Language, Cognition, and Human Nature 第4論文 「ヒトの物体認知はどのようなときに観察者中心フレームを使うのか」 その1

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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When Does Human Object Recognition Use a Viewer-Centered Reference Frame? with Michael Tarr 1990 Psychological Science 1 (4), 253-256


次はまた視覚認知の論文だ.1990年のもの

エッセイ

冒頭でピンカーはこの論文は実証的なものの中で最も好きなもののひとつだと書いている.短い論文だが,極めてエレガントに重要かつ意外な結果を示せているということなのだろう.

この論文に至る経緯も欠かれている.
1980年から81年にかけてピンカーはMITのポスドクだった.そこで計算神経科学者のデイヴィッド・マーと仕事をする機会に恵まれた(マーはこの後白血病で30代の若さで亡くなったそうだ).そのときのマーの主張は以下のようなものだった.

ヒトは,同じ物体が見る角度により様々な映像を網膜に結ぶにもかかわらず,物体の同一性を認識することに優れている.なぜなら脳は,観察者の目や脳や身体を中心とする座標ではなく,対象物体を中心とする座標において物体のパーツの配置を記憶しているからだ.

これはいかにも美しい理論だったので,ピンカーは正しいに違いないと考えた.しかし(当時院生だった)マイケル・ターと実験を繰り返したところ,この理論は正しいようには思えなくなった.被験者たちは物体が最初に提示されたときと異なる方向で提示されると認識するのにより時間がかかるのだ.この結果は,ヒトが観察した物体のパーツの配置を(物体中心座標で捉えたイメージではなく)オリジナルな外観に基づいたイメージで記憶していることを示唆している.

そこでピンカーたちはさらに実験を進めた.この論文で報告される実験において,ピンカーたちはヒトの形状認知についてのオリジナルの提示方向への依存性を再現させたが,その際に重要なひねりを加えた.

  • 被験者に提示するイメージに「左右の違いに冗長性を持たせた形」を付け加えた.(これは,あるわかりやすい軸に対する左右性について何重もの違いがある形になっていて,左右性を確かめるために相対的な配置を確認する必要がない形であることを意味している)すると被験者はイメージをどのような方向で提示されても同じ時間で同一性の認識ができるようになった.
  • つまりマーは半分正しかったのだ.脳はある物体についてその物体のあるひとつの本源的な軸に対して相対的な配置を記憶するのだ.しかしマーが最初に考えたようにすべての軸に対してパーツの相対配置を記憶するわけではない.
  • 言い換えると,脳は提示された物体についてひとつの軸を選び,その軸に沿って個々のパーツがどの位置にあるか,そしてその軸に対してパーツがどれだけ離れているかを記憶するが.パーツが軸の上にあるか下にあるか,あるいは右にあるか左にあるかについては記憶できないのだ.

そして最後にピンカーはこの論文を気に入っているのは,実証実験リサーチの楽しさを簡潔に示せているからだと書いている.その楽しさのひとつは,システマティックに条件を操作したシリーズ実験を通じて仮説を検証し,そしてさらに仮説を磨き上げることができたことであり,もう一つは「エレガントな理論は正しいに違いない」という直感の一部が実証され,かつ理論は当初考えられいた範囲を超えて拡張できることも示唆されたということだとコメントしている.


そしてピンカーお気に入りの簡潔でエレガントな論文が続いている.