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研究
4年生のための研究生活ガイド〜物性実験編〜(→B4、M1向け)
磁性物理掲示板 3(→東工大物理の田中研の掲示板)spinリスト (Twitter)(スピン系の研究者(?))
ESRの直接遷移 磁気共鳴における線幅
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『新版 固体の電子論』(斯波弘行)の取扱いについて

2007-02-28(Wed) 9:15-22:35

[][]ISCOM2007

http://www.icmol.es/iscom2007/index.php

私はでないけど。

International Symposium on Crystalline Organic Metalsの略だったのか。

[]メール返信作業中

ちょっと最近メールの返信が滞っています。返信はもうしばらくお待ちください。

[]福田行男先生最終講義

日時:平成19年3月3日(土)14:30-16:00

場所:瀧川記念学術交流会館2階大会議室

テーマ:レーザー分光,量子光学と歩んだ40年−光ポンピング分光からアクシオン探索まで

懇親会

日時:平成19年3月3日(土)17:00-19:00

場所:瀧川記念学術交流会館1階食堂

[]日本分光学会関西支部 H18年度 第2回講演会見学会

開催日時: 2007年3月7日(水)13:40〜16:30頃(13:00から支部総会を開催します。)

会場: 神戸大学百年記念館 (神大会館) 2階 A 会議室

      (神戸市灘区六甲台町1-1)

講演会プログラム

13:40―13:45 開会あいさつ 支部長 播磨

13:45―14:30 「超高速赤外分光法による水素結合系での振動ダイナミクスの研究」太田 薫

       (神戸大学大学院自然科学研究科分子物質科学専攻)

14:30―15:15 「テラヘルツ光を用いたパルス強磁場ESRの物性研究への応用」大久保 晋

       (神戸大学分子フォトサイエンス研究センター )

見学会】 (講演会のあと,休憩をはさんで16:30頃まで)

神戸大学 分子フォトサイエンス研究センター

神戸大学 理学部化学

[]添付ファイル

ファイルサイズの大きい添付ファイルは困る。マナーとして、ファイルサイズの大きなものは添付しないで欲しい。

ソフトウェア的に対応する楽な方法はないかな。添付ファイルだけダウンロードしないですむとか。

[]SESTの原稿の修正

二時間くらい時間があれば、すぐできるような気はするけど・・・。EPSをWordに貼って、さらにPDF化すると汚くなるような気がしてしまう。同時に送ったpng画像を貼ってもらったほうが良いような気がする。まぁ、これについては後で考えよう。

[]うまくいかないなぁ

絶対見えると思ったのに、観測失敗。

風船が割れてしまうなどのトラブルもあったし。憂鬱な気分だ。

2007-02-27(Tue) 8:33-17:45,22:20-25:30

[]秘書さんの退職(?)

週2回勤めていた秘書さんが止めるということで、お疲れ様会。イタリアンなお店にいきました。おいしかったです。お疲れ様でした。

[]あんまり

学会のための実験。

うーん、これは困った、って感じだ。

[]いろいろアドバイス

研究室の学生にアドバイスをすることがある。

でも、全部覚えてくれるわけではない。

修論の最終修正について、アドバイスして欲しいと学生に頼まれたので、いろいろ紙に書いて渡した。

本来は口頭でも説明するべきかもしれないけど、ちょっと忙しかったので省略。

なかなか、アドバイスするというのは難しい。

余計なお世話になるかもしれない。

まぁ、いいか、とも思うけど。

2007-02-26(Mon) 10:04-24:00

[]『ボルツマンの原子』の感想の続き

ボルツマンの原子―理論物理学の夜明け

ボルツマンの原子―理論物理学の夜明け

p.180

マッハの厳格な哲学では、科学を基本的に、ボルツマンあるいはそれに同調する人々が理解と呼んでいるものではなく、記述の問題にする。

マッハの哲学。この前後の話も興味深い。

p.181

科学においても、真の実在は、直接見えるものではなく、様々な観測結果から整合的に推測されるものである。だからこそボルツマンらの原子論者は、自分のやっていることの価値を信じたのである。遠近法の歪みのない、実在のテーブルを、一個の視点から見ることができないのと同様、原子を直接見ることはできないかもしれない。しかし、テーブルは存在するし、原子も存在するというわけだ。


一流物理学者だから、こんな本が書けるんだろうなぁ、と思いながら読んでいる。歴史と、その現代的な意味をうまく書いている気がする。

p.185-186

ニュートンの法則には確かにある程度の循環が含まれていたが、この法則の成功は、それらが自明のことであるとか、もっと根本的な法則から引き出せるということではなく、それらが実質的に記述しようとする主題を定めているということである。これは弱点ではなく、強みだ。

言い方を換えると、新しい科学の法則というのは、何らかの理論的な前提の上に立たなければならない。ニュートンが示したのは、質量と力が異論の余地なくして独立して定義できるということでははなく、この法則に含まれる質量と力には、普遍的な意味と妥当性があるということである。確かに循環的なところはあるが、そうならざるをえない。ニュートンは、それまでに何もなかったところに理論的な構築物を建てているのだ。

これは科学理論の一面で、それが必然で不可避であることを、マッハは把握できなかった。彼はすべての法則が、何らかの自明で独立した意味を持つ定義の上にのみ立ってほしいと思ったのである。科学が量や特性を考案し、その有効性は定義する系の内部でのみ証明できるということを受け入れようとしないし、受け入れられなかった。

論文とかを読んでいるときに、これってどこまで正しいんだろう?とか思うことがあります。不勉強なのに生意気だと自分でも思いますが。突き詰めて、「物理学とはどうあるべきか?」考えている人がいるとすがすがしく感じます。もちろん、その考えを私が採用するかは別問題ですが。私の科学観は、私が触れるものによって、形成されるものですからね。



しかし問題は、これまでどおり、数学的な確実性があっても、ある事象がどれだけの可能性があるかということだった。


p.201あたりからギッブスが出てきます。これも面白い。アメリカの人だったのですね。物理や化学の知識はある程度私も持っていますが、それが歴史の中でどういう位置づけだったのかまではあんまり知りません。

p.212

「物体の構成に関して仮説を立てようとしないで、合理的な力学の一部門としての統計的探求を続ければ、いちばん深刻な難点を避けられる」

ここらへんの、記述はぞくぞくしますねぇ。・・・えっ、しない?いかにも「物理!」って感じじゃないですか。強い抽象化というか。関係ないものをそぎ落とすというか。そこから出てくる普遍性というか。


p.215

ギッブスもマクスウェルも、自分の最大の創造物からさえ一種の皮肉っぽい距離を置いており、たいそうな哲学的体系にむかう誘惑に対しては、きっと皮肉のセンスが対抗しただろう。実際、マクスウェルはあるとき、友人のテイトにこんなことを書いたことがある。「いろいろな形而上学(メタフィジクス)を読んだが、それはどのみち数学物理学の原理を知らない、少しばかり感覚についての生理学が混じった程度の議論だと思う。形而上学の価値は、著者の数学物理学の知識を、事物の名前に発する推論に対する本人の信頼で割ったものに等しい。」後の方の文が、鋭いマクスウェル流の特徴的なからかい方である。その文字通りの意味は、哲学者の自分の思考に自信が大きくなればなるほど、出てくる思考の価値は少なくなるということである。

p.222

ボルツマンにとって、マッハの理論化に反対するお達しに基づくような科学は、いずれ沈滞するのは明らかだった。物理学には、観測結果を列挙し、それらの間の簡単な数学的関係を見出そうとするだけではすまないものがあった。マッハの世界では、科学者が理解するような「説明」の類はなかった。

何かが何かの原因だという、ごく初歩的な概念まで規則違反と言われては、物理学で有益な理論は立てにくいが、マッハはまさにそう言ったのである。彼は物理学から理論化を追放してしまい、相関関係の目録づくり、どの現象が他のどの現象といっしょに生じやすいかの一覧表づくりだけを残したいと思ったのだ。定量的な関係をつけるのは許可される。ある量の熱がある体積の気体に与えられれば、必ず一定程度の膨張が伴うのが見られる。しかし、熱が膨張の原因だと唱えてはならないとマッハは言ったのである

理解するとはどういうことか?は私の好きなトピックの一つです。


p.223

基本的な難点は、たいていの物理学者哲学には関心がなく、それを必要としていなかったことだ。物理学者はそれについてはあまり知らないかもしれないが、自分が好きでないものは知っている。科学は想像力の要素を必要とし、信念の要素を必要とする。想像力は、誰もそれまでに考えたことのない仮説や理論を立てるところにある。信念は、そうした仮説が、あるところまで使えたりうまくいったるすることがわかれば、その仮説は、大雑把に現実と呼ばれているものと関係があると考えるところにある。


科学の知識(物理に限定してもいいけど)は有機的なつながりを(別に無機的って言ってもいいけど)持っている。何らかの講義を聞いて学んだことは、その一筋を辿っていくことに過ぎない。


『理科が危ない 明日のために』(江沢洋)のp.32で

学問は網の目のようにあちこちがつながっている。そのなかで『筋道を立てて教える』ことは一本の筋をたどることでしかない

と書いてあったことを思い出した。

同所にはこんなことも書いてある。

p.15

物理は、ものの考え方を身につけるのに格好の材料なのである。新しい概念が分析と習熟を要求する。それができたら、問題が明確に立てられる。それを解くための出発点がはっきりしており、客観性をもつ。地につき物についた討論で共通理解ができる。結果が実験できて目にみえる。現実に自分の手で操作して納得することができる。自然は間違いを容赦しないが、たいへん教育的にできている。意外性に富む。また、物理学には長い歴史があり、多くの大思想家に、それも同じ足場に立って触れ、疑問を呈し、批判することができる。考え方のコペルニクス的転回が必要であったというケースを追体験できる。広大な未知に向けて開いている。


物理を学ぶことには意味がある。でも、深く考えなくてもいいことも多くて、いちいち深く問題を考えていたら問題が進展しないということもある。社会に出てからそういう深く考える能力が必要であろうか?深く考える能力があることが、考えすぎてしまうことにつながり、仕事を進める上で弊害になることもあるかもしれない。でもね、何が考えるべき問題で、何を適当に考えるべきかを判断することは、どんな職場でも求められると思う。そして、深く考えるべき問題にぶち当たっときに、深く考える訓練をしてきた者と、していない者のとの差が如実にあらわれるのではないかと思う。

学生にとって、量子物理学なんて意味がないものかもしれない。量子物理学が面白いとしても、自分自身がやっているテーマを卑小と思うかもしれない。でも、そのテーマを真剣に考えることを通して、身につけることができる能力というものは何かを少しは考えて欲しい。というか、それは真剣に考えることを通して得られるものだから、真剣に考えたあとに、少し時間がたってから気がつくものかもしれないけど。


同書のp.4に

ひとはBを習ってAとして身につける

とある。これを学生さんに要求するのは難しいかもしれないけど、学ぶということはそういうことだと思う。

大学院(大学でもいいけど)にいて、研究(もしくは学問)以外のことを学ぶことだって大切だよ」って聞くこともある。でもね、大学院というのは、それを学ぶことに特化された場所じゃないか。つまり、そこにいて研究を行わないことは、環境を活かすことができていないってことじゃないか。そして、無駄にリソースを食っているってことじゃない?

私は、大学院入試の前に、というか筆記試験の前に、面接をしたほうが良いと思うんだよね。5月くらいとかね。そして、大学院に進む意味とかをきっちりわかってもらった上で進学してもらったほうが良いと思う。そのさいに、一年くらい留年するとかしてもいいと思うし。研究というものが良くわかっていない時点で、進学というのはどうなのかな?って思う。就職に有利って言うのもあるかもしれないけどさ。

・・・考えながら読むと全然進まん。読書に戻ります。

p.224にマッハとボルツマン間の論争の核心についてがある。物理に対する哲学の戦いかも。『部分と全体』(W. ハイゼンベルグ)を読んだときにもそういうのがあったなぁ。私は、物理に潜む哲学が大好きなんだって、今思い出した。強い意志のぶつかりあいを感じます。ここでの「意志」とは瞬間的なものではなくて、「その人のそれまでの人生をかけたもの」です。

p.226

しかしボルツマンはドイツ人の只中にいた。科学に関しては基本的に実際的な性向があったものの、彼の中にも合理主義的なところは十分あって、自分の経験的な方法を

、何らかの理性に基づく哲学的立場で支えたいという欲求も抑えられなかった。

p.226-227のボルツマンの物理学理論がどうあるべきかについても面白い。というか、感動的かも。引用はしないが。ボルツマンがんばれ!って応援してしまうというか。まぁ、作者の書き方が、ボルツマンを肯定的に書いているし、作者の物理学に対する考え方は、現代の物理学者の多くが納得できるというか、共通認識だと思われる。

p.228あたりのボルツマンとマッハの対比の仕方も面白いなぁ。

作者は、マッハの哲学に批判的な文章が多いですが、肯定的なことも言っています。ただ、マッハの言う物理が満たさなければいけない条件というものがきつ過ぎるということを言っている。


p.256、ギッブスの『統計力学原理』の本。「集合体(アンサンブル)」についてなど。

p.257

物理的な系を微視的な要素の配置と考え、その全体的な特性は、統計学と確率論を応用することで得られるというアイデアを持ち込んだのはボルツマンだった。



10章では、もうボルツマンの晩年についてになっています。

11章ではアインシュタインが登場。1905年、脅威の年!

p.271-272

ボルツマンの統計学的な視点に関心を抱いたことで、アインシュタインはその業績で最初の独創的な研究をすることになった。一九〇五年の三年前、アインシュタインは、三つの簡潔な分析を発表した。それらは一体となってギッブスが当時『統計力学』にまとめていた論証を多く行っていた。その研究はボルツマンとギッブスのいいところを組み合わせていた。ギッブスと同じように、アインシュタインは非情の論理の威力にとりつかれており、対象からその根本の基礎を剥き出しにし、不要なものをはぎとって単純な、それゆえに強力な構造にした。しかし、ギッブスとは違い、今度はボルツマンに似て、ほとんど体にしみついた物理学そのものの勘もあって、言わば、数学の中に導いてくれる推論を捉える前から、事物はかくかくの動き方をしなければならないと見通すことができた。

これ以降もアインシュタインのどこがすごいのか?「量子」についてなど面白く書かれています。


p.275のブラウン運動について。

アインシュタインは、原子の速度分布を表す標準的なマクスウェル=ボルツマンの式を用いて、花粉程度の大きさのものを動かせるだけの集団的な衝突の頻度や規模を計算した。その計算は、その衝突の力学的な影響から原子の大きさと数を推測する方法にもなった。

この前で「ゆらぎ」の話もでています。ゆらぎが本質的に重要になってくるわけですね。

p.285あたり、アインシュタインがマッハをこき下ろしてます。あらら。

p.292より後、ダーウィニズムについて。

p.293-294あたり。感動的。直接読むのが良いです。強い意志を感じます。もう一度書くけど、「意志」とは瞬間的なものではなくて、「その人のそれまでの人生をかけたもの」です。




研究者は、日ごろの研究活動(実験、議論、論文を読む、論文を書く、工作する、設計するなどなど)を通じて、心の栄養というか、研究のモチベーションを高めたり維持するものだと思います。でも、まぁ、たまにはドーピングというか、少し変わったところから、直接は関係ないところから、やる気を得たりすることもあるのではないかと思います。




我々は、普段は気がつかないけど、過去の遺産の上に暮らしている。巨人の肩の上にのっている。肩の上にのっていることを忘れている。そして、微小の変化に右往左往する。生きていく上では、そういう微小の変化に機敏になることは仕方がないことかもしれないけど、たまには、歴史の中で、自分たちがどういう位置づけにいるのかを省みるのもいいと思う。


p.301、ボルツマンの墓碑銘は有名すぎるあの式でした。

p.305

ボルツマンの物理学と当時の物理学を描くときには、とくにトマス・クーンの『黒体論と量子の不連続性』を元にしている。ここにはH定理とその派生形についての驚異的に完璧な分析が出ている。

ふーむ。トマス・クーンってどういう人だったのかな?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%B3

物理学でドクターをとったのね。


・・・というわけで、読み終わった。いつもより考えながら読んだので、時間がかかってしまった。面白かった。

[]ドクター進学

私は、修士の学生にドクターに進むことを勧めることはありません。しかし、物理の面白さを、今やっていることと絡めて話すことはいいかな、って思います。もちろん、面白さというのは自分で見出せるようになることが望ましいとは思いますが、それはなかなか難しいですし。

面白いとはどういうことか?価値があるとはどういうことか?そういうのを考えるきっかけにはなるでしょう。テレビばっかり見ていると・・・というのはやめておこう。

[]価値の継承

学ぶということは、過去の価値を継承・発展させるということだと思います。何を学ぶかは、その人の適性によって難度は異なるものの自由です。

・・・というような話をする場合に、「価値って何?」って言われるかも。

そこに、価値がないと思ったら、それまでなんだよなぁ、と思います。

[]準備してたら時間がなくなった

そういうこともあるよ。

2007-02-24(Sat) 13:30-

[]『ボルツマンの原子

三浦俊彦による書評が面白いと思います。

http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/boltzman.htm




ボルツマンの原子―理論物理学の夜明け

ボルツマンの原子―理論物理学の夜明け

面白かったところを抜き出してみる。

p.84

ボルツマンは実は、物理学の核心に迫る結果を出しただけではなく、世界に新しい推論様式をもたらす結果も出した。マクスウェル=ボルツマンの式の正しさという確固たる真理を確立するために、基本的に統計的な計算を用いたのである。しかしこの論証の革命的なところは、当時は本人にも十分に明らかになっていなかった。

p.87

「妻が夫の求めることを理解し、それに対して熱心でなければただの家政婦で、努力をともにする仲間でなければ永続的な愛は存在し得ないように思う。このことを、愛しているという告白と理解してください」

p.88-89の「物理学者数学」に関して興味深い。

p.94

ヘンリエッテは、以前は科学を勉強しようと奮闘していたし、ボルツマンも妻は主婦ではなく、戦友であるべきだと主張していたが、学問の世界の計画を捨て、キーンツル夫人から料理を習い、一見すると典型的な主婦の生活を始めた。

熱力学統計力学の発展の歴史が見れます。

p.115

マクスウェル優美と簡潔性を指針とし、既に知覚できる形のあるアイデアや理論を、精密な数学の形にまとめることを目指していた。対するボルツマンは、とにかくがむしゃらに進み、答えは必ず存在するから、それを見つけるかどうかは時間とかける手間の問題だと確信していた。

マクスウェルとボルツマンの様式の違いは、ある面では、美意識にかかわるが、それぞれの心理の結果である可能性が高い。それぞれに有利な点、不利な点がある。ボルツマンには熱心な信条と結びついた頑固さがあった。マクスウェルには設計あるいは論理の感覚にかけては抜群で、そのおかげで強力で美しくも簡単な電磁気の理論を見つけることができた。しかし、ボルツマン自身の仕事が示しているように、科学はいつも透明で精密とはかぎらない。形成期にあってはとくにそうである。優美は仕立屋や靴職人のものである。ボルツマン流によればこそ、彼は運動説の理論的な棘やもつれをくぐり抜けて前に進みつづけられたのである。

この前後のマクスウェルとボルツマンの違いも興味深い。

物理学の素養があるほうが、やっぱりこの本は楽しめるだろうな。たとえば、下記の文章とかを読んですんなり納得できる人はどれだけいる?

p.125

ある体積の気体中にある原子全体は、任意の時点で、いろいろなエネルギーから成る集合をもっていなければならない。次の瞬間、ほとんどの原子エネルギーは、衝突のせいで変化してしまい、集合全体は、新しいエネルギー集合を特性とすることになる。個々のエネルギー集合は、全体としての期待の個別的状態をなし、絶えず原子が衝突する結果、気体がしかじかの状態から別の状態へと絶えず写っていく。ボルツマンは、これらの気体の状態が基本的要素となるような確立の微分積分学を組み立てはじめた。


こういう文章を図や式に展開する力を物理学を勉強した人なら持っています。文章だけみて、その字面だけを記憶することは理解したことにはなりません。p125-127は面白いです。

p.128

ボルツマンの一八七七年の結果について、たぶんいちばん特筆すべきことは、そこに物理がほとんどないということだ。Hの計算には、暗黙のうちに、原子が安定した分布、つまり熱平衡に達するまで絶えず突進して衝突しあっているという考え方があった。エントロピーの増大は、この場合、力学から直接でてくることである。しかし、Sの定義においては、そのような原子運動の力学的構図は消えている。ボルツマンは、原子のありうる状態、あるいは配置をだけを考えてエントロピーを式にすることができた。そういう配置がどこから来て、どうなっていくのかについては一切おかまいいなしである。

この前後も面白い。天才の発想の天才たる由縁が書いてある気がする。

p.130あたりは"普遍性"に関わるかも。

このあたりは書き方が丁寧だ。統計力学知らないと面白くもなんともないかもしれないけど。

統計力学とかを誰かに説明したいときがあったら、読み直したいなぁと思います。というか、統計力学を勉強したくなります。私は統計力学に対して、強い苦手意識を持っているのですが・・・。

少し脱線しますが、「理解するとはどういうことか?」というのと同時に「人に理解を求めるにはどうすればいいのか?」というのも私は良く考えます。M2の人の修士論文とかその発表会にいろいろ口を出すことがあったのですが、あの過程で、いろいろなことをまた学べたような気がします。「教わる方より、教える方が勉強する」というのは正しいのかもしれません。


p.132-133

研究者になるわけではないそういう学生にも、自分が語っていることを理解して欲しいと切実に願っていた。

ボルツマンは、科学への入れ込み方が自分と同じだと思った学生とは何時間もつきあい、それで自分の時間をますます使い込んでしまうことになった。

とか面白いな。情熱を感じる。

2007-02-23(Fri) 10:15-17:00

[]『岩波講座 現代物理学 II. I. 磁性』(久保亮五)

レア物を手に入れました。まぁ、1955年に発行ということで古いのですが。記述してあることはあんまり古くなさそう。・・・というか、基礎はすくなくともこの時期より以前に確定していたのかなぁ、と思いました。

[]望月和子先生ご逝去

このような場に書くのもどうかと思われますが。

昨日亡くなったとのことです。

一度、話してみたかったのですが、そのような機会を持つことができませんでした。とても残念です。

極限のスタッフや学生の中には、関係が強い人も何人かいるので、ショックを受けている人や落ち込んでいる人がけっこういます。

当然、ボスも大学に来ることができないですし、研究室としての機能はだいぶダウンしています。

2007-02-22(Thu) 11:45-22:30

[]論文作業

というか、ずっと結晶構造を眺めていただけだったような気がする。

2007-02-21(Wed) 8:45-22:00

2007-02-20(Tue) 11:15-22:00

[]手伝い

なんかうまくいかなくてすごい時間がかかりました。うーむ。

2007-02-19(Mon) 11:30-24:30

dioptase

[]Dioptaseの磁性

M1のS君とやっている物質。

最初は磁性イオンがダイマーを組んでいるのかと思ったけど、やっぱり1次元かなぁ、なんて思っていた。

でも、今日、結晶構造を眺めていたら、やっぱりダイマーかなぁ、とも思える。うーん、どうなんだろう?

[]T氏の手伝い

どうなのかな。今のところ駄目であるという結果にはなっていない。明日が勝負かな?

[]修論の発表練習

もう、私ができることはあんまりないと思います。

[]Ba3Mn2O8

よりによって、進んでいない。どうしようかなぁ。学会で発表することになっているけど。

2007-02-18(Sun) 18:00-28:30

[]修論の発表練習

もう一人の方。間に合うかな?

[]本をたくさん注文

物理関係の本をだいたい2万5千円くらい。

「四方堂書店」

http://www.shi-ho-do.com/home.php

あと、1万5千円くらい買いたい本があるのだけど我慢しよう。

[]スピン液体とかいろいろ

超伝導体, スピン液体, 2本足スピン梯子,ベタイン導電体, 導電性分子ワイヤー,Dδ+−π−Αδ−分子のイオン性,C60-C60, C70-C70, イオン性液体 & SAMs

http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/ossc/intro/2003/tamao_COE.pdf

2007-02-17(Sat) 9:15-22:30

[]M1の人と実験

疲れた。困難軸モードが見えた。

[]修論発表練習

あともう少し、かな?

[]『計算物理〈3〉数値磁性体物性入門 基礎物理学シリーズ―15』(夏目雄平,鈴木敏彦,小川建吾)

どこいっちゃんたんだろう、って思っていたら、M1の学生に貸していました。貸したまま行方不明になっている本がたくさんあるような気がする今日この頃。

2007-02-16(Fri) 0:00-8:30,10:15-24:20

[]すぐ終わるはずだったけど

かなり時間がかかってしまった。まぁ、あれくらい取れれば満足するべきかな。

[]ちょっと調べ物

ネタになるのかなぁ。調べ物中。

2007-02-15(Thu) 10:40-24:00

[]今日もT氏のお手伝い

とりあえず、幸先はよさそう。全てはこれからだけど。

[]卒業研究発表会

お疲れ様でした。まずまずだったのではないでしょうか。

[]修論発表練習

まだまだいくつもの課題が。収束させようとは思うけど。

[]Dr. Andreas Honecker

http://www.theorie.physik.uni-goettingen.de/~honecker/index.html


上記経由で、

Welcome to the ALPS project.

http://alps.comp-phys.org/wiki/index.php/Main_Page

というのを知りました。

・・・えっと、使えるようになったほうがいいのでしょうか。

2007-02-14(Wed) 10:20-25:10

[]今日もお手伝い

圧力実験のお手伝い。あんまりかんばしくないみたい。

[]明日は卒業研究発表会

今日も練習していました。

[]読み方

dioptaseという試料を扱っている。ディオプターゼだと思っていたら、ダイア(オ)プテェイス(ズ)と発音するのが良いみたいだ。やっぱりiの発音をつい間違ってしまう。cationとかもカチオンではなくて、カタイオンの方が近いし。

[]調べ物

SrCuO2については今度調べよう。

2007-02-13(Tue) 9:50-26:20

[]いろいろ

ミーティングがあったり、卒論発表練習があったり、修論発表練習があったり。

あとは、論文を読んだり、ディスカッションしたり。

2007-02-12(Mon) 18:20-21:30

[]呼び出し実験

Tさんに頼まれたので夕方3時間弱実験する。

2007-02-10(Sat) 0:00-20:00

[]いろいろ

M1のキッテル輪講をちょっと見学。

あとは、何をしていたんだろうか。忘れた。

あぁ、Tさんの実験の手伝いをしたんだっけ。

NENPの論文を読んだりする。スタガード磁場のせいで相転移がないというのはいい。k=0ではなくて、k=πというのもいい。でも、計算で、それをちゃんと出せるのかを、いまいちフォローできていない。定性的には、当然な気もするのだけど。

2007-02-09(Fri) 9:30-24:00

[]MMで実験

三つのサンプルで実験。

終わったのは深夜。27時過ぎまでやっていたような気がする。さすがに疲れた。でも、そのうちもう一つの軸も測らないとなぁ。

[]私にアドバイスできることは限られているのだけど

修士論文提出日。二人ともとりあえずお疲れ様。

2007-02-08(Thu) 11:20-26:00

[]明日は修論提出日

いろいろアドバイス。っていうか、もう思いつくことあんまりないですよ。

2007-02-07(Wed) 13:00-26:00

[]『天才の栄光と挫折数学者列伝』(藤原正彦)

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (新潮選書)

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (新潮選書)

面白いらしい。

[]行列計算

強度としてやっと、(D^z/J)^2/8が出せた。レベル的には学部3年生レベルの計算なのだけど。すごい時間がかかってしまった。のどに刺さった骨が取れた気分。

[]Proceedings of the International Workshop on Application of Submillimeter Wave Electron Spin Resonance for Novel Magnetic Systems

Journal of the Physical Society of Japan

Vol. 72 (2003) Supplement B

http://jpsj.ipap.jp/journal/JPSJS-72SB.html

2007-02-06(Tue) 9:30-21:20 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

2007-02-05(Mon) 10:35-24:10

2007-02-04(Sun) 15:30-22:00

2007-02-03(Sat) 10:00-23:00

[]久しぶりだ

少し進んだ。というか、2ページ進んでいないし。

[]お手伝い

圧力セルの実験は大変そう。

電磁波があんまり入らないし。

[]ディスカッション

1次元のスピン鎖の性質ってESRでわかることっていろいろあるんだね。むー。

2007-02-02(Fri) 10:00-26:30

[]M2の人と実験

今の時期に実験しないといけないなんてハードだよなあl。でも仕方がないよねぇ。

[]DM相互作用

線幅や吸収波形とかからDMの寄与がわからないかなぁ。今日は実験とデータ整理でほとんど終わってしまった。

2007-02-01(Thu) 9:50-24:30

[]新しいサンプル

とりあえず、計測しました。

[]X-bandの修理

X-bandのゴニオメータの調子が悪かったので、修理に来てもらいました。直りました。良かったです。でも、Oリングが二つ残るという不思議な現象については後ほど報告したいと思います。

[]KURE5-56

http://www.kure.com/556/

サビを落としたり潤滑を良くしたりします。

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