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2011-11-24 ロマン主義の文学には、ナイス隠遁者が多いので気になっているブログ

中途半端な努力で、中途半端に承認欲求を満たされたいんだよ! 俺は!

「絵が上手くなりたいんですけれど、どうすればいいですか?」って聞いたときに、「一日中、ずっと絵のことを考え続けて、毎日地道に努力すれば上手くなりますよ。有名イラストレーターの○○さんは、中学時代から寸暇を惜しんで落書きを続けてきて(中略)血の滲むような努力を10年ぐらい続ければ、きっとプロ並みの上手さになりますよ」と返すようななやりとりが、ネット上では何度も繰り返されているのだけれども、これってフランス料理のシェフに料理の作り方を尋ねているようなものだよな。

俺が「腹減ったから何か適当なモン作れる、手っ取り早い方法知らね?」って聞いてるのに、「一流のフランス料理シェフになるためには下積みが云々、十年にわたる過酷な修行が云々」って聞かせられているような感じだ。


違うんだよ。おれが聞きたいのはそんなことじゃないんだ。他にやることがあるから、努力するのがすげーダルいんだよ。

そんな「ガチで料理作る!」っていうレベルの話じゃなくって、おれが欲しいのは「午後十時に帰ってきたんだけど、冷蔵庫の中にあるもので適当に美味しい量を作れる」ぐらいのスキルなんだよ。

そこそこ上手く見える文章や絵を描いて、中途半端に承認欲求を満たしたいんだよ! 俺は!

だから世界の頂点を目指す格闘家のような努力方法が知りたいんじゃ無くって、腹が減ったときにササッとごはんを作れるレベルのノウハウが欲しいんだ。

本業でやっている人には冒涜的なことかもしれないが、俺は最小限の努力でキーボードを弾けるようになってけいおん!!ごっこがしたいし、最小限の労力で絵を描けるようにもなりたい。

でもなぜか、いつの間にか「つらくきびしい努力が大切です! 努力! 根性! 額の汗が実力の証!」というスポ根みたいな世界に入ってしまうのはどういうことだ。


インターネットの上級者しかいないゲームセンター化とか。

それ以外にも、「ゲーム始めたと思ったら、速攻でキラーマジンガ*1や、ずしおうまる*2みたいなレベルの人間が攻め込んでくる今のインターネット」は、初心者殺しの環境になっているように思えるよ。

ゲームセンターでは、上級者が初心者を駆逐するような空気を作ったせいで、格闘ゲームというジャンルそのものが縮小した」と聞きましたが、今のインターネットも上級者しかいないゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。

キメラ*3がいるあたりで順調にレベルを上げていけるような人間も、ラストダンジョン周辺で出てくる魔物に遭遇して魂折られているんじゃないのかなぁって心配になるんですよ。

それで全体のクオリティがあがっている側面があるから一概に否定することができないんだけど、「強豪とのガチ勝負でレベルを上げていける人間」だけじゃなくて、「弱い〜中ぐらいの敵をチマチマチマチマチマチマ倒していくことで成長していく人」も沢山いるよね。

インターネット世界にも、レベルが上限に達した人間が殴り合うような領域だけじゃなくって、片田舎の部活動みたいな「井の中の蛙世界」が沢山欲しいところだ。

井の中の蛙ってネガティブな言葉として受け取られがちだけど、裏を返せば「俺TSUEEEEEEE*4」が保障されている領域でもある。

おれも世界最強とか要らんから、鉄の槍が売っているような町で自己効力感が傷付かないような生き方がしたいです。

*1:泣きたくなるぐらい強い

*2:とても強い

*3:ゲーム中盤の雑魚。アリアハンとか、ベホイミとか、レトロゲームに例えるのはそろそろ加齢臭がし始めるような気がするので少し控えたい年頃です。でもドラクエに例えたときのわかりやすさは異常だ

*4:「俺最強」のこと