「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


本章では前章において説明されたハミルトンのオリジナルモデルの拡張が扱われる.ハミルトンのオリジナルモデル提唱から40年以上,当然ながら様々な前提に対する拡張があるわけだ.ウエストはこのような拡張により,個別の動物群の性比をより正確に説明できるようになり,注目すべきサポートもいくつか得られているとコメントしている.
さらにウエストはこのような拡張理論の吟味は次の2つのテーマを繰り返し示唆すると指摘する.

  1. 同じパッチの中でそれぞれの個体にとって異なる性比が有利になる場合でも,パッチ全体の性比には大きな影響を与えない.
  2. 理論性比が観測されないときの最もよくある説明は,メスに受精させるに十分なオスを作ることとが必要になるという制限(繁殖保証)と,個体の環境要因へのアセス能力の限界(情報制約)だ.

最初の点はなかなか面白い.実際の生物においてありそうな前提を使うとこうなるということだろうか,それとも何らかの負のフィードバック的な力が働くということだろうか,2番目の点は実際の生物界においてはこの制約は重要だということだろう.このあたりはなかなか深い.


5.1 導入


ハミルトンのLMCモデルは輝かしい成功を収めたが,そこには多くの黙示の前提があった.そしてその後の30年間でいくつかの前提を緩めたモデルが多数提唱された.多くの場合にはオリジナルモデルで説明できない性比を持つ特定の生物に合わせたモデル検討の結果だった.言い方を変えればモデルは生物学的に役に立つように拡張されたのだ.歴史的にはまず説明できない性比が見つかり,そこから前提を吟味してモデル拡張につながった例が多いということだろう.
エストは拡張モデルを一覧表にまとめて示している.それぞれの拡張はこれから解説されていくことになる.


5.2 部分的LMC


5.2.1 部分的LMC理論


ハミルトンのオリジナルモデルは,すべての交尾が出生パッチでそのパッチ出生のNメスの子孫間で生じることが前提となっている.しかしこれを満たしていない場合もある.オスが一部分散し分散後に交尾するケースや,メスが一部分散後交尾するケースだ.これは一部の寄生性カリバチ,イチジクコバチ,アリ,アザミウマ,シロアリで見つかっている.ESSへの理論的アプローチには二つある.f, k を使った式から導出するもの,Nと分散する確率から理論的に導出し直すものだ.出生パッチ同士以外の交尾の確率が上昇するほど性比のメスへの傾きは下がることが予想される.

後者の例としてウエストはいくつかの式を挙げている.(なおここでパッチあたりのメス数についてNではなくnの表記になっているが理由は定かではない)


メスが一部分散する2倍体生物ケース:分散後交尾するメス比率1-βとして



同じく半倍数体生物ケース



5.2.2 部分的LMCについての実証テスト


いくつかのクリアーな部分的LMC理論のサポートは(送粉しない)イチジクコバチの比較リサーチから得られている.これらのイチジクコバチはオスの形態の種間多様性が大きく(有翅と無翅)オスの分散の有無が比較しやすい.

ここではウエスト自身とヘーレによるパナマのイチジクコバチのリサーチが紹介されている.(West and Herre 1998)

  • 10種の無翅オスコバチと7種の有翅オスコバチを比較した.
  • Nは直接計測できなかったのでイチジクの樹におけるメス頻度で代替した.実際にこれによる推定Nの大きさと性比は正に相関した.
  • 有翅オス種は同じ推定N値を持つ無翅種と比べて有意に性比が高かった.これは部分的LMC理論と整合的だ.
  • その後フェローズたちによる追加リサーチは対象を44種に広げ同じ結論を得た.(Fellowes et al. 1999)このリサーチは,無翅オスの祖先から有翅オス形質が独立に5回も進化したクレードを含み,正式な系統比較分析手法を用いて同じ結論を示しているので重要だ.


次にウエストは(オスが矮小化した翅を持つ)キョウソヤドリコバチNasonia vitripennis)とオスが有翅のその近縁種Nasonia giraulti の比較リサーチを紹介する.しかしこのリサーチではNが同程度のパッチにおいて有翅のNasonia giraulti の性比の方が小さかったと報告されている.(King and Skinner 1991)
エストは,この両種では出生パッチで交尾するメスの比率がNasonia vitripennis の方がはるかに低く,双方の要因を合わせてもNasonia giraulti のLMC強度の方が強いとして説明できるだろうとコメントしている.詳細がいろいろあってなかなか予想通りに結果が出ないのがよくわかる.


bethylidae科の寄生性カリバチ19種の比較リサーチ(Hardy and Mayhew 1998)が次に紹介される.このハチではあるパッチに産卵するメスは単一個体(N=1)だが,近隣パッチ間で一部交尾が生じる.ハーディたちはオスが大きいほどパッチ間交尾確率が高まるのではないかと推測した.そしてオスの大きさと性比に正の相関を見いだした.ウエストは,この分析をよく見ると,性比の相関はEpyrinae亜科とBethylinae亜科の系統差だけで説明でき,正式な比較分析では有意とは言えないとコメントしている.なかなか手厳しい.


別のアプローチとしては近親交配確率を推定して検証しようとするものがある.ウエストはうまく実証できたリサーチとできなかったリサーチがあると紹介している.
エストは,ここで注目すべきは理論予測より性比がオスに傾いていたのは,すべて兄弟交尾確率が高い(k=0.57-0.90)生物を用いたリサーチだったことであり,おそらく受精のための必要オス数を満たすため(繁殖保険)に性比がずれていると説明できるのではないかとコメントしている.またもうひとつの可能性としてはパッチのオスが多いとより分散しやすいなどにより,単純なk推定がうまく働かない場合が考えられるとしている.後者のような場合には性比戦略と分散戦略を合わせて考慮する必要があることになる.
エストは次々に拡張モデルのリサーチを紹介しているが,私の印象はいずれも「詳細こそが重要である」ことを示しているというものだ.そして様々な詳細があるからこの分野は奥深くなるのだろう.