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2013-10-31

[][][]やる気のなさって、その国の経済的成熟の指標じゃないの??

 こそっと水面下で日本のやる気が問題になっていた。

日本企業の社員の「やる気」は世界最低だという。これは、アメリカの人事コンサルティング会社KeneXa High Performance Institute(以下、ケネクサ)の調査による「事実」である。

 正確に言えば、ケネクサの調査は「従業員エンゲージメント」についての調査で、28ヵ国の社員100名以上の企業・団体に所属する社員(フルタイムの従業員)を対象に行なわれた。サンプル数は約3万3000名。ケネクサが定義する「従業員エンゲージメント」とは「組織の成功に貢献しようとするモチベーションの高さ、そして組織の目標を達成するための重要なタスク遂行のために自分で努力しようとする意思の大きさ」ということで、要するに「仕事に対するやる気」である。

 この「従業員エンゲージメント指数」、世界最高はインドで77%。以下、デンマーク67%、メキシコ63%と続く。他の主要国では、アメリカが59%で5位。中国57%、ブラジル55%、ロシア48%など。イギリスドイツフランスなどのヨーロッパ先進国も40%台後半で弱い。韓国は40%でブービー賞。日本が31%でダントツの最下位である。というわけで、日本の社員のやる気は世界最低という次第である。

 実は僕自身も90年代後半くらいから、日本企業の社員のやる気、仕事へのモチベーションがどんどん下がってきたと実感していた。

no title

ワシントンDCに拠点をおく世論調査会社、ギャラップ社が10月8日に発表した大規模な調査結果(“State of the Global Workplace”)によると、世界中で、意欲も積極性も持たず、他人の足を引っ張る従業員は、仕事に愛着があり、意欲を持っている従業員の倍も存在すると分かった。

(中略)

「意欲がない」「意欲を持とうとしない」を合わせると、世界の労働者87%に達する。ギャラップ社の調査はこうした人々を「気持ちが職場から離れていて、生産的であろうとしない」とみる。言い換えると、世界の労働者の9割近くにとって、仕事は達成感ではなくフラストレーションの源になっている。これは、ほとんどの職場は本来もっている能力よりも生産性が高くなく、安全でもなく、雇用者は新しい仕事を作り出せずにいることを意味する。

(中略)

仕事をするうえで幸せを感じる意欲ある従業員の割合が最低だったのは東アジア地域で、全体でわずか6%となった。この数字は中国の結果でもあり、中国では、仕事で幸せだと感じる従業員がわずか6%だった。約68%は仕事から気持ちが離れていて、26%はひどく不幸だとしている。

 日本の結果にも筆者は驚いた。日本にはもっと幸せを感じている従業員が多いのではないかと考えていたが、結果は7%。中国をわずか1ポイント上回っただけとなった。69%は意欲がなく、24%は仕事が嫌いだった。

(中略)

 中南米では、経済規模が最大のブラジルが最も幸せで意欲的な従業員が多かった。驚くことに、27%が意欲があり積極的に取り組んでいる。しかし、62%は意欲がなく、12%は仕事が嫌いという結果だった。

(中略)

 この結果をどう考えるべきだろうか。ギャラップ社は120ページにわたり、多くのアイデアを紹介している。多様な手法でデータ分析しているが、多くは驚くものではない。教育水準の高い従業員は、教育水準の低い従業員より幸せだとする割合が高い、といった具合だ。

意欲なく仕事嫌いな従業員9割も 世界23万人調査  :日本経済新聞

 経営者系の人達が何かいいたそうにごにょごにょしていた。日本の特徴として、平均的な学力が世界一である一方で、人を評価する能力と言うものがメディアによりすごく偏った形になっている。心理学的には自己奉仕バイアスといって、うまく行ったのは自分のおかげ、失敗したのは他人のせい、といった、環境要因と心理要因を使い分ける傾向を見て取ることができる。日本の場合、契機の気は気分の気、などとワイドショーで文化人が連呼し、経済がうまく回らないのは気の持ちようの問題だ、と問題を矮小化する傾向が見て取れる。疲れやすさが勤勉性を示すように、やる気の無さも、報われない社会=経済的発展の停滞≒もう十分成熟しているというのを指摘しているのではないか。

元の調査はこちら

Page Not Found

Q12と呼ばれる12個の質問項目を聞くもので、

ー分が何を期待されているかを知っている

必要な材料(情報)や道具を与えられている

もっとも得意なことをする機会を与えられている

の匹せ纏を認められ,褒められている

ッかが気にかけてくれている

γかが成長を促してくれる

Ъ分の意見が尊重されている

┣饉・仕事の使命・目的が重要だ

同僚が真剣に質の高い仕事をしようとしている

職場に親友がいる

誰かが私は進歩したと言ってくれた

仕事について学び、成長する機会がある

◆ギャラップQ12・・・これが答えだ! : クオリアの風景

 ほら、これって仕事へのやる気ではなく、職場のコミュニケーションや自由度を測る質問じゃないの??

報われない社会ならではの、心理主義への傾倒

 意識調査は意識調査で重要なのであるが、それが全てを物語ると解釈してはいけない。

 人間が一番測り間違いやすいものは、「感情」と「性格」だと考える。我々はこれらを当然のように語り、占い、共感するのだけれど、この当然さほど胡散臭いものはない。感情や価値判断に基づいた共感は人を操るために使われると、このブログではさんざん唱えて来た。

 まず、「感情」は物語の中でしか語り得ない。代表的な感情として、<喜怒哀楽>とあるけれど、それは物語の中で行動の理由として使われる道具でしかない。「殴ったのは怒ったからだ」、「泣いたのは嬉しかったからだ。」と。感情や性格という心理とよばれる言葉を使うことで、人間の行動に対していくらでも理由付けが可能だ。人々はこれに納得するように訓練を積んで来た。

 だけれど現実ではうまく言葉にできない感情がいろんな場面で噴出する。プレッシャーの中気合いを入れて準備していた発表会が延期になったときのあの開放感と喪失感。好きな子とデートをして見送った後の嬉しいような寂しいようなアンニュイな感情。

 そして最も自覚すべきは<感情>と行動や結果は、一致しないことの方が多いことである。

 顔で笑って心で泣くこともあるし、無表情で喜ぶこともある。新しい仕事に対して気合いを入れ直そうが普段通りこなそうが、やる仕事の内容は変わらない。高校野球をテレビ越しに応援しようがしまいがそれが物理的にリアルタイムに彼らに伝わることは無いし、活躍っぷりは変わらないだろう。だけれど人はなぜか失敗したら心理状態のせい、成功したら環境のせいにしようとしたがる。人の形をしているものは気持ちが伝わると考え、気持ちが伝われば全てはうまく流れ出すと思っている。

 性格となんだろうか?性格と言うのは、その人の心理と行動のパターンの傾向のことである。怒るとこうする、悲しいとこうする、嬉しいとこうする、といった一連の感情ー反応を物語としてヒモづけたものの総体である。笑いやすい人、泣きやすい人、マメな人、厳しい人。それらは外部の環境:刺激とヒモづけられるものである。泣きやすい人には、泣ける音楽、泣ける場面、泣けるパターンがなんとなく存在するんだろうな、というのは誰しも想像がつくだろう。

 けれど、<客観的>な「性格」等と言うものは存在するのだろうか。全く同じ言葉を投げかけても、時と場合によって反応は変わる。どんなに暑がりな人間でも、冬の北海道かき氷を食べたいとは言わない。いろんな場面で何度同じ言葉をかけても毎回泣く人間はロボットか病気なんじゃないかと思ってしまう。こうした例外がほとんどない性質、というのが「客観性」である。

 人の性格として代表的な、面白い人、優しい人、のような基準はどこから来るのか。これも相対的なもので、自分の想定する平均的な人間A君と比べて優しい、面白い、と言ったものでしかない。ある小学生が、1週間練習しても覚えられない九九を、がんばったからといって許す先生と、ちゃんと全部言えないとダメ、と繰り返し課題を出す先生と、どちらが優しいのだろうか。その日単位で見ると出来なかったことを許す先生の方が優しいが、2~30年単位で見れば明らかに厳しい先生の方が子どものことを考えている。想定している期間によっても、その判断は揺らぐ。優しさの基準なんてそう言う意味で曖昧だ。短期的に見れば大人はうるさい、うざい存在だけれど、長期的にみてそれを優しさだ、と思えるかどうか、これは反抗期の経験に左右されるし、反抗期を得ない若者は教条的、刹那的な思考・結論に埋まって行く。

 こうした<性格>はその人を分析した人の<なか>に存在する。追求すればするほど、「性格」の意味は「俺からみたお前の感情の傾向」に収束する。つまり、おまえはこういう行動をしがちだからこういう性格だ、は成り立つが、お前はこういう性格だから、こういう行動をする、は成り立たないし、天気予報ぐらいの意味しか持たない。

 確証バイアスと言って、あなたはこういう性格だと言われたとき、「言われてみればそうかも!!」と当てはまる事例を脳みそがかってにサーチしてくれる機能がある。実際は当てはまらない事例も同等かそれ以上に存在する。最近ちょっとショックなことあったでしょ?とか最近嬉しいことあったでしょ?と言われればたいてい思いつくのと同じである。

 感情は、考えてみればわかるが、正反対に思える「嬉しい」と「悲しい」が同時に発生することもあるし、性格も、強い人でも弱気になることも、その逆もある。つねに起伏があり、同時に存在し、基準も人それぞれ、非常に不安定で瞬間的なものである。しかしそれがあたかも常に存在し、誰しもが同じ刺激を与えれば同じ反応(感情)が帰ってくるかのように語られることがある。例えば「幸福度」だったり、「泣ける映画」だったり、「自分が変われば世界が変わる」みたいな標語だったり。

 人は心理によって簡単に判断を誤るし、それを人間性だ、みたいな詩的な言葉につつんで正当化しようとしたがる。

 心理を目標におてしまうと、それが行動を規制する力となり、人格統制の装置として作用してしまう危険性もある。授業は楽しい方がいい、と作った授業では、笑わない生徒は指導対象となる。「泣ける映画」をみて泣けないのは人間性や人生経験が不足している、と言われる。やる気を目標に定めた会社では、やる気の無い奴は社員失格と言われる。その人が何にコミットするかなんてその人が決めればいいじゃん。やる気がなくても仕事できる奴もいるし、やる気があっても仕事できない奴や、教育を変える!とか言いながら、訓練や勉強しない奴を山ほどみて来た。

 それから大学の二次試験が廃止されて面接で「人間力」を測るなどという報道も出たけれど、結局「女子力」が男性に都合の良い力であるように、「人間力」も面接官に都合のよい力でしかない。もしくはどんなに勉強しなくても、どんなに性格が悪くても、”ポジティブな感情を引き出させる刺激”を面接官に与えるのが上手な人間が合格して行く。高卒大卒程度の人間に、その刺激の引き出しが何十何百パターンも存在するとは思えない。同じような話をされ、同じ刺激を与え続けられると、反応である感情の起伏は小さくなって行くので、後に面接する人間の方が不利になる。企業の人事達はこれを経験してか、最近の若者は画一化している、等と口を揃えて言ってきたではないか。

 心理が充足されればうまく行くと思ってはいけない。自己啓発のように、自分のなかでこうありたい!というマイルールを宣言するのはかまわないが、それを他人に押し付けるのにみんなが違和感を持つのはこうした心理主義からくるものだ。気持ちを変えれば全てうまく行く=心理主義であり、400年前とかから批判されているらしい。心理主義を許してしまうとパンとサーカスのみで生きる社会をつくることになる。そこに実存は存在しないし、実存を追求するスポーツ選手やアイドルをみてエンターテイメントとして楽しむだけの社会が到来する。心理的欠損を自覚しようとし、それを埋めるために走り回るカーニヴァル化する社会

鈴木謙介)がやってくる。心理を目標にしてはいけない。心理を正確にはかれると思ってはいけない。

報われない社会というのは、心理でなく制度の問題。

普通に若い人でも気づいてるぽよ。

自分はどんなに努力しても、これから先給料は上がらないだろうってことに。

努力で給料は上がりますか?

上がりませんよね?

じゃあ努力を強いるのはやめてくださいよ、一応頑張りますけどね?

残業します、はい、はい。

みたいな。

若さで突っ走るみたいな、そういうのあんまりないよね。

あっても最初だけ。

もうそれで病めちゃう人、多い。

だって頑張っても給料上がらないのに、嫌な上司と毎日顔あわせなきゃいけないぽよ。

残業もしなくちゃいけないんだぽよ。

夢も希望もないぽよ。

我慢して、我慢して、我慢して、鬱になるぽよ。

それで会社辞めちゃう人、多い。

そしてニートフリーター化する人って割と多い。

(わるちゃん周辺調べ)

お探しのページは見つかりませんでした。 - はてなブログ

 全くその通りである。これが社員のやる気を下げている原因としては最も大きい。やる気があろうと無かろうと仕事をすれば同じ給料がもらえるのであれば、みなそこまで張り切ることはないだろう。勉強しても報われない、努力しても報われない社会制度の指標としてしか、この「やる気」というものは存在しない。

 まず報われると言うのは金銭的な問題を指している。単純化してお話すため漏れも多いが、社会人の大半が働けば働くだけ成果が出るわけでもなければ、成果に応じて昇進や昇給が決まる訳ではない。もっというと成果よりもコミュニケーションがうまい人が評価され(るように見えるし)、評価のためには成果につながる正しさより評価権を持つ上司の正しさを優先することもしばしば。勉強しても報われないと言うのはそう言う意味である。(断っておくが制度として完全な成果主義にしろという意図ではない)。

 かつてはそうやって学歴と収入と昇進が相関した時代があった。80年代は教育の黄金期と言われている(広田照幸)。

日本人のしつけは衰退したか (講談社現代新書 (1448))

 殴られようが叱られようが罵倒されようがそれは全て激励として機能し、踏ん張りがんばれば収入が増え、家族は楽な生活が出来、町並みや風景が劇的に変化し、自分たちがそれを作り上げ豊かな社会を作っていると言う効力を感じれる時代であった。バブル崩壊後、平均年収は減り、正規雇用者数が減り、労働力はダンプ(賃金が圧縮)されてきた。今度は真面目に働き続けても20年後年金がもらえるかもわからない。若者一人で高齢者4人を支える時代が来るかもしれないと言われ、競争が激化し、よい福祉を得るためにはお金が必要な時代になってしまった。念のためと言う人が増えたからこそアレだけ保険のCMが増える訳である。

 そんななか、お前は使えない奴だ!と尻を鞭で打とうが、お前はいいところあるじゃないかやればできるだろうもっとがんばれ!!と褒めようが、そのモチベートは空振りに終わることとなる。

 「がんばったけど、給料があがらなかった、でもそれは自分のためになった辛いけどいいんだやりがいのある仕事だったし、上司喜んでくれたし、明日もがんばろう」

 そうして努力や成果に応じた適切な報酬を与えず(自己)承認だけ与えることを教育(社会学)業界では「やりがいの搾取」という。最近はそう言う意味で褒める上司や先生も増えているはずである。褒めればちゃんと仕事をしてくれる若者は短期的に大人にとって都合がよい。そう言う若者を育てたと言うのも聞こえがよい。アルバイトなども時給50円しか上がらないのに店長候補にして、後は少々の褒め言葉と責任感を与えて正社員と同じ仕事を与えられる時代である。しごきもやりがいの搾取も構造的には同一線上の問題になってしまう。

 これは構造的立体的問題であって面の問題ではない。そう言う側面もあるよね、で片付けられる問題ではない。教育やコミュニケーションをいくら批判してもこれらの問題は解決しない。学校教員はこの社会背景から教科専門性だけでなくコーチング等のメンタルケアまでまかされることになった。一部の教員は昔から行っていたことではあるけれど、それがのれんに腕押しな時代になってしまったと感じている。それこそ報われない市場にモチベーションの高い学生を送り出すと言うのは、戦争に行かせるために兵士を育てる位の残酷さである。研修は成果の出る方法を教えなければならない、教育は社会と連動して報われない社会を打破するための、新しい人材を生み出す必要がある。(そしてその人物を生み出すために犠牲になるような人物を生み出さないよう配慮する必要がある)。そうしなければ、ゼロサムな利益を奪いあう組織が出来てしまう。社員が足を引っ張るのは組織がインセンティブを共有してないと言う制度的な原因にほぼ収束される。経済を回すためには無駄を作らねばならない。経済的な人間として振る舞うには無駄を消費しなければならない。

漁師とMBA

 何度もいうが、努力すればするだけ年収が上がり昇進が見込め、自分と家族が豊かな生活が出来るならみなやる気を出すのだ。発展途上国でそういったビジネスが許された人達は目を輝かせて身を粉にして働く。職場には自由度が無いし成果ばかりを求められるしそれでも消費は十分だと思っている人達が多い国≒成熟した国で、やる気を出すのは偏にコンサルが自分の仕事を売り込むための宣伝のための餌でしかない。最後にはたらくとはなにか、経済成長について考える材料となる有名なコピペを貼って終わろう。

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。

その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」

と答えた。

旅行者が「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」

と言うと漁師は、

自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、漁師は、

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。

お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。

その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。

そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。

自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。

その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルスニューヨークへと進出していくだろう。

きみはマンハッタンオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」

と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

2013-08-18

[][]FBで犬猫の殺処分数がやべえ!って回ってきたので調べたらこの30年で約15%に減ってたんだけれども

犬猫の殺処分数に関して(なぜか犬猫だけ)環境省統計を取っているのだけれど、昭和59年度に犬猫あわせて111.4万頭だった殺処分数は平成23年度には17.5万頭に。単純計算で約84%減ったことになる。

参考:no title

20130818141205

元の文章にはこう書かれていた

保健所の持ち込み数が多いのです。

持ち込みが減らないのです。

安楽死なんかありません。

おしっこを垂れ、嘔吐し、苦しみながら

死んでいくのです。

死に切れなかった子は、生きたまま

焼かれるのですよ。

それでも貴方は保健所へ連れていきますか?

持ち込まなければ、こんな死に方を

しなくても済むのです。

Facebook

 そもそも僕が小学生のころから動物愛護団体がこいろんな働きかけをしていて、保健所などの動物を持ち込み預かり殺処分する場所は過剰に監視が行われているためそんな残虐なことができるわけがない。

 また環境省からも「動物の愛護及び管理に関する法律」を元に

殺処分動物の殺処分方法は、化学的又は物理的方法により、できる限り殺処分動物に苦痛を与えない方法を用いて当該動物を意識の喪失状態にし、心機能又は肺機能を非可逆的に停止させる方法によるほか、社会的に容認されている通常の方法によること。

環境省_動物の適正な取扱いに関する基準等 [動物の愛護と適切な管理]

という指針を出している。

引き取り数に対しても犬、猫ともに半分以下に激減している

参考:環境省_統計資料 「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」 [動物の愛護と適切な管理]の一番下の表を参照

都内でも取り扱い数は統計上減っている

参考:動物取扱数の推移 東京都福祉保健局

もちろん殺処分される動物たちがまだ毎年20万程度いることは悲劇だろうし、だからといって野放しにして害獣となって石を投げられつづけたり車に引かれるのも問題だろう。少なくとも統計上は虐殺と呼ばれる類の殺処分もやむをえない事情で引き取ってもらう件数も減っている様子だし、それらは動物愛好家たちが一生懸命啓発を続けてきた結果としてちゃんと受け止めるべきだ。一方で内閣府の意識調査によると避妊手術などをしていない割合が60%を越える。世帯における人数が減っている昨今、ペットも家族として大事な役割を持っている。どう共生するかはいろんな意見があるだろう。

404 Not Found - 内閣府

また、本題に戻るがどうやらこのフェイスブックページ、元情報を調べることを知らないけど正義感がある層に訴えかけて、有料メルマガへ誘導するサイトの様子。この手の情報が回ってきたら注意喚起してほしいし、この手のページをどうにか取り締まれないものか悩ましい。

むしろアニマルホーダーに注意

環境省が犬猫の飼育についてパンフレットを出し、その中で指摘しているのがアニマルホーダー(劣悪多頭飼育)である。

米国では劣悪多頭飼育者のことを、アニマルホーダーと呼ぶ。「ホーダー」はごみや物を捨

てられずに集めてしまう精神的病理のある人に対して使われる専門用語であり、これが劣

悪多頭飼育者に当てはめられ、アニマルホーダー(以下ホーダー)と呼ぶようになった。

環境省_平成21年度 動物の遺棄・虐待事例等調査報告書

実際にあったことはないが、SNSで殺処分されそうな犬猫を正義感から引き取りにいき、それを繰り返し異常な密度の中動物たちを飼育している事例があるときく。動物愛好家たちのブログを見てもひそかに危険視されている様子だ。動物を飼う余裕も経済的余裕に左右される。近所で動物の虐待事例を見つけたら、ぜひ市町村の役場にでも知らせてあげてほしい。

 また、動物実験の世界でも、普通に手足を拘束したり切り落としたマウスが条件を変えて何秒で溺死するか、などの実験が行われているらしい。平然と学会や研究会などで涼しい顔で発表する姿は今でも見られるという。監視が効かず、実験室という特殊な環境下での論理に従ってしまう分、こちらのほうが取締りが難しい。

2013-07-19

[][][]「絆」はあなたになにをもたらすか、あるいはなぜ転職したい人は現れるのか-書評-パーソナルネットワーク

 すらすらよめてかなり面白い。震災後に「絆」という言葉が流行し、人とのつながりはどうあるべきかという議論が盛り上がり、仲間とは何か、親友とは何かなど、誰しもが関係について悩んだことはあるはずだ。そして本書はそれが何であるかはわからないが、人と人とのつながりにはちゃんと作用副作用があることが研究の世界で数値的に実証されていることを示してくれる。ソーシャルキャピタルからSNS,マルチレベルマーケティングまで、学術と経験を交えて著者のノウハウと魂がこめられた一冊。

 本書はネットワーク研究の今とこれからをつづった初心者向けの本。(文系教科であったという意味で)社会科学でありながら数理統計なども応用せねばならず、難しい領域であるはずのネットワーク研究を初心者向けに解説している。基礎や考え方、倫理や限界や研究方法の暗黙知(の一部)、これからのネットワーク研究についての希望までしっかりと書いてある良著。多くの人間の思考や決定は個の傾向を分析するだけではわからず、周囲の人間との関係やつながり方、職場の雰囲気や流動性などさまざまなパラメータによるダイナミックなものだし、そういったネットワークをベースにした分析に本書は解像度を与えてくれる。

ネットワーク研究でなにがわかるか。

例えば本書第3章では実際にネットワーク研究を行ってわかった面白い例を5つ紹介している。そのうち2つを紹介しよう

3年でやめる若者の転職しやすさ

 若者が就職後3年以内に3割(大卒)が離職する現象がここ10数年ほど続いている。著者はネット調査を利用し22〜29歳の若者で、転職希望者と非希望者計1000人にアンケート調査をし、若者が強い紐帯を好む結束型か弱い紐帯を好む橋渡し型かどうか、上司が結束型か橋渡し型かを判別できるようにし、分類して傾向を調査した。結果は以下だ。

上司結束上司橋渡し
本人結束△高職場満足、人間関係悩む、転職意向低い×低職場満足、人間関係悩む、転職意向強い
本人橋渡し◎高職場満足、人間関係悩まず、転職意向低い○中職場満足、人間関係悩まず、転職意向弱い

こうして実はコミットメントや結束を求めてくる上司はうっとおしいかと思いきや意外と働きやすい、という結果が出た。一方橋渡し型の(要はいろんなコミュニティを飛び回るタイプ?の)上司と結束型の若者では相性が悪く、(すべての若者が辞めたいわけではないが)転職希望率は高まる。離職する若者は個人主義で職場適応能力が高いかと思われていたが、研究の結果で見る限りは職場に帰属意識を持ちたい若者ほど転職希望率が高いことが示された。

 詳細は元のレポートを見てほしいが、研究はこれだけでは終わらず職場の雰囲気が結束型か橋渡し型かまで含めたオクタント(8つの分類)を分析する。

結婚願望とネットワーク

 「パラサイトシングル」という言葉がセンセーショナルにひろがり、親に経済的に依存し結婚しない若者が一時期話題になった。少子化問題もあわせて恥の文化が消えたから悪い、親が悪いなどとステレオタイプをぶつけてくる論者も後を絶たなかったのであるが、実際にどうかをネットワーク研究の手法を用いて分析した野沢慎司氏の研究を紹介している。

 25〜34歳の未婚男女にアンケート調査を実施、有効回答数は703。結婚意欲に対して、親との経済的、心理的関係、恋人や友人との関係がどのような影響を及ぼしているかを検討している。重回帰分析を使うのだけれどうまく説明できないので結果を鵜呑みにする前に本書を参照してほしい。

 結果5つの結論を得た。

  1. 親への経済的依存が高いほど、結婚に消極的ということはない。
  2. 友人中心のネットワークは恋人のいない女性の結婚意欲を低める
  3. 恋人を含む高い密度のネットワークは女性の結婚意欲を高める
  4. 同僚中心ネットワークは、男性の結婚意欲を低めるが、女性の結婚意欲は高める。
  5. 恋人のいない女性は、仕事に満足しているほど結婚意欲が低くなり、仕事に不満足であるほど結婚意欲が高くなる。男性はこのようなことはない。

 パラサイトシングル論で言われた親との経済的関係はあまり意味を持たず、友人関係などのほうが影響を与えやすいことが示唆された。

ネットワーク研究の限界

 本書の一番の魅力はここである、ネットワークとは存在すれば大きい小さい強い弱い一方向双方向など分析できるものの、孤立や関係なさを証明することができない、「悪魔の証明」が存在する。ソーシャルキャピタル論の誤解や、強い紐帯と弱い紐帯を巡る議論、観察しにくさから認識に依存せざるをえないことなどを、1章と数項裂いてちゃんと説明してくれている。

 ネットワークを使う上での倫理として、ネットワークビジネスなどに加担しないことや、ネットワーク分析を使って一般市民から無理やりテロリスト候補を抽出したり、インフルエンザの感染源を特定して名前を公表したりすること。また、流動性が低い土地で近隣の人をどう思っているのかなどを聞き出しその結果を研究結果などとして公表すれば、近隣関係が悪くなりかねない。ネットワーク研究自体がネットワークを変質させたり、最悪壊しかねないことを指摘している。

 ネットワークに最適化はあるか、情報を紐付けることは監視かなど刺激的な問題提起がちりばめられているところも本書の魅力である。

2013-06-26

[][][]校長の役割って何なの?経営と運営の違い

大阪市の民間人校長が速攻で辞めたといって話題になっている。

1290人の中から選ばれた精鋭だったのに非常に残念。「自分の活躍できるフィールドではなかった」と、そんな準備されたフィールドが私立の進学校以外にあるのか疑問である。

大阪市教委が進める民間人校長枠の拡大

 【尾崎文康】大阪市教委が来春、新たに着任させる小中高の校長69人のうち、35人を民間から公募する方針を固めた。民間人校長の採用が11人だった今春の3倍以上で、全国でも群を抜く。学校選択制など橋下徹市長が掲げる施策への賛意を確かめる異例の選考を検討中で、現場での橋下色が一層濃くなる見込みだ。

 今回は公募69人分のうち35人を民間人、34人を教頭出身者と明示する方針。民間人には高校1人分も含む。21日の市教育委員会会議で募集要項を決定し、正式に公募を始める見通し。

 外部人材の登用を進める橋下市長の意向を受け、昨年度、小・中学校長50人分を公募したところ、教頭が362人、外部から928人の応募があった。だが市教委が3次の選考を進めるうち、通過者の多くを教頭が占め、合格者63人のうち民間は11人にとどまった。「千人近い応募があったのに、あまりに少ない」との声が内部からも出ていた。

大阪市教委:市立学校の校長公募 35人を民間人に

毎日新聞 2013年05月21日 13時35分(最終更新 05月21日 14時15分)

 大阪市教委は21日、教育委員会会議を開き、来春着任する市立学校の校長公募について、採用する約70人のうち35人を民間人から選ぶことを決めた。11人だった今春の約3倍で、大規模に民間人校長を公募するのは全国でも異例だ。

 市教委は昨年、橋下徹市長の意向で小中の校長約50人を公募して63人が合格したが、民間人は11人にとどまった。市教委は「教育現場に多様な価値観を入れる」として、今年度は民間人枠を設け、小中の計34人と高校1人を募集する。

 文部科学省の調査では、2012年4月時点で全国の公立学校の民間人校長は計122人。市議会からは「教頭の日ごろの頑張りを否定することにならないか」との懸念もあるが、橋下市長は記者団に「(民間人採用の)枠を決めないと内部登用に傾く。(教頭も)公務員をやめて挑戦したらいい」と話した。【林由紀子】

橋下市長“目玉改革”に暗雲? 民間公募校長3カ月で退職 退職理由「言えない」

2013.6.25 15:09

 大阪市教委が市立小中学校で今年度から導入した校長公募に合格し、4月に民間人校長として就任した市立南港緑小学校(大阪市住之江区)の千葉貴樹(たかき)校長(38)が、25日付で退職することが分かった。校長公募は民間人登用を推進する橋下徹市長の肝いり施策で、今春に11人が就任。3カ月足らずで退職することになり、児童や保護者への不安を招くとともに、市教委の採用責任も問われそうだ。

 千葉氏は外資系証券会社出身。市教委関係者によると、すでに退職届を市教委に提出しており、25日の市教育委員会議で正式に退職が認められる予定。

 千葉氏は産経新聞の取材に対し、退職理由について「まだ児童や保護者に話していないので言えない」と明言を避けた。同日午後に臨時の全校集会を開き、児童らに説明するという。後任の校長については、市教委が内部の人材を充てる方針。

 校長公募は昨年7月に成立した市立学校活性化条例に基づき実施。全国から1290人が応募し、民間企業などから11人、教頭など市教委内部から52人が合格した。

 市教委は民間人校長をさらに増やすため、平成26年度に新たに着任させる市立小中高の校長69人のうち、約半数の35人を民間からの採用枠として設定している。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/130625/osk13062515170007-n1.htm

給料最低・小規模校…民間人校長、謝罪なき退職


記者の質問に答える千葉校長(25日、大阪市住之江区で)=長沖真未撮影

 大阪市立小中学校で今年度から導入された校長の全国公募に応募し、4月に民間人校長として就任した市立南港緑小学校(住之江区)の千葉貴樹校長(38)が25日、「私が力を発揮できる場所とは違う」と述べ、同日付で退職した。

 同市の民間人校長は今春、11人が就任したが、退職は初めて。校長公募は橋下徹市長が掲げた教育改革の目玉だっただけに、3か月足らずでの退職は波紋を広げそうだ。

 この日の市教育委員会議で退職を承認された千葉氏は、同小で記者会見。複数の外資系証券会社に10年以上の勤務経験があるという千葉氏は、「経験を生かし、英語教育に力を入れたいとアピールしたが、今の学校の課題は基礎学力の向上だった。英語教育に力を注げる環境ではなかった」と説明した。

 また、採用過程で市教委側と意見交換する機会が少なかったことに不満を述べ、「若いからといって、各学年1学級しかない小規模校に配属され、給料も経歴に関係なく最低級。年功序列だ」と批判。自らの退職による混乱については「何も不祥事は起こしていないし、謝罪することではない」と語り、児童に対する思いを問われ、「申し訳ないという気持ちではなく、残念な気持ち」と話した。

(2013年6月26日07時51分 読売新聞)

no title

できるやつをさらにできるようにするのは、たいてい誰だってできるし、できないやつを普通を越えてできるようにするのが教員の最終目標のはずなのだが、もう何を言ってるか理解できない。

これに対し民間人校長を推し進めて来た市長は。

校長退職で橋下氏「合わないとすぐ辞める民間」

 大阪市立小に今春就任した民間人校長が3か月足らずで退職した問題で、橋下徹市長は26日、「非常に残念。自分に合わないといってすぐに辞めるのは民間の特徴だ」と述べた。

 市役所で記者団の質問に答えた。

 橋下市長は、退職した校長について「子どもがいるのだから、責任を持って応募してもらわないと困る。公の世界だという自覚を持ってもらいたい」と指摘。一方で、「年功序列の給与体系や、活躍の場がないことについて良い問題提起をもらった。公募制度が失敗だとは思っていない」とも語り、今後も制度を推進していく考えを示した。

(2013年6月26日14時37分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130626-OYT1T00892.htm

 市長が自分で民間大事とか言いながら退職事例が出たら「すぐやめるのが民間」などと華麗な待ちガイルからのサマソゥを決めた。

では教育側では民間人校長はどのように見えてきたのか。

まず2009年。

「民間人校長」もう増えない!?

2009/01/08

筆者:渡辺敦司関連テーマ:[教育動向]

東京都杉並区立和田中学校の校長を務めた藤原和博さん(2003〜2007年度、現大阪府教育委員会特別顧問)でも知られるように、教員出身者でなくても学校の正式な校長になれることは、皆さんもご存じだと思います。ところが、文部科学省が先頃発表した調査によると、民間人校長はここ数年、増えているどころか、減少傾向すら見せているのです。

まず、民間人校長とは何かを押さえておきましょう。

校長はもともと、教員免許状を持ったうえで、教諭をはじめとした「教育に関する職」を5年以上勤めた人でなければならない、という制限がありました。それが1998(平成10)年9月の中央教育審議会答申を受けて、2000(同12)年度からは(1)「教育に関する職」に10年以上就いているが免許はない人、だけでなく(2)教育とまったく関係のない仕事に就いていて免許もない人……も校長に登用できるよう、制度を改正しました。

民間で培ってきた経営感覚やリーダーシップなど新しい発想を取り入れることで、マンネリ気味だった学校の運営に新風を送ろうとしたのです。民間人校長が配置された学校にとどまらず、ほかの学校にもそのノウハウを広げたい、という意図もありました。

「民間人校長」と呼ぶ場合、広い意味では(1)(2)を合わせて指す場合があるのですが、ここでは狭い意味で、教育とはまったく無縁だった(2)の純粋な民間出身者に限定しておきます。

制度が始まった最初の年、民間人校長はゼロだったのですが(「教育に関する職出身者」は1人)、2001(平成13)年度以降は6人、21人、58人、79人と急速に増えていき、ピークの2005(同17)年度には38都道府県市で92人を数えるまでになりました。

しかし、その後は89人、87人と伸び悩み、2008(平成20)年度は39都道府県市で80人にとどまっています。民間人校長が定年になったあとに、代わりの民間人校長が登用されなかったところも少なくありません。「教育に関する職出身者」を加えれば計99人となり、2005(平成17)年度(103人)と比べても大きく変わらないのですが、民間の力を生かすという点では、後退と言えるかもしれません。

なぜこうなったかについては、もちろん個別の自治体や学校によって事情は違いますが、一定のノウハウが蓄積されて所期の目的は達成された、と判断するところも少なくないようです。一方、登用される校長先生の側の立場から言えば、学校は予算や人事が民間企業ほど自由にならないだけでなく、意思決定の方法ひとつ取ってもトップダウンが通用しないなどの「学校文化」になじめず、思うようなリーダーシップが発揮できなかった、ということも、頭打ちの要因としてあることは否定できません。

なお、2006(平成18)年度からは教頭にも校長と同様の制度改正が行われたのですが、「民間人教頭」は2007(同19)年度、2008(同20)年度ともに3県で計5人にとどまっています。実務を担う教頭先生でいっこうに増えないところに、民間人を学校に登用する難しさがいっそう表れていると言えるかもしれません。

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実は校長だけでなく教頭も民間から募集されていた。2010年の記事。

増えない「民間人教頭」、頭打ちの「民間人校長」

2010/12/20

筆者:斎藤剛史関連テーマ:[教育動向][学校]

民間の柔軟な発想を公立学校の運営に取れ入れるため、政府は法律を改正して、教員免許がなくても、民間出身者を校長や教頭などの管理職になれるようにしています。「民間人校長」は2000(平成12)年4月から、「民間人教頭(副校長を含む)」は06(同18)年4月から、それぞれ制度的にスタートしました。しかし、文部科学省の調査によると、民間人校長の登用が頭打ちになっているほか、民間人教頭はいまだに全国で1桁台の人数しかいないことがわかりました。なぜなのでしょうか。

民間人教頭は、2010(平成22)年度で全国に52人います。しかし、よく見ると、養護教諭(保健室の先生)や教育委員会職員など、教育関係の仕事に就いていた公務員がほとんどです。純粋に民間から登用された民間人教頭は、制度が始まってから5年も経つのに、6人しかいません。

民間人教頭が増えない背景には、民間企業などと比べて、同じ「管理職」でも、学校の教頭が特殊な立場にあることが挙げられます。最近では「主幹教諭」という準管理職に当たる職も創設されて、学校組織も徐々に変わりつつあるのですが、多くの公立学校では、いまだに「校長と教頭以外の教員は、全員平等」という意識が、強く残っています。

校長と一般教員の間に立つ学校運営の「要」である管理職でありながら、実際には所管のはっきりしない仕事が全部回ってくるというのも、教頭の実態です。「蛍光灯の取り換えから花壇の水やり、ゴキブリ退治まで、あらゆる仕事をこなす」(ある教頭)ことさえあります。

実際、校長と一般教員に比べて、教頭の時間外勤務ははるかに長くなっています。そこに民間人が就いても、本来の能力を発揮するのは困難です。その証拠に、実際に純粋な民間人教頭が登用されているのは、比較的組織が大きい高校のみで、小・中学校は一人もいません。

一方、「民間人校長」は、実質的に01(平成13)年度の6人からスタートして、05(同17)年度の92人をピークに80人台で推移しており、10(同22)年度は86人でした。マスコミなどでも大きく取り上げられて話題になった民間人校長の登用は、既に頭打ちになっていると言ってよいでしょう。

民間人校長の中には、革新的な試みで、全国的な注目を集めた人がいたことも確かです。しかし「期待されたほどの成果はない」というのが、多くの教育関係者の一般的な見方です。

このように、一部の例外を除いて、民間人の管理職登用はあまり成功しなかったというのが実態のようです。民間人を生かせない学校組織の在り方に問題があるのか、それとも、学校そのものが民間人に向いていない存在なのか。今後しっかりと検証する必要があるでしょう。

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この辺の反省が大阪にはまったく生かされていなかったわけで、応募するほうもまったく事前情報を調べていなかった可能性がある。


変わる校長先生の役割 「管理型」から「マネジメント型」へ

2011/05/16

筆者:斎藤剛史関連テーマ:[教育動向][学校]

校長先生といえば、学校で一番偉い人です。そんな校長先生に、今、どんな力が求められているのでしょうか? 国が主催する教員研修を行う独立行政法人「教員研修センター」は、今年度から、従来の校長研修の内容を大幅に見直して、「校長マネジメント研修」を始めました。これからの校長に必要なのはマネジメント能力だというわけです。校長先生の仕事も、これから大きく変わってくるようです。

では、なぜ校長に、マネジメント能力が求められるようになったのでしょうか。

これまで、校長に求められる力は、豊かな教育実践の経験、リーダーシップ、みんなから信頼されるような人柄、学校経営の力などが挙げられていました。とりわけ近年、重視されるようになってきたのが、学校経営力でした。その背景には、学校全体が組織的に対応しないと解決できないような問題が増えたことがあります。

しかし最近では、学校「経営」力だけでは十分ではないと指摘されるようになってきました。中央教育審議会の教員の資質能力向上特別部会は、今年1月にまとめた審議経過報告の中で、「マネジメント型管理職」を養成することを打ち出しています。その理由として、子どもや保護者の要望が多様化したことや、今後10年間で教員の約3分の1が入れ替わることなどが挙げられています。つまり、これまでのように組織をつつがなく運営するだけの「管理型管理職」では、もう時代の変化に対応できないということです。

では、マネジメント型管理職の能力とは、具体的にどんなものでしょうか。先の審議経過報告は、教員個人の力量に頼らず、チームとして問題を解決する力などを例示しています。特に文科省が重視しているのが、保護者や地域と一体となって子どもたちの教育に当たる「コーディネーター」(調整役)としての力量です。

これには、「新しい公共」という民主党政権の考え方が反映しているようです。学校教育分野では、学校が積極的に働き掛けていくことで地域や家庭の教育力を復活させ、学校と保護者・地域住民が一緒になって子どもたちを教育していこうというものです。鈴木寛文部科学副大臣は、教育雑誌のインタビューなどで、「上意下達でルールを守らせていく管理型管理職は、もういらない」と断言して、保護者・地域・学校を一体化できるマネジメント型管理職が必要だと訴えています。

教員研修センターの校長マネジメント研修では、民間人校長として地域住民と一体となった学校づくりで知られる藤原和博・前東京都杉並区立和田中学校長らが講師となる予定です。

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 マジックワードが並びすぎて気持ち悪いのだけれど、簡略化すると校長の仕事は昔からあった内部の調整だけでなく外部との折衝や企画力まで問われるようになっているという話。

特に民間人校長としてほぼ唯一といっていいくらいの成功者である藤原校長はこう述べている

まずお伝えしたいのが、失業中なので職を得たい・年収を上げる転職をしたいという方にはご遠慮いただきたいということ。僕が経験したから言えることなのですが、校長という仕事は企業のマネージャーよりもはるかに難しい仕事です。なぜなら校長には人事権も予算権も無いからです。部下を自由に異動させることも昇給させることもできません。また、優秀な部下に“社長賞”のような金一封を渡すこともできないのです。昇進でも給与でも部下をコントロールすることができないので、求められるのは究極のマネジメントになります。

no title

 藤原元校長あいかわらず喩えがうまい。希望論を述べて現場にはチャレンジ精神がある校長が1割しかいないと指摘した後情報マネジメントの話に論点をすりかえてるところもお話し上手。今回の事件をどう捉えてらっしゃるのかしら。

 それはともかく、校長の仕事は経営の仕事とはわけが違う。経営は何らかの方法で利益を追求するために部下や取引先とのインセンティブをすり合わせる。逆に言えばインセンティブが一致していれば部下も取引先もある程度やる気を出すわけだ。

 それに対し学校で求められるのは運営だ。予算も人員も決まっている中で、教職員が子供たちに対していかに効率的に知識と疑問を植えつけていけるか、その環境を整えることになる。事務処理や企画をはじめ教育委員会との折衝、教員同士の同僚性の向上や組織化、保護者にいかに下手な介入をさせないかなど、課題は内外に及ぶ。毎学期の頭と終わりに式辞に見せかけた説教をたれるだけではないのである。

 金銭的インセンティブを確保できない以上教員を動かすのには信頼関係が必要だし、競争原理に基づいて権威的に規範に訴えるしか能のない者からドロップアウトしていく。教育の原理は市場原理とは違い、競争からはみ出そうな者をうまく社会化していくことに意義がある。そこに気づかなければいつまでたっても失敗を繰り返すだけである。予算は増えないまま、教育に求められるものばかりが肥大していく。校長の仕事が内部の調整だけですまなくなったのもひとえにこうした圧力が教員の雑務を増やしているからという背景がある。

エラー|NHK NEWS WEB

校長になろうとしていた方々の記事もあったので紹介しておくがこれもひどい。

転職サイト「ビズリーチ」を運営するビズリーチは、大阪市立小・中学校長50人公募(9/10募集終了)に協力。ビズリーチ経由で応募したビジネスパーソン(平均年収1,017万円)769人を対象に、アンケートを行った。アンケート期間は8月30日から9月3日。

応募者の属性を見ると、平均年齢は50歳で、約6割が21人以上の人をマネジメントした経験を持っている。男女比については男性が94%、女性が6%と男性が圧倒的多数となった。

経験業種のベスト5を挙げると、1位「メーカー(29%)」、2位「IT・インターネット(20%)」、3位「流通・小売り・サービス(14%)」、4位「金融(12%)」、5位「教育・官公庁(6%)」となっている。

同様に、経験職種ベスト5では、1位「経営(48%)」、2位「営業(16%)」、3位「管理(10%)」、4位「マーケティング(9%)」、5位「金融(4%)」となった。

アンケート調査において、「校長になったら、あなたのスキルの何が活かせると思いますか?」と尋ねたところ、1位「マネジメント力(80%)」、2位「発想力(68%)」、3位「実行力(68%)」という結果になっている。

また、「あなたが校長になったら何科をつくりたいですか?」と尋ねたところ、「働く科」、「社会貢献科」、「まず動く科」、「現実を知る科」、「SAMURAI科」、「親と子どもが向き合う科」など、さまざまなアイデアが寄せられた。

「もともと教育分野で仕事をすることに興味はありましたか?」という質問では、72%の人が「もともと興味があった」と回答している。

no title

 マネジメント(笑)発想力(笑)。それでいてやりたいことは、「働く科」、「社会貢献科」、「まず動く科」、「現実を知る科」、「SAMURAI科」、「親と子どもが向き合う科」。自分たちはさも現実を知っているような口ぶりで、サッカーチームみたいな授業をやりたいそうだ。実際は校長になって若者に説教をしたいってインセンティブで応募しているだけなのでは?とも読み取れる。

 問題は親と子供が向き合う、という部分で、大阪市は約3%の世帯がひとり親で、離婚率は全国でも高い水準となっている。厚労省大阪市(リンク先に統計資料あり)も一応支援サービスを行うなど、なかなかセンシティブな状況だ。

貧困や家族とのコミュニケーション不足など、学力向上を阻害する要因は山ほどあるのに、それを親と子供が向き合ってないせいだと認識しているのは教育業界の上に立つ人間としては非常に怖い。

教育をもっと活性化させたいならまず民間から呼び込むより教育委員会の決定を覆す権限を校長に与えるべきだし、なにか組織を以ってチャレンジしたくなるようなインセンティブを整理すべきだ。現場を見れば力量があるにもかかわらず校長にならずに40年間教壇に立ち続けたがる教師もいるくらい、この仕事はもともとエキサイティングなものであるはずだし、それを阻害しているのは市場原理を教育現場に持ち込もうとする政策に他ならないのである。

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