世界一豊かな国の大使が語った5つの政策

ルクセンブルグ駐英大使のBern氏に、彼の国の成功要因についてお話を伺ってきた。

ルクセンブルグGDP/capita(一人当り国内総生産)が日本の倍以上もある、世界で最も豊かな国である。日本と同様に、天然資源があるわけでもないこの国が何故このような成功を収めることができるのか。


1.有利な地理的条件
ルクセンブルグは人口50万人弱の小国だが、その主要産業は決してニッチなものではない。銀行、化学(Dupont等)、鉄鋼(Arcelor Mittal等)、ICT、流通などのメジャーな産業で伝統的に高い競争力を保持している。ちなみに人工衛星も強いらしい。
その秘訣について聞くと、ルクセンブルグに進出している日本企業(TDK)がBern氏に語った内容を教えてくれた。曰く「R&Dに強いフランスと生産技術に長けたドイツから、それぞれ最高水準の労働者を同時に雇うことができる」からだという。つまり二つの文化圏の強みを融合させることで、世界最高水準の実質賃金をもたらす産業の育成が可能になるとのこと。

2.BeNeLux三国の協働
地理的条件だけでは上述の産業組成モデルは完成しない。そのため、より自由に域内経済交流の可能な欧州連合という政治・経済的枠組みを創造する必要があった。そして、その最大のチャンスがベルリンの壁崩壊だったという。壁崩壊を期にソビエトに対抗する枠組みの必要性を説き、ベルギーやオランダとの強固な関係性をテコにして一気にEU組成まで持っていった。外交官の話なので割り引いて聞くとしても、凄まじいばかりの外交戦略であると驚かざるをえない。

3.徹底的なOpen Country
以前ルクセンブグルにも固有の言語があったが、段階的に廃止してゆき、現在はフランス語(主に官公庁や小売・サービス業)とドイツ語(新聞や製造業)が主要公用語となっている。社会的に移民も多く受入れており、現在の国民の7割はポルトガル系らしい。日本人も多く、日本人学校もあるという。
政治的にはEUNATO、UNが関わる全ての紛争地域に軍隊を派遣して常にプレゼンスを示し、多国間でのパートナーシップを構築し、国際法を遵守してDiplomacyを発揮している。印象に残ったのは「我々の外交にディシプリンは無いが、ガイドライン[Presence, Partnership, Rule of law]を遵守している」という言葉だ。
経済的には海外からの直接投資を多く受け入れ、ヨーロッパにおける中核拠点として一定のポジションを築いている。大臣自ら営業に赴くことも多いという。シンガポールや上海に拠点を移されてしまう日本との差について考えざるを得ません・・。

4.グローバルな高度能力人材の獲得
最近までルクセンブルグは国内の高等教育に殆ど力を入れず、大学進学希望者には他国への留学を強く推奨していたという。これは上述の内容を鑑みれば当然のことかもしれない。人口50万人弱の国の限界という理由もあるだろう。しかし、現在は更なる高度能力人材の「外国からの獲得」を目指して、国内大学への投資を強化しているとのこと。
国内に競争力のある産業があれば、高い能力をもった自国民が外国に留学しても必ず戻ってくる。そういう自負があるからこそ選択できる政策かもしれない。

5.小さく機動的な政府
とはいえ政府が民間に対して投資先分野を推奨したり保護規制をかけたりすることは殆どない。政府は自らが経済・社会の要請に対して最大限効率的であることを目指し、日本で言うところのお役所仕事をどれだけ排すことができるかを目標にしているという。
ルクセンブルグに拠点を置く企業は世界に通用するものが多く、そのため各々の判断で投資がなされれば、結果的にそれが最も効果的なはずという前提に立っているとのことで、政財の下手な馴れ合いは無いとのこと。


このように、ルクセンブルグの政治・経済モデルは理想的に見える。日本でも、中国にGDP総額で追い越されて以降、「ルクセンブルグのようになるためには何をしたら良いか」という議論を時々聞くようになった。

しかし、特に日本との比較においては、実際には少し割り引いて評価する必要があるだろう。


1.GDP/capitaの数字的トリック
実際には給与所得者の4割が毎朝国境線の外側から通勤してくる労働者であり、彼らは国民としてカウントされていないので数字が過大に評価されている。実際にはこんなに高くはない。(とはいえ、それでも相対的に見れば、ルクセンブルグGDP/capitaは高い水準にある。)

2.高いGDP/capitaは諸刃の剣
高いGDP/capitaは、即ち、高い実質賃金や生活物価を意味する。そのため、常に高い付加価値を創造する最先端の産業誘致と人材育成を図ることが安定的雇用のための最優先課題であり、また社会不安に直結する所得格差の縮小も同時に進めなければならない。この二律背反をマネージするのが最大の課題であろう。(労働組合が強いので、現在は所得格差も比較的小さく、この点では成功しているようだ)

3.外部環境の変化に脆弱
銀行業や輸出主導の産業が多いため、ユーロ危機や石油価格といった外部環境変化に際して受けるダメージが大きい。ルクセンブルグ国内の市場規模は小さいため、EUという枠組みはどうしても堅守していきたいはず。今後のユーロ圏の動向次第では、大きな影響を受ける可能性もある。


とはいえ、今回Bern氏に伺った話は、どれも非常に示唆に富む内容のものだった。そのまま日本に応用できる類のものでは決して無いが、戦略のコンセプトや戦術のエッセンスは参考にできる点が多いような気がする。

そして、ルクセンブルグがその昔不況にあえぎ、国民の海外転出によって人口の1/3を失ったことのある国であることを覚えておきたい。北側のヨーロッパはどこもそうだが、未曾有の危機を乗り越えたからこそ得られた独自戦略がある。

未だ本当の危機に陥ったことの無い戦後の日本政治・経済には決して真似のできない真剣さをBern氏から感じることができたのが、今回最大の収穫だったかもしれない。