2009-12-02 書評 「人はなぜ走るのか」
■[書評] 「人はなぜ走るのか」 
- 作者: ベルンドハインリッチ,Bernd Heinrich,鈴木豊雄
- 出版社/メーカー: 清流出版
- 発売日: 2006/11
- メディア: 単行本
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「マルハナバチの経済学」で有名なベルンド・ハインリッチの本.原書は2001年,邦訳が2006年の出版である.題名からはヒトがジョギングやマラソンにはまる進化心理を問題にした本のように見えるが,それはこの本のごく一部だ.
本書は,動物行動や生理についての専門家でありかつ実はアマチュアの最高峰のランナーである著者による,41歳の時に1981年のシカゴの100キロマラソンで優勝したことについての(20年後に書かれた)自慢本であり,それまでのランナーとしての人生を振り返る自伝でもあり,様々な動物についての代謝や行動生態の知識を利用した100キロマラソンレースへのストラテジー解説本でもある.
「ヤナギランの花咲く野辺で」で語った第二次世界大戦時の奇跡的な東ドイツからの脱出(何度読んでも劇的だ)に続き,子供の頃からの走ることへの情熱,高校大学時代の中距離走選手としての経験,さらに40歳を超えてから100キロマラソンに出ようとするに至る経緯という人生模様が語られると同時に,昆虫の代謝生理,渡り鳥のエネルギー戦略,ヒトの狩猟戦略,代謝の仕組みなどが説明されていて不思議なハーモニーを醸し出している.
生物学的な部分では,ハンミョウの走行スピードとその弱点,昆虫の体温調節戦略,渡り鳥は何を最適化しているか(基本は距離あたりのエネルギー最小化,アマツバメのように単に上空にいることが重要な場合には時間あたりのエネルギー最小化になる),草原の哺乳類の補食戦略と,それに対抗する草食獣の逃避戦略などが面白い.ネコ科動物の短距離ダッシュ戦略とイヌ科動物の長距離追跡戦略というのはよく聞くが,イヌ科動物の追跡は滅多に3キロを超えることはなく,草食獣はそれ以上の連続走行には適応していないのだそうだ.著者はヒトの捕食戦略はこれをさらに長時間長距離に伸ばしてひたすら追い続けるというものではなかったかと推測している.実際に草原の住民はただひたすら走って追い続けるだけで時にシカを疲労のあまり動けなくして捕らえることができるらしい.だからヒトにとって長距離走は時にはまってしまうほどの魅力があるのではないかというのだ.そしてそれは特に男性にとって性淘汰された性質(狩りの獲物によって女性から選択される)かもしれないとも付け加えている.最近ではあまり人気がないが,これは狩猟がヒトの進化に与えた淘汰圧を重視する考え方の1つだろう.確かに長距離走にはまってしまう人は多い.私自身は週に1,2回30分程度流すへなちょこジョガーに過ぎないが,それでも冬の朝のジョギングは格別だ.そういうヒトの心理については説得的な説明なのかもしれない.
とはいえ,この本の最大の売りは,あまりにマニアックな著者のランニングへの取り組みだ.その非合理的にも見える徹底した情熱と,手段に対する合理的な取り組みの対比は読者を惹きつけてしまう魅力に満ちている.著者はこれは自慢のために書いたものではないと注釈しているが,誰がそんなことを信じるだろうか.しかし自慢だろうが何だろうが,このひたむきな取り組みは読むに値するものだろう.
蛇足:この本にはハインリッチのこの100キロマラソンのタイム(6:38:20)は執筆時(2001)でなお40歳以上の世界記録だとあるが,ウィキペディアによると生涯のマラソンのベストレコードは39歳の時の(2:22:34),さらにハインリッチはUS100マイルマラソンの現記録(12:27:01)保持者でもあるようだ.
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