『岩波講座物理の世界 物理と情報 (3) ベイズ統計と統計物理』(伊庭幸人)

岩波講座 物理の世界 物理と情報〈3〉ベイズ統計と統計物理

岩波講座 物理の世界 物理と情報〈3〉ベイズ統計と統計物理

きちんと読んだとは言えませんが、おもしろかったところなどを。


p.48
引用としては少々長いですが、たいへんおもしろいので引用します。

さらに悪いことに,実は本物の氷やスピングラスでも,温度Tが小さくなると,分子やスピンがほとんど動けなくなってしまい,エネルギーの高い状態にひっかかってしまうのである.氷の場合,われわれのモデル(2.1)には入っていない長距離力の影響で,約(3/2)^N個のice ruleを満たす状態の中にも,少しだけエネルギーの高いものと低いものがある.そのため,分子が十分良く動いていれば,うんと低温ではエネルギーの低い状態だけが選ばれるはずであるが,分子の動きがあまりにも遅くなるために、実験的には,半世紀近く,この効果を完全では検出できなかった(「氷の残留エントロピー」の謎を解いて、体積あたりのエントロピーがほぼゼロの新しい氷の状態をはじめて作り出したのは,日本の研究者である.KOHなどの不純物を加えて,意図的に欠陥を作り出し,分子を動きやすくしたのが,成功の秘訣であった).

不純物の導入により、本来の性質がわかる、ということがこういう場合もあるのですね。すごい。



p.70

最終的に式(4.10)でモデル選択を行うのは正しいのか,誤りなのか,というと,実は,著者にもよくわからない.長年にわたる未解決の問題といってもよいのだが,この「未解決」は「数学の予想が証明されていない」とか、「物理の問題でまだ決定的な実験がない」というのとは,ちょっと違うように思う.簡単にいうと,ある一定の立場,ベイズの枠組みを認めれば,こうなります,ということである.もう少し親身に答えようとすると,仮定の意味や仮定のもとで数理的に出てくる結果を吟味しましょう,実際の状況に適用して意味があるかどうかを見てみましょう,そして,最後に判断するのはあなたです,という感じなのだ。

さらに、

このように説明すると,「実験できっちり決着のつく物理学と比べて,なんと頼りない学問だろう」と思う人もいるかもしれない.しかし,考えてみてほしい.誤差やばらつきを考慮して,その「実験」の結果を判定するのも,統計学の仕事の一つではないだろうか.そのことからもわかるように,「統計学」というのは,ある意味でメタレベルの学問,人間の思考の仕方そのものについて考える学問なのである.簡単に割り切れないもどかしさも,それ故の深みも,そうした学問の性格から来ている.割り切れないのが嫌いな人達は,統計学を狭い意味での数学の一分野にしてしまうが,それはもったいないことである。


おもしろいです。

物理学における量子力学だって、簡単に割り切れないと思ったり。確率解釈とかものの存在のあり方を懐疑する必要に迫られるし。

あと、ここの話は、最近読んだ『分類思考の世界』(三中信宏)ISBN:9784062880145、かなり関係していておもしろい。形而上学というか哲学は科学に必要だな、って思うし、そこが一番楽しいところだと思ったりする。



p.74

事前分布を追放したり利用したりするさまざまな試みは,どこか,人間とおとぎ話にでてくる魔物の関係を思わせるところがある.誰かが魔物を封印して,しばらくすると,ほかの誰かがきて,気づかずに,あるいはわざと,封印を解いて、その力を利用しようとするが,やがて手におえなくなって再び封じるのである。

これも、『分類思考の世界』(三中信宏)ISBN:9784062880145ようなことが書いてあっておもしろかったです。

p.74-76あたりの統計物理と事前分布の話はとってもおもしろい。等確率(等重率)の原理に関する言及があります。