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2018-07-07 「進化心理学を学びたいあなたへ」 その1

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本書は,中国で進化心理学を学ぼうとする学生向けに,大御所を含む進化心理学者34名による,自分の歩んできた道,明らかにした知見,今後の課題,若いリサーチャーむけのアドバイスなどを内容とする寄稿を集めたサイドリーダー的な教科書だ.原書においては各寄稿は英語のまま収録され,これに筆者の経歴や研究実績などについての中国語の解説がそれぞれ付されている形式になる.本書は日本の進化心理学者3名により訳出されたもので,邦訳にあたっては日本で進化心理学を学ぼうとする人向けに日本人進化心理学者6人からの短めのコラムが追加されている.本書については少し詳しく紹介したいので連載の形をとることにしたい.


進化心理学は,進化適応という統一的なフレームで物事を俯瞰することにより,ヒトの様々な行動傾向や認知バイアスなどについてなぜこうなっているのかという疑問に答えることができる大変エキサイティングな学問分野だ.しかし1990年以降に進展した若い分野だということもあり,例えば社会心理学や発達心理学に比べてその全体を概説するような教科書的な本は非常に少ない.日本語文献だと,私が知っている限りではきちんとした教科書的な本は長谷川夫妻による「進化と人間行動」のみであり,分野全体を見渡せるような概説書もカートライトの「進化心理学入門」,エヴァンスの「目からウロコの進化心理学入門」ぐらいしか思い浮かばない.さらにこの3冊とも出版は2000年代の初めであり,さすがに一部の内容はやや古くなりつつある.進化心理学の一部のトピックと進化心理学の周辺分野としての比較認知科学や認知考古学のトピックを扱った「心と行動の進化を探る: 人間行動進化学入門」は2013年の出版と新しいが,分野全体をカバーしているとは言い難く,いくつかの興味深いトピックについてのサイドリーダー的な本にとどまっている.そのような中での本書は,広く様々なトピックを扱い,自伝的エッセイ風な寄稿や実践的なアドバイスも含む内容の濃い本であり,進化心理学を学ぶにあたってのいわば必読のサイドリーダーと呼ぶべき本だと思う.


本書には著名な心理学者たちの自伝的なエピソードもいくつか収録されており,進化心理学の勃興史としての観点から見ても興味深い内容を含んでいる.動物行動学や行動心理学には,ファウンダーたちの回顧録が出版されているが,進化心理学においてはいくつかのインタビュー動画がネットに収録されているほかにはそのような試みはまだない.コスミデスとトゥービイ,サイモンズ,ピンカーの寄稿がないのは少し寂しいが,デイリー,バス,ダンバー,ミラーたちの同時代的証言はなかなか貴重なものだ.



本書の構成

本書はまず監訳者のまえがき,原書編者である王暁田と蘇彦捷による序文があり,そこからは内容ごとに5章に分けられ,それぞれに寄稿者についての解説と寄稿が5〜7編,日本人研究者のコラムが1編収められされるという形になっている.


監訳者まえがき

冒頭は筆頭監訳者の平石界によるまえがきになっている.平石自らの進化心理学との出合い,本書のあらまし,寄稿者たちの自伝的エピソードの楽しみどころと訳書邦題の意図(中国語原題は「进化心理学家如是说(進化心理学者かく語りき)」英語題名は「Thus Spake Evolutionary Psychologists」で,ニーチェの哲学書が元になっている.),日本人研究者たちの追加コラム寄稿の顛末が簡単に解説されている.ここでは「紹介される知見のすべてが頑健であると鵜呑みにしないように」という注意書きも添えられていて,新興分野のダイナミクスと心理学分野の知見の一部に見られる微妙な問題がさりげなく示されている.


序文

原書編者の王暁田と蘇彦捷による序文.原書名の元になったニーチェを引きながら,ニーチェは「超人」の「力への意志」に人類進化の生存意志を導かせて「神の死」以降のイデオロギー喪失の状態に取って代わらせようとしたが,進化心理学自然淘汰と性淘汰からヒトの本質や行動への理解を促そうとするものだと説明する.なかなか格調高い.

またここではジェフリー・ミラーとサトシ・カナザワの間で戦わされた論争(進化心理学の未来は中国にあるのかどうかを巡る論争.ミラーは人口数,経済力,宗教的圧力の少なさから楽観的で,カナザワは思考様式が独創性に欠け,功利性が強く,英語能力が不十分であることを理由として疑問を呈したようだ.ポリコレに敵対的スタンスをとり続けるカナザワ節の1つなのだろうが,中国人進化心理学者としては見過ごせない論争であったようだ)を紹介した上で,現在の中国における進化心理学の状況を解説している.それによると,既にバスの教科書とエヴァンズの概説書が中国語に翻訳出版され,ダンバーとバレットによる教科書が翻訳出版予定,さらに中国人著者による専門書や概説書,雑誌の特集号も出始めているという状況のようだ.猛烈にキャッチアップ中ということのようだ.素晴らしい.


関連書籍


原書

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バスの教科書の中国語版.日本語には訳されていないのでちょっとうらやましい.

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同原書(第2版)

Evolutionary Psychology: The New Science of the Mind (2nd Edition)

Evolutionary Psychology: The New Science of the Mind (2nd Edition)


現在この本の最新版は第5版となっている.Kindle版もでているが,ペーパーバックの倍の値付けになっている.


日本語による進化心理学概説書

やはり今でもまずこの本.長谷川寿一,眞理子による東大教養学部での講義用に作られた教科書だ.

進化と人間行動

進化と人間行動


カートライトの入門書


エヴァンズによるちょっとポップな紹介書


若手研究者分担執筆による進化心理学と周辺分野のトピックを集めた一冊.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20131017


動物行動学のファウンダーたちの回顧録「Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders」

Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders

Studying Animal Behavior: Autobiographies of the Founders


行動生態学についてはこの本になる.「Leaders in Animal Behavior: The Second Generation」私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110523

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