Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その16

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles


概念カテゴリーはカテゴリーメンバーについての推論を可能にするという機能を持ち,それは世界がそのようなクラスターを作っているからだという議論.ピンカーは,古典的カテゴリーについては自然科学や数学の法則によって作られた世界,そしてヒトの社会的関係を律するための定式システムがそのような性質を持っているという説明を行った.続いてピンカーはファミリー類似カテゴリーについての説明を行う.

ファミリー類似カテゴリー:歴史的に関連した類似クラスター内での推論

  • 私たちはここまでに,英語学習者はファミリー類似カテゴリーに直面し,英語をしゃべろうとするならそれをうまく扱わざるを得ないことを見てきた.
  • このほかにも適切な推論をするためにファミリー類似カテゴリーを扱わなければならないようなことがあるのだろうか.
  • 多くの人々が,言語と生物進化の類似性を指摘している.そして生物学的分類群におけるファミリー類似カテゴリーの形成には強いアナロジーがある.
  • 新種は,比較的一様な環境下にある小規模の局所交配個体群から進化すると信じられている.自然淘汰を通じて局所個体群は環境に適応し,適応形質を定着させる.その結果(淘汰は変異による分散を縮小させ,エンジニアリング的観点から見て環境とその生物のニッチによって予測可能な方向にかかるので)この個体群は形態学的にある程度一様になる.
  • それに続く地理的な分散は,生殖的に隔離されたサブグループを作る.それらは交配によって一様化の作用を受けなくなり,また個別の環境により異なる淘汰圧を受ける.当初一様だった特徴が,浮動や局所環境にかかる淘汰によって,サブグループ間で一様でなくなり,さらに新しいニッチへ放散し,時に局所絶滅していく.その結果子孫グループはファミリー類似カテゴリーを形成する.例えば「鳥」だ.ロビンとペンギンとダチョウは共通祖先を持つことに由来する多くの特徴を共有し,その後の個別の適応による相違点を持つのだ.
  • これは,ちょうど不規則過去形のサブクラスが示しているように,多くの生物学的なファミリー類似カテゴリーは,世界そのものから来ているのであって,それを学んでいる人々の心の中にだけあるわけではないということを示唆しているのだ.
  • このようなファミリー類似構造は,古典的カテゴリーと同じではなく,最良の科学理論においても排除しきれないということには注目すべきだ.多くの伝統的な生物学的分類は,なにがしか恣意的であり,似たような生物のサマリーという側面を持つ.
  • 確かによく定義された生物カテゴリーもあり,それには「種:遺伝子プールを共有する交配集団」や「単系統クレード:ある共通祖先自体とそのすべての子孫)などが含まれる.しかし多くの重要な生物学分類はそうではない.「魚類」はシーラカンスとサケを含むが,その共通祖先の子孫には哺乳類も含まれる.「魚類」から哺乳類を除く理由は「多くの共有する類似性」というところにある.一部の学者はこのカテゴリー(魚類)を否定する.しかしほとんどの学者はグールドの次のコメントに同意するだろう.「シーラカンスは魚のように見え,魚のような味がし,魚のように行動する.だから偏狭な伝統を超越した妥当な感覚において『魚』なのだ(Gould 1983)」 言い換えれば,生物学者たちは共起特徴のクラスターとして特徴付けられているカテゴリーを認識しているのだ.実際に一部の分類学者は,ヒトがファミリー類似カテゴリーを形成するときに考えるのと同じようなクラスタリングアルゴリズムで分類群を定義しようと試みている.
  • ここまでに私たちは世界に実在するファミリー類似カテゴリーの2つの実例を見てきた.そしてこの2つは同じような生成史を持つ.「ある種の法則によって相対的に一様なクラスができあがる.その後その作用がなくなり,独立の歴史的な原因によりクラスが多様化される.しかし多くの類似性は残っている」
  • オブジェクトは,ある法則の影響の結果の一部を残しつつ.その直接的な影響を逃れることがある.だから常に定式システムの規則性から物事を予測できるということは期待できない.例えば,米国の憲法を知っているだけの観察者は,なぜ大統領が常に裕福なキリスト教を信じる白人男性であるのかを説明できない*1.同様に観察者は(たとえ生理学と生態系の知識を持った科学者であっても)なぜペンギンがアザラシのような毛皮でなくロビンのような羽根を持っているのかを説明できないだろう.
  • その代わりに,オブジェクト同士の既知の特徴の相関を記録し,それを未知の特徴の予測に役立てようとする方がはるかに有用になる.だからスマートな観察者は羽根,翼,卵生,クチバシなどの特徴を記録し,世界にはこのような特徴を共有するオブジェクトのクラスターがあることを認識し,それをそのメンバーの未知の特徴の推論に用いようとするのだ.
  • ちょうど不規則動詞のサブクラスが,歴史の持つ分岐的傾向と収斂的傾向の合わさった過程により形成されたように,概念カテゴリーには,共通祖先的な特徴共有がなくとも収斂的に特徴を共有してクラスターを作るようなプロセスが存在する.例えば,「椅子」には言語や生物種のような系統性はない.椅子間の類似性は,それが特定の環境下において特に安定的に適応的だったという理由で歴史的に何度も生じたという収斂的なプロセスが関与している.歴史的には独立した複数のグループが同じような特徴を持つようになったのだ.このような収斂進化の例には,哺乳類の眼と頭足類の眼,コウモリの翼と鳥の翼,乾燥地帯で独立に何度も進化したサボテンのような植物などがある.
  • 分岐的進化のケースと同じく,私たちの前には法則的な適応的過程による共有特徴と歴史的偶然の過程による分離特徴の混在が残される.しかし収斂的進化の場合には影響は逆になっている.例えば,哺乳類の眼と頭足類の眼は衝撃的に似ているが,哺乳類の眼の視神経は網膜の表側を走っていする一方,頭足類の眼においては視神経は裏側を走っていて感受性の上で有利になっている.この違いはそれぞれの祖先における進化的なスタートポイントの差,おそらくは胚の発生過程における差によって生じたと考えられている.椅子のような人工物でも同じような過程がある.椅子が有用であるためには,安定して座りやすいという機能を持つような形と材質になっている必要がある.しかしそれは同時に,スタイル,入手可能な材質,製作容易性などの歴史的要因の影響を受ける.ある特定の人々をある特定の役割に結びつける多くの歴史的な偶然から生まれる社会的偏見は別の例になる.
  • 人々が関心を持つようないくつかの物事の間に特徴の相関構造があるところにはどこでもファミリー類似カテゴリーが形成されるだろう.そして世界はそのようなクラスターを形成する機会に満ちている.そのような特徴群にかかる法則があれば明確な相関が生まれ,その上に歴史的な偶然が作用すればその相関は完全ではなくなる.つまりほとんどどこにでもそのようなクラスター構造が現れると期待していいのだ.


ここでピンカーが解説しているのは,世界にはファミリー類似カテゴリー的なクラスター構造が実際に存在しているということだ.そしてそれは,一旦法則に基づいて成立したカテゴリーがその後の局所的歴史的偶然により様々なランダムな影響を受けた場合,起源は共有せずとも機能的に収斂したクラスターが生じる場合の二通りを挙げているということになる.
なおここでピンカーは「魚類」という側系統的な分類群を支持し,その根拠としてグールドを引用している.2人の間のいろいろな因縁を考えるとちょっと面白いところだ.

*1:本論文はバラク・オバマ氏の大統領就任前に書かれている