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2016-04-30

『ジヌよさらば〜かむろば村へ』感想

『ジヌよさらば〜かむろば村へ』感想 

「何も買わない、何も売らない、ただ生きていく」―――
ある事情でお金に触(さわ)れなくなってしまった元銀行マンの青年が、
限界集落寸前の田舎の小さな村でお金をまったく使わないで生きて行こう
とする話。
荒唐無稽のようだけど、案外こんな田舎なら成立してしまうかもしれない、
と思わせるところが面白く、
やがて、これが、小さな村の話だけではなく、
日本やら世界のいろんな国やらの話にも思えて来るから不思議。

万事おおらかに大ざっぱに生きているかむろば村には、
お堅い法律や規律に縛られない自由があります。
ここに生きている人々は、
自分に対しても、人に対しても、赦し、認め、信じ、愛する…
その 人間としての根本のところが揺らいでいないような気がします。

犯罪者だろうが、やくざだろうが、奔放な女子高生だろうが、
お金に触れない男だろうが、神様だろうが、
みんな等しくそこに存在することが認められている、
その「縛り」のゆるさは かむろば村=田舎ならでは・・
というか、この村では、法律とか表面上の正しさとかよりも
自分の目や嗅覚を信じるようなところがあって、
不思議なものを不思議なまま受け入れてしまう良い意味の鈍感さもあって、
何かと決め事が多く 他人の視線が厳しい 都会の息苦しさや窮屈さとは
真逆の、ゆったりとした時間が流れているように感じます。

確かに田舎は不便で、面白い遊び場もなくて、
お金儲けの大チャンスが転がってるわけでもなく、刺激もなく、
つまらないところかもしれない。
だけど、そこで生きて行くことの(お金では買えない)豊かさを、美しさを、
都会の人は少し軽(かろ)んじているんじゃないか…
ちょこっと都会暮らしをしただけで、あとはずっと田舎に住んでいる
福島県在住の私は、そんなことを考えさせられました。

村長は言います、
「私は今朝留置所の中で美しいものを見ました。
それはお湯を注いだごはん茶碗の底に沈んでいる真っ白い飯粒でした。
私はかむろば村に似てると思いました」
村長選に出るよう隣町の町議に圧力を掛けられていた助役は、
町議に弾(たま)の入っていない猟銃を向けて言います、
「弾が入ってなくとも怖いもんは怖いでしょ。
あんたのやってる政治は、こういうことですよ」

――私たちは何か大切なものを失おうとしている。
お金をいっぱい持ってる人が偉くて、お金持ってない人は負け組で、
貧しいことは情けないことで、お金がなくちゃ幸せになれなくて、
だからお金のために頑張らなくちゃいけなくて、
それが唯一の価値観で…
大人も子供も目先にお金がぶらさがっていればすぐ飛びつく、
そんな世の中で、
子どもは親に殺され、嫉みや妬みはSNSで拡散され、いじめはなくならず、
政治家は金をばらまいて大事なことをうやむやにしようとし、
正義や道徳はただの紙切れの上の話でしかなくなりつつある…

誤解しないで欲しいのは、
「田舎はのんびりしてていいよ」「みんな田舎で暮らしましょう」
なんてことを言いたいのじゃない。
実は、田舎には、貧しいゆえ、金がないゆえのシビアな現実があるんです。
でも、だからこそ、何百万何千万ではなく、千円の価値を知っている、
そんな気がするのです。

   (ここまでの文中 田舎と都会という言葉をあえて観念的に使いました、
    気を悪くされた方ごめんなさい)


自分が持っていたお金を全部焼いて、タケが言う、
「これで正真正銘の無一文になりました。
俺が見せられるのはもう生き様しかありません。
無一文‥これが高見武晴の本当のスタートです」と。
そうして彼は村長になります。
彼の座右の銘は、なかぬっさん(神様)の言った
「必ず何とかなる、思った通りではないけども」という言葉。
それを聞いて、「普通だな」と返す元村長夫妻が、
何だかすごくかっこよかった。

タケが女子高生・青葉とヨリを戻した理由を村長に訊かれ、
「SEXが半端なく良くて」とあっけらかんと言い、
その言葉に、子どもも、大人も、年寄りも、みんながおおらかに笑う、
その屈託のなさに、元来人間の持つエネルギーみたいなものを感じて‥
人間って捨てたもんじゃないよね、なんてことを
ふんわりと思う自分がいました。


笑って笑って人生を考える、
『キレイ』に続き、私の中に大きくて確かな何かを落としてくれた
松尾スズキ監督に感謝。
そして、松田龍平さん、二階堂ふみさん、松たか子さん、
片桐はいりさん、オクイシュージさん、モロ師岡さん、中村優子さんらが
キャラの立った役を無理なく自然に演じてくれたことも、
阿部サダヲさん、松尾スズキさん、荒川良々さん、皆川猿時さん、
村杉蝉之介さん、伊勢志摩さんら大人計画メンバーの大挙出演も、
西田敏行さんの本物の福島弁に じんわりと温かいものを感じられたのも
とても嬉しかったです。


『ジヌよさらば〜かむろば村へ』     
監督・脚本松尾スズキ 原作:いがらしみきお『かむろば村へ』
音楽佐橋佳幸 主題歌:OKAMOTO'S「ZEROMAN」
プロデューサー:武部由実子、中田由佳里 製作代表:木下直哉、奥村健、長坂まき子、都築伸一郎
企画製作:キノフィルムズ、グリオ 制作:シネグリーオ
製作:『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』製作委員会 配給:キノフィルム
出演者松田龍平 阿部サダヲ 松たか子 二階堂ふみ 片桐はいり 中村優子 
村杉蝉之介 伊勢志摩 オクイシュージ モロ師岡 荒川良々 皆川猿時 
松尾スズキ 田中仁人 宍戸美和公 近藤公園 顔田顔彦 堀田眞三
三谷幸喜(写真のみ) 西田敏行 他
公式サイト

2016-04-04

『家族ノカタチ』感想

『家族ノカタチ』感想 

人と深く関わることで自分のペースを乱されるのが嫌、
自分の好きなものに囲まれて この先もずっと一人で生きて行く、
と考えている39歳の大介(香取慎吾)が、
父親(西田敏行)や 階下の住人(上野樹里風吹ジュン)、
会社の同僚(荒川良々千葉雄大)、
自分との結婚を望む女の子(水原希子)、
父親が連れて来た義理の息子(高田彪我)・その母(水野美紀
といった人たちと深く関わらざるをえなくなり、
自分のテリトリーを否応(いやおう)なく崩されて行くことによって、
少しずつ大切な何かを見つけ出すようになる、というお話。

人間関係が希薄になりつつある今、タイムリーな内容でもあり、
考えさせられることも多くて、面白かったです。
とにかく、セリフ(脚本・後藤法子)が抜群にうまいんですよね。
ライトコメディという外見の中にしっかりと伝えるべきことを持っていて、
軽いタッチの言葉の中身に重みがあって、
毎回うんうんうんとうなづきながら観ていました。

まず、香取くんが嵌(はま)ってました。
大介は、クール‥と言うより、万事に 醒(さ)めた男という感じなんだけど、
その空気感はちゃんと残しつつも、
彼がまとっている殻(カラ)が徐々に壊されて行く様子が
きっちりと伝わって来た、
それは、香取くんが作る一瞬の間(ま)だとか微妙な表情とかが
とても自然だったからだと思います。

お相手の葉菜子は上野樹里さん。
いかにも女の子 って感じじゃなく どこかサバサバしてる、
だけど内面にナイーブなものを持っている、
おそらくそのあたりは上野さんの持ち味なんだろうと思うのですが、
それが役にとてもフィットしていて、観ていて心地良かったです。

主人公二人も とても良かったのですが、
周囲の人たちも魅力的でした。
大介の生活に土足で踏み込んで来て荒らしまくる迷惑千万な父親は、
誇張され過ぎてマンガチックになってしまったところもあるけれど、
西田さんのキャラだから許されていたような気がします。

その陽三(西田)の再婚相手・恵は水野美紀さん、
その連れ子・浩太に高田彪我くん。
この親子のサイドストーリーが 私にはすごく響くものがありました。
「おかしいと思わねえか。
恵ちゃんには兄弟も親戚もいる。
なのになんで恵ちゃん一人だけで生きて来なけりゃなんないんだよ。
誰かちょっと力を貸してやれりゃ、
恵ちゃんも浩太ももう少し楽に生きて来れたんだ」
という陽三のセリフには、
このドラマの最も大切な芯の部分が語られていたような気がします。

荒川さんとか千葉くんとか、大介の同僚も、
ちゃんとそれぞれの生活や生き方みたいなものが見えて、
いいキャラだったなぁ。

葉菜子の後輩で、いかにも女の子〜って感じの莉奈水原希子さん。
まったく空気読めなくて、時に暴走したりもするけど、
ちょっとあざといほどの可愛らしさの陰から、
どんどん魅力的なところが見えて来て、
最後には「素敵な女性になって良かったなぁ」と思えた。

そしてもう一人、莉奈と同じくらい・・いやそれ以上に
いい役だなぁ、好きだなぁ、と思うようになったのが、葉菜子の元夫・和弥。
お互い嫌いになって別れたんじゃない、
葉菜子とよりを戻すということも十分にありうる、という立場で、
一種の当て馬的存在ではあるんだけど、
この人は本当に葉菜子のことを心配している、
自分の気持ちより先に 葉菜子の気持ちを尊重しようとする、
葉菜子を励まし、何とか前へ進ませようとする、
それが彼なりの愛情表現になっている、
アタックして振られてさようなら、といった、単純な当て馬になってない、
というところが、すごく良かった。
田中圭くんが演じてるからなおさら和弥の良さが伝わった気がします。

最後には大介と葉菜子が結婚するんだろう、というのは、
初回から簡単に見通せる。
にもかかわらず、単純でありきたりなラブコメディになっていないのは、
そこに至るまでの二人の心の動きを丁寧に描き、
かつ、彼らの周囲にいる人々の人間性や成長をきめ細やかに描いた、
その賜物であったような気がしました。
良い脚本の上にキャストがうまく嵌ったドラマは、やはり面白いです。


『家族ノカタチ』     
放送日時:2016年1月17日 - 毎週日曜 21:00 - (TBS系)
脚本:後藤法子 演出:平野俊一 酒井聖博 松田礼人 音楽:大間々昂 兼松衆
音楽プロデューサー志田博英 編成・プロデューサー:韓哲(TBSテレビ
プロデューサー佐藤敦司(ドリマックス・テレビジョン
製作:ドリマックス・テレビジョン TBS 
キャスト:香取慎吾 上野樹里 水原希子 荒川良々 千葉雄大 柳原可奈子
高田彪我 観月ありさ(友情出演) 田中 圭 浅茅陽子 森本レオ
水野美紀 風吹ジュン 西田敏行 他
公式サイト

2016-03-10

『ちかえもん』感想

『ちかえもん』感想 【一部ネタバレあり】

とても面白いドラマでした!
テンポ良く進むストーリーの巧みさ、セリフの面白さ、
演じ手の表現力の確かさ、画面から伝わる空気感の心地良さ‥
毎回毎回 泣くやら 笑うやら 考えさせられるやら、
登場するすべての人にいろんな感情移入しながら、
終わったらすぐに続きが待ち遠しくなる、
8回が本当にあっと言う間で、終わってしまうのがすごく残念で。


どの登場人物もすごくすご〜く魅力的だったのですが、
ここはやはり ちかえもん(近松門左衛門)役の松尾スズキさんを
一番に挙げたい。
この人の、情けないやら切ないやら辛いやら‥みたいな表情は、
本当に絶品。
そこに「あか〜ん」やら「ええ〜〜っ」やらの
力の入らないフワ〜ンとした空気みたいなセリフが乗ると、
何だかもうそれだけで、観ているこっちは肩の力がぜ〜んぶ抜けてしまう、
そしてその後に、いつも、“物書き(戯作者)の哀感”みたいなものが
ゆっくりと立ち上って来るのを感じる。
それは、松尾さん自身が脚本家であり作家であることと無縁ではない
ようにも思えます。

NHKと松尾さんというと、
私は 断然『TAROの塔』を一番に思い出してしまうのだけれど、
あの時の岡本太郎といい、今回の近松門左衛門といい、
この人は 物を一から作り出す人間の悩みや苦しみを、
一定の距離を保ちつつ ペーソスを持って表現することに
とても長けているように思います。
加えて、自由自在の顔芸といい、セリフの言い回しの味わい深さといい、
今回は本当に俳優松尾スズキを堪能し尽くした感で、
何だかすごく嬉しくもあり 得した気分にもさせてもらいました。


不幸糖売りの万吉に青木崇高さん。
大人の事情や迷惑を顧みずどんどん突き進んで行く、
童話はだかの王様』で「王様は裸だ」と正直に声を上げた子みたいな
シンプルな子ども目線を持っているなぁ、と思って観ていたら、 
最後の最後で、なるほど!と納得行きました。
だから、近松門左衛門を「ちかえもん」としか言えなかったんだね。
(ネタバレ自粛w)
万吉もまたちかえもん同様フワリと地につかないような空気感があり、
青木さんがそのあたりを実に自然に表現してくれていました。
タイトルの一番最初に名前が出て来る、つまり主役ということなのですが、
どう見ても主役はちかえもんじゃないの?とずっと思っていて。
でも、最後まで観た後、
万吉のまっすぐな視線や心根こころねが、
いつもこのドラマのど真ん中を貫いていたことを考えた時、
やはり主人公は万吉なんだな、と納得行きました。

青木さんと脚本藤本有紀さんといえば『ちりとてちん』。
その絡みなのかどうか、
桂吉弥さんとか茂山一門とか さりげなく出ていたのが嬉しかったです。


徳兵衛(小池徹平)とお初(早見あかり)。
二人の恋が純粋に心中へと昇華して行く過程というのは、
舞台ではなくテレビのような画面を通してしまうと、
観ている側が照れくさくなったりしてしまうのですが、
この二人に関しては、役の上での感情移入がしっかり出来ていた上、
観ているこちらの気持ちもしっかりと惹き込んでくれて、
本当に凄いなぁと思いました。

徹平くんも早見さんも良かったけれど、
そういう空気感が無理なく醸し出されるように盛り上げてくれた
周囲の人たちの力も大きかった。
徳兵衛の父(岸部一徳)、番頭(徳井優)、
天満屋夫婦(佐川満男・高岡早紀)、お袖(優香)。
お初徳兵衛との絡みはなかったけれど、
ちかえもんの母(富司純子)や竹本義太夫(北村有紀哉)も良かったなぁ。

そんなベストマッチな配役の中でも、
若い二人を心中まで追いつめた黒田屋(山崎銀之丞)の存在は、
この物語に 心地良いまでの仇役の色味を差し込んでくれた。
何故この男は平野屋を憎み、徳兵衛を陥れたのか、
そこのところがきちんと描かれないまま最終回になって、
あれれと思い始めたら、ちかえもんとのサシの勝負の場面になって‥
そこから先の黒田屋とちかえもんとの一騎打ち
それまでの空気とは一変、重厚なものに練り上げられて行って、
ドラマのクライマックスとして本当に見応えがありました。

「お初徳兵衛が死んだのを幸いと、面白おかしく浄瑠璃に仕立て上げ、
金と名声を得ようという、あさましい腐れ戯作者!」
と黒田屋にののしられるちかえもん、
彼は それまでのどこか浮遊感のあるものとはまったく違う
真剣な眼差しを黒田屋に向けて こう言い返します、
「死んで もの言えん二人の想いを浄瑠璃にして何が悪いんや!
わしかて金も名声も欲しい、腐れ戯作者や。
けど、この ほかの誰にも出来んあさましい仕事するのが わしの務めや、
作家に生まれた者の背負うた業(ごう)や!」

戯作者として ちかえもんが必死で守ろうとするものに、
この作品の脚本家・藤本さんの心情がぎゅっと詰まっているようで‥
そして、黒田屋のように心無く容赦ない刃を、
自分も「視聴者」という立場で 今まで観たいろんなドラマ
向けていたのではないか、という気もして‥
だけど こっちだって真剣に観て感想書いてるんだよ、
と言い訳したくなったりして‥
何だかいろんな感情がこみ上げて来て、ちょっと胸が痛みました。
‥だから(ドラマの感想を自分目線で書いているから)なのか、
あんなに真剣に刃を振るってちかえもんに挑む黒田屋を、
私はどうしても憎めませんでした。

ということで、私は 松尾さんと共に あの緊張感に満ちた空気を
画面いっぱいに作り出した山崎銀之丞さんにも拍手を送りたいと思います。
すっかりファンになってしまいました。


ちかえもんを取り巻く人々の描写には、
全体に、私には「落語」の空気と似たものが感じられたのだけど、
それは私が 同じ藤本有紀さん脚本の『ちりとてちん』が
大好きだったからでしょうか。

漢字尽くしの絶妙なサブタイトル名、
毎回ちかえもんが歌う昭和歌謡フォークソング
お初徳兵衛が抱き合うシーンの 蜷川版の舞台みたいなBGMや照明、
「おしまい」という文字と共にイラストで登場するキャストの
大団円的エンディングの楽しさ、等々、
そこかしこにちりばめられたお遊びもすご〜く楽しかった!
いい作品に出逢えて本当に幸せでした。見逃さないで良かったです。


『ちかえもん』     
放送日時:2016年1月14日 - 毎週木曜 20:00 - (NHK
原作:近松門左衛門 脚本藤本有紀 演出:梶原登城、川野秀昭 音楽宮川彬良
制作統括:櫻井賢 プロデューサー木村明広 劇中アニメーション:岡江真一郎
制作NHK大阪放送局
キャスト:青木崇高 優香 小池徹平 早見あかり 山崎銀之丞 徳井優
佐川満男 高岡早紀 岸部一徳 富司純子 松尾スズキ 他
公式サイト

2016-02-29

『悪童』(TEAM NACS第15回公演/WOWOW)感想

『悪童』(TEAM NACS第15回公演/WOWOW)感想

TEAM NACSの『悪童』をWOWOWで観ました。
大泉洋さん、安田顕さん、戸次重幸さん、音尾琢真さん、森崎博之さん‥
今やメンバー全員がTV映画舞台等で大活躍していますが、
TEAM NACSとしての公演を観るのは、私は初めて。
脚本古沢良太さん、というところに惹かれたこともあって、
録画してあったものを遅ればせながら視聴、
やはり古沢さんの「設定」と「言葉の応酬の面白さ」は間違いなし!
と改めて思った次第。
そこに、演出・マギーさんの「動きの応酬の面白さ」が加わり、
さらに、チーム独特の持ち味が重なる…

最初の出から、5人のキャラクターが、
当て書きじゃないか、と思うほどぴったり役にはまっていて、
(す)なんだか演技なんだか‥という自然な空気感で、
なんだかとても微笑ましかったです。
チーム全員集まった、チームのメンバーしか出て来ない、ということで、
彼らが、なおさら伸び伸びとキャラクターを捉え、
心地よい「場」を作りながら演じているようにも思えました。

    *

バブル期の遺産とも言われる取り壊し寸前のボーリング場、
そこに一人また一人、40過ぎの男たちがやって来る。
彼らは同じ中学の元卓球部で、ある理由によって集められた。
その理由とは…


―― まだ、かろうじて
中学生時代を遠い過去ではないものとして語れる40過ぎの男たち。
エアーボーリングとか、かくれんぼとか、
そんなくだらないことが出来るひょっとしたら最後の年頃なのかもしれない。
ばかばかしいことを本気で一緒にやってくれる仲間‥悪友‥悪童たち。
何でもありのバカ騒ぎに日本中が酔ったバブル期、
ちょうど青春真っ只中だった彼らは、
派手な内装の、かつて『竜宮』と名付けられた建物の中で、
まるで中学生に戻ったように走り回って遊ぶ…

それは、まるで、遠ざかりつつある青春にしがみつこうとする彼らの
最後のあがきのようにも見えます。
人生の半分を折り返すところまで来てしまった、
甘酸っぱい青春の最後のカケラを振り払って決別しなければならない、
そんな彼らのいつまでも見続けたい夢がそこに埋まっている、と
信じているかのような…

やがて、5人は、
卓球部のチームメイトの自殺未遂という中学時代の事件を掘り起こし始め、
そのあたりから、彼らは現実に引き戻され、
並行して、それぞれが抱える 悩みや もどかしさや 閉塞感が、
どんどん浮き彫りになって来ます。

現実は甘くない…
40代に入って、それぞれが背負ったいろんなものが、
その肩に重くのしかかり始めた、そんな彼らの内にある焦燥が、
何だか 切なくも愛おしくも感じられて‥

一時(いっとき)チクチクした痛みを伴った過去を共有した彼らは、
仕方なく前へ進もうとするかのように(本当の大人になるために?)
『竜宮』を出て行こうとするのですが…

ここからのエピローグが何とも味わい深かったです。
自殺未遂のチームメイトの「今」が、彼らをまた中学生に引き戻す…
青春との決別なんてする必要はない、
それらを捨て去るんじゃなくて、あきらめるんじゃなくて、
全部背負って「自分」として生きて行く その覚悟をすればいいだけのこと…
最後の彼らの笑いの中に、
ふと、彼らの年代をとうに過ぎてしまった私自身の、
だからこそ許されるのかもしれない彼らに対する優しい肯定と、
甘酸っぱいノスタルジーが、
ふわりと ほのかに 心に舞い降りたような気がしました。


TEAM NACS 第15回公演 『悪童』     
放送:WOWOW
脚本古沢良太 演出:マギー
出演:TEAM NACS(森崎博之、安田顕戸次重幸大泉洋音尾琢真

2016-02-18

『撃てない警官』(第5話[最終回]=抱かれぬ子)感想 

『撃てない警官』(第5話[最終回] =抱かれぬ子)感想 
【ネタバレあり】

ネタバレ注意!これからドラマをご覧になる方はご注意下さい。

ゴミ箱に遺棄された 生まれたばかりの赤ちゃん、
その 小さな泣き声が、
前回の、川を流れて行く段ボールの中の仔猫の声に重なる。
無防備で、誰かに護(まも)られなければ長く生きてはいられない
もっとも弱き者の存在…

『撃てない警官』最終回は、
女子高校生がデパートのトイレで出産、
大量出血して踊り場の椅子で気を失っているところを
偶然買い物に来ていた柴崎(田辺誠一)が発見するところから始まります。
もう このシーンからドキドキ。
だって、以前の柴崎なら、ペットボトルがころがって来たぐらいで
様子を見に戻るなんてことはしなかっただろうから。

赤ちゃんとその母親である亜紀(YUKINO)は、
柴崎の義父・山路(山本學)が警察退職後に勤めている病院に搬送され、
母子ともに一命を取り留めます。
ところがこの赤ちゃんが突然いなくなり、誘拐事件に進展し…
というのがプロローグ。

この事件には 名倉看護師(ともさかりえ)の哀しい過去が
関わっているのですが、
この回想シーンが非常に簡潔かつ雄弁で、
このドラマに一貫した「説明し過ぎない画面」を如実に物語るものに
なっていたように思います。

母親とは離別、一緒に生活している父親にも見放され、
誰が赤ちゃんの父親か分からないような自堕落な生活の中で、
一人で赤ちゃんを出産した高校生の若い母親・亜紀は、
病室のベッドの上でいったい何を思っていたのか…

赤ちゃんが見つかったと知って病室から出て来た彼女が、
名倉に背中を押されて、
遠くで待つ柴崎や助川(嶋田久作)、山路、病院の医師たちのところに
一歩ずつゆっくりと近づいて行く、
「弱き者」を護る役目を担う「頼るべき大人たち」のところに…

この時の亜紀の表情が 素晴らしかった。
名倉の想いが亜紀にも伝わったと信じたい、
これから赤ちゃんを介していろんな人と繋がって行く、そのことが、
彼女の心に何か温かいものを芽ばえさせてくれると信じたい、
そう思えたことに 何だか ほっとしました。


デパートで現場に居合わせた柴崎の息子・克己(加部亜門)は、
赤ちゃんのことが気になって、病院の祖父・山路のところにやって来ます。
その時、自分の赤ちゃんの時の写真を見せられて、
「赤ん坊はしゃべれんからな、泣いてお父さんやお母さんを呼ぶんだ」
という山路の言葉に、何かを感じ取った様子。
一方、克己の父親である柴崎は、名倉から
「あんまり泣かないんです、泣いたら誰かを困らせると思ってるみたい」
と “美帆”と名付けられた亜紀の赤ちゃんのことを聞かされます。

この2つのシーンを観ていて、私は、
このドラマに今まで登場した人たちを思い浮かべていました。
「泣く」という唯一の手段さえ使い方を知らないかのように
声をあげようとしない赤ちゃんが、
苦しい思い、つらい思い、切ない思い、どうしていいか解らない思いを
胸に抱いて生きている そんな人たちに重なって見えた、
今回の亜紀も、名倉も、そして克己も含めて。
最終回に このエピソードを持って来た意味、というようなものを
すごく考えさせられました。


一方、中田(石黒賢)の不正の証拠をつかんだものの、
そこに 義父である山路が絡んでいることを知った柴崎、
意を決して山路を問い詰めると、
「きみが本庁に戻れるように働きかけるため中田に会った」との答え。
ところが、この不正には上層部も関わっていることを中田から聞き、
さすがに見過ごすことが出来なくなった山路は、
警視総監に告発しようとします。

この時の山路の、
「巨大な組織には多少の不正はつきものだ」という言葉に、
(誤解を恐れずに言いますが)不謹慎にも うなづいてしまった私。
もちろん、悪いことをするのは許されない、
それは間違いなく絶対に揺るぎないことではあるのですが、
けれども、それをとことん突き詰めてしまい、
何が何でも清廉潔白でなければならない、という制限をかけてしまうと、
些末なことに縛られて身動きが取れなくなってしまったり、
もっと大きな不正に立ち向かう力を削がれてしまうこともある、
とも思うのですよね。

酸いも甘いも噛み分けた上の そのあたりの線引きが
山路にはちゃんと出来ている、
この不正だけは誰がどう考えても見逃せない、
だから、中田が左遷されると本庁に戻る術(すべ)を失ってしまう柴崎が
山路に対して脅しめいた言葉を吐いた時、観ているこちらとしては、
「おいこら目を覚ませ、柴崎!」とイラッとしたし、
    (柴崎もそれは重々分かっていて、それでも黙って山路を行かせる
    ことが出来なかったんだろうな、とも思いますが)
だからこそ、山路がそんな柴崎に対して言った
「警察あっての自分じゃないか」という言葉に、一層重いものを感じました。


結局 誘拐事件は、赤ちゃんが無事戻って来たものの、
犯人が分からないまま、足立署の捜査本部は解散。
事件の詳細を書き込んだホワイトボードを消していた助川が
部屋に戻って来た柴崎に、
「直接警務課に電話してくる人間なんて限られてる」と言ったところで、
こちらも、「あ!そういうことか」と納得、
一気に裏が見えて来て、「なるほど〜」と感心してしまいました。
そうしてみると、
中田との会話中に署から柴崎に電話が掛かって来た、というのも
絶妙なタイミングで意味深い気がしてしまいます、
ま、妄想し過ぎだろうとは思いますが。w

「お前に任せる」「おやじさんによろしくな」と続く助川の言葉を
柴崎はどう受け取ったのか、
彼のほんのかすかな笑みが物語っているようで、
何だかほっこりしました。


その帰り道、
克己のサッカーの試合に行き合わせ、
そこで息子の反則を見つけた柴崎が大声で叫ぶ、
「反則だ!卑怯だぞ!審判ペナルティーだ!」
この時の真剣な表情、克己に向けられた厳しい視線に、
警官としてとか、父親としてとかより以前に、人間として、
悪いことをしたら(罪を犯したら)ペナルティー(罰)があるということを、
克己に知らしめようとした柴崎の
「護るべき立場の人間=大人」としての姿勢が伝わって来て、
響くものがありました。
そして、親(という大人)として息子に本気でぶつかろうとする
柴崎の真剣な眼差しの意味を、
克己も間違いなく受け取ったように感じました。


結局 山路の告発により中田は左遷され、
中田と柴崎の間の二重スパイのような立場だった石岡(高橋和也)は
交番の巡査になります。
柴崎もまた本庁復帰の道を絶たれることになりますが、
彼は諦めないのですよね。

本庁ですれ違う柴崎と中田、
この時、二人は、初回とは反対の立場になっています。
「私には本庁の空気が一番合っている。
中田さんならどこにでもすぐに馴染めますよ」と ハッタリかます柴崎も
中田の萎(しお)れない態度も好き。
このシーンは、お互いの意地の張り合いが垣間見えて
非常に面白かったです。

助川も好きだったなぁ。
人事異動の用紙を見ながら、「おまえの名前はあったのか」なんて、
柴崎の痛いところを突いてくる。
でも、この人に本物の底意地の悪さは感じない。
助川なりの生き方、信念、みたいなものがちゃんとあって、
すべての言動がそこから発せられている、
そのブレのなさが、柴崎の心にストンと落とし込まれる。

それに対して、パソコンのキーを打ちながら「いいえ」と応(こた)える
柴崎の 感情の読めない 本心の読めない声音に、
逆に雄弁なものを感じてしまったのは、
このドラマの徹底した説明し過ぎない姿勢が
観る側にいろんなことを想像させてくれたからのような気がします。

   *

全5話が終わって思うのは、
人間も、背景も、非常に丁寧に 密度濃く作られていた、ということ。
登場人物それぞれに欠点もあるんだけれど、
欠点があるからこそ人間らしい、
万能ではない人間の視線や考え方だからこそ深みや重みがある、
登場人物たちそれぞれが単純ではない、一筋縄では行かない、
だからこそ輪郭も中身も非常に魅力的なものを持っていた、と、
そんなふうに感じました。

演じる側としてはどうだったのでしょうか。
全員、感情の起伏があまりない、過剰な動きもほとんどない、
激高することも泣きわめくことも大声で笑うこともない、
その振り幅の極端に少ない中で伝えるべきものを表現して行く難しさが
演じ手にはあったと思うのですが、
でも、観ている側としては、そこがまた面白いと感じました、
短い言葉の重み、かすかな笑みの深さ、何かを訴えかける視線 等、
演じる人の力量をきっちり見せてもらえた気がして。


画面から伝わる場面ごとの空気感も素晴らしかったです。
私は特に足立署警務課が好きでした。
画面の隅っこに至るまで、
人の動きや雑然とした物から伝わって来るものに嘘がなくて、
いつも惹き込まれ、警務課が出て来るたびにワクワクしていました。

官舎での生活感・仕事場の空気などリアリティのある“重み”は、
セットではなかなか作り出しにくい。
WOWOWのドラマに共通していることですが、
ロケによる撮影は、リアルな空気を画面に焼き付けてくれる気がします。


最後、何となく中途半端で終わってしまったような印象を持つ人も
いたかもしれない、
普段のドラマなら、もっとカタルシスのある終わり方にしたかもしれない、
でも、そんな観る側のかすかな期待さえも裏切って、
ひたすら地味で、爽快感・達成感のカケラもない、
しかし 観方によっては非常に味わい深い終わり方になっていたのも、
いかにもこのドラマらしい気がしたし、
そんなふうに最後までブレない姿勢が好もしく感じられた作品だった、
そのことが ほのぼのと嬉しかったです。



登場人物について。
・中田(石黒賢さん)
全体のバランスの中では重要なポイントで使われていたとは思いますが、
個人的には、もうちょっと出番が欲しかった気がします。
この人の 常に上っ面しか見せないところが 逆に魅力でもあったし、
説明し過ぎないところがいい、と自分でも分かってるのですが、
この人の腹の中をもう少し深読みしたかったな、という
私的なわがままで、ちょっと残念な気持ちがあるのも確かなので。

・石岡(高橋和也さん)
この役 好きでした。
所詮使われる立場にしかなれない男ではあるんですが、
柴崎の息子の万引きの話が出た時にはドキッとした、
まさに 窮鼠(きゅうそ)猫を噛む、
この男を敵に回すとやっかいなことになるぞ、どうするんだ柴崎、
って本気で心配しました。
最後の自転車蹴飛ばすオチが、いかにもこの人らしかったです。

・小笠原足立署署長(諏訪太朗さん)
署長としてすごい力を持っているわけではない、
助川のように野心があるわけでもない、
あとは定年を待つだけ、
でもそれまでは、彼なりに忠実に真面目に仕事をこなそうとしている、
そんな空気感が常にあって、私はこの人も好きでした。

・柴崎雪乃(中越典子さん)
息子のいじめ問題とか、夫の左遷とか、家を建てて官舎を出たいとか、
悩み事はあれこれあるのですが、
この人のあまり深刻にならない明るい雰囲気が良かったです。
夫との意思の疎通もしっかりとれていて、
いい夫婦だな、と思えた。
柴崎家を訪ねた中田と柴崎の緊迫した腹の探り合いの場面、
空気読めずに ちょこんと柴崎の隣に座った雪乃が可愛かったです。

・克己(加部亜門くん)
最後、柴崎の厳しい視線を受け止める克己の表情が、
複雑なものをきちんと内包していて、ちょっとびっくりしてしまった。
難しい役をやりとげてくれてホッとしました。
(親戚のおばちゃんのような心境w)

・山路(山本學さん)
この人の存在は大きかった気がします。
人間として、元警官として、しっかりした芯がある。
「正義の在処(ありか)」「良心の在処」といったものを測るための
ある種のものさしになっている。
だから、主人公である柴崎がどんなにダークな色に染まっても、
安心して観ていられた、
山路の存在価値はそこにあったのではないか、という気がしました。

・助川副署長(嶋田久作さん)
いやいや、もうね、警察学校で柴崎が鉛筆落としそうになって
教官の助川と視線が合う、そこからずっと、
柴崎とこの人とのやりとりは いちいち私のツボに入りまくりでした。
結構チクチク嫌味言ったり 投げ飛ばしたりwしてるんだけど、
陰湿過ぎる感じはしないし、悪意も感じなかった。
出世欲で固まっている柴崎に目を覚まして欲しかったんじゃないか、
という気がします、
泥水すすってからじゃなけりゃ、上(本庁)に行っても何も出来ないぞ、と。
自分だって刑事課長になりたいという欲はある、
だけどそれは、柴崎とは違って、
もっと実のあるもの、中身の伴うものだから、
当然ながら柴崎の薄っぺらな上昇志向を認めることは出来ない。
だけど、もし柴崎が自分の傍にいて、
しっかりと上に行ってやるべきことを見い出したら、
この人は案外、柴崎をきっちりと援護してくれるんじゃないか、
そんな気もします。

今取り上げた人たちをはじめ、
出演した俳優さんたちは、初回から最終回まで
登場人物すべてが気持ちいいほど適材適所で揺るぎなかった。
どの役も(ほんの少しの出番の役でも)はまり役だったと思います。
菅田俊さん(交番の巡査長)、千葉哲也さん(足立署刑事)ら、
シブい俳優さんが出ていて嬉しかったし、
橋本じゅんさんがちょこっと出ていて、しかも
彼独特の濃い気配をすっかり消していたのには驚きました。
図書館戦争あたりから変わった気がする)

・柴崎(田辺誠一さん)
初回に、これは柴崎の成長譚になるんじゃないか、と書いたのですが、
柴崎にそこまでの大きな変化は見られなかったですね。
人間なんてそんなに変われるものじゃない、
あいかわらず彼は本庁への復帰をあきらめず、
義父である山路を脅すようなことまで言っている。
だけど、表面からは 見つけ出すことが出来なくても、
柴崎の内で揺れ動き始めたものがあるのは何となく感じられる、
その微妙な「変化への芽ばえ」みたいなものが、
柴崎の振れ幅の狭い表情や動きから
静かに、ゆっくりと、しかし間違いなく伝わって来たように思います。

そのあたりは田辺さんの表現の面白さでもあって、
(いい意味で)ばかばかしいものやら くだらないもの、
漫画原作やら ぶっ飛んだもの、もちろんシリアスなものも含め、
ものすごい振り幅の役を演じて来たこの俳優を 長年観て来た身としては、
今回、こんなふうに振動の少ない きめ細やかな演技を観られたことが、
本当に嬉しかったです。
(田辺さんのそういう部分を求めてくれた長崎監督に感謝)

主人公は正しくなければならない、
あるいはかっこ良い悪でなければならない、という、
単純明快で視聴者の理解を得やすい白黒キャラからあえて外れ、
ダークな色を残したまま、降りかかるさまざまな問題に冷静に対処する、
この柴崎を「主人公らしい」とはとても言えない。
けれど、最近のドラマの単純キャラに飽き足らない視聴者の中には、
彼を、新しい魅力を持った主人公として
受け入れてくれる人もいたに違いない、そう信じたい自分がいます、
田辺ファンとして、ばかりではなく、一ドラマファンとして。


聞けば原作には続編があるらしい。
これはもう同じスタッフ・キャストで そのドラマ化をぜひお願いしたい! 
ということで、念を込めて…

乞う続編!


連続ドラマW 『撃てない警官』     
放送日時:2016年1月10日- 毎週日曜 22:00-(WOWOW)
原作:安東能明 脚本:安倍照雄 監督:長崎俊一 音楽大友良英
制作:WOWOW オフィスシロウズ
キャスト:田辺誠一 石黒賢 中越典子 高橋和也 加部亜門 YUKINO ともさかりえ
嶋田久作 山本學 他
公式サイト