教者には72人の処女を与えると約束されていることが原因として効いているのだという.さすがにこれは単純化し過ぎではないか.社会文化の特質や,殉教者の家族が地域からどういう扱いを受けると期待できるかなどの論点も重要なのではないかと思う.


独身女性が海外旅行好きなのに独身男性がそうでないのは,地位を示すコストの高いディスプレーが文化が異なると意味を持たなくなるからだという仮説もなかなか面白い.しかし資源のない男性から見ると逆ではないかという気もする.


最後に,なお進化心理学にとって説明できない難問をいくつか示している.ここは,しかし,私にとってはもっとも納得感のない部分だった.

まず同性愛についてはいくつかの仮説が提示されているが,まだよくわからないと認めている.これは妥当な部分だ.

成熟した産業社会になると少子化することを謎としているが,ここは疑問だ.著者は理屈では繁殖の究極因が意識的でないことを認めているが,この部分では混乱してるように思われる.成熟した産業社会は進化的な過去にはなかったのだから,謎でも何でもないように思う.兵士が国を守るために命をかけることについても同様だ.

子供が親を愛することが謎だとしてるが,ここも理解できない.子供にとっても親があった方が有利なのは明らかなのだから,謎でも何でもないのではないか.そして親から子への愛と子から親への愛では,予想通り,その強度は異なっているように思う.

おそらく進化生物学への造詣が浅く,心理メカニズムが過去環境に適応した無意識のメカニズムであるということがきちんと落ちていないのではないかと思う.


全般的に本書は,仮説と検証された事実をきちんと叙述し分けてはいないので,ある意味で誤解されやすい書物に仕上がっていると思う.そういう意味で自然科学の啓蒙書としては叙述はかなり大胆で,かつややスロッピーだ.このような印象を持つのは,1つには社会科学では普通なのかもしれないが,なお確証の無い説でも断定的に主張するスタイルをとっていることにあると思われる.そして残念ながら微妙に進化生物学の理解が浅いと思われるところがある.

この部分をふまえて読めば,本書は最近の進化心理学で議論がなされているトピックについて(通常の著者が避けるような話題にも)踏み込んだ記述がなされており,どのようなことが議論されているのか,よく議論されている仮説にはどのようなものがあるのかを知るには大変参考になる書物である.また引用,参考文献をきちんと収めてあり,恋愛指南書的な企画の中で良心的な邦訳書の作りだと評価できるだろう.



関連書籍




原書 裏表紙の推薦者には David Buss, David Barash, Kingsley Browne が名を連ねている.



Fads and Fallacies in the Social Sciences

Fads and Fallacies in the Social Sciences


politically incorrectness に対して決して妥協しない社会科学者の真実の主張の本としては,私が読んだ中では圧倒的にこれだ.

アメリカにおける社会科学の現状と著者の科学は真実を追究するもので価値観とは独立すべきだという主張を強く出しているエッセイ集.

何より著者は不屈の信念の持ち主でどんなに左派からたたかれても屈することなく主張を曲げないところがひしひしと伝わる.(実際ぼこぼこにたたかれて雑誌への論文掲載にも圧力かけられまくりらしい)

アメリカにおいては右派は価値観丸出しの主張を行い(悪い奴には死を持って報うべきなのは明らか)左派はそれではあまりに説得力が無いので事実にもとづいた主張をおこなおうとするあまり事実を曲げてしまう(死刑には犯罪抑止力は無い(本当はある)).著者はどちらにも問題があり,あくまで社会科学は真実は何かの探求のみを目的にしてそれのもつ政治的な含意によって事実を曲げるべきではないと説く.とられている題材は人種間で能力差はあるとか男女に認知能力差はあるとか死刑に犯罪抑止力はあるとかホモには病理性があるとかなかなかきわどいものばかりでこういうのがどんなにたたかれるかを考えるとそのすさまじさが良くわかる.



不屈の闘志を示した本としてはもうひとつこれをあげておこう.人類学者の立場からかかれたヒューマンユニヴァ−サルの本.文化相対主義に首まで浸かって教育を受けた筆者がだんだん真実に目覚めてしまって書かざるを得なかったという感じが出ていて,いわば背教者の告白のような趣がある.



女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

いかにも恋愛指南書みたいにされてしまった本としてはこれ.

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